ラクーン警察署の駐車場は血に染まった。しかし駐車場に唯一いる男には一筋の傷すらない。ドレスによってズタズタにされたリッカーの死骸を蹴り飛ばすと勇次郎は立ち止まる。このまま先に進もうとも考えたが、マービンの事が頭を過る。一人でも多くの人を救いたいと言ったあの警官が、弱者の為に国家や体制と立ち向かい、自らの夢を犠牲にした友人と重なったのだ。考えを改めた勇次郎は近くの扉を開ける。奥にはエレベーターがあった、署長専用のエレベーターの様だ。上に行き、着いた先から道なりに進むとそこは署長室だった。高級感漂う机に多種多様な剥製が目につく、一署長室としては余りに豪華過ぎる部屋だ。緻密な頭脳を持つ勇次郎は直ぐ様真相に辿り着く。
「アンブレラか……警察署までこのザマかッ」
机を見渡すと一枚の紙が置いてあった。オーガは目を細めて手に取る。
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ユージローへ
警察署は安全だと思っていたが、ここも化物の巣窟になっていた。俺とクレアの事はいいから早く脱出するんだ。俺達は一人でも多く生存者を見つけ出して脱出する。
レオン
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「アイツら……人の事を心配している場合かッッッ!」
勇次郎は軽く昂る。怒りからではない、一般人なら誰もが恐怖のどん底に陥る状況でも他人の事を考える二人の精神性に揺さぶられたからだ。軽く舌打ちをしてオーガは部屋を後にする。鍵は掛かっていなかった、恐らくレオン達が開けたのだろう。廊下を進んだ先にあるスペードのマークが描かれてあった扉も同様だった。事務室は特に変わった所はない、事務室の扉を開けるとそこは目的地のホールだった。勇次郎は二階から飛び降り、一階に着地する。
「手遅れか」
そこには白目を剥きながら獣の様な呻き声を上げるマービンの姿があった。最早自我は失われていた。
「せめてもの餞別だ、静かに逝かせてやろう」
しかしそれは叶わなかった。
グシャ!
マービンは潰された。二階から降りて来た巨人の重圧はゾンビ一体を潰すには十分過ぎるものだった。
巨人は3メートルに迫る身長、筋肉質という言葉では言い表せない程の体格、勇次郎が見てきた数々の格闘家をも超越した肉体を有している。そして人間とは明らかに違う不気味な皺と人間には到底真似出来ない冷酷極まりない眼光が、巨人が人間ではないと断定するに値する証拠であった。全身を漆黒のコートに身を包み、帽子を被った巨人は勇次郎の覇気にも全く臆する事無く、襲い掛かる。
「なんという夜だ……」
オーガが喜びを露にすると巨人の拳が顔前に迫る。空振りに終わったその拳はコンクリート製の壁を楽々と破壊する。巨人は再び勇次郎に近付く。
「クックックッ……ストライダムが君を真に満足させる事が出来る場所があるとのたまった時はどうしてくれようと思ったが」
巨人は数発のパンチを放つが標的には当たらない、しかし机、壁、床が跡形もなく吹き飛び、警察署のホールは滅茶苦茶に破壊されていく。周囲を全て破壊し尽くす様は『暴君』と呼ぶに相応しかった。
「あの野郎ッ!たまには当てやがるッッッ!」
巨人の攻撃が目前に迫ろうと言うのに勇次郎は突然立ち止まる。最早オーガの心中にはこの怪物を、この攻撃を堪能したい、その思いしかなかった。
暴君の大きく振りかぶった一撃が鬼の頭を直撃する!その音は最早生物が生物を殴打した音でなかった。鈍重な金属同士が激しくぶつかり合った如き音がホール内に響く。鬼は大きく仰け反る、しかしダウンする事は無い。鬼面毒笑、勇次郎はこの世のものとは思えない笑みを浮かべる。息つく暇もなく巨人の一撃が目前に迫る。
抜刀ッ!
ハンドポケット状態からポケット内で拳を加速し、外に出し、その捻りの力で相手を撃ち抜く。言うは易し行うは難し、達人クラスしか会得出来ない高等技術、そんな代物が巨人の顔面を撃ち抜いた!
決着ッッッ、巨人は壁にめり込んでピクリとも動かなかった。勇次郎は珍しく一息付く。地上最強の生物としても満足を通り越した感覚を得た一戦だった。
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駐車場まで戻って来た勇次郎は先へ進む。外は相変わらず酷い有り様だ。近くにガンショップが見える、勇次郎はガンショップの扉の前に近付くと手刀一閃、扉の鍵を切り裂いた。
「誰だ!?」
店内の奥から散弾銃を持った中年男性が現れた。男性は手元にある武器で勇次郎を威嚇する。
「一体何者だ?今すぐここから立ち去れ!」
「ほう、この範馬に銃口を向けるとは……」
すると女の子が奥から現れた。虚ろな目、おぼつかない足取り。勇次郎は察する。
「そのガキ、感染しているぜ」
「黙れ、この子は……娘は……私はどうなってもこの子と……」
「自らの人生……好きにするがいい」
男性と女の子は家に入っていった。ゾンビ達が蔓延るこの状況では寧ろあの親子の様になってしまう方が自然であろう。勇次郎は先へ急ぐ。裏通路を抜けた先に下水道への入り口が見える。工事中なのか、この騒動で崩壊して見える様になったのかは定かではない。下水道内は意外に整備されていた、まるで定期的に地下通路として使用している様だった。進むと地響きが起こる、地震とも錯覚するが勇次郎は違った。
「クックックッ……また何か居やがるッ」
更に進むと行き止まりだった。しかし高台から下へ降りられる。
勇次郎は何の戸惑いもなく飛び降りる。咆哮と地響きが近付く、それが何を意味しているかはオーガにはよく理解出来た。
「つくづく……なんという夜だッッッ!」
その瞬間、怪物の噛み付きが勇次郎を襲う。常人なら喰らえば跡形もなく消滅するであろう一撃だ。
怪物の正体は巨大な鰐だった。最も巨大な鰐であるイリエワニとも比べ物にならない程巨大、巨大、巨大だった。まるでその姿はかつての地球の支配者、恐竜そのものだった。アンブレラ、そしてこの騒動がこの様な怪物が生まれる原因になった事は想像するに難くなかった。
怪物の二連撃を容易く回避すると勇次郎は後ろに下がる。恐怖からではない、そもそもこの男に恐怖や畏れといった感情は一切無い。どちらが最強に相応しいか、試す為に下がったのだ。
怪物はその巨大な口を限界まで開ける、あとは閉じるだけで目前の敵はただの肉塊になれ果てる筈だった。
筈だった……
オーガは上顎を左手、下顎を右手で押さえ込む。怪物はそれ以上口を閉じられない。オーガはその凄まじい力で上顎、下顎を反対方向に回していく。鰐の顎がまるでねじり鉢巻の如く変化する。一応怪物も抵抗を試みるが焼け石に水だった。
怪物は知る、時既に遅いが知る。自分は地上最強からは程遠い存在であった事、自慢の怪力は目の前の『鬼』には赤子同然に等しい力である事、そして目の前にいる男こそ地球上で最も強き生物である事を……
怪力は全力で後退りする。この通路では自らの巨体もあり、方向転換出来ない。絶対に『鬼』からは逃れられないと知りながらも全力で後方に逃げる。ウイルスに犯されても生存本能という根幹は残っていた。勇次郎の上に向けての蹴りは地下廊下すら切断する。強き鰐も同様の運命だった。断末魔をあげる猶予も無く、怪物の躯は真っ二つに切り裂かれた。