『幕間 マルースの場合 』
「まったく、妖精どもといいシノブちゃんといい、どうして発想がガキなんだよ!!」
「先輩、これからと言う時にあまり体力を使うものではないぞ」
私は昨日から荒れている先輩の相手をしていた。
デーリッチの捜索は昨夜から規模は縮小されたものの、依然として山狩りが行われている。
今はどちらかと言うとマナちゃんやビルーダー様の意見を聞いて、別世界へ飛んでしまった可能性があるらしいデーリッチへのアプローチを行っている最中だった。
召喚魔法が関わると言うと、それが行えるのはエステルだけだ。
彼女は駄菓子屋から筐体を引っ張り出して、デーリッチの転移事故のシミュレートをしている最中だ。
そうやって分析を行い、デーリッチの所在を探そうという魂胆らしい。
「なにが自業自得だ、何が滅ぶのなら仕方がないだ!!
ビルーダー様みたいなこと言いやがって!!」
「だが、彼女はいずれ代行者に選ばれるそうじゃないか」
「ああそうさ、それがビルーダー様の代行者としての行いなら俺だって納得したさ!!
ビルーダー様は戦争を肯定するお方だからな。あのバカ野郎の言い分だって、俺も頭から否定したいわけじゃねぇしよッ!!
だがあいつのいう新しい秩序とやらは、きっとあいつの頭の中には無いぞ!!
そんな奴が起こした戦争で世界はめちゃめちゃになって、果てにはデーリッチが死んじまう可能性があると来た!!
仮にそんな未来が実現するのだとしたら、俺がそれを滅茶苦茶にしてやる!!」
「どーどー」
「俺は馬じゃねぇ!!」
そんな風に先輩をなだめていると。
「マルースさん、ちょっと来てくれない?」
何やら真剣な様子のエステルが彼を呼んだ。
「あん? いったい何だよ」
「良いから来てってば!!」
エステルにしては珍しく、語気を荒げてそう言った。
首を傾げて彼女についていく先輩と、気になって見に行く私。
「これ、どういうことですか!?」
エステルが指差す方には、ゲームの筐体の画面があった。
「これは、水晶洞窟の再現か?」
その画面を先輩が覗き込むと、デーリッチ消失当時の水晶洞窟の様子が俯瞰視点で映し出されていた。
エステル達やシノブらまでもが、停止した画面に映っていた。
「これがどうした?」
「今、時間を進めますね」
エステルがゲームの時間を進めると、それを見た先輩や私は眉を顰めた。
「これのことです」
どうやら、先輩のシノブに向けた呪詛めいた宣戦布告がログに流れたことに対し、エステルは説明を求めているようだった。
「本当に、こんなことするつもりなんですか?」
「するよ。当たり前じゃん」
実にあっさりと、先輩は返した。
そのあまりにも当然のように返された答えに、エステルだけでなく彼女の作業を見守っていた面々も呆気に取られた。
「私がそれを許すとでも!?」
「エステルちゃんさぁ、まず君は彼女に対する一番最初の見せしめとして俺に八つ裂きにされないか心配するところじゃないの?
たぶんそれが一番効果的だし、向こうもそれでこちらの本気度を理解してくれると思うし」
どこか呆れたようにずれたことを言う先輩に、エステルは絶句して一歩後ずさった。
「マルースさん」
ずっと彼女の作業を見守っていたローズマリーが口を開いた。
「仮に何かしらの報復をするとして、仲間を犠牲にする方法を試みるのは認められません」
「ま、マリー?」
「エステル。悪いけれど私は常に最悪を想定しなければならない。
現にデーリッチが帰ってこなかった場合の実例があるんだ。もしそうなった場合、私はデーリッチの代わりに報復をする義務がある」
「マリー落ち着いて、落ち着け!!」
「私は落ち着いているんだ!!」
「いやいや、二人とも落ち着けって」
結局二人がヒートアップしてしまい、先輩が間に入って二人を止めた。
「エステル、気持ちはわかるが彼女は君を騙して裏切ったんだぞ。
君こそ現実が見えてないんじゃないのか?」
「私は二人がおかしな行動をしようとするかもしれないことに怒っているんだ!!」
エステルは怒気を爆発させて、そう怒鳴った。
「八つ裂きとか報復とか、普通じゃない、普通じゃないわよ!!」
「そうさ、普通じゃない。そして正気じゃ行えないのが戦争だ。
エステル。どうしてシノブちゃんが俺たちにこんなことをしたと思う?
──キーオブパンドラを力づくで奪い取っても泣き寝入りすると思われていたからだよッ!!」
先輩は筐体の画面を指差し、エステルを睨むようにそう怒鳴り散らした。
「報復は心情的な意味合いが強いことは確かだが、やったらやり返されると相手に思わせることも理由としては大きい。
デーリッチが無事に帰ってきたとしても、シノブちゃんの生家を爆破するぐらいしないとむこうにこちらのメッセージが伝わらんよ。
それとも君が今すぐシノブちゃんを連れてきて、床に頭を着けさせて謝らせることができるとでも?」
「それが出来るならそうしてるわよ!!
