『 港町ザンブラコへ 』
「孤島……う、頭が、でち……」
「デーリッチ、すっかりあのゲームがトラウマになっているわ」
ザンブラコにやってきて早々、頭を抱えるデーリッチにエステルが苦笑した。
「全知全能が無意味だって言ってたビルーダー様の言ってた通りだったでち。空しさと悲しみだけが残ったでち」
「まあ、デーリッチの情操教育に役立ってよかったよ。
しかし、マルースさんの報告通り、今は不景気なようだ」
ローズマリーは人通りのまばらな港町を見渡しそう呟いた。
普段は活気に溢れる町並みは、今は見る影もないほどまばらだった。
「うん? なんでマルちんがこの町の報告をローズマリーにしてるんだ?」
「……ヅッチー、送られてくる妖精王国の他の書類と一緒に君に渡しているはずなんだけど、まさか君全然目を通してないのかい?」
「あ、あー、あれね!! 今度まとめて読んでおくよ!!」
ヅッチーが目をそらしてそう答えて口笛を吹くもんだから、ローズマリーはため息を吐いた。
「この間、マルースさんが大掃除の日にも言ってたじゃないか、彼らここに店を出しているって。それも聞いてなかったのか?」
「そ、それよりマルちんがそんなに詳しく報告しているなんてなー!! これってあれかなー、企業スパイってやつかなー!!」
「いったいどこでそんな言葉覚えてきたんだい。
まあ、彼には妖精王国の内情をそれとなく報告してくれるよう頼んではいたのは事実だけど」
「ほーら、やっぱりスパイじゃないか!! フェアじゃないぞ!! 妖精王国として抗議するぞー!!」
「君だってうちの国の内情とか知りたい放題じゃないか」
話題を逸らそうとして必死なヅッチーを見やり、呆れるローズマリーだった。
「ヅッチー、君と戦った後、ビルーダー様はこんなことを言ってたんだよ」
ローズマリーは後ろの方から追従している面々からビルーダーの姿を認める。
「ヅッチーを人質にして妖精王国に実質的な支配下に置けって」
「えッ!?」
「ええッ!? マジでちか!?」
「なんで君まで驚いているんだ、デーリッチ」
一緒になってビビっているデーリッチを見て更に呆れるローズマリーである。
「自分から敵地に飛び込んでくるなんて殊勝ね、だなんて言ってたから実は私も最初は警戒してたんだよ?
なのに君たちときたらのんきなんだから。国家間に真の友情は無いというけど、君らを見ているとそんな常識は無意味なのかと思えるよ」
だけど最終的に苦笑を浮かべる彼女だった。
「まったく、そんなこと話してたのかよー」
「まあどちらにせよ、そんなことにはならなかったよ。うちの方針には合わなかったからね。
でも同盟の際に人質を送りあうということはありえたんだから、もっと自分の価値を認識してほしいな」
「じゃあ仮にこのヅッチーが人質ならハグレ王国からはマルちんを送ったってことになるのかい?
ちょっと釣り合ってなくないか!? やっぱり断固抗議する!!」
「まったく……」
向こうは真面目に頑張ってるのに、と口の中で言葉を噛むローズマリーであった。
§§§
一行がたこ焼き屋でたこ焼きラーメンをご馳走になっている頃、屋外では体が大きいかなづち大明神と食事を必要としないビルーダーが待機していた。
「まったく、私も聞いていませんよ、ローズマリーさんにあんなこと言っていたなんて」
「あれくらい一般論でしょう? かなちゃん」
「まあ、ビルーダーさんが時々お気に入りのローズマリーさんを試しているのは存じてますけれど。個人的に今回のはあまり愉快にはなれませんね」
彼女にしては珍しくムッとした表情でいるかなづち大明神に、ビルーダーはいつものように淡く笑みを浮かべていた。
「叡智の女神の
「だから信者でもない人間に直々に薫陶を授けているんですか?」
かなづち大明神は腕を組んで彼女に問うた。
「マルースさんの事情は、大まかには伺っています。
私の知る限り、忙しさを抜きにしても彼からあなたに話しかけている姿を見たのはあの時相対した時だけですよ。
あなたも自分の信者を居ない者みたいに扱っている。
ちょっと冷たすぎるんじゃないんですか?」
「彼の住む世界がなぜ他の分体に滅ぼされたのか、気にならない?」
まるで些細な雑談のようにビルーダーは口にするので、かなづち大明神は思わず面を食らった。
「知っているんですか?」
「この間のお茶会の時に資料を取り寄せたじゃない? あの時に彼の世界がどの分体が担当なのか聞いてみたわ。
うちの神域のどの部署が担当なのか聞いただけで一瞬でわかったわ。理由なんて聞くまでもないほどにね」
