艦これ~extra voyage~   作:瑞穂国

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海峡(四)

 こちらの動きを報されていたのか、ガ島沖の敵泊地(ポイント・レコリスと呼称)は、蜂の巣をつついたような状態だった。余程慌てていると見え、訳もわからずサーチライトで空を照らし始める始末だ。逆にそれが、第八艦隊の目印となる。

 

 多数の輸送ワ級が錨泊している。浜辺に乗り上げ、揚陸作業中と思しき艦も見えたが、さすがにまだ距離があり、正確な数まではわからない。

 

(敵「乙」部隊の艦影なし。直衛の護衛部隊だけみたいですね)

 

 敵が密集し過ぎていて、電探の反射波は意味をなさない。最早目視だけが頼りだ。

 見た限り、護衛艦隊は巡洋艦二隻と駆逐艦数隻を含む。輸送船団直衛の護衛艦隊なら、対空と対潜を専門職としているはずだ。

 

『右魚雷戦用意』

 

 魚雷の再装填は終わっている。各艦が魚雷発射管を構え、投雷。密集して錨泊している敵艦隊を一網打尽にするなら、これが一番効率的だ。

 

 残る全ての魚雷を撃ち尽くした第八艦隊は、そのまま敵泊地への突撃を開始した。

 

 数分後、到達した魚雷が次々にワ級の腹を食い破った。巨大な水柱と火柱が泊地のあちこちで上がり、狂乱するワ級の怒号に似た断末魔の声が聞こえる。その狂騒の只中へ、第八艦隊は切り込んでいった。

 

 鳥海が再び探照灯を灯す。輸送船団の錨泊地を一薙ぎするように光条が走り抜け、その全体像を白日の下に曝した。それがまた、深海棲艦の混乱を誘う。

 

『撃ち方始め!』

「てーっ!」

 

 鳥海の号令に応え、青葉も手頃なワ級に向けて撃つ。弾種はそれまでの徹甲弾から、瞬発信管の榴弾に変更していた。この方がよく燃える。

 輸送艦であるワ級の装甲など紙も同然だ。さらに揚陸前のその艦内は、可燃物の宝庫でもある。たった一発の命中弾で簡単に火達磨になった。

 

(怖いくらい、簡単に燃えますね……)

 

 すでに三隻目となるワ級を爆沈させ、青葉は訳も分からず冷や汗を流していた。それは、こんなにも簡単に船を沈めることができる、そんな自らの力への恐怖の感情だったのかもしれない。

 

『敵揚陸地点を捉えた!』

 

 それは加古からの報告だった。それから十数秒後、ガ島海岸の上空に照明弾の淡い光が現れる。輸送船団の錨泊地からほど近い砂浜に、輸送物資と思しき黒い影が積まれていた。さらには「陸上型」の人影も。

 

(ほんとにここを基地にするつもりだったんですねぇ)

 

 出撃前には半信半疑だったが、ここに来てはっきりした。深海棲艦がガ島への進出を進めたのは、ここを反攻作戦の足掛かりとするためだったのだ。

 

「陸上型」の詳細はわからないが、MI諸島に展開していた飛行場姫に近い存在のはずだ。撃破には艦砲が有効である。

 

『全艦目標を敵揚陸物資へ変更。まとめて丸焼きにしてください』

 

 鳥海には珍しい軽口に加古が小さく吹き出す。

 

 構えられた主砲から、眩い砲炎が迸る。全て敵物資へと向けられたものだ。弾種は榴弾。文字通り、揚陸物資ごと「陸上型」を丸焼きにしようという算段だ。

 揚陸物資を囲むように閃光が走る。巻き上げられるのは海水ではなく、焼けたように熱くなった海岸の砂だ。炸裂した榴弾の破片や抉れた地面の石礫が、それに混じって飛び交う。

 断片をまともに喰らったのか、「陸上型」が苦悶に顔を歪めた。爆風に煽られた揚陸物資が散乱し、チロチロと小さな炎を纏っている。

 

 ここまで撃ち合ってきた敵艦に対しては、ほとんど徹甲弾を使用してきた。榴弾はまだまだ十分に余っている。揚陸物資を砂浜ごと更地に変えるのは容易い。

 

『左舷敵艦!』

 

 鳥海の声でハッと左を向く。護衛艦隊の駆逐艦が、死に物狂いでこちらへと突撃してきていた。明らかな劣勢でも、第八艦隊を止めようと必死だ。そしてその足掻きが、命中弾となって実を結ぶ。

 

『くっ……!』

 

 通信機に乗った呻き声と共に、探照灯の光が消えた。敵駆逐艦の放った砲弾が、鳥海の探照灯を撃ち砕いたのだ。辺りは再び闇に包まれる。

 

 敵駆逐艦への報復はすぐに始まった。第八艦隊の全員が、高角砲による迎撃を始めたのだ。

 対艦砲ではないとはいえ、口径一二・七サンチと、駆逐艦の主砲と同等の破壊力を有する高角砲は、速射性能による弾幕の濃さもあり、敵駆逐艦を撃ち破るには十分すぎる能力を発揮した。まともに砲弾を食らい、各部で小爆発を起こしながら二隻が沈み、残った三隻についても蜂の巣のように穴だらけで黒煙を噴いている。この三隻については、手持無沙汰にしていた天龍が、腰の刀で介錯してやった。

