この武闘派魔法使いに祝福を!   作:アスランLS

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第0章
紅と蒼の瞳①


【sideめぐみん】

 

 

 

 -それは、私にとっていつもの何の変哲(へんてつ)もない朝の光景。

 担任の教師が名簿を片手に名前を呼ぶ。

「出席を取る。……あるえ! かいかい! さきべりー!」

 担任に名前を呼ばれ、次々に生徒が返事をしていく。

 男女合わせて16人しかいない小さな教室では、すぐに私の順番が回って-

 

「みんちゃす! ……みんちゃす!」

 

 -すぐには回ってこない。原因は私の前の席で寝そべって悠々と船を漕いでいる男のせいだ。この時間帯にこの男がまともに起きていた時間はほとんどなく、出欠の際に毎回私の直前でストップがかかる。

「毎度毎度こいつは……いい加減起きんか退学にするぞ!」

「……んあ? なんだようるせーな……母ちゃん今日は日曜なんだから、もう少し寝かせてくれ」

「今日は火曜日だバカたれ! あと誰が母ちゃんだ!」

 みんちゃす……名実共にクラス一の問題児。何の手入れもしてないであろうにもかかわらず腹立つほど艶のあるやや短めの黒髪に、全身いたるところについた生傷の数々。そして彼のもっとも特長的なのはその両の瞳。私達紅魔族は普通なら両方とも紅い瞳なのだが、紅魔族と大貴族の混血であるらしい彼は、片方が紅い瞳だがもう片方は蒼い瞳のオッドアイである(これがまた非常に紅魔族の琴線に触れる代物で、私を含め大抵が蒼い方の眼を奪おうとして彼にシバかれたことがある)。そんなみんちゃすは両目を眠そうに半開きにしたまま担任の怒声を適当に聞き流している。

 ようやく担任は何を言っても無駄と諦め(ちなみにこのやりとり毎度のことである)、ようやく私の順番がくる。

「めぐみん!」

「はい」

 私は最後に名前を呼ばれ、その返事を聞いた担任は満足そうに頷いた。

「よしよし、全員揃っているな。では……」

 

「せ、先生!」

 

 名簿を閉じようとする担任に、私の隣に座る子が泣きそうな顔で手を挙げた。

「私の名前が呼ばれてませんが……」

「ん? おおっ、すまん! そういや、一人だけ次のページに掛かっていたんだったな。悪い悪い! では……ゆんゆん!」

「は、はいっ!」

 ゆんゆんと呼ばれた、セミロングの髪をリボンで束ねている、みんちゃすとは正反対の優等生といった感じの子が、ちょっと紅い顔で返事をした。 

 

 ーーーここは紅魔の里と呼ばれる、紅魔族の集落にある小さな学校。

 ある程度の年齢になると、里の子供はこの学校で一般的な知識を身に付け、12歳になると《アークウィザード》と呼ばれる魔法使いの上位職に就けられ、そして魔法の修行が開始される。

 生まれつき高い知力と魔力を持つ紅魔族は、魔法を習得するまでは学校で修行するのが一般的だとされている。

 ここでは魔法を覚えること=卒業。

 つまりこの教室の生徒達は、まだ誰も魔法が使えない。

 ここの生徒達は皆(約一名ほどおかしいのがいるが)自分の使いたい魔法を習得するために、日夜スキルポイントと呼ばれる物を貯めていた。

 強力な魔法ほど多くのスキルポイントが必要であり、ここにいる子達はほとんどが上級魔法を覚えようとしている。

 紅魔の里ではこれを覚えることで、初めて一人前とされるのだけど……。

「それではテスト結果を発表する。三位以内の者には、いつも通り《スキルアップポーション》を渡すから取りに来るように。ではまず三位から! あるえ!」

 名前を呼ばれポーションを貰いにいくクラスメイトをちらっと横目で見て、私は窓の外をぼーっと眺める。

「二位、ゆんゆん! 流石は族長の娘、よくやったな! 次も頑張る様に」

「あ、は、はいっ!」

 隣を見ると、ゆんゆんが顔を赤くして席を立った。

 レベルを上げる以外でスキルポイントを増やすには、希少なポーションを飲むしかない。早く上級魔法を覚えたい皆は、このポーションを得るために必死だ。……一人を除いて。

「では……一位、めぐみん!」

 名前を呼ばれ、ポーションを貰いに席を立つ。隣ではゆんゆんが悔しそうな表情を浮かべてこちらを見ていた。

「相変わらずの成績だ、よくやったな! しかし、もう上級魔法を覚えてもおかしくないぐらいにスキルポイントは貯まっていると思うんだが。……今後も励むように!」

 ポーションを受け取ると席に戻って、再び窓の外に視線を戻した。

「他の皆もめぐみんを見習い、早く上級魔法を習得できるよう頑張るように! 特に……みんちゃす!!!」

「……あん? んだよぷっちん、まだ眠気抜けてねーんだから大声出すんじゃねー」

「先生と呼べ先生と! ……そんなことよりみんちゃす、先生はお前のテスト結果が大いに不満がある。そりゃあ、努力に結果が伴わないこともあるかもしれん。真剣に頑張った結果がそれならば先生もとやかくは言わん。

