無いよそんなもん。
あれは見栄えとスタイリッシュさ極振りの実に紅魔族らしい技です。
【sideみんちゃす】
カズマが首ちょんぱされてから一週間。
ギルド内で紅茶を片手に『クエス王女の物語・第2章』を読み耽っていると、
「明日はダンジョンに行きます」
「嫌です」
カズマの唐突な提案をばっさりと拒否するめぐみん。
「行きます」
「嫌です」
「行きます」
めぐみんが走って逃げようとするが、あっさり捕まる。後衛職の立場にかまけて普段からちゃんと走り込みしてないからそうなるんだよ。
「嫌です嫌です絶対嫌です!だってダンジョンなんて私の存在価値皆無じゃないですか!ダンジョンが崩れるから爆裂魔法なんて使えないし、私もう本当に唯の一般人!」
「お前言ったよな?荷物持ちでも何でもするから捨てないでって」
「う……」
カズマのその言葉に観念したのか、襟首を掴まれためぐみんはガックリとうな垂れた。
「はぁ……。分かりました。でも、何も役に立てませんよ?本当に荷物持ちぐらいしか出来ませんし……」
諦めの表情に不安を滲ませるめぐみんを、安心させるかの様にカズマは言った。
「安心しろ、付いて来るのはダンジョンの入り口までで良いからよ」
「へっ?入り口まででいいんですか?」
不思議そうな表情を浮かべるめぐみん。
「でも、何でいきなりダンジョンへ行くなんて言い出したの?ダンジョンに行くなら、パーティー内に盗賊は必須よ? 最近見かけないんだけど、クリスは?」
アクアがソファーに埋もれる様に深く腰かけ、だらりと脱力しながらそう訪ねる。日頃から女神だのなんだの言うのなら、もうちょっと身の振り方ちゃんとしろや。
「クリスは急に忙しくなったって言ってたな。何でも昔世話になった先輩に理不尽な無理難題を押しつけられたんだと」
パンツ剥かれたり、蹴られたりひっぱたかれたり、机に叩きつけられたり恫喝されたり、とことん災難だなアイツも。
……ほとんど俺が原因じゃねーか。悪いのはあいつだから謝らんけど。
「だがダンジョン探索に必要な罠発見や罠解除スキルは、すでにクリスに教えてもらって習得済みだ。そこで手頃なダンジョンに潜り、あわよくば一獲千金を狙ってみようかなと思う」
つくづく思うが、あんな目に遭わせておいてよく教わりに行けたなこいつ。……それに応じる白髪女もお人好しすぎるが。
と、熱心に鎧を布で磨いていたララティーナが口を挟んでくる。
「む、待って欲しい。私の大剣が冬将軍に折られてしまったからな。今新しいのを発注しているが、完成までにまだ時間がかかる。今の私を戦力に数えているのだとすると……」
「あってもどうせ当たらねーだろ」
「そうそう、お前は最初から戦力外だから大丈夫だ」
「!?」
俺とカズマの容赦ない指摘にダクネスが目を潤ませながらも頬を染める。きっと興奮半分、傷付き半分なのだろう。
いちいち変態に付き合うのは面倒なので、カズマに話の続きをとアイコンタクトで促す。
「一応言っとくが、今回ダンジョンに潜るのは俺一人だ。皆はダンジョンに行くまでの道中の警護をして欲しいんだよ」
「「「「?」」」」
頭大丈夫かこいつ。こないだ死んだばっかだってのに、なんだってそんな無鉄砲なことを?