だけどそんなこと、デーリッチが望むのかよ!!」
「だったらその時に俺が提案して、改めて却下させればいいだけの話だ」
「……狂ってるよ。あんたも、マリーも、そんな人じゃないだろ……」
俯いてしまったエステルの両目から、ぽたぽたと涙が零れ落ちる。
それを見てローズマリーと先輩は、お互いに顔を見合わせて肩を落とした。
「エステル、ごめん。前が見えてなかった」
「ああ、俺の方こそ悪かった。
報復すること前提に考えるのは間違いだった。こんな調子じゃ、見つかるものも見つからない」
ローズマリーはエステルの肩を抱き、先輩はバツの悪そうにため息を吐いてそう言った。
「だが、もしデーリッチが無事で帰ってこなかった時は、俺はどんな手を使ってでも彼女を君の前に引きずり出して頭を下げさせてやる。
その為なら彼女を徹底的に追い詰めて、追い詰めて、追い詰めて、弱らせて弱らせて、判断力や思考能力を奪ってから、君を騙したことを後悔させてやる」
「マルースさん、その場合、彼女とやりあうのは私の役目だ。それだけは譲れないよ」
「だったら一緒にやればいいだろ。とにかく、今はそんな話は無しだって言ったばかりだろ。後ろ向きの考えは後回しだ」
「ええ、そうでした」
二人がそうして話を終えると、周囲はホッと息を吐いた。
ハオがハンカチを持ってきてエステルの涙を拭きとってあげている。
まったく、考え方が戦争屋のそれじゃないか。
だから先輩だけは敵に回したくないんだ。
「やれやれ、デーリッチが居ないだけでこの国はこんなに殺伐としてしまうのかのぅ」
この中で一番の新参なドリントルが、仕方なさそうに首を振ってそう言ったのだった。
『幕間 ビルーダーの場合 』
「まったく、先ほどはどうなるかと思ったわ」
エステルに解析を任せ、ティーティー様を初めとした四柱はいつも茶会をしている場所で待機することにした。
「ええ、こんな調子ではせっかく王国に集まっている福が逃げてしまいますわ」
頬に手を当て、悩ましげに福ちゃんはため息を吐いた。
「不謹慎を承知で言うけれど、私はちょっと面白かったわ」
「本当に不謹慎ですね……」
まったくもって空気を読まないビルーダーに、かなづち大明神は半眼で彼女を見やる。
「マルースのあの空気、見たでしょう?
あの男は極限の緊張下や戦場での張り詰めた空気でこそ思考を研ぎ澄ませ、冷徹に理詰めで行動できるある種の才能を持っている。
普段は自身を縛っている理性の楔を外し、敵に最大限効果的なダメージを与える方法を模索し、生き残ることに最善を尽くす能力がある。
今までの王国では決して発揮できなかった才能よね」
自身の信徒が復讐に走ろうとしている光景を見たというのに、この性格の悪い女神は面白そうに笑っていた。
「その上、その空気を周囲に伝搬させることを無意識に行っている。
あれに率いられた兵士は何よりも恐ろしい相手となるでしょうね」
「ある意味では、生粋の指揮官じゃな」
「その才能が妖精王国との戦争の時に発揮されていなくて本当に良かったですよ」
ビルーダーの言葉に、ティーティー様とかなづち大明神が深くため息を吐いた。
「ところで、十年後のシノブさんがそうであったように、この世界の彼女もビルーダー様の代行者にするつもりなんですか?」
こんなことがあったのに、と言外に匂わせながら福ちゃんが問うた。
「あー、うん、それなのよね。シミュレーターで再現を見たけれど、あの子、研究者としては超一流っぽいけど、それ以外は向いていないかもしれないわね」
「と言いますと?」
「研究者には、資金調達の為にパトロンにプレゼンしてお金を引き出すコミュニケーション能力も必要なのよ。
たぶんだけど彼女、そう言うの丸っきりダメだわ。相手の理解を求めようとしないところとか特に」
なんだか生前の本体を思い出すわ、とビルーダーは苦笑した。
「ああ、だからマナちゃんがあなたの申し子として望まれたわけですか」
福ちゃんがそう呟くと、あー、と他の二柱も納得した。
「私の代行者と言っても、いろいろいるわ。
彼女の場合、私が望む技術水準を引き上げる役目をさせることになるでしょうね。
あの子は指導者にするには責任感が空回りしそうで、逆に危ないわ」
「しかしマナちゃんを見る限り、十年後はだいぶ上手くやっているようですけど」
「ふむ、気になるな。聞いてみるか。
おーい、マナや、おーい」
福ちゃんが疑問を抱き、ティーティー様がマナを呼ぶと、彼女はたったったっとやってきた。
「ティーティー様、なーに?」
「うむ、ちょっと気になってな」