「…………教えては上げないんですね」
「全ては彼が気付くか否かよ、神の役目は答えを教えるのではなくそこに導くよう手助けすることでしょう? その方が私は見ていて楽しいし」
「時々趣味悪いですよ、ビルーダーさん」
「そうかも……そうね」
ビルーダーは視線を彼女から逸らし、水平線を見つめた。
「あのゲームのシナリオ、覚えているかしら」
「ええ。このザンブラコと同じように孤島でしたね。
そういえばあのゲーム、研修用と言っていましたが、まさかビルーダーさんもあの機械で研修を?」
「私は本体直々に作成された栄誉ある初期ロットの一人よ、遊んでばかりな後発の補充組と一緒にしないで。
あのシナリオの舞台になった島はね、私が初めて降り立って実際に統治したところがモデルになっているの」
「えッ、実際に存在していたんですか?」
かなづち大明神は驚き聞き返していた。
「じゃあ、あの勇者たちや島にやってきた征伐軍も……」
「実在し実際にやってきたわ、当時の私のやり方はデーリッチと似ていたわね」
「では、島民たちは……」
「あのゲームで信仰値100ってのはね、狂信者のように絶対に教えを捨てないようなレベルなのよ。
馬鹿な連中だったわ、改宗を受け入れれば殺されなんてしなかったでしょうに。信仰なんて所詮ツールに過ぎないのだから」
「…………」
懐かしむように水平線を目を細めてみているビルーダーに、彼女はかける言葉が無かった。
彼女の言った改宗を迫るシーンは、あのゲームのシナリオでも再現されていた。
信仰値にもよるがあの場面だけは、神たるプレイヤーはいくら住人に改宗を受け入れるように呼びかけても彼らはそれを聞き入れないのだ。
シナリオ最終盤のイベントという都合もあるだろうが、彼らは自らを愛してくれた神を捨てることはしなかった。
「あなたがその後、黙って泣き寝入りしたとは思えませんな」
「当然よ、奴らには自分の信仰している神がいかに無力で無様なのか、空全面に映し出して見せつけてから縊り殺したわ。
そして私に乗り換えた者たちに加護を与え、以前の信仰を捨てない者を狩り尽した。
最初から、最初からそうしていればよかったのよ。信仰の奪い合いは所詮、陣取り合戦なんだから。
私がどうして侵略を是とするのか、これでわかったでしょう?」
「納得と理解はできますが、賛同はできかねます」
「賛同なんて求めてないわ。正解なんてどこにもないもの」
「ビルーダーさんがその悲劇を彼女たちに味わって貰いたくない、ということはわかりました」
「深読みのし過ぎよ、いつもの私のうっとおしい自分語りだわ」
ふぅ、とビルーダーは物憂げにため息を吐いた。
「まあ、愚痴ぐらいなら付き合いますよ」
かなづち大明神は彼女が皆には神として接しているように、神同士では割とフランクで寂しがりな一面を見せるのをわかっていた。
お茶会もそもそも彼女の発案らしいし。
そうして雑談をしていると、住人らしき人物が大慌てでたこ焼き屋に駆け込んでいった。
「どうやらトラブルのようね」
「そのようですね」
§§§
先ほど飛び出していったヅッチーが戻ってきたので合流し、一行は大タコが出るという海岸の洞窟に向かっていったベルという少年を捜索しに向かうことになった。
幸い、港町を南下してすぐ彼と合流することはできた。
すると彼はハグレ王国の実力を見込んで、大ダコの足の一本でも取って帰り、町の活気を取り戻すカンフル剤にしたいと話し始めたのだ。
彼曰く、妖精デパートができて以来、町には元気がなくなってしまったそうだ。
そしてそれは売り上げが減ったからではなく、皆の受け止め方が悪かったのだと彼は言う。
だから大ダコの一部でも持って帰れば、みんなの希望になるのではないかと。
それを聞いたデーリッチたちはなんとか協力できないか、ということになり、最終的に一部だけならリスクも少ないということでそれを了承した。
道中でベルやデーリッチの身の上話をしたり、妖精王国とトラブってヅッチーの様子がおかしいという話になったり。
「マルースさんからの報告書は、ヅッチーの代わりに私が読んでいました。
ヅッチーが居ない間、プリシラはうまくマルースさんでガス抜きしているような印象を受けたんで心配していなかったんですが」
「おいおい、あのエロ親父がプリシラに手を出すことは考えてなかったの?」
「プリシラはしっかりしているんでそこは心配してませんよ」
という風にかなづち大明神は己の心境をエステルに口にした。
「まああの男は少なくとも自分から無理矢理婦女子を襲ったりはしないわ。
私の信者なら、そんなことをすればどうなるか重々承知のはずだから」
