【sideみんちゃす】
アクセルの近くの湖畔にて……
「『エクスプロージョン』──ッッ!」
めぐみんの全魔力を込めた破壊の力が湖の中空で弾け、轟音とともに衝撃波が湖の表面を波打たせる。相変わらずスゲー威力と攻撃範囲だな……。もし仮にこれを連発できる方法が存在するなら、下手したら母ちゃんより脅威になるんじゃないか?
「はふぅ……ど、どうでしたかみんちゃす?」
「どうって……何が?」
倒れ伏しながら要領の得ない質問を投げ掛けてくるめぐみん。何だその漠然とした質問は?
「察しが悪いですね、今の爆裂魔法の点数に決まってるじゃないですか。爆発の出来映えや音圧、周囲への影響など様々な視点から考慮して、総合的に何点の出来栄えだと思いますか?」
「いや知らんし」
そう言えば以前ベルディアの城に嫌がらせしてたときも、カズマがそんな風に点数をつけてたっけ……。
「今日のはおそらく75点前後でしょうね……まったく、そんなことでは一人前の爆裂ソムリエにはなれませんよ?」
「んなもんこれっぽっちも目指してねーよ……。それで、パーカーちゃんはどう思った?」
先ほど無理矢理連行したリーンにも話を振ってみると、肩をびくつかせておののいた。
「えっ、あたし!? というかパーカーちゃんって何!? 名乗ったんだからちゃんと名前で読んでよ!」
「すまんもう忘れた。人の名前覚えんの死ぬほど苦手なんだよ」
まあ嘘だけど。
俺に何を言っても無駄だとようやく理解したのか、リーンは諦めたようにため息をつくと-
「えっと……流石は最強の魔法って言われてるだけあって、物凄い威力ね」
「そうでしょうそうでしょう! なんてったて人類最高火力の魔法ですからね! この圧倒的火力の前ではその他の魔法など塵芥同然! さあ、あなたも爆裂道を歩もうではないか!」
「いやえっと……ごめん、あたしはただのウィザードだから、そもそも爆裂魔法なんて習得できないし……」
「そもそも撃った後倒れるなんざ問題外だこのバカタレが。……とパーカーちゃんは言っている」
「なにおう!?」
「言ってない言ってない!? 勝手に私の発言を捏造しないでよ!」
「じゃあ否定できるのか? 少しもそう思わなかったと自信を持って言えるか? あー?」
そう言うとリーンは無言で目を逸らす。どうやら多少はそう思っていたらしい。さて、そろそろめぐみんを起こすか。
「よーし、飲めー」
「へ? ……ごぼぼぼぼっ!?」
「え、ちょっ、いきなり何やってんの!?」
マルチェロ特製ポーションをめぐみんに飲ませて、体力だけでも回復させる。効果はてきめん、すぐさま俺に食ってかかるめぐみん。
「げほっげほ! いきなり何するんですかみんちゃす!? ……ってあれ? 爆裂魔法を使った直後なのに、立てる……?」
「そりゃ飲ませたの回復ポーションだからな。オメーを背負って帰るのはかったりーんだから文句言うな」
「仮にも女の子と触れ合える機会をかったるいの一言で片付けましたよこの男」
「ちなみにそのポーションは特別製で、10万以上するから味わって飲めよー」
「じゅっ!?」
実家が貧乏で貧乏性のめぐみんは、予想外の金額に堪らずフリーズする。マルチェロから定期的にただで貰ってる物だからそもそも出費は全く痛くねーが、こいつのこんな顔を見られただけで一本消費しただけの価値がある。
「さて、それじゃパーカーちゃんの魔法特訓でもするかー」
「えっ、本当にするの? てっきり嫌がらせか何かで連れてきたのかと……」
「まあ半分は嫌がらせだな」
「やっぱり嫌がらせだった!?」
「もう半分は気まぐれだ」
「えぇ……」
「諦めてくださいリーン。みんちゃすは横暴という概念が人の形を取っているような男と里でも評判でしたから」
こいつも失礼な奴だな。鍛練とか言って物心ついたばかりの俺を、モンスターの群れに放り込んだことのある母ちゃんよりはマシだろう。いやあれは子供ながらに鬼かと思ったね、うん。
