「ヌオォォォォォォォォォォォォ!!!!次こそっ!!!爆裂パンチィ!!!!・・・ムギャッ!?」
森崎が燈咲との勝負に敗れ、治療を受けたその日の夜。昼間の練習を終え、今日も森崎はチームメイト達に黙って夜の自主特訓を行っていた。
重心を深く落とし、両手に熱気を込めて迫り来るタイヤに連撃を叩き込む。最初の一撃こそ拮抗したものの、次第に押され始める。威力を上げようと、殴りながら両手にさらなる熱気を込めようとする。
ーーーが、さらに熱気を込めようとしたのに耐えられなかったのか両手の熱気が霧散。当然ただのパンチで止められるはずもなく、森崎はあえなくタイヤに吹き飛ばされる。
「だァァ〜〜・・・上手くいかねぇ・・・」
吹き飛ばされて地面に倒れた森崎は、地面に大の字で寝転びながらボヤく。既に深夜の練習を初めて数日経つが、未だに爆裂パンチを習得出来るような気配は無い。
「パワーが足りてないのに、それを補おうとすると消えちまう・・・円堂さんはやっぱすげぇなぁ・・・こんな技を完全に使いこなせてたなんて」
爆裂パンチ・・・円堂守の技の中ではあまり知名度の高い技ではなく、事実使っていたのも2年前のフットボールフロンティアまで。熱血パンチを進化させた必殺技であり、全国的にも難度の低い技として知られているが、こうして練習してみてその難しさが分かる。
「っと!ボーッとしてる訳には行かないよな・・・大丈夫、何度もやればきっと出来る!諦めない心が最大の必殺技だって、円堂さんも言ってたんだ!っしゃあ!もう一回!!」
憧れの人の言葉を思い出しながら立ち上がり、何度も頬を叩いて気合いを入れる。そして木に吊り下げたタイヤを大きく揺らして、特訓を続けるーーー。
「わぁ〜・・・凄いなぁ・・・」
そんな森崎を屋上から眺める人影が1つ。この学校で唯一の天文学部所属の生徒、星舟だ。
以前に森崎の特訓を見掛けた星舟は、ここ数日はずっと彼の秘密特訓をこっそりと見学していた。
何故なのかは、星舟自身にもよく分からない。ただ、何となくだが・・・森崎の中に『輝き』を見たからかもしれない。
星舟が天体観測を始めたのは、夜空にキラキラと輝く星々が、自分には持っていないものを持っているように思えたからだった。その輝きに魅了され、星を眺めるようになったのだが・・・そんな輝きが、森崎の中にも見えたから、なのかもしれない。
「でも、お星さまっていうよりはお日さまって感じだけど・・・あ」
ぼんやりとそんな事を考えていた星舟。そんな彼女の眼前で、今一度森崎がタイヤに吹き飛ばされる。見始めた頃は吹き飛ばされる度に驚いて心配していたが、森崎は頑丈なのか吹き飛ばされても間髪入れずに起き上がる為、今ではそこまで心配することもないだろう、と慣れた様子だ。
「・・・あれ?」
が、森崎、起き上がらず。しばらく見ていたが、大の字に倒れたまま動く気配は無い。よく目を凝らしてみると、なんだか目を回しているような気もする。
「・・・気絶してる!?あわ、あわわわわ!!大変!!」
「む・・・ぐぬぅ・・・」
タイヤに吹き飛ばされた森崎が、ふと意識を取り戻す。どうやら気を失っていたようだ。ここ連日、昼に練習した後に夜の無茶な特訓だ。身体もかなり疲弊していたのだろう。
「・・・あっ、起きた!あの、大丈夫ですか?」
「・・・ん?」
そんな森崎に向かって声が掛けられる。どうにも自分のすぐ近くで話しているようだ。それに、なんだか後頭部の辺りに柔らかい感触がする。どう考えても地面のそれではない。
そんな疑問を覚えながら森崎がうっすらと目を開いていくとーーー
「大丈夫?練習の途中で気絶しちゃってたみたいでしたから・・・気分悪くないですか?」
彼の目の前に、柔らかな笑みを浮かべる女子生徒の顔が見える。
クリーム色のふわりとした長髪がライトに照らされて淡く輝き、その瞳は彼女の頭越しに見える夜空とよく似た、神秘的な美しさを秘めたもの。柔らかな笑みを浮かべる彼女は、正しく聖女のようだった。
「え・・・?えっと・・・これ、膝枕・・・?」
