【sideみんちゃす】
「ぅぐっ……っ……!」
「ん? どうしたみんちゃす-っ!? みんちゃす!? どうしたんだその大怪我!?」
ベルディアを討滅した直後、魔力の枯渇と全身を苛む激痛に耐えかねて倒れ伏す俺に、カズマ達が慌てて駆け寄った。
全身いたるところが火傷と裂傷でズタズタになり、その上どうやらあちこちから出血もしているようだった。その中でも特に、右腕が群を抜いて痛む。
「み、みんちゃす……そ、その右手……肉が……!?」
余力を振り絞って顔を傾け右腕を見ると、皮膚は無惨にも焼け爛れ、肉は所々削ぎ落ち骨を露出させているといった有り様だ。
そのあまりにも凄惨な光景を見ためぐみんの顔は蒼白になり、流石のララティーナも痛々しくて直視できないようだった。
「ア、アクア! 回復魔法を!」
「わ、わかったわ! 『セイクリッド・ハイネス・ヒール』!」
極めて高レベルのアークプリーストにしか使えない最高位の回復魔法により、俺の体はたちまち修復された。
相変わらずアークプリーストとしての能力だけはケティにタメ張るレベルだな……いや、頭の残念さ具合もちょいと方向性が違うだけで似たり寄ったりか。
回復魔法では失った血や体力の消耗は戻らないためまだ意識は朦朧としているが、とりあえず崖っぷちの状況は脱出した。
「ふう……助かったぜアクア。危うく腐れ騎士の後を追っちまうところだった」
「それは良いんだけど……あんな大怪我いったいどうしたのよ?」
「そうですよ! みんちゃすは今回の戦いではほとんどノーダメージだったじゃないですか!?」
「うむ。途中気絶していた私は全てを見たわけではないが……あんな重傷になるようなダメージは無かった筈だ」
「……もしかして最後の、ベルディアを倒したアレが原因か?」
気づいたのはカズマ一人か。少なくとも俺より賢いめぐみんなら気づくと思ったんだが……いや、俺の怪我に気を取られて冷静に分析してる余裕が無かったのかね。こう見えて仲間想いだからな、こいつ。
「カズマ、ご名答だ。あの『五光神滅覇』は俺の最大奥義にして、『紅魔爆焔覇』をも越える最高火力技でな……普通エレメントの合成は精々が2つしかできないんだが、四代元素に雷を加えた五つの属性で相克関係を作ることで無理矢理安定させることにより、五つのエレメントを合成しそれを拳に一転集中することで破壊力を極限まで跳ね上げ、あらゆる存在を無慈悲に消し飛ばす技だ。神をも滅ぼすと銘打っただけあって、威力だけなら爆裂魔法にも劣らん」
『神をも滅ぼす』の下りでアクアがビクッと肩を震わせ、『爆裂魔法にも劣らん』の下りでめぐみんが対抗心むき出しに目を輝かせるが、二人が口を挟む前に俺は説明を続ける。
「だがしかし、何分まだまだ未完成の技でなー……欠点や問題点が山積みで、今のままだと爆裂魔法すら上回るネタ技だ。正直俺も最後の最後まで使いたくはなかった」
「おい、誰の魔法がネタ技なのか詳しく聞こうじゃないか」
「やめろっての……欠点や問題点って、いったいどれくらいあるんだ?」
俺に詰め寄ろうとするめぐみんを抑えながらカズマが続きを促す。
「……拳に乗せて放つからゼロ距離でぶつけなくちゃならねー。5つ同時に属性付与魔法を発動、しかもひとつひとつの属性付与も普段より魔力を込めるため、爆裂魔法ほどじゃないが燃費があまりよろしくない。準備にかなり時間がかかるから、さっきみたいに相手が無防備じゃねーと絶対に途中で妨害される。魔力制御を誤ると暴発してあの世行き。わずかにバランスが崩れただけで命中させたときの反動で全身大火傷、特に殴った方の腕は確実にああなる。これだけリスク抱えて倒せるのは一体のみで、爆裂魔法みたいに雑魚一掃とかはできねー。……探せばまだあるかもなー」
「想像してた以上に問題山積みだったよ」
「今度こそ我が名の元にこの技は禁術にします! 今回は絶対に文句を言わせませんよ! 我が爆裂魔法とどちらが強力か確かめたい気持ちは山々ですが、流石に危なっかし過ぎます!」
