イナズマイレブン!新たなる守護者   作:ハチミツりんご

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信じること

 

 

 

足がふらつく。それにアッタマ痛ぇ。腕でデコの辺り拭ったらべっとりと血が着いてた。あー、また母さんに怒られるな、こりゃ。

 

 

でも倒れない。倒れたくない。さっきのすっげえシュート受けて身体は震えてるけど、しばらくしたら収まる。だって()()()()()()()()()()()()()んだから。

 

 

 

 

「堅固!ちょっと大丈夫ですか!?」

 

 

灰飛が肩を支えてくれてる。それにみんな俺を心配してゴール前まで集まってくれてる。FWとして向こうまで走ってたザックやペンギンもだ。まだ付き合いの短い俺を、17点も決められる情けないゴールキーパーをこんなに心配してくれて、やっぱみんな良い人だなぁって、しみじみ思う。

 

 

 

「も、森崎君血が!!血が!!て、ててて手当てぇ!!」

 

「先生落ち着いて下さい!それ消毒液じゃなくてコールドスプレーですぅ!!」

 

 

ベンチにいた田中先生も救急箱を抱えて俺を手当てしようとしてくれている。………混乱してるのか直接コールドスプレー吹きかけようとして隣の薫先輩に止められてるけど。でもすぐに飛んで来てくれたし、少しでも力になれるように、と言ってサッカーの事を勉強してるらしい。この人も人が良いよな、半ば無理やり頼んだのに。

 

 

 

 

 

あぁ、それにしたって。やっぱすげぇな、陽花戸中って。みんながみんな、すげぇ動きしてるし、何より立向居さんに絶対的な信頼を寄せてるってのが俺にも分かる。

 

 

 

 

「おい、アンタ!!」

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ。そんなすげぇ人達の、エースナンバーを背負ってるアンタが、そんな顔で。何もかもがどうでもいいって、諦めたような顔してんのがすっげぇ気になっちまう。

 

 

なんとなく分かるよ。あんたが誰かを待ってんだって。その人が来なかったから、いなかったからそんな顔になってんだって。

 

 

 

____________それが誰かも、ちょっとばかし見当つく。アンタみたいなすげぇストライカーが会いたがる様な人。この場にいない人の中で、1人だけ俺は知ってる。

 

 

こういう時、俺が上手くその人を連れてこれれば。それかアンタが納得するようなこと言えりゃ良いんだろうけどさ。俺って馬鹿だからそういう言葉出てこねぇんだよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから俺はさ。気の利いた事なんて出来ないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__________________なんでサッカーやってんだ!?」

 

 

 

 

 

 

俺は思いついたこと、そのままアンタにぶつけるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何言ってんだ、あのキーパー?」

 

 

 

困惑したように誰かが呟いた。

 

なんでサッカーをやっているのか。立ち上がった彼が真っ先に発したのは、その言葉だった。

 

 

栄作の技の中でも最高の威力を持つ、グラウンドインパクト。開発の為に、他ならぬキーパーである俺が受け続けた必殺技だからこそ、誰よりもその威力を知っている。改善点はまだまだあるが、栄作の恵まれた肉体から放たれるあの技は、パワーだけで言えばあの雷門の点取り屋、同じイナズマジャパンのメンバーとして肩を並べて戦った、染岡さんのそれに近い。

 

 

 

だからこそ。あのパワーシュートを真正面からまともに食らった瞬間は、全身から血の気が引いた。彼とは今日会ったばかりだが、その有り様は本当に好ましいというか……シンパシーを感じたから。

 

 

握手した瞬間、自分と同じ特訓をしているんだな、と察することが出来るほどマメが潰れて堅くなったその手。その堅さから察するに、2年前の______円堂さんの手によって変わった当時の自分よりも多く、より長く特訓しているんだろう。

 

それほどの努力をしてきた彼の未来を、下手したらここで閉ざしてしまうかもしれなかった。加減した、とは言っていたが、あの気の乱れようでは本当に出来ていたのか疑問が残る。

 

 

だから、立ち上がった時はほっとした。まだ無理しているだけかもしれないので油断はできないが、少なくとも動けないほどの重症である訳では無いようだ。

 

 

そして彼が放った言葉は、栄作への恨み言でも、続きを促す強気な言葉でもなく、何故サッカーをやっているのか、という質問。

 

 

 

