アナザー・アクターズ   作:やーなん

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25.亀裂

『本編進行イベント 亀裂 』

 

 

「ええ、本日は拠点内の大掃除となっています。

 場所ごとに各々を割り振っていくので、役割分担をしてスムーズに進めましょう」

 今日は前々から布告されていた大掃除の当日だった。

 ローズマリーが前に出て、場所ごとに担当を割り振って行く。

 

「あー、やべッ、忘れてた」

 俺は最近妖精王国で寝泊りしてたんで、今日が大掃除の日だとすっかり忘れていた。

 拠点に帰ってきたのも昨日の夜になっちまったし。

 

「なあマリちゃん、悪いんだがこれから抜けても構わないか? 

 妖精王国で今日は大事なパーティがあってさ、ヅッチーを連れて来ようって思って昨日戻ってきたんだけどさ」

「……マルースさん、男手が必要な今日という日に事前に連絡もなしにそういったことをされては困りますよ」

「おっしゃる通りだ、せめて手紙で連絡しておくべきだった!! 

 埋め合わせは必ずするからさ!! 今日だけは頼む!! 今日のパーティめっちゃ楽しみにしてたんだよ~」

 俺はちょっとあきれた様子のローズマリーに拝み倒した。

 ちなみに、俺はこれをみんなの前でやっているのでものすごく肩身が狭かった。

 

「まあまあ、姉御。マルースさんの分は俺が働くから行かせてやろうぜ。

 ここ最近ずっと忙しかったみたいだし、パーティに参加するぐらいいいじゃないかよ」

「おおぉ、マッスルぅ!! 心の友よー!!」

「まあ、そこまでいうなら仕方ないか。これからは事前に報告を怠らないでくださいね」

「おう。ああそうだ、これも忘れるところだった」

 俺はマッスルに抱き着くのをやめて、ローズマリーに手紙を渡した。

 

「これは?」

「実は俺たち、今港町のザンブラコってところで商売してるんだが、そこでたこ焼き屋の軒先で道具屋みたいなことしているハグレのガキが居てよ。

 話してみたら将来店を持って道具屋を開いてみんなの役に立つのが夢なんだって、おじさんあの子が眩しくてよー、ついついうちの王国について話してみたわけよ。そしたらぜひここで道具屋をやりたいって。

 そういうわけでさー、良い子だったから一回会ってみなよ」

「わかりました、次の会議の時に議題にあげておきますね」

 これで俺からの用事は済んだ。

 

「というわけだ、ヅッチー行こうぜ」

「えッ、あ、ああ、そうだな!! 

 それにしてもズルいぜ、マルちん。私に内緒でみんなでパーティの準備をしてたなんて!!」

「ははは、何言ってんだヅッチー。今日は妖精王国の建国記念日だって話じゃないか。

 毎年この日はパーティをしてたんだろう?」

 俺は少しぼんやりしているヅッチーのマイペースさに微笑んでたのだが。

 

「あ、ああ──!! やっべ、そうだった!! 

 今日建国記念日じゃん、あぶなー、忘れるところだった!!」

「おいおい、しっかりしてくれよ女王さまー。

 みんなこの日の為にめっちゃ頑張ってたんだぞー」

「あはは、ごめんごめん」

 ヅッチーははにかむように笑ってそう言った。

 その笑みに若干の陰りが見えたのは、たぶん気のせいだとその時の俺は思っていた。

 

 

 

 §§§

 

 

「建国記念日おめでとー、妖精王国ばんざーい!!」

 パンパン、パパン、とクラッカーから飛び出た紙テープや紙ふぶきが宙を舞う。

 それと同時に妖精たちが妖精王国の建国記念日を祝う声を上げる。

 

 パーティ会場は妖精王国の敷地内のアイスクリーム屋を貸し切って行われていた。

 テーブルには色とりどりの料理が並び、店内はそれに負けないぐらい華やかな装飾で満たされていた。

 それらはこれからの妖精王国の趨勢を予感させる、華々しいものだった。

 

 俺はあの後、かなづち大明神も誘ったのだが、彼女はヅッチーとプリシラ達を頼みます、と言うだけで大掃除の担当の場所へ向かっていった。

 

 上座に座るヅッチーの前に、プリシラが自ら焼いて運んできたケーキが置かれる。

 同様にみんなの前にはプリシラの焼いたケーキがいくつか置かれた。

 

「げッ」

 プリシラの特性パンケーキを見た俺は思わず顔を引きつらせた。

 スポンジの中にはクルミとレーズンが入っていたのである。

 何を隠そう、俺はレーズンが大嫌いなのだ。あの触感だけは我慢ならない。

 

