【sideミツルギ】
僕の名前は御剣響夜。
縁あって女神アクア様により魔剣グラムを授かり、魔王を倒す使命を抱きこの世界へと転生した勇者だ。
先日の佐藤和真達との一件で魔剣もレベルも失ってしまったが、紆余曲折の末どうにか魔剣を取り戻せた僕達は、再び魔王を倒すべく冒険者を続けている。現在はアクセルの町から遠く離れた『竜の渓谷』という地で、ワイバーンの討伐クエストを受けているところだ。
「『ルーン・オブ・セイバー』!」
地上にいる僕達へ襲いかかってきたワイバーンの首を、魔剣グラムによる一閃で斬り落とした。これで今回の討伐クエストは完了した。
「やったぁっ!」
「ワイバーンを一撃だなんて、流石はキョウヤね!」
パーティー仲間である、戦士のクレメアと盗賊のフィオは僕に惜しみ無い称賛を向けてくる。……だけどあのとき以来、僕の気分はずっと晴れないままだ。
「キョウヤ? どうしたの?」
「……残念ながらレベルをリセットされた今の僕に、かつて程の力は無いよ。そして、かつての僕ですら……はたして僕に、魔王を倒すことなんてできるのだろうか?」
「な、何言ってるのよキョウヤ!? キョウヤは、女神から魔剣を授かった勇者じゃない!」
「もしかして、この前のことが原因で……あんな卑怯者の変態、もう一度戦えばキョウヤが負けるわけないわよっ」
確かに……佐藤和真には以前は不意を突かれたが、もう一度戦えば負けはしないだろう。……だが、
「佐藤和真に負けただけだったら、ここまで思い悩むことは無かったさ。だけど……『赤碧の魔闘士』には言い訳の余地もなく、まるで歯が立たなかった」
「そ、それは……」
「だけど……うぅ……」
クレメアもフィオも、そちらの戦いには何も反論できずに閉口するするしかなかった。
『赤碧の魔闘士』みんちゃす……あのオッドアイの少年は佐藤和真とは違い、真正面から僕を完膚なきまでに叩き潰した。それもアークウィザードにも関わらず魔法を一切使わないという、凄まじいまでのハンデを背負った状態でだ。
格が違う……僕と彼では、レベルやステータスやスキルといった表面上の強さだけでなく、もっと別の所で天地ほどの差がある。
あの戦いを思い返してみても実力が離れすぎていて、どうやっても戦いになるビジョンがまるで思い浮かばない。はっきり言って僕とは次元の違う強さだった。
僕が倒そうとしている魔王は、長きに渡ってこの世界を脅かし続けているくらいだ……おそらくはあの少年よりも強いのだろう。
あの少年への勝ち筋すらまるで見つからないというのに、さらに格上の魔王を倒すことなど、はたして本当にできるのだろうか……?
「……すまない二人とも。そんな弱気なことを勇者が言うべきじゃなかったね」
……何を考えてるんだ僕は。
魔王を倒してこの世界を平和に導く……アクア様から魔剣を受け取ったときにそう誓ったじゃないか。
『力も、志も……オメーの誇るものは何から何まで全部借り物だなー』
あの少年に言われたことが脳裏を
違う……僕が掲げる魔王討伐の指名は、借り物なんかじゃない!
「「キョウヤ……」」
知らず知らずの内に顔から余裕が無くなっていたらしく、心配そうに僕を見るクレメアとフィオ。
……思い悩んだところでどうにもならない。とりあえず、まずは以前と同じレベルまで上げて……
そんな感じに今後の方針を頭の中で模索していると、
遠くの方で非常に大きな轟音と、おそらくは冒険者達の悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあっ!?」
「な、何!? 何なの!?」
「……行ってみよう!」
三人で音のした方へ向かいながら、僕はさっきワイバーンのクエストを引き受ける際にギルド職員から言われたことを思い出した。
この辺りには稀に魔王軍の幹部が出没するらしく、もし出くわしても絶対に戦いを挑まないように……と。
やがて渓谷の最奥部まで行き草むらに身を隠しながら様子を伺うと、重症を負ってそこら中に倒れ伏す冒険者達、震えながら武器を構える三人の冒険者……そしてそれらを迎え撃つように赤く輝く大剣を地面に突き刺し、白を基調とした騎士鎧を着込み頭には黒のサークレットを被った女性が、腕組みをしながら仁王立ちしていた。
炎のような朱色のやや長い髪に、オレンジ色の瞳が特徴的な美女だが、頬辺りにあるエラや口から覗く歯の全てが大剣と同じ鮮やかな赤色であることから、その女性が人型のモンスターであるとわかる。
……いやそれどころか、あの容姿にはギルドの要注意リストで見たことがある。
向かってくる冒険者などならともかく、自発的に人を襲うようなことをしていないのにもかかわらず、数多の冒険者を返り討ちにしたその強さを危惧され、10億エリスもの賞金がかけられたモンスター……
「フン、他愛もないな。私を討つべく選りすぐりの冒険者を集い討伐隊を編成したつもりだろうが……生憎だな、お前達程度では私の首は取れんよ」
10人いる魔王軍幹部の中でも最強との呼び声の高い……竜帝ティアマットだ。
「さて、残るはお前達三人のみだが……どうした? かかって来ないのか!?」
「う、うぅ……!」
「くそっ……!」
怒声と共に放たれる重厚な威圧感は、離れている僕達にまで届くほど凄まじいものだった。すっかり戦意を無くし青ざめるクレメアとフィオを庇いながら、僕はいつでも飛び出せるよう魔剣の柄に手をかけながら様子を伺う。
「くそったれぇえええ!」
「うぉぉおおおおっ!」
やがて三人の内二人がティアマットへやぶれかぶれに襲いかかる。残る一人は恐怖で足がすくんで動けないようだ。
「その意気や良し。だが……実力の伴わん気迫など、無意味と知れ!」
ティアマットは赤い大剣を構えると、一瞬で冒険者二人の間を駆け抜けた。
「ぐぁっ!?」
「あがぁっ!?」
どうやらすれ違い様に斬られていたらしい冒険者達は、苦悶の声を漏らしつつその場に崩れ落ちる。
け、剣速が速すぎてまったく目で負えなかった……。しかもあれだけのスピードで斬られたにもかかわらず、倒れている冒険者は皆致命傷というほどではない……まさか、あれでなお手加減しているというのか!?