「とりあえず、今のオメーがどんなもんかわからねーと話にならねーし……オメーが一番得意な攻撃魔法は何だ?」
「えっと、『ファイアーボール』かな」
火属性の中級魔法か……予想以上にシケた魔法だな……。
早くも俺のモチベーションが低下するが、ここで投げ出すのは流石に人としてアレなのでどうにか続行する。
「んーやっぱ間近で直接見た方が手っ取り早いよなー。……よしパーカーちゃん、俺に向かって撃ってこい」
「なんで!?」
「何いきなり訳のわからないこと言い出してるんですか? もしやあなたもダクネスと同じ性癖を……あっ、冗談です、『雪月華』に手をかけないでください」
失礼千万なめぐみんを無言で威嚇してから、俺はリーンからある程度距離を取る。
「よし、撃て」
「いやだから、なんでそんな危ないことを……? そんなことしたら、みんちゃすに怪我を-」
「するわけねーだろ。オメーのしょっぱい魔法なんざ警戒にも値しないから、安心して撃ってきやがれ」
「……上等よ、後悔しても知らないからね」
流石にかちんときたのか、リーンは険しい表情で呪文の詠唱をし始める。
そして、
「『ファイアーボール』ッッッ!」
先ほど俺に怪我させないか心配してた奴とは思えない、過剰な魔力が込められた火の玉が俺に向かって飛んできた。が、
「ていっ」
俺は
「……え?」
よし、独学とはいえ修行の甲斐あってどうにか体全体ではなく、体の一部分だけから闘気を放出できるようになったな。これで多少は燃費が良くなった。……それでもまだ長期戦には向かないけどな。独学ではこの辺りが限界か。
「ちょ……ちょっと待って!? 今何が起こったの!? あたしの最大火力を、そんな虫を払うみたいな感じに……」
「か、格好良い……! 凄いですみんちゃす! それが冬将軍との戦いの最中に覚醒したという、古の紅魔族の御技『紅蓮の闘気』ですか! うぅ……私も使ってみたいですが生命力を削る関係上、爆裂魔法とは併用できないのが残念です……」
「え、クリムゾン……何? ……というか冬将軍!?」
目を輝かせて興奮するめぐみんはともかく、リーンは何が起きたかさっぱりわからないようなので、俺は一から十まできっちり教えてやった。
「ほぼ全ての魔法を寄せ付けない闘気って……何それ、そんなの魔法使いに勝ち目無いじゃん」
「そうでもねーぜ? 流石に爆裂魔法クラスの攻撃は、纏った闘気ごとぶち抜かれるだろうし」
「当然です。流石は我が爆裂魔法、いかなる手段をもってしても抗うこと叶わず……!」
実際マジでそうなんだよな……ネタ魔法扱いされてるとはいえ、建設的な攻略法は今のところ撃つ前に潰すぐらいしかない。
「……さて、それじゃパーカーちゃんの魔法についてだが……0点。論外。全然ダメ。良いところ無しのクソ魔法だ。これじゃあ初心殺しから尻尾巻いて逃げるのも無理ねーな」
「う、うぅ……欠片も容赦が無い……」
「ダメな点は大まかに分けて二つ。まず一つ目だが……オメーさっき魔力を過剰につぎ込んで威力を上げようとしただろ?」
「え? う、うん」
魔力を多く込めれば魔法の威力は上がる。魔法を扱うものにとってそれは最早常識だ。
ただし……
「詠唱が必要になる魔法になってくると、ただ魔力を多くつぎ込むだけでは大して威力は上がらねーんだよ」
「……えっ、そうなの?」
「勿論多少は上がるが、つぎ込んだ魔力には決して釣り合ってねーレベルでだ。手っ取り早く威力を上げるにはそんな非効率な手段よりも、まず正しく詠唱を行うことだ」
「正しくって……あたしは詠唱を間違えたりしてないよ」
的外れな反論をしてくるリーン。
俺は鼻で笑ってから説明を続ける。
