アナザー・アクターズ   作:やーなん

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今回でまとめたいが為に一万文字超えてしまった。
そしてようやく、みなさん待望の彼女が登場します!!



EX.叡智の申し子 後編

『 ある一つの結末 ―深謀遠慮― 』

 

 

 私の住む国の、本拠点にはこの国が王国から共和国になったばかりの頃から語り継がれている伝説がある。

 

 曰く、伝承に残るほどの悪魔を捕え、名前を奪い地下に封じているのだと。

 十年も経っていないのに伝説とは可笑しな話だけど。

 しかしそれは事実のようで、当時の武勇伝は本拠点のみんなに聞けば自慢げに語ってくれた。

 

 幾人からの証言から分析した結果、その悪魔がどこに封じられているのか特定は容易だった。

 

 私は悪魔と言うものがどういうものか知見を得るため、ありていに言えば興味本位でその地下に封じられた悪魔というものを見に行ってみた。

 みんなには、そんな危ないことはするな、なんて言われていない。私がそんな馬鹿な真似をするなんて誰も思っていないからだ。

 どのみち、悪魔は封じられている。

 悪魔の強さは階級やその異名によって決まるのだ。名前を奪われた悪魔なんて、私でも倒せる最下級の悪魔も同然だった。

 

 じゃあなぜ殺さないのかと言うと、安易に殺してしまえば高位の悪魔は準備期間を経て復活するのだ。

 事前に準備をすればその準備期間をかなり長引かせることができるそうだが、ビルーダー様の下知によりその悪魔はあえて虜囚として封印することとなったらしい。

 

「ヘイ、ガール……この封印を解いてくれませんカ?」

 道中の幾重もの対悪魔用の封印結界を通り抜け、最奥にその悪魔は居た。

 

「ここから出してくれれば、どんなものでもあげちゃうデース。

 地位とか名誉とか、お金とか恋人でもいいデスよ?」

 牢獄に繋がれ、何年も封じ込まれているとは思えないほど、その女悪魔は美しく妖艶であった。

 彼女は私の姿を認めると、顔を上げ親しげに話しかけてきた。

 

「要らない」

「ちッ、言ってみただけダヨ。

 あのモンキーハンドの臭いがぷんぷんするからそんなこったろうと思ったけどね」

 私が拒否を示すと、女悪魔はあっさりと取り繕うのを止めた。

 

「モンキーハンド? 猿の手のこと? もしかして誰かのことを言ってるの?」

「あんたらが両手を上げてバンザイしながら崇めてるクソ女神のことさ。

 悪魔より悪魔らしい邪神、作ることと壊すことしかできない人間(サル)出身の尻軽(めがみ)。あんたもよく知ってるだろ?」

「ビルーダー様は処女神だよ。あの性格だから男なんて寄り付かないの」

「あんた、さらっとワタシより酷いこと言ってマスよ」

 もちろんわざとだった。私は悪魔のペースには乗らない。

 たとえ己の奉ずる神を侮辱されようとも。

 

 だからこそ私は、それがいかに傲慢であることを理解したうえで、自分の知性がどの程度この女悪魔に通用するか試したくなった。

 私はビルーダー様の申し子。神智の天才なのだから。

 

「おいガキ、こっちは何年もここに閉じ込められて気が狂いそうなほど退屈なんだ。

 せめて話し相手ぐらいにはなれよ」

「いやだ。もう二度と来ないよ」

「そんな連れない態度しちゃってー、私に興味あるから一人でここに来たんだろー?」

「違うよ、もう帰るよ」

「オーケー。じゃあオサラバだ」

 私の拒絶に、女悪魔は興味を失ったのかしっしと手を振った。

 私は拍子抜けした。もっと悪魔らしい手練手管を用いて引き止めにかかるものかと思っていたのに。

 

 所詮悪魔なんてこんなものか、と内心落胆して来た道を引き返そうとした時だった。

 

