『遭遇 ―ローズマリー―』
「ふう、内装は一段落したかな」
私は図書室の本棚に最後の本を押し込むと一息ついた。
ちょうど二週間前、ヘンテ鉱山にてミノタウロスのニワカマッスルを仲間にした私たちは拠点としているこの辺境の遺跡の瓦礫を撤去し、本格的に使えるように全面的なリフォームと相成った。
こうして工事を始めた当初はまだまだ終わりが見えなかった内装工事に私も内心辟易し始めていたが、これが私とデーリッチの王国の始まりだと思うと気合は無限に湧いて出るように思えた。
何より、鉱山の過酷な労働で常人の五倍は働いていたと言うニワカマッスルの働きも大きかった。
彼を除けば私たちは女子供の集団――本物の神様が一柱いるとは言え――に過ぎず本格的な力作業は殆ど彼一人でこなしたようなものだった。
目立つ汚れは掃除したうえで家具などを運び込んだので、後は細かい汚れなどを落とす作業に従事することになるだろう。
本当ならそれらを終えてから家具を設置したかったが、注文した家具が予想より早く届いた為、野ざらしに出来るはずも無く急ピッチで汚れを掃除したのはもういい思い出だ。
「ローズマリー、ローズマリー!!」
そんなちょっと早い感慨に耽っていると、図書室の外から私を呼ぶ良く知る幼い声が聞こえてきた。
「どうしたんだい、デーリッチ」
私は、以前懸賞で当たった玩具の王冠を被った少女、私のちいさな王様がドアを開けて転がり込んでくるのを見やった。
「大変なんでち、大変なんでちよ!!」
てっきり昨日やおとといみたいに、「もう駄目でち、一歩も動けんでち」とぐずるのかと思いきや、彼女は焦った様子で私に縋りついてきた。
「どうしたんだい? 何か問題でもあったのかい?」
私は頭一つ分小さい*1デーリッチに視線を合わせて問うた。
「お外に武器を持った大人が何人か来ていて、ベロベロスが吠えて威嚇してて!!」
「なんだって!?」
彼女の焦った様子から、それが冒険者が偶々この遺跡を見つけただけだと言うのを否定していた。
ベロベロス、あの三つ首の魔犬は基本的に大人しいが元の世界では番犬として有名な品種だと言う。
そんな彼が威嚇し、吠えるというのは敵意を感じよほど警戒していると言うことだろう。
早速番犬として役立ってくれているらしい。
恐らく、山賊か盗賊の類だろう。
山賊が冒険者に身をやつすのは先日実例を目の当たりにしたばかりだ。
まだ始まってすらいない私たちの王国を、こんなところで終わらせてたまるかと言う憤りを胸にしまいこみ、私は急ぎ足で玄関へと向かった。
「バウ、バウ!!」
そして私は最初に唸り声をあげ、吠えて相手をけん制しているベロベロスの後ろ姿を見た。
「おいおいわんちゃん。そんなに吠えないでくれよ。
俺たちこの屋敷のお客さんなんだって。ちょっと中に入ってお土産を頂戴するだけだっての」
そんな彼と対峙する、男たちの集団五人のうちリーダー格だと思しき男がそんな風に下卑た笑みを浮かべてそう言った。
やはりこいつらは盗賊の類だ!!
「ベロベロス、通さなくていい。私たちはこんな客、呼んだ覚えはないからね」
私はベロベロスの横に並びながらそう強く言い放った。
「おおっと、あんたがここの家主か?
だったらこの恵まれない俺たちにお恵みを下さらんかね? なあに、手持ちの金を差し出せば出て行ってやるよ」
「ふざけるな!!」
私は思わず反射的に怒鳴り返した。
実際のところ、私たちは大して持ち合わせなどありはしない。
改装工事などで貯蓄を殆ど使い果たしたのだから。そう言う意味ではこいつらにお金を恵んでやってもさほど痛くは無い。
だが今元手を失うのは、王国の初動に響く。各々に考えてくれと言っておいた店舗の創設は大幅に遅れるはずだ。
そんな出鼻を挫かれる様なこと、有ってはならない!!
