艦これ~extra voyage~   作:瑞穂国

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お久しぶりです。二章以降をば。


再会
再会(一)


 懐かしい声だった。

 

 どこで聞いたのか、いつ聞いたのか。それははっきりと思い出せなかった。でも確かに、聞いたことのある声だ。記憶の片隅にあった声だ。

 

 寂しげな声。そう、そのように聞こえた。

 

 誰かを探しているような、そんな声。

 

 何かを諦めているような、そんな声。

 

 頼りを求める、幼子のような、そんな声。

 

 それが堪らなく切なく。それが堪らなく愛おしく。

 

 天を仰ぎ、目を閉じる。心持ちは自然と穏やかになっていた。

 

 

 

「大丈夫」

 

 

 

 

 

 

 その報せが飛び込むや否や、睦月は息が切れんばかりの勢いで走っていた。

 いや、実際息は切れていた。全速力など遥かに超えてしまうほど、半ば無意識のうちに前へ踏み出し、通路という通路を駆け抜ける。すれ違う艦娘たちを気にも留めない。

 

 辿り着いた先は、海沿いに設けられた工廠だった。すでに海面から随分と離れ、元気に辺りを照らし始めた太陽光の中で、鉄製のドアが橙色に輝く。その前で足を止め、膝に手を置いて息を整えた。

 

 ドアにかける手が震える。その先に待つものへの恐れ、そして渇望。感情がない交ぜになり、逆に頭の中は真っ白になっていた。

 

 ドアを開いた先に、見知った二人の姿があった。ベンチに腰掛けるのは、同室でもある二人の艦娘、吹雪と夕立。音に気づいたのか、二人がこちらを見る。

 

「吹雪ちゃん、夕立ちゃん!」

「睦月ちゃん!」

 

 ほとんど倒れ込むようにしてベンチに駆け寄った睦月を、二人が抱き留める。わずかに呼吸は落ち着いたが、相変わらず思考はちぐはぐなままだった。

 

「どこっ!どこにっ!」

「睦月ちゃん、落ちついてっぽい!」

 

 なだめるような夕立の声。けれども、落ち着いてなどいられない、というのが睦月の正直なところだった。

 

「今、中で明石さんが検査をしてる、って」

 

 肩に手を添えたまま、吹雪が木製扉の向こう側を目線で示す。艤装調整室と書かれたそこは、出撃後の艦娘や艤装の状態を確認する部屋だ。

 

「検査、って」

「大丈夫っぽい。念のためっぽい」

 

 睦月の不安を察したのか、夕立が説明してくれた。ドロップした艦娘は、誰しもが受けるのだそうだ。

 

 何度か深呼吸を繰り返し、ようやく落ち着きを取り戻した睦月は、勧められるまま、ベンチに腰を下ろす。それからのたった数分間が、まるで永遠のようにすら感じられた。

早く会いたい。その想いだけが、時を経るにつれて積もっていく。

 

 ガチャリ。木製の扉は、全くの唐突に開いた。三人分の眼がその方向を見る。

 扉の隙間から顔を覗かせたのは、工廠を取り仕切る工作艦明石だった。喜色を滲ませた笑みをこちらへ向けている。

 

「終わりましたよ。もう大丈夫」

 

 そう言って一杯まで開かれた扉から出てきたのは、一人の少女だった。

 

 睦月は息を飲む。

 

 腰まで届くかという長い髪。艶を秘めた愛らしい瞳。透き通るように白く滑らかな肌。華奢でありながら包容力のある体つき。そしてこちらを窺う儚げな仕種。それらが差し込む太陽の光に照らされ、幻想的に輝いていた。

 

 喉まで出かかっていた言葉が、出てこなかった。

 

 間違いない。見間違うはずがない。

 それは睦月にとって、とてもとても大切な人。

 

「……如月……ちゃん」

 

 絞り出すようにして、彼女の名前を呼ぶ。如月もまた、睦月を見つめていた。

 

