現実の隊長が聖十郎にインストールされたんだが!   作:ルイレツ

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VS桑名江 その5

 

 

 

体を洗い終わったのだが、主のいる浴槽に向かう勇気が無い桑名江。

正面の鏡に映る彼の浴槽に浸かる姿を眺めて動くこともなく、ボーっとしていた。

 

その身動きもせず寒そうな彼女の背中に声がかかる。

 

「寒くないのか?風呂に入ったらどうだ?」

「・・・わたくしの裸を見て主様は何とも思わないのですか・・・?」

「さてな・・・」

 

彼は曖昧な、しかし、余裕たっぷりな返事をする。

その様子に桑名江の女心と自尊心が揺さぶられる。

 

―――やはり、わたくしに女としての魅力が無いのでは・・・

 

陰鬱な気持ちに支配される桑名江。

自身の魅力を疑い、項垂れる。

 

だが、そんな彼女にもう一度声を掛けられた。

 

「こんなに広い浴場だ、俺一人では寂しい。こちらに来て話し相手になってくれないか?」

「・・・わたくしでいいのですか?」

「君しかいない」

 

大浴場には二人しかいない。

そのため話し相手として私を選んだだけだろう。

そう考えた桑名江。

しかし、桑名江、君に決めたと言わんばかりに断言する主の声に自信を少しだけ取り戻す。

 

「主様がそう、おっしゃるのなら・・・」

 

そして、桑名江は主の背後からゆっくりと近づき、浴槽に浸かる。

湯船の心地よさに吐息をもらすが、主が隣にいるため緊張して呼吸が少し苦しい。

 

声を掛けるべきなのだろうか、どうするべきか桑名江はモジモジする。

そんな彼女の主はゆったりと湯船に浸かっている。

 

「―――月が綺麗だな」

「・・・?」

 

彼は月を眺めながら優し気に呟く。

桑名江もその視線に釣られて月を眺めた。

丸く美しい円を描き、白く清廉な印象を与え涼し気な光を放っている。

 

「本当に、今日は綺麗ですね・・・」

「ああ。そうか、まだ有名じゃなかったのか・・・

 

小さい声で何事かを呟く聖十郎。

 

月が綺麗でんでんの洒落た英訳分が有名な文豪が小説を書き始めたのは、後6年以上未来の話であった。

 

月の光を瞳に溜め、小さく笑みを浮かべる主の姿。

月の光が当たるその姿に鼓動が早くなっていく桑名江。

風呂の温度以上に体が熱を帯びていくのを感じる。

このままでは直ぐにのぼせてしまうだろう。

 

熱を散らすようにザバァッ!と大きな音を立てて湯船から立ち上がった。

 

「あ、主様!そろそろわたくしは上がります―――きゃあっ!!」

「うおぁ!」

 

熱に浮かされた体で急に立ち上がった為、桑名江は立ち眩みに襲われ足が縺れてしまった。

倒れた先には浴槽に浸かる主の体があった。

 

桑名江に押しつぶされる聖十郎。

だが、彼女が怪我をしないようにしっかりと抱き留めた。

 

「大丈夫か?桑名江」

「はい・・・ぁ」

 

彼が力強く抱き留めている為に、浴槽で体が密着する二人。

お互いの心臓の鼓動が聞こえるほど近い。

 

「無事でよかった。君を不運から守ると誓った日に守れないなんて格好がつかないからな。」

「主様ぁ・・・わたくし、わたくしはっ・・・!」

 

桑名江は主を意識して今日一日悶々としていた。

だが、彼は桑名江を不幸から守るために煩悩の一切を排除して彼女を守ったのだ。

 

彼女は主のことばかり考えていた己への情けなさ、己の心を戒めて桑名江を守った主への愛おしさ。

そして、湯船ですっかりのぼせた頭の中身が入り乱れ、突飛な行動に出た!

 

巫剣の常人より強い力を使い、主を湯船の中に押し倒した!

