ラクーンシティ 特殊部隊S.T.A.R.S.所属、ジル・バレンタインは自宅からの脱出を試みた。燃え盛る建屋、増える事はあっても減る事はない生きた死者。最早待機している事自体が危険であった。非常階段を素早く駆ける。装備は非常時に備えて用意したハンドガンとナイフだけである。弾数もこの死者の波を考えると心許ない。ジルは階段を降りると警察署方面に走る。この状況では警察署も安全地帯としての機能を有しているかは微妙、署長を始めとした上層部も信頼が置けない。しかし他に頼れる場所が無いのも事実である。道にはまだ生存者もいるが誘導している暇もなく各々で逃げ惑う。暫く道を走ると見慣れた顔を見る。同じS.T.A.R.S.隊員のブラッド・ヴィッカーズだ。アルファチームのリア・セキュリティ兼パイロット、洋館事件では最後のいぶし銀の活躍を見せた隊員である。黄色いジャケットとS.T.A.R.S.の特別支給品であるサムライエッジを装備している。その表情は疲労困憊と言ったところだ。
「ジル! 無事だったか?」
「ブラッド! 私はなんとか……それよりこの状況は……」
「分からん、何故こうなったかも……上層部も何も情報を寄越さない。ただ言えるのはこうなった原因は恐らくアンブレラのせいだという事だ。ジル、取り敢えず警察署に向かおう」
「ええ」
二人は片側二車線の道路をひたすら進む。各所のバリケードが大量のゾンビによって決壊するが、二人には対処する時間も余裕も無い。
「ジル、ラクーン警察署が見えて来たぞ」
警察署周りのバリケードは半壊している。しかし頼れる施設というと他に見当たらない。その事実と警察署を視界に入れた事がジルの心にほんの僅かながらの安堵をもたらす。しかしその安堵は直ぐに壊された。
「ブラッド!」
突如ビルから大男が降り立ち、その衝撃でアスファルト路層が割れる。その存在は黒ずくめの拘束具を装着し身長は2mを遥かに超えている。顔面は焼けだたれた様になっており歯茎が剥き出しである。それだけでアンブレラの生物兵器だと分かる。大男はブラッドを片手で悠々と持ち上げるともう一つの手をブラッドの顔に当てた!
ドシュ!
「ブラッド!」
ブラッドは大男の掌から突き出された触手によって顔面を貫かれ絶命した。ブラッドをゴミの様に投げ捨てると大男はもう一人の標的に向かい、ゆっくりと確実に歩き始める。
「スタァァァァァァァァァァズ!」
ジルは素早く回転するとブラッドの腰のホルダーからサムライエッジを取り出す。サムライエッジの二挺射撃で怪物の顔を何度も撃ち抜く!
サムライエッジは S.T.A.R.S.の為だけに改良された特別のハンドガンである。更に隊員ごとにカスタマイズが施された代物である。威力、精度共に並みのハンドガンの比では無い。そんな拳銃から放たれる銃弾の嵐、無類の耐久力を誇るであろう大男も膝をつく。しかしジルは油断をしない。
「やっては……ないわよね。今の内に逃げないと!」
ジルは警察署へ向かって走り出す! が残り数十メートルという所でジルは止まる。突如の爆発がジルを襲ったからだ。重症ではないが爆発の余波で吹き飛ばされ、倒れる。
「い、一体、何?」
ジルが立ち上がると視界に入ったのはロケットランチャーを装備した大男の姿だった。しかし先程ダウンさせた大男はまだダウンしたままだ。悪夢の二体目である。
「ち、ちょっと冗談でしょ? 早く中に入らないと!」
無我夢中で走り、警察署の門まで来た瞬間、更なる悪夢が襲う。警察署の屋根から三体目が下りて来た。
「嘘でしょ?」
ジルが戸惑っている内に先の二体が尋常ならざる跳躍力でジルの背後に回った。怪物三体に包囲されたジルは覚悟を決める。
「ここまでか……」
「スタァァァァァァァァァァズ!」
怪物の一体が標的にトドメを差そうと拳を振り上げたその時!
