【sideカズマ】
「カズマ、お帰りなさい! 喜びなさいな、今日の晩御飯は凄いわよ! カニよ! さっきダクネスの実家のお父さんから、超上物の霜降り赤ガニが送られて来たのよ! しかもすんごい高級酒まで付いて! パーティメンバーの皆様に、普段娘がお世話になってる御礼です、だってさ!」
屋敷に帰ると、アクアが満面の笑みで出迎えてくれた。
どうやら世界が変わった程度ではカニ=高級という絶対の定義は崩れないようだ。日本に住んでた頃でもろくにカニなんて食えなかった身だが、まさか異世界で食うことになるとは……。
「はわわわわわ……、貧乏な冒険者稼業を生業にしておきながら、まさか霜降り赤ガニをお目にかかれる日が来るとは……! 今日ほどこのパーティに加入して良かったと思った日はないです……」
「そんなに高級なカニなのか?」
霜降り赤ガニとやらに仏壇よろしく拝み出しためぐみん尋ねてみると、やたらとオーバーアクション気味に拳を振り上げ力説した。
「当たり前です! 分かり易く例えるならば、このカニを食べる代わりに今日は爆裂魔法を我慢しろと言われれば、大喜びで我慢して、食べた後に爆裂魔法をぶっ放します。それぐらいに高級品ですよ!」
「おお、そりゃ凄……! ……あれ? お前今最後なんて言った?」
「諦めろカズマ、こいつはこういう奴だ」
そう言いながら蟹の殻に、綺麗に剥きやすくなるよう切れ込みを入れていくみんちゃす。めぐみんやアクアのようにはしゃいでいなかったり、やけに手慣れていることからも、みんちゃす程の上級冒険者ともなるとこういった高級食材も、食べる機会に不自由していないのかもしれない。
アクアが嬉々として人数分のグラスを持ってきたところで全員で食卓に着き、早速霜降り赤ガニを食す。パキッと割ったカニの足から取り出した、白とピンクの身を酢に付けて、そのまま頬張る。
………………うまっ。
あかん、これは止まらん!
他の皆も黙々と無言でカニを食べていた。なんだこれ死ぬほど美味い! グルメ細胞も進化しちゃうレベルでべらぼうに美味い! やべーよこれグルメ界に進出できちまうよ。
俺はそのままカニの甲羅をパカッと開くと、そこに付いていたカニ味噌を……
「カズマカズマ、ちょっとここにティンダーちょうだい。私が今から、この高級酒の美味しい飲み方を教えてあげるわ」
言いながら、早々と甲羅に付いたカニ味噌を平らげていたアクアが、小さな手鍋の中に炭を入れその上に金網を置き、簡単な七輪の様な物を作った。
「ほら、ティンダ-」
言われるままに炭に火を付けてやると、金網の上に僅かにカニ味噌の残った甲羅を置く。
そのまま甲羅の中に、日本酒の様な透明な酒を注いでいく。
アクアは上機嫌で軽く焦げ目が付く程度に甲羅を炙って、熱燗にしたそれを一口すすり……。
「ほぅっ……」
実に美味そうに息を吐いた。
行動はおっさんそのものだが、それを見ていた全員がごくりと喉を鳴らし、皆と共にそれを実行しようとした俺は、はたと気付いた。
―これは孔明の罠だ!
カニの犯罪的な美味さにすっかり忘れていたが、実はこれからサキュバスのお姉さんが精気を吸いに来てくれるのだ。精気を吸う際に予め希望した夢を見せてくれるが、酒飲んで泥酔してたら夢が見れないとも聞いている。
落ち着けクールになれ。俺は鋼の精神を持つ男だ。耐える力を持つ男だ。
「!? これはいけるな、確かに美味い!」
惑わされるな!
ダクネスのあんな声に惑わされるんじゃない!