 

「わたくしはぁ!お慕いしていますっ!!桑名江はあなたさまのものですっ!!!!!」

 

激しい水しぶきを上げて湯船に倒れ込む二人。

唐突な行動にもかかわらず、桑名江が傷つかぬように彼は抱える力を強くした。

 

それに気をよくした桑名江。

夢見心地で抱きしめ返した。

 

「ああ・・・主様・・・!もう、死んでもいいです!」

 

幸せの絶頂を噛み締める桑名江。

死んでもいいと思うくらい幸せらしい。

 

そして、全身を絡めて愛する主の顔に己の顔を寄せていく・・・

 

「主様・・・わたくしを、桑名江を貰って下さい・・・。あら?主様?」

 

何という事だ!

彼女の視線の先では、愛する主様が水死体のように浴槽の中で横たわっているではないか!!!

しかし、その表情はどこか満足げだ・・・

 

湯船で急に押し倒された彼は、顔を水面に出すことも呼吸も出来ず溺死寸前だ!!!!

抵抗らしい行動を見せなかったのは悲しい男の性だろうか。

 

めいじ館、湯けむり温泉殺人事件勃発の瞬間である!!!

 

犯人である桑名江の熱を帯びていた体から一瞬で血の気が引いていく!

このままでは主殺しの罪で重罪確定である。

 

取り合えず聖十郎の顔を水面から出して、呼吸があるか確認する桑名江。

 

「あ、主様ぁ!!死なないで下さいぃぃ!!!」

 

もう死んでもいいと言った桑名江だが、主が死ぬ破目になるとは一切考えていなかった。

どうにかして蘇生させようと聖十郎の胸を手で圧迫する。

 

だが、先ほどまで幸福の絶頂だった反動が来たのか、更なる問題が舞い込んでくる。

 

「お兄様~❤北谷がお背中を流しに来ましたよ~❤

・・・って何してるんですっ桑名江ッ!!!!」

 

北谷奈切が大浴場の入り口をガラガラと音を立てて入って来た!

入り口の貸し切り看板なぞお構いなしである。

 

その体にはバスタオルが巻いてあり、聖十郎と一緒にお風呂に入ることで好感度アップを狙いにきたらしい。

だが、肝心の聖十郎は浴槽でぐったりしている。

しかも、彼の上に裸の桑名江が手をついて乗っかっている。

どう見てもナニかをしていた風にしか見えない。

 

怒りで漆黒のオーラを立ち昇らせる北谷。

錆付いてしまう勢いで負のパワーを増大させている!!アカンって!!

 

「ちゃ、北谷さん!これには訳がありまして!!」

「お、オノレェェェッ!!!このお兄様を狙う雌牛がぁぁぁ!!!滅殺ッ!!!!」

 

殺意の波動に目覚めた北谷は桑名江にドロップキックをブチかまして聖十郎の上から退かせようとした!

しかし、ここは温泉の中である。

狙いは逸れて、聖十郎と桑名江の間に滑り込むように飛び込んでしまった!

 

「ぐふぉッ!!!」

 

北谷が飛び込んできた衝撃で、聖十郎の口から大量の水を出す。

なんとか息を吹き返したのだ。

 

「お、お兄様ぁ!申し訳ありません!大丈夫でしたか!?」

「ガフォッ!ガフォッ!・・・大丈夫だ、問題ない。」

 

どうやら聖十郎はここで死ぬ定めに無かったようだ。

少し青ざめた表情でむくりと体を起こす。

咽かえる聖十郎。

北谷は彼を死ぬ寸前まで追い詰めた桑名江に対し、憤怒の表情を浮かべた。

 

「水を飲んでお兄様が死にかけるほどの行為をしていたんですか!?」

「違います!!わたくしはそんなことしませんっ!!!」

 

あくまでも桑名江の所行は未遂に終わったのだ。

何も問題は無い。殺人未遂ではあるかもしれないが。

 

騒ぎ立てる二人を余所に、死にかけて血の気が引いた聖十郎は話す。

 

「折角来てくれた北谷には悪いが、完全にのぼせてしまった。先に上がらせてもらう...」

「お兄様・・・北谷が肩をお貸しします!」

「わ、わたくしも・・・」

 

実行犯の桑名江も主を支えようと近づくが・・・

 

