敵艦隊の影を捉えた飛龍艦攻隊長妖精は、攻撃隊各機へ矢継ぎ早に指示を飛ばした。
一機艦瑞鶴所属の偵察機からもたらされた敵艦隊発見の報をもとに、二機艦はすぐさま攻撃隊を発艦。これが一二三〇時のこと。
発艦した第一次攻撃隊は、総数で百二十機を数えた。直掩機を残し、残った搭載機全てを放った形だ。甲板上での暖機運転を必要としない、艦娘ならではの力技と言えた。
二機艦の総力を挙げた攻撃。指揮下の全機を、無事敵艦隊へと送り届けることが、隊長妖精の仕事であった。一先ずはその大仕事をやり遂げた達成感。そしてそれ以上に、この先の戦いへの武者震い。二つの感情を噛み締め、隊長妖精は戦場を俯瞰した。
眼下の海面に、小さな影が見えている。ポツリポツリといくつかの影で円形を描くそれは、昨今話題のミステリーサークルに見えなくもない。海面の反射に浮かび上がるその存在は、明らかな意図と目的をもって、真っ白なウェーキを引きずっていた。
一機艦の索敵機が発見した敵機動部隊の一群、「航イ」の呼称が定められた艦隊だ。総数はニ十隻、輪形陣の中央に空母棲姫を据えている。この海域に展開している機動部隊群の、司令塔的役割を担う艦隊と見られた。
瑞鶴の索敵機は、同時に三つの空母群を発見していた。その報せを受けた、二機艦を率いる蒼龍は、迷うことなく「航イ」への攻撃を選択していた。最も脅威度の高い敵を、真っ先に叩く。戦場の定石ともいえるその判断を、迷うことなくできるのが、蒼龍という艦娘であった。
とはいえ、空母棲姫という深海棲艦が厄介な相手であることに変わりはない。艦攻隊長妖精もそこは重々承知している。空母棲姫が初見参となったMI作戦で、攻撃の先陣を切ったのは、彼であったのだから。
ヲ級flagshipを超える巨大な艤装に長大な航空甲板は、「飛びエイ」よりも大型の「ヒトダマ」を難なく運用できる。搭載数も破格であり、推定で百二十機と見積もられている。対空砲も多数搭載され、攻守ともに優れた、機動部隊の姫君。それが空母棲姫であった。
その強敵を、討ち取って来いと、我らが旗艦殿は命じたのだ。
武者震いを噛み殺し、艦攻隊長妖精は前を見据える。丁度その時、前衛に控えていた零戦隊が、一気に加速した。
敵戦闘機の迎撃だ。青白い尾を引いた「ヒトダマ」が、束になってこちらへと迫ってくる。機数は三十といったところだろうか。
攻撃隊の直掩についている零戦は、総数で五十機。数的有利はこちらにある。ただし、新鋭機である「ヒトダマ」は、零戦単独では手に余る。最低でも二機で相手しなければ、まともな戦闘は望めない。
敵機が戦闘機の壁を突破し、攻撃隊本隊に襲いかかってくることは、十分に考えられた。
しばらくは密集隊形のまま。三万を切るまでは、散開しないと、艦攻隊長妖精は決めていた。
空中戦が始まった。零戦は二機一組の編隊を崩すことなく、「ヒトダマ」へと襲いかかる。すぐさま、お互いの飛行機雲が入り乱れる、乱戦へと発展した。空中に幾筋もの白線が走り、幾何学模様を描く。その合間に、お互いの戦闘機が放つ機銃の、曳光弾が見えた。
「ヒトダマ」の、目のようになっている部分が、赤く光り輝く。がっぷりと開いた口が獰猛にわななき、あたかも零戦を噛み砕かんとするかのように咆哮を上げる。
「ヒトダマ」が一三ミリ機銃を放つ。青白い曳光が鋭く宙を割き、そのまま零戦の機体に吸い込まれた。濃緑色に塗られた零戦の胴体を機銃弾が舐め、小さな穴をミシン目のように穿つ。慌てて身を翻した零戦に、これといった異常は見られなかったが、短い旋回半径で後ろを取っても、「ヒトダマ」は速度の優位と急降下をうまく使って、零戦に射撃の機会を与えない。
戦闘機妖精たちの苦虫を噛み潰したような表情が、見えた気がした。
次の瞬間、後部座席に陣取っていた偵察員妖精が、後部銃座の発射把柄を握った。「流星」の後部銃座である一三ミリ機銃が、編隊後方へ向けて曳光弾を放つ。艦攻隊長妖精も、そちらをチラリと見遣った。