「睦月……ちゃん?」

 

 少しかすれた声。それでもはっきり聞き取れた声。

 

 これは夢などではないのだ。

 

 震える手を如月へと伸ばす。恐る恐る、その頬に触れる。きめ細かい柔肌が感触を返す。彼女の温もりも感じる。親指で触れた唇は、変わらず薄いピンク色で潤っていた。

 されるがままだった如月が、その手を睦月の手に重ねた。よりはっきりと、如月の感触が伝わって来た。

 如月が柔らかく微笑む。それはいつか、彼女と初めて出会った時と似た笑顔だった。

 

「帰って……来た」

 

 こぼれる想いを止めることはできなかった。目もとで溜まった涙が流れだす。それを見られたくなくて、睦月は俯きがちに頷いた。何度も何度も、頷いた。

 

 如月を抱きしめる。ほんの少し高い背。柔らかな感触。お日さまの薫り。

 

「お帰りなさい……お帰りなさいっ!」

 

 泣き笑いで腕に力を込める睦月を、如月はそっと撫で続けていた。

 

 

 

 しばらくして落ち着いた睦月たちに、明石が軽く如月の状態を説明する。

 

「体は特に異常なし。元気そのものよ。しばらくは経過観察が必要だけど、隔離までするようなレベルじゃないし。如月ちゃんも、睦月ちゃんたちと一緒の方が落ち着くだろうしね」

 

 三人が目を輝かせる。殊更嬉しそうに吹雪が言った。

 

「よかったね、如月ちゃん!」

 

 その言葉に、如月は困惑した様子で眉を下げる。

 

「あの……あなたたちは……?」

 

 今度は吹雪と夕立が困惑する番だった。

 

 フォローをするのは明石。

 

「如月さん、記憶が完全じゃないみたい。でも一時的なものだと思うから、心配しないで」

「そう、なんですか……」

 

 どこか寂しそうに、吹雪と夕立が頷く。如月も申し訳なさそうに眉をハの字にしていた。

 

「大丈夫だよ。睦月のこと、憶えてたんだもん。二人のことも、きっと思い出すよ」

「……うん、そうだよね」

 

 睦月の言葉でいつもの明るさを取り戻し、吹雪が笑った。

 

「改めて、わたしは駆逐艦吹雪。よろしくね、如月ちゃん!」

「夕立っぽい!よろしくっぽい!」

 

 そう言って差し出された手に、如月は嬉しそうに応えていた。

 

 艦娘寮(といっても、コテージのような平屋の建物だが)に如月を案内するべく、三人は工廠の出口へと向かった。丁度その時、工廠の扉が開かれる。入ってきたのは、赤城と加賀、二人の空母艦娘だった。

 二人が如月を認める。

 

「お久しぶりね、如月さん」

 

 赤城が微笑む。如月の表情を覗き込むようにした彼女は、満足げに頷いた。

 

「顔色もいいし、元気そうね。何よりです」

 

 加賀の表情は相変わらず変化に乏しいが、どこか安堵した雰囲気で肩を落としていた。

 

「赤城さんたちは、どうして工廠へ?」

 

 尋ねた吹雪に赤城が答える。

 

「明石さんを呼びに来たの」

 

 そう言われた明石は、何かを準備するのか、工廠の奥へと駆けていく。その様子を見て、赤城が苦笑した。それから如月に向き直る。

 

「今日はしっかり休みなさい、如月さん。案内をよろしくね、睦月さん」

 

 そう言ってピッと敬礼を決める。凛々しい立ち姿だが、目元だけが柔らかく微笑んでいた。

 

「駆逐艦如月の帰還を、心より歓迎します」

 

 目を真ん丸に見開いていた如月は、患者着のまま踵を合わせ、敬礼を返す。それを確認した赤城の表情は、ますます柔くなっていた。

 

 

 

 ただ一人、加賀の表情が晴れないことに、その場の誰も気づいていなかった。

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