「桑名江はその無駄に大きい胸をお兄様に見せないで!さ、お兄様。風邪を引く前に戻りましょう?」

 

愛するお兄様にチョッカイを出したと北谷に威嚇される。

彼女は露天風呂の入り口まで聖十郎を支えると、扉を開ける。

扉をくぐり、桑名江に向き直ると怨みがましい視線を送る。

その感情を乗せて、バンッ!と大きな音を立てて扉を閉じた。

 

先ほどの喫茶店では、北谷と仲良くなれたと桑名江は感じていたのだが、以前のような距離を感じる仲に戻ってしまう。

 

一人浴槽に残された桑名江。

しかし、先ほどまで呼吸が止まっていた主を心配して、いそいそと主がいるであろう脱衣所に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

聖十郎は熱中症にかかったようで、脱衣所の椅子でぐったりと腰掛けている。

彼の隣では、少しでも熱を下げようと、北谷が風呂場の備え付けの団扇で聖十郎を扇いでいる。

脱衣所で主の様子を伺おうとした桑名江。

だが、彼に近づこうにも北谷が唸り声を上げて威嚇する。

 

「お兄様に寄らないで!!」

 

完全に悪者扱いである。

北谷の今にも噛みつきそうな表情に、桑名江はたじろぐ。

 

そんな北谷に聖十郎は手を上げて制した。

 

「北谷、そんなに邪険にしないでくれ・・・」

「でも!桑名江はお兄様をっ!」

「ちょっとした不幸(・・)があっただけさ。桑名江は入り口の看板に気が付かず露天風呂に来ただけだ。北谷もそうだろ?」

「か、看板なんてありましたか?」

 

聖十郎の言葉に、痛いところを突かれたと、北谷は誤魔化しの笑みを浮かべた。

北谷は聖十郎が露天風呂にいるのを知り、使用中の看板を無視して風呂に入って来たのだ。

そこを指摘されると北谷はなにも言い返せなかった。

 

「俺が風呂に入ろうとしたときに桑名江と鉢合わせただけだ。やましい事などないよ。」

「分かりました・・・お兄様を信じます。」

 

剣呑な雰囲気を収めた北谷。

聖十郎の隣でゆっくりと団扇を仰ぐ。

 

桑名江は二人の姿を前に、呆然と自分を失い、立ち尽くしていた。

聖十郎が何気なく呟いた不幸という言葉に、思うところがあったのだ。

 

自分は主と触れ合えて、幸せを感じていた。

しかし、思い返せば彼を押し倒したり、あの世に送りかけたりと、迷惑しか掛けていない。

主は気にしないと頑なに譲らなかったが、どう考えても自分がいるお陰で不幸になっている。

喫茶店で、主は不幸に屈しないと誓ったが、桑名江は不幸に挫けてしまいそうだ。

 

桑名江は徐々に表情を曇らせていく。

そんな彼女に、北谷が面倒臭そうに声を掛けた。

 

「お兄様が気にしていないのですから、暗い表情をする必要はないでしょう?ほら、そんな恰好で立ってないで早く着替えて下さい。体調を崩しても知りませんよ?」

 

口では邪険に扱いながら、何処となく体調を気遣っている。

北谷は憎まれ口を叩きながらも、どうにも悪人にはなり切れないのだった。

 

彼女の指摘で、自身が未だに裸であることを思い出した。

主が気がかりで自分の姿など考えてもいなかったのだ。

今更恥ずかしくなった桑名江は、手で体を覆い隠す。

 

「は、はい!着替えて参りますね!」

 

同性と言えど裸を見られるのは恥ずかしい。

急いで着替えの入った籠から服を取り出す。

 

「あ・・・下着が・・・」

 

だが、よく見ると下着が入っていない。

何時ものドジとうっかりミスが発動したのだ・・・

下着が無いまま着替えるしかないのか、そう判断する桑名江。

 

だが、着替える前に間誤付いている彼女に声がかかる。

 

「桑名江、新しい下着だ!!」

 

聖十郎から桑名江へ、下着が高速回転して投げ渡された!

そう、今朝に彼が奪っていった桑名江の下着である!

