【sideめぐみん】
「……き、気を取り直して……あるえ、答えてみなさい。戦闘で生き残るために必要なものとはなにか?」
顔面蒼白……かつ心なしかふらつきながらも、担任はどうにか復活した。その辛そうな様子は普通ならば見る者の同情を誘うのだろうが、散々コケにされた私達からすればざまあみろだ。担任も調子に乗りすぎた自覚があるのか、みんちゃすは特にお咎め無しだった(あったら確実にまたボコられていただろうから、単にビビっただけかもしれないが)。
担任から指名を受けたあるえが前に出て、片目を隠している眼帯をくいっと上げて……
「戦闘前のセリフです。これさえ間違わなければ、たとえ武器が大根一本だろうが、一人で百万の軍勢に立ち向かおうが死ぬ事はありません。逆に言えば、どんなに強力な力を持つ魔王でも、『冥土の土産に教えてやろう!』や、『お前達が私に勝つ確率は0・1%だ』などとのたまうと、高確率で死にます」
「百点! ……後でスキルアップポーションをやろう。紅魔族に伝わる『死なないためのセリフ名鑑』は全員暗記しているな? では、各自ペアを作り戦闘前のセリフを練習せよ」
担任の言葉にクラスメイト達が思い思いにペアを作った。
普段私は体育をサボっているが、今日のところはサボる気はない。憎き担任が粛清されたことで、問題は再び原点に立ち返る。
私は正座を解いて立ち上がり、同じく隣で正座していたゆんゆんに。
「……ゆんゆん、ペアを組みますよ。ふにふらとどどんこは恐らく二人で組むでしょう。なら、あなたは余りますよね?」
「……いいわよめぐみん、組もうじゃない。セリフの練習なんかで終わらせないから!」
どうやらお互い、考えている事は同じのようだ。
「みんちゃす、よかったら私と組んでくれるかい?」
「ん、おっけー。さっき好き放題暴れて割とスッキリしたから、今日はあるえが勝つ流れでいいぞ。……ちょっと試したいこともあるし」
「ん、そうかい? それならありがたく譲ってもらうとしよう」
「どうやら全員ペアを組めたようだな。では……各自始めー!」
クラスメイト達が和気あいあいと名乗りを上げる中、私とゆんゆん……ついでに何故かみんちゃすとあるえは真剣な表情で対峙していた。
「いよいよ決着をつける時がきたようですね。コツコツと積み重ねてきた者が、最後には必ず勝つのです。私はそう信じています。貧しい家庭の生まれながらも、一歩一歩歩んできた私ですが……族長の娘として、生まれながらのエリートとして育ったあなたには負けられません! 生まれや才能なんかではなく、努力した者が勝つって事を私が証明してみせます!」
「私は今まで、ただの一度もあなたに勝った事はなかった……。でも、たとえ勝てる可能性がほんの僅かだとしても……。それがゼロじゃないのなら、私は絶対に諦めないっ!」
お互いが決意を秘めた言葉を紡ぎ……、
「「…………」」
そして、対峙したまましばらく黙り込んだ。
「……なんですか! ずるいですよ、そんな主役みたいなセリフ吐いて! 私が負けそうな気がしてきたじゃないですか! さっきは仲間がどうとか言っていたのですから、それらしいセリフを吐くべきです!」
「めぐみんだって、火力がどうとか言ってたんだから、もっと悪役っぽいセリフ言いなさいよ! 大体なにがコツコツと積み重ねてきた者よ!? めぐみんはどう考えても天才肌じゃない! それに私の家の事を持ち出すのはズルいわよ!」
戦闘前のセリフにより勝利の確率を上昇させる、紅魔族に代々伝わる秘技……
「フハハハハハ! 汝のような矮小な存在が、大魔王たる我に勝てると思うてか!」
例えば今のみんちゃすのような台詞を吐いてしまうと、完全に負ける流れになる。
しかし何故かノリノリな今のみんちゃすみたいなのは特殊な例で、大抵の場合相手が紅魔族ではこの秘技は意味をなさない……!
