【sideめぐみん】
恋破れて傷心のぶっころりーが、家に引き籠もってから三日が経った。それ以外には特に何事もないと思っていたのだが……。
最近、ゆんゆんの様子がおかしい。
「めぐみんおはよう。はい、これ」
教室に入った私は、ゆんゆんから弁当を手渡された。突然の事にどう反応していいのかが分からない。弁当を手に持ったまま、ようやく一言。
「なんですか? ひょっとして私の事が好きなんですか? こういった愛妻みたいな事はみんちゃすのために取っておくべきでは……」
「愛妻ってなに!? それになんてこと言うの!? 今の、みんちゃすに聞かれちゃったら……」
「大丈夫ですよ。今日も今日とて机で爆睡していますから」
「……それはそれでちょっと……じゃなくて! 今日は勝負するつもりもないから、素直にお弁当渡すだけよ! お弁当あげるから絡んでこないでねって事!」
……なあんだ。
「というかその言い方だと、弁当を貰えない場合私がゆんゆんに弁当をたかる無法者みたいに聞こえるのですが」
「毎日勝負を挑む私も大概だけれど、めぐみんも無法者じゃない」
あっさりと言ってくれたゆんゆんをどうしてやろうかと考えていると、担任が教室に来てしまった。ざわめいていた教室内が静まり、担任が教壇に立つ。
「おはよう。この間の授業で現れアッサリみんちゃすに沈められた、邪神の下僕と思われるモンスターが里の中でも目撃されたらしい。流石にうかうかしていられない状況になってきた」
担任の言葉に、再び教室内がざわめいた。
紅魔族の姿を見るだけで、先日の一撃熊クラスでもなければ、大概のモンスターは逃げてしまうはずなのだが。それが里の中にまでモンスターが入ってきたというのは尋常ではない。
「という訳で、まだ準備は足りていないが人数を集めて強引に再封印を行う事になった。儀式は明日の夕方から明後日の朝にかけて行われる。万が一失敗でもした際には、里に邪神の下僕が溢れる事になる。そのための対策も講じてはあるが、儀式が始まったら家からは出ないように」
普段はいい加減な担任が、珍しく真面目な表情で言ってきた。今までは大して気にも止めてはいなかったが、案外大事になっているのかもしれない。
「よし。それでは、先日のテストの結果を発表する。例によって、成績上位者三名にはスキルアップポーションだ! 名前を呼ばれた者は前へ! ……三位、ねりまき!」
担任の声を聞きながら、私は自分の冒険者カードを見た。フフフ、あと4ポイント……あと4ポイントで、念願の爆裂魔法が覚えられる。
「二位、あるえ!」
私は担任の声を聞きながら、カードを見てニヤニヤしていた。
…………二位、あるえ?
「一位、めぐみん! よくやった。さあ、ポーションを取りにこい」
名前を呼ばれて立ち上がりながら、私はふと隣を見た。拳を握って、なんだかオドオドした様子のゆんゆんを……。
「それからみんちゃす! また白紙で出し…………そう言えば昨日はアステリアさんが里に戻ってきた日だったな……帰って来た日のあの人はストレスでハイになってるからなぁ……今日はできるだけ寝かせてやるか」
よくよく見ればいつもの幸せそうな寝顔とは違って、一秒でも睡眠時間を確保してやると言わんばかりの、鬼気迫る寝顔である。
いつものことではあるが、学校の担任にまで気を使われるとは、帰ってきた日のアステリアさんはどれだけ滅茶苦茶なんだろうか。
「一時間目は格好良い装備品の作り方だ。あるえが身に着けている眼帯のような、個性を引き出すワンポイントアイテムを作る。穴あきグローブやバンダナもオススメだな。全員家庭科室へと集まるように。以上!」
担任が教室を出て行く中、私は受け取ったスキルアップポーションをこれみよがしに見せびらかし、ゆんゆんの隣に椅子を近づけた。ゆんゆんが気まずそうにふいっと視線を逸らす中、私はなにも言わずに無言のままでポーションをチャプチャプさせる。
「……って、なにか言ってよ! 無言でそうやっていられると気まずいんだけど!」
耐えきれなくなったゆんゆんが机を叩いて立ち上がった。しかしなにか後ろめたい事でもあるのか、いつもほど怒り方にキレがない。
「……では言いましょうか。ゆんゆんの取り柄といったら、料理が上手い事と真面目な優等生な事と、ある程度ならみんちゃすを諌められること、あとは存在感がない事ぐらいじゃないですか。それが今回は一体どうしたんですか?」
「ねえ、途中と最後におかしな取り柄があったんだけど! 特に最後! 私って存在感ない!? あと、いくらなんでも、もう少し取り柄はあるから!」