 

 護衛艦隊も失われた今、第八艦隊を止める者はいなかった。

 十分と経たずに「陸上型」は業火に包まれていた。補給物資に寄りかかるようにして、肢体がガクリと力なく垂れさがる。最早ただのガラクタだ。

 

 あとはただの残敵掃討だ。何の反撃手段も持たないワ級は、ただ砲弾に貫かれる的となり、次々に沈んでいった。

 

 全ての深海棲艦がサーモン海の澪標となるのに、三十分とかからなかった。

 

 

 

『逐次集マレ』

 

 砲炎の収まった頃合いを見計らって、鳥海が第八艦隊に呼びかけた。

 

 ようやく静けさを取り戻したガ島沖は、嵐の去った後のような光景となっている。もっとも、つい先ほどまで吹きすさんでいたのは、鋼鉄の嵐だったわけだが。

 うっすらと蒼に染まり始めた空へ昇る煙。何かが焼ける嫌な臭い。むっとした空気。それらが、ここがかつて戦場であったことを物語る。

 

「いやー、久々の夜戦でキンチョーしました」

 

 そう言って節々を伸ばし、青葉は鳥海の側へと寄せる。探照灯破壊時に頭部に裂傷を負った鳥海は、加古から応急手当てを受けていた。

 

「ええ。とにかくこれで一段落ね」

 

 鳥海も、それまでとは打って変わって、穏やかな雰囲気だ。やはり気の張りつめ過ぎはよくない。

 

『鳥海さん!』

 

 そんな会話を切り裂いたのは、慌てた様子の古鷹の声だった。

 

「何かあったの?」

 

 鳥海の表情と雰囲気がまた張り詰める。まさか、残る「乙」部隊がもう現れたのか。

 

『ドロップです!』

 

 聞きなれない言葉に首を傾げるが、すぐに何のことか理解する。

 

 ドロップとは、新しい艦娘との邂逅を表す言葉だ。深海棲艦との戦闘後に、時たまこうしたことが起こる。しかしそれがまさか、こんな南方海域の奥地で起こるとは。

 

「わかりました。古鷹と衣笠はすぐに回収を。基地まで曳航します」

 

 鳥海が通信機へ指示を出す間に、青葉は艤装からカメラを取り出した。記録保存用だ。ドロップ時には海図に座標を記し、写真と共に残す決まりになっている。青葉はこれに加えて、音声録音用のマイクとテープも持ち合わせていた。

 

 集合地点から少しばかり足を延ばすと、今まさに古鷹と衣笠が艦娘の回収に当たっていた。場所は先ほどまで深海棲艦の泊地があった辺り。

 

 海面に横たわる少女が一人。産まれたままの姿で、一糸まとわぬ体。長い髪が波間に漂う。

 

『駆逐艦、かな?』

 

 小柄な体を見て、古鷹が呟いた。

 

 古鷹が右、衣笠が左に立ち、肩を担ぐ。艦娘は眠ったままだ。意識はまだないらしい。その姿を、青葉は何枚か写真に残す。

 

(それにしても、どこかで見たような顔の気が)

 

 写真を撮り終え、改めてまじまじと艦娘を見つめる。どこか記憶に引っかかる顔だ。ただ、未だ明かりに乏しいせいか、はたまた無造作なままの髪のせいか、よく思い出せない。

 

『行きましょう、青葉さん』

「あ、はい。そうですね」

 

 古鷹の声で我に返り、舵を切って鳥海たちとの合流を試みる。

 

 その時だった。

 

―――……シテ。

 

 妙な音に、第八艦隊全員が辺りを見回した。

 

―――カ……タイ……。

 

「お、おいおい。何だよ、一体?」

 

 天龍が気味悪げに左右を見遣る。

 

 声。そう、声だ。何か言葉をはっきりと聞き取れるわけではないが、それは紛れもなく声であった。それ故に、余計薄気味悪い。

 

「どこから……」

 

 だが、声の主らしき者は見当たらない。広がるのは陽が昇り始めた海と影を引く島だけ。あとは何もない。

 

「……青葉?」

「もう録音回してますよ」

「そう。ありがとう」

 

 声が聞こえた時点で、青葉は半ば本能的に、録音装置のスイッチを押していた。それからは黙って声に耳を澄ます。

 相変わらず内容までは聞き取れない。何やら同じような内容を繰り返しているようだが、何度聞いてもその意味は頭に入ってこなかった。

 

 断続的に続いていた声は、太陽が半分ほど顔を出した時点で、完全に止んだ。青葉は録音を止める。

 

「何だったのかしら……」

 

 不可思議な出来事に誰もが首を傾げる中、天龍がポツリと呟いた。

 

「なあ、おい。なんかこの海、変じゃないか?」

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