※都合により作者の大好きヤンデレ成分が含まれておりまする。
頑張ります…。
ご感想、評価、どちらも大歓迎ですよー(大声)。
僕の名前はカイル。
貧しい木こりの家に生まれた10歳の子供。
兄弟はいない。
お母さんも僕を産んだ時に産褥熱のせいで死んでしまったらしい。
ただ一人の肉親のお父さんは優しいし、毎日仕事も頑張っているし、僕の世話もしてくれる。
これは、そんな僕が大人になるまでのお話。
湖も凍ってしまうほどの寒い冬。
ネビア国の北東に位置する森の中の木でできた小屋の前。
馬に乗り槍を手にした二人の騎士と、布の薄いぼろ服に毛皮の古い上着を着、地べたに座った男が口論をしていた。
「これではお約束と違います!ここの領主様とは一年間800ドレンの支払いでこの森に住まわせていただくという契約の元で…!」
「黙れ黙れ!こちらの都合が変わったのだ!我々の国ネビアと敵対国のイーストヴァールは現在ピリピリした関係にある、戦争のために蓄えが必要なのだ!税の分上乗せするのは当然のこと!」
「それは存じておりますが…しかし何卒…!私たちはただの木こりでございます!900ドレンだなんてとても…!」
馬の近くで男はひれ伏す。
しかし、踏ん反り返った騎士は担いだランスで地面を叩く。
「うるさい!我々はまた来週に出直してくる、それまでに何が何でも金を作れ!」
「…しかし」
二人の騎士は極めて冷たい口調で突き放した。
「貴様には息子もいるのだろう?身売りすれば少しは金になるだろうさ」
「………分かりました」
「…ふん、行くぞ!」
朝、冷たい風と一緒に領主様の使いの怒号が僕の耳に飛んできた。
こっそり様子を伺っていると、どうやらお父さんが用意したお金が領主様の求める金額よりも少なかったからトラブルが起きたみたいだ。
木こりからの搾取はここ何ヶ月かでさらに酷くなっている、とお父さんと街に買い出しに行った時に他の木こりの人から聞いた。
貧しい木こりの中には娘や息子を売って、何とか生きている人もいるくらい厳しいと言う。
「…お父さん」
お父さんはハッとしたように立ち上がると僕の元へやってきて、一緒に家の中へ入る。
グラグラと煮えた鍋を机に置いて、薄い塩味の汁に麦が少し浮いた野菜スープをお皿に注いでくれた。
「さ、朝ごはんだ、たくさん食べなさい」
「……お父さん、さっきの人たち」
問いかけるとカラン、という暖炉に薪をくべる乾いた音で、僕の声をかき消してお父さんは言った。
「お父さんは先にご飯を済ませたから、森に動物がいないか見に行ってくるよ」
「森は雪が積もってるところもあるよ?こんなに寒いのに動物なんているの?」
「動物や魔物はな、人間よりもずっと身体が強いんだぞ、なあに…夜までにはユキウサギの一匹でも仕留めて帰るから」
猟銃を担いでお父さんはヒゲの伸びた顔で笑った。
森の中には魔物が住んでいる。
とりわけ夜になると人を食うような魔物がうろつくというのは、僕たち木こりには常識だ。
「行ってらっしゃい」
「おう、今晩はご馳走食わせてやるからな!」
そしてその日お父さんが帰ってくるまで、僕はいつものように薪割りや水汲みをして過ごした。
帰ってきたお父さんの手には猟銃と山菜の入ったカゴがあるだけだ。
「なかなかすばしっこくて仕留められなかったよ」なんて言って笑っていた。
その後ほぼ毎日お父さんは猟銃片手に獣を狩りに行っていた。
帰ってくる時間は魔物の出る日没ギリギリになる時もあった。
時間に反して成果は山菜やきのこだけ。
ここ最近お父さんがご飯を食べている姿を見ていない。
そして数日経ったある日、お父さんは朝出かけたっきり、ついに家に帰ってこなかった。
「……いただきます」
戸棚に置いてあったわずかな麦と山菜を煮込んで塩をふた振り。
少し濃いめでアクのあるスープをすすって僕は寝た。
嫌な予感がした。
次の日の昼過ぎに、黒い服を着た男の人がやってきた。
なにかに怯えたような、少し様子のおかしい役人だった。
「これは君の父が持っていたものだ、君のような孤児を引き取る国の施設や国家支援は戦争準備ということで今は活動を停止している、申し訳ないが…戦争が終わったらまた来よう、元気で生きていてくれ」
お父さんは死んでいた。
魔物や動物に殺されたのではない。
お父さんは、どうにかお金を手に入れるために街に行って猟銃を質に入れようとしたものの、こんな古いタイプの銃では受け入れてもらえない。
悩みに悩んで、お父さんが選んだのは強盗だった。
街の酒場で猟銃を突きつけてお金を出すように要求し、お酒にチーズ、野菜、肉、パン、そしてお金をカバンに詰めて急いで僕の元へ帰ろうとしていた。
しかし、そんなカバンを担いでいれば森の中で木こりの格好でも怪しまれるのは必然。
警備兵に身元を尋ねられ、逃げようとしたために捕まえたところ、護送中に衰弱死してしまったらしい。
