――始まらない。
二回戦が終わって、気が抜けた俺たちではあるものの俺は原作知識からこれから起こることを知っていた。――だから、言う。まだ三回戦は、始まらない。
ゲーム内では一回戦ごとに時間などないように見えるが、実際少しぐらいは時間があるのだ。そもそも一回の戦いで一日が終わるはずもない、終わったとしても時間的には昼ぐらいなのだ(日も沈まずそもそも太陽があるかさえ怪しいここにおいては昼も夜も関係ないような気もするが)から、帰ってから夜まで時間がある。丁度、学校が終わった後の放課後の時間みたいなものだろうか?……こんなたとえでいいのか悪いのか。
なんにせよ、この時間は勝利者である者たちが安心し、勝ったという安息に浸りながら勝利をかみしめる時間のようなもので……正しく戦争であるこの聖杯戦争において唯一完全に気を抜ける場面だろう。――それが足をすくわれる原因だと気づかぬままに。
――殺気。
「――――ッ!」
廊下を歩いていたマスターが肩を震えさせる。
圧倒的な殺気。明らかに人間離れしたこれは、当然人間離れしたものから放たれている。マスターが困惑し、こちらに指示を出す余裕すらなさそうだ。――だが俺はこれを知っているがゆえに。
――瞬間、世界が回った。
目の前で、上下すら関係なく回る廊下。一瞬のうちにそれが目の前で起き、終わった時にはすでに。どこか別の場所に立っていた。
「――!?」
目の前で、困惑するマスターが目に入る。それはそうだろう、突然世界が反転しどこかすらわからない場所に立っているのだから。事態が急変しすぎて、思考や感覚が追いついていない。だが、これだけはわかるはずだ。
――俺たちは、どこか場所に転移させられた。おそらく
俺には、これを見ても何も思わないが、おそらくマスターはここがどんな場所か理解できているはずだ。
――ここが闘技場であるならば敵がいないはずもない。
その瞬間、マスターの息が詰まった。それはおそらく気づいたからだろう、目の前に立つ男に。
炎のごとき真っ赤な衣装で身を包む男。
それからは、その服とは真逆に冷たい殺気が発せられていた。英雄である俺ですらここまでの殺気を受ければ少しはビビる。……精神面の問題な気がしなくもないが。
今まで俺たちは、目の前で死というものを見て感じてきたが、これほどまでに明確なものはなかった。――死そのもの、とでも言うべき男だ。おそらくマスターの頭にも、暗殺者すなわちアサシンの名が思い浮かんだはずだ。
「――脆弱にもほどがあるな。所詮魔術師などこんなものか。鵜を殺すのにも飽きてきた。手ごたえがほしいところだがな……」
――拳法独特の構えをする。ここで殺すという事なのだろうが――
「小娘、お前はどうかな?」
――一気に、こちらに向かってくる。マスターの体めがけて突き出す拳は拳でありながらあのまま肉体を貫くことさえ可能なのではないかとまで思わせる。事実、もしそれがマスターに当たっていたとするのならマスターの腹を貫いていたことだろう。だが――
「――いくらなんでもなめすぎだ!」
――こちらには、俺がいる。
突きを繰り出すその拳を俺は手に強く握った中剣の腹で受け止め受け流す。そしてそれは、その動作はそこでは終わらない。剣を振り上げ握りしめる。そしてそれを相手に向かって一気に――
「らッ!」
――振り下ろした。
当然のように、その程度で勝てるような相手ではなく綺麗に後ろに下がりかわされたが。
「ふっ……なかなか出来るな。時間切れとは面白くはないが……それは仕方のないことだろう」
ああ、そうだな。俺とお前の戦いはここで終わりじゃない。この後に、俺とお前は戦うことになる。相手は、それだけ言い切るとこちらに背中を向け歩き出す。その瞬間再び世界が反転し――
――元いた場所に立っていた。
