一〇三〇。赤城率いる一機艦は、島嶼の間を抜け、サーモン海域北方へとたどり着いていた。その道中は実に派手なものであった。
出撃直後、ショートランドの基地航空隊から報されていた、サーモン海域入り口付近に展開する敵巡洋艦部隊に向けて攻撃隊を放った。早朝の奇襲だったこともあり、敵艦隊はなす術なく壊滅。
さらに、第二部隊が警戒行動中と思しき敵艦隊と接触。これを金剛、榛名の支援攻撃のもと撃滅した。
その後も派手に索敵活動を続け、殊更に存在をアピールしながら、サーモン海域北方へと至っている。
そろそろ、敵の索敵機に捕まるだろうか。そんなことを考えながら、加賀は航行を続けていた。
現在第一戦速。一機艦第一部隊は空母四隻を中央に置き、両脇に金剛と榛名。それを囲むように第二部隊が展開している。対空戦闘に備えた布陣だ。
出撃から三時間半。いつ敵の攻撃隊が現れてもおかしくはない。総数一千機を超える機動部隊を、これから加賀たちは相手取るのだ。一瞬の油断が命取りになる。
『赤城より、各航空母艦へ。間もなく定時です。索敵機の報告をお願いします』
赤城から通信が飛ぶ。四隻の空母からは四機ずつ二回、計八機の索敵機が飛び立っており、サーモン海域北方を遊弋中と思しき敵機動部隊を探している。その現状を確認するのも、母艦たる空母の大切な役割だ。
ほどなく、加賀の放った偵察機から、定時連絡が入り始めた。一号機から順に八号機まで。敵影見ずと、自らの異常なしを報告してくる。
(私の索敵線には、かかっていない)
八機の無事を確認して、赤城に報告しようとした時だ。
『瑞鶴より各艦。瑞鶴四号機及び五号機からの連絡途絶。赤城宛意見具申。直掩隊増勢の要ありと認む』
瑞鶴からの通信に、一機艦全体の空気が張り詰めた。
加賀の目の前に位置取る赤城が、チラリとこちらを窺う。その視線に頷き、加賀は瑞鶴の方を見遣った。自慢の可愛い後輩は、特に気負った様子もなく、偵察機とのやり取りを続けている。
『赤城より各航空母艦。瑞鶴の意見具申を受諾。各航空母艦は直掩隊を追加で発艦。加賀五号機より八号機、及び瑞鶴一号機より三号機は針路変更。本艦隊よりの方位一〇〇から一一〇を重点的に索敵せよ』
赤城から矢継ぎ早に指示が飛び、一機艦は風上へと転針する。その中央、四隻の空母は、各々の発艦装置である和弓を構え、艦載機である矢を番える。
『各艦、直掩隊発艦始め』
赤城の号令を皮切りに、引き絞っていた弦が解放される。ひょうふっ。軽快な風切り音を上げて放たれた矢は、やがて燐光を放ち、空気中に霧散する。散り散りとなった燐光が再び集う時、それは力強い発動機の音を響かせる三機の戦闘機となっていた。
新鋭艦上戦闘機、名を「烈風」。零戦よりも大型、高馬力、強武装の新翼だ。今はまだ赤城と加賀の二人にしか配備されていない機体である。
その新鋭機が、赤城と加賀から六機ずつ、計十二機飛び立つ。また、同じように翔鶴と瑞鶴からは、零戦六四型が出撃している。
元々上空に展開していたものと合わせて四十八機。直掩隊としては相当な数だ。これだけの戦闘機を直掩に割けるのは、一機艦の各空母が戦闘機に重きを置いて航空隊を再編成したからである。
(それでも、焼け石に水かもしれない)
一千機という敵機の総数に比べれば微々たるものだ。これだけの戦闘機をもってしても防げなかった、という事態は十分に考えられる。
否、今は考えまい。備えられるだけの備えをする。それがきっと最善策だ。
