「______たっちむー、いいの?ハーフタイムでもないのに試合止めて」
んがー、とドリンクを大口開けて飲むという女子力の無さを見せながら、チームの司令塔である萌黄が立向居に問う。周りの選手達も言外にその意見に同意している様子だ。
その判断に納得しているのは陸井と太明………というか、ぽやんとした太明は何を考えているのかよく分からない。実際に立向居の判断に納得しているのは、10番を背負う陸井くらいだ。
今現在、神楽中と陽花戸中の試合は一時中断。陽花戸イレブンはそれぞれ用意していたボトルのドリンクを飲んで水分補給し、タオルで汗を拭って気持ちを整える。
「あくまで練習試合だからね。お互いが高め合うのが目的なんだし、今は試合を止めた方がいいと思って」
「ほほーん。……まぁ向こうのバンダナキーパー君、ボロボロだもんねぇ〜……どこぞのゴリラのせいで」
苦笑しながらも立向居はそう説明する。試合は試合でも、あくまで練習試合だ。実際の試合と同じように通しでやるのも大切だが、今の神楽中イレブンにとってはこうして止めた方が良いだろう。
キャプテンであり世代最強のキーパーである立向居の意見に反対することもなく萌黄が納得の声を上げる。そんな彼女が若干責めるような視線を陸井に投げると、彼は持ってきていた軽食を口に運びながら答える。
「最初の方は悪かった、反省してる。褒められたもんじゃあねぇし、実際今はあん時の自分をぶん殴りてぇよ………でも今は、これは男と男の約束事だ。手ぇ抜いたら相手バカにしてることになっちまう」
「そういうもん〜〜?別に、悪意持って潰すつもりじゃないなら良いけどね」
さすがに試合の中盤頃は勝手に暴走して、向こうのキーパーを半ば潰すつもりでシュートを放った。しかし今はそんな事はなく、純粋にサッカーをするために走っているのだ。
それに、森崎の性格上、手を抜かれたら納得しないだろうと陸井は思っていた。
そんな彼の返答に大きく伸びをしながら、萌黄は悪意が無いなら構わないと汗を拭きながら答える。その隣にいた文月が、そう言えばと神楽中側のベンチに目を向ける。
「そう言えば、さっき来たあの子って……もしかして陸井の知り合い?」
「ん?あぁ………そうだな。俺がここのチームと練習試合したかった理由がアイツだよ」
「栄作がそこまで言う奴ねぇ……つえぇのかよ?」
先程、森崎や香沙薙、秋宮達によってブロックが入っていたとはいえ、陸井のシュートを蹴り返して見せたあの女子。離れた場所から見ていた面子にも、その実力の高さが垣間見得るほどの選手だった。
神楽中の練習試合申し込みを受けた理由が彼女だと語る陸井に、彼と同じ三年生でDFを務める木倉が興味深げに強いのかと尋ねる。
「あぁ、強いぜ。燈吾、太明、ディフェンスの気ぃ引き締めろよ……黒野と尾白もだ。下手にゴール前フリーにすると______」
「______立向居でも、ぶち抜かれるかもしれねぇぞ」
☆☆★
「っ、つつ………」
「森崎君、大丈夫?」
「あぁ!ちょっと痛むくらいで、なんともな______っでぇ!?」
体力的に余裕のある陽花戸ベンチと打って変わり、殆どのメンバーが肩で息をしながら疲れを隠せない神楽中ベンチ。
そんな中で、マネージャーの塵山薫から手当を受ける選手の姿が一人。サッカー部創設の立役者とも呼べる一年生キャプテン、GKの森崎だ。
幼なじみである秋風が紅い髪を揺らしながら、怪我の度合いを心配しながら森崎へと声を掛ける。体を動かす際に生じる痛みに顔を歪める森崎であったが、平気平気と秋風に向かって笑ってみせる。何ともないと言おうとした時、彼の頭に現在進行形で巻かれている包帯をギリギリと締め付けられた。
「貴方って人はですねぇ…………!!あの威力のシュートに顔面から突っ込んでいくとか、馬鹿なんですか!?」
「いででででっ!?兎月、痛い!!割れる、割れるぅ!?」
ギリギリギリ、と両手で包帯の端を引っ張って森崎の額を締め付けるのは、チームの司令塔にして数少ないリトル経験者、燈咲。体力不足な彼女だが、他のメンバーより疲れがあまり無い為に薫の隣で治療を手伝っていたのだ。
そんな彼女だったが、森崎が平気だと笑った為に彼にお灸を据えるつもりで怒りを滲ませながらそう言った。事実、森崎の行動はキーパーとしては褒められたものだろうが、練習試合で唯一のGK選手がとる行動としては愚の骨頂もいい所だ。
「………分かってるんですか?【グラウンドインパクト】をまともに受けたせいで額が切れてるんですよ?深く無いのが救いですが………それ以外にも至る所に打撲、すり傷……右手首なんか、完全に捻っちゃってます。ここまで腫れてるとなれば、この試合中にはもう【熱血パンチ】は………」
燈咲が痛々しげな表情で森崎の状態を口にしていく。
真正面から突っ込んでいった結果、額には斜めに切り傷が入ってしまっている。
それ以外にも身体の前面部を中心に、地面に摺れた時のすり傷、正面からシュートを受けたことによる打ち身や打撲跡。
これまでのタイヤを使った無茶な特訓の傷も相まって、練習着を脱いだら怪我をしていない箇所を探す方が難しい程のものになっている。
特に、森崎の右手首。一発目の、誰のブロックも入っていない陸井のグラウンドインパクトをモロに受けた彼の右拳は骨にヒビが入ってこそいないものの、真っ赤に腫れてしまっている。
もはや無理やり動かさなければならない程の腫れ具合だ、アイシングして冷やしてはいるものの、この試合中に熱血パンチを使うのは…………いや、右手を使うのはもう無理だろう。
「大丈夫だって!左手はまだ使えるんだし!!」