赤い顔で食ってかかるゆんゆんの前に、スキルアップポーションを突きつけた。
「先ほどは勝負はしないと言っていましたが、どうします? 確かゆんゆんは、上級魔法を習得するのに必要な残りスキルポイントは3ポイントでしたね。私は残り4ポイント。……いいのですか? せっかくこの私よりもリードしているのに。せっかく先に卒業できそうなのに追いつかれてしまっても。ほらほら、どうします?」
挑発する私の言葉にゆんゆんは、複雑そうな表情でこちらを見ると……。
「さっきも言ったけど、今日はその、勝負はいいから……そのポーション、飲んじゃうといいよ」
「……そうですか。仕方ないですね。では、お弁当も食べちゃいますよ?」
ポーションを飲み干して弁当を食べ始めた私を見て、なぜかゆんゆんがホッとした表情を浮かべた。
やはり、最近のゆんゆんはどこかおかしい。
「ねー知ってる? この里に勇者候補が来てるって噂!」
午前中の授業が終わり昼休みに入る(結局みんちゃすは午前中ずっと机で寝っぱなしだった)と、私とゆんゆんの席に弁当を持ってきたふにふらが、嬉々としてそんな事を言ってきた。
里の周辺は強いモンスターが多い危険地帯な上に、のどかな田舎村といった感じの紅魔の里。こんな地に勇者候補が何をしに来たのだろう。
勇者候補とは神々に特殊な力を与えられた、変わった名前をした人達の俗称。変わっているのは名前だけでなく性格や行動、日常の習慣なども他とは違うと聞く。
「知ってる知ってる! ていうか私、昨日その人と会ったんだから! 爽やかなイケメンでさ、なんでも魔王を倒すための仲間を探しにここに来たんだって! 腕利きの魔法使いを募集中らしくってさー。あーあ、なんで今来るかな? 魔法を覚えた頃にまた来てくれたならついて行くのにー」
言いながら、どどんこが残念そうにため息を吐いた。……ふむ、爽やかなイケメン勇者候補か。今は魔法を使えないのでパーティー加入は無理だけども、私のような大魔法使い候補ならば、その勇者候補とはいつか出会うかもしれない。選ばれた強者というのは惹かれ合う存在だからだ。確か、類は友を呼ぶとも言う。
ゆんゆんが、少し興味を引かれたのかどどんこに尋ねた。
「勇者候補かあ……どんな感じの人なの? 強そうだった?」
「二人の女の子を連れて、凄い魔力を感じる剣を携えた、優しそうな人だったよ。職業はソードマスターって言ってたかな? 確か、ミツ……ラギ……?」
強力な魔法の剣を持ったソードマスターか。ここ紅魔の里の周辺は、強いモンスターが多数生息している。そんな危険地帯を抜けて里まで来たのだから、その強さは本物だろう。
「ふーん……」
ようやく起き上がったみんちゃすは、色の異なる両の
それを見かねた面倒見の良いゆんゆんが彼の口元を拭っているのを眺めながら、ふと私は少し違和感を抱く。
「あれ、興味無いんですか? バトル大好きなあなたのことですから、てっきり通り魔のごとく闘いを挑みにいくものだと……」
「昨日の……つーか今日のだな、寝たの4時だし……今日の疲れがまだ残ってるからパス。つーか今は家に母ちゃんが滞在してるんだからそっちと闘った方が得るものが多いし。強いっつっても
「「「「それはそうでしょ……」」」」
勇者候補に興味深々だったふにふらやどどんこさえも迷わず肯定する。
アステリアさんは(流石に言い過ぎだとは思うが)単騎で王都の全軍やこの紅魔の里の総力をも凌駕する戦力と評され、魔王軍幹部ですら裸足で逃げたしたとされる伝説の英雄『白騎士』だ。王族ですら手も足も出ないとされるあの人には、
「……まあともかく、その人はしばらくここに滞在するのでしょうかね? しばらくいるというのであれば、魔法を習得したならぜひ一緒に連れて行って欲しいものですが」
私の言葉にどどんこが首を振った。
「今日中には里を出るって言ってた。しばらく残ってくれるって言うなら、私だってキープしたんだけど」
それは残念。勇者候補というからにはさぞかし人間ができた立派な人だろうし、どんなピンチもアッサリと乗り越える、英雄譚に出てくるような人なのだろう。……『白騎士』? あの人はそもそもピンチにすらならない。出回っている彼女のノンフィクション小説とやらも以前いくつか読んだが、彼女が強過ぎて大半のページが一方的な蹂躙劇と、物語としてまるで成立していなかった。
……しかしみんちゃす曰く、彼のお父さんはその『白騎士』よりも強いアークウィザードらしい。
……最強への覇道は、果てしなく険しそうですね……だからこそ目指す価値があるのでしょうが……。
「ね、ねえめぐみん、みんちゃす……」