一口でも口にすればもう手遅れだ。もうどうにでもなれとばかりに酒を飲み続けるのを止められなくなる。
「ダクネス、私にもください! いいじゃないですか今日くらいは! それに私と同い年のみんちゃすも飲んでるんですし!」
「ダメだ、めぐみん達にはまだ早-ってみんちゃすいつの間に!? こら、抵抗しないでその酒瓶を寄越せ! 子供の内から酒を飲むとパーになるぞ!」
「つまりオメーがパーなのは、子供の頃から飲んでたからってわけか。自分のこと棚に上げてんじゃねーよバカヤロー」
「誰の頭がパーだ!?」
「モンスターにボコられて酷い目に遭わされたいなんて、まともな奴が抱く願望じゃねーだろ。だいたい俺は物心ついた頃から母ちゃんに薦められて飲んでたんだ、今さら控えたところでもうおせーよ」
「何考えてるんだアステリア様!? えええい、屁理屈こねてないで言うことを……カズマ?」
そんな不毛なやり取りをよそに、密かに我慢している俺を見たダクネスが首を傾げる。
「……どうした、酒を飲んだ事はないのか? ……もしかして、家のカニが口に合わなかったか?」
そんな事を言って、ちょっと不安そうな表情を浮かべた。
ちがう、そうじゃない。
「いや、カニは凄く美味い、それは間違いない。ただ今日は昼間に、キース達と飲んできたんだ。それに俺はまだ酒の味なんて分からないし、今日の所は酒はいいかな。……明日! 明日貰うよ」
俺の言い訳にと安心した様に笑うダクネス。
やめろ、そんな純粋そうな顔で笑わないでくれ!?普段はロクでもない事を口走って俺をドン引きさせてるクセに、なんでよりによって今日に限ってそんな……!
「ほーん? あんた、明日までこのお酒残ってると思ってんの? 勿論私が全部飲んじゃうわよ? これをのまないとはとんでもない! わーい、カズマの分まで私が飲もう!」
いつも通りの反応だとそれはそれでイラっとするんだがな。
「……ん、そうか。なら、せめて沢山食べてくれ。日頃の礼だ」
何だか後ろめたい事をしている気がして良心がが痛む。
もう皆と一緒に酒飲んで忘れちまえばいいんじゃないか? わざわざ来てくれるサキュバスのお姉さんには明日謝りに行こう。こいつらと楽しく飲んで、また明日から頑張ろう。
たかが希望した願望が、そのままリアルな夢になって出てくるってだけの話だ。
そして見た夢は朝起きても忘れる事は無いらしい。たかがそれだけの事だ。
本当に何が大事かを考えろ。そして指定されたアンケートに自分が何を書いたかを思い出せ。
…………そう、最初から何も悩む必要なんて無かったんだ。
俺はカニをたらふく食うと、立ち上がり。
「それじゃちょっと早いけど俺はもう寝るとするよ。ダクネス、ご馳走さん。お前ら、お休み!」
俺はもう何も迷う事なく晴れやかな気持ちで、自分の部屋へと早々と引き込もった。
【sideみんちゃす】
自室にて。
「ったく……あのバカに邪魔されたせいで、結局大して飲めなかったな」
この俺に対して力づくでは無理だと判断したのか、「この酒はウチの家からの差し入れだから、飲ませる飲ませないは私が決める!」なんて身も蓋もない強権発動しやがって……まあ貧乏貴族がなけなしのポケットマネーを使って差し入れてくれたんだ、少しは尊重してやるか。
あの酒……『
「さて、良い感じにアルコールも入ったことだし、闘気の修練にでも励むとするか」
母親譲りの酒豪である俺は、一升や二升ではシラフと大差ない。どころか、どういうわけかむしろ集中力が増すので、酒飲んだ後に鍛練すると凄く効率が良いのだ。
安い酒は舌が受けつけないからこの状態には滅多にならねーけどな。それに親分にも、飲むなとは言わんがお前はまだ若いんだから程々にしておけって言われてるし。
「はぁぁぁあああああ!……んー、やっぱ空中分解しちまうなー……」
俺の闘気術はまだまだ未熟だ。放出する箇所を限定したり、必要な瞬間だけ放出したりすれば多少は燃費もマシになるが、リュウガやラムダやケティ、それにこの間戦ったサリナスは全身に闘気を纏ったまま空中分解せず長時間戦えていた。俺とあいつらとの違いは何なのか、さっきから色々と試行錯誤しているが、一向に成果は得られない。
「やっぱ今度クリアカンに行ったときに、リュウガやラムダやケティに……リュウガにでも聞くか」
ラムダは四六時中女遊びで忙しいだろうし、ケティが人にものを教えられるような奴には思えないしな……。
っといつの間にかこんな時間か。結構疲れてきたしそろそろ寝ようかと思ったその時、
「この曲者ー! 出会え出会え! 皆、この屋敷に曲者よーっー!」
それは屋敷全体にアクアの声が響いた。
「……広間の方か。正直面倒だが、だからといって無視する訳にもいかねーよな」
俺が屋敷の広間に向かってる途中、タオル一丁のカズマとばったり出くわした。俺が何か言う前に、カズマは俺の手を掴んで全力で走り出す。色々とツッコみたいが一つだけ言わせてもらえるなら、なんでこいつそんなにイライラしてんだ?
