艦これ~extra voyage~   作:瑞穂国

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吹雪(二)

 大和と超巨大戦艦の撃ち合いは、序盤から最高潮を迎えていた。

 今までの砲撃戦とは、まるで次元が違う。四六サンチ砲と二〇インチ砲。大抵の戦艦なら一撃でノックダウン可能な巨砲同士。

 だというのに、その砲撃戦は、超至近距離での戦いになっていた。

 

 発見された時点で、大和は超巨大戦艦に両舷一杯で接近しつつ、砲撃戦を開始していた。当初は吹雪たちを意識する素振りを見せた超巨大戦艦も、大和を優先的に排除するべき目標と捉えたのか、その砲撃戦に乗って来た。

 砲撃戦が始まったのは距離六千。いくら夜間と言えども、戦艦同士の砲撃戦としては超至近、目と鼻の先も同然の距離だ。お互いに命中弾を得るまで、大した時間は必要なかった。

 

 大和が接近しての戦闘を選んだのは、超巨大戦艦が二〇インチ砲搭載の対二〇インチ砲防御を施した戦艦であったからだ。

 通常の砲戦であれば、大和は敵戦艦と距離を取る。四六サンチ砲はあらゆる距離において、あらゆる戦艦の装甲を貫通可能だ。逆に大和は、余程至近に近づかれない限り、その装甲を破られることはない。よって適切な距離を保っていれば、一方的に叩くことができる。

 

 だが、今回は図らずも、その立場が逆になった。距離を開けても、四六サンチ砲で超巨大戦艦の装甲は抜けないだろう。ならば、砲戦開始と同時に肉薄し、超至近の砲戦で片をつけるしかない。大和の勝機はそれ以外になかった。

 

 前方を指向可能な六門の四六サンチ砲には、ほとんど仰角がかかっていない。対する超巨大戦艦の二〇インチ砲八門も同じだ。水平に近い砲弾の軌道が、横薙ぎの暴力となって襲いかかる。

 すでにあらかたの兵装が削ぎ落とされていた。副砲、高角砲、機銃。和傘のようなマストも、綺麗に吹き飛んだ。主砲の正面防盾だけは辛うじて耐えているが、それもいつまでもつか。機関と射撃系統に問題がないのが、唯一の救いだ。

 

「てーっ!」

 

 大和は五度目の砲撃を放つ。彼我の距離、実に二千五百。最早近いを通り越してニアミスだ。このままお互いに針路を譲らなければ、正面衝突は免れない。

 

 大和の砲弾が超巨大戦艦に突き刺さる。効いている様子は、ある。巨大な異形に徹甲弾が突き立てられるたび、天を割かんばかりの悲鳴が上がる。

 

 だが、逆もまたしかりだ。

 超巨大戦艦が発砲する。この距離までくれば、その砲炎の凄まじさも、大和に倍する砲声の激しさも、ひしひしと伝わってくる。

 

 そして、音が届くよりも早く、砲弾が大和に到達する。

 艤装の曲面部分に当たった砲弾が、信管を作動させる前に跳弾となって後方の海面に落ちる。右舷の高角砲群に新たな砲弾が飛び込み、高角砲弾を巻き込みながら盛大に弾ける。

 

「ぐ……っ!」

 

 一撃一撃が痛烈。限界がいつ来てもおかしくはない。それでも大和は新たな砲撃の準備を命じる。

 

 距離一千五百。大和六度目の砲撃。超巨大戦艦の周囲に水柱が立ち並び、爆炎と共に艤装を抉る。

 

 炎の中、超巨大戦艦本体の表情が映る。

 笑っている。今この瞬間が楽しくて仕方がない、そう言うように笑っている。

 否定は、しない。任務、使命。そう言ったものを背負ってはいるが、確かに大和も、心の奥底でこの戦闘を待ち望んでいたような気がする。ゆえに、動きはさらに研ぎ澄まされ、主砲を撃つ心にも熱がこもる。極限の砲撃戦中であるにもかかわらず、深海棲艦に妙な親近感さえ抱いてしまう。