新たに加わった二十四機が高度を上げ、艦隊の上空を旋回し始める。時刻は間もなく一一〇〇。サーモン海域北方にはすでに、戦いの香りが漂い始めていた。
その影は、方位一一二、雲量六の空から現れた。
『金剛より各艦。電探に感、敵さんのお出ましデス。方位一一二、距離六万。およそ百機』
真っ先に気づいたのは、金剛搭載の対空電探であった。距離六万では、肉眼で確認することは難しい。稼働率と信頼性に疑問符の付く電探であるが、今回はしかとその役割を果たしたようだ。
『赤城より各艦、対空戦闘用意。各対空砲の発砲は別命あるまで待機。戦闘機隊は迎撃の準備を』
赤城の緊迫した声が通信機から届く。各艦娘の対空砲に妖精が取り付き、砲身の仰角を引き上げる。高角砲、機銃。ハリネズミのように据えられたそれらが、天を睨んだ。
事前の打ち合わせでは、戦闘機隊の優先目標を雷撃機とし、急降下爆撃については対空砲火と回避運動で凌ぐことが明言されていた。理由は二つ。艦娘も船である以上、上からの爆撃よりも水線下への雷撃の方が脅威度が高いこと。また、囮という役割を考えれば、たとえ爆撃で損傷しようとも洋上に残り続けることが大切であること。
故に、対空砲は天を睨み、戦闘機は高空から敵編隊後方に襲いかかるのだ。
加賀は空を見遣る。雲の合間にキラリと、味方戦闘機の編隊が見えた。三機ずつの小隊を組み、高みから海上を見守っている。同時に空の先を睨み、敵編隊に備えている。
そして、それが始まった。
雲の切れ間、敵編隊の上空から、銀翼が真っ逆さまに突き抜けた。ほんの一瞬、正しく烈風のごとき神速が敵編隊の後部を航過する。一拍遅れて、爆発と思しき閃光が走った。被弾した敵機が四散したのだろう。
『戦闘機隊、突撃を開始したデス!距離五万!』
金剛が報告を寄越す。戦闘の詳細までは、ここからでは窺い知れない。最初の一航過こそ編隊を保っての襲撃であったが、それ以後は敵味方入り乱れての混戦になっている。まだ米粒ほどにしか見えていない味方戦闘機の機影一つ一つを追いかけることは、いかに目のいい空母艦娘と言えども不可能だ。
それでも目を凝らさずにはいられない。一種癖とでも言える。空母にとって自らの艦載機は子供にも等しい。そこに乗っている妖精一人一人の顔まで、思い浮かべることができるほどだ。
今は、あそこで奮闘している四十八機を、信じる他ない。
五万を切った距離で、火箭が入り乱れる。飛行機雲が複雑に絡み合い、その合間に時折太陽光を反射する。宙空を乱舞するのは、正反対の見た目をした二種類の機体。精錬された、工学的美しさに支配される艦娘側戦闘機。岩石を削りだした、あるいはエイを筋骨隆々にしたような、荒々しいフォルムの深海棲艦側戦闘機。
運動性能、速力、攻撃力を比較するのであれば、単純な性能では「烈風」や零戦が勝ることになる。事実、遠目で見た限り、戦場の支配権を持っているのは艦娘側の戦闘機隊だ。
だが深海棲艦側の機体――俗に「飛びエイ」と呼ばれる機体は、総数で百余機がいる。戦闘機の役割(「飛びエイ」は機種による形状の差がほとんどなく、同一機体とみなされる)を果たしているのは三十機かそこらであろうが、「烈風」と零戦の目標は戦闘機の壁に守られた爆撃機や雷撃機だ。そう考えると、敵機全てを防ぎきるには圧倒的に数が足りない。単純計算で一機あたり二機を撃墜しなければならないのだから。
案の定、味方戦闘機隊の火箭を潜り抜け、さらに肉薄してくる「飛びエイ」が現れ始める。敵編隊はすでに散開済みらしく、十機弱の小編隊に分かれた敵機が別々の進路から一機艦の輪形陣を目指していた。
(どこから来る?)
