階段を降りた先には事務室の様な部屋があった。奥には古いエレベーターがある。古き良きアメリカのデザインであるが現在の状況では不気味さをより際立ている事に一役買っている。勇次郎はボタンを押し、エレベーターに乗り込む。下への片道切符だ。
エレベーターが止まる、辿り着いたのは工事現場の様な空間だった。下に行く為の階段があり一つ目の踊場に光が照らされている、奥に通路が在るようだ。とても警察署の地下に存在していい空間とは思えないが勇次郎は笑みが止まらない。
「フフ……何か、居るぜ」
勇次郎はゾンビ達とも違う気配を感じ取っていた。今まで屠ってきた兵士や獣達とも違う異様かつ異常なる気配を。
通路の天井と床は金網で出来ていた。足を進める度に金属音が鳴り、下からは機械音が響く。下の階は機械室の様だ。やがて上からも金属音が鳴り響いて来る、足音、しかも二人分の足音だ。
「ゾンビじゃねえようだな」
勇次郎は足音の間隔から足音の主達が化物ではない事を看破する。勇次郎の推察は正解だった。進んだ先にアジア系の女性と白人の少女が居た。二人は倒れたロッカーの先に体を丸くして潜む様にしていた。
「生存者か」
勇次郎の一言にアジア系の女性は安堵の表情を浮かべる。一方、白人の少女は脅えたままだ。
「良かった、私達以外にも意外と生き残った人間がいるのね。もっともお嬢ちゃんとは出会ったばかりだけど」
「あ、あ、あ……」
少女が恐怖に歪めた顔で指を指すより早く勇次郎が後ろを振り返る。そこには人為らざる者が居た!
一見すると金髪蒼眼の白人だが、ゾンビと同じく全身の皮膚が爛れていた。そして身長や体格はゾンビや人間の比ではなかった。2mは優に超えるであろう身長に、最早霊長類というより巨大肉食獣に近い肩幅を有している。そして目につくのは巨大な身躯と比べても肥大化した左手である。黒く変色し、その筋密度は見るからに人間の限界を超えている。そしてその超筋密度の腕が勇次郎に向けて振り上げられた。
バキィ!
勇次郎は当然の如く攻撃を回避するが、怪物の振り上げられた腕は金網の床に直撃する。床は崩壊し、勇次郎と怪物は下の階に放り出される。強靭な脚を強く踏み着地した勇次郎と違い、怪物は床に叩き付けられる様に落下した。怪物は鉄パイプに捕まりながら立ち上がる。
「ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
醜い姿に変わり果てた故か、身体の痛み故か、怪物は雄叫びを上げる。鉄パイプを難なく引きちぎり、勇次郎の方へ足を進める。肥大化した左腕から花が開化する様に巨大な目玉が出現し、怪物は標的を殲滅せんと更なる雄叫びを上げる。
「面白い!跳ねっ返りとは即ち鮮度ッ!」
「ぬん!」
怪物が凶器を真上に振り上げ、放った一閃を勇次郎は両手をクロスしたガードで受け止める。大抵の攻撃はものともしないオーガの身体が軋む、勇次郎は悪魔の微笑みを浮かべる。
「この怪力……オリバ並、いやそれ以上ッッッ!」
化物の筋力はオーガも認める米国最強の筋肉魔人ビスケット・オリバすら凌駕している、勇次郎は最初の一撃でそう確信する。バイクを片手で投げ飛ばし、ヘリ相手でも力負けしない、散弾銃の銃弾ですら致命的ダメージには及ばない筋肉を極めし者よりも上等な筋肉、勇次郎はそそられていた。
「ヴォォォォォォォォ!」
怪物は狂った様に見境無く周囲を鉄パイプで殴打していく。機械から蒸気が漏れ出す、視界が徐々に失われていった。
「この様子だと自我はもうほぼねえか……」
勇次郎の言葉と同時に怪物はその姿を消す。雄叫びは聞こえるが醜悪な姿は見えない。勇次郎は髪を逆立てて警戒する。
「身を隠して機先を取る、アメリカの喧嘩は遅れているぜ。と言いたい所だが闘争に関しての知能は失われていない様だな」
その時!
高く舞い上がる醜悪の一閃が勇次郎目掛けて落下してくる。勇次郎は口元を緩めた。
グシャ!
