月が、雲に隠れ始めていた。あまり厚くないそれは、月光を覆い隠すには至らない。だが辺りの暗さはより一層深くなり、目の前の少女たちの表情すら読み取れなくしていた。
加賀は自らの話を続ける。
「艦娘と深海棲艦、その存在は表裏一体、コインの表と裏のようなものよ。同じ船としての、片方の側面を艦娘、もう片方の側面を深海棲艦と、私たちは呼んでいるだけ。二つの側面は、轟沈というプロセスによって反転する。そして基本的には、その過程で全ての記憶がリセットされる。それが、今わかっている、艦娘と深海棲艦の関係性」
言い切った後には、重い静寂が横たわる。圧倒的な絶望に押し潰されたか、三人の少女は浅い息すらも止めている。
「……それって、意味ないっぽい」
やっとの思いで夕立が口を開いた。懇願するような、縋り付くような、そんなセリフを、しかし加賀には真実だからと切り捨てることしかできない。何よりも自らの存在が、それを証明してしまっている。
いつからかはわからないが、
「わたしたちの戦いに、何の意味があるんですか・・・」
吹雪が力なく呟く。加賀は答えない。加賀には答えられない。
意味。戦う意味。それを追い求めるのは無駄なことだと、いつからか割り切っていた。
しいて言えば、それが存在理由だからだ。深海棲艦と戦うことだけが、艦娘の存在価値だからだ。
(無機質な考えね)
これでは深海棲艦と変わらない。いや、私はまだ、変われていない。
「……意味は、あるわ」
その沈黙を切り裂いて、赤城が力強く言う。いつも穏やかな彼女に珍しい、張りのある声色にはっとする。
「加賀さんはここにいる。艦娘として戻って来た。それだけで意味があるわ」
赤城の顔を見遣る。いたって真剣で、一点も曇りない表情が、彼女が本気であることを物語る。
意味がないなんて言うな。彼女は本気でそう思っている。
「深海棲艦だった加賀さんは、今こうしてここにいる。それは確かに、永遠の繰り返しの証拠かもしれない。けれど、加賀さんが艦娘である限り、
「……!そうか、私たちが沈むことなく、深海棲艦に勝ち続ければ」
吹雪が何かに気づいたように、目を輝かせる。
「ええ。この戦いを終わらせることができる。永遠の繰り返しを、断ち切ることができるわ」
強い肯定の言葉に、吹雪と夕立が顔を見合わせる。希望が戻った表情。けれどもただ一人、睦月だけは違った。
「そんなの……そんなのどうでもいいっ!」
強い否定の言葉。全てを振り出しに戻す叫び声。それが睦月の本心だった。
「如月ちゃんを……如月ちゃんを、元に戻すには……」
睦月の言葉が、それ以上紡がれることはない。俯き、噛み締めた歯の間から、呻きのような音が漏れる。それは必死にこらえた、嗚咽の声だった。
「……深海棲艦になった如月を、沈める」
誰かがはっきり告げなければ。その役目は私のものだ。これは私が言いだしたことなのだから。
呻きが確かな嗚咽に変わる。声にならない絶望を吐き出し、睦月は崩れ落ちた。膝を抱え、ただひたすらに泣き続ける彼女を、のこのこと顔を出した月が非常識にも照らしていた。
泣き続ける睦月は、吹雪と夕立に連れられて立ち去っていった。とにもかくにも落ち着くまで、食堂にいるという。部屋ではまだ如月が寝ているのだ。
加賀たちも寝る気にはなれず、足は自然と指揮室の方へ向いていた。今日の当直である陸奥が、今は控えている。
「……余計な希望を、与えてしまったでしょうか」
ポツリ、赤城が呟く。
「戦いが繰り返すことを、彼女たちは『意味がない』と言った。何だかその希望を、無くしたくはなくなってしまって」
寂し気なその声は、まるで彼女自身がその希望を諦めているように聞こえた。
「……赤城さん」
「なあに、加賀さん?」
何とはなしに呼びかけた声に、赤城は律儀な返事をした。こちらを窺う顔に、何を言ったものかと口ごもる。何かを考えて呼んだわけではない。
「……ありがとう、ございました。赤城さんについて来てもらって、よかった」
睦月たちのもとへ行こうとしていた加賀に、赤城は半ば強引についてきたのだった。その判断は的確で、加賀は大いに彼女に救われた。
「加賀さんが放っておけない顔をしていたので。ついてきてしまいました」
赤城はコロコロと笑う。何だか急に恥ずかしくなって、加賀は目を背けた。
赤城の笑みはますます大きくなった。