「そうそうお前、自分のソウルが他とは違うって知ってるか?」

「えッ?」

 私はその声に思わず振り返った。

 にたり、と悪魔は笑っていた。

 

「お前の魂は土くれの入った鉢に無理矢理挿し木をしてるように見えるよ」

「どういう、こと?」

「オウ、今日はもう帰るんだろ? 今日はもう何も話す気はないね。

 さっさとお家にお帰り、盆栽ガール」

 くすくす、と女悪魔は確信をもってそういったに違いない。

 私はもう一度、ここに来るのだと。

 

「自分のタレントが偽りかどうか知りたければ、またおいで」

 私は、恐ろしくなってそこから走り去った。

 その日の夜、私は目を閉じてもあの女悪魔の微笑みが脳裏から焼き付いて離れなかった。

 

 

「好奇心はポイズンねー」

 そしてもう一度彼女の下に訪れた私に、にやにやと笑ってそう言った。

 

「ねぇ、あの話はどういうこと? 私の魂がおかしいってこと?」

「そうデース!! おおかた、あのクソ女神に産まれる前に弄られたんだろうねー。

 前世の善行を祝して来世は輝かしい未来をって。まったくふざけた話だよナ、前世の行いがどうして前世に還元されないんだ? 

 お前の神は前世じゃお前を救えなかったから、来世なんて逃げ道を作った詐欺師じゃないのか? 

 叡智の女神が聞いて呆れるよ、結局神は不平等を誤魔化してるだけなんだろ?」

「ビルーダー様を馬鹿にするな!!」

「そのビルーダー様に疑問を持ったからお前はここに来たんじゃないか」

 彼女の指摘に、私は何も言い返せなかった。

 

「知りたくないか? 本当のむき出しのユーを。

 だけど知らない方が良いかもヨ? お前の才能がこれから全部、神様のおんぶにだっこだって疑問に感じて生きることに耐えれるのならな!!」

「私は……」

「ほら、こっちにおいで……ダイジョウブ、ドントウォーリー、痛くないよ……」

 私は手招きする悪魔に引き寄せられるように、鉄格子ごしの彼女の手に触れた。

 

 そして私は、断片的ながらハッキリ思い出した。

 幼くして不幸な最期を遂げた自国の建国者の生まれ変わりだという事実を。

 

 私は今まで出したことのないような絶叫を上げながら、前世の死を追体験した。

 悪魔の笑い声が聞こえる。だけどそんなこと気にならないほど、苦しみ、絶望し、痛みに悶えた。

 私はその後どうやって上へ戻ったか、少しも覚えていなかった。

 

 

 

「お前も物好きダナ、もう十分懲りただろ?」

「上に居たくないの……」

 私は三度、あの悪魔の前にやってきていた。

 あの後、私は三日三晩目を覚まさず、みんなに心配を掛けたらしい。

 だけど私はみんなの前で尋ねずにはいられなかった。私を選んでくれたビルーダー様に、前世のことを。

 

 それ以来、みんなは私をデーリッチとして扱うようになった。

 それが堪らなく嫌だった。ビルーダー様は私が元々優れていたからではなく、デーリッチだったから私を選んだのだ。

 あんな、自分では何にもできない無力で頭の悪そうな前世を。私だからじゃなくて!! 

 

 気付けば私は、とつとつと自分の境遇を女悪魔に話していた。

 そうやって自分の中でいろいろと整理したかったのかもしれない。

 

 一通り、私の話を黙って聞いていた彼女は、悪魔にしては滑稽に思える憐みの視線を寄越した。

 

「マジであの女神クソ女だな……。空気読めよ。輪廻に携わってるくせに、死別の意味ほんとにわかってんのか」

 まさかそんな境遇を自分が掘り起こしたとは思っておらず、彼女は呆気にとられていたが。

 

