アナザー・アクターズ   作:やーなん

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今回は、カットされた地獄での様子などです。




EX.試練と祝福

『 地獄での日々・年長者たちの苦悩 』

 

 

 ハグレ王国の悪魔の誘惑作戦は順調にことを運んでいた。

 噂が噂を呼び、住人達の多くが広場に集まり、料理と言う未知の文化に魅了されていた。

 

 そうして初日が夕方になる頃には、広場は既にかなりの賑わいを見せていた。

 その光景を、マーロウは広場の端から見守っていた。

 

「マーロウの旦那、ビール貰ってきたけど飲むかい?」

「……ああ、いただこう」

 そこに木製のジョッキを両手に持ったマルースが彼に片方を差し出し、マーロウはそれを受け取った。

 

「美味いな、地獄でも酒の味は変わらないのか」

 ジョッキを呷り、ぽつり、と彼は思わずそんなことを呟いた。

 

「あ、すまない」

「気にしないでくれよ、事実だ」

 ハッとなって顔を上げたマーロウに、マルースは首を振ってそう返した。

 会話が途絶える。お互いに、未だ距離感を図りかねていた。

 

「……参りますな。戦いでどうにもならず、力仕事の大半が片付いてしまうと、何もすることがなくなってしまった」

 やがて、マーロウが自嘲気味にそう呟いた。

 

「そう言う風にあんたに言われると、俺もクウェウリちゃんも悲しくなるから止めてくれ」

 マルースはそんな彼を見たくないのか、眼を逸らしてそう言った。

 

「さっき、衛兵の詰所に言ってここの警備や手伝いを頼んできたんだ。

 あの三人のこと、誰も覚えていなかったよ」

「あの三人と言うと、あの時我々と一緒に戦った衛兵の若者たちのことか?」

 ああ、とマルースは彼に頷いた。

 

「どういう理由かはまだよくわからないが、きっとあいつらは赦されたんだろう。

 そうしてビルーダー様に赦された者だけがこの場所から抜け出せるんだ」

「と言うことは、やはり……」

「ああ、ここは罪人の町なんだ」

 ここに住む住人達はまやかしでもましてや神が作り出した役者でもない。

 罪深い人間が墜ちるこの地獄の囚人たちなのだ。

 

「信じられないな、ここが地獄だとわかっていても。

 彼らを見ていていると、ここが女神さまに赦されざる者達であるとは」

 マーロウの視線の先には、住人達と一緒に楽しそうにパン作りをしている娘の姿だった。

 

「この町には差別も偏見も無い。

 人々は優しく勤勉で、警備が必要ないほど他者を思いやり譲り合っている。

 だがこの大地が崩れ去れば、そこは亡者が蠢いている」

「俺は見なかったがそうらしいな」

 マルースは渋い表情でジョッキを呷った。

 

「だがこの繰り返される終末を見て、俺は思っちまった。

 俺はこの町で育った記憶がある。だけどそれはビルーダー様がそのように定めただけに過ぎないのかもしれない、とな」

「それは……」

 そのあまりにも残酷な想像に、マーロウも二の句が継げなかった。

 そして彼はこの町の住人達の語る信仰を思い出す。自分たちの全ては、女神に与えられたものにすぎないのだ、と。

 それが何の比喩でもないのだとしたら、この町を見ればそう思ってしまってもおかしくはない。

 

「俺はこの町の軍隊に所属した。

 だけどその軍隊は何のために存在したんだ? 

 このビルーダー様が統べる平和な地獄で、いったい誰と戦い、何を守るために……? 