それはそうだ。
お父さんは5日間何も食べずに森をうろつき、街までの往復を繰り返し、おまけに大荷物で家まで走っていたのだから。
お父さんの着ていた服や猟銃、カバンが返還された。
遺体は国の墓地に勝手に埋められたらしい。
衰弱死のお父さんの遺体を頑なに見せたくない理由があったのだろう。
僕は泣いた。
日が暮れてもまだ泣いていた。
それから僕は何もやる気力が起きなかった。
やることといえば僅かな食料を毎日一食胃に入れて、暖炉に薪をくべるだけ。
やがて食料は尽きた。
水もなくなった。
僕は、小さな身体に憤りと哀しさだけをみなぎらせてベッドにずっと横たわっていた。
このままここで死ぬのだろうか。
ある日、僕は猟銃を手に森の奥へ行ってみることにした。
今まで見たことのない『魔物』とやらを一目見て死ねるのならそれでもいい、なにか動物がいるのなら食いつなげるか…あるいは食われて死ぬ。
命なんてどうでもよかった。
僕を心配する人も引き止める人も、もういないのだから。
「猟銃よし…コートよし…松明よし…!行こう…!」
猟銃は重たかった。
お父さんはよくこんな重い鉄の塊を担いで森を歩けたものだと感心した。
夜の森は何の音もしない。
風の音くらいは普通するものだが、誰かによって作られたような無音の世界がそこにあった。
「…魔物なんていないのかな、森には」
生き物はみんな寝静まったようなその森を、奥へ奥へと進んで行く。
既に帰り道は分からなくなった。
ふと、僕は足を止めた。
どういえばいいのか分からないけれど、確かに何かを感じた。
頭の中で危険を知らせる鐘が鳴っている。
「……で、出てこいよ、魔物っ!」
銃を構える。
その声に応えるように辺りからガサガサと音がした。
草むらの中で輝く黄色い二つの目。
いいや。
二つどころではない。
僕を取り囲むように黄色い目がいくつも、いくつもあったのだ。
「ひッ……!う、撃つぞ!」
重い猟銃を構える手は疲労と寒さと恐怖とで、自分でも滑稽に思えるくらい震えていた。
「グワハハハハハハッ!人間の小童め!勇気は買うが、その腕で何をしようと言うのか!」
他でもない、黄色い目の獣の一匹が喋った。
腰を抜かしそうになって僕は答える。
「お前たち獣…いいや、魔物に僕は負けないぞ!来い!」
「ふん…!大人しく家にこもっていればよかったものを…おい野朗ども!久々の人間だ!」
一瞬のことだ。
銃が弾き落とされた。
それは飛び道具によるものだと思ったが、違った。
目にも留まらぬ速さで獣人…青い毛を生やし黄色い目を待った、1.8mほどのライカンが僕を突き飛ばしたのだ。
「痛ッ!」
「残念だった小僧…死ね!」
牙を剥く、そのリーダー格のライカンの目を見る。
片目の潰れたライカンだった。
僕は噛みつかれる前に引き倒され、強く頭を打った。
視界も朦朧、彼らの声も遠のく。
そして僕は意識を失った。
朝日が昇り、洞窟の中に薄明かりが差し込む。
赤い毛のライカンが倒れた人間のそばに立ち、喉を鳴らして片目の潰れた同族に対して機嫌悪そうに威嚇している。
睨まれている青い毛のライカンが口を開く。
「…族長、コイツは本当に夜の森をうろついていたんだ、家の中にいたわけじゃない、俺は掟を破っちゃいねぇ!」
赤い毛のライカンが威圧的で重々しい、メス特有の高い声で言い返した。
「こんな小さな人間が猟銃を持って夜の森をうろつくって?ここから数km離れたところに住む木こりの子供だろう、木こりの子がそんな不用意なことはしないはずさ」
「してたんだよ!族長の言いつけの『夜間に家の中にいる人間は襲うな』コイツは適用外のガキだ!」
僕はまた言い争いの声で目を覚ました。
赤と青のライカンが僕を挟んで激しく言い争っている。
「ッ!?ここは…!」
「おや?目を覚ましたかい…頭のケガの具合はどう?意識がふらついたり強い痛み…」
「何のつもりだよっ!僕をどうするつもりだ!」
僕はライカンが喋るのを遮って大声をあげた。
しかし、怒鳴られた赤毛のライカンは怯んだ様子も見せずに、微笑むように狼の顔をゆるめた。
「そこまで元気なら心配するこたなさそうだね、丁度いいとこで目を覚ました…ゆっくり話を聞こうじゃないか」
その赤毛のライカンの話すところによると、こういうことらしい。
・赤毛の決めたライカン達の掟として『夜間家の中にいる人間を襲ってはいけない』というものがあり、ライカンは人や火を恐れているのではなくこの掟にしたがって人を襲わずにいる
・青毛片目のライカン達はオスのグループで、冬場の飢えもあり、血気盛んなために僕を襲ったが、族長へのおすそ分けも必要だろうと殺す前にライカンの住処であるここまで僕を連れてきた
・そこで前々から見覚えのあった僕を赤毛のライカンが助け、食わないよう命令した上で包帯と薬草で処置を施した