「お前、ほんとにそんなんで王様になるつもりか? ただの身代わりドールじゃないか」

「わかんない、でも今はやだ。だけど他にどうすればいいのかも知らない」

「ははぁ、筋金入りの良い子ちゃんなんだなぁ、アンタ。

 周りや神が強制した生き方しか知らないとか……親に反抗とかしたこととかもないの?」

「無い。パパもママも忙しいから、迷惑かけちゃいけないから」

「はぁ~、正直、お前が王様になっても、どうせ長続きしないよ」

「……どうして?」

「ドリームが無いからだよ、お前自身に思い描くビジョンがないのネ。

 それで人々を導く? 神に選ばれた申し子? 片腹大激痛デース!! お前も、それに気づいていない周りも、馬鹿ばっかり!!」

「だけどビルーダー様言ってたよ、指導者は公平性を欠いてはならないって。私情を挟んじゃいけないって」

「そんなにジャッジが大事なら、お前の代わりのマシーンでも置いとけよ。

 ドールでマシーンなキングに誰がフロンティアを夢見るんだ? そんな国、冥界の方がずっとマシだね、乗っ取る気も起きない」

 そこまで言ってから、女悪魔はなぜかハッとなってこう言った*1

 

「今まで誰にも迷惑かけたことないんダロ? 

 だったらこれまでの分、たっぷり迷惑かけてやればいい。

 そしてたくさん我がまま言ってやれよ。子供はそうやって親の愛を確かめるもんだ」

「でも、私、なにすればいいかわかんない」

「じゃあ、試しに家出でもしてみれば? あいつらが大慌てしているのが、私にもわかるぐらいにな」

「うーん、やってみる……」

 みんなが大慌てするような家出……そうだ、前に博士がキーオブパンドラを改造して理論上過去に戻れるようにもしたって言ってたっけ。

 でも座標とか時間軸の観測とか……あ、ビルーダー様の本体にお願いすればいっか。

 

「ありがとう、悪魔さん。家出から戻ったら、みんなに言ってそこから出してあげる。そしたらお名前を交換して、お友達になろうね」

「はいはい、期待しないで待ってるよ」

 私は期待に胸を膨らませながら走った。初めての、初めてのわるいことを、これからするのだから。

 

 

 

 

「ふん、契約通り、お前の筋書きに乗ってやったぞ。

 だが、賭けはワタシのビクトリーってとこかな、……なぁモンキーハンド?」

「……ちッ」

 

 

 

 

『 未来からの刺客 』

 

 

「ああ、みんな、こんな昔なのにそんなに強いのか……」

 炎が舞い、氷が飛来し、雷が迸る。

 

 十年後のエステルは本当に強かったが、多勢に無勢だった。

 

「違うぜ、エステルさん!! 

 今のあんたの炎はぬる過ぎるだけだ!!」

 大人エステルの炎魔法を全面に受け、味方の盾となっていたニワカマッスルが叫んだ。

 

「おおマッスル、やっぱりあんた凄いわ。

 ……くっそぉ、暑いなぁ。汗が目に入って痛いし術の制御が鈍る!!」

「エステル!!」

「デーリッチ、ハグレ王国はあんたが居るだけでこんなに輝いて見えるのか……。

 今ならわかるよ、マリーがあんたに惚れ込んだ理由が。

 私も、戻れるなら戻りたいよ。だけど未来(いま)も捨てられないんだ」

 戦いの最中、彼女はその複雑な心境を口にした。

 

 炎対策は万全なハグレ王国の面々に、大人エステルは攻めあぐねている時だった。

 彼女の姿が徐々に透けてきたのだ。

 

「あ、しまった。時間切れだ!! 

 自分が召喚される側に回るなんて思わなかったから忘れてた!!」

「間抜けな幕切れね、十年間なにをしてたのかしら!!」

「くっそぉ、シノブ、後はまか──」

 大人エステルは過去の自分に何か言い返す暇もなく、現在から消え去った。

 

「そうだ、未来の召喚魔法には時間制限があると言っていた!! 