 ……笑えるよ、他でもないビルーダー様に立ち向かう為だったんだぜ、たぶんな」

「では、此度はその役目を担っていることになる。

 立ち向かった我々はまったく歯が立たなかったと言うのにか?」

「勝ち負けなんて、ビルーダー様にはどうでもいいんだろう。

 分かるだろう? 俺もだいぶ、気付くのが遅れちまった。

 十年掛かったよ。ビルーダー様に与えられたとは思えない我が身の愚昧さに嫌になる」

 これまでの苦悩を吐き出すように、マルースはため息を吐いた。

 

「……あいつらが気付かせてくれた」

「私も、あと半年、いや三か月でいいから早く彼女たちと早く会えれば……」

 胸中を吐露する二人は、酒を飲まずにはいられなかった。

 

「……あの戦いの後、あなたはどうしたのですか?」

「んあ?」

「あなたは言ったじゃないですか、勝った側かどうかでハグレの扱いは変わらなかった、と」

「ああ……」

 その話か、とマルースは夕焼けを見上げ呟いた。

 

「この町の皆と同じだよ。教養は裏切らないと思っていた。

 だから戦争に勝った報奨金で大学に入って多くを学ぼうとした。

 在学中も嫌がらせとかされてたが、まさか卒業資格さえ貰えないとは思わなかった」

「……それは、ふざけているッ」

 彼の境遇に、マーロウは初めて理解を示していた。

 ケモフサ村の村長であった彼は、勿論娘やほかの孤児たちの教育をどうするかも苦心した覚えがあった。

 結局、村に赴任していた神父に最低限の読み書きや計算を教わった程度で、まともな教育の機会をあげられなかったことを歯がゆく思ったことは少なくない。

 

「結局、俺を召喚した召喚士のジジイに頭下げて大学に抗議してもらって、何とか卒業資格だけは貰えたが……俺は荒れに荒れたよ。

 帝都で職を探そうにもどこもかしこも門前払い。仕方なく傭兵家業をすることになった。

 酒場で喧嘩するなんてことも日常茶飯事だったよ」

 マルースはジョッキの中を見やり、中身が無いのを確認してだらしなく両手を壁に預けた。

 

「これが地獄なのか、これが罰なのかと苦しみもがいた。

 ビルーダー様はきっと俺がここに戻ってくることなんて想定してなかったはずだから、きっとそうだったんだろう。

 だがそんな時だった、福の神様に拾われたのは」

 それからとつとつと、彼は召喚されてからの己の境遇を呟くように話し始めた。

 多くの挫折と苦悩、そして孤独に満ちた十年の旅路を。

 だから自然と、マーロウもあの村での迫害や屈辱、そして怒りを力なく語っていた。

 お互いの間にあった見えない溝は、少しずつ埋まって行った。

 

「デーリッチ達には、本当に多くの物を貰った」

 二人は町の子供たちがひとつだけ残ったパンを取り合おうとしているところに割って入ったデーリッチの姿を見ていた。

 

「捨てる為にあったこの命に、新しい使い方ができた。

 あんただって、そうなんだろう?」

「……ええ、そうですな」

 マーロウの視線の先には、見た目は違ってもこのわずかな時間で住人達に慕われている娘の姿があった。

 

「そこの二人!! 新しい食材が届いたから、暇なら荷卸しを手伝ってくれないかい!!」

 食材の管理をしていたブリギットの声が、二人に届いた。

 

「呼ばれてるぜ?」

「行きましょうか」

 まだまだお互いに複雑な感情は残っている。

 簡単に割り切れるほど、二人の歩んだ道程は優しくはなかった。

 それでも、守りたいものは同じだった。

 

 だから今度こそ、二人は同じ道を歩めたのだ。

 

 

 

『 地獄での日々・各々の苦悩 』

 

 

「すごいなぁ、町の外の文化ってのは」

「小麦からこんなうまいもん作るなんてなぁ」

 住人達はそれぞれ手にパンやおにぎりを手にして、そんな会話を交わしていた。

 

「さっき聞いた話なんだけどよ、どうやらデーリッチちゃん達、使徒様が来る前には町から逃げるんだってよ」

 それは、事前にハグレ王国の面々が徐々に噂程度に流布した情報だった。

 初めから町から逃げ出す前提で動いては、このお祭り騒ぎに参加しない者も出るだろうという判断だった。

 