広間につくと、俺と同年代くらいの小柄なサキュバスが、アクアの手によって取り押さえられていた。それにめぐみんがパジャマ姿のまま、杖を突きつけ威圧している。
なんだこのシュールな光景……?
「カズマ、見て見て! 私の結界に引っ掛かって、身動き取れなくなった曲者が……。って、こっちにも曲者がいた!」
「誰が曲者だ!? ……あれっ、何これ? 何でそこにサキュバスの子が?」
曲者扱いされたことにツッコミながらも、カズマは訳がわからないといった表情になる。さっきまでの怒りも完全に雲散霧消してるし、どうしたんだこいつ?
「実はこの屋敷には強力な結界を張ってあるんだけどね? 結界に反応があったから外に出て見れば、このサキュバスが屋敷に入ろうとしてたみたいで、結界に引っかかって動けなくなってたの! サキュバスは男を襲うから、きっとカズマやみんちゃすを狙ってやってきたのね! でももう大丈夫よ。今こいつを、サクッと悪魔祓いしてやるから!」
アクアの言葉にサキュバスがヒッと小さく悲鳴を上げる。こんな雑魚臭がプンプンする奴に俺を狙うだけの度胸があるとは思えないが……。
アクアはサキュバスから一旦距離を置き、そのままビシと人指し指を突きつけた。
「さあ、観念するのね! 今とびきり強力な対悪魔用の………? カズマ、男のあんたはこっち来ない方がいいわよ? でないとサキュバスに操られて……」
アクアの言葉を無視して、カズマは無言でサキュバスの前に立つと、その手を取ってそのまま玄関に向かって連れていく。
んー、なんつーか……見た感じ操られてる訳じゃなさそうだな。面白そうだし、このまま静観で。
「ちょっ、ちょっとちょっと! カズマったらなにやってんの!? その子はアンタ達の精気を狙って襲いに来た、悪魔なのよ!」
アクアがカズマに鋭く叫ぶ。めぐみんも最初はカズマの様子にあっけに取られていた様だが、武器を構えてサキュバスに鋭い視線を送る。
……んー? あのサキュバス、カズマに小声で何か話してるな。
内容は聞こえなかったがそれを聞いたカズマは、サキュバス背中に庇う様にして俺達に対して向き直った。
そのままサキュバスを玄関に向けて後ろ手に押しつつも、俺達に向かって拳を構える。
「お、お客さん!?」
サキュバスが小さな悲鳴じみた声を上げる。んー……やっぱり操られてるわけじゃねーよな。
「……ちょっと、一体何のつもり? 仮にも女神な私としては、そこの悪魔を見逃す訳には行かないわよ? 袋叩きにされたくなかったら、そこを退きなさいよ!」
アクアが眉根を寄せて、チンピラみたいな事を言う。
「アクア!今のカズマは恐らくそのサキュバスに魅了され、操られている! 先程からカズマの様子がおかしかったのだ! 夢がどうとか設定がどうとか口走っていたから間違いない! おのれ、そこのサキュバスめ、よくもこの私に、あんな……、あんな辱しめを……っ! ぶっ殺してやるっ!」
ララティーナが濡れた髪を揺らしながら、裸足で飛び出してきた。万年発情期のド変態騎士にしては珍しく怒り狂ってるララティーナに、カズマは思わず後ずさりそうになる。
「カズマ、一体何をトチ狂ったんですか? 可愛くてもそれは悪魔、モンスターですよ? しっかりして下さい、それは倒すべき敵ですよ」
めぐみんが呆れた様に、かつ冷たい目線で突き放す様な声で言った。しかしカズマは引き下がらず、サキュバスに早く行けとばかりに手を振った。それを見たアクアが一歩前に出て、腰を落として身構える。
……んー、どうしようか。
「どうやらカズマとはここで、本気で決着をつけないといけないようね……! いいわ、掛かってらっしゃい! カズマをけちょんけちょんにした後、そこのサキュバスに引導を渡してあげるわ!」
そして叫ぶと同時に、カズマに向かって飛び掛った。んー……よし決めた。
「悪鬼羅刹掌(弱)」
「がふっ!?」
アクアが跳んだ瞬間、俺は『エア・ウォーク』でアクアに回り込み、かなり手加減した掌底を腹に叩き込む。手加減したとはいえ空中でそんなものを喰らったアクアは、悶絶して自由落下しうつ伏せに倒れ大きく咳き込む。
そして俺はカズマの隣に悠々と着地。
「みんちゃす!?」
「みんちゃす様!?」
そんな俺に驚愕した表情を向けてくるカズマとサキュバス。……あれ? なんでこいつ俺の名前知ってんの? なんで様付け?