ついに三万を切った敵編隊に目を凝らし、加賀はその目標を見極める。敵機の影は米粒程度になっていたが、その腹に抱かれたものが爆弾か魚雷かまで見ることはできない。ゆえにその動きから、どちらの機体であるかを推測する必要がある。
加賀の頭に乗り、双眼鏡を覗いていた見張り妖精が、敵編隊の様子を報告する。最も近いのは右三十度方向から接近してくる編隊で、距離はおよそ二万三千、高度二千。次第に高度を上げつつあることから、爆撃機であると見込まれる、とのことだ。
『赤城より各艦。針路を北に取ります。艦隊逐次回頭、針路〇一五。転針後、速力を二八ノットに合わせ』
赤城が新たな指示を出す。いよいよこれから、敵機動部隊を北につり出すのだ。一機艦の動きにうまく乗ってくれるといいのだが。
それにそろそろ、こちらも敵機動部隊の位置を把握したい。
一機艦所属の十二隻が次々に回頭し、針路を一五度に取る。
『敵編隊、艦隊右舷!突っ込んできマース!』
(やはり来る、か)
転舵によって右舷に移った敵機を睨む。金剛の言う通り、敵編隊に怯んだ様子はない。味方戦闘機による迎撃をものともせず、グングンこちらへ迫ってくる。距離は二万を切った。
『各艦、対空戦闘用意!距離一万より射撃はじめ!』
赤城の切迫した声が響いた。対空戦闘において、対空砲火は最後の砦だ。いよいよその使用すらも視野に入れなければならない。そこまで敵機の脅威は近づいている。
加賀のすぐ横、右翼側の防備を担当する金剛が、遥かな高空を睨んでいた。第二次改装を終えた腰の艤装、そこに据えられた四基の連装砲塔が旋回する。俯仰する砲身は四五口径三六サンチ砲。最大仰角四二度で固定された砲口が太陽を受けてギラリと怪しくきらめく。
チラリと、自らの艤装を見遣る。一二サンチ連装高角砲に取り付いた妖精と目が合った。彼が親指を突き立て、ニカッと笑う。準備完了、ドンと来い。そう言っているようだった。
その仕種に頷く。敵編隊との距離は一万五千を割っていた。
戦闘の光景は最早目の前だ。濃緑色の味方戦闘機と、黒色の敵戦闘機が容易に識別でき、その入り乱れた戦闘までよくわかった。
横旋回で巴戦を演じていた「烈風」が、「飛びエイ」に二〇ミリ弾を叩きこみ、撃墜する。
逆に、一瞬の虚を突かれた「烈風」が、「飛びエイ」の一三ミリ弾で翼を折られ、錐揉みとなって落ちていく。
一三ミリと二〇ミリを一身に受け、欠片も残すことなく四散した「飛びエイ」も見えた。
『赤城!敵機が三式弾の有効範囲に入ったデース!』
金剛が叫んだ。今から撃つ。そう主張しているのだ。
上空の戦闘機隊に向け、赤城から指示が飛ぶ。それを受け、「烈風」と零戦が次々に翼を翻し、離脱にかかる。距離一万の空には、ただ敵機の集団を残すのみ。
『撃ちます、ファイヤー!』
待っていました、とばかりに金剛が叫んだ。次の瞬間、顔の右側で強烈な閃光が走り、焼けつくような熱さが頬を襲う。仰角を上げ、敵編隊に狙いを定めていた金剛の主砲から、紅蓮の炎が吐き出された瞬間であった。
海面に灼熱と衝撃をばら撒いた砲炎が収まり、硝煙の黒い雲が後方へと流れる。時間にすればほんの数秒だ。その間に、金剛の放った砲弾は飛翔を終え、敵編隊の眼前へと迫る。
オレンジ色の雨が降り注いだ。正確に言えば、敵編隊に対して横殴りに襲いかかった。八発の砲弾から飛び出した無数の子弾が、迫る「飛びエイ」を包み込む。
敵編隊の一角で、同時に黒煙が上がった。発動機、あるいは燃料タンクに被弾した「飛びエイ」が、その機体から炎を噴いている。撃墜は時間の問題だ。それ以外にも、白煙を引いてフラフラとしている機体が数機いる。