「いやに確信を持って仰るんですね」
「私が楽園を創ることを命題にしているのは話したわね?」
「ええ」
ローズマリーはビルーダーの言葉に頷いた。
「楽園と聞けば永遠に続く理想郷を想像するでしょうけど、私たちはその永遠性というものを否定しているわ。
永遠というのは要するに進歩がないということだもの。叡智の女神としてそれは肯定できないの。
だから私を崇拝する者は死後、次の人生を歩めるように転生をさせるのよ」
「ビルーダー様の宗教観に死後の世界は無い、と?」
「いいえ、私たちは基本的に生きている間の罪科は、生きている間には問わないわ。
生者は法によって裁かれるべきだもの。私はどちらかというと人間の裁けない罪を法に代わり罰を与えることにしているの。
──要するに、地獄ならとっくに作ったわ」
くすくす、と慈愛と残虐さを併せ持つこの女神は微笑んだ。
彼女の下で罪を犯したものが死後どうなるか、計り知れない恐怖を与える笑みだった。
「人間には裁けない罪ですか、たとえばどんな?」
「仮に誰かがあなたに恨みを持って身勝手な理由でデーリッチを殺し、その直後に自殺したとする。
これは人間に裁けない罪よね? その場合、私はそいつを快楽殺人鬼に延々と追われ殺され続けられる地獄に堕とすわ、罪の重さに応じた刑期の間ね」
「わざわざ快楽殺人鬼にやらせるところがエグイわね……」
その想定に口をつぐんだローズマリーを見やり、身震いするエステル。
「私たちは社会に不適合な精神の持ち主を地獄の獄卒として迎え入れているのよ。
生まれ持っての異常な精神性の持ち主を、それだけで迫害するのは哀れだもの」
「その優しさをもうちょっと別なところに発揮してほしいんだけどなぁ」
「何事も適材適所なのよ。私は私を崇拝するすべての者にふさわしい楽園を提供する、ただそれだけなのよ。
他にも罪の種類に応じた様々な地獄を取り揃えているわ、あなた達もこの世界の地獄が嫌なら私を信仰しなさい。罪は誰しも犯すものなんだから」
「ちなみにこのままだとマルースさんはどんな地獄に堕とされそうなんですか?」
単純に気になったのでエステルはそんなことを尋ねてみた。
「うーん、今度こそもっと救いのない場所かしらね。その辺りは人事部の連中が判断するのだけど。
詳しくは言及しないけど、最終的に時間をかけて魂を磨り潰すような地獄もあるし」
「うわ、ビルーダー様のとこの地獄にだけは行きたくないなー」
「神が判断しなければならない罪科を犯さなければ大丈夫よ、エステル。あなたならそうはならないと信じているし。
ちなみに善行を積んで死ぬと次の転生の時に才能とかで優遇される特典があったりするけど」
「やっぱりビルーダー様を信仰しようかなー!!」
「おいおいエステル……」
ローズマリーは変わり身の早い友人の姿に思わず苦笑した。
「(うん? 今ビルーダー様は、今度こそ、と言ったのか?)」
その瞬間、ローズマリーの脳内で幾つかの点と点が繋がり、背筋がゾッとした。
そしてその次に浮かんだ恐ろしい考えを振り払うように、彼女は前に進むのだった。
§§§
海岸洞窟入り口付近に入ると、何やら妖精たちがそこを封鎖しようとしていた。
どういうことかと困惑していると、プリシラが現れてここは新しく立ち入り禁止区域になり、この場所の封鎖を妖精王国が委任されたのだと語った。
彼女と一緒に来ていたマルースは、お前たちが海岸洞窟に向かった、という話を住人達から聞いて急いでやってきたと話した。
ヅッチーはプリシラを説得して通してもらおうとするも、彼女は根性試しで命の危険にさらす文化レベルの低い遊びだと切って捨てた。
溺れる池があれば封鎖し、危険な遊具があれば撤去する、当たり前のことだと。
そう語る彼女には悪意はなく、氷のような最適化があるだけだった。
しかしベルはその説明に納得しなかった。
大ダコは海の男たちが何世代にも渡って戦ってきた相手で、危険や利益に釣り合わないように見えてもそうやって命の大切さを知るのだと。
決して遊びでやっているわけではない、と。
プリシラはその考えに理解は示さなかったが、一つの意見として受け入れはした。
ただし、どちらの意見が正しいかは自分たちのリーダーたるヅッチーに委ねるとして。
「なあプリシラ、ちょっとくらい融通してやってもいいじゃないか。
男にはやらなきゃならない局面ってのが人生に一度くらいはあるもんだ」
と、ベルに理解を示すマルースと。
「私はプリシラの意見に同感だわ。挑む必要のない相手に挑むのは馬鹿馬鹿しい蛮勇だわ。