最初は、皮肉を言っているのかとも思った。こんなプレーをする奴がなんでサッカーをやっているのか、という皮肉。これが木暮やアツヤみたいなタイプなら納得したのだが、彼はそんなことを言うようなタイプには思えなかった。

 

 

だからと言って、鬼道さんや吹雪さん、不動さんの様に何か考えがあるようにも思えない。どちらかと言えば、彼は……円堂さんや綱海さん、土方さんみたいな、どこまでも愚直に真っ直ぐなタイプに感じてならない。

 

 

 

 

「………てめぇ、何が言いてぇんだ」

 

 

 

イラついたように振り返った栄作が、彼に向けてそう言った。その目に宿る光は、いつものおおらかで頼りになる彼ではなく。暗く鈍いもの…何かに八つ当たりする子供のようだった。

 

 

 

「だってアンタ、そんな顔でサッカーやって楽しいのかよ!?サッカーってもっとこう、全力でぶつかり合って楽しむものだろ!?」

 

 

「………んなこと知るかよ。もうそんなの、どーでもいいんだよ」

 

 

 

どうでもいい。自分たちのエースストライカーが、先輩達から十番のエースナンバーを受け継いだ男から発せられたそのセリフに、チームメイト全員が衝撃を受ける。

 

いつもならどんな状況でも諦めず、笑って鼓舞する栄作だからこそ、みんな信頼を寄せているし、俺だって信じてる。そんな俺達の信頼を根幹から揺るがすような彼の言葉は、自分たちの耳を疑うほどの驚きだった。

 

 

 

 

 

「どうでもいいわけないッ!!!」

 

 

 

しかし、彼は止まらなかった。

 

 

 

「この試合で受けたあんたのシュート、全部すっげぇシュートだった!!あんなにすげぇシュート出来るあんたは、絶対サッカーが大好きで、努力してるはずなんだ!!」

 

 

 

確信めいた表情で叫ぶ彼。根拠は無い………いや、あるのだろう。

シュートを受ければ、なんとなく相手の人柄や努力、サッカーへの情熱が読み取れてしまうのはキーパーとしての本能のようなものだ。俺自身経験がある事だし、彼のサッカーへの熱意を考えれば栄作の努力が、その歩んできた形跡が朧気にでも読み取れてしかるべきだろう。

 

 

 

「そんなあんたがつまんねぇ表情で、そんなプレーしてんの、俺は見たくねぇ!!あんたもっとすげぇ人だろ!?」

 

 

「ッ……てめぇに……てめぇに何が分かるってんだッ!?!!」

 

 

 

彼の叫びから逃げるように吠える。血走った目でゴール前に立つ森崎君を睨みつける様子は、おおよそ冷静とは言いがたく。近くにいたならば、すぐにでも掴みかかって行きそうな程の危うさを______アイツの弱さを、覗かせていた。

 

 

 

「俺のッ!!!俺にとってのサッカーは、アイツがいるから成り立ってたんだ!!!

 

どんなに頑張って!!!どんなに夢を追い掛けたって!!!誰一人として、マトモに取り合う奴はいなかった!!!」

 

 

 

心の底から湧き上がってくる、あいつの本音。誰も聞いたことがなかった………いや、誰一人として聞こうともしなかったあいつ自身の想いと、苦悩と、信頼と______ありとあらゆるものが綯い交ぜになっているのだろう。俺たちの誰も………少なくとも2年近く共にプレーしてきた3年生組も、誰一人口を挟めなかった。

 

 

 

 

「______そんな中で。同じポジションで、同じ地域で、同じチームにいて………チームで唯一の女子選手なのに俺よりもすっげぇ奴だった、アイツだけが俺の夢に乗っかってくれた」

 

 

 

思い起こしているのは、アイツがここに来た理由の選手だろうか。昔、一度だけ話した事があるし、俺もリトルの頃は何度か耳にした。

 

俺がリトル時代の……3年以上前の日本では、女子選手というのは本当に珍しかった。今でこそ女子選手もフットボールフロンティアに出場出来るが、当時はそんな制度はなかった。それ故にマネージャー以外______『選手』としてサッカーと関わっている女子はチームになかなか馴染めなかったりするのも珍しくなく、実力はあるのに交友関係が原因でサッカーをやめる選手もいたと、後になって知った。

 

