艦これ~extra voyage~   作:瑞穂国

17 / 30
出撃編です。航空戦メインになります。


出撃
出撃(一)


――アナタは、希望なんかじゃない。

 

 

 暗闇の中から、彼女が言う。

 

 光も届かない海の底。体は重く、息は苦しい。それでも目を、離せない。

 

 そんなことない。そんなことはない。

 

 大和さんが言っていた。最後まで守ると誓ってくれた。だから私は、最後まで希望でなければならない。

 

 

 

――いいえ、違う。むしろアナタの存在は、絶望そのもの。

 

 

 

 暗闇から手が伸びる。雪のように白い手。海水が透けそうなほどの白い手。

 

 違う。違う。わたしは。わたしは。

 

 

 

――アナタは憶えていないだけ。だってそれは、ワタシのものだったから。

 

 

 

 白い手が触れる。瞬間、何かの映像が、奔流となってわたしの中に雪崩れ込む。

 

 燃える海。黒い影。それは遥か彼方の――

 

 やめて。それは違う。わたしじゃない。手を払う。

 

 誰。あなたは誰なの。

 

 

 

――だから、言っているでしょう。ワタシはアナタ。アナタはワタシ。

 

 

 

 暗闇から彼女が顔を出す。青白い肌、深紅の瞳、色素の抜けた髪、額に覗く角。明らかな異質。けれどその顔は――

 

 

 

 わたしと瓜二つだった。

 

 

 

 いいや。いいや、違う。そんなわけない。あなたはわたしなんかじゃない。あなたなんて知らない。

 

 

 

――いいえ、憶えている。

 

 

 

 今度は両の手で、彼女がこちらの頬を掴む。深紅の瞳を愉快そうに――そしてどこか愛しむように細めて、彼女は笑う。

 

 白い顔が近づく。意図はわからない。けれどその行為が何かはわかった。

 

 やめて。力を振り絞り、その顔を叩く。赤く腫れた頬。それでも彼女は笑ったまま。

 

 

 

――そう。こっちの方が、趣味に合ってる?

 

 

 

 そう言った次の瞬間、目の前にいた彼女の姿が変わった。長い髪をしなやかに揺らし、桜の簪をアクセントに散らす。柔らかな微笑を湛えた女性は、紛れもなく大和だった。いや、瞳は深紅のままで、肌もどこか白い。どんな手かはわからないけれど、それが紛れもなく彼女であることだけは理解できた。

 

 

 

――おいで。アナタも本当は来たかったはず。ここへ。

 

 

 

 白い手が、再び頬に触れる。氷のように冷たく、血の通わない手。それは、春の日差しのような暖かさで、包み込むように撫でてくれた大和の手とは、全く違う。けれど目の前で微笑む表情は、大和そのものであった。

 

 

 

――おいでませ。鉄の水底へ。

 

 

 

 大和の顔が近づく。唇と唇が重なる。そのくちづけを、拒むことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 夜明けとともに、出撃を告げるサイレンが鳴り響いた。全ての準備を整え、正装に身を包んだ艦娘たちが、波止場に並ぶ。出撃するもの、ここに残るもの、各々言葉を交わし、激励する。

 喧噪の中、第七艦隊の面々と言葉を交わし終えた大和は、吹雪の姿を探していた。同じ艦隊での出撃だ。艤装装着前に、少しくらい話しておきたい。

 見れば、吹雪は川内型軽巡洋艦姉妹や暁型駆逐艦姉妹と一緒にいた。どちらも横須賀所属の艦娘たちだ。

 

「吹雪さん」

 

 人ごみを掻き分け、大和は吹雪を呼ぶ。

 こちらを振り向いた吹雪の瞳が、一瞬揺らいだような気がした。

 

「大和さん、おはようございます」

「おはようございます、吹雪さん。今日は頑張りましょうね」

「はい、もちろんです」

 