 必ずやこの砲で撃ち倒して見せる。今はそれだけで十分な気もした。

 

 横薙ぎに襲いかかって来た二〇インチ砲弾の一発が、大和の腹部に命中した。体表付近のエネルギー装甲と制服が緩衝材となり、大和本人にダメージはいかないが、それでも重い拳で腹部を一撃されたような圧迫感が襲う。胃の内容物が逆流してきた。

 砲弾が掠めたこめかみから、生暖かいものが流れる。最早限界だというのはわかり切っていた。

 

 五百で七度目の発砲。手を伸ばせば、お互いに届きそうなまでの距離だ。ともすれば、あの怪物の頭に食いつかれ、引き裂かれそうな距離ですらある。

 

 超巨大戦艦の艤装から、砲塔が一基、吹き飛んだ。大和の四六サンチ砲弾が基部に命中して、艤装から剥ぎ取ったらしい。狂ったように怪異が叫び、その砲をさらに大和へ突き立てんと構える。

 

(今!)

 

 大和は艤装からあるものを引っ張り出す。それは、洋上で停泊する用の、錨と錨鎖だ。左舷側のそれを手に持ち、回転をかけて投擲する。当然、超巨大戦艦に向けて、だ。

 錨鎖庫から錨鎖が送り出され、錨鎖管を通って伸びていく。先端の錨はといえば、そのまま願い違わず、超巨大戦艦の装甲にぶち当たった。

 質量だけで言えば、砲弾の何倍もある錨だ。その力学的エネルギーだけで敵艦の装甲を破り、内部へ。そのまま爪の部分が装甲に引っかかり、固定される。

錨鎖を固定。試しに引っ張ってみたが、抜ける様子はない。大和は遠慮なく、揚錨機を作動させ、錨鎖を巻き上げ始めた。

 

 超巨大戦艦と左舷対左舷ですれ違おうとする大和を目掛け、二〇インチ砲が追従してくる。照準が定まっていないのか、なかなか撃たない。大和にとっては好都合だった。

 

 ガン。ようやく照準が定まったのか、二〇インチ砲が固定される。

 

 次の瞬間、揚錨機によって引き上げられていた錨鎖が、大和と超巨大戦艦の間でピンと張った。強い引力が両者の間に働き、揚錨機が悲鳴を上げる。大和はあえてその引力に身を任せることで、揚錨機の破損を何とか回避した。

 同時に、超巨大戦艦が発砲。が、錨鎖が張った際の衝撃で照準がわずかにずれたのか、砲弾は大和の頭部を掠め、明後日の方向へと飛んでいく。

 

 砲弾が掠めた髪留めが切れ、大和の髪がほどける。傷口からは血が流れだし、額から滴る。だがもはや、それも気にならない。

 

 次の一撃で、決着を。揚錨機を再び作動させる。同時並行で急がせていた次弾の装填も間もなく完了だ。

 

(妖精さん、ごめんなさい。かなり無茶なことをやります)

 

 覚悟を決めたように親指を突き出す妖精に頷き、大和は超巨大戦艦を見た。暗闇の中でも、その表情を窺い知れるくらいには距離が近づいている。

 

 両者の間で錨鎖が張ったことにより、丁度太陽と惑星のように大和は超巨大戦艦の周りを円弧を描くように反時計回りで航行し始める。その動きに合わせようと、超巨大戦艦も、その場で回頭する。

 勢いが十分に乗ったことを確認し、大和は体を捻って超巨大戦艦に正面を向けた。激しい横滑りに脚部艤装が悲鳴を上げているが、今はそれを気にしないことにする。

 二隻の視線が、真正面からぶつかる。超巨大戦艦の細い瞳が、大和を見る。大和も渾身の力を込めて、超巨大戦艦を見る。

 