ティーティー様はマナにちょっとした疑問を尋ねてみた。
そうすると彼女は、あー、と目を細めた。
「そういうの、全部助手君がやってるの。博士ってば対人スキルダメダメだから。エステルちゃんも事務とかずぼらだし。
二人とも研究費とかかさんで時々怒られてるし」
「なんじゃ、そう言うの担当がしっかりおるのか」
「うん、分業ってやつ。助手君は博士が研究で忙しい時にたまに勉強を見てくれるから好きだよ。
でも八歳児相手に昔の自分はどうたらこうたらってマウント取ろうとするところがたまにキズかなー。イヤミっぽいからモテないの。顔はいいのに」
「なんだか微笑ましいですね。
そう言う人材がいるなら、ぜひともハグレ王国に来ればいいのに」
「そうだねー、今助手君ってば何してるのかなー」
かなづち大明神がくすりと笑っているのを見て、マナも笑顔でこくりと頷いた。
『幕間 マナの場合 』
「エステル、うまく使いこなせているようでなによりだわ」
玄関ホールで筐体に向き合ってデーリッチの行き先から召喚魔法で呼び寄せられないかシミュレートしているエステルを見やり、マナを伴ってやってきたビルーダーがそう言った。
「あ、ビルーダー様どうも。いやぁヤエさんがこんな使い方を見つけてくれなかったら今頃メンタルモンスターがぶ飲みしながら召喚魔法を繰り返し試してた所ですよ」
「気にしないで、私はあなた達の手助けをしているに過ぎないわ。
仮にそれを使うことが神域で問題になっても、渡しっぱなしにして回収をしない研究部が悪いわけだし」
「それを聞くと安心して使えないんですけどー!?」
流石に問題になるかも、と言われて集中できるほどエステルは無神経では無かった。
「少し休んだら? 根を詰めてはいけないわ。
私の予想だと、たぶんあなたがどれだけ早く終えようとも結果は変わらないわ」
「それはどういう意味ですか?」
「右もあれば、左もある、ということよ。分岐点とはそういう残酷なものだと言うことね」
「は、はぁ……まあとにかく、ちょっと息抜きはしようかな」
意味深なことを言って去っていくビルーダーを見て、エステルは曖昧に頷いた。
「よくわからないけど、最善を尽くさなければ右も左も無いってことは伝わったわ!!
何か飲み物でも飲んで一息つこうっと」
良くわかっていないのに本質は突いているエステルは、水を持ってきてごくごくと飲み干した。
「ぷはー、生き返る!!
そう言えばマナちゃん、どうしてケモフサ村に行こうだなんて言い出したの?
おとといも昨日も未来に戻っている様子もないし」
「博士やマリちゃんから、見届けてきなさいって言われたの。
デーリッチが自分と同じ結末を迎えるのか、また別の可能性を掴み取るのかって」
「そっか。なんだか不思議だな。あんな風に怒りをむき出していた二人が居るのに、デーリッチが居なくなっても最終的にはうまくやってるみたいだしさ」
「それはエステルちゃんが頑張ったからだと思うよ。
いつもドヤ顔で、今の二人がいるのは私のおかげだ、って言ってるし」
「嘘、やだ、未来の私恥ずかしい……」
未来の自分がそんなことを言ってエステルが赤面していると、マナはぽつりとこう言った。
「ケモフサ村に行きたいって言ったのはね、クーちゃんのパパがどんな人か見たかったからかな」
「クーちゃんっていうと、ああ、クウェウリさんのことか」
「うん、私クーちゃんと友達。時々お料理作ってくれるの、すごく美味しいんだ」
「ああうん、確かにあの子は料理上手だった……」
「…………」
そこで、不意に会話が途切れた。
「やっぱり、未来じゃマーロウさんは」
「罪人として処刑されたって聞いたよ。私が産まれる前に。
クーちゃん、知らない人に罪人の娘呼ばわりされる時があって、その日はいつも夜に泣いてるの。
パパはデーリッチが亡くなった一因だったって。みんなに顔向けできないから夢も諦めちゃったって言ってた」
「くそッ」
それを聞いたエステルは、顔を顰めて悪態づいた。
「男って勝手だよな。私もあの人の話を聞いて、こう思ったよ。あれは死に様だって。
誇りってのは普通、生き様じゃないのか? 誇りを貫き通して、それで当人は死んで満足かもしれない。
なにが戦って死んだ者たちの心を踏みにじられる、だ。自分だって好き勝手して死んで、残した人たちの心を踏みにじってるじゃないか!!」
「うん、そうかもね。だから私、一度でいいからクーちゃんのパパを見ておきたかったの。
クーちゃん、自分のパパの話をするときはいつも笑顔だった。そんな素敵なパパさんなら、うちのパパと交換してほしかったなって」