しかし森崎はケラケラと笑いながら、腫れていない左手を振って見せる。しかしそんな様子を見せられても、周りで見ている燈咲や秋風からしてみれば安心する方が難しい。
確かに左腕ならば大きな怪我も無く、プレーすることは出来るだろう。しかし利き手ではない左手を主体としたプレーができる程森崎は器用ではない。その上、彼は右腕だけでなく全身に怪我を負っているのだ。
「それに______」
慣れぬ手で、万全とは言い難い状況。それでも彼があっけらかんとそう言える理由。元来の彼の性格的な部分も大いにあるが、それ以上の理由が存在していた。
微かな足音が聞こえる。シューズのスパイクが、地面を噛む音。子気味良い、しかして確かにサッカープレイヤーとしての音。それを耳にした彼が、視線を上げる。
「______先輩、来てくれたしな」
たなびかせるはセミロングの銀髪。うっすらと紫がかったその髪は風に揺れながらも、彼女は確かに地面を踏み締め、そこにいた。
光の灯った、輝きを放つ黄土の瞳。少し吊り上がったその目を悪戯っぽく細めた三年生の少女が、森崎を見下ろすようにして立っていた。
「やっほ、森崎君!飛び入り参加、してもかまへん?」
「もっちろん!大・大・大歓迎っすよ、支倉先輩!!」
にひひ、と笑いながら軽く手を振る彼女……【支倉 静穂】。かつて森崎と同じようにこの学校にサッカー部を作ろうとし……そして彼とは違い周りに恵まれなかった少女。しかし何よりも、誰よりも、サッカーというスポーツを愛していた少女。
そんな彼女がここに来てくれた事。それが嬉しくてたまらないといった様子で笑い返す森崎。そんな後輩の姿に頬を緩ませる支倉は、チラリと陽花戸のベンチを盗み見た。
たった11人しかいない陽花戸ベンチ。しかしその全員が、県予選覇者たるあのチームでユニフォームを……そしてレギュラーを掴み取った猛者ばかり。
そんな中で2人。チラリと見ただけの支倉の視線に気が付き、目を向けてきた男がいた。
片方は興味深げに観察してきた、世代最強のGK。2年連続でイナズマジャパンに選ばれた陽花戸の守護神にして伝説の後継者、立向居。
そしてもう片方は______かつての相棒。獰猛に笑って、こちらとの試合に胸躍らせているのが容易に分かるほど単純な友人。現陽花戸のエースナンバーを背負う、陸井。
「______もう、逃げへんよ。うちは」
そんなに見なくたって、居なくなりはしない。もう決めたから。好きなものから逃げはしない、目をそらす事はしないと。
うっすらと笑う支倉。そんな彼女の元に、一人の少女が近付いてきた。青い髪をポニーテールに束ねた涼し気な雰囲気の少女……ゴール前でブロッカーとして貢献していた守りの要、秋雨だ。
「全く…………こないかと思いましたよ、支倉先輩」
呆れたような声音で同じ生徒会に属する支倉に声を掛ける。しかし頬は微かに緩んでおり、秋雨も支倉がこの場に来たことに嬉しさを感じているのだろう。
「いやぁ〜、ゴメンなぁアルちゃん。柄にもなくうだうだうだうだ、無駄に悩んでもーたらこんな時間になってしもうたわ」
「まぁ、構いませんよ。こうして来てくれたのなら、向こう一ヶ月生徒会の仕事肩代わりで許して差し上げます」
「えげつないなぁ!?もーちょっと優しくしてくれてええんちゃう!?」
ギャーギャーと文句を言い始める支倉に秋雨が肩を竦めて顔を逸らす。しかしその顔が僅かに緩んでいる事を、近くにいたサッカー部の面々は見逃さなかった。表情を表に出すことの少ない彼女だが、やはり喜びを隠しきれてはいないようだ。
「______それで?反撃の手はあるんですか、副会長」
一つ息をついて、秋雨が支倉にそう尋ねる。この場にいるメンバーの中で、支倉は燈咲や紫藤と同じくリトルを経験しているサッカープレイヤーだ。その実力は、マネージャーの薫を助けた時のプレーで全員が把握済み。
現状では打破する方法が無い以上、反撃に出る為には支倉の存在が鍵になる。そう思い尋ねた秋雨の後ろで、チームの司令塔を担う燈咲も興味深げに伺っていた。
「んー………そうやな………」
腕を組み、目を瞑って唸る。支倉の姿に注目していた面々が、どうにか打開策を出してくれることを願いながら彼女を覗き見る。
そしてひとつ頷き、カッ!と力強く支倉が目を見開き______
「______ぶっちゃけ絶望的やな!!」
なっはっは!と笑いながら繰り出された言葉にその場全員が気が抜けたようにずるっとずっこけた。
「あんっっっっだけ真打登場みたいな雰囲気で出てきておいてソレですかセクハラさん」
「セクハラちゃうわ!?今なんもしとらんやろ!!それに、策が無いって事ちゃうねん!」
呆れてモノも言えない。そう語る秋雨の視線を一心に受けた神楽中学生徒会副会長、セクハラ静穂は支倉呼ばわりされることに遺憾の意を表明。
あくまで状況が厳しいと言うだけで、策無しという意味ではないと弁明する支倉。だがあっけらかんと笑った彼女をイマイチ信用出来ないのか、秋雨と燈咲の頭脳派二人がジト目で見やる。
「ほんとですかァ………?こういうこと言ったらあれですが、いまいち信用ならないというか……」
「兎月ちゃんまでひっどいわァ!?………んんっ。策自体はあるで。点取れるかは分からんけど、少なくとも可能性はあるはずや」
一つ咳払いをし、真剣な表情でそう言う支倉。策自体はちゃんと思いついていると述べる彼女の様子に嘘はなく、秋雨と燈咲も納得を見せた。
パチリ、と作戦ボードの上にマグネットを置いていく支倉。ひとしきり置いた後にペンで線を書き加えていく。