 超巨大戦艦の艤装が、猛々しい声を上げ、主砲を構える。あちらも装填が完了したようだ。大和にトドメを刺さんと、特大の砲口をぎらつかせる。

 大和も主砲を構える。装填が終わったそれは、もう大和の号令だけで発砲できる。

 

 ほんの一瞬。発砲の時間に大差はない。

 

 超巨大戦艦の二〇インチ砲六門が閃光を煌めかせる。ほとんど同時に、大和は背部の第三砲塔のみ発砲した。

 同時に、脚部艤装のスタビライザーを切る。大和の体を海面に留めていたスタビライザーを切ったことで、大和は海という縛りから自由になる。と共に、あらゆる衝撃に対する態勢が、人間同然となる。

 四六サンチ砲発砲の衝撃と反動は、大和を艤装ごと宙に浮かせるのに十分だった。

 

 大和の体が、ふわり、海面から離れて宙を飛ぶ。超巨大戦艦の砲弾が脚部艤装の下をすり抜け、海面を湧き立たせる。

 

 錨鎖で繋がれていることにより、大和は綺麗な円弧を描いて超巨大戦艦の真上を飛ぶ。正面を向いた砲は、真っ直ぐに、超巨大戦艦を向いたままだ。

 

 ()()が、顔を上げる。どこかスローモーな景色の中、こちらを見つめている。

 

――オモシロイ。

 

 とでも言うように、彼女は笑っていた。

 

「てーっ!」

 

 大和は最後の号令をかける。決着の号令をかける。

 装薬が点火され、火薬が一気に爆発する。発生した高温高圧の燃焼ガスは、出口を求めて砲弾を押し出し始める。ライフリングが刻まれた砲身を砲弾が滑り、回転をかけられながら加速していく。砲弾は、やがて砲口に達すると、解放された燃焼ガスを後方に置き去りにして、空中へ飛び出す。音速の二倍で飛翔する砲弾の目標は、すぐ目前に鎮座する超巨大戦艦だ。

 巨大な反動を伴って放たれた砲弾を、肉眼で捉えることはできない。だが、大和にははっきりと、飛翔する砲弾の軌跡が見えた気がした。空気を切り裂く六発の四六サンチ砲弾。そして、その先でこちらを見上げている超巨大戦艦。()()の不敵な――心底愉快そうで、満足げな笑み。

 

 砲弾が命中する。超巨大戦艦の装甲に大穴が三か所穿たれた。妙な静けさが流れる。その沈黙が、徹甲弾の遅延信管によってもたらされることを、大和は知っていた。

 

 敵艦の内部で、四六サンチ砲弾が炸裂する。火柱が盛大に噴き上がり、内側から激しく弾け飛んだ。あまりにも巨大すぎる火焔のせいで、超巨大戦艦の姿を見失うほどだ。

 

「っ!」

 

 爆風がもろに大和を襲う。負荷を逃がすために錨鎖を切断し、大和は後方へと吹き飛ばされる。受け身の体勢を取るが、海面に激突する衝撃は相当のものだった。艤装の接合部が軋み音を発し、背骨が悲鳴を上げる。そのまま三回転して、ようやく大和は止まった。

 

 痛む体に鞭を入れ、海面に半身を起こして超巨大戦艦の方を見る。

 

 炎の塊が、そこにはあった。断末魔すら聞こえない。あたかも、そこにあったものを、最初からなかったことにしようとするかのような、激しい炎であった。火の粉は星に混じらんと舞い上がり、炎の煌めきは夜の果てまで照らすような明るさだ。

 

「勝っ……た」

 

 痛む肺にむせ返るような空気を送り込む。今は体中が酸素を欲していた。

 