それに、仮に出場しても結局は王者帝国にぼろ負けし、恥をかくのがオチ………そう言って女子選手に限らず帝国学園に挑もうとしている……つまりは努力している全てのサッカープレイヤーの事をバカにする声も少なく無かった。それ程までに当時の帝国学園は絶対的存在であり、勝つのは不可能とまで言われ……そして、あの人達が打ち破り、その後も信じられないような快進撃を続けていき、日本を救い、そして世界を制した。

 

 

あの雷門中の奇跡が______円堂さん達の歩み、切り開いていった道が無ければ、こんな風に全国でサッカー部が新設されていき、かつての数倍の中学が参加するようには………ひいては全ての学校が優勝を目指して努力を重ねるようにはならなかっただろう。

 

 

 

「ほんっとに嬉しかった!!みんながみんな馬鹿にした、全国制覇って夢を聞いて、本気にしてくれた!!あんなにすげぇ奴が一緒に夢を追いかけてくれて…隣に並んでくれて、本当に頼もしかったんだ………!!!」

 

 

 

そんな当時の日本で本気で全国制覇を…打倒帝国を掲げるのは難しい事だ。そんな中で唯一夢に賛同に、共に切磋琢磨した相手…か。それは信頼もするだろう。きっとその選手は、栄作にとっての光………導いてくれた相手だったのだろう。俺にとって、キーパーの道に導いてくれた円堂さんのように。

 

 

 

 

「………でもアイツも夢を諦めた」

 

 

 

 

一転して暗く、低く響く声。いつもの明るく笑うアイツの姿ではなく、澱んだその目は信じていたものを無くしたような、酷く脆そうで。同時に、癇癪を起こした子供のようにも思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんやなんや、元気さんやなぁあんた?うちのシュート、ごっつ凄いやろ!もっと褒めてええんやで〜!』

 

 

「途中で逃げたんだ!!相棒だって誓い合った俺からだけじゃなく、大好きだって迷いなく言っていたサッカーからも…!!」

 

 

『たはぁー!!!あいっかわらずええシュートやなぁ!……せやけどあんた力込めすぎやろ。ボール、ゴールポストにぶち当たっとるで。こんなんじゃ帝国には勝てへんで〜?』

 

 

 

「俺が信じていたアイツは!!!超えたかった目標は!!!!」

 

 

 

 

 

 

『______これからもよろしゅうな、()()!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「____________【支倉静穂】は、もういねぇんだ!!!!それがてめぇに分かるかァァァァァァァァァ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

ビリビリと、地響きすら幻聴する魂の咆哮。アレこそが、アイツの……栄作の本当の姿なのだろうか。

 

 

超えたかった目標がいた。誰よりも近くにいたから、誰よりも乗り越えたかった。性別なんて関係無いと笑い、チームの誰よりも強かった彼女だからこそ本当の意味で隣に立ちたかった。

 

 

だから努力したんだろう。

 

支倉という選手と別れて陽花戸に来てから、アイツは誰よりも練習に打ち込んでいた。当時のキャプテンだった戸田さんもそうだし、FWの松林さん、黒田さんには何度もプレーについて相談する姿を見ていた。

それに、GKで同学年の俺に話し掛けて、何度も何度も放課後の特訓にも付き合った。守備陣の木倉や太明さんにも妨害しにくいシュートコースを相談していたし、卒業してしまったチーム一の力自慢、石山先輩と何度もぶつかり合って練習している姿も見てきた。

 

 

 

追いつきたい一心だったんだろう。遥か前を歩く相手を背に手を伸ばして、必死に、必死に走り続けて、やっとの思いで顔を上げたその時には、その背中は忽然と消えていた。

 

その気持ちはどんなものだったのだろうか。俺で言えば、円堂さんの背中を追いかけていって、必死に努力した後にあの人がサッカーから離れていたとしたら………考えるだけでゾッとする。信じていた分だけ、栄作の受けた絶望も大きかっただろう。

 

 

 

あまりの気迫に俺たちだけでなく、見ている観客も、そして神楽中の面々も気圧され息を飲む。あまりの凶暴さに…そしてあまりの必死さに、誰も二の句を継げなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「______知らんっ!!!!そもそも俺はアンタのことはほとんど分からんからそんな事言われても困るっ!!!!」

 

 

 

 

一人を除いて、だが。

 

 

 

 

「アンタが支倉先輩を待ってんのは分かった!!あの人は凄い!!それには俺も同じ気持ちだ!!!」

 

 

 