「______いちばん単純なのは、兎月ちゃんのバウンサーラビットで撹乱してから刃金君、ウチの同時シュートや。タイミング云々の問題もあるやろうけど、真正面からぶち抜けるかもしれない程度の火力は出せるやろ」
「まぁ、無難かつ最善策ですね。現状では下手な小細工が通用する相手ではありませんし、時間と点差的に逆転はほぼ不可能……一矢報いて終わるのなら、最大火力をぶつけるのが効果的です。…………それであの立向居勇気を突破出来る気はしませんけど」
支倉の提示した策に、司令塔を担う燈咲が予想していたように頷く。技術面では及ぶべくも無く、体力的にも限界が近い。下手をしなくても勝ち目なんて無い状況だ。
ならば現チームで最高火力を誇る刃金のシュートに合わせて、新加入した支倉のシュートをぶつけるしかないだろう。古より伝わる効果的な戦法、フルパワーによるゴリ押しである。
………世代最強、立向居勇気が相手では止められる予感しかしないが。
「他にもあるにはあるで。秋宮君のフィジカル活かしてサイドから強引に向こうの守備割ったり、向こうの司令塔の………萌黄さんやったか?あの子を抑えて兎月ちゃんと紫藤君辺りでテクニック勝負挑んだるのもええやろ」
「無くはない……ですけど、ホントに博打ですね。陽花戸中の方が地力が上なことを考えると、複数手段があるだけマシってところですか……」
「体力面はまだしも、身体能力って部分なら秋宮君や香沙薙君、刃金君は負けとらんのが救いや。お陰でまだ
試合中にその身体能力で見事な守りを見せた2年生の香沙薙。初心者故に技術はまだまだだが、フィジカル面に関してはチームでも指折りの秋宮。それに火力だけなら平均を大きく超えるパワーストライカー、刃金。
この3人の身体能力は、全国に行った陽花戸の面々とも張り合える。燈咲や紫藤のリトル組に、DFとして確かな実力を見せた秋雨も加えるなら、まだ取れる手段は存在する。
………「ただし」、と言って、支倉はすぐ近くにいるオレンジスカーフの男………サッカー部を発足する切っ掛けとなったGKにして1年生キャプテン、森崎の方を見やる。
「はっきり言うで?現状持てる全ての策と労力を総動員したとして______森崎君じゃ栄作は止められへん」
険しい表情でバッサリと、お前じゃ止められないと言い切る。オブラートに包むこともなく、真正面から事実を叩き付ける。
誰もが薄々理解しながらも、言葉にするのをはばかられたそのセリフ。真正面からその言葉を投げられた森崎よりも、周りにいた他のメンバーの方がギョッとした様子で支倉に視線を集めた。
「君が頑張ってたのは知っとるよ。でもな、君がサッカー始めるより早く、栄作はずっとFWとして練習を重ねとったんや。それに今使えるのも熱血パンチのみ、右手を捻った状態ではそれすら使えへん」
森崎が努力していたこと、それは支倉や星舟といった、あの夜のタイヤ特訓を見ていた人間は良く知っている。並大抵の決意では出来ないようなガムシャラな、馬鹿みたいな特訓……それをこなせる森崎は、本気で勝ちたいのだろうと察することができる。
だがしかし。努力するのは森崎だけでは無いのだ。それは彼の専売特許とはなり得ず、その上で残酷なまでに才能差が存在する。
例えるならば、森崎の才能を1とした時。シュートを放つ陽花戸のエースストライカー、陸井栄作という男の才能は100や200を超えてくるだろう。才能でも努力量でも、現時点では圧倒的なまでに劣っていた。
「もう一回言うで。
「………いくら何でも、言い過ぎではないんですか」
支倉がもう一度、念押しするように言い放つ。
そんな彼女の言葉に眉を顰めながら意見する声があった。汗を拭いながらも、まだ体力的に余裕のありそうな黒髪の男………MFとしてフィールドを走り回っていた2年生の初心者、秋宮だ。
「あらら、秋宮君やん。なんか問題あるん?」
「……森崎はキーパーとして、部のまとめ役として頑張ってくれている。しかも今は試合中だ、そんな言い方は無いんじゃないかと思っただけですよ」
「儂も秋宮さんと同意見だな。少なくとも、入部する気ないって言ってたのに今来たばっかの先輩に言われてハイソウデスカってはならねぇだろ」
秋宮に続き、刃金も髪をかきあげながら納得のいかないといった表情を見せる。
まだ出会ってそれほど時間は経っていないとは言え、森崎はサッカー部の部長でありチームメイト。確かに実力があるとは言えないが、練習中も刃金や燈咲のシュートに食らいつこうと必死になる彼の姿は2人にとって好ましいものだった。
その上、県予選覇者の陽花戸との試合でも森崎は怯むこと無く、何度シュートを打たれても全力で止めようと努力していた。そんな森崎に対する言動として、幾ら実力を垣間見せたと言っても、支倉の一方的な物言いには納得が出来なかったらしい。
「おーいおい、カゲもザックも落ち着けっての!支倉先輩も貶そうと思って言ったんじゃねぇって!」
そんな2人を宥めるように、もう1人の2年生男子。高い身体能力とバランス感覚で秋雨と共に守りの要をこなしていた香沙薙が、2人の肩を叩きながら笑みを見せて軽く言った。
「ようはアレだろ?強豪陽花戸のエースストライカーのシュートは流石につえぇ〜!なんてもんじゃない。だからこそ、俺ら全員でブロック入れれば勝ち目はある!………ってな感じですよね?」
チラリ、と支倉の方を見やりながら香沙薙がそう説明する。
流石にこの状況、新しくやってきた支倉の力がないと一矢報いることも難しいだろう。そんな中で支倉と2人の間に遺恨を残したくなかった香沙薙は、納得が行くかたちの説明を述べて2人を落ち着かせようとしたのだ。