「もう面倒です! 戦闘訓練の授業なのですから、実際に拳でケリをつけましょう! お互いそれで言いっこなしです!」
「私なら別に構わないわよ! でも、体格で下回るめぐみんが私に勝てるの? 今日は、いつもみたいな小細工は通用しないわ!」
ゆんゆんが、そんな事を叫びながら先手を打って攻撃してきた!
牽制する様に前に出たゆんゆんが、私の腹の辺りを軽く蹴る。
それで私との距離を測ったのか、腰を落として地面を踏みしめ……
「みゃー」
私のお腹の部分から聞こえた声に、ゆんゆんが動きを止めた。正確には、お腹というか服というか。
懐に潜っていたクロが、ゆんゆんに軽く蹴られた事で鳴いたらしい。
「あ……ああ……」
ゆんゆんが状況に気づき、途端にオロオロしだした。
「どうしたのですか? ワタワタしだして。それ以上こないというのなら、今度はこちらから行きますよ?」
「待って待って! ねえ待って! お腹にクロちゃん入れるのやめてよね! それじゃ攻撃できないじゃない!」
にじり寄る私に対し、不安気な表情で後ずさるゆんゆん。
「先ほど仲間がどうとか言っていたゆんゆんなら、こんな時はどうするのですか? ほらほら、仲間というのは一方的に助けてくれるものじゃなく、時にはこうして人質に取られたり足を引っ張ったりもするのですよ! 私なら、仲間もろとも超火力でぶっ飛ばしてやりますが! ほらほら、攻撃できるものならしてみなさい! あなたが名づけたこの猫を、蹴れるものなら蹴るがいいです!」
「卑怯者ーっ!」
「どうしたのですか? 来ないのであればこちらからいきますよ! 喰らえ、我が
「こんな卑劣なことしておいて、めぐみんが友との絆みたいな展開に持ち込むの!? わあああ!? ちょっと待-」
「ぐあああああ――ーっ!? ま、まさか我が倒されようとは……! だが、これで終わりではない……! いつの日か、再び我は甦る……!
我は闇そのもの、我は滅びぬ、我は終わらぬ。光が不滅のものだと言うなら……闇もまた、不滅なのだからな……がくっ……!」
私がゆんゆんに勝利する傍ら、あるえもまたきっちりと勝利を収めていた。……というかみんちゃすの死に際っぽい捨て台詞、やたらと格好良い。わざわざ負けそうな台詞を言ってたのは、アレがやりたかったからか。
あるえがちょっと羨ましそうにしているが、その気持ちはよくわかる。戦闘後……しかも敗北時の台詞に力を入れてるなど、この授業の趣旨を完全に無視してはいるが、なんか担任も「そういう方向性もアリだな」みたいな思案顔している。もしかしたら近い内にアレも授業に組み込まれるかもしれない。
ゆんゆんとの対決に勝利し、その帰り道。
「めぐみんって、私との勝負でまともに戦った事って無いよね!」
「勝負の後は言いっこなしだと言ったのに、ゆんゆんって根に持つタイプですね!」
「オメーら一緒に下校してまで喧嘩すんなよ……」
一人で帰ろうとする私の後を、邪神の墓に再封印されるまで一人で帰るのは危ないからと、律儀についてくるゆんゆんと未だ言い争っていた。そしてみんちゃすは「最近狩りにいけなくてイライラしてるから、ちょっと邪神シバいてくる」とかトチ狂ったことを言い出して、ふらふらとどこかへ行きそうだったところを、慌ててゆんゆんに無理矢理連れてこられている。この男は放っておいてもそうそう死なないだろうに、頑固な娘である。
「大体ゆんゆんがあの二人と何があったのかを教えてくれないから、変に気になってこんなにこじれたのではないですか。そんなに恥ずかしい事なのですか? ちょっとぐらい教えてくれたっていいじゃないですか」
「は、恥ずかしい事じゃないから! ていうかダメよ、絶対に他の人には内緒だからって口止めされてるんだもの! だって、友達の秘密は守るものでしょ? ね、みんちゃす?」
