艦これ~extra voyage~   作:瑞穂国

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鉄底(六)

 すでに初雪を迎えたという極北の島を、刑部は足元を入念に確かめながら歩いていた。元々南の生まれだ。雪にはあまり馴染みがない。物珍しくはあるが、どう警戒したものかも、わからない。

 

「そんなに恐々歩くこともないだろう」

 

 そんなことをのたまう、見るからに南国生まれの大貫も、何だか妙な歩き方だ。人のことを言えた身ですか、という感想は胸の内に仕舞っておく。

 

「あとどれくらいなんですか?霧が濃くて、周りがよく見えないのですが」

「もうすぐつく、はずだ」

 

 それまで辛抱しろ。防寒外套の襟を立てつつ、大貫が言う。頷くしか、刑部にできることはない。

 雪道との格闘を続けること、さらに十数分。ようやく雪中行軍のコツを掴み始めた頃、目的地は現れた。

 

 深海棲艦の出現からこの方、実に十年もの間放置されていた孤島には、全くもって似つかわしくない、白い塗り壁の建物が現れた。明らかに急ごしらえのものではない。綿密に計画され、明確な意図のもとに建設された、立派な建物だ。ご丁寧に、玄関まで設けられている。

 十年の間放置されていた、わけではなさそうだ。どう見ても、ここ一か月以内まで人の手で手入れがなされていた様子である。

 つまりこの孤島に、住民でも、刑部たちでもない誰かが、いたということだ。

 

 住民はソ連本土に避難中。定期航路などというものはない。この島に来ることができるのは、日本軍の船だけだ。

 軍の極秘施設。こんな辺境に作らなければならないような、トップシークレットの秘密を抱える施設。それが刑部の結論だ。択捉まで行くという大貫についてきた理由でもある。

 

「鍵がかかっているな」

 

 入口と思しき扉のノブに手をかけた大貫が呟く。彼は迷うことなく、腰のホルスターから拳銃を抜いた。

 銃声が一回。鍵が破壊され、扉は難なく開いた。大貫はそのままズカズカと中へ入っていく。刑部もその後ろに続いた。

 入口からすぐ、通路が左右に分かれていた。どちらも薄暗がりで、どこまで続いているのかわからない。

 

「どっちだと思う?」

 

 懐中電灯をつけた大貫が、光で左右を示しながら訪ねる。刑部はその光の中に、手掛かりになりそうなものを見つけた。行き先を示すプレートだ。

 

「電源設備を目指しましょう。ダメもとですが、非常電源くらいは生きているのではないですか」

「もっともだな」

 

 大貫も賛意を示し、二人は揃って右へ進む。「電源盤室」という、明らかにそれらしい部屋は、この先とのことだ。

 

 三十メートルほど歩いただろうか。曲がり角が見えてきたころ、右手に「電源盤室」と札のかかった部屋を見つけた。

 入口と同じように鍵を破壊し、扉を開ける。室内は赤い非常灯で照らされており、各種電源盤や配電盤が確認できた。

 

「非常電源盤か、それに近い名前の電源盤を探せ」

「わかってます」

 

 そそり立つ壁のような電源盤を一つ一つ確かめていく。非常電源盤は部屋の一番奥にあった。だが刑部は、そのブレーカーを入れる前に、大貫に確認する。

 

「先輩。もしかしてここ、()()()()()()()()()()()()

 

 非常電源盤の隣、一回り大きな主電源盤を見遣る。そのブレーカーは投入された状態だ。電圧値、電流値、電力値、力率、いずれのメーターも正常な値を――すなわち、電力を供給している状態を示している。

 

「……そのようだ。配電盤を確認してきたが、いくつか電力供給の続いているものがあった。この施設はまだ稼働している。打ち捨てられたのではなく、また戻ってこれるように」

 

 そう言って、大貫はいくつかのブレーカーを入れた。そのまま部屋を出て、壁際のスイッチを押す。途端、廊下の水銀灯が一斉につき始めた。しばらくすれば、通路全体が白い光で満たされる。

 

「島内に発電設備はない。この施設周辺にも、それらしき設備は見えなかった。大体、燃料の補給もなしに発電はできない。ここは、本土から電線を引っ張ってきているんだろうな」

 

 大貫が呟く。それ以外には考えられなかった。

 

「常時電源を必要とするような施設、ですか。工場ではないようですし、となると……研究施設、でしょうか」

「違いない」

「それで、ここからはどうするんです?」

 

 刑部の問いかけに、大貫がしばし、考えるような間を取る。その口が、ゆっくりと開かれた。

 

