アナザー・アクターズ   作:やーなん

55 / 59
EX.地獄巡り

『 地獄巡り・入口 』

 

 

「ここは、どこでち……?」

 デーリッチは気付くと、真っ白な景色がどこまでも続く場所へと来ていた。

 どこを見渡しても白く明るく、何もない。

 

 ただでさえ正気を削るような白い世界は、より残酷な演出をするための舞台に過ぎなかった。

 

「あ、ローズマリー!!」

 真っ白な世界に、デーリッチは前方を歩いている見知った後姿を見つけた。

 彼女はすたすたと駆け寄ろうとしたが、一行に彼我の距離が縮まらない。

 

「あれ、あれ、待って、待って、ローズマリー!!!」

 デーリッチの声は届かない。

 それでも彼女は走り続けた。

 

「はぁ、はぁ、ダメでち、どうなってるんでちか、ここは」

 全身から汗がしたたり落ち、疲れて膝を突く。

 気付けばローズマリーの後姿ははるか彼方だった。

 

「あ、マッスル!!」

 ふと、後ろからニワカマッスルが前へと歩いて行く姿が見えた。

 今度こそ逃がすまいと飛びつこうとしたデーリッチだったが、その小さな腕は空しくからぶった。

 

「ベロベロス!! ハピコちゃん!!」

 デーリッチの知っている顔が、人物が純白の空間を彼女を置いて歩いて行く。

 

「福ちゃん!! ジーナちゃん!! アルフレッドくん!!」

 誰にも、彼女の声は届かない。

 

「ヤエちゃん!! 雪乃ちゃん……」

 やがて、デーリッチは理解した。

 ここはそういう場所なのだと。

 ──地獄、なのだと。

 

 

「ま、負けるかぁ!!」

 それでも、デーリッチは折れなかった。

 

「この程度の地獄、既に体験済みでち!! 

 デーリッチは知ってるでちよ、皆は地獄に囚われたって負けないって!! 

 だからデーリッチが折れるわけには、諦めるわけにはいかんでち!!」

 デーリッチは疲労から回復するのを待って、立ち上がった。

 

「デーリッチは、デーリッチの歩幅で歩くでち」

 そう呟いて、デーリッチは歩を進める。

 相変わらず、知り合いたちとの距離は離れるばかりだった。

 

「……もしかして」

 デーリッチとて、今見ている景色がまやかしであることぐらい気付いていた。

 我を通したぐらいで抜け出せる場所でもない、とも。

 

「キーオブパンドラ、力を貸してほしいでち」

 デーリッチは自身の相棒ともいえる鍵を掲げ、空間の一点を見定めて魔力の集中させた。

 

「てえぇい!!」

 そして、空間を突き破った!! 

 

 パリン、と真っ白なまやかしの世界がガラスのように砕け散る。

 

「やっぱり、この地獄の景色はデーリッチのイメージが見せていたんでちね」

 彼女は最初にビルーダーが言っていたことを思い出した。

 この位相世界は漠然とした無が広がっているだけだ、という話を。

 

「ビルーダー様の作り出した地獄も、同じ位相にあるってことなんでち。

 下に落ちて地獄に来たけど、その行動すらもイメージだったんでちね」

 この地獄は、それぞれに合った地獄を見せるのだと、デーリッチは直感で理解した。

 

「と言うことは……」

 ゲート移動による空間移動に慣れ親しんだデーリッチにとって……。

 

「よし、入れた!!」

 この地獄で、他人のイメージが構築した空間に転移することなど実に容易いことだった。

 

 

 

『 地獄巡り・獲得と喪失 』

 

 

 お腹がすいた。

 ローズマリーの思考はそれだけで満ちていた。

 

 父親と喧嘩別れし、自分の無力さに絶望し挫折した。

 彼女の精神はかつての頃まで記憶と共に退行していた。

 

 ふと、彼女は郊外にパンを食べようとしているハグレの子供を見つけた。

 その時彼女の頭に、魔が差したのだ。

 

「えッ」

 その子供は、自分の手に持ったパンがどうして奪い取られたのか理解できないように顔を見上げた。

 

「返して!!」

 子供はローズマリーにしがみついてパンを奪い返そうとした。

 彼女は煩わしくなって、それを振り払った。

 