「……止めろよ、覚悟が鈍るだろ」

「だけど、だけどもよ!! もうすぐこの世も終わりなんだってのに、あの子たちを見てると……何だろうな、胸の奥が苦しいんだ」

 とっくの昔に決まっていた自分たちの未来。

 しかし、未だに諦めようとしないハグレ王国の面々を見て、住人達の心の中に希望の光が灯り始めた。

 だがそれはまるで毒のように、彼らの魂の傷に染み渡る。

 記憶が無くとも、魂は憶えているのだ。命を投げ捨てる痛みを。

 

「……この町を捨てたくない、でも、死にたくない!!」

「だからって、この町から出て行ったってやってけるのかよ」

 食べ物で釣ったのは、あくまできっかけに過ぎなかった。

 終末が迫る目の前でも諦めず、希望を消して捨てないデーリッチ達を見て、神に身を捧げるという思考の停止によって抑えられていた不安や恐怖が蘇ってきていた。

 

「なんじゃ、おぬし達。そんなことで悩んでおったのか」

 そんな彼らの前に、ドリントルが現れた。

 

「あなたは、たしかドリントルさん」

 彼女は新しく参加してきた住人達に料理という文化がどういうものかを説明する役目をしていた。

 だから彼女の名前を知っている住人も多かった。

 

「わらわ達には終末が訪れるまでに伝えきれないほどの料理のレシピや調理方法がまだまだある!! 

 どうせこの世が終わるのじゃったら、それらを可能な限り最後まで身に着けた方がビルーダー様の目にも留まろうと言うもの!! 

 わらわ達もこうして見知らぬ街にやってきたが、何とかやっておれておる!!」

 ドリントルは屈託のない笑みで目の前に住人達にそう語る。

 

「それにデーリッチ達を見よ、何とかなりそうな気がするじゃろう!!」

 彼女の言葉に、住人達はデーリッチ達を見やった。

 終末が来るとわかってからずっと浮かべていた自分たちの空虚な笑みとは違う、未来を信じ希望を求め進もうとする輝きに満ちた笑顔がそこにはあった。

 

「そうだな……それならきっと、ビルーダー様もお許しになるだろう」

「ああ、どうせ、多少遅いか早いかなんだ。きっとその方がいいよな……」

 少しずつ、少しずつ、この地獄に蜘蛛の糸のようなか細い希望の光が差し込んでいた。

 

 

「ふぅ、こんなものか」

 と言った風に住人達を諭して回っているドリントルだったが、その胸中は暗澹たる思いだった。

 理由はどうあれ、彼らに故郷を捨てさせようとしている。

 故郷から逃げてきた彼女には、先のイメージが見せた地獄の光景も相まってこの町の住人達を救おうとしているとは思えなかった。

 

 地獄を見た。

 多くの苦難を経て、ドリントルは故郷であるドリンピア星に帰ってきた。

 しかしそこでは、既に彼女を故郷から追いやった隠し子が盤石な基盤を築いていた。

 とりわけ優れている、と言うほどでもないがほどほどには周囲が支えて優秀に見えるようにはなっていたこの星の新たな王の施政に、住人達に目立った不満は無かったようだった。

 

 ──これが暴君の圧政で、倒すべき明確な巨悪だったらよかったのに。

 

 そう思った時点で、彼女は自らに芽生えた醜さに気付いた。

 自分の居場所を求めるがゆえに、王族が愛する国民たちの不幸を望むと言う矛盾を。

 

 結局、国民は自分たちを不幸にしない舵取りや決断さえできれば、周囲が無能な王を諌めて上手く政治を回せていれば、誰が王になろうとどうだっていいのだ。

 だってほら、自分が身を寄せていたハグレ王国だってそうだったじゃないか。

 

 ハグレ王国に戻ろう、そう決断した彼女の最期は決まって突如発生したブラックホールに呑みこまれて圧死だった。

 

 民を思う責任も、義務感も、負い目さえも宇宙の塵となって消えた。

 

 ────そんな、地獄を見た。

 

 

「姫様呑んでるぅ!!」

 悩ましげなため息を吐いているドリントルに、すっかり酔っぱらっているマルースが声を掛けた。

 

「なんじゃ、酒くさ!? 