 その時。揺らめく炎に混じる人影を、大和は認めた。

 スラリとした立ち姿を見間違うはずはない。超巨大戦艦がそこに立っている。背後に炎を背負い、熱風に黒髪を揺らして、静かにこちらを見ている。

 大和は身構えようとする。だが、あれだけ酷使した反動か、艤装は大和の言うことを聞かなかった。再び海面に倒れ伏してしまう。

 そんな大和の現状を知ってか知らずか、超巨大戦艦はゆっくりと一歩ずつ、こちらへ歩んでくる。

 

 漆黒のスカートからのぞく足が、顔の前に見えた。もはや立ち上がるだけの力は、大和に残っていない。せいぜい顔だけを()()に向けるだけだ。

 深紅の瞳と視線がぶつかる。爛々と輝く二つの瞳が、穏やかにこちらを見つめている。

 

「……ソウカ」

 

 微かに動いた唇からは、そう読み取れた。

 

 次の瞬間、超巨大戦艦が海面に倒れ込む。その体が動くことは、もはやない。ただ静かに、ゆっくりと海に飲み込まれていく。

 やっとの思いで体を起こし、大和はその死に顔を見た。実に穏やかな、ようやくの安寧を喜ぶような、微かな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 応急修理で何とか持ち直し、海上に復帰した大和は、敵軽艦艇群との激戦を終えた第二分隊と合流した。

 そこに吹雪の姿はない。

 

「吹雪さんは、行きましたか?」

 

 大和の問いかけに、夕立がコクリと頷いた。彼女は向き合うことを選んだのだ。あの光の柱にいる、誰かと。

 

(今は、吹雪さんに託しましょう)

 

 無事を短く祈り、思考を目の前へと戻す。そこには、損傷した艦娘が二隻、無事な艦娘に肩を貸されて何とか立っている。

 

 夕立が支えているのは、鳥海だ。艤装は煤で汚れており、大きな火災に見舞われたことがわかる。脚部艤装にも損傷があるようだが、応急修理で自力航行できるまでに持って行けそうだ。

 

 もう一隻は、如月であった。こちらは左舷側の損傷が特に激しい。脚部艤装は脱落し、それ以外にも各所がズタズタになっている。魚雷による損傷だろうか。

 駆逐艦にとって、魚雷はたとえ一発でも致命傷足りうる。

 

「如月ちゃん、どうして……!」

 

 目頭一杯に涙を溜め、睦月が呼びかける。それに対し、如月は薄く笑うだけだ。損傷の激しさが窺えた。おそらく、そう長くはもたない。

 如月は睦月を庇って魚雷を受けたのか。尋ねた大和に、夕立が睦月に代わって肯定の返事をする。損傷の経緯を、ゆっくりと説明し始めた。

 夕立が撃沈したネ級は、最後に魚雷を放ってから果てた。雷数は六。うち、三本が睦月への命中コースであった。これに対し、如月が反応。一発を海面に打ち込んだ砲撃で仕留め、もう一発は爆雷で軌道を逸らす。そして三発目には、自らの手にしていた主砲を投げつけ、これの爆砕を試みた。

 だが、三本も立て続けに、上手くはいかなかった。如月の投げ捨てた主砲は魚雷を掠めたものの、その信管を作動させるには至らなかった。その命中は避けられなかった。

 瞬間、如月は睦月を突き飛ばし、魚雷の射線から外した。そして自らも、その命中を逃れようと回避運動を取った。

 しかし結局、それは間に合わなかった。如月は魚雷を受け、あれだけの損傷を負ったのだという。

 

(如月さん……)

 

 まさに身を賭して、如月は睦月を守ろうとした。いいや、本当は、睦月のために、自分もまたあの魚雷を避けるつもりだったのだろう。だが結果として、それは叶わなかった。

 

「ごめんね、睦月ちゃん」

 

 如月を海面に横たえ、妖精と協力して応急修理に当たる睦月に、か細い声が呼びかける。その姿は見るからに痛々しい。妖精が如月の艤装を飛び回るが、どこもかしこも手をつけなければいけない状態、という様子だった。

 