そんなことを考えてると、私達二人にゆんゆんが小声で話しかけてきた。
「あー?」
「どうしました?」
ふにふらとどどんこの二人は、既に別の話題で盛り上がっている。ゆんゆんがそんな二人を気にしながら、申し訳なさそうに言ってきた。
「二人とも、ちょっといいかな? 帰りに相談があるんだけど……」
ゆんゆんが上位に入れなかった事以外、特に変わった出来事もなく学校が終わり、三人で帰っている途中に相談があると言ったままずっと黙っていたゆんゆんが、ようやく口を開いた。
「……ねえ二人とも。友達、ってさ……いったい、どんな関係の事を言うのかな……?」
予想していたよりもずっと重かった相談に、私もみんちゃすも思わず目頭を押さえて足を止めた。
「ちょ、ちょっとめぐみん、どうしたの!? みんちゃすまで! ね、ねえ、私、なにか二人が泣くような事言った!? ねえったら!」
「いえ、ゆんゆんがぼっちをこじらせていのは知っていましたが、まさか友達がどんなものかすら知らないレベルだとは思っていなかったもので……」
「まさか、ここまで可哀想な奴だったなんて……ごめんなぁゆんゆん……今まで何もしてやれなくて、ごめんなぁ……」
「知ってるよ! 一応は知ってるから! 一緒に買い物に行ったりだとか、遊びに行ったりだとか! そういう事じゃあなくって!」
ゆんゆんは涙目になりつつひとしきり怒った後、ちょっと沈んだ様子で……
「あのさ、めぐみんは私によくたかってはくるけど、お金をたかる事ってないじゃない? 奢って欲しそうに目で訴えたりだとか、食事の時間になると、ご飯を分けて欲しそうに目の前をウロウロしたりだとかはするけど」
「いや、そりゃそーだろ……いくら貧乏なめぐみんだろうが、なんだったらこの里No.1魔性ことこめっこでもその一線は守ると思うぞ」
「そうですよ。お金をたかりだしたら、代価として私の体を要求されても嫌とは言えなくなりますし」
「要求しないわよそんな物、私をなんだと思ってるの!? っていうか、私も友達って、お金のやり取りはするもんじゃないって思ってたんだ。でも……。あのさ、こないだ相談されたんだけど……。ふにふらさんの弟が、重い病を患ってるらしくってさ……」
ふにふらの家庭の事はあまり知らないけれど、確か、ふにふらが溺愛している年の離れた弟がいるのは知っている。
「それでね、薬を買うお金が必要らしいんだけど、こういう時って、お金を渡しても失礼にならないのかな、って……。友達が困ってる時は、助けてあげるのが当然だって思うんだけど、お金を渡して嫌われたりしないかなって思って……」
「ふにふらから直に、お金を貸して欲しいと言われたのですか?」
「オーケー殺してくる」
私の問いとみんちゃすの即決に、ゆんゆんは慌てて手を振り、
「ち、違うよ!? 待ってみんちゃす!? えっと、薬のお金に困ってるって言ってただけで……でもどどんこさんが、じゃあカンパしてあげるって言い出して。で、私もカンパした方がいいのかな、って……」
まったくこの子は、相変わらずなんというチョロさだろう。みんちゃすも大体察したのか、呆れたような表情をしている。
ここ最近の流れでピンと来てしまった。普段からあまり良い噂を聞かないあの二人が、突然ゆんゆんに親しくしてきたのは不思議に思っていた。そして、どどんこがゆんゆんの目の前でわざとらしくカンパする。なんというか、友達なら出すよねといった雰囲気が出来てしまう。
私に相談してくる以上、ゆんゆんも心の奥では気づいているのだろう。でも友達がいないこの子は嫌われるのが嫌で、流されそうになっているのではないか。
「私ならば、お金ではなく別の方法で助けますね。というか、お金がないという根本的な問題がありますから」
「……別の方法って?」
「たとえば、顔を隠して友達と一緒に薬屋を襲撃するとか」
「いや待てめぐみん、それはおかしい」
「ねえ、それってお金貸してあげた方がいいんじゃないの!?」
私は二人に小さく指を振ると、
「友達だと言うのなら、ただ与えるのではなくて、一緒に苦しんであげる事も友情ですよ? なにかを一方的にあげる事なら誰でもできます。でも、困難な事に付き合ってあげるのは、とても大変な事ですよ?」
「つまりめぐみんがお腹を空かせてたら、お弁当をあげるんじゃなくて一緒に我慢してた方がいいって事?」
「…………いいえ、それはそれ、これはこれです。……でもまあ、ゆんゆんの納得がいくようにすればいいと思いますよ? 友達なんてものはお金で買うものではありませんが、友達が本当にどうしようもなく困っているのなら、友達のために大切なお金を投げ出すのも有りだとは思います。私は年中本当に困っていますが」