「姉御!? 今怒鳴り声が聞こえたんだけど、どうしたんですか!?」
玄関からハーピーのハピコが血相を変えて出てきた。
デーリッチも一緒だった。恐らく近くに居る者を集めてきたのだろう。
出来ればニワカマッスルが居ると助かったのだが、奥で作業しているのだろうか。
「って、あんたは!!」
「うーん、どこかで見た顔だな。いいや、ハーピーなんて特徴的な奴忘れるわけねぇよな。久しぶりじゃねえぁ」
ハピコはリーダー格と面識があるのか、彼の顔を見て驚いたようだった。
「ハピコ、知り合いでちか?」
「いいや一度だけ顔を合わせただけですよ。
傭兵だっつってたけど、こういうことする感じには見えなかったんだけどなぁ」
ハピコにしては珍しく落胆の混じった声音でデーリッチにそう答えた。
「ははは、傭兵が仕事の無い時に盗賊に化けるのは至極当然のことじゃねぇか。
こっちもついにおまんまの食い上げでよ、こうして傭兵から雇用主のいらない自由業にジョブチェンジしたわけよ」
けらけら、とリーダー格は他の取り巻きと一緒に笑い声をあげた。
「まあいいさ、盗賊なら逆にこっちが身ぐるみ剥いでもどこからも文句でないでしょう」
「そうでち、魔物からお金を巻き上げても誰も文句言わないでちからね!!」
「君たちは容赦ないなぁ」
とは言え、私も二人のように容赦なんてするつもりなどないのだけど。
数は4対5。数の上では向こうの方が上だが、どうにもリーダー格以外は素人くさい。
と言うか彼が別格なだけだろう。彼だけは場数を踏んだ歴戦の戦士の様相が見えた。
「おいおい、何の騒ぎだこりゃあ」
すると、背後から少し困惑したような声と共に、赤みがかった肌が当然のように私達の前に出た。
ニワカマッスルだ。
「ほう、女子供とわんこだけかと思いきや、ちゃんとした用心棒がいるじゃねぇの」
「……俺も大して頭がいいわけじゃねぇが、どういう状況かだいたいわかった。
お前たちは俺の後ろで隠れていろ」
彼は腕を回すと、一人矢面に立って出た。
「さあどうした、この筋肉にビビったのか?」
「おもしれえ、お前ら下がってろ。手を出すんじゃねぇ」
ひとりポージングを決めて筋肉を見せつけるニワカマッスルの前に、リーダー格が一人前に踊り出た。なぜだか腰の得物を地面に投げ捨てて。
「こいよ、一発先に殴らせてやる」
ニワカマッスルの挑発に、男は容赦なくボディにストレートを見舞った。
「きかねぇなぁ」
その一撃を受けて、ニワカマッスルはにやりと笑った。
そしてお返しとばかりに彼もリーダー格のボディに、しかも自分が殴られたのと同じところに殴り返した。
「へッ、きかねぇぜ」
それは嘘だろう、と私は思った。
思いっきり仰け反ってダメージが入ったように私は見えた。
だがそれで堪えられないほどその男も軟では無いようだったが。
「おら、来いよ!!」
「くたばれ!!」
男は、今度はニワカマッスルの喉を真っ直ぐ打ち抜いた。
喉は人体でも鍛えられない場所の一つだ。ニワカマッスルは見事にクリティカルヒットを喰らい、もんどりうって倒れた。
横でデーリッチが、痛そうでち、と呟いたのが聞こえた。
「へッ、いいのもってるじゃねぇか」
しかしニワカマッスルは良いのを貰ったと言うのに楽しそうに起き上がった。
そして今度は何も言わずに男の顔面を殴り返した。
今度は男が地面に倒れる番だった。
最早男たちに会話は不要だった。
男とマッスルの殴り合いが始まり、相手とこちらはいつの間にかお互いを応援し始めていた。
何だこの空気。私たちは今、緊迫した状況に居たんじゃなかったのか?