 未来の仲間たちは強いが、これならやりようがある!!」

 ローズマリーが大人エステルが退去した姿を見て、そう叫んだ。

 

「エステルちゃんのバカ!! わざと手加減なんかしちゃって!! もういいもん!!」

 支援魔法で彼女を援護していたマナは今にも地団駄を踏みそうなほどイラついたようにそう言った。

 

 マナは自分に味方してくれる人たちを未来から呼び寄せた!! 

 

「これは……マナお嬢様?」

 次に現れたのは、赤毛の淑女だった。

 

「今度はわたくしですか!?」

 ゼニヤッタは自身の未来の姿が現れたことに驚愕を隠せない。

 

「……ああ、マナお嬢様。ここは天国なのでしょうか。それとも地獄でしょうか? 

 在りし日の国王様が、色褪せた思い出の中にしかいない若き皆様が、わたくしの目の前に見えております。

 ほら、ローズマリーさんなんてあんなに若々しく……」

「揃いも揃って私が老けたことを言及しないと気が済まないのか、君たちは!!」

 感涙を拭う十年後のゼニヤッタに、ローズマリーは感情のままに叫んだ。

 

「ゼニヤッタちゃん!! あそこにいるデーリッチを捕まえて!! 一緒に連れて帰るの!!」

「……わかりました、いったいいかなる事情かまでは問いませぬ。

 ここが天国だろうと、地獄だろうと、この両手から零れ落ちた国王様を救えるというのなら、神に牙向くことも、この身が悪鬼羅刹と化そうとも、このゼニヤッタは厭いませぬ」

「ああもう、我がことながら話の通じそうにない!!」

「ハッ、あれはかつての己ではありませんか。

 望みが望まぬように叶う地獄があると神様はおっしゃいました、もしや国王様やマナお嬢様はずっとここに囚われておいでで!?」

「天然かッ!! ……天然だったわ」

「お恥ずかしい限りです……」

 思わずツッコミを入れるマルースに、赤面して顔を覆うゼニヤッタだった。

 

 

「おいローズマリー、お前あのバカの耐久レースに付き合う気か? 

 あっちのエステルの奴、間違いなくレベル数百は行ってたぞ、俺らは今平均50くらいなのにな!!」

「幸い、あちらの召喚も時間制限があります、マナちゃんもゲートの制御で一人ずつしか呼べないようだ。

 そのうち打ち止めになるとはいえ、さすがにこのレベル差でそれは希望的観測か」

「お前とデーリッチで説得してくれ、あいつは俺たちで足止めするから!!」

「わかった!!」

 ローズマリーは先ほどから黙っているデーリッチを連れ、戦線を離れた。

 

「マナちゃん、いい加減こんなことは止めるんだ!!」

「マリちゃんは黙ってて!! マリちゃんだって、デーリッチを連れて来ればきっと喜ぶくせに!!」

「そんなの君の思い込みじゃないか!!」

「みんなだって私のことデーリッチだって思い込もうとしているじゃない!! 

 みんな口では私は私だっていうよ、でもそんなの大嘘!! みんな私じゃない私を見てばっか!!」

「ああもう、未来の自分のバカ!!」

 ちっとも聞く耳を持つ様子のないマナに、さすがのローズマリーも悪態をついた。

 

「悪魔に唆された? 違うね、悪魔ぐらいしか私を見なかった!! 

 我がまま言って良いって、夢を見た方って良いって!! これがビルーダー様の言う堕落なの? じゃあ今すぐ地獄に落とせばいいじゃない!!」

「あー、なるほど、そういうことでちか」

 少女の主張をずっと聞いているだけだったデーリッチが、ふっと小さく笑った。

 

「マナちゃん、そんなに心配しないでも大丈夫でちよ。

 どうせみんなはすぐに目を覚ますでち」

「どうして!? なんでそんなことわかるの!!」

「いやだって、デーリッチとマナちゃんって全然似てないじゃないでちか」

 と、彼女はそんな身も蓋もないことを言った。

 

「マナちゃんが来てから、ローズマリーやヅッチーと一緒にお勉強したでちよね? 

