――決戦まであと一日。
いつもいつも短いとすら思っているこの時間が、今回に限っては随分と長く感じる。いや、長く感じるのは昨日のことがあったからだと思うのだが……
はっきり言えば俺は言峰綺礼のことが嫌いだ。実際会っている俺の感情としては苛立ち以外の気持ちを感じることはまあ少ない。しかし、だ。『俺』は彼のことを好ましく思っていた。それどころかこのFateという作品において俺が好きだったキャラベスト3に入るぐらいである。一位にギルガメッシュ、二位に衛宮士郎、三位に言峰綺礼といったところか。ギルガメッシュの傲慢さも、衛宮士郎の歪さも、言峰綺礼の卑劣さも『俺』は好きだったのだ。だ、が。それはあったことがない、キャラクターとしての感情でしかなかったわけだ。……とか言ってるともしギルガメッシュとあってしまったら出合い頭に宝具を使ってしまいそうで怖い。出るのはCCCだから出ない、よな?
フラグのような何かを立てつつも、俺が気にするべきとはそんな出るかもわからない金色のことではなく、俺のパートナーであるマスターのことだ。
『俺』が好ましいと思っていた言峰綺礼の特性と呼べるものなのかもしれないが、『他人の傷をえぐるのがうまい』ということだ。傷を塩を塗り炙って最後に醤油をかけるぐらいのことはしそうな感じ。それが彼にとっての愉悦、だったわけだが……事実、その魔術特性は『傷を開く』ことに特化していたというし。さて、問題はその上手さ、にあるのだ。彼は決して的外れなことは言わず、彼が指摘したというのならそれはきっとマスターの心を強く切り潰したはずだ。
『依存』
あの言葉が的確だと、マスターの心に突き刺さる言葉だったとするならば――俺は、あそこで言峰を止めたことは正解だったのだろうか?
『正義には悪が必要』だと言峰は、『その理想は間違っている』と赤い外装のアーチャーは、『人間として壊れている』と遠坂凛は、それぞれ衛宮士郎に言った。原作においてマスターと同じ場所に、主人公として立つ彼に、歪で歪んだ願いを持つ彼にそういった。なら、彼の成長はそれらの言葉から目をそらした先にあったものだろうか?それは違う。彼の、魔術師として正義の味方としての成長はそれらと向き合い、自身の理想と向き合い乗り越えた上にあったもののはずだ。自分の答えを、出したはずだ。
――では、その答えは他人に出してもらっていいものなのか?
その答えは、出ない。いや、出したくないだけかもしれない。俺が、単に自分のミスに向き合えていないだけかもしれない。『依存』だと、はっきり告げたあの言峰の言葉が間違っているのだと、思いたいだけなのかもしれない。――調子に乗っている。なんていうのはまあ『俺』のいた時代においては他人を下に見るときにしか使われなくなった言葉だが、今の俺はその使い方通りに、間違いなく『調子に乗っていた』のだろう。『俺』では考えられなかった力を得て、この戦争の全ての知識を持って、全知全能にでもなったつもりでいたのだろう。
――もし、そのしっぺ返しが今来たというのなら……『後悔』なんて、言えるような状況じゃあ、ないのだろう。
セイバーがいる。
今日も、私の前にはセイバーが歩き先導をとってくれている。安心する。昨日、言峰になにか言われていたが、さてなんだったかもう忘れてしまった。戦争なんてものに参ってしまっているのだろうか?でも、問題はない。そのことに関してセイバーは私に何も言ってこない。ならそれは多分、どうでもいいことなんだろう。私が、考える必要のないことなのだろう。ならこの話はおしまいだ。
でも、不安はある。この戦争は最初から終わりが見えているのだ。全てに勝ってもセイバーいられる時間は余りにも少ない。それだけが今の不安。
――セイバーがいなくなったら、どうしよう。
前は、少し考えていたことだが今はそんなこと考えはしない。だってセイバーがきっと何とかしてくれるから。終わるのは不安だけど、それでもきっとセイバーが何とかしてくれる。あ、でもこの戦争は確か万能の願望器をとりあってるんだっけ?なら、セイバーに頼らなくても簡単なことかもしれない。聖杯、とやらに願えば多分一発。
そう考えると、戦争が終わるのはむしろ喜ばしいのかもしれない。うん、戦ってるとあまりセイバーと話すこともないし……
「あーあ、はやく戦争終わらないかな」
セイバーに聞こえないぐらいの声で、呟いた。
――そんなことで悩んでいようと、やらなくてはならないことはある。
もちろんのこと
