艦これ~extra voyage~   作:瑞穂国

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出撃(四)

「D事案の話が、まだだったか」

 

 霧に包まれる北の海。甲板でしけた煙草を燻らせる大貫は、しかめっ面でそう言った。風に当たりに来た刑部は、その横に立ち、頷く。船がゆったりとした航海を続ける今、甲板上での会話も特に支障がない。

 刑部は答える。

 

「ええ。D事案は、一般に艦娘のドロップ、新たな邂逅を示す隠語として使われています。ですが、以前の話を考えると、艦娘との邂逅は本来B事案に含まれる内容ですよね。なぜ、D事案と呼ばれるのか。以前から疑問でした」

 

 刑部の言葉に、大貫が珍しく、意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「ほう。さすがのお前も、D事案までは知らないのか」

 

 さも愉快そうに言う。可愛げのない後輩が、滅多に見せない困った雰囲気に、多少の楽しさを感じているのだろう。自分が可愛げのない後輩であることはわかっているので、その表情もわかる。

 だが、そこで先輩に合わせてやろうと思わないところが、刑部の可愛げがない所以だ。

 

「知らないというよりも、()()()()()()()()()()()()()()()のでは?」

 

 刑部の返答に、大貫は黙る。それから今までのごとく、盛大に鼻を鳴らした。

 

「ふん、まったく可愛げのない」

 

 霧とも紫煙ともつかぬ靄が、刑部の方に流れてきた。

 

「D事案の内容は知りませんが……推測はできます。明確に文書化されていないということは、いまだ軍上層の直轄、厳重な管理下にあるということ。そして、D事案という名目で集められているのは、艦娘のドロップに関する情報。いつ、どの海域で、どんな深海棲艦を撃沈した時に、邂逅したのかという情報」

 

 否定も肯定もすることなく、大貫は刑部の推測を聞いていた。霧を吸い込んだ煙草は、ゆっくりと小さな火で燃えていく。それを咥えたまま、大貫は微動だにしない。

 

「艦娘と深海棲艦の、繰り返しに関する考察。運命の(くびき)。それが、D事案の正体では?」

 

 推理を終え、刑部は尋ねる。残り少なくなった煙草を一気に吸い、大貫は盛大な紫煙を吐き出した。短くなった煙草を握りつぶし、海に放り投げる。

 

「MI作戦は、公式には三回行われた。だが、一回目も二回目も、失敗に終わった。それも……()()()()()()()と同じように、な」

 

 一九四二年六月。ミッドウェー諸島攻略を目指した旧日本海軍は、米海軍と交戦。第一航空艦隊所属の正規空母四隻を失う、大敗を喫することとなった。これが、本来のMI作戦だ。

 

「一回目も二回目も、何もかもが本来のMI作戦と同一だったわけじゃない。参加する艦艇、作戦実施までの経緯、北方AL作戦の有無。だが、大筋の結果は変わらなかった。機動部隊は四隻の正規空母を失い、大敗する。その結末だけは変えられなかった」

 

 冷めきっていた大貫の言葉に、一瞬だけ熱が宿った。現存する()()()()()()の報告書を読む限り、どちらのMI作戦も、作戦を主導したのは大貫だった。彼は彼なりに、運命の軛に逆らおうとしたのか。

 

(いや、あるいは、検証の道具にされたのか)

 

「そこからの経緯は、おおよそかの大戦と同じだ。ソロモン諸島をめぐる戦い、サイパン、レイテ、そして本土近海での戦い。多少の差異はあれど、一週目も二週目も、大筋でこの流れは変わらなかった。これが、運命の軛だ。かの大戦時に実在した軍艦の魂、記憶から生まれた艦娘は、それ故にこの軛に縛られるのではないか。それが、上層部の判断だ」

 

 艦娘の記憶、軍艦の魂。刑部にも、思い当たる節はいくらでもあった。艦娘に記憶はない。けれど彼女らは、ある時ふと、その頃の夢を見ることがあるのだという。

 

「運命の軛が、何の因果によって引き起こされるのかはわからない。一週目は、艦娘の記憶によって引き起こされたと考えられた。だから二週目では、艦娘たちに、極力記憶を与えないようにした。地名を変更し、歴史に関する資料を封印し、彼女らが軍艦の記録に触れることを完全に断った。だが、運命の軛からは逃れられなかった。二週目も、同じことを繰り返しただけだった。その基点はやはり、MI作戦からだ」

 