「あ、ゴメンなさい!地面に寝かせておくのはダメだと思って・・・嫌、でしたか?」
しゅんとした様子の彼女に、森崎はブンブンと首をふる。どうやら彼女は、見ず知らずの自分のことを心配して介抱してくれていたようだ。そんな相手に感謝こそあれ、非難する理由はない。
ただ、彼女は森崎のことを知らないだろうが、彼女の事を森崎は知っている。勧誘の時や移動教室の時など、何回かすれ違った事があるし・・・何より、今日の昼に刃金と香沙薙が見ていたのが彼女だったから。確か、名前は・・・
「星舟・・・さん?」
「?私の事、知っているんですか?」
「へ?・・・あっ、やべ!え、えっとほら!何回かすれ違った事あるじゃないっすか!そん時にたまたま名札を見てて・・・へ、変な意味じゃないっす!!」
慌てて弁明する森崎の様子に首を傾げながらも、そうなんですか!とちょっと嬉しそうな星舟。彼女からしたら、自分が一方的に見てるだけだと思っていた相手から知られていたのが嬉しかったのだろう。森崎からしたら刃金達が変な目を向けていた罪悪感しか無いのだが。
「・・・と、取り敢えず!すんません、ありがとうございました!お陰で助かりました。これで特訓のつづ・・・っと!!」
介抱してくれて星舟に礼を言い、再びタイヤ特訓に戻ろうと立ち上がった森崎だったが、途端に立ちくらみに襲われる。ぐらりと身体が揺れるが、なんとか足に力を込めて踏ん張り、倒れずに済んだ。しかし膝が笑っており、手も小刻みに震えている。一度気絶したのが皮切りに、疲れが一気に現れたようだ。
「あっ!危ないですよ!ただてさえ気絶していたのに・・・!今日の特訓は、これくらいにした方が・・・」
「っ、でも、まだぶっ倒れた訳じゃないんで、やろうと思えば・・・!!」
「・・・えっと、私はスポーツをやらないのであまり分かりませんが、こういうのは無理をするのは逆効果だと聞いたことがあります。しっかり休むのも、特訓の内じゃないですか?」
無理をしてでも特訓を続けようとする森崎に向けて、星舟からの言葉に冷水を掛けられたように冷静になる。事実彼女の言う通り、今無理をしたところで大した成果が得られるような気はしなかった。
それに、このまま続けて疲れが溜まり、明日の昼連に影響が出るのはまずい。燈咲から、効率の悪いタイヤ特訓や、怪我の危険性が上がる為部活外の特訓は控えるように言われている。バレれば怒られるのは必定・・・この短い期間でも彼女は怒らせてはいけない人間だと森崎を理解していた。可愛い見た目に反して鬼のような娘である。
「・・・そうっすね!このまま続けてぶっ倒れても、先生方に迷惑かけるだけですし・・・今日はもうやめときます。先輩も、ありがとうございました!俺のせいで、服汚れちゃったし・・・」
「いえいえ、お気にならさず。困ってる時はお互い様ですし、それにこれは汚れてもいいように着てるお洋服なので!」
「それならいいんすけど・・・あ、そういや先輩はなんで残ってるんですか?委員会とか?」
「いえ、部活動です!私、天文学部なので活動時間は夜なんですよ。それで、屋上から見た時に森崎君がタイヤでドーンッて・・・」
両手で押すような動作をする星舟。吹き飛ばされたところまで見られていたのか、と恥ずかしく思った森崎だったが、ふと先程の星舟のセリフに疑問が湧く。
「・・・あれ?俺、先輩に自己紹介しましたっけ?」
「えへへ・・・実は、私も森崎の事、元々知ってたんです。いつもこの時間、1人で練習してるから・・・部活動でこの時間まで残るので、屋上から、こっそり眺めてたんですよ」
少し恥ずかしそうに頬を掻きながらはにかむ星舟の様子に、なるほど、と森崎は手を打つ。ちなみに、名前は森崎同様、廊下ですれ違った際に見て覚えたとのこと。
「・・・改めて、初めまして。私は2年生の星舟。【
「はいっす!俺、森崎!1年の森崎堅固っす!神楽中サッカー部のキャプテン!・・・まぁ名ばかりなんすけどね。よろしくお願いします、乃愛先輩!」