「うむ。騎士として、仲間が死にかける様など見過ごすわけにはいかない」
「そうね。第一『神を滅ぼす……』なんて名前の罰当たりな技、めが……アークプリーストとして認められません!」
パーティーメンバーからのこの上無い程の大不評で、『五光神滅覇』はめでたく禁止技に。
いやだからな、まだ未完成だし俺だって痛いの嫌なんだから、こんな技ポンポン使うわけねーだろ。
しかし……つくづく母ちゃんって化け物だな。何せバランスの取れた相克関係を維持しながら、五つのエレメントを斬撃として放つんだからよ。
やがて勝利に沸く冒険者達の声を聞きながら、傷だらけのララティーナは片膝をつき、デュラハンの体のあった場所の前で、祈りを捧げるように目を閉じている。
そんなララティーナに、めぐみんが恐る恐る声をかけた。
「……ダクネス、何をしてるのですか?」
ララティーナは目を閉じたまま、まるで独白でもする様に答えた。
「……祈りを捧げている。デュラハンは不条理な処刑で首を落とされた騎士が、恨みでアンデッド化するモンスターだ。こいつとて、モンスターになりたくてなった訳ではないだろう。自分で斬りつけておいて何だが、祈りぐらいはな……」
そうですか……と呟くめぐみんに、尚もララティーナは独白を続ける。
「……腕相撲勝負をして私に負けた腹いせに、私の事を鎧の中はガチムチの筋肉なんだぜとバカな大嘘を流してくれたセドル……。おいダクネス、暑いから団扇代わりにその大剣で扇いでくれ! なんなら当ててもいいけど。当たるんならな! ……と、バカ笑いして私をからかったヘインズ。そして……。一日だけパーティに入れて貰った時に、なんでアンタはモンスターの群れに突っ込んでいくんだと泣き叫んでいたガリル。……皆、あのデュラハンに斬られた連中だ。今思えば、ろくでもない連中ながらも、私は彼らを嫌ってはいなかったらしい…………」
オメーがろくでもないとか言えた義理か、と口を挟みそうになったがどうにか堪える。
「え、えっと……、そ、そうですか。それじゃ、続きは後で聞いてあげますからとりあえずギルドに戻りましょうか」
ララティーナの言葉に慌てたよう話題を切り上げようとするめぐみんに、ララティーナは目を閉じたまま優しげな声で呟いた。
「……あいつらに、もう一度会えるなら……一度くらい、一緒に酒でも飲みたかったな…………」
「「「お……おう……」」」
目を閉じているララティーナの後ろから、戸惑った様な声が掛けられた。ビクリと震えるララティーナの背後で、恥ずかしそうに照れている三人の男達。
……愉悦って多分だけど、こういうことを言うんだろうなー。
「そ、その……。わ、悪かったな色々と。お前さんが俺達に、そんな風に……」
「あ……、ああ。その、悪かったよ、腕相撲に負けたぐらいで変な噂立てちまって……。こ、今度奢るからよ……」
「剣が当たらない事、実は結構気にしてたのか? その、わ、悪かったな……」
次々とかけられる三人の言葉に、祈りを捧げるポーズで目を閉じていたララティーナは震え出し、頬がみるみる赤くなる。……やべ、はっきり言って面白過ぎる。
そこに弾んだ声で、多分悪気は無いんだろうアクアが言った。
「ダクネス、まかせて頂戴! 私ぐらいになれば、あんな死にたてホヤホヤの死体なんてちょちょいと蘇生よ! 良かったね、これで一緒にお酒飲めるじゃない!」
ララティーナはアクアのその言葉に、背後に男達が居るとも知らずに続けた自分の独白を思い出し、涙目で震えて硬直する。
自他共に認めるサディストの俺はララティーナの肩に手を置き、物憂げな表情を作りながら明後日の方向を見つめ、先程のセリフを一言一句違わず反芻する。
「……ろくでもない連中ながらも、私は彼らを嫌ってはいなかったらしい…………あいつらに、もう一度会えるなら……一度くらい、一緒に酒でも飲みたかったな…………」