 はしゃぐのはいいが、呑み過ぎはいかんぞ」

「まあまあ、固いこと言わなさんな!! 

 この調子じゃあ夜通しになりそうだぜ!! キャンプファイヤーとかしようとか言い出して今から薪を取りに行ってる連中もいるくらいだ!!」

 お祭り騒ぎはもはや混沌とした様相を呈していた。

 食べ物を作ったり教えたり、あとはフィーリングで各々が楽しいと思ったことを次々とし始めたのである。

 もはやただのバカ騒ぎだった。これがあと丸一日以上続くのだから、異様な熱気だった。

 いや、王国の面々も、住人達も、忘れたかったのだろう。あんな光景が、目の前に迫っているのを。

 

「マルース、おぬしは故郷に帰ってきてどう思った?」

「んあぁ? どう思ったかですって?」

 とろんとしている彼の目を見ながら、ドリントルはそう尋ねた。

 

「んん~、一言じゃ言い表せないんっすけど」

 ジョッキの中身が溢れるくらいビール瓶から酒を注いで、彼は答えた。

 

「帰って来れて、嬉しかった」

 暗くなった町の建物の輪郭を愛でるように、そう言ったのだ。

 

「俺の故郷が、俺の住んでいた町が、こんなにいいところだってみんなに自慢できるなんて思いもしなかった」

 たとえ上辺だけでも、終末が約束された罪人の掃き溜めでも。

 

「ここだけが、俺の故郷なんだ」

「…………」

 それを聞いて、ドリントルもこの町の姿を改めて眺めた。

 まるで水泡の夢のような、儚いこの町を。

 

「いつか、姫様の故郷も案内してくださいよぉ。

 俺は姫様の正装とか見てみたいなぁ」

「やれやれ、コーヒーが飲めんくせによく言う」

 やがて、ドリントルも仕方なさそうに微笑んだ。

 

「よかろう、わらわがとびきり美味い一杯をご馳走してやるぞ、かんらかんら!!」

 そう言って、彼女はいつものように笑うのだった。

 

 

 

『 神々の茶会、地獄にて 』

 

 

「やれやれ、みんな羽目を外し過ぎじゃ」

 終末まであと一日。

 夜通し騒いでいたみんなは、朝にはシートを敷いて眠っていた。

 適度に休憩を挟んでいた面々は仕方なさそうに彼らに毛布を掛けたり、朝ごはんの準備をしていた。

 

 ようやく落ち着いた広場の喧噪。

 しかしこの静けさも皆が起き出せば終わる刹那の一時に過ぎない。

 

「うーん、邪道ね」

 ティーティー様ががおわすテーブルの前に腰かけるビルーダーが、紅茶の入ったカップを口に付けそう言った。

 

「どうですか、それ。ミアちゃんが魔法でいろいろな加工の過程を省略して作った急造紅茶だそうですけど」

「ミルクと砂糖を入れてそう言う飲み物だ、ってことにするのなら飲めるわ。所詮は急造の大量生産品ね」

 体面の椅子に腰かける福ちゃんにビルーダーは辛辣な品評を述べた。

 

「なんだ、朝に飲むミルクティーは最高じゃないか」

「これだから雑な舌の悪魔は……」

「そうは言うがなビルーダー、正直おぬしも言うほど茶の味を理解しているとは言い難いぞ」

「私が馬鹿舌だと言うわけ!?」

 急造紅茶をミルクティーにしてごくごく飲んでいるイリスに呆れているビルーダーだったが、ティーティー様の指摘に彼女は勢い余って立ち上がった。

 

「まあまあ、この中で紅茶の美味しさを真にわかっているのはティーティー様ぐらいでしょうし、そうかっかしないで」

「いつも気取ってるからそうなるんデース!!」

 作業を終えてきたかなづち大明神に諌められ、イリスには笑われ、ぐぬぬと怒りを抑えてビルーダーは腰を下ろした。

 