 ローズマリーってばマナちゃんのこと褒めてばかりで、デーリッチにマナちゃんを見習えだとか、いっそのこと先生になってもらえば、とか散々なこと言ってたじゃないでちか。

 ちょっと羨ましすぎるんですけどー!! その頭の良さ、ちょっとでもいいからデーリッチに分けてくれたっていいんじゃないんでちか!!」

「デーリッチだって知ってるくせに、これはビルーダー様のギフトのおかげだって!! 

 それが無かったら私なんてデーリッチぐらいおバカだもん、きっと!!」

「あー!! じゃあデーリッチもビルーダー様に頭よくしてもらうでち!! そうじゃなきゃ不公平でち!!」

「そんなの知らないよ!! 私は将来偉くなるために努力しているもん!! 遊んでばかりのデーリッチと違うもん!!」

「ははーん、言ったでちね? デーリッチはもうすでに偉いんでちよー。

 ……だからこそ疑問だった。マナちゃんが王様になったハグレ王国の姿がどうしても思い浮かばんのだよ」

「え?」

「マナちゃん、デーリッチを自分の代わりに連れて行くと言ったでちね? 

 デーリッチ、分かっちゃった。これはもしかしたら本当に一緒に行くべきなんじゃないのかって」

「おい、何を言っているんだ、君は!!」

 低次元な子供の言い争いを見ているしかできなかったローズマリーは、そんなデーリッチの結論に声を荒げてそう言った。

 

「この間、マルちゃんが言ってたでちよ。

 ヅッチーとプリシラちゃんが一騎打ちをしてた時、デーリッチが理想を忘れた時にはきっとローズマリーが自分の前に立っているって。

 それってつまり、逆も言えるってことじゃないのかな? って。

 十年後のローズマリーが理想や夢を忘れて、楽しかった頃やかつての栄光を追い求めてマナちゃんがそんな風に思いつめるようになるのだったら、こりゃあデーリッチが行かねばならんよ。

 それがたとえ、デーリッチが存在しない十年後だとしても、親友がそんな風に苦しんでいるのなら、デーリッチはヅッチーがそうしたように叩いてでも目を覚まさせる義務がある!!」

 デーリッチはそう言って、マナの方に一歩踏み出した。

 マナは彼女の見えない何かに気圧されるように、無意識に一歩後退った。

 

「どうした!! デーリッチを連れて行くんじゃないんでちか!!」

「…………や、やだ」

 この時、両者の立場は全く逆転していた。

 マナは理屈ではなく、前世に由来する直感で悟った。

 

 デーリッチを未来に連れて帰ったら、自分の存在意義が消えてなくなるのだ、と。

 代わりになるとかそういう話ではない。もっと根本的に、自分の人生は否定されるのだと。

 そんな当たり前のことに、ようやく気付いたのだ。

 

 マナはゆっくりと視線をそらすと、王国民相手に獅子奮迅の戦いをしていたはずの未来のゼニヤッタがデーリッチを見て動きを完全に止めていた。周囲は死屍累々だった。

 

「ああ、国王様……この魂が震えるような、懐かしい感覚は……これが、今もみなさんが追い求めている輝きだったのですね……」

「ゼニヤッタちゃん!! 先にそっちのローズマリーに伝えておくでち!! 