勇次郎は上からの攻撃のカウンターとして胴回し蹴りを敢行する。落下中という最も無防備な体勢ではまともに防御など出来なかった。怪物は悲鳴にも似た雄叫びを上げ、震えながらよろめる。この期を逃すオーガではなかった、綺麗な型のストレートを左肩の大目玉に食らわす。格闘技の中では極めて基本的な技だが、パンチ一つで構造物を破壊するこの男が放てば、スタンダードな技でもどんな生物をも屠り去る凶悪兵器へと変貌する。
「ヴォォォォォォォォン!」
勇次郎の放った左ストレートは怪物の大目玉を破壊し、肩の奥まで拳が入り込んでいた。黄色に近い血液の様な液体が溢れんばかりに垂れ流れていく。怪物は体勢を崩し、鉄パイプで出来た仮囲いに倒れかかると底の見えない谷間に吸い込まれるか如く落下していった。断末魔の様な雄叫びだけが機械室内に虚しく響く。
「この高さ、生きてはいまい」
(普通ならば……な)
一般常識で考えたならばこの高さから落ちて生きている生物などほぼ居ないであろう。たとえ生きていたとしても数ヶ月は再起不能の筈だ。しかし勇次郎は本能的にこの戦いはまだ終わっていない事を悟る。
「良かった、生きていたのね」
アジア系の女性が勇次郎に声を掛けると同時に梯子を下ろす。勇次郎は余計なお世話と言わんばかりにジャンプで二階に上がった。
「進みながら話す。お前らは?」
「私はFBI捜査官、エイダ・ウォン。ラクーンシティでの不穏な動きを知って捜査しに来たの。まさかこんな事態になるとはね。お嬢ちゃんは?」
「私はシ、シェリー。お母さんに言われて警察署に来たんだけど……」
「この有り様だったって訳ね。で貴方は? ラクーンシティの住人でも無さそうね」
勇次郎はフンとエイダを軽くあしらい、ただ前に進む。途中橋を動かすレバーがある部屋を通過したが勇次郎は目もくれない。エイダは勇次郎を押し退ける様にレバーを倒す。橋が移動するとエイダは再び口を開く。
「しかし、あの化物は何だったのかしらね?ゾンビ達とも違う感じだったし」
「ゾンビどもは逆立ちしたってあの強さは手に入れられねぇ。発生源は別と見るべきだろうな」
「しかしアンブレラがあんな生物まで作っていたとすれば……大問題ね」
アンブレラ
勇次郎はその一言に微かに反応するが、表情は変わらなかった、いや変えなかった。エイダは何かを感じ取るがそれ以上は追及しない。
三人は道の終着点にある梯子の先にあるマンホールを開けた。そこはラクーン警察署の駐車場だった。十数台は止められる広さで、外界と行き来出来る唯一の入り口はシャッターで閉まったままだ。エイダはシャッター前の機械に近寄ると軽く溜息を付く。
「駄目だわ。このシャッターを開けるにはカードキーが必要ね。カードキーを探さないと……」
「アホウ」
勇次郎は不敵な笑みを浮かべると同時にシャッターの前に立つ。
「ジャァ!」
蹴りを放った様だが比喩無く、その動作は二人の目に止まらなかった。気付いた時には一人分入れる位の穴がシャッターに開いていた。
エイダ(ジャ、ジャブより早えぇぇ!)
二人が勇次郎に驚嘆したのと同時に駐車場内に足音が鳴り響く。まるで濡れた靴で歩いているかの様な音だ。その数は段々と増えていく。数十分の足音が三人に迫り来る。
「今度は何?」
「キャアァァァァ!」
シェリーが悲鳴を上げた先には異質を極めた者が居た。
脳が剥き出しになっており、目はなかった。全身皮膚が無く、脳同様に筋肉構造が剥き出しである。前足に生えた巨大化した爪は人体を容易に切り裂く事が出来るであろう。天井にまで届かんとする長き舌を縦横無尽に振り回すその姿は『舐める者』と呼ぶに相応しかった。『舐める者』の数は数十体にも及んだ。
「お前ら先に行けッッッ!」
勇次郎が叫ぶとほぼ同時に怪物は勇次郎に襲い掛かる!しかしオーガの振る舞いは動揺の欠片もなかった。鬼は三度不敵に笑う!
その時の様子をシェリー・バーキン(12)はこう語る。
「は、はい。あの人は怪物が飛び掛かって爪を振り上げた時にもまるで避ける様子はありませんでした。私はあの人が殺されると思って思わず目を手で塞いでしまったんです」
「ただ数秒後、様子が変だなと少し目を開けたら……そうです。怪物が真っ二つになっていたんです。ええ、あの人は重火器はおろかナイフ一本も持っていませんでした。エイダさんは『やっぱりジャブより早えぇ』って小さい声で呟いていました」
「そしたら、怪物達は全員声を合わせた様に数歩後退りしたんです。まるで目の前の男には絶対敵わないと悟る様に……
あの怪物、リッカーって呼ぶんですよね。リッカー達は長い舌で威嚇するのが精一杯でした。でも一体のリッカーがあの人に飛び掛かったんです。ここでコケにされてたまるかと言わんばかりに」
「ええ、そうです。あの人はリッカーの後ろ足を掴みました。は、はい、私も驚きました。まるでヌンチャクの様に怪物は振り回されました。あまりに速度が早すぎて振り回されている筈の怪物の姿が全く見えませんでした。血が飛び出して、あの人がまるで赤い『ドレス』を着ているかの様な錯覚に陥りました。その後はエイダさんに手を連れられて、そ、その場から逃げました……遠くから見た限りではリッカー達は沈没船から逃げるが如く、我先に逃げたしていた様に見えたんです……ええ、あの人は鬼の様に仁王立ちしたままでした」