「清々しいまでに手のひら返しやがったぞコイツ……」
「それにさり気なく自分をアピールしたわね……でも、分かったわ。ありがとう、好きな様にやってみるね」
ゆんゆんはそう言ってはにかんだ。
……お人好しのこの子の事、どうする気なのかぐらいすぐ分かる。胡散臭いと気づいていても、きっと放っては置けないだろう。
お金を渡すとしたら、明日の朝か放課後だろうか。本来なら私には関係のない話だけど、明日は……
と、話が一段落し、それ以上話す事もなく歩いているとぶっころりーに出くわした。
「あっ、ぶっころりーさん、ど、どうも!」
「よっ、ニート」
「おやぶっころりー、こんな所でなにをしているのですか? そけっとにフラれて引き籠もっていじけていると聞いたのですが」
「めぐみん! シーッ!」
「いや、シーって気を使われる方が傷つくよ! それに告白なんてしていないからまだ振られていない、ノーカンだ!」
「確かにそーだよな。勇気を振り絞って告白したのならたとえフラれても格好悪かねーけど、お前散々ヘタレて告白すら出来ずに気がついたら失恋してたからなー。はっきり言ってダサすぎるよな。負け犬ですらねーもんな。例えるなら魔王の城の前まできたけど急に怖くなってうろうろしてたら、その辺の石に躓いて転んで頭打って死んだ、ぐらいのダサさだったよなー」
「やめてあげて!? もうやめてあげてみんちゃす」
みんちゃすのえげつない毒舌にオーバーキルされさめざめと泣き出したぶっころりーが、突然ふと真面目な顔で……
「というか、気が付いたんだ。世界が俺の力の覚醒を待っているのに、色恋にかまけている場合じゃない、って……。ただでさえ最近、邪神の下僕だとかいうモンスターがあちこちで目撃されているからね。また俺の力が必要とされるかもしれないから、自主的に里を巡回しているんだよ」
要訳すると、失恋から立ち直ったニートが暇を持て余して散歩をしていたようだ。
「聞きましたよ。なんでも、里で昼間からフラフラしているニート仲間を集めて、自警団みたいなものを作ったとか」
「自警団はやめてくれよ。ちゃんと名前があるんだ。『
この里には魔王軍も怖がって近づかないのに、一体なにを遊撃するつもりなのだろうか。ただの自警団に、名前だけは大仰なのを付けるところが紅魔族らしい。
「たかがニートの寄せ集めにそんな格好良さげな名前なんざ勿体ねーよ。カス軍団で良いだろカス軍団で」
「『
何故その熱意をそけっとに直接告白、とかに使えないのか。どうせ玉砕するだろうが、みんちゃすの言う通りまだ多少格好が付くのに。
「というか、里の大人達は例のモンスターに随分と手こずっていますね。先生が明日強引に再封印をするとか言ってましたが。わざわざそんな面倒な事をせず、もういっそ邪神とやらの封印を解いて里の人間総出で討伐してしまえばいいのでは?」
紅魔の里は超一流のアークウィザード達がたむろする上に、さらにあの『白騎士』アステリアまで住んでいる集落だ。近隣の国々ですらもこの里には干渉してこない。この里の人達が集まれば、むしろアステリアさんなら単独で邪神を倒せると思うのだが……。
「いや、一応そんな声も上がったんだけどね、アステリアさんに倒してもらうとか……でも、里の外れに邪神が封印されているのは俺達のご先祖様がよその土地に奉じられていた邪神を、わざわざここまで連れてきて封印したのが発端らしいからね」
「ええー? 私、初耳なんだけど! なんで!? なんでご先祖様達は、なんの意味もない上にそんなはた迷惑な事をしたの!?」
「あー? そりゃオメー、邪神が封印されてる土地って何かこう、惹かれるもんがあるだろうが。紅魔族なら誰だってそうする、俺もそうする」
「そうですね、紅魔族の琴線に見事にジャストヒットします」
叫ぶゆんゆんにみんちゃすが納得のできる理由を述べ、私も肯定しぶっころりーも頷いた。
「……まあ、という訳で今回も封印しとこうって事になったんだよ。邪神なんて、天然記念物もいいところな希少な存在だしね。この地には他にも、持ち出すと世界を滅ぼしかねない禁断の兵器だとか、信者が一人もいなくなったために、その名も忘れ去られた傀儡と復讐の女神だとか、物騒な代物がたくさん封じられているからね」
「実に迷惑な話ですが、禁断の兵器とやらには私も少し興味がありますね。里の人達の気持ちは分からなくもないです」
「だな」
「分かるの!? ていうか、私の方がおかしいの!? 私の感性の方がズレてるの!?」
「「「ズレッズレにズレてる」」」
「ッ!?」