「…で?アンタはなんであんな夜中に父親も連れずに森を歩いてたのさ、飢えたってんなら分かるけど…昼間姿は見なかったねぇ」
「…実は」
僕はこれまであったことを全て赤毛に話した。
赤毛は目を細めて話を聞き、青毛片目は居心地悪そうにあくびをしたりしていた。
「…ということなんです、父親は死にました…僕を助けていただいたのは嬉しいですが…じきに僕も死にます」
「…俺の言ってたことは嘘じゃなかったろ」
青毛片目が言うと赤毛は呆れたように息を吐き。
「誰がアンタを助けたって?アンタの身柄は私たちが握っている状態、分かってんの?」
「…煮るなり焼くなり好きにするといいです、生き残って木こりになったって…きっと父と同じ末路を辿ることになるんですから」
赤毛は僕の近くに来てぶっきらぼうに言った。
「乗んな、アンタに丁度いい場所まで案内する」
跨るとゆっくりと洞窟の外に向けて歩き出した。
青毛片目が情けなさそうな声を上げる。
「族長…俺たちのメシが……」
「うっさいねぇ…手前の尻尾でも追っかけてなさい」
「………クゥン…」
犬?
歩くこと数分、森の奥の奥の古びた洋館の前で止まった。
僕に降りるよう促し、ツタの絡みついた金属の扉の前で大きく息を吸った。
「ネリス!いつまで寝てんの!」
すると扉から声が響き。
「だれぇ…?」
「アタシだよ!」
すると機嫌悪そうに扉だけが開いた。
誰が開けたのかはわからない。
「んじゃ私は戻るね、あとはこの館の持ち主に従いなさい」
赤毛はそのままくるりと後ろを向いて歩き出す。
「あ、あの!」
取り残される不安と扉の隙間から除く大きな館の不気味さ、そして昨日まではなかった死ぬことへの恐怖心から後ろ姿に声をかける。
「心配しなくていい、アンタは死なないさ」
振り向いて笑いに似た表情で赤毛は言った。
「ありがとうございました…ええと……」
「サラ……もっとももう会わないかもしれないけどね」
そう言い残して茂みの中に入って行った。
その背中に向けて叫ぶ。
「あの!サラさん!本当にありがとうございました!」
と、肩に手が置かれる。
低い女の声だった。
「入って」
扉が閉ざされる重たい音を聞いて赤毛の女ライカンは呟く。
「……人間と話すのなんて30年ぶりかねぇ…ま、ネリスならうまくやるだろうさ………」
そして、荒々しく牙をむき出した。
「何にせよ、私たち森の民の敵……殺さなきゃいけない人間を見つけちまった」
この森の領主邸がライカンに襲撃、その場にいた子供や木こりを除く17人が殺害され食い荒らされるという、凄惨な事件の起こる数日前のことであった。
「いらっしゃい…名前はなんて言うんだい?」
僕と、この館の持ち主を名乗る人(?)のネリスさんは荒れた庭を歩いていた。
ネリスさんは180cmはあるだろうか。
黒いマントを羽織った下に高級そうなタキシードを着ており、男性用だから仕方がないだろうが、女性らしい(大きな)膨らみが体格に合ったはずのタキシードのサイズをやや小さくさせている。
古くて分厚い眼鏡をかけており、黒いハイヒールをカツカツと鳴らして僕の前を歩いている。
寝起きのせいか気だるそうな顔は真っ白で、薄い眉、大きな赤い瞳、小さめで形の良い唇、黒く輝く髪などパーツも整っていて、可愛いというよりは、恐ろしいほどに綺麗な人だった。
「僕はカイルって言います、あの…ネリスさんはやっぱり…」
人ではない、その言葉を言えずに口ごもっているとやはり気だるそうに低い声で答えた。
「吸血鬼…ヴァンパイアだよ、君の血を吸おうってわけじゃないから安心してくれ」
そして木の扉を開けて僕を洋館の中に招き入れた。
「ようこそ、吸血鬼の館へ」
僕がそこに呼ばれた理由はすぐに分かった。
何のことはない、ネリスさんの召使いとしてだったのだ。
ネリスさんの部屋…ほこりまみれの高級そうな家具がたくさん置いてある中で、緊張して黒革のソファで縮こまっていると、ベッドに寝転んでいびきを立てていたネリスさんがむっくりと起き上がった。
「カイルくん、君ってご飯とか作れる?」
「あ、簡単なものだったら……」
「ここ出て左に歩いてった部屋に厨房があるから、なんか作ってくれ…なんでも食べる」
そう言って寝返りを打つとまた小さくいびきをかきはじめた。
ほこりの積もった廊下を歩く。
恐らくヴァンパイアゆえに日光も苦手なのだろう。
全ての窓に豪奢な金色のレースで縁取られた臙脂色のカーテンがかかっている。
カーテンをめくって外を覗くともう夕方だ。
緑色の森が一面に広がっているのが見られるが、探してみても僕の家は見つからない。
それほどまでに遠くに来てしまったか、あるいは木に遮られて見えないか。
どちらにせよ僕は帰ることはできないのだ。
「…お、お邪魔しま…す?」