「マルースさん、どうです? おいしいですか?」

「うん、おいひいおいひい……」

 ずっとヅッチーに構っていればいいのに、プリシラがわざわざ尋ねてくるもんだから俺は必死に笑みを作ってケーキを咀嚼しながら彼女にそう言った。

 

「次からはちゃんと嫌いなものは言ってくださいね」

 俺がジュースで口の中のケーキを流し込んでいると、プリシラはそう言って俺に背を見せた。

 俺はなんだか嫌いなものを母親に抜いてほしいと言った時みたいなむなしい気持ちになって彼女の美しい揚羽蝶のような羽を見やった。

 

「美味いなぁ、プリシラこれ前に作ってくれた奴だろ? 前よりすごく上達したんだな!!」

「でしょでしょ~、ヅッチーの為にすごく練習したんだー!!」

 そして当人は俺の心境など知らずにヅッチーにメロメロである。

 氷の妖精なのに溶けてしまいそうなくらいである。

 

 そして妖精たちはわいわいと食事やデザートを楽しんでいたのだが、だいたいの面々の腹が満たされたのか、彼女らはヅッチーの周りに集まり始めた。

 

「もー、ヅッチー、もしかしたら今日も来ないんじゃないかと思ったよー」

「いやー、悪い悪い、私もマルちんに呼ばれなかったらお寝坊さんみたいに忘れるところだったよ」

 といった風に彼女らはヅッチーを取り囲んで談笑ていた。

 その様子を俺やプリシラは一歩引いた目線で見ていたのだが。

 

 ふと、一人の妖精がこんなことを言った。

 

「ねえ、ヅッチー。いつになったら妖精王国に帰ってくるの?」

 それはおそらく、寂しさからでた言葉だったのだろう。

 それだけは確かなはずだった。

 

「うーん、まだまだ掛かるかなー。ハグレ王国でもまだまだ学ぶことがいっぱいあってさ」

「じゃあ少しの間だけでもいいから戻れないの?」

 また別の妖精が不安げに彼女に尋ねた。

 

「おいおい、みんなさびしんぼか~? 

 王国が作った交易センターの担当は今のところ私だからなー。

 責任者として私が頑張らないと両国間の貿易はストップしちゃうし、これをどうにかしてからかな」

 と、答えたヅッチーは実に女王らしい全うな妖精王国のことを考えた発言だった。

 

「どうしてよ!!」

 だが、その答えに納得しない者が声を上げた。

 

「ハグレ王国との交易が無くたって、もう十分私たちはやってけるじゃない、そうだよねプリシラ!!」

「えッ」

 話を振られたプリシラは、その流れに付いて行けずに一瞬硬直した。

 

「そういう単純な話じゃないでしょ。国交がある、という状況が大事なのよ。

 ヅッチーは私たちにできない大事な仕事をしているんだから、そんな風にわがまま言わないの」

「でも……」

「かなちゃんの教えを忘れたの? みんなで仲良くすることが一番自分たちの為になるんだから、そんな風に詰め寄らない。

 それと、この話はこれで終わり、良いわね?」

 プリシラが念を押すようにそう言うと、不満げな妖精たちは押し黙った。

 

「……悪いなプリシラ、せっかくの建国記念日なのにこんな空気にしちまって」

「ううん、気にしないで。ただ、みんなにはヅッチーが必要なのよ。それだけはわかってあげて」

「ああ……次はもうちょっと早く顔を出すよ」

 俺はそんな二人のやり取りを見て、とりあえず喧嘩にならずホッとした。

 不穏な空気を察して、危うく俺は席を立つところだったのだ。

 

「おーい、店主。今日の為に用意したスペシャル超巨大特盛アイスはまだか!!」

 俺は微妙な空気を打ち破るように、アイスクリームへの愛で語彙力が変になった店主に呼び掛けた。

 彼女はハッとして奥から両手で抱えきれない大きさのアイスを持ち出してきて、それに魅了された妖精たちはまるで羽虫のように群がり始めた。

 

 俺は妖精たちから解放され沈痛な面持ちでいるヅッチーと、そんな彼女を痛ましそうに見ているプリシラを見やった。

 二人の間にある距離が、妖精王国とヅッチーの間にある見えない壁であるように思えてならなかった。

 

 そして、この日生じた亀裂が決定的なものになるまで、もはや数日の猶予も残されていないことに俺だけでなく他の誰もが気付いてはいなかった。

 

 

 

 

『本編進行イベント 亀裂、そして…… 』

 

 

 パーティの後から、妖精たちはこんなことを言い始めた。

 自分たちのリーダーにふさわしいのは、プリシラの方なんじゃないのか、と。

 

 事実、妖精王国の舵取りは最初から彼女が仕切っていた。

 ヅッチーは象徴であり、指針ではあったが、そのヅッチーの方針が無くなって以降、妖精王国の成長は著しいものだった。

 