「お願い、返して!!」

 地面に這いつくばって、足にしがみつく子供を蹴り飛ばす。

 自分が生きるためだから、と自身の罪悪感に蓋をして。

 

 だけどその子供もだってそうだった。

 だから子供もどこまでもローズマリーに食い下がる。

 

「いい加減にしろ!!」

 あまりのしつこさに、思わず彼女は子供を蹴り飛ばした。

 彼女はハッとなって子供に駆け寄ったが、子供は打ち所が悪かったのか不運なことに息絶えていた。

 

「あ、あ、あああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!」

 その瞬間、退行していた彼女の記憶がフラッシュバックし蘇る。

 そして彼女は理解した。これで23回目(…………)だと。

 ──ここは、地獄なのだと。

 

 

「ローズマリー!!」

「ハッ……」

 デーリッチの呼び掛けに、ローズマリーは我に返った。

 

「すごい汗でち……大丈夫でちか?」

「ああ、うん、酷く悪い夢を見ていたみたいだ……」

 そう呟いてから、彼女は衝動的にデーリッチを抱きしめていた。

 

「よしよし、もう大丈夫でちよ」

 デーリッチは何も聞かずに彼女の背をさすり続けた。

 

 

 

 つまらない、とハピコは感じていた。

 自分は世界で一番の億万長者、手に入らない物など何もない。

 

 ギャンブルをすれば連戦連勝。

 事業を立ち上げればいつだって大成功。

 何をしても、全ての運が自分の味方だった。

 

 だからだろうか、いくら金貨の山を築いても、満たされない。

 

 ふと、ある時きまぐれで、彼女は散歩に出かけた。

 空を飛ぶことも無く、地に足をついて。移動をしたいだけならお金の力でどうにでもなるのに。

 

 そんな時、鈍った彼女の野生の勘が働いて、そちらを見てみると目の前に暴れ馬車が迫っていた。

 

「はッ、ついてないや」

 ハピコは何も満たされないまま、馬車にひき潰された。

 金貨の山は何の意味も無くなった。

 

 ////////

 

 ニワカマッスルは有頂天だった。

 自分は世界一の有名人、どこに行ってもモテモテで女の子にちやほやされる。

 

「マッスルさーん!! ポーズ見せてぇ!!」

 女の子にそうせがまれれば、鍛え上げられた筋肉を見せつけ、黄色い声援が幾つも上がる。

 似合いもしないスーツ姿に身を包み、シルクハットなんて被ってオシャレなんてしたり。

 

 記者たちが幾つもの賞を取ったことで取材しようと待機していたり、子供たちがサインをねだろうと集まっている。

 誰もが知っている人気者、それが彼だった。

 

 そんな時だった。

 

「暴れ馬車だぁ!!」

 人ごみの先で、そんな声が聞こえた。

 

「何だって!!」

 見れば、どこか見覚えのあるハーピィが今にも馬車に轢かれそうになっているではないか。

 

 助けに出ようとした彼を、人々は肩を掴んで止めた。

 貴方がそんな危険なことをする必要はないんだよ、と。

 

 え、と自分に掛けられた言葉だと信じられずに彼が振り返った時には、全て手遅れだった。

 

 ぐしゃり、と肉が潰れたような音と共に血と羽が舞い散った。

 

 地位も、名誉も、何の意味も無かった。

 鍛えられた筋肉さえも、無駄だった。

 

 彼の雄たけびが、喧噪の中に木霊した。

 

 

「マッスル!! ハピコ!!」

 

 

 何も満たされず、頼るべき者など誰も居ないハピコは、目の前に迫る馬車に動けずにいた。

 これで何度目だろうか。目の前に死が迫る直前、彼女は思い出す。

 ああ、ここは地獄なんだった、と。

 そうして、自分が死ぬのが数えるのも億劫になった時。

 

「た、助けて!!」

 彼女は初めてそう叫んだ。

 その時だった。

 

「ふぅん!!!」

 馬車の横っ腹に、ニワカマッスルのタックルが衝突した。

 

「悪いなハピコ、助けるのが遅れた」

 唖然としているハピコに、ニワカマッスルはバツが悪そうに手を差し出した。

 オシャレなスーツは殆ど破けてみるも無残だった。

 