人の気配なく静かな厨房もまた広くて豪華なものだった。
いつも使っていた安物の鉄鍋ではない、ピカピカした重たい鍋。
ボロボロの木製とは違う、美しい銀食器。
広くて綺麗な暖炉。
あまりに綺麗で生活感がなく、いつも使っているような様子は見て取れないが、ここにはホコリ一つなかった。
「…よし、何を作ろうかな」
食材の入った戸棚を開ける。
麦、小麦、ライ麦、パン、チーズ、塩、砂糖、小麦粉、キャベツ、カブ、ニンジン、ニンニク、ひよこ豆、サラミ、ソーセージ、干し肉……。
涙が出てきた。
そう。
思えばこんな豪華な食べ物を見るのなんて、6年ほど前に街のお祭りにお父さんと行った時ぶりだ。
「お父さんも一緒に来てくれたら………」
僕はこの言葉をこの館で何回も言うことになる。
それだけここは僕の住む世界とは違ったのだ。
「あの、入りますね?お待たせしました…」
1時間ほど後、日も半分ほど落ちて外が薄暗くなってから僕はご飯をネリスさんの部屋へ持って行った。
ネリスさんは先ほどとは打って変わってハイテンションの様だった。
「おそいよーっ…もうボクお腹空いて死にそうなんだから…まったく…」
ベッドの上でゴロゴロとマントを翻しつつ転がる。
目は昼とは打って変わって完全に開いて赤く輝き、動きもキビキビとしたものになっている。
「ど、どうぞ…」
テーブルにローストポーク、得意料理のライ麦のシチュー、チーズ、パン、茹で野菜、ワインを置くとネリスさんは不満げに僕を見た。
「…あの、召し上がらな」
「君のは?」
「え?」
「君のは?あとで作るの?お腹空いてないとか?」
どうやら僕も一緒に食べるものだと思っていたようだ。
僕としてはあんなに高そうな食器や食材を勝手に使うことははばかられたのだが、様子からして特に気にしないらしい。
ただ、やはり召使いとしてご飯を作ったのだ。
同じ食材を使ったり、食べたりするのははばかられる。
「い、いや…僕は大丈夫ですよ、そんなにお腹は」
「ボクは嘘は嫌いだ、そんな真っ白な顔をして何を言っているんだい?ボクと同じメニューを自分の分作ってくるんだ、早く」
ネリスさんは僕に、これまでの温厚そうな顔を変えて冷たい声で命令した。
あまりに怖かったので、バネで弾かれたように僕は厨房へ向かった。
「…お邪魔します」
「遅かったね、スープが冷めてしまったよ」
「…え?あの、召し上がっていらっしゃらなかったんですか?」
「そんな丁寧な敬語はいらない、君とボクは同居人兼使用人みたいなものだ、ボクが君に寝床や食事を提供し、君はボクの身の回りの世話をする…いい関係じゃないか、この立場は対等さ」
薄く微笑むネリスさんを見ていると、不意に僕の目からまた涙がこぼれた。
あの時泣き尽くしたと思っていた涙が。
「……ッぐ、ゥ…ひッぐ…ぅ…」
「…………え?あ、あの?ボクなんかマズいこと言った?あの、おーい!」
大きな食卓にご飯を並べて二人で向かい合って食事をする。
ネリスさんは気に入ったようで、鼻歌交じりにフォークを動かし冷えたご飯を食べている。
出来立ての自分の料理と冷えたお皿とを取り替えようと言ったが頑なに聞いてくれなかった。
涙が落ち着いたあと、僕はこれまで起きたことを全てネリスさんに話した。
「君も大変だったんだね、そんでサラに拾われて、ボクのところにこうして来たってわけ…か…」
「そうなんです、今日からお世話になります」
「とんでもない、お世話になるのはボクも同じことだ、いいかい?君を使役しようとするならとっくに眷属にしている」
「…はい」
「君はあくまで、私の暇つぶしのためにここに住まうことになった同居人だ、異論は認めない」
「ありがとうございます」
「こちらこそさ、注意点としては一つだけ、昼夜を問わずこの館から出ないでくれ」
「…え?」
「この辺りは魔物も多い、庭の散歩は平気だが外に出たら危険がすぎるんだよ、君もまだ幼いしな」
「分かりました…あの、日中僕は何をしたら?」
すると呆気にとられたような顔をした後に、ネリスさんは額に手を当てた。
「つくづく君は仕事病のようだね、この家は広いし図書室もあるし、好きに過ごすといいさ…何にせよボクは昼間は寝ているしね」
そして二人共が食事を終えると、片付けようとする僕を制してネリスさんは言った。
「片付けはいい、今日はもう寝るんだ、君の話を聞く限り食事どころか睡眠も足りていないことだろうしね」
案内されたのは厨房のすぐ近くの部屋だ。
だだっ広くて、大きな白いベッドのある部屋だった。
「今日からはここが君の部屋なのさ、さあベッドに入って…おやすみ、明日からよろしく頼むよ」
次の日から僕の生活は大きく変わった。
朝起きて朝ごはんを作って食べる。
ネリスさんのいびきを聴きながら部屋の掃除、ネリスさんに毛布の掛け直し、日光が漏れないように窓拭きをする。
