――決戦前日。
ついに、ここまで来た。
俺が突然月の海にいて、岸波白野のサーヴァントとなって、一番最初の試練だ。
昨日のうちに、マスターのやるべきことは教えた。俺の能力の把握もこれまでで済んでいる。勝てない勝負ではないと、そう俺は思ってる。
しかし、その前に消化しておくイベントがこの後に存在する。
決戦直前にて、勝負を決める最大のポイントともいっていいイベントが、この後に控えているのだ。
原作では、ステータスの強化と並んで勝つための必須イベントだった。しかし、これは原作とは違い、ステータス強化が行えないという状況にある。
つまりは、勝つための二大要素の一つが完全に死んでしまっているわけで……
ここは是が非でも慎二に勝つしかない。
――さて、ここまで言えば、原作をやったことがある人間ならわかるだろう。というかあんな印象的なイベントは忘れないと思う。
そう、そのイベントの名は――
――「
――あぁ、どうしよう。
私は決戦前日の朝、悩みを抱えていた。
それは単純に、昨日セイバーに言われた役割をこなせるかという不安に他ならない。
その役割は私でも簡単に理解できるもので、マスターとしては当たり前にやるべきことだ。
セイバーは少しずつできるようになればいいと言っていたけれど、私はそうは思わない。今でも多くのマスターがやっていることを、私だけが自分の未熟さを理由にやらないのは、嫌だ。
慎二に負けないために、いや、慎二だけじゃない。慎二に勝ったあとも、戦いは続く。二回戦三回戦と続いていく。そのすべてに勝てるように、私はやらなくてはならない。
慎二に勝つため、遠坂に勝つため、レオにだって勝つために。そしてなによりも――
「マスター、大丈夫か」
「え……? あ、うん。ちょっと考え事してただけだから」
そうか、ならばいい。そう呟いて、私から視線を外す。
――この私についてきてくれる、サーヴァントのために。
「なら、そろそろアリーナに向かおう。マスターとしての技能はそう簡単に手に入るものではないからな」
「うん、アリーナで実際に戦って、ってことだよね」
そう言って、私とセイバーはマイルームから出た。
廊下にはすでに多くのマスターたちが歩いていた。決戦前日だからか、廊下一帯がピリピリとした空気に包まれている。
――全員、全力で勝負に挑むという決意を持っているからこそだ。
そんな雰囲気を肌で感じ、再び気持ちを締めなおしていると……
「あれ? あそこにいるのって……」
アリーナへの入口の前に立っている慎二とライダーを見つけた。
どうやら、なにか口論になっているようだが。
「シンジィ~。アタシは最初に言ったよねぇ? アタシを動かすために必要なものをさあ」
「は……ちょっとまてよ! まだ金がいるってのか!? この強欲女!」
――金がいる?慎二のサーヴァントがその役割を果たすためにはマスターが金を払わなくてはならないということか?
「そうとも。私は所詮雇われだからねぇ。金を積まれれば積まれるほどやる気も出るさ!」
雇われ……つまり
慎二はそれを聞き、舌打ちをしてから、なにかをいじり始める。
「――ほら。またアリーナにハッキングして財宝増やしたから……」
その言葉を聞き終えたところで、ライダーがふとこちらを見た。
どうやら、私に気付いたようで。
「ん? お嬢ちゃんじゃないか。奇遇だねぇ」
私がいることに今気付いたのはライダーだけではなく、慎二もそうらしく、ライダーがそういった瞬間バッっとこちらに顔を向けた。
「--岸波!?お、お前いつからそこに。ま、まさか今の話……!」
もうばっちり聞きました。
私がコクリとうなずくと慎二はあせり始めたようで……それでもなんとか平静を装い。
「ま、まぁいいけどね! 聞いての通り、僕はいまアリーナの二層に財宝を出現させたんだよ。僕のサーヴァントはお金を払えば払うほど強くなるからね!」
……まぁ、そんなことだろうとは思ったけど。
でも、お金を払えば強くなる? それって私たちからしたら結構まずいことなんじゃ――
ちらりとセイバーの方を見てみると、コクリとうなずきが(霊体化してるから感覚でしかないけど)帰ってきた。
「君もお金に困ってるなら取りに来てもいいんだぜ?」
「へぇ! ずいぶん余裕だねぇ。そいつの目の前で全部取っちゃうって算段かい? もうどうしようもないねじ曲がりっぷりだねぇ! 小悪党にもほどがある!」
「小悪党とか言うな! この性悪!」
――慎二が小悪党というところは弁解する余地がないほどにあってると思うけど……
私がそんなことを思いながら見ていると、慎二は私の思っていることは流石にわからなかったようだが、私が見ていることに気付いたからか咳払いをしてから。
「じゃ、じゃあな、岸波。なんなら待っててやってもいいぜ? 同時に取り始めてもどうせ全部僕たちのものになるからさ!」
そう言い、笑いながらアリーナの中へはいって行った。
それを確認してから、セイバーが霊体化をといて私の横に立った。
「金を積むほどやる気がでるサーヴァント。人間としちゃ正しいのかもしれないが、ずいぶんと欲深いサーヴァントだな」
英雄と呼ばれるもののなかにも、ああいうのもいるということか。
「ま、なんにせよもらえるものはもらっておくか。それで敵の士気もさがるのなら一石二鳥だ」
……たしかにそうだ。これからの戦いにそなえ、お金を蓄えておくべきだし、敵の士気が上がるのをただ見ているのも下策だろう。
財宝がいくつあるかはわからないが、もらえるだけもらっていこうか――
「そうだな。できる限りの数を手に入れたい。そこでマスター、俺に二つ策がある」
……二つの策? 今の説明を聞いただけで思いついたというのだろうか? 流石と言うほかない。
私なんて、財宝ってどんなものなんだろう? なんてことしか考えていなかったのに……
私がそんな尊敬の念を込めてセイバーを見ているとセイバーはうっと唸って、小さく「考えたのは原作やってるときですなんて言えない……」とつぶやいていたけれど、どういう意味?