「はッ、なんだよ、その格好……」

 ハピコは恐怖に引きつった顔で精一杯の笑顔を作り、そう強がった。

 

 

「大丈夫かい、二人とも!!」

「え……?」

「あ?」

 ローズマリーとデーリッチに揺さぶられ、イメージが作り出した地獄から抜け出し、戻ってきた。

 

「た、助かった……」

 へなへな、と崩れ落ちるハピコ。

 

「本当に、本当に地獄だった……」

 屈強なはずのニワカマッスルも、憔悴した様子でそう呟いた。

 

 

「おいおい、そっちは大丈夫か?」

「あ、ブリちん!!」

 そこへ、ふよふよと浮遊椅子に腰かけるブリギットがやってきた。

 

「そっちこそ、大丈夫だったんでちか?」

「ああ、私にはこの場所は何ともないみたいだ。

 そっちでジーナやアルフレッドの様子を福ちゃんたちが見てる。まずは合流しようぜ」

「そうでちね」

 デーリッチはブリギットの提案に頷いた。

 

「それにしても、いったい何を見てたんだか」

 真っ青な表情をしている三人を見渡し、ブリギットはそう呟いた。

 

 そうして五人は、無の空間を歩いて行く。

 どこが足場なのか、なぜ明かりも無いのに暗くないのか、そもそも距離や時間の概念があるのか。いつぞやイリスと戦った際に訪れた次元の狭間のような場所だった。

 何もかもが理解から隔絶した場所を進むんでいると、彼女らは福ちゃんたちと合流することに成功した。

 

「ああ、みなさん、そちらも無事でしたか」

 憔悴している面々の様子を見ているかなづち大明神がデーリッチ達の姿を認め、安堵のため息を吐いた。

 

「ジーナちゃん、アルフレッドくん、ハオちゃんにベル君……無事でよかったでち」

 大丈夫ではなさそうだが、デーリッチはこうして会えたことに安堵していた。

 

「ああ、だがここはどうやら精神にガンガンダメージを与える場所のようだぞ。

 なんたって、ハオもこの有様じゃからな」

「はお~」

 ティーティー様の声に応じるように、ハオが力なく手を挙げた。

 

「最初は私たちも自分たちで脱出できるかどうか様子見するべきでは、と話していたんですけど」

「ええ、ずっと居続けていたらおかしくなりますよ」

「でちよねぇ」

 福ちゃんたちの言葉に、デーリッチも頷いた。

 この試練は明らかに殺しに来ている。肉体的にではなく、精神的に。

 

「まあ他の仲間を助けちゃダメ、なんて言われてないでちから、この調子でどんどんみんなをこの場所から解放するでちよ!!」

「私たちはみんなを見ていますので、元気がまだ余ってるデーリッチちゃんにそちらは任せますわ」

 と言うことで、デーリッチは他の仲間の救出に向かうこととなった。

 

「以前、ビルーダーが言っておったな。

 望みが叶い、望まぬ喪失をする地獄を作った、と。ここがそうなのかもしれん。

 わしらにはみなが何を見ているのかはわからぬが、果たして……」

 望みが喪失を上回る場合、彼女らはどうなるのか。

 ティーティー様は懸念を胸に秘め、小さな背中を見送った。

 

 

 

 §§§

 

 

 厳しくも優しい父、美しく慈愛に満ちた母。

 そしてどこかひょうきんで憎めない兄。

 

 ゼニヤッタの前には失ったはずの家族が現れて、自分と一緒に生活を営んでいた。

 母親が自分の好物を作ってくれて、父と兄と食卓を囲む。

 

 夢幻のような時間だけがこの場には存在していた。

 だが、それも長くは続かないことはゼニヤッタはわかっていた。

 

「ゼニヤッタ、ここに隠れているんだ!!」

 毎回のように、彼女は戸棚の奥に兄によって隠される。

 いつものように、彼女たちが住む屋敷に魔物が襲撃しに来たのだ。

 

 幼く、無力な小さなゼニヤッタは惨劇をやり過ごすことしかできない。

 全てが終わり、戸棚から出てきた彼女が目にするのは血と魔物の死体と。

 