「ふふっ、よろしくお願いしますね、森崎君!」
お互いにぺこりと頭を下げて挨拶をする森崎と星舟。その瞬間、一息ついたからか、はたまた激しく特訓した後だからか、その両方か。ぐぅぅ〜〜・・・と、森崎の腹の虫が食べ物を求めて抗議の音を奏でる。
「・・・なんか、一息ついちゃったから腹減ったなぁ・・・すんません乃愛先輩、俺、とっとと片付けて帰りますね!」
「えっ!?でも、怪我の手当をしなきゃ・・・!そのまま放っておいたら、より酷い怪我に繋がりかねません!」
「あっはは・・・それはそうなんすけど、空腹には勝てないっていうか、そもそも手当の仕方知らないっていうか・・・それに俺、頑丈ですし!昼間にもこんな感じでしたけど、やばい事にはーーー」
「駄目です!そんなに無茶してるのに、手当もしないで帰るなんて先輩が許しません!ほら、こっち来て!!!」
「うぇっ!?ちょ、乃愛先輩!引っ張らんで下さい!?」
ぷんすか、と擬音が聞こえるような雰囲気で少しだけ声を大きくした星舟は、森崎の抗議も聞かずに彼の手を掴み、校舎の方へと引っ張っていく。半ば無理矢理とはいえ、自分のことを心配してくれている女子の先輩の手を振り払う事は出来ず、森崎はそのままなすがままにされて連れて行かれた。
「ーーーはいっ!これで大丈夫だと思います!」
軽く森崎の背中をポンッと叩く。森崎の身体には丁寧に包帯が巻かれており、的確な処置がされている。先程までは氷嚢を打撲部分に当てていた事もあり、どうにも星舟は応急手当に慣れているようだ。森崎も、先程までよりも痛みが少なく、体を動かすのにも支障がない。
現在森崎は、星舟に連れられて校舎内にある天文学部の部室にいた。近くには応急セットが広げられ、星舟がそれらを使って森崎の手当を行っていたのだ。
「おぉ・・・!凄いっすね、全っ然痛くねぇや・・・!星舟先輩もなんかスポーツやってたんすか?」
「いえ、私は特にスポーツはやってないんですが、うちの顧問の先生から教えて貰ってて・・・とにかく!もう、こんなふうな無茶をしてはいけませんよ?怪我をしてからじゃ遅いですからね!」
ピシッ!と森崎の鼻頭に指を突きつけ念を押す星舟。ほとんど話したこともない自分にここまで世話を焼いてくれた星舟に感謝を抱きながら、すみません、と申し訳なさそうに謝る。
「ちゃんと気を付けてくださいね?・・・あっ!そうだ、ちょっと待ってて!」
心配そうな顔だった星舟が、ふと何かを思い出したかのように立ち上がる。そのまま彼女は少し離れ、部屋の隅に置いてある棚の真ん中ーーー『乃愛』とラベルの着いた棚から、自身のカバンを取り出す。
「確か今日は持ってきて・・・あった!」
そして彼女がカバンから取り出したのは、可愛らしくラッピングされた袋と小さめの水筒。袋の中に入っているのは、どうやらお菓子の様だ。彼女は別の場所にある棚からカップを取ると、水筒の中に入っていた紅茶を注ぐ。どうやら小さめの水筒は魔法瓶のようで、紅茶はもくもくと湯気を上げている。
「これ、私の作ったお菓子です!あんまり量はないけど、お腹の足しになればいいんですが・・・」
「えっ!?いやいや、流石にそこまでしてもらう訳にはいかないっすよ!!それにそれ、乃愛先輩のもんでしょ?」
まさかの申し出に森崎は慌てて断る。確かに腹が減っているのは事実だが、知り合ったばかりの先輩に手当をさせ、挙句に食べ物を貰うなんて申し訳なさ過ぎる。そう思い首を振ったが、星舟は気にした様子もなく笑う。
「いいんですよ!私が自分から言ってるんですし・・・」
「いや、でも、うーん・・・それじゃ、少し貰っていいですか?先輩も一緒に食べましょ!」
「?気にしなくても、全部食べていいんですよ?」
森崎の提案にキョトンとした顔でそう言う星舟だったが、森崎はいやいや、と手を横に振る。
「全部貰うとかアレですし・・・それにほらっ!こういうのって誰かと食べた方が美味しいじゃないっすか!ね、だから一緒に食べましょ!」
森崎がそう笑う。