 ザンブラコが妖精王国の手中に落ちるまでもはや秒読み段階だった。

 今や町政すらも妖精王国にいくつかの事業を委任している。

 この島に四つある商店街が妖精王国に屈するのも時間の問題である。

 

 むしろ、妖精王国で現在一番の問題なのはプリシラの方だった。

 

「で、どうするのよプリシラちゃん」

「何がですか?」

「君が妖精たちのリーダーになるかどうかって話だ」

 俺は彼女に率直にそう言った。

 

「ありえませんよ、妖精王国の女王はヅッチーなんだから」

「そんな思いつめて強張った表情で言われてもなぁ」

 そう一番の問題は、このプリシラがリーダー交代を承認しそうなところであった。

 現在妖精王国は完全なプリシラのワンマンであるが、彼女はみんなが望むのなら苦渋の決断を下すだろう。

 彼女はそういう妖精だ。責任感が他の誰よりも強い。

 それはいっそ、妖精らしくないと言えるほどに。

 

「でもヅッチーの奴、建国記念日を俺が言うまですっかり忘れてたじゃないか。

 王が自分で言ったことをすっぽかすのなら、そいつに王の資質はないと思うぜ」

 俺はプリシラに揺さぶりをかける意味でそう言ったが、同時にそれは本心だった。

 

「本音を聞かせろよ、プリシラちゃん。

 俺は君がどういう選択をしようと、最後まで味方でいてやるからさ」

「……それは私がそう決めたのなら、あなたはヅッチーより私を選んでくれるってことですか?」

「ああ、俺は君が心配なんだよ」

 俺は不安げに揺れるプリシラの瞳を見てそう答えた。

 この子は今、仲間たちと親友のヅッチーとの間に板挟みにされ、期待と信頼のプレッシャーに押し潰されそうになっている。

 そして健気にも、そのどちらにも答えようとしている。

 このままそれを続けていれば、きっと彼女は身も心も魔王となるだろう。

 そうなればいつか、仲間たちはいずれ恐怖の瞳で彼女を見上げるようになる。

 

 こんなはずではなかったのに、と彼女がヅッチーを失い、仲間を失い、嘆き悲しむ未来は神ならぬ俺でさえ見通せるようだった。

 だから俺だけは彼女の味方でいようと思った。

 

「君のしんどいこと、まあ半分は無理でも出来るだけ引き受けてやるよ」

「マルースさん、あなたは時々ズルいって言われませんか?」

「おいおい、今俺は真面目な話をだな……」

 少しだけ笑みを見せる彼女に安堵しつつ、俺も苦笑したのだが。

 

「うん? なんだか外が騒がしいぞ」

「住人がデモ活動でもし始めたんでしょうか」

「そんな気概のある連中には見えないけどなぁ」

 俺とプリシラが外に出ると、なにやら妖精たちが揉めているようだった。

 だが人間の姿は見えない。よく見ると揉めているのはヅッチーとうちの妖精たちだった。

 

「あッ、プリシラさん、マルちんお疲れーっす!!」

「ようヅッチー、何を揉めているんだ? ほかのみんなも来てるのなら連絡してくれりゃあいいのに。あれだろ? 勧誘しに来たんだろ?」

 俺は自分たちに一礼する妖精に片手で応え、何やら険しい表情のヅッチーにそう言った。

 

 すると、彼女はこんな的外れなことを言い出した。

 最近港町が妖精デパートに客を取られて困っているようだから、規模の縮小か撤退をしてほしいのだと言い出した。

 

「ヅッチー……」

 俺は頭が痛くなった。妖精ってのは刹那的な生き物だと理解していたが、今この状況でそんな短絡的なことを言うのはさすがに庇いだてできなかった。

 

「マルちん、プリシラも分かってくれるよな!!」

「なあ、君はハグレ王国で何を学んできたんだ? 

 俺たちは客のニーズに合わせてマーケティングをして、売れると思った商品を売っているだけだ。

 それに君は俺たちの商売のどこまでを認識しているんだ? 俺はローズマリーにこっちの企業秘密に触れない程度の報告を定期的に送ってるはずだが、君は読んでいなかったのか?」

「それは……たしかさっきそんなこと言ってた気が」

「さっき? 君は自分の国民を偽物扱いしているように聞こえたが、自分の国がどこでどんな商売をしているか、把握していなかったって言うのか?」

 俺はヅッチーと会話を交わしているが、どちらかというと横にいるプリシラの様子の方が気が気でなかった。

 

「そ、それは、悪かったよ。だけどこんなやり方は間違ってるって、もっと共存の道を模索するべきだろう? そうだよな、プリシラ?」

「ヅッチー、プリシラは誰よりもこの島の連中と共存しようと努力しているよ。

 君のいう客の入らない商店と交渉し、事業をアウトソーシングしてあの妖精デパートを中心に蜘蛛の巣を張るように相互利益の糸で繋がっている。

 今俺たちがここを撤退したら、この不景気真っ只中の港町で彼らは首を括ることになる。それでも君は規模の縮小や撤退をしろって言うのか?」

「だ、だけどそれをこんなところでやらなくてもいいじゃんか!! 