私の疑念は尽きないまま、男どもはお互いに傷を増やしていく。
なんだこれ。
そうして三十分ぐらい殴りあった二人であったが、先に根を上げて膝を突いたのは相手の方だった。
「はぁ、はぁ、つえぇじゃねえか。俺の負けだ」
ばたり、と倒れた元傭兵。
そんな彼に、勝者のニワカマッスルは手を差し伸べた。
「あんたも強かったぜ。この世界で出会った野郎の中で一番強かった」
「ありがとう……」
マッスルの手を取り、男も清々しい笑みで立ち上がる。
「って、なに友情に目覚めてるんだよ!!」
私の声に、当の二人も、相手方もデーリッチたちもハッとなった。
「はッ、負けた以上御託を並べるつもりはねぇ、好きにしな。
ただ、こいつらは昨日雇ったばかりの食い詰めた農民どもだ何もしちゃいねぇ。罰するなら俺だけにしてくれ」
「だ、旦那ぁ」
最早殴り合いでボロキレとなった上着を脱ぎ捨て、リーダー格の元傭兵はそう言った。
「どうする、デーリッチ?」
私は、後ろにいるデーリッチに裁可を仰いだ。
私としては、ほとんどサクラだったとはいえ数の暴力を構成する一員になった時点で同情の余地は無いと思っている。
しかし、結果的にとは言え喧嘩しただけの男とそれを見ていただけの連中を近くの村の衛兵に突き出すのは憚れた。
なにより、私に彼らを裁く権利など無いのだから。
「別に何かしたわけじゃないんでち、返してあげればいいんじゃないんでち?」
デーリッチはこくりと頭を傾げて、どうしてそんな当然のことを聞くのかという様相で答えた。
「だ、そうだ。言っておくけど、私たちは魔物相手にそれなりに戦える。
また盗賊に身をやつすなら容赦しないからな」
「へ、へい!!」
私がそのように釘を差すと、彼ら四人はマッスルを見て怖気づいたように逃げて行った。
「あのぉ、ちょっと口を挟めない空気だったので黙っていたんですが、よろしいでしょうか?」
すると、暫定王国の最後のメンバーである、福の神こと福ちゃんが何か言いたげに全員を見ていた。
「あ、はい、どうぞ」
「マルースさん。何をしているんですか?」
「えッ、福ちゃん知り合いだったんでちか!?」
「ふ、福ちゃん!?」
私が福ちゃんに促すと、彼女は元傭兵の彼に声を掛け、彼が答える間もなくデーリッチが反応し、彼女の言葉に何かとんでもない言葉を聞いたかのように彼が驚愕した表情となった。
「ふ、福ちゃんって……いや、フク様じゃあないですか。
へへへ、まさか大恩ある相手が居るところに牙を向けるたぁ、俺も焼きが回って来たもんだぜ。お天道様に顔向けできないことはするもんじゃねぇなぁ」
「急に古風になったぞ、こいつ」
「ローズマリーさん、ちょっとこの人借りていいですか?」
「あ、どうぞ」
有無を言わせぬ雰囲気で福ちゃんが言うものだから、私は思わずうなずいてしまった。
「マルースさん、ちょっと遺跡裏まで来なさい」
「ひえッ」
男は――マルースと言うらしいが――福ちゃんに連れられ、遺跡の裏まで引きずられるようにして消えて行った。
「結局、なんだったんですかい?」
「それは私が聞きたいよ……。まあ、あとで福ちゃんに訊けばいいさ」
とりあえずハピコに私はそう返して、今は仲間を信じることにするのだった。
§§§
そして一時間後、入国希望者の面接に使う予定の図書室のテーブルには私と、反対側に元傭兵のマルースさんに、付き添いの母親のように隣に座る福ちゃんが居た。
「ええと、つまりマルースさんも王国に入国希望であると?」
「へい、皆さんに迷惑を掛けておいて厚かましいことですが、お願いいたします」
マルースさんはそう言ってテーブルすれすれまで頭を下げた。
福ちゃんは無言を貫いている。こわい。
「ところで、福ちゃんとはどういった関係で?」
「こちらの福の神様には以前仕事を紹介して頂いた大恩が有りまして」
「そうだったんですか。えー、あなたもハグレとのことでしたが、経歴の方はこれでよろしいんですか?」
「ええ」
私は彼の履歴書、と言ってもハグレに学歴など尋ねるだけ無意味なので簡単な来歴を書いて貰った物だが、それに目を通しながら尋ねた。
彼の経歴は、ハッキリ言って異質だった。
まず、ハグレ戦争に傭兵として従軍。これだけでハグレとしては古参の部類だった。
それが終わると報奨金と信用でこの世界の大学に通い、一応は卒業。自分を召喚した召喚士協会に召喚士として就職を希望したが、筆記はともかく実技の面で落とされた。
その後、福ちゃんから大工の仕事を紹介され、大工の親方に弟子入り。
数年ほど修行したが、一人前になった途端に傭兵に逆戻り。
なるほど、久しぶりに会った知り合いが紹介した仕事を辞め盗賊に身を落としていたら福ちゃんのあの反応も止む無しだろう。
「私は、大工として彼を呼んだつもりでした」
平坦な、感情の籠っていない声音で福ちゃんは言う。
その言葉にマルースさんは震えた。
「これから店舗を建て、商売をするうえで彼の知識と技術は役に立つ物だと思ったからです。
だと言うのに、いつの間にか大工を辞めてぶらぶらと傭兵なんてしてるばかりか、この人は大恩ある神様が身を置く組織なんだからそのトップの器を試すのは当然とか言って、あんな馬鹿な真似を。
すべて私の為にやったことなんです、どうか許してやってくれませんか」
「いえいえ、福ちゃんが謝る事じゃありませんって」
ついには福ちゃんまで頭を下げるものだから、私の方が恐縮してしまった。
「つまり、最初からこちらに明確な危害を加える気なんて無かったんでしょう?