街から半日ほど掛けて山へと歩き、雪の降り積もる獣道を進んで行くと、『避難所』と書かれた看板がぶら下げられたログハウスに辿りつく。そしてその近くの岩肌に、初心者ダンジョンにしては随分と深そうなダンジョンのへ入り口がぽっかりと口を開けていた。
入り口は天然の洞窟の様なダンジョンだがその内部は綺麗に整備された階段がダンジョンの奥へと続いている。んー……何て言うか、こういうのって情緒がなくて逆に無粋だよな。
ここはキールのダンジョン。
百年以上くらい前にこの国随一だったらしいアークウィザードが貴族の娘さんを拉致って、このダンジョンを作り上げて立て籠ったらしい。こんなダンジョンを作れるぐらいだから国随一って肩書に偽りは無いんだろうが……うちの両親じゃあるまいし、単身で国家に楯突くのは流石に無謀だよな。
で、現在はこうして駆け出し冒険者達の初めてのダンジョン探索の為の、体の良い練習場所になっていると。
俺とカズマはキールのダンジョンの入り口で立ち止まると、カズマは後ろについてきている三人を振り返った。
「よし。それじゃあここから先は、俺とみんちゃすだけで行って来るから、お前等はそこの避難所で待っててくれよ。今日は偵察と実験を兼ねてお試しで潜るだけですぐ帰ってくるから」
カズマの言葉に、三人が不安そうな表情を浮かべた。
「みんちゃすがついているなら大丈夫だろうが……本当に行くのか?カズマの考えを聞く限り、喧しい音を立てる全身鎧の私が付いて行っても邪魔になるだけだろうが……」
「……私も、付いて行ってもかえって邪魔になるだけです。……やっぱり考え直しません?」
「大丈夫よ、私も付いてってあげるから」
「……いや、来なくていい。というか、暗視ができる二人の方が都合がいいんだって」
カズマはあのチンピラと愉快な仲間達のキースから、光が全く無い完全な真っ暗闇でも、空間の把握、置いてある物の形が分かる様になるアーチャースキル……『千里眼』を教えて貰ったらしい。
つまりこのスキルを持つカズマ一人なら灯りを目印にするタイプのモンスターには見つからなくなる。それにカズマの持つ盗賊スキルの敵感知と潜伏スキルを組み合わせれば、モンスターと戦うことなくお宝だけを掻っ攫えるという、あらゆるスキルを習得できる《冒険者》だけの戦術が可能になる……というのがカズマが思いついた狡っからい作戦で、当初はカズマ一人で潜るつもりだったが、めぐみんの提案で保険として探知の眼鏡で暗視が効く俺も同行することになったのだが……。
ぶっちゃけあまり気が乗らない。
めぐみん程ではないが、ダンジョン探索は紅魔族全般と相性があまり良くないのだ。
ダンジョン内はせまいので音が反響するため、紅魔族が好む高火力のド派手な魔法は地上で撃つよりもモンスターを呼び寄せやすい。それに加えてカズマの考えた方針だと、暗闇の中をこそこそ探索するということになる。
これはいけない。非常にいただけない。
目立ってなんぼの俺達紅魔族にとって、誰にも注目されない冒険なんて罰ゲームみたいなもんだ。
……が、カズマを一人で行かせるのは危なっかしすぎるので、仕方なくついていくことを承諾したわけだ。ああ面倒だ面倒だやる気ねー……。
カズマは荷物の中から消臭の為のポーションの小瓶を二つ取り出し、一つを俺に渡してきた。
ダンジョンのモンスターは暗闇に慣れている事だろうし、視力以外、例えば嗅覚とかで敵を感知する能力にも長けている奴もいるだろう。俺とカズマは自分の身体に消臭のポーションを振り掛けた。まあ使わないよりかはマシだろう。
……ぶっちゃけ俺が殺気を全開にすれば、こんな初心者御用達のダンジョンのモンスターはビビって出てこないだろうが、今回はカズマの戦略の実験みたいなもんらしいから言わないでおくか。
「じゃあ行ってくるよ。モンスターに遭遇するかもしれないから、そこの避難所でのんびり待っていてくれ」
カズマは皆に手を振り、俺と共にダンジョンの入口から中へと降りていく。
………………?