いっそこちらの気が抜けるくらいバッサリと言ってのける彼。知らないと断言され、叫んでた栄作自身が「…はぁ?」と気の抜けたような声を上げた。当然、俺を含めたチームメイト達、更には彼以外の神楽中の子達も信じられない物を見るような目で彼のことを凝視していた。

 

 

 

「だけど!!!あの人がいないから、アンタがそんな顔するのってのは正直よく分からん!!!」

 

「______はァ!?てめ、話聞いてなかったのか!?」

 

 

 

栄作がそんな事を叫ぶ。あいつの言う通り、この場にいる誰もが、先程の叫びを聞いていた。この場で崩れ去ってしまいそうな程のソレは、恐らく俺達と出会ってからアイツが一切開かなかった心の奥底からのもの。この2年間で、アイツがその弱さを見せられるほどの信頼を勝ち得なかったのか、それともあいつ自身が信頼している故に見せたくなかったのか。それは、俺には察せなかった。

 

 

「俺には!!もう、サッカーしている理由は______」

 

「____________俺は信じてる!!」

 

 

 

言葉を紡ごうとした栄作より早く大きく叫ぶ。そして、腕を大きく後ろに引き、手に持っていたボールを栄作へと投擲。真っ直ぐ飛んできたボールだが吹き飛ぶような威力はなく、難なく栄作が足で受け止める。

 

 

 

 

 

「あの人のは昨日、1回見ただけだ!それにリトルの頃からずっと隣で一緒に戦ってたアンタに比べたら、支倉先輩について俺の知ってることなんて全然無い!!

 

だけど、支倉先輩がめっちゃ頑張ってたからアレだけ凄いんだって、アンタが尊敬してんだって俺は思ってる!!」

 

 

 

額から血が流れ落ちるのを、右腕でぬぐい取った。当然ながらベッタリと血がこびりつくが、気にした様子は全く無い。かなり熱くなっているのか、些か冷静さを失っているように思えてならない。

 

 

両の手を叩き合わせる彼。しかし、あからさまに肩に力が入っている。あれでは正しく全身の力を伝えることは難しい。ただでさえ森崎君は栄作のシュート威力に対応出来ていない。あのままでは正直な話、万に一つも止めることは出来ないだろう。

 

更に、腰を落とし過ぎている。確かに腰を落として体を安定させ、力を込めやすくするのはよく言われる姿勢だ。

だが、あそこまで落としてしまっては素早く動くことは出来ない。栄作が真正面にシュートしたなら反応出来るだろうが、フェイクを混ぜてほかのメンバーにパスを送れば簡単に点を取れる。

 

 

 

「アンタもほんとに凄い!!支倉先輩も、アンタも、本っっっ当にサッカーが大好きだから!!あんなシュートが出来るようになるまで努力したんだって、頭空っぽな俺にだって分かる!!」

 

 

 

 

だけど、あの目は。

 

 

 

 

「だからこそ!!!あんなシュートが出来るようになるまで努力したあの人が、本当にサッカーから逃げるなんて俺には思えない!!」

 

 

真っ直ぐに、己よりも遥かに格上であろう相手に向かって啖呵を切り、気圧されずに見つめてくるあの瞳は。

 

 

 

「好きな事がないのって、なんつーか、その……すっげぇ虚しいんだよ!!だから、大好きな事から目を背けるのって、ホントはめちゃくちゃ心が痛いと思う!!」

 

 

 

愚直に、飾らず、思いの丈をぶつけてくるその姿は。

 

 

 

 

 

 

 

「______だからあの人は絶対ここに来る。少なくとも、俺はそう思ってる」

 

 

 

 

 

______不思議と、目が離せなくなった。

 

 

 

 

 

 

「ひとつ言っとくが、俺は馬鹿だ!!自慢じゃないが、入学テストは下から数えた方が圧倒的に早い!!!」

 

 

 

むんっ、と胸を張ってそう叫ぶ。本当に自慢になっていない。こういう時って、さり気なく自慢するのが普通なのではないのかとも思うが…彼だから仕方ないか、という感情が胸中を占める。今日であったばかりのはずなのに、不思議とそう思えてしまう。

 

 

 

 

「そんな馬鹿な上に、付き合いも短い俺が信じてるんだ!!______俺よりずっっっっっと付き合いの長いアンタが信じるのを諦めて、どうすんだよ!!」

 

 

 

自身の胸を叩いて、そう叫ぶ。その表情は言いたいこと言い切った、といったような満足気なもの。

 