 今からそっちに行って目を覚まさせてやるって!!」

「……王命、拝領致しました。マナお嬢様、申し訳ございませんがお先に失礼いたします」

「あッ」

 マナはスカートの裾を持ち上げ一礼し、自分の意志で召喚を解除し帰還するゼニヤッタの姿を見た。

 その様子をデーリッチは確認する仕草すらしなかった。必ず伝言を伝えてくれるだろうという、信頼だけがあった。

 

 マナはもう、言葉が出なかった。自分よりデーリッチを優先されたというのに。

 起源とする魂は同じなのに、自分の方がずっと才能は勝っているのに、自分は彼女の代わりにすらなれないという現実だけが八歳の幼い少女に突きつけられていた。

 

「ひっぐ、えぐ、ううぅ……」

 叡智の申し子と称えられる少女は、膝を突いて年相応に泣き崩れた。

 その様子を見て、ローズマリーは戦いが終わったのだと悟った。

 

 

「ふぅ、私が出る幕もありませんでしたか」

 その声は、ゲートの奥から聞こえた。

 

「よいしょっと、ちょっとこれ狭すぎません?」

 十分巨大なはずのゲートを這いつくばるようにして通ってきた女性の姿に、それを確認できる余裕のあるもの達は目を見開く。

 

「し、シノブ!?」

「あら、エステル。ローズマリーさんも、みんな若々しいわ」

「ちょっといい加減にしてくれません?」

「落ち着くでち、ローズマリー!!」

 目が据わっているローズマリーを、デーリッチは咄嗟に宥めた、

 

「うわーん!! 博士ぇ!!」

 マナは大泣きしながら十年後のシノブに抱き着いた。

 

「よしよし、どうやら自分に足りない物を見つけられたようね」

「シノブ、あんた……」

 エステルはマナを抱きしめて頭を撫でている親友を見て言葉を失った。

 十年後の彼女はまさに肉体的に最高潮のはずなのに、その彼女は背も伸びているのに今より痩せて現在より小さく見えるようですらあった。

 

「あのー、その言い方はちょっとおかしくありませんか?」

「はい?」

「もしかして、今回のマナちゃんの家出、あなたが仕組んだってことはありませんよね?」

 ダメージをヒールで回復し終えた福ちゃんが若干疑いの眼差しでそんなことを問うたのだが。

 

「いいえ、それは違いますよ。

 私とビルーダー様がやろうとしたのは、この子とあの悪魔を引き合わせ、その誘惑にどう対処するか見る事でした。

 まさか家出までして、キーオブクロノスまで持ち出したのはこちらも完全に想定の上を行っていましたよ。人の欲望や弱さを突くことに関しては流石は悪魔という他ありませんでした。

 そのおかげでこの子も知る必要のないことまで知ってしまった……」

 シノブは少しだけ表情を曇らせ、疲れを感じさせる溜息を吐いた。

 

「じゃあ、あんたは知ってたの? マナちゃんの前世がデーリッチだって」

「ええ、だって私はビルーダー様の代行者だもの」

「それはすごいわね。鬼に金棒と言うか、巨人に炎の剣というか……」

 エステルはシノブとビルーダーの組み合わせという無敵の組み合わせに慄くが。

 

「所詮、地獄行きと罪悪感から逃れたいが故の愚か者の足掻きよ。全然すごくなんて無いわ」

「……シノブ、あんた何をしたの?」

「喋りすぎたわね、この時期の私は確か失踪中のはずだったし。余計なことを言ったわ」

「待て!! 親友が地獄行きと聞いて黙ってられるか!!」

「なら、引き止めるべきは未来の私ではないのではないかしら? 

 それに私はもう、そういうのはこっちのエステルだけで十分なのよ」

 シノブの穏やかささえ感じる笑みに、エステルは二の句が継げなかった。

 

「私と我が神の企てにみなさんを巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」

「あの、シノブちゃん。お願いがあるんでち。

 デーリッチを未来に連れて行ってはくれないでちか?」

「その話なら、聞いていたわ。

 だけどビルーダー様の代行者として、それを許すわけにはいかない。

 あっちのことなら、私に任せてください。それに私もローズマリーさんとは今では親友なのですから」

 腰を折って頭を下げたシノブは、顔を上げてデーリッチにそう言った。

 

「お願いします、私を信じてください」

「……わかったでち、向こうのローズマリーによろしく行っておいてほしいでち」

「ご理解いただけで幸いです」

 再度頭を深く下げるシノブに、デーリッチも折れざるを得なかった。

 