そんな時、星舟の脳裏にある光景がよぎる。少し前、まだ自分が1年生だった時。この部室に、自分以外にも友人達がいた、そんな日。
『じゃじゃーん!!今日はタルト作ってみた〜!!』
『うわすごっ!!美味しそ〜!!それに比べて結衣のは・・・』
『うるっさいわね!?料理初心者なんだから仕方ないでしょっ!?』
『それは言い訳だぞ〜結衣ちゃんさんよ〜?見たまえ!結衣ちゃんさんと同じタイミングで始めたこちらの星舟乃愛ちゃんの作品を〜!!デケデンッ!!』
『私は美結ちゃんによく教えてもらってるだけだから・・・結衣ちゃんのもすっごく美味しそうだよ?』
『物の見事なフルーツサンド見せられた後にそう言われても嫌味にしか聞こえないわよォ!!むきーっ!!その余裕がなんか悔しいっ!!』
『女の嫉妬は醜いぞ〜結衣〜?』
『あんたは黙ってなさい陽子!!』
『アハハハ・・・』
「ーーーうん。そうだね、一緒に食べよう」
昔は5人。現在は1人。だけど、ここにはもう1人いる。人は違うし、彼は天文学部ではない。けど、またこうやってこの部室で小さなお茶会が出来る、そんな事実が、妙に嬉しかった。
「・・・ありがとう、森崎君」
「ん?なんか言いました?」
「うんうん、なんでもないの。ほら、食べよう!これ森崎君の分!」
「わーい!!いただきまーす・・・ってくそうめぇ!?」
「ほんと!?良かったぁ・・・」
星舟のお菓子作りの腕に驚く森崎と、褒められて少し安心したように息を吐く星舟。そんな2人は、その後もしばらくは他愛のない話ーーー2年生はどんな事をやるのか、前にそれやったなーや、数学の牧村先生の授業はちょっと眠くなってしまうなど、本当に他愛のない話だ。
そんな時、ふと星舟が森崎に尋ねる。
「そう言えば、森崎くんはサッカー部を作ったんですよね?部員集めは順調ですか?」
「はいっ!ちょうど今日、カゲ先輩と翔さん・・・えっと、秋宮先輩と、かざ、かざ・・・かざなんとかって苗字の・・・」
「カゲとカザ?・・・秋宮君と、香沙薙君のこと?」
「そうだ香沙薙さんだっ!!その2人が入部してくれて、今は9人っす!!」
ふと知った名前の2人が出てきて、星舟は驚く。同じクラスの2人だが、サッカーをやっていたなど聞いたことが無い。もしかしたら自分が知らなかっただけで経験者だったのかもしれないが、どちらにしろ彼らの運動能力は学年でも有数の高さだ。スポーツならばどんなものでも熟せるであろう力は持っているのだろう。
「そうだったんだ、あの二人が・・・部員、早く集まるといいですね」
「はい!いやーこんなに早く集まってくれるとは思ってなかったっすよ!残りの勧誘も頑張って、フットボールフロンティアに出場して!そして優勝してみせます!!」
ドンッと自分の胸を叩いて森崎が力強く断言する。その目には確かな決意と、これから出会う相手にワクワクしている感情があるのを星舟には何となくだが分かった。それと同時に、部員達を愚直に信じているのだろう彼の姿は、酷く眩しいものに見えてしまう。
「ーーーいいなぁ」
「?何がいいんすか?」
思わず口に出してしまった星舟は慌てて口を手で塞ぐが、時すでに遅し。森崎に聞かれており、その言葉の意味について聞き返される。
言うべきか、言わざるべきか。
未来に向けて走り出そうと頑張っている後輩に、こんな話をしてもいいものか、不安にさせないだろうか。言わない方がいいとは思った。
しかし、何となく。本当になんとなくだがーーーこの子には、話しても大丈夫だと思った。
「ーーーそうやって、みんなで何かに向けて頑張るの、すごく羨ましいなって思って」
「?それってどういう事ですか?」
「あのね、とっても情けないお話なんだけど・・・私ね、天文学部の部長だって言ったでしょ?でも天文学部ってね、私一人しかもういないの」
「・・・え?でも、部活を作るには最低5人は・・・」
「そうなの。最初は、5人だった。私が、同じクラスだった子達を誘って天文学部を作ったの」
それから、星舟は話した。少し、さわりだけを話すつもりだったのに、堰を切ったように雪崩出てしまった。