だが、全体から見れば微々たる数だ。三式弾の特性上、上手く有効範囲に捉えられなければ、被害はとても限定的なものとなってしまう。
チラリと視界の端に映った金剛が、悔しげに奥歯を噛み締めていた。
『全艦、対空戦闘始め!』
赤城の号令がかかる。今度は高角砲の番だ。輪形陣の各所で火の手が上がり、真っ赤に燃え盛る礫を高空へと放った。ここからは高角砲の領分だ。
数秒の後、多数の砲弾が一斉に起爆した。花弁を思わせる黒い爆炎がそこかしこで生じ、敵編隊を全方向から揺さぶる。炸裂した砲弾の弾片が鋭い刃となって敵機を切り刻む。それでもなお、怯むことのない敵機。
間近で砲弾炸裂の爆圧を受け、ぺしゃんこに潰れた機体。
弾片が突き刺さり、ズタズタに引き裂かれた機体。
衝撃によって制御不能となり、錐揉みに落ちていく機体。
一機艦の対空砲火が、一機また一機と「飛びエイ」を捉えていく。だがその度、敵編隊は着実に距離を詰めてきた。敵の切っ先を弾いても、その都度一歩の間合いを詰められているような、そんな感覚だ。
じっとりとした汗が背中を伝う。何度体験しても慣れることのない、戦場の感覚だ。
次の瞬間、先頭の集団が散開した。十数機でまとまっていた「飛びエイ」が四、五機ごとに翼を翻し、一機艦の上空を大きく旋回し始める。さながら獲物を見極める猛禽類のような動きだ。事実、一機艦は奴らに狙われている。ついに敵編隊は、こちらを攻撃の間合いに捉えたのだ。
『対空射撃を継続しつつ、自由回避!一発も被弾しないで!』
赤城の声が終わるか終わらないかのうちに、最初の小編隊が機体を捻った。機首を下げ、急角度で降下してくる。その腹には、陽光を浴びて怪しく光る鈍色が二つ。
『敵機急降下!』
金剛の絶叫に近い叫び。五機の異形が向かう先を、加賀は目で追う。
狙いは赤城であった。
すかさず気づいた赤城が、上空を睨む。仰角を最大に設定された二五ミリ機銃が、火焔を躍らせた。艤装の各所に据えられた機銃座から、シャワーのように曳光弾が乱れ飛び、「飛びエイ」に伸びる。
オレンジ色の火箭が、敵編隊を飲み込んだ、かに見える。だが実際には、敵機が火を噴くことはなかった。弾雨の中を掻き分け、黒光りする塊が赤城に急接近する。赤城が右に舵を切り始めた。「飛びエイ」の真下に入り、その射線を逸らす腹積もりだ。
「飛びエイ」が機首を引き上げた。同時に機体の腹から、小さな物体が二つ、切り離される。急降下によって加速された爆弾が、放たれたのだ。
ああなってはもはや止められない。できることといえば、赤城の回避運動が間に合うことを祈るのみだ。
初撃で赤城を戦列から失うわけにはいかない。
数秒と経たず、爆弾が赤城の周辺に落下する。鉄の塊が赤城の右を掠め、海面に吸い込まれる。かと思った次の瞬間、遅延信管が起動して爆弾が弾ける。硝煙を含んで黒ずんだ海水が持ち上がり、天然のベールとなって赤城の姿を隠す。赤城の背丈を遥かに超える海水の柱が次々と生じ、水滴がスコールのごとく降り注いだ。
幸い、赤城は被弾しなかった。海水の柱が全て収まった時、海水のカーテンを突き破ってその姿を見せる。頭から海水を被り、全身びしょ濡れだが、損傷はゼロだ。加賀はほっと胸を撫で下ろす。
へばりついた前髪から雫を滴らせ、赤城が叫ぶ。
『次に備えて!』
赤城への攻撃開始を皮切りに、旋回していた敵編隊が次々に急降下を始めた。あたかも一機艦を囲む投網のように、黒い影が迫る。