館の中を探検し、蜘蛛の巣に引っかかったり本の雪崩に巻き込まれたり、喋る本を見つけたり。
夜になればネリスさんのご飯を作り、一緒に食べ、吸血鬼の話や僕の父親の話、魔法や伝承についての話をする。
それが僕の毎日の流れだ。
そんな毎日をずっと繰り返す。
僕が来て5年経ち、屋敷は美しく生まれ変わっていた。
「むにゃ…おはよ、カイル君」
ネリスさんは全く変わらなかったが、僕は体つきも大人っぽくなってこの生活にも慣れた。
「おはようございます、ネリスさん」
いつものように薄く笑って挨拶し、ご飯を並べる。
「今日はなんの話をしよっかねぇ……サラさんの昔の話でもしようかな」
「ああ…サラさん、懐かしいですね、僕がここに来たのもサラさんのおかげですしね」
「うんうん、サラさんは昔は赤毛の人食いライカンとして名を馳せてたんだけどね、年取ってまぁるくなっちゃって」
「へー…僕があった時は優しそうでしたけど…」
「ボクからしたら今の方が大人しくて不気味なんだよ、もう『悪人しか食わない』って言ってるし」
「サラさんに嫌われたらライカンを敵に回すことになるんですか……また会ってみたいですけど…」
サラさんの顔を思い浮かべて微笑むと、ネリスさんは少し顔の笑みを消した。
「ダメだよ?この屋敷から出たらさ」
「わかってますって…20歳になるまでは悪い魔物にたぶらかされるからでしょ?」
「…そうそう、怖い怖い人食い魔物がいるんだから」
「はいはい、気をつけますよ」
笑って返すとネリスさんは言った。
「私たち吸血鬼って不死身なんだよね」
「あぁ…前も言ってましたね、吸血鬼は陽の光を浴びて石になるまで死ねない、たとえ陽の光を浴びて死ぬときも絶叫するほどに痛くて辛い…って」
「そうなんだよねぇ…だから吸血鬼は孤独で辛い、ライカンも長生きだからサラとボクとは気があうんだよ」
「へぇ…そんな理由が」
「でもサラには同じ群れに同族がいる、それが羨ましいのもあってボクは君をこうして屋敷に住まわせてるわけさ」
女々しいだろう、そう言って自嘲するように笑うネリスさん。
その目はとても哀しそうな目をしていた。
「だったら僕を噛んで眷属にすればいいじゃないですか、ほらこの前言ってたでしょ?噛まれた人間は眷属に」
そこまで言って僕は言葉を紡ぐのをやめた。
やめざるを得なかった。
ネリスさんの目が、これまで見たことがないほどに獰猛に輝いていたからだ。
「………冗談はやめてくれ、カイル君」
にっこりと目を細めてネリスさんはナイフを食器に置いた。
「…すみません」
「いいのさ、さて…今日は君にいい実験を見せてあげよう、昨日見せたゾンビマウスの続きだ」
「ああ、あの生命力を無理やり上げる技術の副産物の…」
僕はネリスさんとの距離を狭めて行った。
ネリスさんは僕に魔法の仕組み、歴史、魔物の種類や与太話、人間の歴史までさまざまなことを教えてくれた。
木こりをやっていても、街で商人をしていても、大地主になっても知ることはできなかったであろう知識。
いつしか僕は、そうしたことを人々に広めたいと思うようになった。
しかし『20歳まではこの館から出てはいけない』という決まりを破ることはなく、毎日ネリスさんと楽しく過ごしていた。
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「今日のご飯は美味しいな、ボク好みだよ」
「ありがとうございます、ニンニク多めですからね」
「ボクはニンニクが好きだが…君はボクがニンニクを食べた後に話しかけると反応がやや鈍いね」
「……本気で言ってます?」
「え?」
「…………すまなかった」
「いいですってば、知らなかったんなら仕方ないでしょう?」
「ニンニクはそんなに臭いものなのか…?今度君だけ食べてみてくれよ」
「嫌です」
「…ボク、ニンニク苦手だ」
「そっちのが吸血鬼らしいですよ」
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「サキュバスと一度話をしたんだがね、彼女達はボク達とは違って代替品でもわりと満足らしいよ、男の子種の代わりに枕元の牛乳でもそこそこ美味しいらしい」
「ネリスさんはトマトジュースじゃダメなんですか?」
「当たり前じゃないか!吸血鬼は高貴なんだぞ」
「はぁ…それにしては『血の味だっ!』って嬉々としてバースデートマトケーキ食べてたじゃないですか」
「ぎくっ」
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「この森を含む国の名前がヴァール国に変わったらしいね」
「…ああ、戦争、負けましたか」
「ん?知っていたのかい?」
「ええ、お父さんが殺される理由になったのは戦争のための税金の吊り上げですからね、滅んで清々しました」