「母様、父様、兄様……」

 バラバラの、家族の死体だった。

 

 

「どうしたんだい、ゼニヤッタ?」

「ううん、なんでもありませんわ」

 悲しみに目を閉じ、目を開けると、先ほどの光景が嘘だったかのように全てが元通りになっていた。

 そして思い知るのだ、ここが地獄だと。

 

「(これで、51回目……)」

 これがかつて追い剥ぎに手を染めた報いなのだろうか、彼女がそんなことを考えていると。

 

「ゼニヤッタちゃん!!」

 この場にあり得ざる声が聞こえた。

 その声に、彼女はハッとなった。

 

「国王様!!」

「はぁはぁ、大丈夫でちか!!」

 空間を突き破ってのデーリッチの登場に、ゼニヤッタは驚愕した。

 

 周囲を見渡せば、荒れ果てる前の屋敷や家族はセピア色に色褪せていた。

 

「うわ、何だかゼニヤッタちゃん、小さくなってるでち!!」

「あ、国王様、これはお恥ずかしいところをお見せしました」

 自分の小さい頃の姿を見せることに、ゼニヤッタは羞恥で頬を染めた。

 

「それより、ここに居ちゃいけないんでち、早くみんなのところに戻ろう!!」

「ですが……」

 ゼニヤッタは振り返る。

 色褪せても確かに残っている、自分の記憶の中にいる人たちの姿が。

 

「……行っておいで、ゼニヤッタ」

「お兄様……」

 それはこの場所の役割からすればあり得ざる後押しの言葉だった。

 それが幻聴なのか、イメージから形作られた妄想なのか、誰にもわからなかった。

 

「行って参ります!!」

 ゼニヤッタがデーリッチの手を取り、駆け足で空間の穴から脱出する。

 

 セピア色の景色は、インクが水に解け落ちるように曖昧になって消えて無くなった。

 

 

 

 それは幸せな光景、のはずだった。

 

 目の前にはかつて彼女が殺した両親が笑っていて、妹もだらしのない笑みを浮かべて彼女に甘えてくる。

 両親は彼女にこれ以上ないほどの愛情と期待を一身に注ぎ、彼女もそれに応え続けていた。

 

 何も欠けることも無い生活。

 幸せで何もかもが満ち足りているはずの世界。

 

 しかしそれは何もかもが狂っていた。

 

「あー」

「あー、あー、あうー」

 外を歩けば、そんなことしか言わない住人達が闊歩する。

 誰もがふらふらと歩くだけの、そんな場所がここだった。

 

 そう、ここにいる住人全てがゾンビだった。

 父も母も、妹も、ペットも、知り合いも、何もかも全部全部全部──!! 

 

 だって彼女がそうしたのだから。

 

 歳を取らない彼女の、魔法によって腐れ落ちることのない彼女は、仲間を増やし終末の楽園を築き上げた。

 そうして、置き去りにした家族を再現した。

 

 この場で正気なのは、いや、正気などという基準などどこにもなかった。

 一つだけ正しいことがあるとすれば、それは何もかもが壊れていると言うだけだった。

 当然だった。なぜなら、ここが地獄なのだから。

 

 

 /////////

 

 

「あうー、あうあー」

 ヘルラージュはもどかしくて仕方がなかった。

 ゾンビになった自分は、あうー、とか、あうあうー、ぐらいしか言えなかったからだ。

 

 この地獄に足を踏み入れてからずっと、姉の様子がおかしいことぐらいわかっていた。

 この生活を100日ぐらい続けて気付いたのだが、彼女の姉は自分をこの地獄が見せているまやかしか何かだと思っているようだった。

 

「(私は本物なのに……)」

 仕方ないので、ヘルラージュは姉に散々甘え倒すことで自分に気づいてもらおうとした。

 

「はぁ、ヘルったら、全くしょうがないのね」

 と、ミアラージュはいつものように微笑んで頭を撫でてくれた。

 

 失ったはずの日常。

 何もかも狂っていて、壊れていても、家族の優しさや冷たい体でもぬくもりを感じられるような気がしていた。

 

「(もうしばらく、このままでいいかも……)」

 なんて、彼女がダメな思考に陥りかけようとした時だった。

 

 

「ヘルちん!! ミアちゃん!!」

 紙でも突き破ってきたかのように、空間に穴を開けてデーリッチが入り込んできた。

 

 

「デーリッチ!?」

「ミアちゃんッ!! って、んぎゃああ──!! 