なんか、強大な魔力を二つほど感じる……。(紅魔族なのに)魔力感知があんま得意じゃない俺でも感知できたぐらいだ、はっきり言って非常識ってレベルの膨大な魔力の持ち主がこのダンジョンにいるみたいだ。
で、その内の一つはすぐ後ろから感じたので振り向くと、そこにはついてくるのが当然とばかりのアクアの姿……こいつかよ。
「……俺の話聞いてたか?暗視が使える俺達だけで行動した方が良いんだって。お前、一緒に付いて来ても真っ暗で何も出来ないだろ」
カズマのその言葉に、アクアが余裕そうな表情でふふんと笑う。
あ、カズマがちょっとイラッとしたな。
「ちょっとカズマ。この私が誰だか忘れてない?アークプリーストとは仮の姿。ほら、言って。めぐみんとダクネスは頑なに信じようとしないけど、ほら私の職業言ってみて」
「貧乏神だろ?」
「違うわよ!?」
「じゃあ疫病神か?」
「みんちゃすまで!?水の女神様よ!せめて宴会の神様で止めておいてよ!」
正直こいつが何の神様だろうが、もしくは神を語る不届き者だろうがどうでもいいし敬うつもりもない。神だろうが悪魔だろうが強かったら戦ってみたいが、こいつ単体だとカエル以下だしなー……。
それに俺の所属はアクシズ教じゃなく、混沌を司る女神ケイオスを主神とするケイオス教だ。……そこに入信した理由?混沌って響きが格好良いからに決まってるだろうが。「水」とか「幸運」なんて目じゃないぜ。
「私は仮にも女神様よ。神の目には、全てを見通す力があるわ。カズマがこの世界に来るハメになった時も、その死因を知っていたでしょ?」
……この世界に来るハメになった?
……カズマはどこ出身か特定できないほど独特な名前だし、それからやたらと世間知らずだし……
…………ああなるほど、そういうことか。点と点が線で繋がった。
……つってもやっぱ根拠はないし、このことはまだ俺の胸の内にしまっておくか。面倒だし。
「地上に降りて力が弱まってはいても、神様らしい力の一つや二つ、まだちゃんと残ってるのよ?全てを見通すなんて事は出来なくなっても、闇を見通すぐらいはちょろいわよ!」
胸を張るアクアに、しかしカズマは苦虫を噛み潰した表情になる。これまでのアクアがやらかした経験から、何かしら嫌な予感を覚えているのだろうが、それに構わずアクアは得意気に続ける。
「ダンジョンの中にはね、大抵アンデッドがいるものなのよ。そして彼らは生者の生命力を目印にやって来る。つまり、アンデッドモンスターには潜伏スキルなんて通用しないわ。なら、この私が付いてってあげるしかないじゃないの!」
たとえそうだとしても、俺が全部捩じ伏せるから問題無いような気がするが…………いや待てよ、さっき感知した強大な魔力も気になるし、保険をかけておいて損は無いか。
そう結論付けた俺はカズマをどうにか説得して、アクアを同伴させることを了承させた。……なんか裏目った気がするが、たまにはそういうのも良いんじゃね?知らんけど。
ダンジョンに入ってしばらくしてから、
「ねえ……私の曇りなき眼には、カズマがおどおどしながら階段降りてく姿がバッチリ見えてるんですけど。」
「こっちだってお前が物音する度に、一々ビクついてる情けなぁ~い姿がちゃんと見えてるよ」
「私はこの中でも走って逃げられる程度には見えてるから、モンスターが接近して来たら言ってね。あと、暗闇に紛れてお尻触ったりしないでね」
「俺が今何考えてるか教えてやろうか?ダンジョンの奥深くに、どうやったらお前一人置いて帰れるかなって真剣に考えてる」
いつもの不毛なやり取りを続けていたカズマととアクアは、突然その場にピタリと止まりお互いに顔を見合わせる。
「やだもーカズマったら、冗談ばっかりくすくすー♪」
「バカだなーアクア♪俺が今結構本気で言ってるって事が、もうそこそこ長い付き合いになるんだしわかるだろー?はははははっ!」
「オメーら緊張感ゼロだな……」
こいつら自分が駆け出し冒険者だって自覚あんのか?なんでこいつらダンジョン初めてなのにこんな余裕なの?俺でも初めて潜ったときはもうちょっと警戒してたぞ。
カズマ達がくだらないやり取りしている間に、長い階段をやっと下り終えた。
ふむ……通路が通路が左右に分かれているな。ついでに階段の側には人骨、か。
「……? 何だこれ?」
どうやらカズマもそれに気づいたようだ。千里眼スキルだけだと輪郭しかわからないだろうから、近づいて正体を確認しに行った。……いいリアクションが期待できそうだな。
「ふわぁぁあああっ!?」
期待通り、いやそれ以上の反応に俺は腹を抱えてうずくまる。くくくっ……ふわーって。ふわーって。
やがて死体の傍にアクアが近づき、
「……アンデッドに成りかけてるわね。二人とも、ちょっと待っててね」
言いながら、アクアが何やらぶつぶつと祈りの様なものを捧げると、亡骸を淡い光が包み込む。おお、なんかプリーストっぽいな。……そういえばプリーストだった。
「でも、ふわーっ!はないわよ、当初は一人でダンジョン潜るとか言ってた人がふわーっ!は。プークスクス!」
「本当にダンジョンの奥深くに置き去りにしてやろうかコラ」
この通り聖職者らしさほぼ無いから忘れかけてたぜ。確かに面白かったけど。
……!
