艦これ~extra voyage~   作:瑞穂国

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海峡(二)

 最初にそれを見つけたのは、鳥海に配備されていた熟練見張り員だった。

 

『右舷に艦影。駆逐艦一』

 

 途端、艦隊内に緊張が走る。おそらくはピケット艦。目的地まではまだ距離がある現段階で見つかれば、厄介なことになる。

 

『電探も存外役立たずだな』

 

 若干の棘を含ませて言ったのは、最後尾の天龍だ。彼女の言うことに反論する余地はない。事実、電探は件の駆逐艦を捉えていなかった。

 

(島影のせいですかね)

 

 青葉たちが使用する電探は、いまだ性能が十分と言い難く、分解能も低い。せっかく敵艦を捉えても、波や島の反射波に紛れて見分けがつかないことはままある。ましてやここはサーモン諸島。電探を邪魔するものはそこら中にゴロゴロしている。

 

 ゴクリ。誰もが息をひそめ、敵駆逐艦の動きを見守る。距離にして八千ほど。魚のようなフォルムの敵駆逐艦は、巡航速度を保ったまま、こちらと反航する。

 

 気づいてくれるな。そんな願いが届いたのか否か、まるで何事もなかったかのように、敵駆逐艦はそのまま通過し、やがて見えなくなった。

 全員がほっと胸を撫で下ろす。

 

『……警戒を厳に。近くに、敵警戒艦隊がいる可能性大です』

 

 ピケット艦と接触したからだろう、鳥海はさらなる警戒を要求する。第八艦隊の全員が心得ていた。十二個の肉眼と、六個の電波の眼が、深遠の闇に視線を向ける。波の動き一つ、島の反射一つとっても、もしやそれが敵艦ではないかとの緊張に駆られる。改めて、夜戦の過酷さを教えられている気分だ。

 そう長くはもたない。できればこのまま、何事もなく。眉間に皺を寄せながら、青葉がそんなことを考えていた時だった。

 

『電探に感、少なくとも三!方位一一五!』

 

 押し殺した鳥海の叫びが通信機から聞こえてきた。現在、第八艦隊の針路は一三八。その左舷側から、敵艦隊が現れたというのだ。

 

 事前に知らされていた情報と照らし合わせてみる。ショートランド展開の索敵隊によれば、サーモン海域に展開している深海棲艦の艦隊は三つ。それぞれが特定の海域を受け持ち、常に周遊している形だ。

 作戦の最終的な目的地とするガ島周辺であることを考えると、恐らくは暫定呼称「丙」の艦隊だ。編成は、重巡洋艦五、軽巡洋艦三、駆逐艦六。

 青葉の電探の反応から鑑みるに、今捉えた艦隊はその一部、七隻の深海棲艦によって編成された艦隊だと考えられた。

 

(鳥海さんはどうするでしょうか?)

 

 先ほどのように、やり過ごすという手もある。「第八艦隊の目的は敵艦隊の撃滅にあらず」とは、出撃前に提督代理の横須賀鎮守府秘書艦から念押しされた言葉だ。

 

『以後の作戦展開において障害とならないよう、捕捉した艦隊を撃滅します』

 

 鳥海の決断は早かった。

 

『左砲戦用意。照明なしで砲撃』

 

 なんのことはないといった様子で告げる鳥海に、五人は苦笑を漏らすしかなかった。

 

(ナチュラルに無理難題を吹っかけてくれますねえ)

 

 敵艦隊との距離は一万を切ったばかり。本来この距離で夜間砲戦を行うなら、探照灯や照明弾といった、照準を補助する装備の活用が欠かせない。まして今夜は新月で曇りだ。それを鳥海は、そうした補助装備の使用なしでやれと言ってきたのだ。何か考えあってのことだろうが、にしても平然と言ってくれる。

 

(ま、やってやりますけど、ね)

 

 一応、肩にとまった熟練見張り員に確認する。小さな妖精は「どんとこいや」とでも言いたげに、ペシペシと肩を叩いてきた。

 