 なんじゃこりゃあ!! ゾンビだらけでち!!」

 デーリッチは悲鳴を上げて、ミアラージュにしがみついた。

 

「あうー」

「って、ここにもいるー!! って、ヘルちんじゃないでちか!! 

 どうなってるんでちか、ここは!!」

 とにかく、デーリッチは二人の手を掴んで自分が空けた空間の穴の中へと逃げ込んだ。

 

 

 二人がイメージの世界から脱出すると、そこにはすでに脱出できた面々が一塊になっていた。

 

「ひっく、ひっく、うう、ううぅ」

 膝を抱いて泣いている雪乃のそばにはヤエがやや憔悴している様子で付き添っていた。

 こたつドラゴンやジュリアもぐったりとしている様子が窺える。

 底抜けに明るいドリントルも暗い表情だった。

 

「国王様、おかえりなさいませ」

 そしてゼニヤッタが二人を連れたデーリッチを出迎えた。

 

「二人とも、大丈夫でちか?」

 窮地を脱したデーリッチが、ラージュ姉妹に問うた。

 

「え、あ、ありがとうデーリッチ。

 正直、何かを考えるのも億劫になってたところよ」

 ミアラージュはどこかぼんやりとした様子でそう答えた。

 まるでどこからが現実なのか分かっていないようにも思えた。

 

「お姉ちゃんはちょっとダメージが大きいみたい。

 デーリッチちゃん、私はこのままみんなを見ていますから、早く他の人たちを」

「わかったでち」

「お気を付けくださいませ、国王様。

 どうやら罪やその意識が強い者ほど深くこの場所に囚われるようです」

 デーリッチはみんなをヘルラージュとゼニヤッタに任せ、次の仲間の元へと向かって行った。

 

 

 

 §§§

 

 

「新女王バンザイ!! 妖精王国バンザイ!!」

 そんな国民たちの声を、プリシラは玉座の上で虚ろな目になりながら聞いていた。

 

 新体制の妖精王国は、破竹の勢いで成長し始めた。

 全てプリシラの手腕によってなされたことで、今になっては世界でも有数の勢力となった。

 

 全部が全部、上手くいっている。

 皆が皆、幸せな生活を獲得していた。

 

 すべて、プリシラが望んだ通りだった。

 

 ────しかしそこには、彼女の親友の姿は無かった。

 この悪夢の理想郷は、親友の処刑から始まったのだから。

 

 今日もプリシラは機械のように、妖精王国の歯車の一つして政務を行う。

 

 世界中の美食を味わっても、何の味も感じない。

 どんな娯楽が目の前に現れても、何とも思わない。

 

 世界は色褪せ、何も楽しくない。──だってここは地獄なのだから。

 延々とそんな世界を維持し続けるのかと、プリシラは無感動に思っていると。

 

 

「プリシラぁああ!!」

 自分が処刑した筈の声が、聞こえた気がした。

 

 

 

 /////////

 

 

「特務召喚士メニャーニャ、貴女にハグレ掃討作戦の辞令を言い渡します」

 これで何度目だ、とメニャーニャは内心毒づいた。

 

 目の前に並んだ古代兵器の一斉掃射が、ハグレたちを消し飛ばす。

 今日も彼女は帝都を脅かす恐ろしいハグレを、独りで殺す。

 

 ハグレ達はいくら殺しても殺しても、湧いて出てくる。

 何度も何度も帝都を脅かそうとする。

 

 殺せば殺すほど、周囲は彼女を持ち上げる。

 期待される、おだてられる、願われる。悪循環だ。

 

 狂っている。すべてが狂っていた。

 

 殺して、殺して、殺戮して。

 いつの間にか無抵抗なハグレたちを的当てのように殺しつくすようになっていた。

 

 彼女はいつしか自分自身が機械になったかのように、無表情に、無感動に、ただひとつの装置のように全てを実行していた。

 

 もはや何のために戦っているのか、何故にこんな虐殺を行うのか、停止した思考でふと昔読んだ宗教本でこの状況をこう記していた。

 延々と殺し続ける地獄があるのだ、と。

 ──そう、ここは地獄なのだ。

 

 そして今日もメニャーニャはハグレを殺す。

 それがこの地獄の理だった。

 

 

「メニャーニャぁあああ!!」

 はて、この声はいったい誰のものだったか? 