「安心してください、ローズマリーさんとは本当に何でも話し合える仲なんですから」

「そうなんでちか、それなら安心でちね」

「私とシノブさんは今のところ殆ど面識無いから、そんな風に親友だって言われるとなんだか不思議な感覚だなぁ」

「…………そうね」

 彼女の言葉に安心したデーリッチと、不思議そうにしているローズマリーを見て、シノブはどこかぎこちない笑みを浮かべた。

 

「さあ、マナ。名残惜しいけど長居しては悪いわ。そろそろ帰りましょう」

「うん……」

 マナはシノブから離れると、真っ赤に泣きはらした表情で頷いた。

 

「マナちゃん!!」

「?」

「またね!!」

「……うんッ」

 デーリッチは二人がキーオブクロノスを手に取り次元の穴へと消えていくのを、最後まで手を振って見送っていたのだった。

 

 

 

 

『 エピローグ 未来と現在の小さな希望 』

 

 十年後の未来に、マナにとっては現在に帰ってきた後、当然彼女はたっぷり叱られた。

 人生初のお尻ぺんぺんを体験したり、長い間みんなと話し合った。

 

「本当に、この国でのデーリッチさんの影響力を思い知らされたわ。

 私は本当に、罪深いことをしてしまったんだと再確認したわ」

「あの時はマジで大変だったからなー。私本当にどうすればいいかわからなかったんだぜ? 

 マリーはシノブを殺すって覚悟決めるし、シノブはシノブで頭でっかちだったし」

 当時のことを思い出し、エステルはわざとらしいため息を吐いた。

 

「その話聞くたびに思うけど、それ本当なのかよ。あんたら呆れるくらい仲良しじゃないか」

「もうッ、昔の話は止してよ!!」

 シノブはエステルに昔の話をほじくり返され、顔を赤くして首を振った。

 

「エステルちゃん、シノブちゃん、助手君!! 大変だよ!!」

 マナが三人の研究室に飛び込んでくると、彼女は拠点の入り口の方を指差した。

 

「パパとママが喧嘩しちゃってるの!! 誰か止めて!!」

「またあいつらの痴話喧嘩かよ、もうほっとけばいいだろ」

「よし、じゃああんたが行け、パシリ!! シノブ研究室のお荷物なんだから!!」

「はぁ? 俺がお荷物だって? エステルそれはお前だろ、そういうことは古代語のひとつでも覚えてからでも言ってほしいね!!」

「もう、二人とも、みんなで行けばいいじゃない。全員知ってる仲なんだから」

 シノブは二人を仲裁し、マナに尋ねた。

 

「それで、喧嘩の原因は何かしら?」

「あのねあのね!! こっちのパパに私がママの結婚指輪を本当はプリシラちゃんに上げるつもりだったのかって訊いたら、パパ挙動不審になっちゃって」

「それを見咎めたあの子が怒り出したってことですか。

 マナ、いえマーニャ(・・・・)。過去で見聞きしたことと現在ではいろいろと違うのですから、構って欲しいからってあの二人を変に刺激してはいけないわ」

「うん、ごめんなさい」

 マナは自分の師にして先生たるシノブに愛称ではなく本名で呼ばれる時、それはちゃんと覚えてほしいことがあることだと理解していたので、落ち込んだ様子で頷いた。

 

「おいみんな、マルース夫妻の痴話喧嘩にプリシラが混じって面白いことになってるぞ!!」

 そして遠くから、面白がったハピコの声が聞こえてきた。

 

「はやく仲裁に行かないと可哀そうだわ、主にマルースさんが」

「そうね」

 シノブの呟きに、エステルは真顔になって頷くのだった。

 

 

 

 

 そして現在。

 

 

「結局、いろいろと謎は残りましたわね」

 マナ襲来事件の翌日、ヘルラージュはみんなの集まる共有スペースでそう呟いた。

 

