帰還ッッッ!
凄まじい衝撃だった。まるで大地震が瞬間的にこの街を襲ったかの様だった。その場に展開していた隊員達は「ソレ」に近付く。足並みは慎重かつ鈍重である。戦士達は一歩一歩踏みしめながら前に進む。
特殊部隊のライトで照らし出されたのはコンテナだった。赤色の巨大なサイズで見るからに普通のコンテナにはない強固度を持っていた。先ほどこの場を去っていたヘリコプターから落とされたせいで地面に無数の亀裂が入り、クレーターが出来ていた。
「例のアレか?」
隊員の一人がコンテナに限りなく近付く。コンテナには壊滅的な破損は無かった。中に居る筈の存在の動きも感じられない。隊員が首を傾げたその時ッッッ!
「うわああああああああ」
無数の赤黒い触手が地面を這いながら特殊部隊を襲う。アサルトライフルの銃弾が縦横無尽に放たれるも触手は何ら怯む事無く餌を捉えていく。
「こいつッッッ!」
仲間の援護射撃も空しく、特殊部隊の隊員達は触手に飲み込まれていく。そして前線に居た戦士達を平らげると触手はコンテナに退いていく。
「なんだ!?」
コンテナの中にいる存在の不可解な行動に困惑するのも束の間、ハイウェイの端に巨大な爪が引っ掛かる。爪の持ち主は瞬く間に反動を用いて空中へ飛び上がり、戦地へ着地する。
タイラントR
T-0400TP タイラントがラクーン市民との闘いによって傷付き、リミッターを解除した姿。上半身の肌はまるで岩石の如きに硬化している。左右五本づつある爪は地球上最大の肉食動物である北極熊と比べても比較にならない程巨大だ。
「なんだ! こいつは!」
「くそ! 撃てッッッ! 撃てぇぇ!」
撃てど撃てど暴君の足取りを止めるには至らない。最新鋭の装備でも最強の生物兵器を痛め付けるには程遠い。隊員達は狼狽える他なかった。
「ちぃ! まるで効かん……」
迷える子羊達にトドメを刺すべく暴君が鋭き凶器を振り上げたその時!
バァァァァァァァン!
頑丈極まる紅きコンテナが吹き飛ぶッッッ! そしてそれは瞬時にタイラントRの裏に回り込んだ。
「グォォォォォォォォォォ!」
敵を全て破壊する暴君、自身を脅かす者が居ない無敵の暴君、そのB.O.Wの絶対王者が為す術も無く、無形の巨大なる肉塊に呑まれていく。その雄叫びは上には上がいるという厳然たる現実を受け入れざるを得ない王者の絶望を表現していた。
肉塊はまるで液体の様に変質しながら姿を変えていく。型が無かった禍々しい肉は右腕、上半身が肥大した、そして左半身にタイラントRを宿した極めてアンバランスな人型へと変化、いや進化した。
コードネーム ニュクス
製造過程、創造目的、進化の上限
この生物兵器に関わる情報全てが謎に包まれたB.O.Wである。しかしこの夜の女神と対峙した者だけが理解出来る事がある。こいつにはッッッ! こいつにはッッッ!
絶対に誰も勝てないッッッ!
その直感が正しかった事を証明するかの様に特殊部隊の攻撃──────アサルトライフル、手榴弾、マグナム弾、ショットガン等の銃弾、爆撃の嵐ですら暖簾に腕押し、手応えが皆無だった。
「どうなっている!? さっきのタイラントの比ではない、まるで液体に銃撃を食らわしているようで効果がない!」
一人、また一人と歴然の強者が凶悪なる触手に捕捉され、捕食されていく。隊員達はただ闇雲に銃弾を対象に打ち込む無意味な行動しか出来なかった。
「ここまでか……」
誰もが生存を諦めかけたその時!
その時の様子をU.B.C.S.所属の傭兵ダイソン・タッカー(41)はこう語る。
「そりゃ、もう無理だと思ったさ。俺も結構アンブレラ、B.O.W絡みのミッションはこなして来たんだがね……あれは別次元だった。いやね、あの代物がヤバいとは小耳には挟んだんだが聞くのと見るとは訳が違う。こういうのってジャパンでは百聞は一見にしかずっていうんだっけ? はは、極東の島国の諺を良く知ってるだろ? 俺はジャパンに居た事があるんだ。三ヶ月だけだけど」
「でもさ、もう生き抜くのは無理かなって思った瞬間さ、急に背筋が凍りついたのよ、まるで北極か南極にいるみたいにさ。俺は頭を過ったね、もう一匹とんでもねえB.O.Wが来たんじゃないかってな。振り向きたくもなかったが覚悟を決めて振り向いた訳さ」
「そしたら居たんだよ、上半身裸の男がさ。全身傷だらけなその男がさ、歩いていく訳よ、あのニュクスに向かってさ! 止めようとしなかったのかだって!? 馬鹿言うんじゃねえよッッッ!
