【sideカズマ】
魔王軍幹部襲撃(?)事件から、何事も無く一週間が経ったある日の事。
「クエストよ! 多少キツくてもいいから、クエストを受けましょう!」
「「えー……」」
「今新必殺技の開発で忙しいからパス」
突然そんな事を言い出したアクアに、俺とめぐみんの不満の声が同時に漏れた。みんちゃすに至っては紅茶を啜りながらアクアに目もくれず、ほぼノータイムで拒否する始末。
アクアを除いて、俺達の懐は潤っている。高難易度なクエストしか無い今、わざわざ仕事をしたいとは思わない。
「私は構わないが……アクアと私では火力不足だろう」
ダクネスがちらちらと俺とめぐみんの方を見る。そんな目で見られてもなぁ……パーティー内ダントツ最強のみんちゃすが参加しない以上、危険なクエストなんて正直受けたくない。
乗り気じゃない俺達を見て、いよいよアクアが泣き出した。
「お、お願いよおおおおおお! もうバイトばかりするのは嫌なのよおおお! コロッケが売れ残ると店長が怒るの! 頑張るから! 今回は私、全力で頑張るからあぁっ」
「いや、いつも全力でやれよ……」
みんちゃすの指摘はもっともだが、流石に惨め過ぎるので俺とめぐみんは顔を見合わせる。
「しょうがねえなあ……。なあみんちゃす、危なくなったら参加するだけでいいから、一応お前も付いてきてくれるか」
「あー? ……それならまあ、構わねーぞ」
「わざわざスマンな。じゃあアクア、ちょっと良さそうだと思うクエスト見つけて来いよ。悪くないのがあったら付いてってやるから」
その言葉にアクアは嬉々としてクエスト掲示板へと駆け出す。
「……アイツに任せると、とんでもねー地雷クエスト選んできそうだなー」
「……そうですね。一応カズマも見てきてくれませんか?」
「……だな。まあ私は、別に無茶なクエストでも文句は言わないが……」
三人の意見を聞いて、俺もなんだか嫌な予感がしてきた。
クエストが張り出されている掲示板へ行くと、何やら難しい顔で受けるクエストを吟味しているアクアの後ろに立つ。アクアは背後に立つ俺に気付かず、真剣な顔で受けるクエストを選んでいる。……ほう、意外と真剣に選んでるな。
やがて、一枚の紙を掲示板から剥がし、手に取った。
「……よし」
前言撤回。
「よしじゃねえ! お前、何受けようとしてんだよっ!?」
俺はアクアの持っていたクエスト依頼書を取り上げる。
『【マンティコアとグリフォンの討伐依頼】
マンティコアとグリフォンが縄張り争いをしている場所があります。放っておくと大変危険なので、二匹まとめて討伐してください。報酬は50万エリス』
「……ってアホかァッ!?」
俺は叫ぶと張り紙を元の場所に貼りなおした。……見に来て正解だったぜ。危うくとんでもないクエストに巻き込まれるとこだった。
「何よもう、片方をめぐみんが爆裂魔法を食らわせて、もう片方をみんちゃすがサクッと倒せば万事解決じゃないの」
「それだとお前なんもしてないだろうが。お前のワガママで受けることになったクエストなんだぞコラ」
このクソ女神、そんな他力本願な作戦で報酬をせびろうとしていたのか?
いっそこのクエストを請けて、一人で送り出してしまおうかと悩む俺に、アクアが興奮しながら服の袖を引っ張ってきた。
「ちょっと、これこれ! これ、見なさいよっ!!」
言われて、そのクエストを見る。
『【湖の浄化】
街の水源の一つである湖の水質が悪くなり、ブルータルアリゲーターが住みつき始めたので水の浄化を依頼したい。湖の浄化ができればモンスターは生息地を他に移す為、モンスターは討伐しなくてもいい。※要浄化魔法習得済みのプリースト。報酬は30万エリス』
「……お前、水の浄化なんて出来るのか?」
俺の疑問にアクアがフッと鼻で笑う。
「バカねカズマ、私を誰だと思ってるの? ……と言うか名前や外見のイメージで、私が何を司る女神かぐらい分かるでしょう?」
「宴会の神様だろ?」
「違うわよヒキニート! 水よ! この美しい青い瞳とこの髪が見えないのっ!?」
なるほど。
水の浄化だけで30万か、確かに美味しいな。討伐をしなくていいってとこもポイント高い。
「じゃあそれを請けろよ。……ていうか、浄化だけならお前一人でもいいんじゃないか? そうすれば報酬は独り占めできるだろ」
だが、そんな俺の言葉にアクアが渋る。
「え、ええー……。多分、湖を浄化してるとモンスターが邪魔しに寄ってくるわよ? 私が浄化を終えるまで、モンスターから守って欲しいんだけど」
そういう事か。
しかし、ブルータルアリゲーターって、名前から察するにワニ系のモンスターだろ? 俺がいた世界のワニですら凄く危険だった気がするんだが……。
「ちなみに浄化ってどれぐらいで終わるんだ? 五分くらい?」
短時間で終わるなら、めぐみんの爆裂魔法で何とかなるだろう。
アクアが小首を傾げながら言ってくる。
「……半日ぐらい?」
「
名前からして危なそうなモンスター相手に、半日も防衛なんかしてられるか。みんちゃすがいるなら何とかなりそうだが、今回あまり乗り気じゃないらしいしな……。
俺は張り紙を元に戻そうと……
「ああっ! お願い、お願いよおおっ! 他にはロクなクエストが無いの! 協力してよカズマさーん!」
掲示板に紙を張り直そうとする俺の右腕にすがって泣きつくアクアに、俺はふと思いついた。
「……なあ、浄化ってどうやってやるんだ?」
「……へ? 水の浄化は、私が水に手を触れて浄化魔法でもかけ続けてやればいいんだけど……」
なるほど、水に触れなきゃいけないのか。
ちょっと思いついた事があったんだが、それじゃ……。
いや待てよ?