雲間に太陽の反射がきらめく。目を凝らすまでもなく、それが戦闘機であるとわかった。それも、こちらを狙う、敵戦闘機の姿だ。
艦攻隊のど真ん中へと急降下をかけてくる敵機に対して、各「流星」から迎撃の火箭が上がる。とは言っても、後方指向可能な機銃は各機に一基ずつしかなく、しかも手動での照準だ。妨害にはなっても、敵機を撃墜するには至らない。
「ヒトダマ」が、獰猛そのものの大きな口を、がっぷりと開く。赤々とした口内がはっきり見て取れた時、敵機の一三ミリ機銃が一斉に火を噴いた。青白い曳光弾がシャワーのように降り注ぐ様子を、どこかスローモーションのような映像として、艦攻隊長妖精は見つめていた。
隊長機を狙って放たれた機銃弾は、寸でのところで主翼を掠め、下方へと流れていく。タイミングを見計らい、艦攻隊長妖精がうまく機体を滑らせ、射線をかわしたのだ。嫌な汗が背中を伝う。
その時、キャノピー内がオレンジ色に染まった。それの意味するところを察して、艦攻隊長妖精は唇を噛む。
隊長機の左に位置していた「流星」が、炎に包まれていた。エンジンカウルから黒煙が噴き出し、主翼が煉獄をまとう。みるみる高度を落としていく「流星」のキャノピー内で、妖精たちが敬礼していた。「後は任せた」、と。
同じような機体が他にも見える。翼を叩き折られたもの。キャノピーを抉られたもの。発動機がずたずたになったもの。それぞれが機体のコントロールを失い、糸が切れたように海面へと落ちていく。その様子を、残った機体たちは、黙って見つめていることしかできなかった。
悔しさを噛み締めつつも、艦攻隊長妖精は改めて前を見据える。零戦の網を突破する「ヒトダマ」の姿が、チラホラと見え始めていた。零戦は必死に食らいつくが、「ヒトダマ」は見た目に反した身軽さで追撃をかわし、真正面から攻撃隊に挑んでくる。
深海棲艦も馬鹿ではない。おどろおどろしい見た目だが、どこか滑稽である「ヒトダマ」も、艦攻隊のどの位置が最も組みし易いかを理解しているのだ。
戦闘機と違い、後部銃座を有する艦攻にとって、後方からの襲撃は、完全な死角からの奇襲とはなり得ない。先ほどのように、反撃の砲火を放つことができるからだ。
だが、前方は案外手薄になる。艦攻には、前方に撃てる固定機銃の類が備えられていないからだ。
相対速度が速くなり、射撃のタイミングが難しくなる代わりに、迎撃を受けずに攻撃ができる。だから「ヒトダマ」は、前方からの襲撃を選んだのだ。
ただ一つ。「ヒトダマ」は大切なことを知らなかった。
「流星」には、前方に射撃可能な機銃が、翼内に装備されていたのだ。
口径は二〇ミリ。両翼装備で二挺。単純に火力だけで言えば、零戦と互角だ。雷撃機だけでなく、急降下爆撃機としての使用も考慮された、「流星」ならではの装備である。
真正面から突っ込んでくる「ヒトダマ」に対して、艦攻隊の「流星」は容赦なく二〇ミリ弾を浴びせかけた。艦攻隊長妖精も、躊躇なく発射把柄を握る。重々しい音を発して、両翼からオレンジ色の曳光弾が放たれた。
完全に油断していた「ヒトダマ」が一瞬怯む。そのわずかな間に、彼我の距離はゼロになり、「ヒトダマ」が頭上をフライパスしていく。その白い影に対して、送り狼的に一三ミリ弾がすがりつく。しかし結局、お互いに撃墜された機体はなかった。
だが、この手が通じるのは、初回のたった一度だけだ。艦攻隊長妖精もそれはわかっている。敵艦隊に肉薄するまで、味方戦闘機による援護と、各機の回避運動、機銃による妨害弾幕のみが頼りだ。
体勢を立て直し、再び襲撃の機会を窺う「ヒトダマ」の群れに、零戦隊が追い付いて挑みかかる。残った二〇ミリ機銃弾を叩きつけ、懸命に「流星」を守ろうとしている。