「マナちゃんって時々辛辣だよな……」
「でもそんなことなくて良かった。やっぱりパパはうちのパパが一番だって」
「そうかそうか、それは良かったよ」
エステルはそれを聞いて、彼女の頭を撫でた。
そして遠巻きにその様子を複雑そうに見ているマルースを見やり、くすりと笑う。
「待ってな、マナ。このエステルさんが、最高のハッピーエンドを見せてやるよ。
そしてもう二度と、誰も来なかったなんて言わせない。もうあんな悲しい台詞は言わせない!!」
「うん!!」
エステルは気合を入れ直して、作業に向かうのだった。
『 そして彼女たちは異世界へ 』
「素晴らしいわ」
ビルーダーは、水没都市に作られた相互ゲートを見て掛け値無しの称賛を送った。
「エステル、誇りなさい。技術はシノブの後を追ったものかもしれない。
だけどこの世界の文明水準をはるかに超えたこの奇跡は、あなた自身の手で起こしたものよ。
きっと私やマナの助言が無くても、あなたはこれを成したでしょう。あなたの死後、あなたが望むのなら我が元にて侍ることを許すわ」
「いやぁ、そこまで言われると照れるなぁ」
真剣な表情で称賛を受けたエステルは照れたように笑った。
「マジか、エステル。俺の故郷じゃ最大級の賛辞だぞ、今の。
聞いたやつが昇天しちまいそうなくらいにはな。ちょっとお前のこと見直したわ、てっきりフレイム撃つだけの女かと……」
「マルースさんの中で私の評価はどのレベルだったんですかねぇ!!」
「まあまあ、とにかくデーリッチの迷い込んだ異世界へのゲートが完成したんです。
みんなを集めて異世界に乗り込むメンバーを編成しましょう」
その偉業に驚きを隠せない様子のマルースに噛みつこうとするエステルを諌めるローズマリーだった。
「待って、マリちゃん」
「うん?」
ローズマリーが勇んでみんなの元へと駆け出そうとするとマナに呼び止められた。
「えい!!」
「お、おい、何してるんだ、マナ」
ゲートの制御を行っていたブリギットが、突如としてキーオブクロノスを掲げたマナを見て目を見開く。
何かしらの魔法が、ゲートに施されたのだ。
「な、なんだこれは!? ゲートが制御も無しに安定している!?」
「うん、これ、博士の発明したゲート制御の魔法。
これは任意で通行する人物を制限できるし、魔物が入ってこれないようにマナエネルギーだけを取り入れるフィルターの役目もあるんだよ。
これでこのゲートは私が消そうと思うまで、半永久的に維持される」
「マジか、やっぱりヤバいな未来のシノブ……」
エステルはポカンと口を開けてそう言った。自分がたった今賞賛を受けたことが吹き飛んでしまうような、とんでもない魔法だった。
「……この魔法、シノブさんはやっぱり、後悔しているんだね」
「うん、こんなことしても贖罪にはならないだろうけど、って言ってたけど。
マリちゃん、これだけは信じて。本当に、私の世界じゃ博士とマリちゃんは大親友なんだよ」
「ああ、もういいさ。そんなこと。デーリッチさえ帰ってくるのなら」
ローズマリーは心のうちの怒りを洗い流し、微笑みを浮かべてマナの頭を撫でた。
「ようやく、ようやくこれで手が届いた!!
……よし、ハグレ王国全員でデーリッチを迎えに行くぞ!!
あの子に、自分たちが築き上げてきたものを見せつけてやろうじゃないか!!」
ローズマリーの宣言に、その場にいる全員が応じた。
「よっしゃぁ、異世界に殴り込みだ!!」
「私も、私も行くからね!!」
「わかってる、みんなを呼びに行くぞ!!」
マルースはマナを肩車して上へと駆け上がって行った。
「本当に、面白くなってきたわね」
「ああ、飽きない面々だよな」
そんなみんなを見て、ビルーダーとブリギットはそんな言葉を交わしたのだった。
次回、スカイドラゴン君にハグレ王国よくばりセットをデリバリー。
アンケートの結果ですが、やはりIF編はあの完璧な原作の展開を原作沿いで書く以上、蛇足かなという判断に至りました。
とはいえ僅差でIFも見たいという声も多かったので、時折マナの回想という形で未来の様子を描こうと思います。
皆さんご協力ありがとうございます!!
では、また次回!!
異世界に迷い込んだデーリッチ。もしかしたらその先は・・・・・・。
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あれ、ここってもしや十年後でち?
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ここはハグレ王国じゃないでち(原作通り