 

 

 

 /////////

 

 

「大統領、第二次ハグレ戦争終結十周年記念式典のお言葉をお願いします」

 また祭り上げられてしまった、とマーロウはかつて思ったことを思い出す。

 

 第二次ハグレ戦争で勝利し、帝国を打ち破ったマーロウはそのまま新国家の首相に祭り上げられた。

 彼は何度もその座を譲ろうとしたが、かつてケモフサ村の村長になった時のように他に誰もやれるものが居なかったのだ。

 ならば、クーデターを成功させた実績がある彼がやるしかなかった。

 

 原住民とハグレの間の軋轢や差別をどうにかしようと、何年も何年も努力した。

 自分のような無骨者に首相などと務まるのか、と思ったが案外なんとでもなるらしい。

 

 そして今日はハグレ戦争終結十年目の節目だった。

 その式典に、首相の彼は出席することとなった。

 

 多くの人々が献花する慰霊碑に、彼も花束を持って向かう。

 

 そこに刻まれているクウェウリやケモフサ村の面々の名前を見て、彼は思い出した。

 そう、ここが地獄であることを。

 

 周囲が彼を称える。

 止めてくれ。

 

 周囲が英雄として彼を称賛する。

 止めてくれ!! 

 

 周囲が彼の全てを肯定しつくした。

 止めろおおぉぉ!! 

 

 どれだけ叫んでも、何も変わらない。

 背負った罪科は軽くはならない。

 

 諦めの境地で、向き合うしかないのかと思ったその時。

 

 

「パパああっぁぁあ!!」

 もはや思い出せないはずの、娘の声が聞こえた。

 

 

 

 /////////

 

 

 

「「「助けにきたよ!!」」」

 三者三様の地獄に、手が差し伸べられた。

 

 

 

 /////////

 

 

「ずずー」

「余裕そうでちね、柚葉ちゃん……」

 デーリッチは目の前で正座して湯呑を啜っている柚葉を見つけてずっこけていた。

 

「修行には最適な場所であるな。精神統一が捗る」

「そうでちか……」

 もはや何も言うまい、とデーリッチは思った。

 

「ばうばう!!」

「もけもけー!!」

「うん、どうしたんでち?」

 ここに来る前に救出したペット二匹に連れられ、デーリッチは何度も見た壁のような何かを感じ取った。

 

「ここに誰かいるんでちね」

 デーリッチはキーオブパンドラを掲げ、空間を突き破った。

 

 

「ヘイ、遅かったナ……」

 中に居たのは、イリスだった。

 

「イリスちゃん、大丈夫だったでちか?」

「思った通り、ぬるい地獄だったヨ」

 それが精いっぱいの強がりであることは何となく察していたので、彼女は触れないことにした。

 

 デーリッチは周囲を見渡す。

 そこはパーティ会場だった。

 

 正面には『第二王女誕生記念パーティ』と書かれたプレートが掲げられ、無数の悪魔たちの中心にはいかつい姿をした男性が可愛らしい女児を抱き上げていた。

 そのパーティ会場の隅っこに、イリスは蹲っていた。

 

「行こう、イリスちゃん」

「オーケー、ちょっと疲れたネ。悪いが、手を貸してくれ」

 言われた通り、デーリッチは彼女に手を貸し、立ち上がる手伝いをした。

 

「ここは精神と同時に魂を浄化する地獄だ。

 魂に刻まれた記憶や穢れを白紙の状態にして、次の転生先に入れるための準備をするところなんだよ」

「だからみんな憔悴しているんでちね」

「他の連中が何を見たかは知らないが、ただ責め苛まれるだけなら耐えられる奴もいるだろうナ。

 だけどこれはむき出しの神経に触られているようなもんだ。

 耐える耐えられないの問題じゃない、存在そのものを否定しているんだよ」

「まさに地獄、でちね」

 そんな雑談を挟みながら移動していると、二人はハグレ王国の一同と合流することに成功した。

 