「おいアクア。多少非倫理的だが、多分安全に浄化ができる手があるぞ。……やってみるか?」
街から少し離れた所にある大きな湖。
街の水源の一つであるその湖からは小さな川が流れており、それが街へと繋がっている。
湖のすぐ傍には山があり、そこから絶えず湖へと水が流れ込んでいた。
なるほど。依頼にあった通り湖の水は何だか濁り淀んでいた。
それにしてもモンスターだって清潔な水を好むものだと思っていたが、違うのか。……まあ俺達の世界でも、ブラックバスとかブルーギルとかは汚い水を好むらしいし、こっちでもそういう物好きはいてもおかしくはないか。
俺が湖を眺めていると、背後からおずおずと声がかけられる。
「……ねえ……。本当にやるの?」
それは凄く不安気なアクアの声。
この俺の考えた一分の隙も無い完全無欠な作戦の、一体どこが不安なのか。
「……私、今から売られていく、捕まった希少モンスターの気分なんですけど……」
……希少なモンスターを閉じ込めておく鋼鉄製のオリの中央で、体育座りをしながら不安そうにそう呟くアクア。
最初は湖の近くで安全なオリの中から浄化魔法をかけさせようと思ったのだが、浄化魔法は水に触れていないと使えないそうなのでこの作戦に。
水の女神であるアクアは、水に浸かるどころか、湖の底に一日沈められても、呼吸にも困らず、不快感を感じる事も無いらしい(それを聞いた俺の「……お前って魚類だったのか」という呟きに、アクアが泣きながら掴みかかってきたが、今となってはどうでもいいことだ)。
そして本人曰く、浄化魔法を使わなくてもアクア自身が湖に浸かっていれば、それだけでも浄化効果があるそうな。
それほど神聖な存在だという事なのだろう、さすがは一応、腐っても鯛……もとい女神だ。
アクアが入ったオリは、みんちゃすが一人で湖まで片手で軽々と運んでくれた。毎度毎度思わずにはいられないが、その小さな体のどこにそんな馬鹿力が眠っているんだ?
ちなみにこの鋼鉄製のオリは、ギルドに常備されていた物を借りてきた。
クエストの中にはモンスターの捕獲依頼もあるので、そう言ったとき用の物らしい。
別に使えない女神を湖に投棄しに来た訳ではないので、遠くに持っていく必要は無い。
湖の際に、アクアがちょっと浸かる程度にオリを置いておけばいい訳だ。
これなら湖の浄化中にブルータルアリゲーターとやらが襲ってきても大丈夫だろう。
なにせ捕獲したモンスターの運搬用のオリだ、中のアクアに攻撃が届くとは思えない。……みんちゃす曰く「俺なら余裕でへし折れる」そうだが、あいつ並のモンスターがその辺にゴロゴロいるとしたら、俺はもう冒険者を引退するしかない。
ギルド職員の話では浄化が終わればモンスターは湖から離れて行くと言っていたが、万一アクアの傍から離れなかった時に備え、オリには頑丈な鎖が付けられていた。
鋼鉄製のオリはかなり重量があるので、湖までは街で借りた馬に引かせながら運んできた。緊急の際にはこの馬に付けられた鎖で、オリを引っ張らせて逃げる予定だ。
アクアを入れたオリは湖の際に沈められ、体育座りのアクアは足の先と尻の部分を湖に浸からせていた。俺達四人はこのまま、離れた所で待つだけだ。
アクアが膝を抱えながらぽつりと呟く。
「……私、ダシを取られてるティーバッグの気分なんですけど……」
浄化装置改めアクアを湖の際に設置して二時間が経過したが、未だにモンスターが襲ってくる気配は無い。
危険は無さそうだと判断したみんちゃすは、ポーションやら魔力を肩代わりするマナタイトやらを大量に持って、自己鍛練&ベルディア抹殺用新必殺技の開発のため席を外した。……まあアイツぐらい強いと、騎士団やらが到着したらベルディア討伐クエストへの参加要請が来るだろうしな。
俺とダクネスとめぐみんのは、アクアから二十メートルほど離れた陸地でアクアの様子を見守っていた。水に浸かりっぱなしのアクアに離れた所から声を掛ける。
「おーいアクア! 浄化の方はどんなもんだ?」
遠くから叫ぶ俺に、アクアが叫び返した。
「浄化は順調よー!」
「湖に浸かりっぱなしだと冷えるだろ! トイレ、行きたくなったら言えよー!」
「ッ……! アークプリーストはトイレなんて行かないし!」
お前は昔のアイドルか。
「何だか大丈夫そうですね。ちなみに、私達紅魔族もトイレなんて行きませんから」