「第二研究室を探す。電源供給が維持されているところはいくつかあったが、研究室の中ではそこだけだった。ここが研究施設なら、第二研究室では反復を必要とする実験をしているか、あるいは、()()()()()()()()()()()()()()()か、どちらかのはずだ」

 

 

 

 件の研究室は、それほどかからずに見つかった。

 ガラス張りの扉に、「第二研究室(生体研究)」と書かれている。ここで間違いない。

 

 扉は閉まっていなかった。二人はゆっくりと中に入る。薄暗い研究室の中には、薬品の匂いが充満している。同時に、機械の駆動音も、そこかしこから聞こえてくる。大貫の言った通り、この部屋はいまだ、確かに稼働を続けているらしかった。

 

「電気、点けるぞ」

 

 明かりのスイッチを探し当てた大貫が、そう言って電気を入れる。水銀灯がチカチカと音を立てながら、順繰りに点灯していく。

 入った時から思っていたことだが、この研究室は随分と広い造りをしていた。今刑部たちがいるところは二階にあたるようで、細い空中通路が壁伝いと部屋を仕切るように伸びている。本命の研究室は階下、つまり地面よりも下にあった。そのため、部屋自体が体育館くらいの大きさであると見積もられた。

 その広大な全貌が、少しずつ明らかになっていく。

 

 刑部は、通路の手すりから身を乗り出して、階下の研究室を凝視した。そこには様々な機械が並んでいる。軍人である刑部が、おおよそ見たことのない、使い方すら想像できない装置が、所狭しと置かれている。だが、一番多く見受けられたのは、円柱状の透明な容器――培養槽であった。

 

 空の培養槽が部屋の隅に集められ、積まれている。が、実際に何かが入れられ、機械に繋がれている培養槽も多い。その中身は、ここからでは窺い知れない。

 

「……行きましょう」

 

 ためらいなく、刑部は階段を階下へと下りだす。「気が進まん」と溜め息を吐きながらも、大貫はついてきた。

 階段を下りていくにつれて、培養槽の中身が次第にはっきりとしてくる。驚きはしない。軍の研究施設なのだ、何が出てきてもいいように、覚悟は決めてきている。

 

 階段を下り切り、刑部はすぐに、培養槽の一つに歩み寄った。

 円柱形の容器の中に納まっていたのは、刑部が散々戦ってきた相手――深海棲艦であった。弾丸の跡が穿たれたイ級の頭部が、培養槽に収まっている。

 それだけではない。辺りを見回せば、多くのサンプルと思しき深海棲艦が置かれている。ハ級の全身。リ級の腕。ル級の盾。ヲ級の頭部艤装。ワ級の解剖された腹部。

 敵ではなく、研究対象としての深海棲艦が、そこにはいた。

 

 深海棲艦の研究施設。弱点を洗い出し、艦娘の戦闘をより優位に進めるための研究施設。ここはそう言う場所だ。

 

(……いや)

 

 それだけじゃない。拭えない違和感をヒントに、刑部は培養槽の間を進む。そしてそれは、あまり時間をかけずに、刑部の前に現れた。

 

 ここが深海棲艦の研究施設だというのなら、絶対にあるはずの無いもの。本来、培養槽に収まっていてはいけないもの。

 

 人間だ。

 部屋の最も奥に、人間の収まった培養槽が並んでいる。中央の三人は十歳にも満たない見た目の少女、その両脇には生後間もない――否、もしかすると胎内で成長中の赤ん坊が数人。機械に繋がれ、呼吸器をつけられて、培養槽の中に浮いている。

 

「そうか、ここは……()()()()()()()()()()

 

 刑部が思い至った、その時。

 

 カチリ。

 実に自然に、撃鉄が起こされる機械音が響いた。後頭部に拳銃の銃口が突きつけられる。

 

「両手を挙げろ」

 

 大貫の低い声が聞こえた。背後から刑部に拳銃を向けているのは、大貫その人であった。

 刑部は大人しく従う。なぜ今だったのか、その真意を探りながら。

 

「大湊で待っていてくれれば、こんなことをしなくて済んだのだが」

 

 若干芝居がかった雰囲気で、大貫が溜め息を吐く。刑部は思わず吹き出してしまった。

 

「それはできない相談ですね。この島に軍が何かを隠している以上、私はどんな手を使ってもここへ来ましたから」

「ふん、ぬけぬけと」

 

 大貫もまた、どこか愉快そうだ。こちらが彼の真意を探っていることに気づいている。当ててみろ、そう言っているようだった。

 