それについて聞く暇も無く、起き上がったアクアが猛然と俺に喰ってかかる。
「げほっ……何すんのよみんちゃす! せっかくの霜降り赤蟹が口から飛び出るとこだったじゃない!」
「ま、まさか……みんちゃすまでサキュバスに操られたのか!?」
「う、嘘ですよね!? もしかしてあのサキュバス、あんな弱そうな見た目で実はとんでもない大物なんでしょうか!?」
おーおーアイツら、何か勝手に勘違いして驚愕してるな。
俺はカズマの、サキュバスの、全員の視線が集まったことを確認し、これ見よがしに『ちゅーれんぽーと』を抜刀する。
「生憎と雑魚を狩るのは俺の趣味じゃねーし、雑魚を寄ってたかってリンチするのはもっと趣味じゃねーんでな……それに何か面白そうだし、俺はこっちに加担するぜ」
「みんちゃす、お前……」
「だけどなカズマ、こいつのためにあれこれしてやる義理なんざねーこともまた事実。んー、そうだなー……めぐみんの相手は引き受けてやるから、ダクネスとアクアはオメーが受け持てや」
「……わかった、助太刀感謝するぜみんちゃす。それじゃあ……かかってこいやぁぁあああ!」
悲しいことにクエスト時よりも勇ましい返答と顔つきで、カズマはアクア達に飛びかかった。
そして俺も、杖を構えるめぐみんに『ちゅーれんぽーと』を突きつける。
「……とまあそんな訳だ。オメーの相手は強大(笑)なサキュバスの魅了(笑)を受けて洗脳(笑)されてしまった俺が相手になるぜ」
「絶対洗脳されてないでしょう!? 半笑いが隠しきれていませんよ! ……いいでしょういいでしょう! あなたと私、最強の座を目指すもの同士……いよいよ雌雄を決すときが来たと言うわけですね!」
「フッ、よくぞ吠えたな紅魔族随一の天才よ……それじゃあついてきな。俺達の戦いに相応しい戦場は、既に用意してあるからよ」
「ふっふっふ、望むところです!」
剣呑な雰囲気を漂わせながら、俺達は決戦の場へと赴く。
「俺の勝ちだな」
「…………」
「それじゃあ約束通り、あのサキュバスは見逃してやれよー」
「…………」
「いやまあ別にどうしてもっつーなら追ってもいいけど、多分もうカズマが逃がしてるんじゃね? カズマの表情、いまだかつて無いほど真剣だったしなー」
「……納得できません」
「あー? 序盤早々に『エクスプロージョン』で勝負を決めたのがそんなに気に喰わねーのか? 確かに誉められた戦術じゃねーが、以前オメーもゆんゆんにやってたじゃねーか」
「そうじゃなくてですね……
なんで勝負の方法がボードゲームなんですかぁぁぁあああああ!?」
俺の部屋にめぐみんの絶叫が響き渡る。
あの後俺の部屋に招き入れた俺はすぐさま例のボードゲームを出し、ポカンとするめぐみんと有無を言わせず対局する。そしてめぐみんが正気に戻る直前に、エクスプロージョンで盤をひっくり返して勝利を収めたというわけだ。
「いやだってオメー、魔力空っぽで今日はもう爆裂魔法撃てねーじゃん。よしんば撃てたとしても爆裂魔法と五光神滅覇の激突なんて、冗談抜きで屋敷が跡形もなく消し飛んじまうだろーが」
「そうですけど! そうですけど!! だからと言ってボードゲームは無いでしょう! だいたいさっきのあの、すごくシリアスな雰囲気はなんだったのですか!?」
「実に紅魔族らしかっただだろ?」
「否定できないのが悔しい!」
どんな勝負方法だろうが勝てばよかろうなのだ。
はい、蓋明けたらこんな落ちでした。