 だがな…………流石に名前だけ書いて白紙で提出は、明らかに俺のこと舐め腐ってるだろ貴様!」 

 どこまでもマイペースなみんちゃすは授業中だろうとテスト中だろうと眠たいときは寝る。紅魔族随一の問題児たる所以だ。

 しかしながら、学業成績ダントツ最下位とは言え、みんちゃすに落ちこぼれのレッテルを貼るのは、ある理由から(いささ)か抵抗がある。それは……

「知らん。全責任はテストの日のポカポカした午後の陽気にある。そりゃあひと眠りしたくもなるさ」

「こいつ開き直りやがった!? はぁ……父親は並ぶ者無しと謳われた伝説のアークウィザードだと言うのに、お前ときたら……」

他所(よそ)は他所。ウチはウチだ」

「父親は他所なのか!? ……だいたいお前、このままだといつまで経っても卒業できないぞ!」

「あー? いつまでも何も、俺もう少しでスキルポイント貯まるぞ? レベルを上げてこつこつ貯めてるからな」

「なんでお前だけ正攻法でポイント貯めてるの!? 魔法使えないのにどうやって……」

「んなもんモンスターをシバき倒してに決まってるじゃねーか」

「お前アークウィザードの自覚あんのか!?」

 そう……みんちゃすは()()()()()このクラスで一番強い。というか里全体でも屈指の強さで、少なくとも教卓で頭を抱えている担任よりは多分強い。……()()()()()()()()使()()()()

 

『魔法? 直接シバいた方が早くね?』

 

 以前そんなことを口走ったときには正直頭の病気を心配したが、事実としてみんちゃすは強過ぎる。大貴族の血を引いているが故の、生まれつき備わっている高い身体能力に胡座(あぐら)を掻くことなく、全身生傷だらけになるほどの常日頃から苛酷なトレーニングを毎朝積んでいるらしい(そして足りない睡眠時間は授業中に寝て取り戻している。アークウィザードとして明らかに本末転倒だが)。

 自称近接特化型アークウィザード。全世界の魔法使い職に謝って欲しいが、とにもかくにも今の私ではみんちゃすには勝てない。だけど……

 胸元からそっと冒険者カードを取り出す。

 

 レベル1、職業アークウィザード。

 

 その下にはスキルポイントが45と表示され、習得可能スキルの欄には必須ポイント30《上級魔法》の文字が光っている。そしてその下の暗い文字に表示されている……必須ポイント50と書かれたスキルを目指で触れた。

 私の覚えたい魔法は上級魔法なんかじゃない。

 幼き頃ある魔法使いが放った、究極の破壊魔法が今でも脳裏に焼き付いて離れない。爆裂魔法を覚え、私は史上最強と謳われたみんちゃすの父親をも越える最強のアークウィザードになりたい。そして、いつかあの人に私の魔法を見てもらうのだ。

 

 

 

 結局一時間目は大半がみんちゃすと担任の口喧嘩で終わり、休み時間に入ると私の席にバンと手が置かれた。

「めぐみん! 分かってるわね?」

 声を掛けてきたのは隣の席のゆんゆん。

 彼女は紅魔族の族長の娘にして、文武両道の優秀な学級委員。

「いいですよ。ちなみに今日の私の朝ごはんは何ですか? もうお腹がペコペコで」

「そ、そうなの? 今日のおかずは腕によりをかけて作った……ち、違うわ! どうして私が負ける事が前提なの!? きょ、今日は絶対負けないから! 今日こそは族長の娘として、私が勝ってみせるから!」

 そして私の為にごはんを作ってくれる自称ライバルだ。

 ゆんゆんはそんな事を宣言しながら、自分の弁当箱を私の机に置いた。私は代わりに先ほど手に入れたポーションを置く。

「では今日も勝負内容は私が決めさせてもらうのです。希少なポーションと弁当なんて、本来なら賭け金として釣り合いませんからね」

「わ、わかってるわよ。今回もめぐみんが勝負内容。決めてくれていいから」

 なんてちょろい。

「では勝負内容は次の身体検査の発育測定で、どちらがよりコンパクトで環境に優しい女かを競うということで……」

「ず、ズルい! そんなの私じゃ絶対めぐみんに勝てないじゃない!」

 なっ……!? 