 指定された目標に照準を合わせる。青葉の艤装は、肩に担いで砲撃を行う型式だ。測距儀と方位盤によって導かれた諸元に合わせて主砲が旋回俯仰し、やがて固定される。妖精たちには、初弾から斉射をオーダーしておいた。

 ギラリ。光もないのに、砲身が怪しいきらめきを放った気がした。鋼鉄の質量、軍艦色の輝き、肌に伝わる冷たさ。

 

 青葉が備えるのは、重巡洋艦の標準装備である五〇口径二〇・三サンチ砲だ。これを連装砲塔に収めて二基。

 その主砲が、咆哮の時を今か今かと待ちわびていた。

 

『主砲、よく狙って』

 

 自分に言い聞かせているのか、囁くような鳥海の呟きが聞こえてきた。彼女を含めて、第八艦隊の艦娘六隻全員が、その砲口を敵艦隊へと指向していた。

 

 そして、その号令がかかる。

 

『撃ち方、始め!』

 

 裂帛の声が、微かに通信機を震わせる。その声に、青葉は半ば本能で応えていた。

 

「てーっ!」

 

 瞬間、海上に炎の旋風が巻き起こった。青葉の顔のすぐ横、肩に担ぐ艤装から、砲炎が迸る。艦娘特有の防御壁で保護されている鼓膜を、衝撃波が容赦なく揺さぶる。水圧機で軽減されているとはいえ、主砲発射に伴う反動は小柄な青葉には十分大きく、踏ん張った脚部艤装が海面に沈み込んだ。

 

 海上の六か所で、同じことが同時多発的に起きた。第八艦隊は、捕捉した「丙」部隊に対して、砲弾のラブコールを送りつけたのだ。

 砲撃を終えた砲身が仰角を下げ、砲身の冷却と次弾の装填が始まる。砲塔内で妖精たちがちょこまかと動き回り、二度目の射撃へ向けて準備を進める。

 その間に、第一射は飛翔を終えようとしていた。全く予想だにしていなかったダンスの誘いに、驚き、戸惑い、焦燥する深海棲艦の頭上から、パーティーの開始を告げる音が迫る。ただしそれは、時刻を報せる鐘の音や、貴婦人を誘う四重奏のように美しいものではなく、重量物が無理矢理大気をこじ開ける、甲高い不協和音であったはずだ。

 

 六隻の巡洋艦から放たれた砲弾が、次々と目標海面に弾着した。空と海の境界がにわかに盛り上がり、丈高い人工の瀑布が姿を現す。敵艦隊の姿は覆い隠され、ともすれば一撃で葬り去ったかのような錯覚に捕らわれる。

 だが所詮は錯覚だ。水柱が崩れ去れば、慌てふためきながらも健在な姿で海上にある敵艦隊が確認できる。それもそのはずだ。

 

(まあ、夜間のこの距離でいきなり命中弾なんて、出るもんじゃないですよねぇ)

 

 暗闇の中から、自らが放った弾丸の行方を見極める。水柱の立った順番から考えて、恐らく青葉の射弾は全弾近。すなわち次の照準は、もう少し奥につければいい。

 諸元に修正が加わると、すぐさま第二射が放たれる。発射間隔は約二十秒。反動に足を踏ん張りながら、青葉は目を凝らす。

 

 次の瞬間、青葉が照準をつけた辺りで、紅蓮の炎が沸き起こった。こちらの弾着にはまだ早い。

 敵巡洋艦――重巡リ級だ。双頭の龍が如き両腕の艤装を振り立て、砲炎を迸らせる。地獄の底を覗いたかのような白い顔が、オレンジ色の光で照らされていた。

 

 夜戦の常として、すぐさま乱打戦が始まった。お互いに斉射間隔はほぼ二十秒。高空を飛翔する砲弾が幾度となく交錯し、右舷に左舷にと次々に水柱を生じる。炸裂した砲弾が局所的に高波を引き起こし、第八艦隊の面々を飲み込もうとした。頭から波をかぶりつつ、巡洋艦たちはなおも射弾を放つ。

 