「…辛いことを聞いたか、すまない」
「いえいえ!大丈夫、もう子供じゃないですから」
「ならいいんだが…」
「ほら!早くカード取って!」
「ふむ…ぅ……あッ」
「ババ抜きこれで8連勝です、ふっ」
「………トランプはもうやめだ!将棋を探す!」
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「思えばお父さんはお酒は飲んでませんでしたね、全く見たことがありません」
「ふーむ…酒乱だったのかな?やっぱり、ボクのようなお上品な愉しみ方が一番だよね」
「………」
「なんだい?その目は」
「この前飲み勝負して、僕が先に潰れて話し相手がいなくなってワインボトルを粉々にしてたじゃないですか」
「おほん、貴族の嗜みにボトル砕きというものが…」
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「…カイル君、サラが死んだよ」
「…え?」
「君がやってきて7年…ライカンの中でも大往生の178歳で老衰だったらしい」
「そう…ですか…」
「………ボクも悲しく思う」
「あのライカン達は…どうするんでしょうね」
「なぁに、彼女だけがリーダーじゃない、何とかするだろうさ…木こり達が襲われないよう、一筆添えておくよ」
「……ありがとうございます」
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「ネリスさん、これどういう本なんです?」
「ん?それは男同士の恋愛を描いた小説だね、だいぶ古いものだが…ある一部の女性に大人気だったらしい」
「ふうん…」
「ボクは普通の恋愛小説が好きだがね」
「ああ、この前読んでた小説みたいなのですか?あれのヒロイン、可愛いですよね」
「……」
「ネリスさん?」
「カイル君にはだな、その、もっと大人っぽい女の方が似合うと思うぞ、ボクは、うん」
「はぁ…?ネリスさんみたいな感じのですか?」
「はァッ!?ぼ、ぼぼぼ、ボク?あッ!忘れ物取ってくる!さよなララバイ!」
「………本気…なんだけどなぁ」
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「げほッ!ごほッ!」
「カイル君、何か食べたいものはあるかい?夏風邪にはよく食べてよく寝て、汗を流すのが一番だ」
「あ、あはは、大丈夫ですよ、食欲…なくて」
「…何かあったらすぐ呼んでくれ、お水はここに置いておくからな、それじゃ…」
「は…い…」
「…なぁ、やっぱりご飯を」
「あ…」
「な…」
「ご、ごめんなさい!身体拭いてて!」
「いや!ボクこそノックもせずに申し訳ない!」
「ッ〜…なんでこんな時に限って入ってくるんだよぉ…ネリスさん…」
「……な、なんか昔よりガッチリした身体というか…男らしくなったというか………ってボクは何を言ってるんだ!」
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「ほら、やっぱり飲み過ぎですよ…ベッドまで歩いてください、ほら歩いて…」
「うるせぇなぁ…ぼ、ボクは酔ってなんかだなぁ」
「はいはい、ほら、階段ありますから」
「吐く」
「は?」
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「…」
「…」
「なんで素っ裸なんだい?カイル君にsexual harassmentされる日が来るとは思っていなかっ」
「誰かさんがゲロをかけてきて、着替えた後ベッドに引きずり込まれてまたゲロをかけられたからです」
「水を持ってきてくれと言いたかったんだが、つい体勢を崩して胃が圧迫されて…な?」
「……」
「ボクが悪かったって…」
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「19歳の誕生日おめでとう!カイル君もむさ苦しい男になってきたじゃないか」
「ネリスさんはホントに変わりませんね…」
「いつも美しいと言いたいのかい?ふふ、ボクを口説くのはあいも変わらず下手だね」
「……」
「ん?カイル君、最近元気がないけれど…大丈夫かい?昼間も図書室やら実験室にこもっているし」
「………あの、ネリスさん」
「ん?」
「僕はネリスさんが好きです」
「ああ、知ってるさ、ボクも君のことは好きだ」
「…女性として愛おしく思います」
「…………は?」
「僕はあなたの夫になりたいと、そう言いたいんです」
「…酔っているのか?それともこの前の死んだフリドッキリのやり返しかい?あまり趣味のいい…」
「行動で示してもいいんです!僕はあなたのことが」
「離れてくれ!」
「っ…すみません」