「かなちゃん、パン釜の増設お疲れ様です」

「いえいえこれくらい。とはいえこれでも妖精たちに文化を齎した者ですし、面目躍如と言ったところですな」

 福ちゃんに称賛され、ふんす、とドヤ顔するくらいには今回彼女は大活躍だった。

 やはり、というかそう言うだけあって手慣れているのだ。

 

「ハオも眠っている、か。

 前回の三日ではあまり眠れていないようじゃったから、安心したぞ」

 五人はテーブルを囲んで、こっちの材料で作ったクッキーを食べながら一時の静けさを楽しんでいた。

 

「ハオちゃん、張り切ってましたものね」

「あやつ、あの地獄で世界樹が再興して大勢やってきた優秀な巫女たちに埋もれるイメージを見たらしくてな。

 何かしていないとそのことを思い出すのじゃろう」

 やれやれ、とティーティ様はため息を吐く。その程度で彼女をないがしろにするわけないのに、とでも言うように。

 

「一応聞いておくが、ビルーダー。

 おぬしがこうしてここにいると言うことは、そういうことなんじゃな?」

「あくまで、内定といったところよ。

 正直なところ、私はもう一周ぐらい終末を見ると思ったわ」

 ビルーダーはカップを置き、ティーティー様を見据えそう答えた。

 

「もうそこまで決まってるのカ? 

 随分と、判定が甘いんだナ」

「まさか。本心でそう思ってる?」

 どこか煽るようなイリスの物言いに、彼女は少し笑って問い返した。

 

「みんなと同じこの試練を与えられた人間は他にもいたけど、だいたいは四週目ぐらいに至ってようやく解決の糸口を見つけるわ。

 だってこの地獄に堕とされる連中は筋金入りばかりよ。

 ここが地獄だと説き伏せて回ったって、誰も聞き入れたりしないわ。

 多くが迷走し、共に苦しみ、そしてその先に至るか、亡者の仲間となるかよ」

「私たちがああなるとは思わなかったんですか?」

「私が見込んだみんなよ、事実見事に最適解を選ぼうとしている」

 福ちゃんの咎めるような言葉に、ビルーダーは何の憂いも無くそう答えた。

 

「その最適解が、食べ物でフィッシング、か」

「悪魔的には愛やら勇気やらでどうにかするよりはよほど納得できるんじゃないのかしら? 

 食欲は三大欲求に数えられる、人間の生存に必要不可欠な要素よ。

 それにあくまで食欲はきっかけに過ぎないわ」

 どうにも納得のいっていない様子のイリスを見て、彼女はどこか面白そうにしていた。

 

「生きる希望も、生き続ける理由も無いこの町の人たちにとって、きっかけは何よりも必要だったんですね」

「理解に苦しむがナ。どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ」

「当然でしょう、だから地獄に居るのよ」

 憐みを見せるかなづち大明神、そして侮蔑を隠そうともしないイリスにそんな身も蓋も無いことを返すビルーダー。

 

「そんなことよりも、あなたが作っているアイスクリームのフレーバーを増やそうと思うのだけれど」

 そうしたところで、彼女はイリスにそんなことを切り出した。

 

「オーウ!! それはグッドアイディアだナ!! 

 プレーンばかりじゃ味気なかったところだ」

 そんな感じで、お茶会の話題は移り変わっていく。

 

 終末の来ない夜明けはもう目の前に迫っていた。

 

 

 

『 終末が明けて 』

 

 

「お、みんな今日も励んでるな」

 皆が神域から帰ってきて二日、道場ではいつもより多くの面々が鍛錬に勤しんでいた。

 日々の努力が、最前線で戦うことが少ないメンバーが皆に付いて行ける秘訣である。

 

 そんな中、いつもより真剣に鍛錬に取り組んでいるこたつドラゴンの姿がブリギットの目に映った。

 彼女はいつも通りこたつを背負い、その上に重量物やペットたちを乗せて腕立て伏せをしていた。

 

「よいしょ、よいしょ!!」

「うーん、見慣れた光景だけどこれは……」

 そのシュールな光景に、ブリギットも苦笑を隠せなかった。

 

「おや、どうしたチビ公。元気がないぞ」

「わうわう」

「ふむふむ、なるほどな」

 何やら元気のない様子の地竜ちゃんを認め、尋ねたブリギットにベロベロスが応じた。

 

「チビ公、お前まだ地獄で見たのを引きずってるのか? 