怪物は吹き飛ばされた。飛び蹴りで吹き飛ばされたッッッ! 何が起きたか理解が追い付かないジルは周りを見渡し、それを目にする。
髪は長く、顔は整っていた。しかしその身体は怪物達と勝るとも劣らない程、巨大であった。見ただけで分かる筋密度の異常さはその人物が人ならざる者であると物語る。胸もあり、女性の様だ。服は一応着ているが最大サイズであろう服もところどころ破れ、明らかに合っていない。そしてその行動はこの女性、いや雌が野人であるという決定的な証左になった。
喰っているッッッ! 倒れた怪物を食しているッッッ!
怪物は抵抗する余裕もなく、顔面、そして頭部全体を食された。あまりの出来事にジルは唖然とする。この人物がウイルスに犯された怪物ではない事は雰囲気で分かる。ウイルス怪物がただの生物に食われるという前代未聞空前絶後の出来事だ。
残りの二体はこの野人にロケットランチャーを向ける。
「喰らえ!」
二体の怪物は数回の爆発に巻き込まれた。その衝撃に怪物達は膝をつき、倒れる。ジルが後ろに視界を動かすとグレネードランチャーを持った迷彩服の男性が居た。
「さあ、此方だ」
男性に催促されるとジルと野人は男性と共に警察署内に入る。扉に貫木を入れると男性は一息付く。
「ふう。危ない所だったな」
「助けてくれてありがとう。私はジル。ジル・バレンタイン。このラクーン警察署の特殊部隊S.T.A.R.S.の隊員よ」
「警察官だったか。俺はアンブレラ特殊部隊U・B・C・S隊員のカルロスだ。宜しく」
「アンブレラ……」
「どうかしたか?」
アンブレラの名を聞いたとたん、ジルの表情は曇る。現時点で確証はないが十中八九、この状況の元凶はアンブレラだ。その特殊部隊となると警戒の対象になる。しかしジルは探りを入れる。
「貴方達は何の任務で来たの?」
「俺達は市民の救助を目的として派遣された。まだ生存者はいる、俺達は諦めちゃいない。取り敢えず時計塔に集合する事になっている。時計塔に行くには電車を動かす必要があるが、あと特殊なオイルが必要だ。どこか心当たりがないか?」
「街のガソリンスタンドならあるかもしれない。品揃えがいいの、あそこは。飛行機の燃料まであるんだから」
「よし。悪いが同行してくれないか? どちらにしろここも危ない。電車で一緒に脱出しよう」
察するにカルロスはアンブレラの暗部を知らない様だ。単純に市民救助を目的にしている。カルロスの言う通り、ここも危ない。ジルは同行する事にした。
「分かったわ、付いていく。電車を動かしましょう」
「理解してくれて助かる。ところでこいつはどうする?」
二人の視線の先に野人が佇む。二人に襲い掛かる様子も敵意を抱いている様子もない。
「連れて行きましょう。仲間は多い程助かるもの」
「大丈夫か? さっき見ただろう? あの怪物を食べる姿を……こいつもウイルス製の怪物なんじゃ……」
「それなら私達はとっくに食べられているわよ。さあ、私達についてきて!」
何者かの仕業か、ラクーンシティ警察官のシンボルである女神像が粉々に破壊されている。中に入れる様だ。
「ここを行きましょう」
三人は緊張感に包まれながら階段を降りた。
とある新聞記事
アメリカ・コロラド州にある核廃棄物隔離施設内地下に存在する岩塩層からジュラ紀時代に生存していたホミニンが発見された事は人類史上最大級の発見として記憶に新しいが、ホミニンが見つかった更に一キロ下の岩塩層から同種の雌の姿が見つかった。先の個体と同じくティラノサウルスと闘っていた瞬間に塩漬けになったようだ。そして精鋭学者プロジェクトチームがこの奇跡の新種の蘇生に成功したのも記憶に新しいところだが、雌の蘇生プロジェクトをなんとあの製薬業界第一位のアンブレラ社が請け負う事になったのだ。
幹部の一人は取材に対して「人類史上、いや生物史上に残る奇跡の種の蘇生プロジェクトに携われるのはこれ以上ない喜びだ。我々は製薬や人体のケアに対して膨大なノウハウがある。是非、アルバートペイン博士率いる研究チームの偉大な業績に続いて行きたい」と意気込みを語った。