さて、こんなもう決戦前日なんていう時期だからか、アリーナに敵の、もっと言えば遠坂の気配はしない。あのサーヴァントにあのマスターだ、気配を消して近づいてきて不意を……なんてすることはないだろう。サーヴァントの願い的にもマスターの性格的にも。こういう時、相手がユリウスなどではなくて良かったと思う。あれは多分、こちらが落ち込んでいるときこそ殺しにくるタイプだ。――最も、戦争ということを考えるならばそれは普通のことで、むしろ正面から戦うこの戦争や遠坂凛にあのランサーがおかしなものなのだが。俺もどちらかといえば不意をついてここまで登ってきたところはあるから、どちらを否定することも肯定することもないのだが。どちらにしろ厄介極まりないからあまり考えることでもないけれど。
――チラリ、と後ろにいるマスターを伺う。
偶然かなにかなのかは分からないが、こちらを見ていたマスターと目が合う。マスターは少し驚きながらも、えへへ、と口に出しながら笑った。――これもまた、変化だ。前まではマスターを伺っても気づかれることはなかったのに。なにせマスターは戦闘においては素人だったし、多分周りを伺うことに必死だったのだろう。周りを警戒するときに、最も安全なのは俺がいる前方なのだから、あまりそちらを見ていなかったから俺が後ろを向いても気付かなかったのだろう。だが、今の感じは。確信はできないが、むしろ前しか見ていなかったような……俺に対して安心感を抱いてくれるのは、まあ多少なりとも嬉しいことなのだが……いや、こういう考え方がまずいのか。甘やかしている、とそういうことなのだろうか?……そういうことなのだろう。
後悔していても前には進めない。と『俺』はアニメやゲームでよく聞いたものだが……俺は残念なことにそれをするわけにもいかないだろう。この戦いはもちろん、この先の戦いを勝ち抜くためにもここでの後悔を、忘れるわけにもいかない。最も、それを生かすことはできず、今大事なのはそこから挽回することだ。――精神が、『俺』であったが故に起きたことではあるだろう。『私』の経験から行けば、この『依存』の原因は、わからなくもない。単純に、強いものに対する依存、なのだろう。『俺』は人生で、誰かに依存されるということはなかったし、むしろ『俺』はいろいろなものに依存して生きていただろう。『私』は英雄であるように、強い人間だったから――そして、『私』は完全な依存の末に存在するものを知っている。知識ではなく経験として。もし、精神が『私』だとしたら、俺が心も体も英雄だとするならばこんなことにはならなかったのだろうか?原作で登場する英雄たちのように誇り高く前に立つことができたなら。
――原作通りに進んだならば……
淡々と歩みを進めるうちに、視界に
ずっと、笑っているマスターの顔を、俺は見ることができなかった。あれは、決して取得したことによる喜びなんかじゃ――
「――マスター」
――今までと同じように、俺はマスターに声をかける。
「――ん?どうかした?」
――今までと同じ表情で、マスターは俺に返事を返す。
表情に変化はない。言葉に変化はない。俺の言葉に対して、一つ小さく声を入れるのも、前からだったはずだ。でも、何かが違う。
「――マスターに、願いはできたか?」
――今まで、多分マスターが一番悩んでいたであろうことを、一つ問を。
「あるよ」
一拍の間も開けずに、マスターはそれに返事をした。ただ一言『有る』と。喜ばしい、事のはずだ。いつも少し迷いを見せるマスターが迷いなく答えるのは、それこそ迷いなく良いことだと言えるはずなのだ――だが、その願いの内容は――
「――私は、願いがあるから勝たなきゃね」
そういうマスターの目は俺の目を見ているようで、なにか別のものを見ているようだった。夢であるのかのぞみであるのか、それとも別のなにかであるのか――どちらにせよ、不安は残り明日の決戦での敗北要因になりかねない。希望をいうのなら、今のマスターにはおそらく迷いがないということだ。ありとあらゆることに対する迷いが、多分今のマスターには存在しない。今のマスターに、俺の前に出ていろと言えばマスターは俺の前に立ち敵と向かい合うだろう。死への迷いも、進むことへの迷いも、戦いへの迷いも、そして多分、遠坂を殺すことへの迷いも。
――この、いま取得したこの鍵は、果たして本当に勝利への鍵となるのだろうか?
今の俺には、その目の前で俺からマスターへ手渡されたその鍵が、破滅の扉を開く鍵と思えて仕方がない。錯覚だと断じて、ありえないと否定を重ねても、それは消えることなく不安と恐怖となって俺の心に残っている。その恐怖はまるで、この体に残る破滅の記憶のようで――
――俺は多分この時に、またもう一度間違いを犯したのだろう。問いただすべきだったのだ。マスターの願いを。マスターの中に存在する希望とやらを。
最も、そんなことをしたところで多分、決着の結果は、変わらなかったのだろうが――
――私の、願いはひとつだ。
今回もまた、はくのんのヤンデレ回。
次はようやく決戦。
……セイバーが遠坂との戦いを長く感じているのは多分投稿が遅いから。