それに支倉は決して嫌味な性格ではなく、むしろフレンドリーだ。森崎を一方的に貶すような事はしない………そう思っての言葉。
しかし。支倉は軽く首を振ると、真っ直ぐにほかのメンバーを見ながら厳しい現実を述べる。
「ちゃうよ。うちが言っとるのは森崎と栄作が1対1の場合やない。こっちチーム全員が各々最大のブロックを入れた上で、今のままの森崎君じゃ止める確率はゼロって事や。1対1なら勝負にならんよ」
香沙薙達がその言葉に絶句し、目を丸くする。
1つは今フィールドに立っているメンバー全員でブロックをかけても、それでもなお止められないと断言されるほどの陸井の実力に。
そしてもう1つは、それを当の本人______森崎の目の前であえて口にした、普段と違う支倉の様子に。
「______この試合、秋宮君か香沙薙君にキーパーしてもろて、森崎を休めるのが【最善】やと思う。君は唯一のキーパーや、フットボールフロンティアのことを考えれば怪我させないようにするのが当然」
「大丈夫、ここで引いても陽花戸との再戦の時までに猛特訓すればええ。完全に同じ場所……とまではいかんかもしれんけど、少なくとも勝負になるくらいまで鍛えることは出来るやろ。それはウチが保証する、絶対君をそこまで連れてってみせる」
「無理しなくてええ。ここは休むのが当たり前で、一番賢い選択や。その上で聞くで、森崎君」
「______
「………分かったっす」
支倉が、真っ直ぐ見つめる中。彼は静かに立ち上がる。
やってきた努力でも追い付けない。止めることは不可能。勝負の土台にすら、自分は立っていない。
だから連れて
だから、ここは下がるのが普通。これ以上怪我をしないように、仲間に後を託すのが正解。そもそも創部してひと月も経たないうちから、立向居勇気率いる強豪陽花戸と戦うこと自体無謀なのだ。諦めて然るべきだろう。
そんな中で、彼はボロボロになっているキーパー用のグローブを嵌めた、赤く腫れて痛む右の拳をギュッと握りしめ______
「______ここで栄作さんのシュート完璧に止めて!」
左の掌に、拳を打ち付けて。
「その上で先輩特製猛特訓の贅沢コース!!」
怯むどころか、戦意を滾らせ。
「最後にゃバチコンっ!と大勝利!………なーんて、どっすか?」
にひひっ、といつも通りに笑ってみせた。
「………止められへんって、ウチが今言ったのに?」
「ハイ!支倉先輩、『今の俺じゃ』止められないんすよね?だったらここでドドンッ!とパワーアップすりゃいいんすよ!!」
森崎の返答に、その場にいた殆どのメンバーが虚を突かれる。あれだけ言われたのだ、いくら彼でも大人しく下がると思っていたのに。
唯一支倉のみ、小さく笑みを浮かべながら彼の言葉を聞く。
今の自分で無理だったのなら、1歩前へ進めばいい。誰にだって分かることだが、実行は難しい………というより、不可能なのだ。それなのにこの男は、誰よりも才能のないこの男が、そう言って闘志を燃やし続ける。
「怪我したら元も子も無いで?それでもやるん?」
「勿論!!それに大丈夫、怪我しなきゃいいんすよ!」
念押しとばかりにもう一度支倉が尋ねるが、森崎の心は変わらない。昔から身体だけは頑丈だから、大丈夫なんだと笑ってみせる。
「______俺は、円堂さんみたいになりたいって思ってサッカー始めたんす。だから当然、立向居さんの事もすっげぇ尊敬してるんすけど………今日の試合で、やっぱあの人本当に強いんだなって改めて思ったっす」
______【円堂 守】。
《イナズマイレブン》という言葉の象徴、世代最強のキャプテンにしてゴールキーパー。誰よりもサッカーを愛し、同時に愛された男。今の世代、ゴールキーパーのほとんどが彼の背中を追い掛けている。
それは伝説の後継者と呼ばれ、円堂守と肩を並べると世間で評されている立向居勇気ですら例外では無い。
彼もまた他のキーパー達と同様に、円堂の背中に追い付こうと毎日必死にもがき、這い上がっている。一歩、また一歩………地面に足を取られても、疲労が身体を蝕んでも。憧れの背中に手を伸ばし、日々進化を続ける。
「やっぱまだまだ、比べられないくらいに俺とあの人達の間には差がある!多分だけど、俺が思ってる以上に馬鹿なこと言ってんだろうなって思えるくらい、差があるんだと思います」
例えるならば、壁。
森崎と彼らの間には、巨大な壁が存在する。才能あるものならば楽々と超えて行けるかもしれないが、森崎にとっては断崖絶壁に等しい険しい壁。終わりが見えるかも分からない、憧れと決意を踏みにじる様な絶望的な理不尽。
それは1枚なのだろうか?それとも数枚存在する?10枚?20枚?………下手したら、三桁に上る可能性だって大いにある。
だから普通は諦める。1枚の壁なら登ろうと思えるかもしれないが、必死になって登り切った壁を超えるものがその先にいくつも待ち構えていると思った時。憧れを純粋に追える人間は、そう多くない。
ましてや森崎の立つ場所は最底辺。そこから彼らに追い付くなんて、夢物語でも不可能……それが、普通なのだ。
「きっと無理だって、やめた方が良いって言われるくらいの差なんです。………だから______」
それ故に。この男、森崎堅固という男は。
「______ここで一歩踏み出さねぇと話になんねぇんすよ」
その壁を前にして、なお。獰猛に笑って、超えてみせると意気込む彼は、世間一般でいう変人なのだろう。
あぁでも。それだ。それがいいのだ。その姿勢こそ。諦めないその姿こそ。誰よりも絶望的な立場にいながら、誰よりも高い目標を本気で見据える君だからこそ。彼女の氷を溶かす事が出来たのだ。
「______あぁ、キミならそう言うと思っとったよ……ほんっと筋金入りやな」