零戦隊の奮闘もあり、「ヒトダマ」の襲撃が一旦止んだ。時折防空網を破って肉薄してくる機体があるが、それもまばらだ。後部銃座と回避運動で対処できる。
行ける。このまま距離を詰める。艦攻隊長妖精は操縦桿を握りなおした。
正面に見えている敵艦隊との距離は、まもなく二万を割ろうとしている。その全容も次第にはっきりとしてきた。
輪形陣の中央に、とりわけ目を引く深海棲艦が鎮座している。禍々しい黒の艤装は巨大で、正しく海上に据えられた玉座だ。そこに身を収める
ふと、そんな氷の女王が、こちらを見たような気がした。目が合ったような気がした。
武者震いとはまた別の、遥かに本能的な震えが伝わってくる。それを理性と経験でねじ伏せ、艦攻隊長妖精は空母棲姫を睨んだ。
空母棲姫は、特に気に掛けた風もなく、さもつまらなさそうに、注目に値しないと言うように、その視線を外した。恐ろしいほどに透き通って美しい銀髪が、風ではためく。
艦攻隊長妖精は、隊内無線で散開を指示した。狙うは空母のみ。空母棲姫と、二隻のヲ級だ。
艦攻隊が中隊ごとに分かれ、距離を詰めつつ高度を下げていく。逆に艦爆隊(爆装「流星」)はスロットルを目一杯まで開き、加速する。整然とした編隊は瞬時に解かれ、「流星」は小さな雁の群れのように、各々の目標へと向かっていく。
艦爆隊と艦攻隊は、完全な同時攻撃を狙っていた。理由は単純明快だ。空母に確実に損害を与えるためである。
艦載機という最小クラスの精密機器を扱う空母は、少しの損傷でその発着艦能力を奪われる。特に魚雷による傾斜は致命的だ。
また、ヲ級は頭頂部、空母棲姫は玉座に発艦装置を備えており、上方からの急降下爆撃によってもその攻撃能力を奪うことができた。
故に、雷爆同時攻撃を仕掛ける。敵空母を完全に包み込む攻撃をもって、攻撃を必ず命中させ、その攻撃力を確実に奪う。これが、圧倒的な敵機動部隊を迎え撃つにあたって、第八艦隊機動部隊が取る戦術だ。
事前の打ち合わせ通り、それぞれ大きく三つに分かれた艦爆隊と艦攻隊は、中央の敵空母を目指す。飛龍艦攻隊の第一、二中隊を率いる艦攻隊長妖精は、深く息を吐き出すと、操縦桿を緩やかに押し込んだ。
「流星」の機首が下がり、徐々にその高度を落としていく。三千だったものが二千を切り、高度計は千へと近づいていく。
超低空からの雷撃。特に飛龍艦攻隊は、高度が十を切るほどの低さで、敵艦隊に肉薄していく。
ここまでくると、空を飛んでいるというよりは、海面を這っているかのような感覚になる。プロペラの後流が海水を巻き上げ、白い飛沫として機体の後方へ引きずるほどだ。一瞬でも気を抜けば、海面に激突しかねない。
だが、そこまで高度を落とさなければ、強力な深海棲艦の対空砲火を掻い潜ることは不可能だ。
彼我の距離が一万を切った段階で、飛龍艦攻隊の高度は五百を割り込んだ。まだまだ低く、慎重に落としていく。鎮守府で何度も訓練を積んできたことだ。
敵輪形陣の側面で、閃光が迸った。敵艦隊が対空砲火を放ち始めたのだ。数秒後には両用砲弾が炸裂し、「流星」の右と言わず左と言わず、真っ黒な硝煙の花を咲かせた。鋭い弾片が無数に飛び交い、時折翼や機体を打って不協和音を奏でる。一発一発が冷や汗ものだ。いくら頑丈になったとはいえ、所詮航空機。至近で両用砲弾が炸裂すればひとたまりもない。
だが。最早慣れたものだ。主翼を掠める砲弾も。機体を擦る弾片も。下から突き上げる衝撃も。臆することなく、艦攻隊は突き進んでいく。一切の迷いなく、敵の懐へと踏み込んでいく。
その無粋を許すまいと。女帝を拝謁する権利などないと。取り巻きの駆逐艦や巡洋艦が両用砲を放ち、艦攻隊の前に死のカーペットを敷き詰める。真っ黒な花の絨毯が眼前一杯に広がり、恐怖で艦攻隊の進撃を退けようとしてくる。
一機が、断片をまともに受け、主翼に炎を纏って高度を落としていく。