「………いいや、ボクも大きな声を出して悪かった…返事は少し…考えさせて、ほしい…」
「いつまでも待っていますから…いつか聞かせてください」
「…さ、さて、今日はお祝いだ!飲もう飲もう!」
「今度はドアを割らないでくださいよ…」
「身に覚えがない!どんどん飲もうじゃないか!」
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「……ボクは…」
「…ボクは彼のことを男として見ても好き…大好きなのだろうな」
「彼がこの屋敷にやってきた9年前…思えばボクはその時からカイル君に惚れていたんだ」
「彼がボクを慕っているのなら…ボクはそれに応えない理由なんてどこにもない、ないハズなんだ…!」
「けれどッ!彼は人間だ!いくら愛しても!いくらそう伝えても!彼は必ず死んでしまう…!」
「なあサラ…君が恋をした木こりが死んでしまった時、君は初めてボクに涙を見せたね…」
「サラ、ボクはどうしたらいい……君という親友を失って…その死に目にも会えず…!その上彼に気持ちを打ち明けられたボクはどうしたらいいんだ!」
「教えてくれよ…誰か…」
「ボクは…彼が他の人間に恋されること…恋することを恐れている、だから閉じ込めている…ここ何年も…!」
「これは彼を無理やりボクの方に向かせただけじゃないのか?ボクはただの自己中心的な最低の吸血鬼じゃないかッ!」
「…………もう、寝よう…明日…また明日にでも考えるんだ」
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「僕は10歳のあの時から約9年間の間…全くこの屋敷から出たことがない…」
「もしも告白して断られたのなら…僕とネリスさんの二人きりの関係は崩れてしまう…」
「僕はそれを逆手にとってネリスさんを追い詰めているだけじゃないのか?色恋のためにネリスさんを苦しめているんじゃないのか…!」
「僕を救ってくれたのはネリスさんだ…これからも一緒に、このまま過ごしていた方が良かったんじゃないのか…!」
「……20歳になるまで答えが出なかったなら…ここを出てネリスさんの負担を軽くしてあげるべきなのかもしれない、な」
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僕は20歳になった。
真夜中に盛大に二人でパーティをした。
きらびやかなご馳走を二人で作って二人で食べる。
「急に倒れないでくださいよ…全く…」
「ん〜もう歩けないらよ…カイル君…」
「飲み過ぎだって言ったじゃないですか…ほら…」
「んごぉ…ぐぅ…すぴぃ…」
僕はついに一年間、ネリスさんからの告白の返事を聞くことはできなかったのだ。
もちろんネリスさんがずっと悩み続けていて、今の今まで沈黙を続けている可能性もある。
しかし僕は早とちりだろうがなんだろうが、20歳までに聞くことができないのなら出て行くと、そう決めたのだ。
ネリスさんの重荷になる可能性があるのなら、いくら愛していてもただの加害者にしかなれはしない。
「…持っていくものなんて、何もないなぁ」
着の身着のままで庭に出る。
月は赤くて細かった。
ネリスさんの目を、サラさんの毛色を思い出す。
「お世話になりました…ネリスさん…また会いましょう」
重たい扉を押して僕は外に出た。
明るい、暗いところに住んでいた僕からすれば明るすぎるような朝日を浴びる。
実に9年8ヶ月ぶりのことだった。
「…僕の家、すっかり取り壊されてる」
あてもなく歩いていると、見知った道に出た。
そこを辿るとボロボロの廃墟があった。
僕の家だったものだ。
おそらく長年の雨や嵐で脆くなってしまったのだろう。
しばらくそれを眺めていると、また涙が溢れた。
今でもお父さんの暖かい手のひらと低くて重い声を思い出す。
涙を拭うとすぐ後ろから声がした。
「よう小僧、久しぶりじゃねぇか」
背後にいたのは青い毛のライカン。
片目が潰れている。
「あなたは…!」
「しばらく見なかったが、天狗のヤツに剣の稽古でも付けてもらってたのか?」
「い、いや、僕は吸血鬼の館に…」
「あぁ…そうだったっけか、あん時の頭が懐かしい」
「サラさんは…亡くなったんですよね」
苦虫を噛み潰したような顔で青毛片目は言った。
「おうよ、あの頃は日和ったやり口が嫌いで仕方なかったがな、この頃の戦争だらけのこの辺見てると、アレはアレで正しかったんだろうと思えてくる」
「…戦争?」
「ん?知らねえのか?この辺りは北の人間の国が攻め入ってくるのに丁度いいからって密入国者…それもスパイやら軍人が後を絶たねぇ、そいつらのせいでまた国の中でドンパチやってんだ」
「……」
「暗い顔すんなよ、俺らライカンには関係ないことだから、深くは分からんが…街に行くなら気をつけろ、連中は吸っただけで死ぬ空気やら猟銃の長細いヤツを持ってやがる」