まぁ、つぶやきの意味が何にせよ、作戦があるというなら聞いておこう。
「あ、あぁ、そうだな。一つ目の策は慎二とライダーの足止めを俺がやる作戦だ」
足止め?
「そうだ。俺があの二人を止めている間にマスターが財宝を手に入れる。つまり俺とマスターで役割分担をする作戦だ」
なるほど……でも、その作戦だとセイバーが……
「いや、この作戦で問題なのは俺ではなくマスターだ」
私?敵のサーヴァントと戦うセイバーのほうが大変なんじゃ……
「いや、実際のところそうでもない。時間稼ぎだけなら、それほど大変じゃないだろう。問題は、戦闘を行っている間、マスターが一人になるということだ」
――あ、そうか。
アリーナの障害は何も敵サーヴァントだけじゃない。アリーナを徘徊している敵性プログラムもあるのだ。
今まで、それらを障害とすら認識していなかったのは偏にセイバーの実力があったからこそだ。
セイバーがいなければ私はそこらの雑魚にすら勝てない存在でしかない。
「しかも、決戦日以外での戦闘は基本禁じられているから時間制限がある。その時間の中でマスターには財宝を手に入れてもらわなければならないわけだ」
しかも時間制限付き……それじゃその作戦は……
でも、それで敵の士気がさがるなら――
「まぁ少し待ってくれマスター、俺もこれは一応提案しただけだ。本命はもう一つの策にある」
あ、そうか。考えた策は二つあるんだっけ……
「あぁ、しかもこの作はマスターと俺が離れる必要がなく、普通に走っていくよりも断然速い」
そんな策があるというのか……! やっぱりセイバー凄い!
「あぁ、マスターからの尊敬の視線が痛い……」
私が再びセイバーを見ているとセイバーは少し顔をゆがめさせる。
……え?私なにかしただろうか? 少し見すぎたってことかな?
「いや、マスターはなにも悪くない。それに、この作戦もマスターにとっては少し恥ずかしいものになるかもしれないし……」
……恥ずかしいかもしれない?
いやいや、恥ずかしいかもしれない作戦って一体どんな作戦なの!? というかセイバーは私になにをさせようと……
「あぁ、この作戦は基本的にマスターがやる仕事は無いに等しい。つまり安全簡単速度も速いときている最高の策だと思う。ただ羞恥心をぬぐえれば、だがな」
いや、だからどんな――
「それでも、やるか?」
――どんな、作戦、そう聞こうとしたところで、私はやめた。
あぁ、そうだ。私は思っていただろう。セイバーの役に立ちたいと。
うん、その通りだ。こんな、私について来てくれるセイバーの役に――
なら、答えは一つじゃないか――?