その下着を受け取った彼女に戦慄が走る。

 

「まさか、主様はこれを見越してわたくしの下着を・・・!」

「この瞬間を待っていただけさ。」

 

今朝からこの事態を見抜いており、下着を回収していたというのか。

主の未来予知にも等しい行動に、敬意と感謝の念がわいてくる。

 

聖十郎が自身の下着を投げ渡した事実に何の嫌悪感を抱かない。

彼に完全に毒されてしまったのだ・・・

 

ほんのりと主の熱を感じる下着を履いた桑名江。

その温もりに勇気が出てくるのを感じる。勇気百倍であった。

 

 

 

 

 

 

彼の行動により、元気を取り戻した桑名江。

そんな彼女が思い当たったのは先ほどの感情。

己の不幸に屈してしまった弱い自分の心であった。

主や北谷の指摘や行動が無く、一人であったなら未だにクヨクヨしていただろう。

そんな情けない自分を、桑名江は嫌いだった。

 

主や北谷達は常に支えてくれる。

特に主には頼りっぱなしだ。

そのおかげで桑名江は不幸を乗り越えてきた。

しかし、これ以上主たちの支えに甘える自分を許せそうにない。

その思いのまま桑名江は大きな声を出す。

 

「決めました!わたくし、変わります!!!!」

 

唐突な宣言に、北谷は聖十郎に扇いでいた団扇を止め、目を真ん丸として驚く。

聖十郎も何事かと俯いていた首を緩慢な動きで持ち上げた。

 

「どうしたんだ、桑名江・・・」

「うるさいですねっ!」

「あはは・・・ごめんなさい。」

 

聖十郎の体調を気遣う北谷は、桑名江の大きな声に静かにしろと苦言をもらす。

聖十郎は気にした様子もなく、むしろ桑名江の言葉を想いやった。

 

「なにか、気にしていたのか?」

「はい・・・今までわたくしに不幸や幸運が舞い込んでくるのは仕方ないと思っておりました。ですが、それに皆さんをもう巻き込みたくないのです・・・!」

 

桑名江の真剣な表情に、聖十郎と北谷は静かに聞く。

 

「わたくしは主様や皆さんと一緒にいたい!だから、わたくしは不幸に負けないように変わります!!見ていて下さい、主様!!!」

 

聖十郎が不幸に屈しないと誓ったように、桑名江も自分の不幸に負けないと宣言する。

その宣言に、彼女の主は不敵な笑みを浮かべる。

 

「君が不幸に負けないのなら、俺もぐったりしている場合じゃないな!」

「ああ!お兄様っ!いきなり立つと、立ち眩みが・・・!」

 

熱中症など問題にならないと元気よく立ち上がる聖十郎。

急に元気になるはずが無いと、北谷は己の主を案じてオロオロしている。

 

そして、桑名江の宣言に張り合うかの如く、彼は天を指さして高らかに吠えた。

 

「桑名江が今の自分を超越するというのなら!俺も今の自分を超えて見せる!!行くぞ北谷、露天風呂で己の限界を超えるんだァッ!!!」

「お兄様~っ!またお風呂に入ったら死んじゃいますよ~っ!!」

 

熱中症に打ち勝ち己を超越すると意気込む聖十郎。

熱で倒れた後に、再度風呂に入るという暴挙を止めようと北谷は彼を止めようと手を必死に引いている。

 

その二人のドタバタした様子に桑名江はクスリと笑みを溢した。

のんびりとした笑みを浮かべる彼女に、北谷は声を張り上げた。

 

「なに呑気に笑ってるんですかっ!!早くお兄様を引き留めて下さい!!このままだと本当に死んじゃいますからァ!!!」

 

熱中症の人が風呂に入ると死ぬかもしれない。

今度こそ主をあの世に送る訳にはいかない。

 

桑名江は慌てた表情を浮かべ、自分の主を止めに走る。

 

だが、主の力強い言葉に、彼女の心は明るいものへと変わっていく。

不幸に怯えていた暗い影はなく、晴れ晴れとした光が差すのであった。

 

 

 

 




VS[超]桑名江に続きます...

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