……なんというか、綱海さんや土方さんとも違うし、円堂さんとも少し異なった雰囲気がする…ような気がする。

言葉にはしにくいが、なんというか…未熟なのに熟しているというか、小さな灯火なのに消えない安心感があるというか……なんとも表現が難しい。が、悪いものでは無いのは確かだ。

 

 

 

「それに………」

 

 

 

そんな彼はビシッと栄作に指を突き付け、快活そうな笑みを浮かべて、こう宣言した。

 

 

 

 

 

「______負けっぱなしって嫌だしな!!今日中に一本止めてやるよ、アンタのグラウンドインパクト!!」

 

 

 

グラウンドインパクト。栄作の今の技の中では最高威力を誇る技であり、冷静に実力の観点から見れば爆裂パンチすら使えない森崎君が止めることは不可能に近い。

 

 

 

 

「______ハッ」

 

 

 

それなのに、一切怯んだ様子も無く、彼はそう言った。言われた方である栄作もしばらくはポカンとしていたが、次第に肩を震わせ______

 

 

 

 

 

「ハハッ………ハハハハッ!!!そうか止めるか!!!しかも今日中に!!!」

 

 

 

______大声で笑い始めた。

 

 

 

 

 

「あぁいや、悪ぃな。馬鹿にしたわけじゃねぇよ。むしろ好きだぜ、そういうの。はーあ、一人叫んだのがバッカみてぇだ。なーんか調子狂っちまうなぁ………」

 

 

 

ボリボリと頭を掻き、ため息を着く。ただ、その表情は先程までの鬱屈とした諦めの顔ではなく。俺たちのよく知っている表情……みんなの背中を叩き、共に歩んできた陽花戸のエースナンバーを背負う男の顔だった。

 

 

 

 

「……正直、まだ静穂に関しちゃまだ半信半疑だ。何も言わずにサッカー辞めてたアイツを、はいそうですかって信じられるほど大人じゃねぇんだわ、俺。

 

 

だけど……………陽花戸の10番として、そして一人のFWとして………喧嘩売られちゃあ、買うしかねぇよなぁ?」

 

 

 

 

獰猛な笑みを浮かべながら、首をごきりと鳴らす。森崎君から送られたボールを強く踏み付けると、その衝撃によって強い風が辺りを吹き抜けた。

 

 

 

 

「手加減無しだ。途中でやっぱ辞めたなんて認めねぇぞ?」

 

 

「上等だ!!そっちこそ止められてからホントは手を抜いてましたとかやめてくれよな!!」

 

「んなだせぇことすっかよ!!」

 

 

 

 

先程まで叫びあっていた2人。いつの間にか、長い間の知り合いのように軽口を叩いてそう言い合うと、栄作はボールを軽く蹴り上げて手に持ち、俺の方へと歩いていた。

 

 

 

 

「………つーわけだ。やっぱ試合続けるわ」

 

 

「……ほんっと、今日のお前は変だよ。自分勝手というかなんというか……」

 

 

 

 

思わず心の声が漏れてしまった。周りを見れば3年生を中心としてうんうんと頷いている。どうやらみんなも同じ気持ちのようだ。

 

それもそうだろう。自分からこの学校と試合しときたいと言いながら暴走、挙句試合放棄しようとして、やっぱりやると言い出したのだ。自分勝手という言葉には収まらないレベルである。

 

 

 

「あーいや、その、な?ほんと、悪いと思ってる!説教なら後からいくらでも受けるから!!試合させてくれ!な?」

 

「………まっ、別にいいよ。お前には普段から世話になってるんだし。______それに、勝負ふっかけられて、逃げるわけにはいかないしな?」

 

 

 

そうだ。彼は言った、グラウンドインパクトを今日中に一本止めてやる、と。

 

 

それ即ち。この陽花戸中の……福岡県予選覇者のエースストライカーの全力を、止めるということ。これはもはや栄作だけの問題ではない。俺たち全員の、プライドの問題でもあるのだ。

 

 

 

 

「止められたら許さないぞ、栄作」

 

「おうよ。任しとけ______キャプテン

 

 

 

 

 

どちらとも言わず拳を差し出し、合わせる。

 

 

元々舐めているつもりは無かった。が、このチームは予想よりも遥かに脅威となるチームのようだ。なればこそ、遠慮はしない。

 

 

 

 

 