 妖精王国は大陸の方でもうまくいってたし、そんな侵略みたいなやりかたで!!」

「ヅッチー」

 俺が彼女の名を呼ぶと、びくりと肩を震わせた。

 

「君は自分の仲間の努力を否定するのか? 何も知ろうとしなかった君が。

 それも一時の憐みや同情で見ず知らずの他人を優先するのか?」

「…………」

「文句があるなら、最初の段階で言えばよかったじゃないか。最低限の経営方針すら口を出せなかったなんて言わせないぞ。

 妖精王国として国益を優先して、何が悪いんだ? 俺たちがやくざみたいに恫喝して、客を奪ったとでも?」

 俺は、いまだ妖精の寄り合い所帯のリーダーという意識でしかないヅッチーに対し腕を組んでそう述べた。

 

「君が、自分の思い浮かべる王国からここが変わってしまったという気持ちは理解できる。

 だが俺たちがこの島の事実上の覇権を得ようとしたのは、すべて国益の、君と王国の為なんだよ」

 俺はなるべく優しく、諭すように彼女に言い聞かせた。

 

「……プリシラ、プリシラはどうなんだ!? 

 島の覇権なんて、いつ私が欲しがった!? うちはそんな王国じゃなかったはずだろう!? 

 マルちんじゃなくて、プリシラの口からちゃんと言ってくれよ!?」

「ヅッチーが所属するハグレ王国では欲しがらないの?」

 ヅッチーの必死な訴えに対し、プリシラは冷たくそう返した。

 

「プリシラ、それは言い過ぎだ」

「そうね、まだ、ヅッチーは妖精王国のリーダーだものね」

「おい」

 俺は辛辣な態度を隠そうともしない彼女の態度に、横目で睨んで脇腹を肘で押して咎めた。

 

「ヅッチー、とりあえず今日は帰りな。

 今はお互いに、頭を冷やす時間が必要みたいだ」

「な、なんだよ!! マルちんだってハグレ王国の人間なのに、まるで妖精王国側みたいじゃないか!! 

 マルちんは私とプリシラ、どっちの味方なんだよ!!」

「悪いなヅッチー。今さっき、プリシラの味方をするって決めたばかりなんだわ。

 そんな風に感情的になってるうちに話し合いなんてできないだろう? だからほら、帰りなって」

 俺がそう答えると、彼女は自分がリーダーなんだからなー、と叫びながら逃げ去って行った。

 

「ったく、マジでしんどいぜ。なんで俺がヅッチーに説教せにゃあならんのだ。俺はオレTUEEE系主人公じゃないんだぞ」

 俺は深々とため息を吐いて、澄ました顔でいるプリシラを睨んだ。

 

「プリシラ、お前ヅッチーを試すにしてももっと言い方があるだろうが」

「そうですか? マルースさんが止めなかったらもっと酷いこと言っていた自信がありますけど?」

「お前まさか泣いてるヅッチーも可愛いなとか思ってんじゃないだろうな。

 レズでサドで病んでるとか救いようがないぞ、お前」

「勝手に人を変態呼ばわりしないでくれません? あと私のヅッチーに対する感情は友情以外の何物でもありませんから」

「だからプリシラッ!! お前のヅッチーに対する友情は時々歪んでるんだよ!! 邪まな別の何かが滲み出てるんだよ!!」

「そんな失礼な」

 と言ったやり取りをしながら、俺とプリシラは戻って行った。

 

「そういえばマルースさん」

「なんだよ」

「私はもう、プリシラ“ちゃん”じゃないってことですか?」

「はぁ?」

 俺は彼女が何を言っているのかわからず、首を傾げた。

 

「いえ、何でもありません」

 プリシラはそれからしばらく、なぜかにこにことしていた。

 

 

 

 

 

 




前回のアンケート結果ですが、かなり真っ二つでしたね。
ご協力感謝いたします。熟慮の結果、メインキャラは増やさない感じで行こうと思います。
ですがノーよりやや少ない数のイエスも居たのもまた事実なので、キャサリンやはむ&ドラみたいな存在感のあるサブキャラを出してみようとは思います。

次回は王国側視点のザンブラコ来訪となります。カット多めでしょうけどね!!


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