しかし、安堵するにはまだ早い。あちらでサーヴァントを撃退(時間切れなのだが……)したところでマスターまでとはいかないわけだ。そう、マスター。俺たちの目の前には真っ黒な服を着た男が立っていた。
――ユリウス。
確か、レオの兄(確か異母兄弟だったか)だったはずだ。ハッキング等の技術がずば抜けていて今回のこともそれを生かしたものなのだろう。――魔術師なんて総じてハッカーな気がするけれど。なんにせよ、そのユリウスからは、到底人間とは思えないほどの殺気があふれていた。
「――ただの雑魚かと思ったが、それも勘違いだったということか……何であれ、あの魔拳から逃れたことには変わりない」
瞬間、纏う空気が変わった。先ほどまで周囲に拡散していた殺気が一気に濃縮されるような。殺気が鋭利な刃物のごとく研ぎ澄まされ一点に集中する。
「ここで始末すれば、問題はない」
――マスターの首。
マスターもそれに気づいているからか、汗が頬を伝っている。――本来なら、ここで俺が止めるべきところだが、原作知識そして俺の感覚からして周囲に彼女がいることがわかっているので黙っている。
――そう、つまり彼女とは。
「――ふうん。やっぱり貴方がマスター殺しをしてる放課後の殺人鬼ってわけね」
――遠坂凜。
目に焼き付く真っ赤な服を着た彼女のことは、さすがに無視はできないらしい。――遠坂凜、そうユリウスはつぶやいた。
「さすがに私のことは知ってるのね、ハ―ウェイ財団の情報網は伊達じゃないってことかしら?叛乱分子対策の、ユリウス・ベルキスク・ハ―ウェイさん?」
ユリウスと呼ばれたユリウス(なんかごちゃごちゃするな)は薄い唇をゆがめる。……そういえばあなた葛木さんと呼ばれてましたね。もしかしてここで初めてユリウスの名前が出るのだろうか?だとしたらどや顔で言い切った凜に少し悪いことをしたような……
「敵を助けるか……気が多いことだな。その女、味方にでも引き入れるつもりか?」
「それ、本気で言ってる?そいつは私の仕事とは無関係、殺したいのなら殺せば?」
「――その隙にテロ屋にやられるのはたまらんな」
そういいながらユリウスは壁に向かってゆっくりと歩を進め、壁際にたどり着いたときマスターの方に視線が向けられる。
「――岸波白野、か。……覚えておこう」
そしてそのまま壁の方に歩を進め、壁に溶け込むように消えていった。……さすが月の聖杯戦争、なんでもありか。
「
独り言を一つつぶやくと、マスターの方を振り返る。何かを言おうとしたところでマスターが声を出す。
「あ……助けてくれてありがと……う……」
――その語尾が自信なさげになったのは凜の冷たい視線からだろうが……
「――別に助けようとなんて思ってないわ。さっきのに挨拶したかっただけよ。あなたも私の敵なわけだしね、どこで死のうと気にはしないわ。……二回戦勝ったのは素直に見直したけどね、ほらあなたトラブルとかあったでしょ?だから、その……」
……なんというか、そこまで言う必要あっただろうか?まぁ、これは遠坂家遺伝のうっかりなんだろうが。……そういえば、ここまで凜にうっかりがきっちり継承されたのは、実は母方のせいなのではないかと疑っている。確かあそこは親の配偶者の血統における潜在能力を最大限引き出す見たいなものがあったからそれによって遠坂家にあるうっかりという潜在能力が最大限受け継がれたのではないか、と。魔術回路の事だけではなくここまで影響が出ているのではないだろうか?……まぁ、この世界ではそこらへんがどうなのかはわからないしそもそもだからどうしたという話なのだが……
――
「ま、拾った命三回戦までになくさないよう、気を付けることね」
凜はそういうと足早に去って行った。
――ツンデレ乙、なんて思ってしまう俺は少しどうかと思ってしまう。