憎らしそうに顔を歪める。
恐らく戦争に関係はないと言いつつも、縄張りを失ったり仲間を失ったりもあったのだろう。
「…ありがとうございます」
「気ぃつけろ」
そのライカンの後ろ姿はサラさんによく似ていた。
街はもはやゴーストタウンだ。
血しぶきが建物の壁に散っている。
人々の死体が川に捨てられていた。
きっと首都の防衛戦のために兵士たちはいち早く退散してしまったのだろう。
幼い子供までもが死んでいた。
切り裂かれたような腹に千切られた首。
血の跡が引きずられたように森に続いているものとあった。
「…ひどすぎる」
その凄惨さに膝を落とす。
兵士たちも大量に死んでいる。
なぜだかは分からないが、この国の兵士だけだ。
それだけの戦力差だったのだろうか。
僕は立ち上がった。
帰る場所もない僕にはこんな争いなんてどうだっていい。
罪のない人々の遺体を担いで森の中へと運んだ。
大きな大きな穴を掘って、そこに遺体を並べる。
神父の真似事なんてできないけれど、僕にできる最高の努力は彼らを埋葬することだけだった。
「…何をしてるんだ、僕は」
無力。
僕はあまりに無力だった。
たくさんのことをネリスさんに教えてもらって、なにかを勘違いしていたのかもしれない。
たくさんの人外と知り合って、なにかを履き違えたのかもしれない。
何もかもがどうでもよくなった。
「………父さんも帰る場所だけは…失いたくなかったのかな」
シャベルを墓標がわりに突き立てる。
陽は落ちていた。
「気は済んだのかい?カイル君」
懐かしい声。
どんな顔をして振り向けば良いのか分からない。
「ボクはとても、とても怒っている…なぜ黙って出て行ったのか、ボクは君に聞きたい」
「…僕は、ネリスさんの重荷になりたくなくて」
「ボクがいつそんなことを言った?君はボクに好きと言っておきながら、そんな矛盾した思いを抱えていたのかい?」
「けれど!僕はいつまでも待つと言いつつも、あなたの返事を待てなかった!あなたがもしも僕を嫌いだったら!僕はあなたの重荷にしか…!」
「なぁカイル君、君はこの惨状を見てどう思った?」
「…え?」
「人々を哀れんだかい?一緒に死んでやりたい?それとも…」
「…生きたい」
口をついて漏れた言葉。
僕も意図しなかったように、ポツリと。
「僕は…生きていたい!願わくば…あなたとずっと一緒に生きていたいんです!」
「…後悔、しないかい?」
振り向くと、ネリスさんは感情の凪いだように『見える』目を僕に向けた。
「…しません、絶対に」
「ボクは君を…常々美味しそうだと思っていた」
ゆっくりと歩み寄るネリスさんは、真っ赤に濡れ濡れと光った目をしていた。
「今日は君の血を…肉を…骨を…肌を…全てを味わい尽くすよ………くくッ」
「僕の肌…真っ白ですね」
「ボクと同族だからね、君は眷属だからボクよりも位は下だけど」
「位が下だと、何かあるんですか?」
「ボクの言うことに逆らえない…一生ね」
「それでも構いませんよ、僕は」
「ふふふッ…命令だよ…『私を悦ばせろ』」
「…本当に、身体が勝手に動きますね」
「そうさ…もうこの屋敷から出ない…外の生臭い戦争もなにもかも…ボク達をはばむことなんてできないんだ…」
僕は幸せ者だ。
愛する人と一生を共にすることができるのだから。
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「頭ァ、なんであの館に近づいちゃいけないんですかァ?」
「ライカン族の掟だ、俺の言うことは聞いておけ」
「でも頭、なんであの街の人間を皆殺しにしないといけなかったんですか?いつもは人間を襲うべきではないって言ってた頭が…」
「デカい声でそれを言うな…同族以外の誰にも言うな…吸血狼にされるぞ…」
「吸血狼?頭、この前館の方に行って、半殺しにされて大量の肉持って帰ってきた時からなんかおかしいですよ?」
「黙れッ!それ以上言うな…!これからはサラの掟をきちんと守らなきゃいけねぇ…」
「…………あの吸血鬼……もう出てこねえだろうが…あの男も何も知らない方が幸せだろうな…」
「あの純朴そうなガキに…他の国との戦争なんて無ぇ……あの街が俺たちライカン…もといあの女に皆殺しにされただけ、だなんてとてもじゃねぇが言えねえよ」
「猿芝居打ってすまねぇな…だがあの女に俺たちも逆らうことはできねぇ…また会ったら…謝るよ…」
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ヤンデレ吸血鬼のお話でした。
…お楽しみいただけたでしょうか?
めちゃ疲れたので読み応えだけはあると思います、たぶん。
どこまでがネリスの戦略だったのかを考えてみるのも楽しそうですね〜。