「知らねーよ。俺もめぐみんも友達いねーし」
「おい、勝手に人を寂しい奴の括りに入れるのはやめてもらおうか!」
「なんでみんちゃすはそんな平然としてられるのよ……」
それにしても、この娘はなんてチョロい。
断言できる。ゆんゆんは将来、絶対にダメな男に引っ掛かる。私は絶対にこうはならない様にしよう。
「……まあいいです。でもゆんゆん、あなたの友人の悪口を言うつもりはないですが、あの二人についてはあまりいい噂は聞かないですよ? 何があったかは知りませんが、少しは疑ったりした方がいいですよ」
「めぐみんが疑り深過ぎるのよ。一体どう育ったらそんな風に人を疑えるの?」
「我が家の家庭事情では、まずは疑って掛からないと。ただでさえ生活がギリギリなのに、おかしな詐欺にでも引っ掛かったら皆路頭に迷います。ウチの妹の話ですが、先日も我が父の作る欠陥ばかりの魔道具が素晴らしいと、えらく褒めちぎってきた店主がいたそうですよ?」
「それは間違いなく詐欺だな、絶対そうだ。あんな産廃の山を持て囃す狂人がこの世にいるわけねーよ。たぶん最初は散々おだてておいて、その内変な契約書を騙して書かせて、最終的にはどこか知らない所で奴隷のようにこき使おうって魂胆だろう」
「そ、それは……。まあ、そこまでいくと私も詐欺だとは思うけど……」
平然と産廃呼ばわりするみんちゃすは勿論のこと、ゆんゆんも父の作品を欠陥商品だと認めているのだが、これはもう仕方がない。
たとえば、暗い所で読みあげると周囲を照らす事ができる魔法の
それだけ聞くと便利なアイテムの様に聞こえるが、暗い所ではそもそも巻物が読めず、僅かな灯りでもあると巻物の効果が無いという、訳が分からない代物だ。
他にも、開けると爆発するポーション、衝撃を与えると爆発するポーションなど、一体何に使うのかも分からない物ばかり作っている。
趣味に生きるのもいいが、最低限のお金は確保して欲しいものだ。
……まあ、ネタ魔法と呼ばれる爆裂魔法を覚えようとしている私が言える事でもないのだけど。
やがて我が家が見えてくると……
「……まあそんなに、友達がいない友達がいないと、あまり気に病む事はないと思いますよ? 案外、ゆんゆんの事をちゃんと理解している人もいるかもしれませんしね」
「だな。ゆんゆんはもうちょい視野を広げた方がいいかもな。……じゃあなー、めぐみん」
「ええ、みんちゃすもまた明日」
キョトンとしているゆんゆんにそれだけ告げると、みんちゃすに別れの挨拶をして家に帰ろうと……
して、不審な男が家の前をウロウロしているのに気がついた。
「ね、ねえめぐみん、誰かいるよ!?」
「窓から中の様子を窺ってますね。一体どこのストーカーでしょう……あ、ちょっと待って、待ってくださいみんちゃす!? 知り合いです! 知り合いですから!」
「知ってる。その上でボコろうとしてる」
「あなたアレに対して好戦的過ぎません!?」
「アイツらニートのせいで狩りにいけないようなもんだろ。食い物の恨みは恐ろしいんだよ。俺も昔、母ちゃんのプリン勝手に食べて半殺しにされたことあるし」
「あなたの目的は狩りそのもので食料調達はオマケだから食い物の恨み関係ないでしょうが!」
どうにかみんちゃすを宥めてから、私達はその男に近づいていく。
窓から家の中を覗いている男。
それは、暇を持て余しているご近所さん、靴屋の倅のぶっころりーだった。私に用があるなら堂々と訪ねてくればいいものを……。
「そこで何をやっているんですか?」
「うおっ!? あ、ああ、めぐみんか……。よかった、待ってたんだよ。というか実は、相談したい事があってね。といっても、今日はもう遅いから……。明日は祝日だし、学校も休みだろ? 明日の朝……。あっそうだ、できればみんちゃすやそっちのゆんゆんにも相談に乗って欲しいんだ」
「え?」
「あー?」