 MI作戦の失敗、ミッドウェーでの惨敗という変えられない結末から、繰り返しが始まる。それはわかっていた。

 だから、その結末を全力で回避しろ。それが刑部の仕事であり、実際にMI作戦による正規空母四隻の喪失という結末を、変えて見せた。たった一人の()()()によって。

 繰り返しから取り残された彼女は、ゼロに等しい可能性を引き寄せた。それでも、いまだ運命の軛は、その影響を残し続けている。MI作戦が成功したにもかかわらず、今艦娘たちは、ソロモン諸島をめぐる戦いに身を投じているのだから。

 

 大貫の話は続く。

 

「繰り返すのは歴史だけではない。艦娘と深海棲艦も繰り返している。反転、という表現が正しいかもしれん。同じ軍艦の記憶の、一側面が艦娘であり、もう片方の側面が深海棲艦。二つは撃沈というプロセスを経ることで、入れ替わる」

 

 大貫のいかつい顔が、さらに深い皺を刻んだ。

 

「可能性は、一週目が終わった辺りで示されていた。撃沈された艦娘に、似た特徴を持つ深海棲艦。発見時に付近で撃沈された深海棲艦と、似た特徴のある艦娘。両者には何か繋がりがある。恐らく根本的には同じ存在だ、と」

 

 そして、二週目と三週目の切れ目、それが証明された。加賀という、深海棲艦として轟沈した時の記憶を持つ艦娘によって。

 

「艦娘は、轟沈すれば深海棲艦になり、逆に深海棲艦を撃沈すれば艦娘として戻ってくる。であれば、少なくとも艦娘と深海棲艦の繰り返しを断ち切るためには、艦娘を沈めずに、深海棲艦に勝ち続ければよい。それが、この戦争を終わらせる方法だ。――などと、考える者もいるようだが。ことはそう簡単にいくまい」

 

 簡単な数合わせの問題だ、大貫は嘯く。

 

「深海棲艦を撃沈すると、必ず艦娘が現れるわけじゃない。艦娘が一隻減っただけでも、深海棲艦は何隻も増える。完全に等価ではない。だとしたら、何か別の方法で、深海棲艦は増えていると考えるのが自然だ。単純に、艦娘と深海棲艦が反転しているわけではない。その法則を突き止めない限り、この戦争に――いや、殲滅戦に、終わりはこない」

 

 D事案は、この戦いを終わらせるための模索。大貫はそうまとめて、口を閉じた。

 

 黙って聞いていた刑部は、そこで初めて口を開く。

 

「その糸口が、あそこにある、と?」

 

 船の前方にそれとなく視線をやる。相変わらずの霧で視界は悪いが、数分前からその向こうにぼんやりと影が見え始めていた。船位から考えて、あれは日本の最北端、択捉島である。

 

「さあて、な。それは俺にもわからん。だが、対米向けの連絡路確保、というのは、表向きに用意された戦略的理由だ。そんな文言、俺が提督だった時には、聞いたこともなかった」

「だからこうして、わざわざ北の果てくんだりまで、首を突っ込みに来たわけですね」

「首を突っ込んできたのは、お前の方だろう」

 

 その時、急を告げるサイレンが船上に鳴り響いた。哨戒中の祥鳳が、付近に敵艦隊を見つけたらしい。

 

「お出ましだ。せめて不法上陸の間は、大人しくしていてもらいたかったものだが」

 

 皮肉ったつもりなのか、大貫はそう言って手すりから手を離した。その背中に、刑部は最後の疑問を投げかける。

 

「今更ですけど、そんな軍機を、私に話してしまってよかったのですか?」

 

 船橋へと足を向ける大貫の答えは、諦観のため息と共に帰って来た。

 

「今更何をしゃべったところで、結果は変わるまい」

 

 

 

 祥鳳、瑞鳳、摩耶を中心とした艦隊が、特設揚陸船〔えぞ丸〕から出撃する。加えて、伊勢、日向、二隻の航空戦艦も、出撃の準備を進めている。霧が立ち込める中、非常に視界の悪い戦いを余儀なくされるが、とにもかくにも粘ってもらわなければ。今回の作戦は、何としてでも成功させなければならない。

 鈍色の艤装を背負い、霧の向こうへと溶け込んでいく艦娘たちを見送った刑部は、次なる目的のため、舷側に集まった水兵たちに命じた。

 

「揚陸挺、降ろし方用意」




出撃編は以上です。刑部提督の方も色々と動きますね、次章。
ということで、次からは鉄底編になります。夜戦メイン。あと話が長い。
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