めぐみんが聞いてもいないのにそんな事を言ってくる。お前もアクアも普段モリモリ食ったり飲んだりしてるが、それはどこに消えているんだとツッコミたい。あとめぐみん、さりげなくみんちゃすも巻き込んだな。
「私もクルセイダーだから、トイレは……トイレは……。……うう……」
「この二人に対抗しなくてもいいよ。トイレに行かないって言い張るめぐみんとアクアの二人には今度、日帰りじゃ終わらないクエストを請けて、本当にトイレ行かないかを確認してやる」
「や、止めてください!? 紅魔族はトイレなんて行きませんよ! でも、謝るので止めてください……」
ちなみにみんちゃすは確実に殴られそうなのでノータッチだ。
「……しかし。ブルータルアリゲーター、来ませんね。このまま何事もなく終わってくれればいいのですが」
めぐみんがフラグとしか思えない様な事を言った。そして、それをきっかけにでもするかの様に、湖の一部に
大きさ的には地球の平均的なワニと比較してもあまり変わらないだろう。それだけでも十分な驚異だろうが、そこはやはりモンスター。地球のワニとはさらに一味違った。
「カ、カズマー! なんか来た! ねえ、なんかいっぱい来たわ!」
この世界のワニ達は、群れで行動する様だ。
【sideみんちゃす】
カズマ達がいる湖からは結構離れた、そこそこ大きな岩があちこちに転がっている荒野にて…
「ハァ…ハァ……大分苦戦させられたが、どうにか最低限の形にはなってきたな」
負傷した右腕に回復ポーションをかけながら、粉々に砕かれた岩を一瞥し、ひとまず及第点の判断を下した。
威力を抑えてなおこの破壊力……これまで俺の技の中で最高火力だった紅魔爆焔覇ですら比べ物にならねー。
仮に全力で撃てば、めぐみんの爆裂魔法にすら匹敵するだろう。……その代わりネタ具合も匹敵、あるいは凌駕するだろうがな。
「その最たる例がこのボロボロになった腕、か……」
威力を抑えたのにもかかわらずこの体たらくだ……全力で放てばポーションで回復できる範疇に収まらねーだろーな。仮に腕が吹き飛んでもアクアはケティに匹敵するプリーストだから回復はできるだろうが、俺にはララティーナのような被虐趣味は無い。代償に腕が吹き飛ぶ技なんて絶対使いたくねー。魔力の制御さえ完璧にできれば反動も最小限になるんだが、あのド変態似非騎士腐れ外道ゾンビ野郎が再び来るまでに間に合うとは思えねーし……世の中ままならねーな。
「……さて、そろそろ浄化も終わった頃だろーし、戻るとするか」
「……えー……何が原因でこうなったんだよ?」
湖に戻った俺の目に飛び込んできたのは、光を失った目で檻の中で体育座りをするアクアの姿。
「いや、それがなみんちゃす……」
カズマは俺に一部始終を説明する。
なんでも俺が席を外した後、檻の中のアクアがブルータルアリゲーターの大群に襲われたらしい。
湖の際にはボロボロになったオリがぽつんと取り残されている。ブルータルアリゲーターにかじられたらしい檻は、所々にワニの歯型が残されている。
ブルータルアリゲーターは綺麗な水辺を好まないため、浄化が完了したことで、どこかへ泳いで行ってしまったのだろう。
「……おーいアクア、生きてるかー?」
「ブルータルアリゲーター達はもう全部どっか行ったぞー」
俺とカズマは檻へ近づき、中に閉じ籠ったアクアを
「……ぐす……ひっく……ひっく……」
「あー……よっぽど怖かったんだなー……」
こりゃ席を外したのは完全に失敗だったなー……。
「ほら、浄化が終わったんなら帰るぞ。ダクネスとめぐみんで話し合ったんだが、俺達は今回、報酬はいらないから。報酬の30万、お前が全部持っていけ。みんちゃすもそれで良いよな?」
「あー? そもそも参加してねーだろ俺は」
体育座り状態で膝に顔を埋めたアクアの肩がぴくりと動いたが、檻の中から出てくる気配はない。
「……おい、いい加減檻から出ろよ。もうアリゲーターはいないから」
「よしんば戻ってきても、俺が全部始末してやるからよー」
俺達のその言葉に、アクアが小さな声で呟くのが聞こえた。
「……まま連れてって……」
…………?
「なんだって?」
「……オリの外の世界は怖いから、このまま街まで連れてって」
「あちゃー……思ったより重傷だなこれ」
これ今後の冒険者稼業に支障とか出ねーよな……?
次回、みんな大好き魔剣の人が登場します!
いやまあ、私はそこまで好きではないですけど。