「ハッ、アホかオメーは。さっきの詠唱のところどころに多少の訛りがあったし、挑発されて怒ってたせいか、手早く済ませてしまおうって考えが見え見えのテンポだったじゃねーか。詠唱ってのはただ漠然と唱えてりゃ良いってもんじゃねーんだよ。テンポ、抑揚、滑舌、発音、呼吸のタイミング……それら全てを完璧に仕上げて初めて正しい詠唱なんだよ」
無理矢理つれてきた当初は表情からしてげんなりしていたリーンだが、予想していたより真面目なレクチャーだったため、今では真剣に聞き入っている。
「中級魔法の詠唱だけでも全部やるには全然時間が足りねーし、とりあえずさっき撃った『ファイアーボール』の詠唱だけでも矯正するとしようか。めぐみん、手伝ってくれ」
「わかりました」
「お、お願いします」
それから30分かけて俺とめぐみんで、リーンに正しい『ファイアーボール』の詠唱を叩き込んだ。中級魔法と言えど一時間で熟達できるもんじゃないだろうが、まあ多少はマシになったとは思う。
「続いて二つ目だが……魔力の込め方が下手すぎる。あれじゃあ魔力のロスが多すぎて、あっという間にガス欠しちまうぞ」
「うっ……。確かに全力で魔法使ってると、すぐ魔力が切れちゃうような……」
「おそらくだがオメー、感覚で魔力を込めてるだろ。ちゃんとイメージしなきゃダメだ」
「イメージ?」
「そう、イメージだ。そうだな……ちょっと自分の魔力をオメーの杖に集めてみろ」
「魔力を、杖に?」
「魔力ってのは体内にあるものだ。それを自由自在に操れれば、魔法の精度や魔法耐性も上がるし魔力効率も良くなる。まあこれは一朝一夕でできる技術じゃねーから。とりあえずは基礎中の基礎、魔法の媒介となるものに魔力を集めることからだ」
「な、なるほど。よし……はあぁぁぁあああ!」
「勢いで誤魔化そうとすんじゃねーよ」
「ふぎゃっ!?」
全然これっぽっちもできていなかったので、頬を軽くひっぱたいて叱責する。
「~~~っ! ちょっとみんちゃす! いくらなんでも君、暴力的過ぎない!? そんなんじゃ女の子に嫌われるわよ?」
「有象無象の覚えが悪かろうが何の不都合もねーよ。俺が欲しいのは最強の座だけだ」
俺がそう言い切るとリーンは唖然として絶句し、めぐみんは呆れたように溜め息をつく。
「残念ながらみんちゃすは結構モテるのですよ。確かに脳筋で横柄でド外道ですが、見てくれは良いし意外と面倒見も良いので」
「……そう言われると、そうだね……」
「まあ本人はこの通りですから、決して誰とも進展しませんが」
そんなリーンにめぐみんが、俺に聞こえない声量で何かを耳打ちする。多少は気になるが時間も押していることだし……。
「ほら、無駄話してねーでさっさと続けろ」
「うぅ……わかったわよ……」
その後四苦八苦しながら1時間かけて、ようやく及第点レベルまでこぎ着けた。
「よし、じゃあ最終チェックだ。もう一度俺に『ファイアーボール』を撃ってこい。溜まりに溜まった鬱憤をここで晴らすんだパーカーちゃん」
「誰のせいで鬱憤が溜まったと……絶対吠え面欠かせてやるんだから」
もう一度距離を取った俺に、リーンは杖を向けながら詠唱を唱える。さっきのお粗末なものとは違い、紡がれる言葉に淀みのない綺麗な詠唱だった。魔力も媒介となる杖にしっかり集まっている。
「『ファイアー・ボール』!」
そして放たれた火球もまた、先ほどのものとは一線を画す威力を秘めていた。これだけのファイアーボールなら、初心殺しにもある程度の痛手を与えられるだろう。
「ていっ」
まあ同じように
「……うん、そういや大抵の魔法効かないんだったよね……」
「だが多少の進歩は見られたぞ? そのことは自分でも実感できたんじゃないか?」
「うん。これならまた初心殺しに遭遇しても、倒せはしないまでも逃げる時間くらいは十分稼げそう」
まだゆんゆんの足元にも及ばないだろうが……まあ、1日にしちゃそこそこ伸びたんじゃねーか?