何かが向かって来やがるな……反応は6つ、か。まあ気配は大して強くないから雑魚だろう。同じく敵感知スキルで気づいたカズマとアイコンタクトを交わし、そしてカズマはアクアに敵が来ている方向を指で指し、向かって来ている方向とは反対側の通路に逃げるぞと、アクアの方に向けて親指を指してジェスチャーした。
「なになに?変な動きして。この私に指芸披露?ちょっと灯り付けなさいよ。影で、キツネやウサギなんてヌルイのじゃなく、機動要塞デストロイヤーを見せてあげるわ」
それはちょっと見てみたい。
「違うわ!だから、デストロイヤーってのは何なんだよ!敵が来てるから向こうに逃げようってジェスチャーしたんだ!ってああっ!?こんなことしてる間に反応が強く-」
「紅魔撃滅拳!」
カズマがごちゃごちゃ言ってる内に、俺は向かってきたモンスター……グレムリンの群れの内の二体を残してシバき倒した。
「残ったそいつらはオメーらでやれ!」
「わ、わかった!」
「え、エクソシズム!」
俺の言葉に頷くと、カズマは暗闇の中で剣を引き抜きグレムリンに斬りかかり、アクアは退魔魔法で浄化した。
「ダンジョン内でくだらねー内輪揉めしてんじゃねーよ、流石にもうちょっと緊張感持てや」
「わ、悪かったよ……しかし何だったんだこいつらは。暗視じゃ形は分かっても、物の色が見えないから流石に正体までは分からないぞ」
足元に転がる数匹の小さな人型の死体。
それを見ながらアクアが言った。
「グレムリンって言う下級の悪魔ね。ダンジョンは地上よりも魔力が濃いから、弱い悪魔がたまに湧くのよ」
「………………なあ、ちょっといいか?お前って、暗闇の中でもかなりしっかり見えちゃう?」
カズマの疑問にアクアが、
「昼間と変わらないぐらいには、はっきりくっきり見えるわよ?それがどうかした?」
「馬小屋で一緒に寝てる時……夜中、何か見た?」
「え?何も見てないわよ。ゴソゴソ音がし出したら、反対側向いて寝るようにしてたから」
「……………………ありがとうございますアクア様」
「年相応にお盛んなのは結構だけどよー……そういうしょーもねー雑談は地上でやってくれや」
「盛ってねぇしやらねぇよ!?」
……なんつーか、ダンジョン探索というよりただの珍道中だなコレ。
とんでもなく強大な魔力の持ち主がダンジョンに潜んでるのに、その報連相をあっさりすっぽかすみんちゃす。
相変わらずの問題先送り型人間です。
【ケイオス教】
混沌の女神ケイオスを信仰する宗教。信者の数は流石に国教のエリス教程ではないが、アクシズ教に比べればかなりの人数を抱えている。しかし一人一人の信仰心はかなり希薄……と言うより、あまり信心深く無い人達やいい加減な人達が大抵この宗派を選ぶと言った方が適切か。
入信しても気軽に辞めることができ、他の宗派との兼任も自由、お祈りや礼拝の義務も無く、悪魔やアンデットへの対応も個人の判断に委ねられる。その日本人顔負けのゆっるゆるなスタンスから、日本人転生者は大抵ここに所属する傾向にある。主神の司る『混沌』は「光と闇の~」みたいな中二テイストなものじゃなく、「とっ散らかって全てがごっちゃごちゃになってる」みたいなニュアンスの『混沌』じゃないかという説もある。
ケイオス教教義
その①汝、己のルールに従って生きるべし
その②以降は特に無し