艦これ~extra voyage~   作:瑞穂国

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異変(三)

 月が、雲に隠れ始めていた。あまり厚くないそれは、月光を覆い隠すには至らない。だが辺りの暗さはより一層深くなり、目の前の少女たちの表情すら読み取れなくしていた。

 

 加賀は自らの話を続ける。

 

「艦娘と深海棲艦、その存在は表裏一体、コインの表と裏のようなものよ。同じ船としての、片方の側面を艦娘、もう片方の側面を深海棲艦と、私たちは呼んでいるだけ。二つの側面は、轟沈というプロセスによって反転する。そして基本的には、その過程で全ての記憶がリセットされる。それが、今わかっている、艦娘と深海棲艦の関係性」

 

 言い切った後には、重い静寂が横たわる。圧倒的な絶望に押し潰されたか、三人の少女は浅い息すらも止めている。

 

「……それって、意味ないっぽい」

 

 やっとの思いで夕立が口を開いた。懇願するような、縋り付くような、そんなセリフを、しかし加賀には真実だからと切り捨てることしかできない。何よりも自らの存在が、それを証明してしまっている。

 いつからかはわからないが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「わたしたちの戦いに、何の意味があるんですか・・・」

 

 吹雪が力なく呟く。加賀は答えない。加賀には答えられない。

 

 意味。戦う意味。それを追い求めるのは無駄なことだと、いつからか割り切っていた。

 しいて言えば、それが存在理由だからだ。深海棲艦と戦うことだけが、艦娘の存在価値だからだ。

 

(無機質な考えね)

 

 これでは深海棲艦と変わらない。いや、私はまだ、変われていない。

 

「……意味は、あるわ」

 

 その沈黙を切り裂いて、赤城が力強く言う。いつも穏やかな彼女に珍しい、張りのある声色にはっとする。

 

「加賀さんはここにいる。艦娘として戻って来た。それだけで意味があるわ」

 

 赤城の顔を見遣る。いたって真剣で、一点も曇りない表情が、彼女が本気であることを物語る。

 意味がないなんて言うな。彼女は本気でそう思っている。

 

「深海棲艦だった加賀さんは、今こうしてここにいる。それは確かに、永遠の繰り返しの証拠かもしれない。けれど、加賀さんが艦娘である限り、()()()()()()()()()()()()()()()

「……!そうか、私たちが沈むことなく、深海棲艦に勝ち続ければ」

 

 吹雪が何かに気づいたように、目を輝かせる。

 

「ええ。この戦いを終わらせることができる。永遠の繰り返しを、断ち切ることができるわ」

 

 強い肯定の言葉に、吹雪と夕立が顔を見合わせる。希望が戻った表情。けれどもただ一人、睦月だけは違った。

 

「そんなの……そんなのどうでもいいっ!」

 

 強い否定の言葉。全てを振り出しに戻す叫び声。それが睦月の本心だった。

 

「如月ちゃんを……如月ちゃんを、元に戻すには……」

 

 睦月の言葉が、それ以上紡がれることはない。俯き、噛み締めた歯の間から、呻きのような音が漏れる。それは必死にこらえた、嗚咽の声だった。

 

「……深海棲艦になった如月を、沈める」

 

 誰かがはっきり告げなければ。その役目は私のものだ。これは私が言いだしたことなのだから。

 

 呻きが確かな嗚咽に変わる。声にならない絶望を吐き出し、睦月は崩れ落ちた。膝を抱え、ただひたすらに泣き続ける彼女を、のこのこと顔を出した月が非常識にも照らしていた。

 

 

 

 泣き続ける睦月は、吹雪と夕立に連れられて立ち去っていった。とにもかくにも落ち着くまで、食堂にいるという。部屋ではまだ如月が寝ているのだ。

 加賀たちも寝る気にはなれず、足は自然と指揮室の方へ向いていた。今日の当直である陸奥が、今は控えている。

 

「……余計な希望を、与えてしまったでしょうか」

 

 ポツリ、赤城が呟く。

 

「戦いが繰り返すことを、彼女たちは『意味がない』と言った。何だかその希望を、無くしたくはなくなってしまって」

 

 寂し気なその声は、まるで彼女自身がその希望を諦めているように聞こえた。

 

「……赤城さん」

「なあに、加賀さん?」

 

 何とはなしに呼びかけた声に、赤城は律儀な返事をした。こちらを窺う顔に、何を言ったものかと口ごもる。何かを考えて呼んだわけではない。

 

「……ありがとう、ございました。赤城さんについて来てもらって、よかった」

 

 睦月たちのもとへ行こうとしていた加賀に、赤城は半ば強引についてきたのだった。その判断は的確で、加賀は大いに彼女に救われた。

 

「加賀さんが放っておけない顔をしていたので。ついてきてしまいました」

 

 赤城はコロコロと笑う。何だか急に恥ずかしくなって、加賀は目を背けた。

 赤城の笑みはますます大きくなった。

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