だからこそ、支倉静穂は静かに笑う。歓喜する。
目の前の後輩が、自分に火を灯した少年が、提示した【最善】を振り払い、自分自身で【最高】の選択を選び取ったことに。
馬鹿みたいに真っ直ぐなまでのサッカー馬鹿。そんな森崎の様子に小さく笑いながら………支倉はわしゃっ、と森崎の髪を両手で撫でる。
「よぉ〜しよしよしよし!!ほんっまええ子やなぁ森崎君はぁ〜!!ゴメンなぁ、姐さんもあんなこと言いたないけど心を鬼にしたんや、許してや〜!!」
「おわわっ!?」
わしゃわしゃしゃ〜っ!と両手で森崎の短い黒髪を撫で続ける支倉。先程までの物静かな雰囲気は何処へやら、いつものフレンドリーな雰囲気を振り撒きながら愛犬を撫でるかの如く森崎の頭を撫で回す。
「…………何を見せれてるんですかね、僕達」
「さぁ〜?まぁ良いんじゃない?支倉先輩も堅固も楽しそうだし」
地面に腰を下ろしながら息を整えていた灰飛がその様子にぽつりと呟くと、隣に座っていた人鳥が暗い雰囲気よりマシだよ、と笑う。彼ら以外のメンバーも、先程の一触即発の雰囲気よりはこの雰囲気の方が気楽で良い、と笑っていた。
「ぃよぉっし!!キミにその覚悟があるなら姐さんも覚悟決めるで!!取っておきの秘策、教えよか!」
「______秘策?」
パンっ、と森崎の頬を両手で挟んだ支倉は、彼の覚悟に応えるために。森崎に向けて、たった一つだけ残された【可能性】を示す。
「せや。森崎君じゃ栄作は止められへんとは言ったけど………一つだけ策がある。これが上手くハマれば、森崎君が栄作の【グラウンドインパクト】を止められるかもしれへん」
陸井の現時点での最高の必殺技、【グラウンドインパクト】。その威力ははっきり言って今の森崎に太刀打ち出来るものではなく、止めることは余程の奇跡がなければ不可能………しかしその奇跡を意図的に引き寄せられるかもしれない。森崎に残された、最後の可能性だった。
「止める為にも、みんなの協力が必要不可欠や。体力的にも、タイム明け一発目……そこで勝負掛けるで」
そう言って支倉が全員を見渡す。その表情は………語る必要も無さそうだ。
本当に、いい子達が集まったんだな。そう静かに思いながら、支倉は決意を持って笑いかける。
「さぁて………頑張る人を笑ったマナーの悪い観客さん達の度肝、ドカンと抜いたろや!!」
☆☆★
「………良かったの、乃愛ちゃん?」
試合再開の為に両イレブンがコート上に散っていく中で、ベンチに座る塵山が隣の少女を覗き込みながら声を掛ける。
そこに座っていたのは、先程まで試合に出ていた少女。天文学部と兼部しながらも、森崎の言葉を聞いて前に進んだ2年生の星舟。支倉がコートに入ったために、交代として下がったのだ。
「うん………私、まだみんなみたいに体力付いてないから。一番足でまといなのは、自分が一番よくわかってるの」
そう言って曖昧に笑う星舟。彼女は決して悪い選手ではなく、むしろサッカーを始めた期間からしてみれば充分優秀だ。
しかし今の状況からでは、女性でありパワーに優れている訳でもない星舟は、まだスタミナがないことも相まって真っ先に交代候補に選ばれてしまうのが事実。故に彼女は自分から立候補して、こうしてベンチに下がったのだ。
「でも……うん。多分大丈夫。みんな凄い人ばっかりだもん」
そう言って、今一度星舟はコートを見つめる。県予選覇者、陽花戸中。世代最強ゴールキーパーの率いるこのチームに、創部したての初心者が大半の神楽中が、一矢報いる瞬間を見逃さぬ為に。
神楽中フォーメーション
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■
支倉
燈咲
塵山 紫藤
秋風 秋雨 人鳥
香沙薙 秋宮
刃金
森崎
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■
「………フォーメーションは変わってる……けど、何あれ?どういうフォーメーション?」
「パワーシュートしてた
困惑したように陽花戸のMF、文月が呟く。同様にして木倉もフォーメーションの意図は察したものの、あからさま過ぎるその立ち位置に驚きを通り越して呆れすら感じていた。
FWとして、荒削りながらも良いシュートを放っていた刃金を思いっきりDFの位置にまで引き下げ、シュートブロックを可能とする秋雨、それにパワーのある秋宮と香沙薙を中央に集めている。明らかに陸井のシュートに対するブロック要員………見え見えすぎて逆に何かあるのではと勘ぐるレベルだ。
「……取り敢えず、油断は禁物だ。全員ポジション崩さないで、動きを予測しながら立ち回ろう」
立向居が冷静に言葉を連ね、全員を各ポジションに散らせる。どんなに奇を衒った作戦でもハマれば厄介、下手したら正攻法で来るよりも数倍の脅威となる………彼がこの2年間、学び続けてきたことだ。
「………マネージャーの子を助けた時のプレーを見るに、氷系………吹雪さんやアツヤみたいなスピード系か、それとも…………ちょっと楽しみだな」
そう小さく笑い、立向居は構える。かつてエイリア学園と共に戦い、世界の強豪ともしのぎを削った兄弟プレイヤー。彼らと同系統の必殺技を使うのか、それとも全く違うのか。
……ただひとつ言えるのは、立向居のゴールキーパーとしての勘が、新たな選手の登場を警戒している。それと同時に、まだ見ぬ彼女のプレーに心躍らせているのも、事実だった。
「______よぉ、やっと来やがったな」
軽い調子で、声を掛ける。
