【sideカズマ】
「ううっ……。カズマ、いますか? 離れないでくださいよ?」
「いるよ。心配しなくても置いてったりしないから、早くしてくれ」
みんちゃすの無機物へのパワハラを見届けた後、そろそろ限界が近かったこともあり俺とめぐみんは近場のトイレに逃げ込んだ。
先に用を済ませた俺は、めぐみんが出てくるのをドアの前で待っていた。俺がどこかへ行くのが怖いのか、先ほどからしきりに話しかけてくる。
「……あの、カズマ。流石にちょっと恥ずかしいので、大きめの声で歌でも歌ってくれません?」
「何が悲しくてこんな深夜にトイレの前で俺が歌わなきゃならないんだよ! どうせこれから野外とかダンジョンで何度もこんな状況あるだろうが!」
そうめぐみんにツッコミつつも、実は待ってる俺も微妙に気恥ずかしかったので、仕方なく歌い出した。
……ちょっとした悪ふざけを添えて。
「…… ドゥルルルル~ンドゥルルルル~ン♪ ドゥルルルルットゥドゥルルルル~ン♪」
「カズマ!? 何ですかこの世にも奇妙な曲は!? 何故か震えが止まらないのでやめてください!」
「来~る~♪ きっと来る~♪ きっと来る~♪ きっと来る~♪」
「何が来るのかは知りませんが本当に来たらどうするつもりですかぶっ殺しますよ!?」
歌ってて俺も恐ろしくなってきたので、悪ふざけはこの辺にして日本の歌を、適当にアカペラで歌う。
「…………ふう。えっと、もういいですよカズマ。随分変わった歌ですね? 前から思ってたんですが、カズマってどこの国出身の人なんですか?」
「夜中にトイレの前で歌う風習がある、日本って言う素敵な国の出身だよ。ほら、とっととアクアを探して合流しようぜ」
我ながら適当な事を言う俺の後を、無言でぺたぺたとついてくるめぐみん。
今の状況では俺とめぐみんは悪霊に対して何の抵抗もできないので、一刻も早くアクア達と合流したい。
と、その時だった。
俺とめぐみんがトイレの手洗い場から廊下に出ようとすると……。
カタカタカタカタッ
例の不気味な音が聞こえてきた。俺はトイレの手洗い場のドア前で身を屈めた、隣ではめぐみんが俺の服の裾を掴みんで震えながら身を寄せてくる。
怖い、人形マジ怖い。
夜中に西洋人形に追いかけられるというのは、ホラー映画とかでは使い尽くされたありきたりなシチュエーションだろうが、実際に体験してみると尋常じゃなく怖い。
さっきのみんちゃすのパワハラを見る限り、どうやらあの人形は原型留めなくなる程ぶっ壊せば動かなくなるらしいが……武器も無しに後衛職のめぐみんや最弱職の俺がそんなことできる筈もない。……あれ? みんちゃすも後衛職じゃなかったっけ?
「たたたた、太古の真名の名において、原初の力を解き放て……!」
「こらっ、お前は何を唱えてる! この屋敷ごと吹き飛ばす気かっ! つーかそんなもん使ったら、絶対みんちゃすも起きちまうだろうが!」
恐怖のあまり爆裂魔法の詠唱を始めためぐみんの口を塞ぎ、そのまま暴れない様に身体を押さえる。こいつの爆裂魔法なら木っ端微塵にできるんだろうが、それやっちゃったら屋敷まで木っ端微塵だ。もっと言うなら轟音で叩き起こされて怒り心頭のみんちゃすによって俺達も木っ端微塵だ。
……いつの間にかあのカタカタ言う音がドアの前で止んでいる。震えながら俺の手を掴み、こちらを見上げてくるめぐみん。
……やるしかないか!
「めぐみん、ドアを開けたらお前は走れ! 俺は覚えたてのドレインタッチで、人形から魔力の一つでもぶん取ってやる!」
俺が叫ぶと、めぐみんは口を塞がれたままでコクコクと頷いた。
ええい、ままよ!