クラスでも特に仲の良かった子達を誘って天文学部を作った事。
その子達は天体観測なんてやったことも無いし、事前知識も無かったので、自分が部長になって教えたこと。
みんなで楽しく、本当に楽しくやれていたこと。星を見て自分が解説し、みんなで持ち寄った手作りのお菓子などで小さなお茶会をして、他愛ない会話を楽しんでいた事。
途中から徐々にみんなが天体観測に行きたがらなくなり、部室でお茶会だけやる事が増えたこと。
何度も誘ったが何かにつけて断られ、次第に一人、また一人と辞めていった事。
一番仲の良かった子だけは、自分に付き合ってくれていた為、その子だけは本当に星が好きになってくれたんだと思った事。
ーーーそれが、勘違いだったと思い知らされた事。
「私が、私が悪かったの。部を作る時、みんな喜んでくれてたから、みんなも星や星座に興味を持ってくれたんだって………みんなに、やりたくない事、押し付けて………1人になって、当然だよね………」
なぜ分からなかったけど、全部さらけ出してしまった。相手が天文学部とは関係ない子だったから?この子なら自分を慰めてくれると思ったから?
・・・いや、それ以上に。
自分が、誰かに言いたかったんだ。
自分の過ちを。この懺悔を。近しい人には言えなかったからこそ、誰かに、この事を。
「・・・うーん・・・・」
それでも。自分の言葉を聞いても。
「ーーー俺はそんなことないと思いますよ?」
彼は、当たり前のようにそう言ってくれた。
「・・・え?」
「いやだって、なんというか、あーっと・・・乃愛先輩、その誘った友達が星に興味持ってないの知っててずっと星の話してたんすか?」
「うんうん、違うよ・・・相手が嫌なら、そんな事、しないよ・・・」
「ほら。別に乃愛先輩は相手が嫌がるからやってた訳じゃなくて、自分の好きなもの知ってもらいたかったんですよね?なんというか・・・大事な友達だったからこそ、知って欲しかったんじゃないっすか?」
それを受けた星舟は、大きく、大きく目を見開いてーーーこくり、と弱々しく頷いた。
そうだ、自分はどうしようもないくらい星が好きで、大好きで、我を忘れてしまうくらいの憧憬を覚えていて。
だからこそ、大切なみんなに、少しでも星の魅力を知って欲しかった。大切だった彼女達にも、星を好きになって欲しかった。
「で、でも、そのせいでみんなに迷惑を・・・」
「自分の好きなものを友達に知って欲しいって気持ちは当たり前なんじゃないんですか?俺だって、友達にはサッカー知って欲しいですし、出来るならサッカー部に入って欲しいっすもん。・・・あーでも、それで相手が嫌がったらダメなのか?でも乃愛先輩は悪くないもんなぁ・・・」
自分が悪いと言い続ける星舟に対し、あっけらかんとそう言ったあと、1人うーんと悩む森崎。
「えーっと、まぁなんというか!!乃愛先輩が絶対的に悪い訳じゃない、と思いますってことっす!!・・・ってまぁ、今日話したばっかりの俺にそんなこと言われてもアレでしょうけど・・・」
「・・・ううん。ありがとう、森崎君。そんなふうに言ってくれて・・・すっごく楽になった」
「!それなら良かった!!力になれたんなら嬉しいっす!」
誰かに話したからか。それとも森崎の言葉によってか。星舟の表情は、話し始めた頃に比べて、かなり柔らかく、落ち着いた顔つきへと変化していた。
「明日、みんなにちゃんと話して、謝ってみようと思う。最後まで残ってくれてた結衣ちゃんがやめちゃった後は、みんなそれぞれ別の子達と仲良くなって、話すこともなかったから・・・」
「それがいいっすよ!!大丈夫、乃愛先輩いい人なんだから!!きっとその人達と、また仲良く話せるようになりますって!!」
「ふふっ・・・ありがとう。ーーーねぇ森崎君、森崎君は、何かないんですか?」
「・・・へ?俺っすか?」
虚をつかれたのか、ぽかんとした表情をする森崎。そんな彼の様子に小さく笑いながら、星舟は頷いて話を続ける。