 他の連中は大体吹っ切れたみたいだってのに」

「まあ仕方がないじゃん? 

 私も地獄に居る間は結構引きずってたし……」

「ああ……悪いな、私は何も見えなかったから、配慮が足りなかったな」

 こたつドラゴンの言葉に、ブリギットも意気消沈している地竜ちゃんを見やりそう改めた。

 

「私はみんなに延々とイジメられる感じだったけど、ブリギットはどうして何も見えなかったんだろう?」

「なんでも、知性を持った機械に対する地獄はまた別の担当なんだとか。

 要するに、フォーマットが未対応だったってことだろうな」

「なるほど、分からん!!」

「だろうな」

 素直な対応にこたつドラゴンに苦笑するブリギットだった。

 

 

 

「ねぇねぇかたちゃん、ぼくはどうすればいいかな」

 道場から帰った二匹は拠点の玄関前にある定位置に戻ると、地竜ちゃんは子供たちの滑り台と化している女神の使徒に話しかけた。

 

「どうすれば良いって、何が?」

「あのねあのね」

 尋ね返してくる彼に、地竜ちゃんはもげもげと話し始めた。

 

 

 ハグレ王国に巨大な敵が現れた光景を見たのだと言う。

 その敵はお店を潰しながら、拠点へとまっすぐ向かって行く。

 地竜ちゃんは願った。あの恐るべき敵を倒す力を。

 すると、彼の姿はみるみる大きくなり、巨大な敵に比する大きさになった。

 

 三日三晩の激闘の末に、地竜ちゃんは勝利した。

 デーリッチに褒めてもらおうと振り返った彼は気付いた。

 

 ──戦いの余波で、滅茶苦茶になったハグレ王国の姿を。

 

 ふと、足を上げて見れば、そこにはぺしゃんこになった見覚えのある王冠が血だまりと共に存在していた。

 どうして気付かなかったのか、目の前にいる敵は全く自分と同じ姿をしていたことに。

 

 彼の慟哭が、世界を滅ぼす怪物の産声となったのだった。

 

 

 その光景を振り払うように、終末と戦った。

 けどダメだった。だから自分がどうすれば良いのかわからなくなってしまったと彼は言う。

 

「うーん、僕もビルーダー様に仕えて長いけど、よくわからないよ」

「かたちゃんもわからないの?」

「だって僕がこの姿になったのは、とても悪いことしちゃったからだし。

 でも地竜ちゃんはまだ何もしてないじゃないか。僕はそれがとっても羨ましいよ」

「そうかなぁ」

「それにやってもないことでいつまでもうじうじしてるのは、僕はとても情けないと思うよ」

 カタちゃんは割と辛辣な意見を彼にぶつけた。

 

「そうだね、僕も色んなレースで優勝するところを見たけど、背中に乗ってるのはデーリッチちゃんじゃないって気付いて、あの子がどこにもいないってことが分かった時は悲しかったし苦しかったけど、頑張って勝ち続けようとしたよ。

 そうしたら、あっちから迎えに来てくれたんだ。いつまでもそうしているのは格好悪いよ」

 と、ベロベロスも地竜ちゃんの肩に左前足を置いて慰めの言葉を投げかけた。

 

「……うん、そうだよね」

 二匹からの激励を受けて、地竜ちゃんはようやく顔を上げた。

 

「ありがとうふたりとも。ぼく、もっとみんなのやくにたてるようがんばるよ」

「何だよ、最初からそうすればいいじゃん」

「まあまあ、そう言わず」

 割と子供っぽいカタちゃんを、ベロベロスが間に入る。

 この三匹のいつもの光景だった。

 

「……あ、二人とも、ちょっと誰か呼んできてくれる?」

「うん? どうしたの? またゲームのはこがきたの?」

「それが、どうやら違うみたいで……」

 とにかく誰か呼んできて、と言う彼に二匹は慌てて拠点の中へと飛び込んでいった。

 

 

 

「……おいおい、嘘だろう」

 ベロベロスの呼び声にマルースを初めとした拠点にいた面々が外に出ると、彼らは我が目を疑った。

 

「ああ、デーリッチちゃんにローズマリーさん!! 