「とりあえず、説明を――」
「――私、やる」
セイバーの言葉をさえぎって、そう宣言する。
驚いた顔をしているセイバーに今できる限りの笑みを浮かべる。
「セイバーの作戦なら、私、大丈夫だから」
それを聞いたセイバーは驚きに目を見開いたあと、一つ息をはいて。
「--そうか、なら、いくぞ。」
今のセイバーを見ていると、なんだか私もうれしくなってくる。
だって、そういったセイバーは、私の言葉を聞いたからか心なしかうれしそうで。
綺麗に口元に、孤を描かせていたから――
――だけど、私のその笑みと余裕は。
「じゃあ説明をするぞ?」
――その作戦の説明とともに。
「――以上が作戦だ。わかったか?」
――ひきつった顔と驚きに塗りつぶされて、消えていったのだった――
「--え?恥ずかしいってそういうことなの?」
――なんか、私の思ってた作戦と違う。
聞いて、確かになーいい作戦だなーなんて思ったもののなるほどこれは恥ずかしい。
おそらく、高校生ぐらいの年にはなっているであろう私がこんなことに……
「お前……恥ずかしくないのかよ……」
おかげで、入ったアリーナの先で待っていた慎二に憐れむような目で見られる始末。
その後ろではライダーが腹を抱えて笑っている。
「ふ、そんなことを言っている暇があるのか? 俺たちはすぐにでも財宝をとりにいくぞ?」
セイバーが慎二に挑発じみた言葉を浴びせるも、あまり効果がない。いつもなら直ぐに乗ってくる慎二に、だ。
「いや、だって……岸波、お前ホントに恥ずかしくないのか?」
――実際のところ、恥ずかしい。
こんな状態のところを、仮初とはいえクラスメイトだった人に見られることとか、かなり恥ずかしい。
だけど、それは我慢しなければならない。そう、恥ずかしくなんてないと、思わないと。
だから、はっきり言おう。恥ずかしくないと。
「はじゅかしくにゃいっ!」
――盛大に噛んだ。すごく、恥ずかしいです。
「くくく……シンジぃ、それ以上言うのもよくないしさ、さっさと始めないかい?」
あ、あぁ、そうだな。なんてから返事をして前を向き、走り出す慎二とライダー。
――大丈夫、絶対に大丈夫だ。恥ずかしくなんて、全くない。
たとえ私が今ここで――
――セイバーにおんぶされていたとしても、恥ずかしくなんてない!
――サーヴァントがマスター抱えて走るのが一番早いんじゃね?
俺が原作をやっていて思ったことだ。
原作では、サーヴァントはマスターの後ろをついてきていた。つまり、マスターの速さに合わせていたわけだ。
そして、このイベントでも同じ。マスターよりも速いはずのサーヴァントがマスターに合わせたため、当然サーヴァントとしての速さは披露していない。
マスターが走るより、サーヴァントが走るほうが比べるまでもなく速いというのに。
これはまるで、走る人間に合わせて、その後ろを車が走っているようなものだ。ならば、その車に人間が乗って走るのが一番速いのは必然だろう。
「行くぞ、マスター」
「う、うん!」
俺の背中で、コクリとうなずく気配を感じた俺は、速度を一気に上げる。
敵は無視。サーヴァントと戦う敵であったとしても、本気で走るサーヴァントに追いつける奴なんて存在しない。たとえ、俊敏がDだったとしても。
そしてそのまま、慎二とライダーを追い越した。
「なっ、おい!」
後ろから聞こえる慎二の声。
実のところこの作戦は相手のマスターが慎二だったからこそ行える作戦なのだ。
理由は単純、先ほども言ったように、俺の俊敏がDだからだ。
なにせ相手はライダーでありながら敏捷Bを持つサーヴァント、普通に競争したら当然負けるから、もしライダーが慎二を担いで追ってきたら当然追いこされてしまう。
しかし、相手のマスターが慎二の時点でそれはない。プライドの高い慎二がそんなことをやらせるはずがないからだ。
故に、結果は当然――
「やった! これで五個目だね!」
俺の背中ではしゃぐマスターに癒されつつ、俺は考える。
確か、財宝は全部で五個、だったよな。
「くそっ、まさか全部取られるなんて――」
「私たちの作戦勝ちだよ!」
俺の背中からマスターの声が聞こえる。
……マスターがそんなこと言うなんて珍しいな。まぁたぶん羞恥心をごまかすためなんだろうけど……
「くそっ、こうなったらここで――」
そう言いかけた慎二の背中をライダーが掴む。
「おいおい、そりゃないんじゃないかい? ま、いいさ。面白いもの見せてもらったし」
そんなことを言いながら、慎二を引きずって行った。
「あ、そうだ! 良いもん見せてくれてありがとさん! 明日への士気も少しは上がるってもんだ!」
じゃあな!なんて、豪快に手を振りながら去っていくライダー。
「…………」
俺とマスターはそれをただ見つめることしかできずに……というか、士気が少しは上がるって……
「私たち、相手の士気を下げようとしたんじゃなかったっけ?」
「……あぁ、そのはず、なんだが」
あれ? 士気上がってる? というよりライダーのやる気が増しているというべきか。
「ちょ、ちょっとまって、ならこの恥ずかしい作戦は……」
「意味なかった……?」
「…………」
「…………」
長い沈黙、それが済んでから、マスターが俺の気持ちも込めて叫びをあげる。
「なんでさ!」
――それは、偶然にも本編主人公の口癖と同じものだった――
本日の成果
セイバー ……聞くな
はくのん ……聞かないで
本日の成果 追記
セイバー その、背中に当たってます。
はくのん セイバーの背中って広いなぁ。
来週はついに決戦!今回は決戦と言う感じが全くしない感じですが次はガチですので!
いつもいつも感想をありがとうございます!感想が来たら返事ができるように一日に何回もチェックしてしまう私です。
それでは!次回決戦となりますので、どうぞお楽しみに!