艦これ~extra voyage~   作:瑞穂国

1 / 30
はじめましての方ははじめまして。瑞穂国と申します。

長年温めてきた劇場版の小説です。

コミケで頒布したものを加筆修正したものになります。


海峡
海峡(一)


 不思議な夢を見た経験は、何度かある。

 

 夢の記憶はあいまいで、霞がかかったように儚く、確かなことなど一つもない。ただはっきりと、それが夢であったことだけはわかる。

 

 断片的に思い出せる光景は、三つ。

 

 おぼろげな月明りのように差し込む光。

 

 熱を帯びた体に心地よい水の冷たさ。

 

 そしてどこからか聞こえてくる声。

 

 誰。そこにいるのは誰。問いかけようとしても、声は出ない。気づけば私は朝を迎え、三段ベッドの真ん中で体を起こす。

 

 夢を見ていた。さりとて夢に正体があるわけもなく。はっきりと憶えているわけでもなく。

 

 手を開閉してみても答えを掴むことはなく。結局わたしは、そのまま目を覚ます。

 

 一日を過ごしている間に、夢のことなど忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 周りの風景を的確に表す言葉があるのだとすれば、墨汁で塗り潰した、という表現が一番近いに違いない。黒、黒、黒。今夜は新月だから月明りはなく、曇った空のせいで星明りもない。ひたすらに黒が支配する世界の中で、辛うじて海と空の違いだけは見極めることができた。

 

 ただ、音だけははっきりと聴こえている。視覚に頼ることが絶望的なこの状況で、案の定聴覚だけが異様に研ぎ澄まされ、周りの音を拾い続けていた。

 穏やかな波の音。どこかで鳴く海鳥。風すらも爽やかに語りかける。

 

 だが、それだけではない。いやむしろ、現状でそれらの音が支配する聴覚の領域は、一割にも満たない。

 彼女の聴覚を満たすもの。それは足元で波が切り裂かれ、飛沫を散らす音。轟々と独特の唸りを上げる機関の音。時折混じる、金属がこすれる音や、モーターが駆動する音。

 風雲急を告げる音の連なり。日頃の趣味のせいか、それらを記録として残したい衝動に駆られつつ、重巡洋艦青葉は意識を自らの正面へと集中させた。

 

 目を凝らさずとも十分に見える位置。そこには青葉と同じように、白波を蹴立てて驀進する一人の少女がいた。

 流れる海風にたなびく、艶やかな黒髪。潮の香りに混じって、ほのかに甘い匂いが漂う。背はそれほど高くないが、流れるような体のラインが惜しげもなく晒されていた。その背中に背負うのは、艦娘たる象徴の艤装。ごつごつと大きく、戦艦に似た逞しさを感じさせるそれは、彼女が紛れもない重巡洋艦であることを示していた。

 重巡洋艦鳥海。第八艦隊旗艦を務める艦娘だ。高雄型重巡洋艦の末妹であるが、高い状況把握能力と沈着冷静な判断力を買われ、今回この大任を任されていた。

 

 そもそもこの第八艦隊とは、正式な編成の艦隊ではない。特定の鎮守府や泊地に所属するわけではなく、南方作戦のために各鎮守府から集められた混成艦隊だ。そのため、七つある鎮守府とは別の艦隊という意味を込め、「第八艦隊」と呼称される。

 編成されたのはつい二日前。提督すらまだいない状況だ。そんな中決行された本作戦の目的は、サーモン諸島ガ島周辺に展開する敵輸送船団の撃滅。第八艦隊の初陣だ。

 

 その第八艦隊は今、単縦陣を組み、夜闇のサーモン諸島を進んでいた。編成は旗艦鳥海以下、重巡洋艦青葉、加古、古鷹、衣笠、軽巡洋艦天龍の六隻。正確に言えば、蒼龍他航空母艦を中心とした上空直掩を担当する艦隊も展開しているが、こちらは夜戦において戦力に換算することはできず、実質的に第八艦隊の戦力は巡洋艦部隊のみであった。

 

 巡洋艦で固めた編成からもわかる通り、第八艦隊の作戦は夜戦を主軸に据えている。ただ、偏った変則的な編成に反して、事前に指示された作戦は単純そのものだ。これは、第八艦隊が急編成の艦隊であり、艦娘間の連携訓練が不十分なためだ。

 ただでさえ、事故を起こしやすい夜間の作戦行動。しかもサーモン諸島と言えば、島が多く、島嶼間にも浅瀬や岩礁が絶えない難所として有名だ。各艦娘の緊張はもちろん高いが、やはり旗艦として艦隊を引っ張る鳥海のそれは、段違いであるに違いない。

 

(青葉だったら逃げ出しちゃうかもなあ)

 

 無理難題に近い依頼を、それでも引き受けたあたり、鳥海が旗艦に選ばれた所以であろう。

 

『時計合わせ十秒前』

 

 開きっぱなしにしている通信機から、鳥海の声が入ってくる。もう日付が変わる頃だ。予定通りなら、そろそろ作戦海域に突入する。これが作戦開始前の時計合わせだ。

 

『五……四……三……二……一……今』

 

 時刻〇〇〇〇。頭の中に直接表示された時計があっていることを確認して、青葉は頷く。問題はない。

 

『合戦準備。陣形開け』

 

 来た。チラリとだけこちらを見た鳥海に首肯して見せ、青葉はわずかに主機の回転数を落とす。後ろに続く四隻も同じだ。それまでのものよりも単縦陣の間隔が開き、作戦行動に必要十分な距離を確保する。すぐ正面にいるはずの鳥海はほぼ完全に闇に紛れ、暗視補正なしでは見つけることもままならない。青葉は目視を諦め、電探を用いて味方の位置を確かめる。最近本格的な配備が始まったばかりのこの装備は、例え夜でも明確に味方の位置を教えてくれた。

 

(鳥海さんは……あの辺ですかねぇ)

 

 電探が指示した方向に目を凝らせば、なんとか第八艦隊旗艦の影を見出すことができた。

 その鳥海が、漆黒の中から青葉たちに呼びかける。

 

『伝統の夜戦において、必勝を期して突入します。各員冷静沈着に、より一層の奮闘を期待します』

 

 気負いはない。淡々と告げられる言葉が、むしろ彼女の決意を示しているかのようだ。

 

『艦隊増速、最大戦速』

 

 主機が海水を泡立てる。六隻分の航跡は一本に重なり、黒光りするうねりの上を滑っていく。後方へと流れていく風が、艦娘たちの髪を揺らした。

 

 サーモン海域最初の戦いが幕を開けようとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。