「自分で言い出したことですが、そうまで自信満々に言われるとちょっと腹が立ちます! 同い年なんですからそうそう違いがある訳無いでしょう! どれだけ自意識過剰なんですかこの娘は!」

「痛い痛いっ! やめて、勝負は発育測定のはずでしょ! そんなに血気盛んなら体育の授業で勝負すればいいのに!」

「オメーらうるせーよ……バカ教師に安眠妨害されて眠いんだから静かにしてくれ」

 ぽかぽかとゆんゆんを叩いていると、前の席のみんちゃすが相変わらず半開きのままジト目でこっちを睨んでいた。

「いやでもみんちゃす、次移動教室だよ?」

「あー……?」

 ゆんゆんにそう指摘されみんちゃすが辺りを見回すと、他の子達はぞろぞろと保健室へ移動する途中であった。

「マジかよ、かったりーな……もう帰っていいかな? 眠いし」

「ダメに決まってるでしょ!?」

「今日はいつにも増してダルダルですね。何かあったのですか?」

「昨日から母ちゃんが王都に里帰り……里帰りって言うのかこういう場合? まあいいや……里帰りしてるから自分で昼飯作る必要があるわけじゃん?」

「そうですね」

「そういうわけでいつもより早起きして、食材の調達のため森で狩り&調理してたから眠いんだよ……」

 真っ先に狩りという手段に出るあたりが非常にみんちゃすらしい(もっとも料理はお母さんから教わったらしいが)。ゆんゆんも苦笑いしている。

「……あ、そだそだ。めぐみんどうせいつものごとく欠食だろ? お裾分け」

「はあ、わざわざありがとうございま…………なんですかこれ?」

「あん? 一撃熊の肩ロース(燻製)だけど?」

「狩ったの一撃熊なのですか!?」

「大丈夫だったのみんちゃす!? 怪我とかしなかった!?」

「ワンパンで沈めてやった」

「「一撃熊を!?」」

 一撃熊とは里の森に生息する、強靱な前足で人の頭など一発で刈り取る威力を誇る狂暴なモンスターだ。決して一撃でやられるからこういう名が付いたわけではない。相変わらず規格外の身体能力だ。

「つーかオメーらも早く移動した方がいいんじゃね? 俺はここで寝てるから-」

「ダメだってば!? ほらさっさといくよ!」

「あーもうわかったわかった、わかったから引きずるなって……」

 ゆんゆんはされるがままのみんちゃすの手を掴んで、強引に教室から引きずり出す。

 優等生と問題児。普通に考えれば接点などある筈もないが、この二人実は幼馴染みらしく、お互い接し方は非常に気安い。

「……というかゆんゆん、他の人にも同じ対応していれば友達もできるんじゃないですか?」

 そんなことを呟きつつ、私も教室を出て保健室へ向かう。

 

 

 

 保健室に入ると既に測定が始められていた。ウチのクラスの女子の中では、私は一番背が低い。しかしこれは栄養学的な物ではないかと思っている。我が家は特殊な感性を持つ魔道具職人である父のおかげで年中貧乏だ。日々の食事にも苦労する生活が、私の発育に影響を及ぼしているのかもしれない。

 ちなみに男女合わせて一番小さいのはみんちゃすだ。あの体格のどこからあんな力が沸いてくるんだろう? 以前そのことをからかって腹パンで沈められたことがある。売られた喧嘩は買うのが紅魔族だがその中でもみんちゃすは輪をかけて気が短く、怒ったら女子相手でも容赦なくグーで沈める。そのことを批判する人もグーで沈める。横暴ここに極まれりだ。 

「あら、あるえさんはまた成長したわね。クラスで一番じゃないかしら。はい、次は……めぐみんさんね。……ええと、毎回言ってるけど背伸びしたり胸を張ったりしても意味は無いわよ? そうやって深く息を吸って止めていても、計測魔法を使うから数値は変わらないからね?」

 

 私のささやかな抵抗も虚しく、保健室の先生に魔法で数値を看破された。

「やだな、また大きくなってたから絶対負ける……。ああっ、やっぱり! また今日もめぐみんに負けちゃった……、痛い痛いっ! ど、どうして!? 私、勝負に負けてお弁当も盗られる上に、どうしてめぐみんに叩かれるの!?」 

「そんなことは忌まわしい自分の胸に聞くがいいです! なんですかこの駄肉は!? みんちゃすに揉まれてるからこうなったのですか!?」

「揉まれてないわよ!?」

「め、めぐみんさん、ストレスは発育に良くないですよ! ……あとゆんゆんさん、その……あなたはまだ若いのだからもっと健全なお付き合いを……」

「先生も真に受けないでください!?」


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