「みんな、元々油断はしてないと思うけど、改めて言うよ」

 

 

 

 

だからこそ。今ここで、全身全霊をもって、フルメンバーで彼らを叩き潰す。

 

 

 

 

 

「______勝つよ。全力で」

 

 

 

 

 

それが彼らへの礼儀であり、俺達のプライドだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで試合続行だ!!みんな気合い入れていこーぜ!!」

 

「気合い入れていこーぜ!!…じゃないでしょうが」

 

 

 

くるりとみんなの方を振り向いた森崎。しかし、近くに寄ってきた燈咲が彼の頭をスパコォン!!と叩いた。

 

当然ながら森崎は痛みで悶絶。妙なうめき声を上げながら頭部を抑える彼に向けて、燈咲が呆れたような声音で話し掛ける。

 

 

 

 

「森崎君、貴方が今一番重傷なの分かってます?ほら、さっさと治療受けて下さい」

 

「え、いやでも試合______」

 

「 返 事 は ? 」

 

「イエスマム!!!」

 

 

 

 

有無を言わさぬ燈咲の言葉に危機を感じた森崎は脱兎のごとく薫の元へと行き、大人しく彼女からの治療を受ける。といっても額の血を拭い、消毒してから包帯をまいて止血する程度なのだが。

 

 

 

 

 

「………さて」

 

 

 

 

森崎を離してから、燈咲は残りのメンバーへと目を向ける。一人一人の目を見ながら、確認の為にひとつ尋ねた。

 

 

 

 

「みなさん、正直に言って下さい。これ以上、試合したくない方がいたら、正直に申し出て欲しいんです。

 

 

……森崎君はああ言いましたが、実力差は明白です。これ以上やったところで、勝ち目が極々わずかも無いのは変えようもありません。はっきりいって、得るものよりも怪我するリスクの方が圧倒的に高いと、私は思ってます」

 

 

 

淡々と事実を述べていく燈咲。チームとしての練度も、個人の実力も、大きな隔たりがあるのが現実。事実チーム内総合力トップの燈咲は、先程から相手の司令塔、萌黄にほぼ完璧に抑え込まれてしまっている。リトル経験者たる彼女や紫藤がそうなのだ。他の面々……特に完全初心者である人鳥や星舟、秋宮、秋風といったメンツは比べるべくもない。

 

唯一対抗出来る可能性が残っているのは圧倒的な身体能力とバランス感覚を持つ香沙薙、想像以上の守備能力を見せた秋雨くらいなもの。塵山は上手く相手の妨害に徹しているが正面突破を止めることは難しく、刃金に至っては相手が悪すぎる。火力に特化した彼は重要な人物だが、いくら何でも立向居を単独突破しろというのは酷だろう。

 

 

 

「リスクとリターンが釣り合っていませんので、勝負を断るものひとつの選択だと私は思います。幸い試合放棄しようとしたのはあちらですので、そこから上手いこといえば再開は無かったことに出来るでしょう。………どうしますか」

 

 

 

どうしますか。とどのつまり、【大事を取って試合を終える】か、【僅かな可能性に賭けて続行する】かの選択。

 

 

幸いなことにこれは非公式戦______練習試合だ。ここで放棄してもなんの問題も無い。フットボールフロンティア県予選を勝ち進めば、リベンジの機会も自ずと巡って来るだろう。ここで無理をする必要はなく、賢いものなら間違いなく試合終了を選ぶだろう。

 

 

 

 

そんな中で、彼らに問うた。どちらにするのか、と。

 

 

 

 

 

「………私は」

 

 

 

真っ先に上がった声。みんなが振り返れば、そこにいたのは意外な人物。

 

 

「私は……友達と仲違いして、仲直りする勇気もなくて………そんな時に、森崎くんに助けて貰ったんです。

 

______だからこそ。少しでも、その恩を返したいと思います」

 

 

 

遠回しに、試合を続行する旨を告げたのは、二年生女子。たった一人の天文学部だった所を、不思議な縁によって森崎と出会って、ここへ導かれた少女……星船だった。

 

 

 

 

「儂もだ。堅固の奴も言ってたが、負けっぱなしは性に合わん!!豪炎寺さんみてぇになるためにも、ここで逃げちゃあ男が廃るってもんよ!!」

 

 

続いて、チーム1のパワーストライカーであり、恐らくこのメンバー内で最も森崎に近しい感性の持ち主たる刃金が。

 