 

 

『 地獄巡り・帰郷 』

 

 

「残っているのは、マルちゃんだけでちか?」

 デーリッチが点呼を取ると、この場に居ないのはマルースだけだと判明した。

 

「一度は抜け出せた以上、もう一度この場所に囚われることは無いでしょうけど、いつまでもここにいるのも良くはないでしょうね」

 福ちゃんは消耗の激しいプリシラやマーロウ、メニャーニャの三人を心配そうに見つめてそう言った。

 

「ここは常識の通用しない空間のようだし、これまでのように会いたい人物の元へといけないのかい?」

 大分持ち直した様子のローズマリーが言った。

 

「うーん、やってみるでち」

 デーリッチはキーオブパンドラを掲げ、イメージを膨らませたが、手ごたえが無かった。

 

「ダメそうでちね」

「うーん、参ったなぁ」

 一同が立ち往生していた、その時だった。

 

 無の空間の一部が縦にすーっと裂け、扉のように開いた。

 その先は、正真正銘明るい場所へと繋がっていのか、光が入り込んでいた。

 

「どうやら、この場所から出ても良いってことらしいな」

「この場所のような特殊な空間でもなさそうでち、いったんそちらに皆で退避するでちよ」

 ティーティー様がこの試練を与えた女神の意図を推察し、デーリッチはそんな提案をした。

 

「じゃあ、まず俺が行って安全を確保するぜ」

 偵察を買って出たニワカマッスルが、空間の裂け目に顔を突っ込んだ。

 

「って、おい、マルースさん!!」

 空間の裂け目を超えた目の前に、なんと彼はマルースが倒れていることに気付いた。

 ニワカマッスルは裂け目から外に出ると、彼の状態を確認し始めた。

 

「何はともあれ、これで全員か」

 ローズマリーも彼に追従し、周囲の様子を確認する。

 

 草木の匂い、土の匂い、風の感覚、太陽の光に青い空。

 元居た世界と同じような環境で、無が広がる地獄では感じられない物が全てあった。

 

「一先ず、みんなこっちに来るんだ。

 危険な魔物が居るかもしれないが、そっちよりはましだ」

 ローズマリーの声に従い、ハグレ王国の面々が空間の裂け目から出てきた。

 ある者は肩を貸してもらいながら何とかこちら側に移動し、全員の移動が終わると空間の裂け目は閉じてしまった。

 

「マルースさん、大丈夫か? マルースさん?」

「んあ、あれ? ここはどこだ?」

 マルースが目を覚ますと、何やら消耗しているみんなを見て飛び上がった。

 

「おい、お前ら、どうしたんだよ、いったい!! 

 たしか、ビルーダー様の試練を受けに行ったんじゃ」

「その試練を終えてきたばかりなんですよ、一応皆さんに命の別状なありませんから安心してください」

 声を荒げる彼を、落ち着かせるようにかなづち大明神がそう答えた。

 

「そう、か。よかった」

「試練を終えた、ですか。果たしてそうでしょうか……」

「福ちゃん、そんな不穏なこと……」

 それ聞いて安堵しているマルースを尻目に、福ちゃんがそんなことを言うのでデーリッチが半眼になってそう呟くと。

 

「おーい、すぐそこに町が見えるぞ!!」

 上空から偵察に向かったハピコが降りてきて、みんなにそう言った。

 

「消耗しているところ悪いね、ハピコ。

 とりあえず、町があるのなら皆が休める場所を探そう」

「俺も行くよ、念のために動ける奴は付いてきてくれ」

 ローズマリーがハピコをねぎらい、マルースは偵察班の編成を始めた。

 

「二人とも、俺とジーナちゃんとアルフレッド、それとマッスル、ハオちゃんとティーティー様でとりあえずいいか?」

「十分だよ、さぁ、行こう」

 そうして一行は、近くにあると言う町へと向かうことになった。

 

「おや、旅人ですか?」

 町の入り口はのんきそうな衛兵と、人の出入りを確認するための検問所がある程度だった。

 

「はい、近くに二十人ちょっといるんですが、旅の疲れが出てて休める場所を探しているんです」

「ああ、それは大変だ。よろしければ宿の手配を致しましょうか? 