「最初から、ここの研究をご存じだったんですね」

「ああ。最初期からずっと関わって来たからな」

「一応、聞かせてもらってもいいですか?ここはどんな施設なんですか?何を研究しているんですか?」

 

 見当はついた。だからこそ、全てを知っているであろう大貫から、答えを聞きたい。こんな状況でも、勝るのは好奇心と、職務への義務だ。

 大貫が口を開く。しゃべりながらも、その銃口だけは真っ直ぐに刑部を狙っている、それは雰囲気だけでわかっていた。

 

「お前が想像した通りだ。ここでは、人間の手で、()()()()()()()研究をしている」

 

(悪魔の研究、というには時代がそぐわない、か)

 

 考えた通りの答えに、半ば諦めに似た納得をする。

 

「なぜ、そのような研究を?」

「理由は二つ。艦娘を失った際への備え、保険。そして、深海棲艦と艦娘に対する抑止力だ」

 

 大貫は再び、淡々と語りだす。

 

「この研究施設の前身は、戦争開始直後に設置された、深海棲艦についての研究機関だ。だが、一週目の戦局が芳しくなくなった頃、艦娘が全滅した際への保険として、艦娘と深海棲艦を掛け合わせ、それを人間に埋め込むことで、艤装を取り扱えるようにした人間を造る構想が持ち上がった」

 

 発想としては至極もっともなものだ。人間の手で、新たな人間を設計する、という倫理的な問題を抜きにすれば、とても理にかなっている。ようは、未知の技術を解明し、既知の技術に落とし込む、という作業に変わりない。

 

「もう一点、軍にとって看過できない、艦娘の問題点があった。彼女たちは、根本的には()()()()()()()()()、という点だ」

「それは、どういう意味で?」

「彼女たちはあくまで、深海棲艦を敵と認識しているだけだ。同じように、人類も深海棲艦を敵視していた。だから両者は、共同戦線を張っているだけに過ぎない。艦娘は戦い、人類はそれをバックアップする、という形でな。だが、根本的に人類の味方ではない以上、何かの拍子で敵対しないとも限らない。その時には、人類が独自に、艦娘や深海棲艦に対抗できる戦力を持たなければなるまい。ゆえに抑止力、だ」

 

 懇切丁寧に、大貫は説明をしてくれた。この研究の必要性を、必然性を、まるで誰かにプレゼンするように。

 

「研究は順調だ。第一世代――艦娘と深海棲艦を人間に融合させる実験は成功した。ここにいるのは、第二世代と第三世代の少女たちだ。彼女たちは、元より艦娘と深海棲艦の特徴を受け継ぐ人間として産まれている。艦娘と深海棲艦の二勢力による戦争に、まもなく人類も加わることができるようになる。そして最後には、人類が勝つ」

 

 そこまで言い切り、大貫は改めて、刑部の後頭部に銃口を突きつけた。ここからが本題だ、とでも言いたげに。

 

「ここまで案内した以上は、連れてくる他なかった。お前も納得はしないだろうからな。だからこの島に来た時点で、お前の選択肢は二つに絞られた。拒絶による死か、協力による生か」

 

 選べ。大貫はそう言っている。

 

「俺が見てきた中で、お前は一番まともに、この戦争を終わらせようとしている人間だ。だからこそ、ここで失うのは心苦しい。どうだ、()()()()()()()()()()()?」

 

 ああ、なるほど。そこで刑部は、大貫の真意に思い至った。

 

「……一つだけ、確認を。協力するのはいいとして、それはこの研究に、ですか。それとも――先輩に、ですか?」

 

 刑部の問いかけに、大貫が黙る。今までで最も長い沈黙。そして、小さく吐いて出る、溜め息。それが、大貫が笑っている証拠だと、刑部は知っている。

 

「言質を取ってから、どうとでもしてやろうと思ったんだがな。相も変わらず、可愛げのない奴だ」

 

 そう言って、大貫が拳銃をひっこめた。

 

「どこでわかった」

 

 安全装置をかけ、拳銃をホルスターに戻しながら、大貫が尋ねた。刑部は特に隠さず答える。

 

「自明ですよ。そもそも私は、こんな計画には絶対に協力しない。先輩はそれをよくわかっているはずです。だから、この計画への協力を持ちかけてくるはずはない。だとしたら、先輩自身の――人造艦娘の誕生以外の計画への、協力要請ではないかと」

「……そういうところだ」

 

 今度は大きな溜め息を吐き出した。それから研究室を見回して、鼻息を一つ。

 