「なんで……なんで……っ」

 

 如月の手を握り、睦月が必死に呼びかける。疑問の先の言葉は出てこない。「なんで私をかばったのか」。そんなことは聞けるはずがないのだ。艦娘なら誰だって、自分の大切なものを守るため、同じことをするのだろうから。その想いも、判断も、痛いほど理解できるのだ。だからこそ、胸は張り裂けそうに痛くなる。

 一挺艦の誰もが、睦月と如月を黙って見守ることしかできなかった。

 

「大和、さん」

 

 夕立による応急修理を終えた鳥海が、大和を呼ぶ。左の脚部艤装は死に体だが、右だけでの航行は可能とのことだ。

 

「どうやら、電波障害が解消されている、ようです。戦闘中、一瞬だけ、電探の反応が復活しました」

「そうなのですか?」

 

 言われて、大和も通信機を立ち上げてみる。超巨大戦艦との戦闘中に、電探の類は軒並み使用不能になったが、通信機だけはしぶとく生きていた。

 

 立ち上げた通信機にノイズが混じる。だが、電波障害中の周期的なノイズではない。正常に通信機が立ち上がったことを示すものだ。

 

(ほんとうだ)

 

 一体どういうことか。変色海域の拡大とともに広がっていった通信障害は、一切の電波を受け付けない強力なものだった。それが、変色海域が解消されたわけでもないのに、回復するのは妙だ。

 

(そういえば)

 

 ふと、大和は足元の変色した海を見る。相変わらず、赤い海だ。だがどこか、それまでのどす黒さのようなものが、薄れているような気がした。

 

 ある可能性に思い至り、大和は妖精に尋ねる。しばらくして、大和の想像通りの答えが、妖精から帰って来た。

 艤装の侵食が、十分ほど前から、止まっているというのだ。

 もしかしたら。ある仮説を胸に、大和は鳥海に確認する。

 

「鳥海さん。電探が回復したのは、どれくらい前ですか?」

「……十分と少し前ですね。丁度、吹雪さんが光の柱へ突入した頃から……あ」

 

 考えた通りだ。吹雪があの光の柱に入ったことで、変色海域の力が弱まっている。変色海域を生じさせていたであろう、柱の中の誰かの力が、抑えられたのだ。

 やはり、と言うべきか。吹雪はこの変色海域の鍵を握る艦娘だったのだろう。そして深海棲艦は、彼女をあの光の柱へ触れさせたくなかった。その理由は、きっとこれから明らかになる。

 

「一挺艦より、各艦隊。本艦隊、ポイント・レコリスへ到達せり」

 

 可能な限りの大出力で、大和は各艦隊へ現状を報告する。通信が途絶していた機動部隊や撤退した比叡たち、長門が控える司令部も、こちらの状況を知りたがっているはずだ。

 

 真っ先に反応があったのは、司令部の長門であった。

 

『司令部より、一挺艦。聞こえているか』

「はい、明瞭に。十数分前から、電波障害が回復した模様です。同時に、艤装への侵食も止まっています」

『そうか。ありがたい報せだ』

 

 長門が頷く気配がする。挺身艦隊の状況が判然としないことに、一番気を揉んでいたのは、長門だろう。大和の報告に、少なからず安堵している様子だ。

 

『作戦目的の達成は?』

「吹雪さんを、無事光の柱に送り届けました。私たちはこのまま、現海面で吹雪さんの合流を待ちます」

『……待て。一つ確認だ。光の柱は消滅したのか』

「……いえ、」

 

 大和はサーモン海域中心へ目を向ける。吹雪が到達しても、光の柱はそこに鎮座したままだ。

 

「光の柱は、消滅していません」

『……そうか』

 

 長門が短く答える。考えを巡らせているのか、しばらく通信が途切れていた。その沈黙に焦燥感を駆られ、大和は言葉を続ける。

 