だ、だってよ、まずあの筋肉、尋常じゃねえんだよ。俺だってよこんな裏商売長くやってるから筋肉隆々な奴なんか腐る程見てきてるけどよ……奴さんのあの筋肉を見たらなんかよ、今まで見てきた奴らの筋肉はああ、お遊びみたいなもんだったんだなって感じまってよ。正直、霊長類の筋肉を見てる気が起こらなかった。例えるならそう、キリンやサイ、奴らの胸板をそのまま人類に搭載したようなさ、そして腕よ。あの太さライオンの脚に匹敵するあの馬鹿げた太さ。もうそれだけで俺はたじろいだよ。人も化け物共も殺した数は百じゃ効かねえ俺がだぜ? あとあの身のこなし。俺の見立てじゃ奴さんの体重は100キロはゆうに超えている筈、なのに移動の軽やかさはまるで猫科の猛獣を思わせたよ。ありゃたとえ不意に雷に打たれても避けるだろうよ。
そしてあの顔。あの顔を見た瞬間、俺とは違う次元に奴さんはいると確信したね。あ、何でかって? さっきも言ったけど俺は散々人も化け物も殺して来てるし、周りもそんな連中ばかりだった。でもよあの悪魔の如き顔、あれは殺した数は数百や数千じゃ効かねえ。俺も分かるんだよ、顔見りゃあよ。何人殺したかなんてよ。なあ、理解出来たろ? これが俺が奴さんに声を掛けれなかった理由よ。でよそのまま奴さん、ニュクスに向かっていったのよ、そしたらよ」
第二の目撃者 U・B・C・S所属 キャサリン・コール(31)はこう語る。
「ええ、最初は絶望しましたよ。たとえ焼け石に水でも援軍は嬉しいですからね。でもニュクスの近くに居た私が見たのはアサルトライフルも拳銃もそれどころかナイフ一本も、何も持たない男。私も傭兵の端くれとしてある程度は覚悟は出来ていましたが出来れば私も生きたいですからね、はは」
「ええ、目の前にです。あのニュクスの前に黒色のカンフー胴着のポケットに手を突っ込んだまま、笑みを浮かべながらです。ニュクスは当然右腕を振り上げます、ええ、あの大木みたいな腕をです。私は終わったなって思いましたね。だって一撃で道路を滅茶苦茶するんですよ? それをあの男は避ける動作も、いや避ける気もきっとなかった。誰でも終わったと思いますよね?」
「ええ、仰る通りです。私の見通しは間違いでした。そうです、片手です。片手でニュクスの一撃を受け止めたんです。ええ、この目が信じられませんでした。そしてニュクスです。人間の様な自我がない筈のニュクスが困惑するかの様にあの巨体を震わせていたんです」
「ええ、一回転です。あれが『アイキ』と呼ばれる技だったのか力技だったのかを判断出来る領域に私は居ません。ただあの男の動作でニュクスが一回転して倒れ込んだんです。信じられますか!? タイラントより一回りも二回りもデカいニュクスがですよ? 重火器の嵐をモノともしなかったニュクスがですよ? 何はともあれ私の心は助かったという思いで許容範囲を超えていてその後の事は覚えてません」
最後の目撃者、U・B・C・S所属 マックス・ザックス(38)はこう語る。
「ああ、凄まじい音だったね。何せあの巨体が凄まじい勢いで叩きつけられたんだから。ニュクスも暫くは動けなかったよ。ああ、あの男は追撃しなかった、まるでまだ闘いを楽しみたいから終わらせないと言わんばかりだった。
肉
ああ、ニュクスは自らの肉を飛ばして遠距離戦を展開した。肉に当たった隊員は瞬く間にゾンビになった。ウイルス濃度が尋常ではなかったのだろうね。しかし彼は意に介する事無くニュクスに近付いていく。
肉の直撃、いや正解には彼が瞬時に粉砕したんだけど、彼に異常はまるで無かった。ああ、抗体があるとか最早そんなレベルではない。ウイルスだろうがどんな生物だろうが自分に勝てる存在は居ない、そんな感じだったよ」
「いや、そうじゃない。違う。私が一番驚いたのはハイキック一閃でニュクスの左半身にいるタイラントの頭を蹴り飛ばして切断した事じゃない。いやいや違う。ニュクスの振り上げた腕による打撃に拳で対抗しようした事でもない。
鬼
私達の文化圏ではオーガと呼ばれる日本の伝承上の怪物だ。怪力無双―その空想の中だけにいる生物が実際にッッッ! 私の目の前にッッッ! 現れたという曲げ難い事実ッッッ! 目の前にいる男の背中に鬼がいるッッッ! その事だよ、一番驚いたのは。
私の脳はその時、片隅にあった記憶を再生させた。米軍に纏わる都市伝説。その大半は、いやその殆どは聞くにも値しない馬鹿げた話ばかり。しかし太平洋戦争終戦直後、ONIにあの戦艦アイオワがジャックされたというお伽噺。この話を耳にすると極一部の米軍OB達はあろう事か失禁してしまうという滑稽無糖を極めた話。
本当だったッッッ! あの話は実話だったッッッ! 私は粉々になったニュクスの残骸を仁王立ちで眺めるONIの姿を見てそれを確信したんだよ」
「ユージロー・ハンマ」
「七回進化したG生物を滅し、ニュクスをも葬り去った男……一度ラクーンシティを脱出したにも関わらず、またこの地獄を楽しみたいが為にまた戻って来たか」
ハイウェイから離れた建屋から最新型の双眼鏡で激闘を眺めている黒ずくめの戦闘服を来た二人組の一人は装備しているインカムを作動させる。
「ええ、想定以上どころではありません。ええ、空前絶後、前代未聞という言葉は正に今の状況の為にあります。ええ、了解致しました。引き続き監視を続けます」
「アルバート・ウェスカー様……」