「さて、残るはお前一人となったが……どうするのだ?」
「ひ、ひぃぃ……うわあああああ!」
最後に残った一人は恐怖に耐えきれず、一目散に逃げ出した。しかしティアマットはその冒険者を追うことなく、剣を鞘に戻し目を閉じた。
「……それが賢明だろうな。腰抜けの謗りは免れないだろうが」
竜帝ティアマットは魔王軍幹部の中でも穏健派で知られている。人類への侵略行為は行っておらず、向かってくる冒険者を幾度となく返り討ちにしているが、命を奪うことはほとんど無いらしい。10億という高額賞金は、彼女の圧倒的な強さのみを危険視されかけられた額だという。
身に付けている装備から、あちこちで倒れている冒険者も、返り討ちにあった冒険者二人も、逃げ出した冒険者すらも、クレメアとフィオよりも遥かに強い凄腕だとわかる。彼女達もそれをわかっているのか、完全に怯えて縮こまっている。
今の僕だって魔剣の加護が無ければ、足元にも及ばないほどの冒険者達だろう。ティアマットはそんな猛者達をまとめて相手して、傷ひとつ追わないような絶対強者だ。魔剣グラムがあるからといって、現在レベル7の僕が敵うとは到底思えない。
……でも、
「クレメア、フィオ、ここで隠れていてくれ。どうやらティアマットは戦意の無い者は攻撃しないようだから、君達に危害が及ぶことは無いだろう」
「きょ、キョウヤ!? まさか……あんな化け物に挑むって言うの!?」
「いくらキョウヤでも無茶よ!?」
「神託を受けた勇者として、モンスターに背を向けるわけにはいかないんだ!」
二人の制止を振り切り、僕は魔剣グラムを鞘から引き抜きつつ、ティアマットの前に躍り出た。
「魔王軍幹部ティアマット! 魔剣の勇者として君を討つ!」
ティアマットは目を開き、面白そうに口元を歪める。
「ほう……何やらこそこそと様子を伺っていたのは知っていたが、さっきの戦闘を見て尚私に剣を向けるか」
っ……バレていた!?
反射的に二人が隠れている方を向いてしまう僕に、ティアマットは鞘から大剣を引き抜きながら、
「案ずるな少年、私は戦う意思の無い者は斬らん。……しかし私に剣を向けるからには、お前を“敵”として扱わねばならんが……それでも構わんな?」
僕に向かって凄まじい殺気を放ってきた。
自分にかかる重力が数倍になったと錯覚する程の圧迫感。喉の奥が焼けつくように渇き、全身の細胞が逃げろと訴えてくるかのようだ。
……だけど僕は勇者なんだ、引き下がるわけにはいかない!
「構うものか!」
「ふむ、志は立派だな。実力が伴っていなければ意味はないがな……さあ、かかってくるがいい! この竜帝ティアマットが相手になろう!」
そう言って大剣を構えるティアマットからは、一片たりとも隙が見当たらない。その立ち振舞いと体を貫くような圧迫感……。
実際に戦わずともわかる……この敵はあの『赤碧の魔闘士』よりも強い! 今の僕はおろか、以前の僕だろうと勝ち目はゼロだろう。
はっきり言って無謀以外の何者でもない挑戦……だがここで背を向ければ、僕は二度と勇者を名乗れはしない!
という訳でこの作品オリジナル幹部のもう一人、武人系ドラゴンのティアマットさんです。人と竜、二つの姿に自在に入れ替わるという特技を持っており、竜の姿での戦闘力は名実共に魔王軍最強ですが、人の姿でも耐久とタフネス以外はベルディア以上の化け物です。
果たしてミツルギはこいつを打ち倒し、勇者の誇りを取り戻すことができるのか……?