「たった数日しか居なかったのに、なんだか寂しく感じるよね」

「ま、未来のローズマリーが王様にしようってするくらいだもんな、何だかんだで前世譲りの影響力は有ったんだろう」

 アルフレッドとジーナはそんな風に言って脳裏に思い浮かべた。

 もはや近いようで遠い場所に帰ってしまった、あの無垢な少女の笑顔を。

 

「マルースさん、これはもう一度彼女に会うにはあなたが頑張るしかないですね」

「なんだそれ、セクハラか? 最近は男相手にだってセクハラはダメだって叫ばれるようになってるって知ってるか?」

「どの口が言うんですか」

 かなづち大明神とマルースのやり取りを見て、またもやヘルラージュは呆れた声を出した。

 

「マルースさんのお相手の件もそうですが、ベル君が避けられてた理由も不明でした!!」

「もう、雪乃さん、その件はもういいでしょう!!」

「しかし、結局未来から呼ばれたみんなはあの子のことマナって呼んでたけど、あれって愛称ってことで良いのかしら?」

 雪乃とベルとのやり取りをよそに、ヤエがそんな疑問を口にした。

 

「そうね、結局それが一番の謎────」

 エステルがその言葉に頷きかけた、そんな時だった。

 

 ずんッ、と拠点が揺れたのは。

 

「おい、なんだ今の揺れは。地震か?」

「たぶん、あっちの方だぜ!!」

 マルースが気だるげに顔を上げ、ヅッチーが玄関の方を指差した。

 

 何事かとぞろぞろとそちらに向かうと、みんなは信じられない物を目にした。

 

「マナちゃん!!」

 デーリッチが、膝を突いていている昨日帰ったばかりの少女に駆け寄った。

 

「はぁ、なんでまた、お前が来てるわけ!? また家出か!?」

「えへへ……半分は、そう。パパとママ、私の所為で大喧嘩しちゃって、居づらくて……」

「そ、そりゃあまた、ははは」

 仲間たちにじろりと睨まれ、どちらかと言うとマルースが居づらくなった。

 

「もう半分は、みんなに会いたかったから……。

 ほら、キーオブクロノスの癖も時間移動のやり方もこの間のあれでだいたい掴んだから。

 今日来た時も、前より衝撃は少なかったでしょ?」

「そりゃあ色んな意味で前よりは衝撃を受けなかったけどさ……」

 ローズマリーはこの子の恐るべき行動力に呆れていた。

 

「博士も、何かあったら探して迎えに行くからって、時々こっちに来ても良いって」

「それってシノブはその鍵すら必要無しにマナちゃんを探しにこれるってことをツッコめばいいのかしら……」

 エステルは親友のとんでもなさに頭痛を覚えながらそう言った。

 

「まあ、何はともあれ、デーリッチはまたマナちゃんと会えてうれしいでちよ!! 一緒に遊ぼう!!」

「うん!! デーリッチとヅッチーも、他のみんなとも友達だもんね!!」

 そんな二人が並んで無邪気に笑っている姿を見比べてみると、ローズマリー達は何となく既視感を覚えざるを得なかったのだった。

 

 

 アナザーストーリー、『叡智の申し子』 完

 

※これより時折、マナが拠点に登場します。

(パーティ編成不可)

 

 

 

 

 

*1
この時、彼女は自分が普通に親身になって助言してしまっていることに気付いた。




これにて二章アナザーストーリーは終了です。
マナに関してはこれ以上当人の設定は出てこない予定です。
いやぁ、軽めな設定のサブキャラにしようと思ってたんですが、ついつい盛ってしまいました、反省反省。いやだって筆が止まらないんですもの。

次回の拠点内会話を終えて、次はオリキャラ三人のスキルや人物設定などなど、新しい王国会議は三章の頭にしたいと思います。
それじゃあまた次回!! 私の書きたい話に付き合ってくださる皆さんに感謝です!!
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