「はい。森崎君には、こうやって慰めてもらったから・・・私が力になれる事はありませんか?相談事でも、頼み事でも、何でもいいから」
「いや、そんな!手当とかしてくれたお返しみたいなもんで!!・・・結局俺なんにも出来てませんし、ただ自分の思ったこと言っただけですけど・・・」
森崎はそういうが、彼の言葉によって星舟の心が軽くなったのは事実。遠慮しないで欲しい、と星舟が伝える。
星舟乃愛という少女は、責任感が強く、また物腰柔らかな態度から多くの人に頼りにされる人物だ。しかし、それ故に彼女自身の悩みを相談出来る人間は極々わずかだった。
それこそ、天文学部で1人になり沈んでいた星舟を心配して声を掛け、今では親友とも呼べる間柄になった秋雨という少女。この神楽中では、彼女だけだろう。
その秋雨にも、心配をかけたくないという思いからこの相談をしたことは無かった。それをこうやって話すことができ、次へ歩もうと思えたのは間違いなく森崎という少年のお陰。そんな彼の力に、少しでもなりたいと星舟は感じたのだ。
「あー、んー・・・んじゃ、1ついいっすか?」
「はい!なんでしょう?」
「2年生とか3年生に、サッカーの経験者とか、いたりしませんかね?」
そんな森崎が星舟に頼んだのは、サッカー経験者の情報。一年早く自分たちよりこの学校に入学している星舟なら、誰か知っていたりしないか、と期待してのことだった。
そんな星舟には、すぐに思い当たる人物が2人ほど。しかも、どちらも親しい友人だ。
「サッカーの経験者・・・2人、知ってますよ」
「マジ!?まじっすか乃愛先輩!?そ、その人紹介してくれません!?あわよくばサッカー部に入るように説得して下さぁい!!!」
テーブルにゴァン!!と勢いよくぶつける程に頭を下げた森崎。その音に星舟がひゃっ!と驚いたが、ひとつ咳をし、気を取り直してから話を続ける。
「2人に紹介するのは大丈夫なんですが・・・1人は知り合いの練習に付き合ったことのあるだけで試合経験は無いって言ってたし、もう一人は怪我してて激しい運動は出来ないって言ってたよ?」
「それでもっす!!試合経験無くてサッカーやった事あるだけでも有難いし、怪我で試合出来なくても指導とかしてもらえれば万々歳なんで!!どうか!!!どうかこの通りぃ!!」
「わわわっ!!紹介する!!紹介しますから!!だから机に頭ゴンゴンしないで!!怪我しーーーてないっ!?むしろ机の方が凹んでいってる!?」
「タイヤ特訓の成果っす!!」
「えぇ!?た、タイヤ凄いね!?」
自分でも何言ってるんだろうと思うようなことを口走る星舟。それほど困惑しているということでもあるのだが・・・。
その後、夜も遅いから、という事で帰宅することとなった2人。しかし、送っていきますよ!という森崎の気遣いにより星舟の家まで他愛ない話ーーーサッカー部の練習についてや、ちょっとした星に関する豆知識などーーーをしながらのんびりと進み、彼女の家の前で別れたのだった。
『ーーーなるほど、その子を両親に紹介できなかったのが心残りだと言うことですね』
「ひとっっっっこともそんなこと言ってないよねアルちゃん!?私の話ちゃんと聞いてくれてた!?」
その日、自室のベッドに寝転がった状態で友人と通話をする星舟。電話の相手は彼女の親友であり、同時に今回の勧誘相手の一人。同じ2-D所属の少女、【
『冗談ですよ乃愛。・・・しかし、サッカー部にですか。確かにあのバカの練習に何度か付き合ってましたが、経験者と呼べる様なものではありませんよ?』
「今のサッカー部、人数すら足りてないみたいなの。9人いて、リトルの経験があるのが2人、独学でやってたのが3人、完全初心者が4人って状態みたいで・・・」
『悲惨ですね。それで目標がフットボールフロンティア優勝とは・・・まぁ、他ならぬ貴方の頼みです。特に部活に入っている訳でもないですので、引き受けますよ』
「ほんと!?良かったぁ・・・薫ちゃんにも連絡しなきゃ!」
『あの子は是非も無しに引き受けるでしょうね。弟くんがサッカー部に居るはずですし』
