艦これ~extra voyage~   作:瑞穂国

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急転(三)

「それでは、それぞれ報告をお願いします」

 

 陽が暮れたショートランド基地。遮光カーテンを閉め切った作戦指揮室には、いまだ煌々と電気が灯っていた。中央の海図台を囲むようにして、長門と臨時司令部の参謀を任された面々、通信部門を担当する大淀、それに今日新しく加わった大和が立っている。いずれもとても険しい顔をしており、真っ黒なカーテンでただでさえ重い空気が、さらに重量感を増していた。

 海図台を囲む面々を一通り見まわし、長門は頷く。厳しい時だからこそ、状況は正確に把握しておきたい。

 進行を担当する大淀の言葉を受け、真っ先に話し始めたのは金剛であった。

 

「変色海域について、いくつか新しい事実が判明しマシタ」

 

 コトリ。そう言って金剛は、蓋のされた容器を海図台上に置く。うっすらとだが赤く染まったその液体は、紛れもなく変色海域の海水だ。サンプルとして金剛が持ち帰ったものの一部である。

 

「まず、変色海域内においては、何らかの電波障害が発生しており、艦隊間の長距離通信はもちろん、近距離での無線通信もままなりませんデシタ」

 

 金剛の報告に、加賀が挙手して疑問を呈する。

 

「サーモン海域内ですし、深海棲艦による電波妨害、とは考えられませんか?」

 

 その疑問には大淀が首を振る。

 

「サーモン海域を覆うほどの電波障害となれば、それ相応の設備が必要になります。ですがそうした設備の建設は、サーモン海域内では確認されていません。深海棲艦による仕業、というのは考えにくい可能性かと思います」

 

 大淀の補足に金剛はウンウンと大きく頷いた。

 

「その通りデス。それと、電波障害が変色海域と関連している、という考えの根拠はもう一つありマス。電波障害の影響範囲と、変色海域の範囲が、完全に一致しているのデス」

 

 そう言って金剛は、海図に青のペンで線を描く。確認された限りでの電波障害発生範囲だ。だがその線は、あらかじめ海図に書き込まれていた変色海域の範囲とは一致していない。むしろその外だ。

 

「変色海域の範囲と、一致していないようだけれど」

 

 陸奥がその点について質問する。これに答えたのは、金剛とは別方向、大和であった。

 

「それについては、私から」

 

 立ち上がった大和は、あらかじめ用意されていた黒板の前に立ち、チョークを取る。黒板には、サーモン海域の概略図。

 

「現在発生している変色海域ですが。時間経過による拡大が確認されています」

 

 長門は目を見開く。喉まで出かかった「なんだと」を押しとどめ、続きを促した。

 

「速度はそれほど早くありませんが、それでも一日にこれだけ拡大しています」

 

 そう言って大和は二本の線を引く。いずれも真円に近い、同心円。サーモン海域深部の一点を中心として広がっている。

 

「内側の赤線が、昨日一三〇〇時に観測された範囲、外側の青線が本日一三〇〇時に観測された範囲です。このペースで行くと、一〇〇時間前後でこのショートランドまで到達します」

「……後五日ない、ということね」

 

 陸奥の呟きに頷いて、大和は席に戻る。長門はその背中を椅子の背もたれに預けた。

 

(いよいよもって、大神提督の到着を待っていられなくなった)

 

 刑部から指揮を引き継いだ提督の到着は、早くて六日後だ。それを待っていれば手遅れになる。

 

 金剛が話を再開する。

 

「先ほどの観測結果を反映すると、電波障害の発生範囲とぴたりと一致しマス。このまま拡大を続ければ、まず間違いなく変色海域による影響デショウ」

 

 唇を湿らせるためか、金剛はゆっくりと紅茶を飲む。ほうっと一息を吐き、彼女はまた話し始めた。

 

「変色海域による影響についてはもう一点。変色海域を航行した艦娘の艤装に、損傷が見られマシタ」

 

 長門は眉を跳ね上げる。

 

「損傷、というと?」

「金属の疲労や、戦闘による破壊、とはまったく別種のものです。明石と夕張曰く、『何かに内側から侵食されているような』、と。本件に関しては、明朝までに工廠部から報告を上げると言っていマシタ」

 

 そうか。長門は腕組みをして思案する。電波妨害と艤装の損傷。どちらも由々しき問題だ。変色海域をみだりに航行することは、避けるべきと言えよう。

 とはいえ、静観もしていられない。放っておけば変色海域は拡大し続ける。いずれ、手の施しようがない状態になるのは明白だ。

 

(悩ましいな)

 

 こういう面倒事は提督に投げておきたいところだが、生憎とこの場に提督はいない。全て長門の一存次第だ。

 