 

 

「俺もだ。………ここで逃げては、何のために入部したのか分からなくなる。……それに後輩が奮起してるのに、1つ上の俺が逃げる訳にはいかんだろう」

 

 

初心者ながら高いパワーと高いドリブルの適正。それらを合わせ、初の試合ながらしっかりと周りを見据えることの出来ていた秋宮が。

 

 

 

「僕も…!まだいいところ見せれてないけど…まだ、走れるよ」

 

 

チームトップの瞬足。森崎との付き合いも長く、陸上で培ったその脚でフィールドを駆け巡る秋風が。

 

 

 

「確かに陽花戸は凄いけど、目に見えないほど捉えられないって訳でも無いしね。ボール自体は運べてるし、やりようはあるよ」

 

 

 

燈咲を除けば唯一のリトル経験者。その確かな技術を持って、小柄な体格で裏からチームを支える紫藤が。

 

 

 

 

「僕も僕も!まだまだ元気だし、全然大丈夫!……それに、もうちょっとだと思うんだよね!!ペンギン!!」

 

 

 

意外な程周りが見えており、細かい場所のカバーが上手く、前線からも積極的に動いて相手を脅かしている人鳥が。

 

 

 

「……ここで、辞める訳には。リターンを得る可能性があるのなら、賭けて然るべきかと」

 

 

 

攻守のバランスをよく見ており、パスコースを上手く切って相手の動きを事前に潰して味方をプレーしやすくしている塵山が。

 

 

 

 

「まっ、みんながやる気なら俺もやるかねぇ。心配すんなよ、俺結構頑丈なんだ。こんくらいぶつかった程度じゃ、なんともねぇよ」

 

 

 

高い跳躍力と、類まれなるバランス感覚を併せ持ち、県予選覇者たる陽花戸中を相手に空中戦を制している香沙薙が。

 

 

 

「元々この試合を持ってきたのは私ですしね。それに、まだわたしの目的を達成出来ていませんし………体力が持つかはわかりませんが、ギリギリまで粘りますよ」

 

 

 

DF唯一の経験者にして必殺技使い。ディフェンスの指示もこなす守備の要であり、支倉を救う為に動いている秋雨が。

 

 

 

 

「………そうですか。それなら、私は何も言いません。______司令塔として、勝つための指示を出します。今まで以上にギリギリを攻めますので、お覚悟を」

 

 

 

そして、司令塔。チームの要を担う、リトル時代の全国経験者たる燈咲が、選んだ。

 

 

 

「……さて。森崎君、止血終わりましたか?」

 

 

「おう!バッチリだぜ!」

 

 

 

この場にいる全員、最後まで諦めないと。

 

 

 

 

 

「っし!!みんな!!!」

 

 

 

 

 

この場にいる、全員が______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝とうぜ!!!」

 

 

 

______この馬鹿の隣に立つという、選択を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きな事から目を背けるのは、辛い、か………」

 

 

 

ポツリ、ポツリ、ポツリ。

 

 

 

 

「言い訳して、逃げて、後輩に迷惑かけて………ほんっと、つまらん女やわぁ、ウチ」

 

 

 

自嘲するように呟いた。ポタリ、ポタリと、彼女の心が、目の前の光景を見て、少しずつ、少しずつだが、溶けていく。

 

 

 

「でも、こんなん取っとった時点である意味決まっとったんかもなぁ……」

 

 

 

かさり、と箱からかつて何度も使ったシューズを取り出す。古くなっているし、ボロボロ。何度も何度も使い込んだそれは、ピタリと手に馴染んだ。

 

 

 

「もう……目をそらすのはやめにしよか。いい加減、クヨクヨしとるのはウチらしくないわな」

 

 

 

写真を置く。コツ、コツ、コツと足音を鳴らし、彼女は扉を開き、外の世界へと足を踏み出した。

 

 

 

誰かを声も、かつての後悔も、相棒として相応しいのかも、全てどうだっていい。今、この瞬間。また向き合おうとした。歩き出した。それだけでいい。

 

 

自分の心を溶かす為に苦心し、動いてくれた生徒会の後輩。そして、愚直に真っ直ぐ、その灯火で図らずも自身の心を溶かした後輩に、たとえ受け入れられなかったとしても。彼女は、覚悟を決めた。

 

 

 

全ては、大好きなものに………大切なものに、今一度向き合う為に。

 

 


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