 そう言って、吹雪は両の拳を握る。しかし気のせいだろうか、今朝はどうも、普段の覇気に欠けるような気がした。

 

『作戦指揮室より、全艦娘へ。〇七〇〇時の時計合わせをもって、出撃となります。出撃艦娘は、所定の位置へ』

 

 スピーカーから、作戦指揮室に控える大淀の声が聞こえてきた。もう間もなく出撃の時間だ。

 

 

 

 

 

 

 出撃ドックから次々に洋上へ躍り出ていく艦娘の姿を、如月は高台から見守っていた。

 〇七〇〇の時計合わせがあり、すぐに長門から出撃が命じられた。沖に投錨していた二機艦が抜錨し、同時に三機艦が出撃ドックから出る。今は一機艦が出撃中だ。この後には、二挺艦、そして睦月の所属する一挺艦と続く。

 一時間ほどがして、ついに一挺艦の番となる。コンテナ型の簡易出撃ドックに、ショートボブの後ろ姿が入っていった。数分後、空気式カタパルトによって、睦月が海面に滑り出す。別のドックからは、吹雪も出てきた。

 

「睦月、ちゃん……」

 

 ポツリとした呟きは、喉の奥から霞んだ音として出てきた。

 

 深海棲艦の侵食は、着実に如月の全身へと広がっている。喉の辺りは最早感覚がない。手足の先や顔の右半分に、幾ばくか残るだけ。もはやこの体を、自分のものとは思えない。

 いつかの夜、加賀が言っていた通りだ。いずれこの身は深海棲艦となる。予感ではなく確信に近い。

 けれど、それよりも今は。昨日と同じ、大切な人が、どこか遠くへ行ってしまいそうで。その不安だけが、わずかに残った心の中にわだかまる。

 

「行かないで……」

 

 昨晩秘めた言葉が、唇の隙間から漏れる。

 

 びょう。海の方から風が吹く。めくれそうになったフードを抑え、風上から顔をそむけた。

 

――ソレデ、イイノ?

 

 風に混じって、そんな声がした。ハッとして後ろを振り返る。

 

「よかった。ここにいたんですね」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべて立っていたのは、明石であった。

 否。

 

「あなたは、誰?」

 

 警戒心を最大限に引き上げて、如月は明石のような何かを見つめる。明石の中の誰かは、感心したような表情を浮かべる。

 

「やはりわかるものなんですね。それなら話が早いです」

 

 声は穏やかで、口調も明石のそれだが、そのしゃべり方そのものが作ったものだと直感できる。あれは明石ではない。

 

「如月さん。ここで睦月さんの帰りを待ち続けるつもりですか?」

「……深海棲艦になりかけているんだもの。ここから出るわけにはいかないわ」

「それは本心ですか?」

 

 何が言いたいの。明石の中の誰かは、私に何をさせたいの。

 口をつぐんだ如月を嘲笑うように、明石が目を細める。

 

「守りたい。失いたくない。それはとても自然なことだと思いますよ。それが大切な人なら、尚更」

 

 心にもないことを、と言い切れればよかったのだが。なぜだか彼女の言葉には、微かな実感と重みがあった。それ故に、全てを突っぱねることもできなかった。

 それが心の隙となることをわかっていても。

 

「どうです?今なら間に合いますよ?まだ連れ帰ることができますよ?」

 

 その覚悟をしろ。そう望んでいるような声。

 何より、「まだ間に合う」の一言に、心がぐらついてしまった。

 

 もう一度風が吹く。フードが風でバタつき、如月の頭から外れる。まとめていた髪が激しくなびき、右半分の視界を奪った。最早それも気にならない。

 今の如月に、目的は一つだけ。

 

「艤装は、使えるの?」

 

 如月の問いかけに、明石が満足げな笑みを浮かべる。

 

「連れ戻す気になりましたか?」

 

 それだけは強く、否定した。

 

「いいえ。睦月ちゃんを助けに行く」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。