星舟と秋雨の話にでてきた3人目の少女。同学年で別のクラスであるその少女こそ、星舟が言っていたもう一人のサッカー経験者である。実はサッカー部の誰かの姉なのだが、それはまた次回語ることとしよう。
『それで?まだ何かあるんでしょう?』
「えっ、なんで分かるの!?」
『乃愛は単純ですからね。貴方の話し方から思うに、私や薫を誘うだけじゃなく・・・何か、相談事でもあるんじゃないですか?』
確信を持っているかのように響く親友の声。姿も見えず、声のみで自分の考えを見抜く辺り、やはり秋雨有華は聡明であり、同時に自分の事を深く理解してくれているのだな、と感じた。
そんな彼女に向けて、自分の考えーーーという程大層なものでは無いのだが、一つ確認をとる。
「あのさ、アルちゃんは生徒会だよね?」
『えぇ、一応会計ですが』
「あの、さーーー
ーーー『兼部』について、なんだけど」
「えぇ、はい。確認しましたけど、可能でしたよ。明日、一緒に書きましょう。・・・はい、それでは。おやすみ、乃愛」
プツリ、と通話を切り、携帯をポン、とベッドの上に放る。そんな様子を見て、秋雨の目の前にある画面に映る先輩がケラケラと笑った。
『いやー、なんやいきなり連絡きたからどないしたんかと思ったけど、乃愛ちゃんが兼部なぁ!あの星空大好きっ子がえらい珍しいことするやん』
「すみません、支倉先輩。こんな時間に急に連絡なんてして。まぁどうせ暇してたんでしょうけど」
『ひっどい!?うちかて乙女や、やることなんてぎょーさんあるわ!!うえ〜ん!後輩の冷血有華ちゃんが敬ってくれへん〜!!』
わざとらしく目元を手で覆って泣いたふりをする生徒会の先輩の様子に興味ないと言わんばかりにそうですか、と短く返す秋雨。これは別に秋雨が彼女ーーー支倉静穂を邪険に扱っているのではない。むしろ、親しい間柄だからこそこの対応なのだ。現に支倉の方もケロッとした態度で元の表情に戻っている。
『にしても、アルちゃんと乃愛ちゃんがサッカー部になぁ・・・薫ちゃんは面識無いけど、あの子やろ?あのお勉強の出来る、水色のストール巻いてるおっぱい大きい子!!』
「セクハラですよ支倉先輩」
『女同士やのに!?まぁええわ、怪我しとるらしいけど、確かにサッカー部には指導者すらおらんからなぁ・・・あっ!そうやアルちゃん!!』
「?」
『気を強く持つんやで、アルちゃん。神楽中男子の中で二大巨頭ーーーいや、『二大巨山』とも呼ばれる豊かな2人に挟まれても、アルちゃんにはそのスタイルがあるんや!!充分魅力的やで!!』
「支倉ですよセクハラ先輩」
『支倉ですよってなんやねん!?セクハラ先輩ってなんやねん!?ほんと、もう少し敬ってくれてもええんちゃう!?』
ぎゃあぎゃあと文句を言うセクハラ。そんな彼女に向けて、秋雨は声を掛ける。顔つきこそ変わっていないものの、秋雨の声は不意にからかってる時とは打って変わって真剣なものだ。
「ーーー支倉先輩」
『だから支倉せんぱ・・・あぁいや合っとったわ。んで?どしたんアルちゃん』
「
『・・・・・・何のことや?』
キョトン、と首を傾げる支倉。しかし、秋雨は知っている。故に表情を変えず、そのまま淡々と聞いていく。
「サッカー部、部室貰ったんですよね。しかも、支倉先輩が先生達に頼んで必要な練習用の道具とかを発注して、渡したとか」
『せやなぁ!どや?気の利く先輩やろ?やろ?』
「とぼけても無駄ですよ。どうやったらあの量のサッカー用品がこんなに早く発注されるんですか。それに、生徒会にそんな予算の報告は来ていません。
さらに言えば、グラウンドに近く、なおかつかなりの人数が入るであろう程の広さの部室が、他の部活に割り当てられないで今まで放置されてるなんて普通有り得ません。特に問題がある訳でもないですし」
静かに告げる秋雨。支倉は表情を崩さずに笑ったままだが、その裏にあるものを秋雨は見抜いていたーーー否。知っていた。
「支倉先輩。サッカー部、入らないんですか?だってサッカー好きですよね?