「おらあ! かかってこいやこのクソ悪霊があああああ! 後でウチの狂犬女神とヤクザ魔法使いけしかけてやんぞこらああああ!」
清々しいほど他力本願な脅し文句を叫びながらドアを勢い良く押し開けると、ごっ! と何かがドアにぶち当たる。好機と判断した俺はめぐみんの手を掴みドアの外へと飛び出すと、そのまま一気に駆け抜けようと…………
「アクア!? お、おいアクア、大丈夫か!?」
駆け抜けようとした俺はドアの前に顔を押さえてうずくまるアクアと、傍に力を失い転がる人形……そしてアクアに声を掛けるダクネスの前で固まった。
「……ふう、これでよしっと。結構居たわねー。結局朝までかかっちゃったじゃないの」
「まったくだ、おかげで眠くて仕方ねーっつーの……」
「お前は一切協力しなかった上に、ついさっきまでぐっすり寝てただろうが……」
アクアが人形に憑いた最後の悪霊を浄化して、明るくなってきた窓の外を見て呟いた。
流石はアンデットスレイヤーと言うべきか、この広い屋敷の悪霊をたった一晩で退治してしまった。
「ふむ、一応ギルドに行って報告した方がいいだろう。臨時報酬ぐらいは貰えるかも知れないし、この街に急に悪霊が増えた原因も知りたいしな」
ダクネスの言葉に、やたら不機嫌そうなみんちゃす以外が全員が頷いた。
ダクネスとめぐみんには散らかった屋敷内の後始末を頼み、俺とアクアとみんちゃすはギルドへ報告に行く事に。
その道中……。
「ところで、屋敷に憑いた貴族の隠し子って話はどうなったんだよ。俺達には危害は加えない、悪い霊じゃないって話じゃなかったのか?」
アクアがその言葉にポンと手を打ち。
「ああっ! そういえばそんな子も居たわね! 安心して、今回の件はどこからともなくやって来た野良幽霊の仕業だったわ。でも私の高級酒を飲んだのは、多分貴族の隠し子の方だと思うの! ねえみんちゃす、飲まれちゃったお酒、除霊の必要経費って事で……」
「心配しなくてもまた分けてやるから騒ぐな眠いんだよコラ……まあ、その前に落とし前つけなきゃならねーかもしれねーがな」
未だに不機嫌そうなみんちゃすの何やら不穏そうな言葉は気になるが、とりあえず後回しにしてギルドのドアに手を掛けた。
「おはようございます。ちょっと早いんですが、報告したい事があるんでいいですか?」
俺達は屋敷での出来事を説明すると、受付のお姉さんはアクアの冒険者カードを見てなるほどと頷く。
「確かにこの案件では、悪霊が街に蔓延っているということで、様々な所から相談を受けております。街に居るモンスターを退治したと言う事で、僅かですが臨時報酬が出ます。ご苦労様でした」
その言葉に、俺とアクアが無言でガッツポーズを取った。……しかしみんちゃすは未だに不機嫌なままだ。
受付のお姉さんは尚も続ける。
「お手数をかけて申し訳ないです。悪霊が急に増えた原因なんですが、分かりましたよ。街の共同墓場があるじゃないですか? あの墓場に何者かがイタズラか何かで、神聖属性の巨大な結界を張ったんですよ。それで、墓場で発生した霊が行く所を失って、街の中の、人の居ない空き家等に住み着いたみたいで……」
それを聞いたアクアが、ビクンと震え、動きを止めた。
…………。
「ちょっと失礼」
俺はお姉さんに断って、アクアをギルドの隅に無言で引っ張って行く。みんちゃすも無言で俺達に続く。
「……おい。心当たりがあるな? 言え」
「…………はい。ウィズに、墓場の迷える霊を定期的に成仏させて欲しいって頼まれてたじゃないですか」
「ああ」
「でも、しょっちゅう墓場まで行くのってめんどくさいじゃないですか
「ああ」
「それで、いっそ墓場に霊の住み場所をなくしてやれば、その内適当に空気に散って居なくなるかなーって…………」
観念した様に、素直に敬語で白状するアクア。つまり手抜きしたこいつの所為で、墓場にいられなくなった霊が街に迷い込んで来た訳だ。
…………なんというマッチポンプ。
これはどう考えてもダメだろ。
「もしかしたらとは思っていたが……本当にテメーのせいだったとはな」
「ひっ……!」
俺が何か言う前に、両目を輝かせたみんちゃすがアクアの胸ぐらを掴み上げた。アクアは小さく悲鳴を上げて逃げ出そうとするが、筋力差があるためみんちゃすの手を引き剥がせない。
「テメーのせいで眠くて仕方がねーだろうがボケェェェェッ! 悪鬼羅刹掌ォォォオオオオオッ!」
「ゲボァッッッ!?」
あのダクネスをも沈めた渾身の掌底を腹に叩き込まれ、アクアは女神が出したらダメな気持ち悪い断末魔を上げてその場に倒れ伏した。
馬鹿を始末したみんちゃすは、その後俺にげんなりとした顔を向けてきた。
「……後で不動産屋にゃ詫び入れにいかねーとな」
「そうだな……ギルドからの臨時報酬も断ろう」
アクアが意識を取り戻してから(腐っても女神だけあってすぐに回復した)俺達はギルドを後にし、と一先ずダクネスとめぐみんに報告しようと屋敷に帰ると、昨日の不動産屋の男がそこにいた。