「人間の業、だな。全て自分の思う通りにならなければ気が済まない。いまだに、この地球上で思考する生き物は自分たちだけだと思っている。いい加減認めなくては、な。人間以外の、思考する生命の誕生を」

 

 それが大貫なりの、捨て台詞だったのだろう。

 

 

 

 研究施設が、業火に包まれていた。爆弾が降り注ぎ、建物を綺麗さっぱり吹き飛ばしている。炎を消す者はいない。刑部たちはすでに洋上の揚陸艦の上だ。

 人間の業。軍が抱え込んだ闇。悪魔の領域に――あるいは神の領域に片足を突っ込んでいた研究が、審判の日を迎えていた。当然ながらあの炎は、地獄からの使者なのだろう。

 

 雪が降りそうな天候に全く似つかわしくない光景を、刑部は〔えぞ丸〕の甲板上から眺めていた。

 

 施設を攻撃したのは、祥鳳、瑞鳳の艦爆隊だ。もっとも、その戦果は公式には残らない。軍上層への報告はあくまで、択捉島が深海棲艦に爆撃されていた、という体になる。こんな無茶苦茶に付き合ってくれた二人の空母艦娘には、感謝してもしきれない。

 刑部の隣に、大貫も立つ。

 

「……一つ、窺ってもいいですか?」

「今日のお前は、質問が多いな」

「ええ。先輩をここまで質問攻めできる機会はないので。――なぜ吹雪を、私に託したのですか?いえそもそも、八年間意識不明だった彼女が、()()()()()()()()()()()のですか」

「……簡単なことだ」

 

 懐から煙草を取り出し、大貫はゆっくりと口を開く。

 

「俺が救助した時、彼女にはまだ微かに意識があった。海水で冷え切って、唇なんてほとんど動いていなかった。だけどうっすら目を開けて、何かを言おうとしていた。俺が聞き取れたのは、『軛……戦って……あの子を……わた、しは、ふ……ぶき』、それだけだった。しかも、後で思い返せばそう言っていた、とわかる程度のものだ」

「報告書には?」

「書いていない。そんな些細なことを気にしていられるご時世でもなかったし、上官に訊かれることもなかったしな。これを言うのはお前が初めてだ」

 

 何ともない様子で煙草をふかす先輩に、刑部は初めて溜め息が出る思いだった。

 

「そういうところですよ、先輩」

 

 大貫はチラリと刑部を窺っただけで、何かを言い返してくることはなかった。

 

 遊弋中の敵艦隊を撃滅したと、伊勢から報告が入った。一先ず、作戦目的は達したことになる。あとは艦娘たちが帰還するのを待つばかりだ。収容作業が終わり次第、〔えぞ丸〕は北方海域を離れ、大湊へ帰投する。

 

「昔語りはここまでだ。俺もこれで、お役御免だろう」

 

 短くなった煙草を海へ放り投げ、大貫がそう言った。彼の言う通り、昔語りはこれで終わりだ。必要なものはあらかた揃った。これからは、答えを導く探究の時間だ。

 

「答えはもうすぐ出る。それを見守ることが、これからのお前の役目になるだろう」

「ええ、心得ているつもりです。私は、彼女たちが答えを出す日まで、守り続けます」

 

 誰から誰を守るかなんて、今更言う必要はなかった。艦娘の最大の敵が誰なのか、この場の二人で認識は共通だ。

 

「その時が来たら、教えてくれ。彼女たちが何を選んだのかを。……それが、お前に求める、俺への協力だ」

「……先輩は、いい人ですね」

 

 皮肉と取られたか、大貫はお得意のデコピンを喰らわせてきた。痛む額を押さえ、抗議の視線を送る。大貫は薄く笑って、背後を振り向いた。それに倣い、刑部も身を翻す。

 

 そこに、三人の少女が立っていた。背格好はよく似ている。ぶかぶかの防寒着を着ていてもわかるほどの細身だ。

 顔立ちはそれぞれだが、共通している部分があった。右が紅、左が蒼のオッドアイ。髪に一房だけ混じる銀髪。そして両目の下にある、泣き黒子のような小さい突起物。

 生きていくには、あまりにも儚い眼光が、こちらを見つめている。しかしその視線も安定はしていない。周りにあるもの全てが物珍しいといった様子で、目を泳がせている。

 

(答えは一つじゃない。私にできるのは、見守ることだけだ)

 

 半ば自らに言い聞かせるように、刑部は胸中で呟く。

 

 北方海域の霧が珍しく晴れ、穏やかな陽の光がのぞき始めた。




鉄底編、ここまでです。
次はいよいよクライマックス、吹雪編に突入となります。
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