秋雨の核心をつく言葉に、支倉はあー・・・と呟きながら頬を掻く。秋雨相手に嘘をついても意味が無い、と薄々ながら理解した支倉は、観念したような雰囲気で話し始める。
『・・・いつから知っとったん?』
「去年の終わりくらいから。各部の予算案とかの整理してる時に、見覚えのないものが出てきたもので。しかもサッカー関連のものばかりでしたので先生方に問い詰めたところ、先輩がサッカー部作ろうとしてたことが判明した、という形です」
『うわ〜、先生達上手く誤魔化して〜や〜・・・ごっつ恥ずいわぁ・・・』
先程のように両手で顔を覆い隠して恥ずかしがる支倉。そんな彼女の様子を見ても、実際は大して恥ずかしがってもいないことを秋雨は察していた。
「大してそう思ってもないくせに何言ってるんだか・・・今の神楽中サッカー部には指導者すらいないって言ったの、支倉先輩じゃないですか。リトル時代に名前が知れていた貴方なら、間違いなく歓迎されますよ」
『・・・サッカー部を作ったのは森崎君達や。あそこは、あの子達の場所。うちが邪魔したらあかんわ』
顔を覆い隠したまま、震えた声音で小さく呟いた支倉。しかし、次の瞬間にはパッと両手を開き、いつもの支倉の笑顔がそこにあった。
『なーんてなっ!!さ、もうこの話はええやろ?そろそろ寝よかー?夜更かしは乙女の大敵やでー!!』
「・・・・・そうですね。それじゃ、おやすみなさい、先輩」
『ん!おやすみな〜、アルちゃん!!』
今、これ以上のことを聞き出すのは無理だと判断した秋雨は、支倉の言葉に素直に従う。別れの挨拶を交わした2人は、どちらともなくパソコンの電源を落とし、通話を終了した。
「サッカー・・・かぁ・・・」
ポツリと呟く。思い出すのは3年前。無邪気にリトルのみんなとボールを蹴りあって、勝つために必死に努力していたあの日の事。
机の上に置いてある、サッカー雑誌。昔から読み続けているこの雑誌に、自分がいたリトルチームが小さく特集されるほどには注目されていた。その中心にいたのは、自分と、もう一人のFWの男の子。
机の横の棚から、約1年ほど前の同じサッカー雑誌を取り出す。パラパラとページをめくっていくと、一枚のページで手が止まる。
それは、陽花戸中が初めて福岡予選で優勝し、フットボールフロンティア本戦にコマを進めたことを報じるページ。そこに載っていたのは、当時のキャプテンの戸田や日本代表にも選ばれた現世代最強キーパー、立向居。そして、懐かしい『彼』の姿。
背が高く、肩幅も広い恵まれた体格。グレーの髪をした彼の目には、本来のおおらかな光と、野獣のような鋭い眼光が共存した、獰猛さと優しさの織り交ぜになった不思議な瞳。
同じリトルで活躍し、同じ中学に進み・・・そして別れた、かつての相棒。
ふと、棚の一番下に目がいく。そこにある引き出しを開けると、そこには綺麗に畳まれたリトル時代のユニフォームと、ボロボロだが丁寧に使われていることがひと目で分かる、サッカーのシューズ。3年前まで、自分が使っていたものだ。
懐かしく思い、そっとユニフォームを手に取った、その時。はらりと、一枚の写真がユニフォームから舞い落ちる。
そこに写っていたのは、陽花戸とは違う、今手に持っているものと同じユニフォームを着て笑う彼と、その隣で肩を組んで無邪気にピースサインをしている自分の姿。
そうだ、そういえばここに仕舞っていたんだ。あの当時は、これを見るだけでも辛かったから。ここなら、滅多に見ることも無いから、と。
「ーーーなぁ、
必死に喉の奥から絞り出したその声は、掠れ、震え、とても弱々しくて、泣きそうな声だった。
『氷上の舞姫』【
止まってしまった彼女の歯車が今一度廻り始めるまで、後、少し。