 よろしければ、案内もして差し上げますが」

「いえ、そこまでは悪いですよ」

 ローズマリーは人の良さそう事務員と会話しながら、なんだか違和感を覚えていた。

 

「とりあえず、ここに名前をお願いします。あと、どれだけ滞在するかも」

「はい、わかりました」

「へぇ、変わった文字をお使いになるんですね」

「そうですか?」

「ええ、ローズマリーさんですね。ようこそ、この町へ」

 

 

 

「すんなり、中に入れたね」

「田舎の村でももっと検査するんだけど、何だか大きな町なのにユルイね」

 ジーナとアルフレッドが町並みを見ながらそんな会話を交わした。

 一行は検問所で紹介された宿屋に向かうことになった。

 

「なあ、何だか俺、すごく見られてないか? 

 さっきも検問所ですごく驚かれたし」

「まあ、マッスルでちからね」

「なんだよその扱い!!」

 デーリッチの対応に憤るニワカマッスル。

 

「わしも驚かれていたから、単純にこの場所、或いは世界はハグレが一般的ではないんじゃないのか?」

「そうなのかもしれません。

 しかし、あの人は見たことのないはずの文字を読めた。

 私たちもこの世界の文字を初めて見たのに、どういう意味なのか理解できている。どうなっているんだ」

 ティーティー様とローズマリーは周囲の看板などを見たりしながら、思案にふける。

 

「ホントだ!! ハオでもあんなむづかしい文字読める!!」

「どう思います、マルースさん?」

 嬉しそうにはしゃいでいるハオから視線をマルースに向け、ローズマリーは彼に意見を求めた。

 

「え、あ、悪い、どうした?」

「いえ、どうかしたんですか、顔色が悪いですよ」

 ローズマリーが心配したように、マルースの表情は強張っていて様子がおかしかった。

 

「マルちゃん、やっぱり調子が悪いんじゃ」

 デーリッチが彼を見上げたその時だった。

 

「あ、ああぁ」

「どうかしたんですか、やっぱり様子がおかしいですよ」

 突然足を止め、何やら正面にある立派な教会を見上げてうめき声を漏らすマルースに、ローズマリーが近づいたその時だった。

 

「あッ、マルースさん!!」

 突如として彼は走りだし、アルフレッドが呼び止めようとするが聞こえた様子はない。

 

「ちょ、どうしたんでちか!!」

 仲間の突然のおかしな行動に付いて行けず、追いかけることしかできないデーリッチ達。

 

 マルースはまるで道を知っているかのように何度も道を曲がり、住宅街の方へと向かって行った。

 そして、ある民家の扉をぶち破らんばかり開けると、勝手にその中へと入って行ってしまった。

 

「マルちん!! 不法侵入!! 

 勝手に人の家の中に入って物を物色していいのは勇者だけでちよ!!」

「勇者でもダメだよ!!」

 アルフレッドのツッコミも空しく、面々は民家の入り口から中の様子を窺った。

 

「はぁはぁ、はぁはぁ」

 汗をだらだら流し、震えるマルースは見た。

 

 

「おかえり、マルース。そんなに慌ててどうしたの?」

 生きているはずのない、自らの母親の姿を。

 

「どうしたの、お兄ちゃん? なにか忘れ物?」

「母さん、マリ……」

 別の部屋から出てきた小さな女の子の姿を見て、泣き崩れるマルース。

 

 

「……そうか、ここはまだ──」

 そして、ローズマリーだけでなく、彼女たち全員は悟るのだった。

 

 自分たちは未だ、地獄から抜け出せてはいないのだ、と。

 

 

 

 

 




各々がどんな地獄を見たのか、カットした部分が多いですが本当はもっと書きたかったのです。
しかし今回は最後の展開まで行きたかったので、泣く泣く省略です。まあそれゆえに今回一万文字超えてしまったんですけどね!!
あとでどんな光景を見たのか、各々の口で語られることでしょう。

そしてようやく、今回最後のシーンが描けました。
この地獄がいったいどんな場所なのか、徐々に明らかになっていくでしょう。

それではまた、次回!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。