「それじゃあ今日はお開きだ、また気が向いたらレクチャーしてやるよ。帰るぞめぐみん」
「そうですね、そろそろ夕食時ですし」
俺はめぐみんを連れて、アクセルの街の屋敷へ向かって歩きだした。
「……あ、あのっ、みんちゃす!」
「あー?」
そんな俺を呼び止めるみんちゃす。振り替えるとリーンが、何やら照れ臭そうにしている。
「誘い方は流石に強引過ぎだったけど、その……色々教えてくれてありがとね」
「そりゃどうも。魔法だけでなく頭も使ってこその魔法使いだ。それを忘れずこれからも頑張れよ……じゃあな、
帰り道にめぐみんが、呆れたような表情で……。
「みんちゃすあなた、本当にいつか刺されますよ?」
「上等だ、返り討ちにしてやる」
「いやだからそういうことじゃなくてですね……まあ何を言っても無駄ですか……」
呆れたように露骨に溜め息をつきつつ、バカを見るような目を向けてくるめぐみん。ちょっとイラッとしたから無言で大般若鬼哭爪で首根っこを締め上げる。
「痛たたたたたたた!?」
「オメーも懲りねーな」
溜飲が下がるまでしばらく悲鳴を上げさせてから解放する。
「げほっげほっ……! まったく、いつまでたっても暴力的ですねあなたは……」
「『ムカつく奴は皆殺し』が紅魔族の掟だから仕方ねーよ」
「ありません、ありませんよそんな掟!? どんな無法者集団ですか!?」
無法者集団みたいなもんだろ実際。
「……そう言えばみんちゃす。授業中ほとんど寝ていたのに、よく正しい詠唱の仕方を知っていましたね?」
「あんなもん魔法の本一冊読めば覚えられるだろ? 俺の知力べらぼうに高いの忘れてねーか?」
「そう言えばそうでしたね……。というか、だったらなんで思考回路がそんな脳筋なんですか?」
爆裂狂のこいつにだけは言われたくねーんだけど。
「あと気になっていたのですが、魔力の扱いなんて授業で習いましたっけ」
「あれは里を出てから知り合ったとある魔法使いに教えてもらった技術だ。……というか、そもそも授業でする必要もねーんだよ。紅魔族だったらわざわざ教えられなくても、生まれつき最適な魔力の扱いをなんとなく心得てるもんだ」
…………そう、出来損ないの俺を除いてな。
みんちゃすは魔力のみならず、一般的に魔法使いに求められるである資質のほぼ全てで、(紅魔族基準では)ダントツで落ちこぼれです。
そして現在でこそ「物理最高暴力最高わはははは!」なスタンスですが、どうやらその路線を選ぶことに抵抗がなかった訳ではなさそうですね。そしてみんちゃすの王道な魔法使いへの憧れと劣等感は、無意識に未だ心の奥底で根付いています。
周りからすると「落ちこぼれ(笑)」「才能が無い(笑)」ですが、みんちゃすにはみんちゃすなりのコンプレックスがあるのです。