「これはこれは。どうなったか心配で様子を見に来たのですが……無事、除霊は済んだ様ですね」
……いたたまれない。ものすごーくいたたまれない。腐れ駄女神のアクアも、アクセル一残虐と評判のみんちゃすですら気まずそうに目を逸らしている。
俺達は事情を話し、除霊の済んだ屋敷を返す事を店員に告げるが……。
「なるほど。……でも、できれば今後もこの屋敷に住んで頂けると有り難いのですが。なにせこの屋敷は広い分、他の物件よりも大量の悪霊が住み着いて暴れておりましてね。おかげで随分と悪評が…………」
「「すんませんしたっ!」」
「……誠に申し訳無い」
俺とアクア、そしてみんちゃすが地に頭を付けて土下座すると、男が慌てて言ってきた。
「ああ、いいですいいです! 頭を上げてください! ええっと、こうしましょうか。あなた達はこのまましばらく、この屋敷に住んでください。この屋敷を除霊出来たと言う事は、よほど実力のある冒険者なのでしょう。冒険者に貢献するのは、この街の住民の義務ですよ。そしてあなた達に長く住んで頂ければ、悪霊屋敷の評判もいずれは消えますので……」
男の太っ腹な条件に、俺達は再び地面に土下座する。
「ああ、止めてください止めてくださいっ!」
この屋敷に住む条件として、二つの事を頼まれた。その条件というのがちょっと変わった物で、まずその内の一つが……
「冒険が終わったら夕食の時にでも、仲間と一緒にその冒険話に花を咲かせて欲しい、か……」
「随分と妙な条件だよなー」
屋敷の庭で日向ぼっこしながら呟いたみんちゃすの言葉に、俺はそうだなと同意する。
「それにしても……悪かったなみんちゃす、あのバカのせいで土下座なんかさせちまって」
「あー? 確かに屈辱の極みだが、とばっちりはお互い様だろ? ……それに仲間の不始末はパーティー全員の責任であり、それを知らぬ存ぜぬと言い張るのはダサ過ぎる上に仁義にもとるからな……親分と会う前の俺ならどうだったかわからんがな」
……仁義? 親分?
「何か聞き逃せないワードがちらほらあったんだが。お前、日頃からヤクザ魔法使いだの言われてるけど……実はマジモンだったりする?」
「さてね」
そう言うとみんちゃすは仰向けに寝転び、そのまま夢の世界へ旅立った。追求したいのは山々だが、寝ているこいつを無理矢理起こす危険性を知ったばかりなので仕方なく断念する。
ちなみに、もう一つの条件とは……
「カズマさん、みんちゃすさん、こんにちは! お墓の掃除ですか?」
屈み込みながら草むしりをしていた俺は、背後から声を掛けられる。振り向くと昨日よりも顔色の良くなったウィズがいた。
「ウィズか。……みんちゃすは今寝てるから起こさないでくれ。でないと最悪、また紅魔爆焔覇とやらを叩き込まれるかもしれないぞ」
「は、はい、気をつけます……」
以前のあれがトラウマになっているのか、ウィズは再び顔色が悪くなる。
「昨日は悪かったな。重ね重ねウチのバカが迷惑かけて」
「いえいえ。むしろ、私としてはこれで良かったと思ってますから。……これならきっと寂しくないでしょうし」
ウィズはよくわからない事を言いながら、俺に向かって笑いかける。
ここに住むにあたってのもう一つの条件……それは、屋敷の庭の隅にある、この小さな墓の手入れをすること。
という訳で俺は早速墓の周りの草むしりをしていたのだが、ウィズはせっせと草をむしる俺を見て何故か嬉しそうにしている。
屋敷に寄って行かないのかと聞くと、店番があるので帰りますと言い残し、ウィズは頭を下げて帰って行った。
それを見届けてから俺は小さな墓に水を掛け、墓石を綺麗に洗ってやる。
と、墓石にはかすれた文字が刻まれていた。きっとこの墓の下に眠る誰かの名前だろう。
所々かすれて見えないが、どうにかアンナという名前が読み取れた。
アンナ……アンナ?
最近どこかで聞いたことがあるような……?
墓の前に屈み込んで悩んでいると、屋敷の方から声が掛かる。
「カズマー! もうご飯できてるから、はやくきてーはやくきてー! 早く来ないと、せっかくのお昼が冷めちゃうんですけど!」
見れば、屋敷の窓から顔を出し、アクアがこちらに手招きしていた。みんちゃすはいつの間にか庭からいなくなっているが、いつ屋敷に戻ったのだろう。
「わかったよ。待ってろ、今行くからー!」
俺はアクアに叫び返すと、墓の表面を布で吹き、水気を取り除いてやった。
墓石には『アンナ=フイランテ=エステロイド』と彫ってある……やっばわり最近どこかで聞き覚えが……。
「カズマー! めぐみんが、一分遅れるごとにカズマの唐揚げが一つずつ失われることになるって言ってるわ。やっぱり来るのはゆっくりでいいわよ、私達のおかずが増えるし」
「待てこらっ!? そんな横暴が許されるかよ!」
俺は墓の掃除を終えると、屋敷に向かって駆け出した。
基本横柄で横暴で外道でサディストなみんちゃすですが、仲間のためならプライドを捨てられる熱い面もちゃんとあります。