機体正面で砲弾が炸裂した一機は、一瞬で行き足を奪われ真っ逆さまに海面へ衝突する。
キャノピーが砕かれた機体は、原形を保ったままフラフラと波間に吸い込まれていった。
そうした被害をものともせず、攻撃隊は肉薄を続けていく。「流星」各機は鶴翼の陣を敷き、各々の目標をただひたすらに目指した。
艦攻隊長率いる二個中隊残存十四機が狙うのは、当然のごとく空母棲姫だ。艦隊旗艦級だけあり、最も堅牢で、対空砲火も激しい。
一発でも二発でもいい。その土手っ腹に、抱えた航空魚雷を叩きこむ。傾斜さえ引き起こせば、空母は浮かべるただの箱に成り下がる。
距離、五千。いよいよもって、艦攻隊の高度は百を切った。周囲には所狭しと対空砲火の黒煙が燻り、網の目のように弾片が行き交う。さらには機銃までも発砲を始め、文字通り弾丸が壁となって艦攻隊の前に立ち塞がった。
目前の敵巡洋艦を睨む。ツ級、と呼ばれる、対空戦闘を特に重視した深海棲艦だ。両用砲と機銃で全身がハリネズミのように覆われ、艦攻隊最大の障壁として砲炎を躍らせる。
すぐ右の「流星」が、一瞬のうちに火の玉となり、爆発四散した。両用砲弾が至近で炸裂し、弾片が散らす火花が航空燃料に引火したのだろう。
その間にも、ツ級との距離はグングン縮まる。艦攻隊長は機体を滑らせ、ツ級の背後を通るように針路を取った。ツ級も背後に艤装はなく、弾幕に隙がある。
距離、二千。ツ級の手前に位置取っていた駆逐艦の前を通過する。追い撃つように機銃が放たれるが、主翼を掠めただけで被害はない。残る障害は、目の前のツ級と、ついに自ら対空砲火を放ち始めた空母棲姫のみ。高度は十を切り、眼前に海面が迫っていた。
編隊両翼の二機が、ほぼ同時に黒煙を噴いた。一瞬バランスを失った機体は、機体正面から海面に衝突し、あるいは弾幕に突っ込んで蜂の巣となる。残存は十一機。それでも残った「流星」たちは編隊を維持し、ついにツ級の背後を通過した。禍々しい艤装が視界の右端を流れ、後方へと消える。
残るは、目標とする、空母棲姫のみだ。
優雅に足を組み、悠然と銀髪をたゆたわせる空母棲姫は、心底つまらないものを見るように、ちらりとだけ視線をこちらへ向けた。奥底まで深紅に染まった瞳は、不吉な赤い月を思わせる。
あれは海の怪物だ。化け物だ。その瞳で全てを飲み込んでしまいそうな、比類なき暴力だ。
改めて息を飲む。ついに艦攻隊は、距離一千にまで迫っていた。
艦攻隊長妖精は、魚雷の投下レバーに手をかけた。だがまだ引かない。もう少しだけ距離を詰める。そう決断した。
その時、敵艦隊に上空から何かが降り注いだ。いくつもの銀翼が閃き、あたかも猛禽のごとく、空母たちを狙う。大きな翼。細い体。鷹や鷲そのもののフォルムには、突き立てる爪の代わりに五〇番の爆弾が懸吊されている。
急降下に入った艦爆隊が、空母を標的に襲いかかる。対空砲火をものともせず、その腹から、必殺の爆弾を投下する。プロペラの径外へ誘導され、そこで切り離された爆弾は、引き起こしをかけた母機たちが本来辿るはずだった軌跡を律儀に描き、三隻の敵空母へと向かっていく。
それを見越してか、敵空母たちが回避運動に入った。艦爆隊の真下に入る方向へと――すなわち、艦攻隊に背中を向ける方向へと。
敵の対空砲火が乱れた。否、薄れた。
今だ。艦攻隊長妖精は、列機を率いて一気に距離を詰める。後ろ方向からの攻撃は被雷面積が小さい代わりに、推進器系の破壊が狙える。最も、真後ろではまず当たらないから、斜め後方辺りから狙うことになる。
彼我の距離、実に七百。空母棲姫の横顔が見える位置で、艦攻隊長妖精はレバーを引いた。機械的な作動音が発動機の音に混じり、同時に機体がふわりと浮かびそうになる。操縦桿を押し込んで、それを寸でのところで堪えた。下手に上昇すれば、対空砲火で蜂の巣だ。
魚雷が航走を始めた旨、偵察員妖精から報告がある。列機もそれに続いて、次々に魚雷を投下した。十一機の「流星」から放たれた魚雷が、白い航跡を引きずっている。