トントンっとつま先で地面を叩いてスパイクの調子を確認していた彼女が視線を上げ、こちらを見る。以前と比べて少し大人びた面持ちだったが、ニヤリと笑うその笑みは昔と変わっていなかった。
「なんや栄作、敵さんに話しかけるなんて余裕そうやん」
「なんてったって、助っ人さんが2年もブランクのあるセクハラ女だからなぁ。少しは勘残ってんだろうな?」
「任しとき、むしろかわい子ちゃんのたわわなボールを掴む技術なら格段にレベルアップや。今なら一揉みでウチのゴッドハンドの虜やで!」
「うっわ変わってねぇ、引くわーマジで」
ふふん、と不敵な笑みを浮かべて両手をワシワシさせる支倉の様子に、ゲラゲラと笑い声をあげる。
おおよそ試合途中、しかも敵同士の会話とは思えない。気の置けない友人同士が休み時間にするような、気楽な会話。
だがしかし。ひとしきり笑った後に陸井は、目の前のかつての相棒………舞い戻った最大のライバルに、ギロりと笑いかける。
「で?本気で勝てると思ってんのか?」
「負けようおもて試合するわけ無いやろ、身体デカなったついでに脳みそさんまでムキムキゴリラになってまったんか?」
陸井と挑発に、こめかみに指を当てながら挑発し返す。わざわざ負けるつもりでコートに立つ人間なんて、この場にいるはずもない。そんな自分は、もう置いて来た。
「なんだ、随分強気だな」
「後ろ向いててもええ事ないって教えられただけや。まっ、かるぅ〜く1点取らせてもらうで」
かつては後ろを向いてばかりで、前を歩く存在から目を逸らした。その場に留まり、これ以上傷つかないように。
だがそれでは面白くない。どうせなら本気で馬鹿みたいに走った方が良いんだと教えてくれた子達がいる。だからもう、支倉は目を逸らさない。
ヒラヒラ、と手を振って自分のポジションに戻っていく彼女の背を見ながら。陸井は、より一層笑みを深めていた。
☆☆★
『タイム終わったぞ!』
『試合再開だ!ボールは……陽花戸側から!』
神楽中の生徒達が見守る中、試合再開。陽花戸の1年生FW、立花がボールを1度下げて司令塔の萌黄へと送る。
「さーて、始めよか」
「おっと、早速来るわけね!」
萌黄がボールをキープしている間に、支倉が走る。地面を蹴り、かつて愛用していたスパイクと共に一気に萌黄との距離を詰めてボールを狙う。
「(はっや……けどっ!)」
瞬間的に二者間の距離を詰めて見せた支倉のスピードと瞬発力に目を丸くしながらも、萌黄が動く。
素早く足を伸ばしボールを狙ってきた支倉。萌黄はタイミングを合わせて1度ボールを後ろに下げることで躱し、体勢が整わないうちに身体を横にズラした。
「(ボールにがっつきすぎ!横抜けれる!!)」
まだ支倉は足を伸ばした状態、重心もぐらついているだろうから止めに来れるはずは無い。
そう思って悠々と、支倉の横を通り抜けパスを送ろうとした萌黄だったが______ゾクリ、と悪寒が走った。
「______ッ!!」
咄嗟に横にパスを送る。次の瞬間、先程までボールがあった場所に、何かが空を切るように走った。
「あら、躱されてもた。上手やね」
「……っ、どんな反応速度だっての……!?」
崩れた体勢、間違いなく追いつけるわけはない。なのにこの女は、陸井が警戒しろと言っていたこの女は、当たり前のようにそこに居た。
取れなかったことを悔しがるでもなく、余裕の笑みでこちらを賞賛する。可愛らしい面持ちなのに、それがいっその事不気味なレベルだ。
そんな萌黄が辛くもボールを送ったのは、サイドにいた3年生の文月。受け取った彼女はドリブルで前に切り込もうとするも、その前に1年生の塵山灰飛が距離をとって立ち塞がる。
「(距離が大きい………パス捨てて抜かせないようにってこと?でも………)」
距離を大きく空けていることから、自分を抜かせないことが第一なのだろうと当たりをつけた文月。
ならばパスを………と思うが、周りを見た文月は僅かに顔を顰める。
「ちょっとおチビちゃん、しつこいっての!!」
「ディフェンスなんだから、当然でしょう……!」
逆サイドのMF、2年生の楽野の元には小柄な一年生、紫藤がリトル時代からの技術を活かして上手く止められており。
「くっ……ちょこまかと……っ!!」
「ディフェンスってまだイマイチ掴めないけど………君なら分かりやすいかも!」
まだ一年生であるFW、立花はその荒い動きを読まれているのか。同じく1年生FWである人鳥に動きを合わせられて思うように振り切れず。
「前半もそうでしたが………やはり、速い……!!」
「スピードで……負けたく、ないんです……!!」
FW組の中でも突破力があり、あらゆる面で高く纏まっている2年生の剣野。しかし彼は、そのバランスの良さを逆手に取られてスピードに特化した一年生DF、秋風がギリギリまで食らいついてパスを受けに行けない。
「(主要なパスコースを切ってる……となると、残るのは______)」
攻撃陣の多くはパスコースを切られ、萌黄に戻そうかとも思うが先程の様子を見るに支倉が怖い。
そうなれば、残るパスコースはただ一つのみ。
「文月!!コッチだ!!」
______明らかにスペースを空けられている背番号10。陸井への道、ひとつのみだ。
わざわざ空けられているストライカーへの道。どう考えても、ゴール前に固まった選手達でブロックを掛けてカウンターに持ち込む算段だろう。
「……栄作!!」
だが、それをわかった上で。察した上で、文月は陸井へのパスを選択した。
舐めるなよ。今貴方たちが勝負を仕掛けようとしているのは誰だと思っている。
確かに時折暴走することはあるし、さっきも自分勝手な姿を見せていた。