港町に活気を取り戻したいのならみんなで知恵を絞り、協力し合うべきだわ」
今回のハグレ王国の行動と共にするビルーダーはそれを真っ向から否定した。
両方の立場からの真逆の意見に、ヅッチーは思い悩み一つの結論を出した。
プリシラの想像する自分は、「通る」と答えたはずだと。
その結論にマルースは苦笑し、ビルーダーは呆れた。
プリシラはヅッチー何度も確認し、最終的に通って良いと答えた。
彼女の去り際に、若干の寂しそうな表情を覗かせながら。
あと、お前やっぱり面倒臭い女だなぁ、とマルースに言われて彼は海に蹴っ飛ばされていた。
§§§
「やっぱりあったか。ご丁寧に柵までつけちゃって、まあ……」
あの後、大ダコ退治に乗り出し洞窟に入った王国一行は巨大な次元の穴に遭遇した。
ローズマリーはそれが潮の流れを変えている原因だとして、結果的に大ダコと共闘する形で次元の穴を破壊することに成功したのだった。
そしてエステルは洞窟周辺を探索し、以前ブリギットと共に行った地下遺跡のタンクルームにもあった緑色の巨大な玉ねぎのような植物が設置されていることを確認した。
「ここでマナを極限まで高めて、本来のマナの流れ……潮の流れを逆転させたわけか。全くとんでもないことするなぁ」
エステルはこれを行っただろう人物について思いを馳せて。
「どうするよ、一方通行だったマナの流れを逆にできるなら、召喚だってもう一方通行のものじゃない。
シノブがその気になれば、この世界の人間をハグレとして別の世界に送り込むことができる。
これで、覆ったじゃん……私たちの優位性、安全性は……」
彼女はシノブがそれを成したことに複雑な気分でいた。
今帝都が、この世界の人間がハグレにたいして優位にいるのは、召喚されただけの無数の個人でしかないハグレに対して圧倒的に数が多いからだ。
自分の親友はその気になればこの世界の常識をたやすく引っ繰り返せることに、彼女はどうすればいいのかわからなかった。
「面白いことを考えるわねぇ」
「うぇッ!? ビルーダー様!?」
いつの間にか、エステルの隣にはビルーダーが居て、玉ねぎのような植物を見ていた。
「そうそう、エステルに聞きたいことがあったのだけれど」
「な、なんですか?」
「これを作った彼女ってこの世界を導くことに興味があるのかなって」
ビルーダーの言う“彼女”が誰を指示すのか、エステルは問うまでもなかった。
「本当はハグレ王国の行く末を見てからにしようかなと思っていたのだけれど、これほどの頭脳と機転の持ち主を放っておくのもねぇ」
「それは、マルースさんが言っていた女神の智慧を得るってやつですか?」
「そうね。そういう表現をするものもいるわ」
「それってつまり、シノブにこの世界の指導者にするってことですよね」
「最初からそう言っているわ」
ビルーダーは当然のようにエステルの問いに即答した。
「……もし、シノブがそれを了承したら」
「差し当たっては帝都の解体かしら。
そしてハグレ達や彼らの技術に胡坐をかいている現状を是正させるわ。
あの有様は、私から見ても酷く醜い」
エステルは初めて見た。神として話している時の彼女が不快感を示すのを。
「別に必ずしも王様としてこの世界を支配させようってってわけじゃないわ。
誰しも向き不向きはあるし、この世界の技術の牽引役にするだけでもいい。
いずれにしても、近いうち個人としてではなく叡智の女神として接触する予定よ」
「それを私に言ってどうするんですか?」
「彼女がどういう選択をしても、貴女は友人のままでいてあげてほしいからよ」
エステルはその言葉に面食らった。彼女がそんなことを言うとは思わなかったからだ。
「だからあなたも、いつまでも迷いを抱えたままでいないことね」
ビルーダーはそう告げて海の中にバシャンと飛び込んで去って行った。
「って、いやいや、そうやって来たの!?
そりゃあ石像だから大丈夫でしょうけど!!」
エステルは悠々と海底を歩いて去っていく光景を見ながらツッコミを入れた。
「……迷い、かぁ。参ったなぁ」
すっかり自分の悩みを見透かされていることに、エステルはそのままため息を吐くのだった。
ベル君の仲間になる話なのに彼が地の分でしか登場していない不具合……。
とりあえず冒頭に書いた通り、このまま一直線で二章ラストからアナザーストーリーの導入、王国会議や拠点会話などに行く予定です。
あと前回に前篇と付いてましたが今回の話はその後編って感じじゃなかったので消しておきますね。
それじゃあ次回はいよいよ、二章のラストへと直行いたします。
それではまた!!