オーバーロード in 津島善子   作:モバマス大好き

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突然に降ってきました!


一話 さよならヨハネ

「ふっふっふ……」

 

 何もない広大な平原を目にした彼女―――津島善子は、己の内から湧き上がる情動を抑えきれないかのように含み笑いを作るのだが、眉は上がり、両目も見開かれており、口元はヒクヒクと引き攣りを隠しきれていないのであった。

 

「つ、ついに成功したのね! 成功してしまったのね! この、堕天使ヨハネに秘められし魔力が暴走して…………いえ、でも、これは夢! 夢に決まってるんだからっ! ほら、ヨハネ! 早く目を覚ますのよ! ほら、目を瞑って、三、二、一、で目を開けば、そこは私の自室……自分の部屋のはずなんだから……」

 

 津島善子が両目を瞑り、再び目を開いたところで眼前の光景は何一つ変わる事は無い。

 乾いた風がヒューヒューと津島善子のダークブルーの髪を弄んでいた。

 津島善子は焦点を失った瞳を彷徨わせ、カクカクとロボットの様に身体を震わせた。

 

「ど…………どこ?! ここはどこ!! は、早くニコ生の配信に戻らなきゃいけないのに、ああ、もう! ドッキリ?! こんな壮大なドッキリなんて聞いた事ないけど……ああん、もう!!」

 

 津島善子はその場にしゃがみ込み、わしわしと頭を掻きむしる。

 滑らかな長髪が津島善子の指先に弄ばれ、毛先が遊ぶ。右側頭部に作られたシニヨンがポヨポヨと揺れる。身に纏った制服の上に羽織られたマントがヒラヒラと風にたなびいていた。

 

『落ち着いて……落ち着いて善子ちゃん……』

「ヨハネ! 私はヨハネよ!」

 

 突然かけられた声にも津島善子は動じない。素早く立ち上がり周囲を見渡すのだが、平原には彼女以外の人影は誰もいない。

 

「こんなつまんないドッキリ聞いた事ないわよ! 誰だか知らないけど、早く私を元の居場所に戻しなさい! 早くニコ生の配信に戻らないと……戻らないと低評価が付いちゃうじゃない!」

『落ち着いて善子ちゃん。これはドッキリでも何でも……』

「……リリー! 声で分かったわ! リリーなんでしょ! 早く姿を現しなさいっ!」

『……善子ちゃん、あなたは異世界転移をしてしまったの。リトルデーモンを召喚しようとしたあなたは、ついに世界の禁忌に辿り着き……』

「は、はぁっ…………?!」

『世界の近畿に辿り着き……』

「ねぇリリー?! 国内なの? 世界なの?! どっちなのよ!!」

『善子ちゃん、あとは頑張って……』

「ちょ! ちょっと?! 説明が足りて無いけど、これはドッキリ?! ドッキリなのよね!」

 

 遠ざかる声に手を伸ばす津島善子。一見、虚空に手を伸ばす彼女はまるで映画やアニメのワンシーンのようでもある。それをしっかり自覚しているのか、津島善子の顔には言いようの無い笑顔が浮かんでおり、目元は下がり、口元は緩くニヤニヤとしていたのだった。

 

「…………はぁ、近畿って……滋賀県あたり? まったく、沼津に帰る電車賃足りるかしら……」

 

 善子がスカートのポケットに手を突っ込むも、残念ながら財布や携帯の感触は伝わってこないのであった。覚悟していた善子は「はぁ……」と溜息を吐くのだが、ふるふると首を振り、その表情に力を込めるのであった。

 

「……どうせ、マリーか曜さんの悪ふざけなんでしょうね。まったく、他の皆……生徒会長や果南さんが止めてくれても良いじゃないの! もう!」

 

 ドスドスと地団太を踏む善子であったが、彼女は心当たりがあったのだった。

 どうしても外せない用事だとGuilty Kissの振り付け練習をぶっちし、のんびりとニコ生配信を優先させてしまったのである。善子にとってニコ生配信はAqours活動の次に大切な事なのだが、桜内梨子と国木田花丸以外のグループメンバーはそれを理解できていないようで、善子の自分勝手な行動にブーブーとブーイングを繰り返していたのであった。

 

「もう、今日は生主のランキングに関わる大事な配信って説明してたのに……!」

 

 ギリリと唇を噛む善子。

 理事長である小原鞠莉の財力を利用したのだろうか、自室で動画配信をしていた津島善子をどういう方法かで眠らせ、ヘリコプターなどを使って近畿地方へ異動させたのだと善子は考えていたのだった。

 しかし、立ち止まってはいられない。沼津へ戻らなければ浦の星女学院へ登校する事もままならないのである。元引きこもりであった津島善子ではあったが本来は真面目であり、このような状況に陥っても学校をサボる事に対して少なからずの拒否感があったのだった。

 

「……堕天使ヨハネはこんな事には負けないわ! 戻ったらマリーを問い詰めなくちゃ! ……でも、やっぱり徒歩で沼津に帰るのは現実的じゃないから、どこからか見てるんでしょ! ねぇ、聞いてるの?! リリー!! マリー!! 曜さーん!! みんなー!!!」

 

 キーキーと大声を張り上げながら道沿いに歩き始める善子。

 しかし、彼女の思いとは裏腹に、グループメンバーからの反応は一切起きないのであった。

 

 

 

 

「おっ、冒険者みっけ♪」

 

 キーキーと無防備に声を張り上げながら歩いているマント姿の少女を、木々の上から見下ろす一人の女性。肌は白く、金髪のボブカットが目に入る。

 獲物を見付けた猟犬の様に口元を釣り上げた彼女は音も無くその姿を枝の上から消し、目標となる少女へ容赦ない一撃を与える事を決心したのであった。


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