それがトドメとなったのか、ララティーナは涙目になった赤い顔を両手で覆ってその場に座り込んだ。
「ええと……良かったじゃないか、みんなとまた会えて。ほら、飲みに行って来いよ」
カズマが慰めるようにララティーナに声を掛けると、ダクネスが両手で顔を覆ったまま呟いた。
「……死にたい……」
俺はそんなララティーナに、さらに追い討ちをかける。
「攻められたいんじゃなかったのかー? んー? 遠慮はいらねーぞ、今後は隙あらばこの事蒸し返してやるからよー」
「こ、こ、この責めは、私の望むタイプの羞恥責めと違うから……っ!」
なんで俺がいちいちオメーのリクエストに合わせなきゃなんねーんだよ。
「ふむふむ、素材は隕鉄。特殊な力とかは付属していない、シンプルな性能の大剣か。んー……破壊力は申し分ねーが、やっぱデカさがネックだな。ぶっちゃけ持ち運びが面倒だ」
後日街の外にて、ベルディアの大剣を素振りしながら、戦力として使えるか寸評を行っていた。
「……。『サンダー・ウエポン』、『ウォーター・ウエポン』、『フレイム・ウエポン』、『エアロ・ウエポン』、『グランド・ウエポン』」
最後の検証として、母ちゃんの奥義をこの剣で繰り出してみる。
『ちゅーれんぽーと』だとヒヒイロカネのせいで火の力が強くなり過ぎて、バランス良く相克関係を構築できないため不可能だが、果たしてこの剣ならどうだろうか……。
「ストレート・フラッシュ!」
エレメントの合成が完了すると、俺は手近にあった岩に向かって剣を振るう。
五つのエレメントが一つの眩い光となり、斬撃として放たれた。
……が、
「……ダメだな。全然狙いが定まらねーし、そもそもエレメント自体がバラけちまう」
斬撃は途中でバラバラに分解され、狙っていた岩に命中することなくあちらこちらに散らばった。
わかっちゃいたが直接纏わせてぶつけるのとは難易度が全然違うな。母ちゃんはこんなのどうやって安定させてるんだ?
……まあそれはともかく、実践でこの剣を使うことは今後も無いだろうな。ベルディアを直接討伐した功績による特別報酬をカズマ達に譲ってまで手に入れたが、結局コレクションが一つ増えただけだ。
……つってもカズマは裕福になるどころか、あの年で債務者になっちまったがな。
確かにカズマはベルディア討伐の特別報酬3
億エリスを、パーティーを代表して受け取った。
……だが、アクアの召喚した洪水により街に大幅な損害をもたらしたことで、3億4000万エリスを弁償する羽目になったのだ。
その差、差し引きマイナス4000万エリス。
正直あまりにも不憫だったので俺が立て替えておくと提案したのだが、流石にそこまでさせられないと遠慮された。カズマの奴、ああ見えて意外とそういう所はキッチリしてるよな。
俺はふと、自分の冒険者カードを取り出してそれを眺める。
表示されているレベルは42 。そろそろレベルを1上げるのも一苦労するようになってきたが流石は魔王軍幹部、経験値もたんまり持ってやがった。
そして討伐モンスター欄の、デュラハンの文字をじっと見る。どうにか倒せたものの、今の俺一人では討伐など到底不可能な強敵だった。
母ちゃんからは尻尾巻いて全力で逃げだしたような奴に、仲間の協力が無きゃ勝てねーのが今の俺の強さ、か。
やれやれ、どうやら最強への道はまだまだ遠く険しいみてーだな。
……まあそれはともかく、思えばこいつの存在が俺とケティが『六鬼衆』に加入する切っ掛けになったんだっけ……リュウガやアヤネやケティと協力して追い払ったこいつをとうとう倒したとなると、なかなか感慨深いものがあるなー。
「これでようやく……あいつらの魂も浮かばれるなー」
物憂げにそう呟いてから気づく。
……リュウガもケティもアヤネも、別に死んでなかったなー。
第1章・完
次回から三話ほどの外伝とプロフィールを挟んでから、二巻へと移りたいと思います。
月代組及び六鬼衆がストーリーに絡んでくるのは、早くても三巻からになりますのでしばしお待ちを。