その件に関しては、既にデーリッチが裁可を下しました。私が言うことはありませんって」
「ありがとうございます」
ごん、とマルースさんの額がテーブルを打つ音が聞こえた。
「それにしても変わった経歴ですね。召喚士協会の門徒を叩くなんて」
「ええまあ、いちハグレとして自分たちを召喚した技術に興味あるのは当然でしょう?」
「まあ、確かに」
とは言え、それで実際にハグレの身の上で実際に召喚術を学ぼうとするのは異質極まりない、とは言わなかった。
「と言っても、俺に魔法の才能は無かったんで、落ちるのは分かってたんですけどね。
学者みたいに理論だけでも、と思いまして。実験の方は他の召喚士に任せたりして」
「それでもダメだったと?」
「ええ、筆記の方もあまり良くなかったようでして、落ちるのも止む無しでしょう」
彼のこの世界に馴染むための努力にしては限定的で、他に何か無かったのではと思ったがそれを詮索するほど私は無遠慮ではなかった。
身元と経歴を福ちゃんが保証する以上、それを問うのは野暮だった。
「では次に、建築関係以外でも戦闘要員として働けるとのことでしたが、どのようなことが出来るんですか?」
私たちは先ほど彼がニワカマッスルと殴り合いを見たが、それは単に鍛えているな、と言うことしかわからない。
「いやあ、どちらかというと直接戦闘は得意じゃないんですよ、俺。
戦闘指揮とか、陣地構築とかの後方支援のが得意でして」
「元の世界では、軍人とのことですが」
「ええ、もう無意味な地位ですよ」
顔を上げた彼は元の世界のことを思い出してか、哀愁を漂わせた笑みを浮かべた。
「いいえ、王国を立ち上げるとは言え、今の私たちは女子供の寄り合い所帯に過ぎません。
本職の元軍人さんが加わってくれると言うのは心強いですね。
わかりました、王国専属戦術顧問、そして建築担当として採用とします。これからよろしくお願いします」
「へへぇ、国王様と、ひいては皆さまや福の神様の為に精一杯勤めさせてもらいます」
私が合格を通告すると、そう言って彼はもう一度頭を下げたのだった。
「それじゃあ、雇用条件について詰めさせてもらいますね」
ひとまず、私は新しい仲間が増えたことを喜ぶことにした。
ただ、どちらかと言うと常識が有り義理堅いと思っていた彼の本性を徐々に知っていく当たり、彼の行動に頭を悩ませるようになるとはこの時の私は思っていなかったのであった。
創作意欲のままに二話目を投稿。
オリキャラの名前の由来。
マルース→マールス→ラテン語でリンゴの意。
つまり私の前作を見れば彼がどういった人間か大よそわかると言うことですねww
マールスが戦神マルスも意味するので、彼のキャラ設定にはそぐうものであったのはある種の奇跡ではあります。
今回のように、オリ主以外の原作キャラ視点を時々挟むようにしたいと思っています。
二次創作と言うのは多かれ少なかれ自己投影が混じるものです。私も、原作をプレイして、デーリッチ達と混じってわちゃわちゃしたいと言う想いがこの作品の殆どと言っても過言ではないでしょう。わざわざ原作沿いにしたのもそのためですし。
それだけ原作が素晴らしいってことですね!! プレイしなきゃ損ですよ、損!!
ちなみに、作者の押しキャラはヅッチーと召喚士組(特にメニャーニャ)です、はい。
……貧乳って最高ですよね!!
この作品で期待している今後の話しの内容は?
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オリジナル展開
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原作の綿密な描写
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キャラ同士の掛け合い