「……最後に一つ。最深部に偵察に行かせた零水偵が、こんなものを撮影していました」

 

 そう言って、金剛は現像された写真を一枚取り出した。海図台を囲む面々が、写真を覗き込む。

 

「なんだ……これは」

 

 全員の感想は一様であった。それしか浮かばないほど、写真に写ったものは驚きに値した。

 海面にぽっかりと、大きな穴が開いている。真っ黒な穴の底は見えない。地球の中心へと、全てを飲み込むような、深い深い穴だ。世界の海には、海水が沈み込む穴があるというが、これはそれとは全く異質な存在であった。

 さらに不気味さを際立てるのが、穴から垂直に、天に向かって伸びている「柱」であった。写真の具合からして、恐らくは発光している。天へとそびえる光の柱。この海域の異質さを示すような、そんな光景を写真は写し取っていた。

 

「正体はわかりマセン。零水偵はさらなる接近を試みましたが、周囲は気流が激しく、おまけに航海計器が狂い始めたとのことで、三キロより内側に入れませんデシタ。発生位置はガ島沖、ポイント・レコリスです」

 

 全員が顔を上げる。よもやその名が、またも議論に上がるとは。

 

「ポイント・レコリス……。()()()()()()()()

 

 コードネームの意味を反芻するように、陸奥が呟く。

 同心円状に広がる変色海域、謎の電波障害。そのいずれも、円の中心点はサーモン海域のある一点、先日第八艦隊が敵輸送船団を撃破したポイント・レコリスを指していた。

 偶然の一致とは考えにくい。海域の異変が確認されたのは、第八艦隊が敵輸送船団を撃破した直後からだ。間違いなく何らかの関連性がある。

 

 そもそもなぜ深海棲艦は、南方海域、特にサーモン海域での活動を活発化させたのか。

 なぜガ島を最初の拠点に選んだのか。

 敵輸送船団は何を運んでいたのか。

 

「もう一つ、気になる点があります」

 

 疑問点が次々と洗い出される中、さらに発言を続けたのは大淀だ。彼女には珍しく、眉間の辺りに険しい皺が刻まれている。

 

「例の、謎の声を聞いたという証言ですが。第八艦隊以降も、今回の金剛さんたち調査艦隊やサーモン海域周辺警戒に当たっていた艦隊から、度々報告がありました。全部で八例。それを、海図上にプロットすると、」

 

 そう言って、大淀は小さなマグネットを八つ、海図上に置いた。その横に時刻を書き込んでいく。

 

「初めて声が観測されたのは、第八艦隊が敵輸送船団を撃破した直後。復路についた第八艦隊本隊と、復路対潜警戒のためにサーモン海域へ侵入した護衛部隊の双方でほぼ同時に観測されています。それ以降、一日に二、三件の報告が上がっています。それらを時系列順に追っていくと、声が観測された位置もまた、変色海域の拡大に伴って拡大していることがわかります。……私の概算では、こちらも同心円状の拡大、その中心点はポイント・レコリスです」

「……状況証拠だけで真っ黒ね」

 

 若干の呆れを交えて陸奥が呟いた。彼女の言う通りだ。ここまで状況証拠が揃うのも珍しい。物的証拠がないことが、不思議なくらいだ。

 

「それなら話は早いデス。今回の異常現象、全てこの『柱』が元凶で間違いないデス。これ以上事態が拡大する前に、叩いてしまうべきではありませんカ?」

 

 金剛が具申する。その意見はもっともだ。

 だが。

 

「あの『柱』が全ての元凶だとして、どうやったら破壊できる?艦娘の装備で撃破しうるものか?」

 

 答えを持ち合わせる者はない。金剛もそこは理解しているのだろう。拳を握り締めることはあれ、それ以上に強硬に意見を主張はしてこない。

 

「あれをどうにかしなければならないが、闇雲に突撃はできない。変色海域が艦娘の艤装に損傷を与えるとすれば、尚更だ。それに」

 

 チラリ。長門は赤城の方を見遣る。穏やかに様子を見守っていた彼女は、頷くと口を開く。

 

「二航戦が会敵した、新たな敵艦隊のこともあります。現在判明しているだけで機動部隊が五つ。サーモン海域に進入するとなれば、この艦隊との衝突が予想されます」

「……そういうわけだ。サーモン海域に出現した新たな敵艦隊に関する情報は、明朝以降の索敵をもって判明する。それをもって、ポイント・レコリスへ攻撃を仕掛けるか否か、判断することにする」

 

 長門はそう宣言して席を立つ。今頃ショートランドを目指す船に揺られているであろう大神トラック泊地提督に事態についての連絡を入れるためだ。

 

「……先手必勝、打って出るしか、ないデス」

 

 金剛は最後にそれだけ呟いていた。

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