ここまでくると、艦隊としての対空射撃は望めない。各々が各個に目標を定め、機銃を放つ。入り乱れる火箭の中を、黒い影が走り抜ける。
回避運動に伴うカーブしたウェーキが、いくつも描かれる。加賀もまた、上空を見上げ、右へと舵を切る。敵機の影はほぼ真上。このまま舵を切り続ければ、上手く回避できるはずだ。
嘲笑うような風切り音が響いた。敵機が急激に引き起こしをかけ、その腹から爆弾が切り離される。
来る。丹田の辺りに力を溜め、加賀は弾着の瞬間に備えた。
海面が沸き立ち、あたかも間欠泉のように噴き上がった。鼻をつく硝煙の匂いを含む海水が、局所的な豪雨となって加賀の頭上から降り注ぐ。バラバラと大粒の水滴が飛行甲板を打ち、リズミカルな音色を奏でた。
二発、三発。至近弾が次々に炸裂し、爆圧で下から突き上げられる。脚部艤装が軋み音を上げ、前へつんのめりそうになった。海面を強く踏み、何とか耐える。
『シット!』
金剛の罵声が通信に乗る。見れば、その強壮な艤装から、炎と煙が立ち上っている。回避運動が間に合わず、被弾したらしかった。
なおも輪形陣各所で水柱が上がっている。爆音、衝撃、混じる悲鳴。一発、また一発と爆弾が炸裂し、至近弾あるいは命中弾となって各艦に被害を与える。飛び散る海水と弾片。横薙ぎの爆風。艤装が異音を上げ、軋む。
一航過を終え、高度を稼ぎながら去っていく敵爆撃機を睨む。輪形陣では各所で煙が上がり、確かな被害を物語っていた。だが、脱落した艦はない。いまだ一機艦は輪形陣を維持し、万全の守りを敷いている。被害は最小限に留められた。
その、堅牢な城塞を攻め落とさんと、新手の戦力が一機艦へ攻め来る。敵雷撃機だ。
(まずいわね)
ざっと周囲の状況を見回して、加賀は胸中で呟く。
味方戦闘機の迎撃を受けた敵雷撃機は、その数を大きく減じている。大きな編隊を組むことなく、散発的に一機艦を目指している形だ。
けれどもそれが、逆に厄介でもあった。各方位からまばらにやって来る分、それぞれに対空砲火を向ける他なく、その密度は必然的に低下する。そんな状態で、満足な妨害は望めない。さらに、連続した回避運動を強いられることにもなる。駆逐艦ならいざ知らず、空母という大型艦種にには、そんな機敏さは到底発揮できない。
この攻撃が大きな被害を呼び込むことはないだろう。しかし艤装、そして艦娘本人にかかる負荷が、今後の戦闘にどのような影響を及ぼすか。
加賀の懸念を知ってか知らずか、敵雷撃機による攻撃が始まった。
雷撃機は超低空を進撃してくる。文字通り海面を這うようにしてこちらへ肉薄し、腹に抱えた魚雷を撃ち込まんとしているのだ。
大急ぎで仰角の下げられた対空砲が、各々の目標に順次発砲する。黒煙が踊り、爆風がざわめき、合間を鋭い弾片が乱れ舞う。敵雷撃機など、いつズタズタになってもおかしくないように思えた。だが実際には、敵機は何の痛痒も感じさせず、悠然とさらなる接近を試みてくる。
(狙いは赤城さんね……!)
超低空のまま、進路を調整しつつこちらに迫る敵機を見遣り、加賀は確信した。
赤城は横須賀鎮守府でも古参の部類に入る空母であり、数々の戦場で深海棲艦と刃を交えてきた。旗艦経験も加賀より豊富だ。とても重要度の高い艦娘である。裏を返せば、深海棲艦にとって最も警戒すべき艦娘ということになる。その赤城を集中的に狙うのは、至極真っ当な戦術と言えるだろう。
少ない戦力の集中投入。これ以上ない有効な手段。たった一隻だけでも、重大な損傷を負わせんとする執念。
(直掩隊!)