 先手を取った分、常に第八艦隊側が有利に戦闘を進めていた。六度目の砲撃で鳥海、青葉、古鷹が相次いで命中弾を得、斉射による全力砲撃へと移行する。放たれた二〇・三サンチ砲弾は的確に装甲を抉り、武装をはぎ取る。

 

 十二度目の射撃で、全ては決した。最後に一隻、なけなしの反撃を試みていたリ級が沈黙し、燃え盛る炎を背負って、半身を波間へと埋めていく。他の深海棲艦の姿はすでにない。これより少し前、第八艦隊の砲撃によって、全艦がサーモン海の澪標となった。

 

 いまだ激しい炎を上げるリ級の残骸を横目に見つつ、第八艦隊はサーモン海をさらに奥へと進む。

 

『各艦、被害報告を』

 

 火の粉をまき散らす炎の光に照らされて、鳥海の頬がオレンジ色に染まっていた。青葉はその指示に従い、全身を見、艤装の状態を妖精に確認する。被弾は一発もなく、砲撃等による異常も見当たらない。

 第八艦隊全体でも、被弾は鳥海の二発に留まった。それも特に大きな損害はなく、戦闘、航行に支障はない。ほとんど無傷と言ってよかった。

 

『敵「丙」部隊の増援が予想されます。各艦警戒を厳に……っ!』

 

 警戒を促す鳥海の声は、新たに飛来した敵弾によって遮られた。警戒していた「丙」部隊の増援だ。第八艦隊全員が直感し、身構える。

 

(本当に使えませんね、この電探はっ!)

 

 第八艦隊六隻、ただの一隻も新手の接近に気づかなかったのだ。肝心な時に役立たずな新装備である。

 

『……迂闊でした。島影から急襲されたようです』

 

 字面だけ見れば、人並みに悔しがるセリフなのだろうが、それを何の感情も感じさせずに淡々と言うあたり、この艦娘の可愛げのないところである。

 

 見たところ、新手の編成は先ほど撃破した敵艦隊とさして変わらない。重巡洋艦三、軽巡洋艦一、駆逐艦三。「丙」部隊の残り半分だ。

 

(不意は突かれたけど、砲力ならこっちが上!)

 

 冷静にそんなことを考えながら、青葉は先頭の重巡洋艦に狙いをつける。見張り妖精の判断では、重巡ネ級と呼称される最近確認された深海棲艦だ。リ級の単純強化個体と考えられている。

 

 そのネ級に、青葉と鳥海の射弾が集中した。急襲だったこともあり、彼我の距離は近い。すでにこの時六千。

 それでも、すぐに命中弾は出ない。二射、三射、お互いに空振りを繰り返し、砲弾は空しく水柱を上げるだけだ。飛び散る海水が艦娘たちの髪を濡らす。潮のせいで自慢の髪が痛むのも、納得というわけだ。

 

 敵艦隊の攻撃は、第八艦隊の単縦陣中央、古鷹に集中していた。連続して立ち上る水柱。それらが第八艦隊の分断を目的としているのは明白だった。

 では、分断後の目的は?青葉は考える。

 

 単純な戦術として、隊列の分断は非常に効果的だ。部隊内での連携を阻害し、各個撃破を可能とする手法としては、むしろオーソドックスとさえ言えた。

 そして、それをより確実なものとするならば。

 

(「甲」か「乙」が、もう近くにいるんですかねぇ)

 

 チラリとそんなことを考える。

 

 だとすれば少々厄介だ。第八艦隊の夜間突入作戦は、機動力を活かして、各警戒艦隊を各個撃破していくことを想定している。艦数で勝る深海棲艦に対抗するには、これが一番効率のいいやり方だ。

 

 裏を返せば、最も避けたい状況は、複数の艦隊を相手取らなければならなくなることだ。

 このまま、ここで時間を取られるようなら、第八艦隊はもう一個の艦隊とも戦わなければならなくなる。

 

『第二分隊(古鷹、衣笠、天龍)は、敵「丙」部隊の殲滅に専念。第一分隊(鳥海、青葉、加古)は砲撃止め』

 

 鳥海には、何かしらの考えがあるらしかった。

 

『第一分隊増速、機関一杯。左逐次回頭、針路一〇五』

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