だがそれでも。それでもアイツは、自分たちのエースストライカーなのだ。特別な番号を手渡され、立向居と共にチームを牽引する要なのだ。
それを高々数人ブロック入れただけで止めるなんて、ちゃんちゃらおかしい。そう一笑にふせるだけの信頼を、チーム全員が彼に対して持っている。
だからこそ、文月は迷わずパスを選択出来たし………陸井も瞬時に、シュート体勢に入った。
「さぁ………覚悟しろよ」
小さく呟き、渾身の力を込めて地面を踏み砕く。最初の一撃とは違い、叫ぶことは無かったものの______込められた気迫は、感情は、遥かにそれを凌駕する。
砕かれたその岩石達が舞い踊る。ひとつ、またひとつと陸井の本能に呼応するかのごとくボールへと集約されていく。
込められたのは、【相棒】の帰還への喜びか。それとも目の前に立ち塞がる、馬鹿という言葉すら生温いアイツへの期待か。はたまた、エースストライカーとしての意地か。
あぁそんな事はどうだっていい。これが何かなんて、明確にしなくても。今はただただ純粋に。全身全霊を持って。
「そんな高みを憧れだって豪語するなら………これくらい止めてみろォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!!!」
______君達の試練として。最高の壁になって立ち塞がろう。
「グラウンドインパクトV3ィッ!!」
巨石を砕き、蹴り放たれた最高の一撃。
確実にこの試合で………いや、陸井栄作という選手の人生において間違いなく最高最強。全国区のストライカー、昨年度のフットボールフロンティアであの円堂守にも放ったシュートが、神楽中ゴールを喰らい砕かんと地面を抉る。
「キャプチャーストリングV2っ!!」
当然ながら、それをそのまま通す訳には行かない。その為にもフォーメーションを変え、こんなにわかりやすいポジショニングまでしたのだから。
秋雨が己の指から即座に糸を引き、空中で編み込む。前半、立花のシュートを逸らして見せたあの糸の道とは違う別の形………小さなネットのように編み込んだその必殺技で、正面から陸井のシュートをブロックする。
だがしかし。本来シュートブロックに向かないキャプチャーストリングでは高い強度は見込めない。シュートを逸らすならばまだしも、真正面から受け止めようとすれば幾らネット状に編み込んだとしても限界がある。
おおよそ陸井のグラウンドインパクトを止められるレベルには達していない………それは、秋雨自身も重々承知だ。
「2人ともっ!!」
「任せろ!!」
「はいよっとぉ!!!」
だからこそ。キャプチャーストリングの糸がちぎれてしまう前に、背後に居た秋宮と香沙薙………2年男子で、パワーに優れるこの2人が、左右から同時にキックブロックを入れたのだ。
「っ、おおおおおおおっ!!?」
「ぐっ………これは、キツイな……!!」
秋宮と香沙薙。どちらも現在の神楽中では身体能力に優れ、パワーもある選手だ。サッカーを始めた日数は浅いとはいえ、運動能力は折り紙付き。
しかしそんな2人であろうと、必殺技も無しにグラウンドインパクトを止められるはずはない。2人に挟み込まれるように形を変えたボールだが、むしろより一層威力と回転を増しながらここを突破せんと唸る。
「刃金ぇ!!いけるか!?」
「任せろ!!お陰様でいけるぜ師匠ォ!!」
そして香沙薙は、空中に向けて叫ぶ。ブロッカー最後の一人、シュートブロックならば間違いなく最大火力を叩き出せる男が………燈咲を除きチームで唯一シュート技を使える彼、刃金斬九郎が、流動的な鈍い溶鉄色のエネルギーを纏って上空から舞い降りていた。
「アイアントルネード改ッ!!!」
ここはゴール前でなく、得点する為でもない。しかし彼は己の役割を全うするために、真正面からボールを蹴り砕く勢いでその右脚を叩き付ける。
秋雨のキャプチャーストリングス、2年男子2人による同時キックブロック、そしてダメ押しの刃金。計4人、他の選手への警戒も考えた場合では、現時点でもっとも効果の高いコンボブロック。即興ながら、連携もほぼ完璧と言ってよかった。
「…………舐めんな」
だが、それでも。
「たったそんだけで………止められるわきゃねぇだろうがよォ!!!」
止めることは、叶わない。
「っ、しまっ……!」
陸井の気迫によってか、それとも別な要因があるのか。勢いを増して回転していくボールとの摩擦により、ブツリと秋雨のキャプチャーストリングが切れる。
「しまっ……うおおぉ!?」
「やべっ………!?」
ガクリ、と身体を揺らす秋雨だったが、キャプチャーストリングスの拘束を抜けたボールは止められていた勢いを全面解放。両サイドから挟み込んでいた秋宮、香沙薙を回転によって弾き飛ばす。
「ぐっ………くっ、そぉ!!!」
唯一真正面からブロックをかけていた刃金は、ギリギリまで威力を弱めようと粘り続ける……が、所詮は付け焼き刃。本来のシュートではなくブロックとして使っているが故に、勢いに負けた刃金も大きく吹き飛ばされる。
4人の尽力あって多少は威力が弱まった……が、それでも並大抵のシュートとは比べ物にならない威力を内包したグラウンドインパクト。
だからこそ。陽花戸の殆どのメンバーが決まると確信した。
あのキーパーに止める術はない。エースストライカーの一発が、今一度ゴールネットを揺らす光景が脳裏を凪いだ。
______瞬間、茹だるような熱気が肌を刺した。
視界が歪む。空気が歪む。その熱に当てられた世界が、正しい形を保てなくなる。空気そのものが異常に収縮、膨張を繰り返し、彼らに届く光が捻じ曲げられる。
擬似的な蜃気楼______今この場で起こり得るはずのないその現象。