自らの戦闘機隊に呼びかけるが、あちらも残存敵戦闘機の相手で手一杯だという。今すぐにこちらまで引き戻すのは不可能だ。
このままでは、赤城が敵の歯牙にかかってしまう。
対空砲火を潜り抜け、「飛びエイ」が赤城に肉薄する。投雷位置までは間もなくだ。赤城は各編隊の動きを見極め、回避を試みているが、どこまで凌げるか。
このままではいけない。焦りに冷や汗がにじみ出てきた加賀の耳に、意外な――そしてあまりにも
『させるかぁぁああぁぁっ!』
瑞鶴の絶叫。次の瞬間、上空から銀翼がきらめき、曳光弾のシャワーが降り注いだ。
瑞鶴所属の零戦隊だ。敵戦闘機を引き剥がした二個小隊が、赤城を狙う雷撃機に襲いかかった。
魚雷を積み、動きが鈍重な「飛びエイ」に、戦闘機の銃撃を避ける術はない。申し訳程度に後部銃座が応戦するが、それも徒労に終わる。軽々と最後の抵抗を交わした零戦が、情け容赦のない掃射をかけた。もろに銃弾を受けた敵雷撃機は、その場で燃料に引火し、爆発四散した。バラバラに砕けた機体の破片が、波間に降り注ぐ。
「飛びエイ」を撃墜した一機の零戦が、加賀の頭上をフライパスする。機体側面に、桜の撃墜マークを多数描いた機体だった。一瞬だけ、妖精がこちらに目線を向け、親指を立てる。
赤城の回避運動も一段落していた。瑞鶴の援護もあり、被雷はなし。何とか無傷ですり抜けた赤城が瑞鶴を見遣り、ひらひらと手を振る。誇らしげに頷いた瑞鶴が、チラリと加賀を窺った。
(よくやったわ)
そう伝えようとして、親指を立てかけた、その時。
瑞鶴の頭上に迫る黒い影を、加賀の眼が捉えた。
機数は三機。おそらくは急降下爆撃機だ。ただし、それまでの「飛びエイ」とは一線を画するフォルムをしている。全体的に丸っこく、不気味なほど白い機体。
コードネームは「ヒトダマ」。MI作戦時に初めて確認された、新型の深海棲艦艦載機であった。
「瑞鶴!」
それしか叫べなかった。一瞬キョトンとした表情を見せた瑞鶴が後ろを振り返った時にはもう遅い。三機の「ヒトダマ」は急降下に入り、瑞鶴へと襲いかかる。
無理だ。回避は間に合わない。どうあっても命中する。冷静な分析の結果が、計り知れない絶望と自責となって加賀に襲いかかる。
なぜ、どうして気づかなかった。電探から意識を逸らした。一瞬でも気を抜いた。
嫌だ。嫌だいやだイヤダ。もう一度あの光景を見るのは嫌だ。
もう一度、瑞鶴が傷つくのを見るのは嫌だ。
圧倒的な喪失感が眼前を覆う。
その闇を振り払うように、鋭い声が響いた。
『瑞鶴!頭下げろデース!』
反射的に頭を抱え、しゃがみこんだ瑞鶴の頭上。それは唐突に起きた。
敵機の眼前で、花火が弾けた。オレンジ色の火箭が漏斗状に伸び、「ヒトダマ」を包み込む。
正しくアッパーカットを喰らったかのような状態になった先頭の一機は、次の瞬間に火達磨となっていた。残った二機も、直撃こそ免れたものの、コントロールを失って針路がずれ、そのまま引き起こしをかけられずに海面に激突する。
何が起こったかわからない、と言った様子で、瑞鶴が上空を見上げていた。
『フ―、間一髪デシタ』
そう言いつつ、金剛が額の汗を拭っていた。今のは彼女が放った三式弾であった。
『たこ焼き三つ、一丁あがりデース』
そんな軽口をたたきながら、華麗なウィンクを決めて、彼女は再び警戒に戻っていった。
ほっと胸を撫で下ろす。とにもかくにも、瑞鶴は無事だ。それが堪らなく嬉しい。目の前にいたら、思わず抱きしめていたかもしれない。
(らしくないわね)
いまだ混乱しているのだろう、と自分に言い聞かせる。こんな思考は、全くもって加賀らしくない。
『今のは恐らく、新手の機動部隊による、偵察爆撃でしょう。別の機動部隊にも捕捉された、と考えるべきですね』
各艦の被害状況を聞き届けつつ、赤城が先の攻撃をそう分析する。敵機の第一波攻撃はすでに退避に移っていた。
『直掩隊の損傷機を交代、このまま次の攻撃に備えます』
その指示の通り、直掩隊の交代と燃弾補給を始めて十分ほど。待望の報告は飛び込んできた。
『敵艦隊見ゆ』