 よかった、本当に合流できた!!」

 そこに居たのは、忘れようもない地獄の町の住人達だった。

 彼らはカタちゃんが開けている口の中から、次々と拠点の前に出てきていた。

 

「あ、あの、これはどういうことです?」

 これにはローズマリーも混乱気味に彼らを出迎えることになった。

 もしやまだ地獄に居るのではないのか、とさえ思えてくる状況だった。

 

「私たち、ビルーダー様にお会いしました」

「多くの叱責の後、御方はこちらに私たちを送り出されたのです」

「希望を与えた責任を取れ、と言えば分ると」

 口々にそう語る彼らの言葉に、ロースマリーは卒倒しかけた。

 あの女神は、彼らのその後を自分たちに押し付けたのだと悟ったからだ。

 

「これは、困りますよ……。

 所属不明のハグレがこれだけ増えるとなると」

 約二百人近い人々を前に、メニャーニャも顔を引きつらせていた。

 

「何言ってるのさメニャーニャ!! 

 あの女神さまも、粋なことしてくれるじゃない!!」

「なに能天気なことを!!」

 お気楽そうに笑うエステルに彼女も憤慨するが、やがてそんな気も失せてしまった。

 

「わかってます、ビルーダー様はこの地で多くの苦難に見舞われるだろうと仰っていました」

「それでも、私たちは決めたんです」

「私達は、自分の意志で生きるんだって」

 それを聞いて、デーリッチは頷いた。

 

「モチロン、この王国は誰でもウェルカム!! 

 みんなのことならもうわかってるし、全然オッケーでちよ!! 

 ──ようこそ、ハグレ王国へ!!」

 満面の笑みを浮かべて歓迎の意を示す国王の姿を見て、ローズマリーも覚悟を決めたようにため息を吐いた。

 

「ええ、仮にも一蓮托生だった仲です。

 ここであなた達を放り出すなんて選択肢はない。

 しばらくは不便をお掛けするでしょうが、私たちはあなた方を歓迎しますよ」

 これからやることの数々を思い浮かべてため息を吐きそうになりながらも、彼女はそう告げたのだった。

 

「これは、面白いことをしてくれたわね」

「ビルーダー様……」

 ゆっくりと拠点から姿を現したビルーダーを見て、恨めしそうにするローズマリー。

 

「安心しなさい、これは流石に無茶振りだわ。私も手伝うからそんな目で見ないで」

「お願いしますよ、本当にお願いしますよ」

 ローズマリーはそんな風に念を押すと、住人達の方を見た。

 

「母さん、マリ!!」

 そこには家族を抱きしめているマルースの姿も見て取れた。

 それを見ていると、この試練にして祝福も仕方ないなと微笑んで受ける気になれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




今回の最後はこういった展開になりましたが、決してご都合主義的な女神の慈悲や優しさではありません。
大分大きくなったとはいえ、二百人近い難民の受け入れというある意味ではハグレ王国存亡に関わる事態なのですから。
それらは描写されることは無いでしょうが、裏ではローズマリーやメニャーニャたちがすごく苦労していることでしょう。
これもまた、あの意地の悪い女神の試練であり、祝福なのです。

さて、ついに次回から四章に入るわけですが、会議やら拠点内会話などをやってからドナウブルーに行く感じになります。
それでは、また次回!!

今回のオリジナルストーリーについてのアンケートお願いします。

  • 面白い!! 続きが気になる!!
  • シリアス描写がキツイ!!
  • キャラの掛け合いが足らん!
  • 設定をもっと掘り下げて!!

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