丁度その時、艦爆隊が艦攻隊の真上をフライパスした。「流星」が搭載する「ハ四三」発動機の爆音が、二重奏を奏でる。
それから数瞬遅れで、艦爆隊の放った爆弾が、敵艦隊に降り注いだ。何発かが命中弾になり、爆炎が迸ったようにも見えたが、それを確認する余裕はなかった。目前に迫った空母棲姫の上空をフライパスするには、数秒後に引き起こしをかけなければならない。
玉座のような艤装がそそり立って見えるほどの距離で、艦攻隊長妖精は操縦桿を引いた。「流星」の機首が失速ギリギリまで上がり、そのまま空母棲姫の上空を通過する。スロットルを一杯に開いた艦攻隊長機は高度を稼ぎ、上空からの戦果確認を試みた。
真っ先に確認できたのは、二隻のヲ級艦上で生じる火災であった。艦爆隊の戦果だ。うち一隻は頭部艤装の半分が炎で覆われるほどの被害を受けており、発着艦能力を奪ったのは明白であった。
だが、空母棲姫は無傷だ。その戦闘能力を奪えるか否かは、今まさに敵空母へと迫りつつある艦攻隊の魚雷にかかっている。
その、爆薬付き投網は、着実に敵空母へと迫っていた。その内に、獲物を飲み込まんと、扇状に広がっていく。三隻の空母たちは必死の回避を試みているが、それが間に合うとは思えなかった。
白い航跡のうち数本が、敵空母の側面に吸い込まれて消える。次の瞬間、バベルの塔もかくやというほどの巨大な白い塔が、続々と敵空母の側面で生じた。敵空母の舷側で信管を作動させた魚雷が、次々に爆薬を炸裂させたのだ。水中という逃げ場のない空間に閉じ込められた爆発の衝撃が、空中の何倍という威力となって深海棲艦の土手っ腹を襲う。重厚な敵空母が、その衝撃で一瞬浮かび上がったのではと錯覚するほどの破壊力であった。
最終的な命中雷数は、七本となった。空母棲姫に二本、ヲ級には二本と三本ずつ。
三本の魚雷を受けたヲ級は、それが致命傷となった。右舷側に大きく傾き、ズブズブと波間に飲み込まれていく。必死にバラストを調整を試みているが、もはや傾斜を止める手立てはなく、無慈悲にも泡立つ海へ還ろうとしていた。
もう一隻のヲ級も、重大な損害を受けたと判断できた。沈没に至る傾斜こそしていないが、その行き足が虫の息であることは、遠目にも明らかだった。あれでは、新たに艦載機を上げることは叶うまい。
唯一、空母棲姫だけは、いまだ海上に健在であった。二本を被雷したが、よほど水中防御が頑丈なのか、これといった痛痒は見せていない。傾斜もなく、速力の低下も感じられない。戦果不十分。その戦闘能力はほとんど損なわれていないだろう。
眉間の辺りに皺が寄るのを、艦攻隊長妖精は感じていた。戦果不十分は、自分の誘導が適切でなかったからだ。これでは、母艦にどやされてしまう。
攻撃は終わった。戦果もある程度見て取った。艦攻隊長妖精は「逐次集マレ」を下令し、攻撃隊に母艦への帰投を指示する。
その時、ぼんやりと水平線を見つめるだけだった空母棲姫が、その顔を上げ、攻撃隊の方へ視線を向けた。数分前に合わせたばかりの深紅の瞳が、しかと艦攻隊長妖精を捉える。
透けるように美しい、端正な顔には、今日初めて明確な意思が宿っていた。海上に鎮座する氷の女王が、ようやくその顔に表情を浮かべたのだ。
深く刻まれた皺。射殺さんばかりの眼光。怒り。憎しみ。これ以上ないほどの負の想念。
敵。敵。敵。必ズオ前ヲ、殺シテヤル。
明瞭な敵意。女帝は、それまで微塵も気にかけていなかった、取るに足らぬ存在を、排除するべき敵と認識したのだ。
敵艦隊は、輪形陣を再編しつつ、針路を大きく変える。本能的な恐怖に身を震わせつつも、それを見た艦攻隊長妖精はわずかに口の端を歪めた。
偵察員妖精に二機艦への打電を指示する。
「戦果不十分。再攻撃の要ありと認む。なお、敵艦隊は北方へと変針せり」