ベルさんは馴染めない。   作:杜甫kuresu

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ベルさんは掃除しない。

「また汚くなってきた、掃除するぞ」

 

 言いだしたやいなや、もうアレンの頭には三角頭巾。エプロンもしっかり着込んではたきも持つ、既に掃除をする気は満々だった。

 すぐさま隅に歩き出した彼の腰にベルがしがみついて泣きじゃくる。

 

「いや! いやよアレン、そんな殺生な!」

「殺生とは何だ殺生とは! 埃に弱いオレを埃っぽい館に閉じ込める以上に殺生なことは有るか!?」

「だってぇ! だってぇ!」

「だってもへちまも有るもんか!」

 

 アレンは埃っぽい部屋にいるとすぐ咳き込む。一人ぼっちで住んでいる屋敷に関しても、彼は掃除を欠かしたことはない。だってそうしないと自分が咳と鼻水で死にかけの状態で這いつくばることになるから。

 この館も最初はとてつもなく汚かったのだが、アレンの健気とすら言える奉仕活動によって「ちょっと汚い」程度で免れている所がある。彼が居なくなればたちまち誰も住んでいないと勘違いされかねない次元の汚さに戻るだろう。

 

 泣きついたベルがくしゃくしゃの顔をアレンの服に押し付けて駄々をこねる。

 

「蜘蛛さんが住めなくなるわ! 最近は沢山虫が来てくれて退屈しなかったのに!」

「やかましい! 虫と喋るくらいなら本を読め! まだ絵本以外一冊も読破できてないだろ!」

「だってー! ながいしー、むずかしいしー、めんどくさいー!」

 

 どうやらベルが虫と喋れるらしいというのは嘘ではないのだ。

 というのもアレンはこの目で見たことが有る。手に乗せた蜘蛛とまるで少女達の色恋話でもするようなきらきらとした笑顔で喋るベルの姿を。

 

 心なしか機嫌の良さそうに手の上で動き回っていた蜘蛛を。

 最近、その蜘蛛の張っていた蜘蛛の巣がアレンに引っかからない位置になったのを。

 

「人間は虫と共生関係になれるほど寛容じゃない、どっち道その関係は長く保たないんだよ…………」

「うぅ……ど”ぼ”じ”で”ぞ”ん”な”び”ど”い”ご”ど”い”う”の”~!」

「いやあんたが人と住みたいって言うからだな…………」

 

 えんえん泣いて泣き止まないベルに、アレンは思わずはたきを止めてしまいそうになる。

――くそっ、泣かれるとオレも手が進めにくい…………。

 

 アレンは一見、ベルに関しては特段異性として興味が無いように振る舞ってはいるのだが、何を言おうと彼は十一の男子という事を忘れてはならない。美貌には後ろ髪を引かれるし、魅力には目を奪われる年頃なのは変わらないのだ。

 要するに、泣き落としには弱かった。

 

「…………」

 

――どうする。今やめれば取り敢えずその場凌ぎにはなる。でもそれはベルの為になるか? 仮にも人間社会に戻りたいと言っているのにオレが甘やかして、あっちまでそれに甘えて、そんな調子で元の生活に戻れるか? 見てみろ、この汚さを。思わず手巾を取り出して口を覆いたくなるぐらいだ、これが人間の住む家の一般的な姿か? いや違うはずだ、オレは悪魔でも何でもなる覚悟をしなくちゃいけないはずなんだ。そう、これはオレと何よりベルの為だ。心を氷にしろ、アレン・フォン・ブロナード。父上が言い遺したという家訓「勇気を持たば次は事を成せ」とは今この時の言葉じゃないのか! 気合だ気合! 今この瞬間の楽に流されるな、というかただの掃除、そうこれはただの掃除なんだ。何も気に病むことはない、蜘蛛とお喋りして楽しそうなベルの方がおかしいだけだそうに決まってるさあ掃除だ行くぞアレン! 正義は我にあり、勝てば官軍負ければ賊軍、喉元過ぎれば熱さを忘れる、さあ進め!

 

 結果、号泣するベルを差し置いてアレンは鉄面皮としか言いようのない死んだ目つきで掃除を完遂した。

 世に出ることもない、一人の少年のちっぽけで偉大な功業であろう事は、今更議論するまでも有るまい。




ベルゼブブだしね、まあ虫と喋るくらいは。
アレンくんは私の別作品の主人公リリィ・フォン・カラキア嬢とは遠い親戚。一応顔も知ってる。

次回からはちょっとずつベルさんについて詳しく触れていくので、ちょこちょこ闇が見え隠れします。

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