「吹雪さんが光の柱と接触した時点で、変色海域の影響が止まっています。今は彼女の合流を待ち、しかる後に光の柱を撃破するべきかと」

『……彼女が戻ってくる保証が、どこにある』

 

 冷静さを保ちながら、しかし絞り出すような長門の言葉に息を飲む。

 

『吹雪は、光の柱にいる何者かに呼ばれた、それは間違いない。何者かは吹雪を名指しで、柱へ送り届けるように言ったのだからな。だが、その先は?我々は何者かの要求を知ってはいても、目的までは掴めていない。吹雪を呼んだ理由は今もって不明のままだ』

「それは……そうですが」

 

 やや戸惑いながら答えざるを得ない。長門の言っていることはもっともだ。明石の体を借りていたという何者かは、「吹雪を変色海域中心まで送り届けて欲しい」という要求だけ突きつけ、理由についてははぐらかしている。

 

『光の柱は、物理的に破壊できる。それも含めて、おそらく何者かは、我々に対して嘘は言っていない。その代わり、肝心な部分は全て隠した。私は、それこそを脅威だと判断する』

「……では」

『……光の柱を破壊する。変色海域そのものを解消するのに、これ以上確率の高い方法はない。また新手の深海棲艦が現れてからでは遅い。大和が健在なうちに、これを叩いてくれ』

 

 そんな。あそこには、まだ吹雪がいるのだ。光の柱の中で、誰かと向き合っているのだ。それを無視して、砲撃で破壊しろということか。

 作戦の遂行という点では、長門の言っていることが正しいのだろう。あそこにいる何者かの目的はあくまで吹雪だった。変色海域の解消などどうでもいい、些事に過ぎず、その解決は艦娘たちに丸投げした、ということも十分に考えられる。

 いつまでも、このままにしておくわけにはいかない。だが――

 

「……二十分、いえ、十分待たせてください。光の柱が消える様子がなければ、砲撃で破壊します」

『……いいだろう。判断は大和に任せる』

 

 そこで長門の通信が切れた。

 

 拳を強く、強く握る。

 

「……大和さん?」

 

 様子を窺っていた夕立が不安げに尋ねる。鳥海もその横で、静かにこちらを見つめていた。

 

「……光の柱を破壊せよ、とのことでした」

 

 二人が目を見開く。その意味を理解していないわけではない。

 

「吹雪、ちゃんは……どうなるっぽい?」

「それ、は……」

 

 光の柱の中で、吹雪がどうしているのかはわからない。だが、間違いなくあそこにいるはずだ。そこへ、四六サンチ砲を撃ち込めば、果たしてどうなるのか。

 

「……どういう、ことですか」

 

 睦月が、こちらを見ていた。とても強い瞳で。とても悲しい瞳で。

 

「光の柱を、破壊する、って。……あそこには、吹雪ちゃんが、いるんですよ」

 

 黙るしかなかった。正論だ。彼女にとってはそれが事実だ。

 失いたくはない。これ以上誰かを失うのが嫌だ。それが睦月の想い。

 大和と出会う前、W島奪還作戦の際に、彼女は如月を失っている。だからとても敏感だ。誰かを失うということに。

 何の因果か、再び如月と出会い。しかし、その別れが、ほとんど決定づけられていることは、睦月も感じていたはずだ。例え魚雷による損傷がなくとも、如月はいずれ、睦月の前から消える運命であった。

 この上、吹雪まで失うとなれば。睦月には、到底受け入れられるはずもない。

 

「変色海域を止めるために、最も確実な方法は、あの柱を破壊することです。それが、私たちの任務です」

「でも……でも、吹雪ちゃんがっ!」

 

 睦月の声に涙が混じる。現実はいつも、残酷な方へと転がっていく。

 

「……信じて待つ他はありません。吹雪さんがここへ帰ってきてくれることを」

 

 誰にともなく、大和は呟く。五人分の目が、光の柱へ――吹雪の行った先へと向いていた。

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