陸井、そして立向居には本能的に察した。この現象のトリガーとなっている人物。先程から一歩も動かず、ゴール前に立っている、あの男だと。
「スーッ…………フーッ……………」
息を吸い、静かに吐く。ただ単純なルーティン、生きるために必要な行為である呼吸を絶え間無く続ける。
彼に残された『
君に残された可能性。それは、むずかしいことではない。
ただただ愚直に。一切合切を【燃やす事】。
『______必殺技っていうのはな、単純なもんなんや。自分で生み出した必殺技に、エネルギーを注ぐ………それだけでええ。イメージと心持ち、それに身体能力さえ備わっとけば基本は出来るハズのもんや』
…………まだだ。
『でも君は、本当に最低限しか使えてない………言い方は悪いけど、これは才能が無いとしか言えへんよ。これから先、どんなに努力しても正攻法じゃ森崎君は必殺技で他の選手に追いつけへん。だから______』
………まだ足りない。
『______
______さぁ燃え上がれ、灯火よ
ゴウッ、と揺らめき登り上がる。彼の心臓が、血脈が、汗が、傷が、努力が、心が、全てを燃料として、左腕から焔が渦を巻く。
必殺技とは、言うなれば機械だ。エネルギーを注ぎ込む際、より効率的にパワーへと変換出来るようにするための媒体……得意不得意も加味したとしても、単純に強い技ほど効率よく多くのエネルギーを力へと変換する。
だから選手たちは必殺技を磨く。より効率よく、より強く必殺技を扱う為に。より多くのエネルギーを一度に注ぎ込めるように、必殺技という名の機械をアップグレードしていくのだ。
これに対して、森崎の機械はオンボロだ。
本人もただガムシャラにやっているだけ。効率よくエネルギーを変換するなんてほぼ不可能、多くを無駄にする上に、一度に注げるエネルギー量は少ない。磨けど磨けど、オンボロ故に殆どアップグレードもされない欠陥品。
機械も悪ければ、それを直せる才能も無い。森崎堅固という選手にとって、そこが限界点。越えられない、巨大過ぎる【才能】という壁だった。
「(キミは燃料自体は持っとるんや。今までの努力が、憧れに手を伸ばすと決めたキミの心が、確かに培われてる……でも今のままじゃ、それは意味をなさへん)」
この世界において、必殺技には心が大きな意味を持つ。
勝ちたいという気持ち。仲間を想う気持ち。何かを成し遂げるという強い想いを持つならば、それに応えるだけのエネルギーが生み出される。故に森崎は、その点で見れば十分にエネルギーを持っていた。
しかし彼のオンボロ機械では一度に多量のエネルギーは注げない。彼の【エネルギーを定着させる才能】の欠如は、規定量を超えるエネルギーを注ぎ込めば瞬間に必殺技が瓦解するという最悪の結果に繋がる原因だ。既存の必殺技の型に嵌めようとすれば、森崎は最底辺のゴールキーパーから抜け出せない。
______だからこそ。支倉は、彼に
既存に当て嵌めたなら、輝けない。だったら
燃え上がる左腕の、拳を握る。弾け飛ぶように火花が、熱が、唸る焔が手甲の如く。
噛み締めた口内から、焔が漏れ出る。
覚悟を決めた眼光が、烈火の如く茜色に染め上がる。
絶え間なく鼓動する心臓が、灯火となって揺れ動く。
「(型を取っ払ったら、変換効率はガタ落ちする。殆どのエネルギーは形を変えて霧散していく______それでも確かに、力には変換されるっ!!)」
機械も無しに燃料を燃やす。当然ながらバカげた話だ、出力を上げるためには機械を用いた方が断然イイ。それを取っ払うなんて、誰もしない。
あぁでも。それでいい。それがいい。
効率をガン無視して。
エネルギーを定着化させることなんて頭から投げ捨てて。
ただひたすらに、その想いを燃やし続けろ!
「伝説に追いつくなんて豪語するんや………ちんたら1枚2枚登っとったらキリないわ!!だから______!」
______さぁ
「______一気に数枚、ぶち壊せやっ!!!」
「______ブレイズノッカーッ!!!」
拳が、ボールを打ち据える。
止められるはずのない実力差。誰もがそう思った、結末を察したその勝負は。
______揺らめく焔の左腕が、弾丸の如くボールを弾き飛ばした。
「____________止めた………?」
「止められた……!陸井さんの、グラウンドインパクトが……!」
それは、陽花戸の後輩達だったか。それとも周りで見ていた観客達だったか。
それは分からない。ただ一つ。確かな事実が存在する。
「______
______奇跡を、引きずり込んだ。
「全員警戒!!カウンターが来るっ!!」
立向居の声に、ハッとする。一瞬の出来事、覆されたその事実に気を取られていた間に、ボールの行方から目を離してしまった。
急いでボールの飛んだ方向へと視線を向ける。あのパンチング、弾丸ライナーのように弾き飛ばされたボールは真っ直ぐに低空飛行。地面スレスレを走り、ハーフラインを超えた辺りで待機していた燈咲の足にトラップされた。
「〜〜〜っ!ばっか力……!!」
あまりの勢いに顔を顰めるものの、培ってきた技術でどうにか勢いを殺してトラップ。陽花戸の選手の殆どが前に出ている現状、一気にカウンターを決めたかった。
「流石に、行かせないっての!!」
「そう簡単に、抜かせんばい…!!」
しかし、流石に県予選を制し全国に出場したチーム。燈咲の僅かなトラップ時間のうちに、萌黄と太明の3年生二人が即座に詰め寄る。
「(ウサギちゃんのパターンは見てきた!ドリブル突破もパスも通さない…!!)」
この場面、絶対に止まりたくないはず。故に強引に来ると予測した萌黄は、司令塔として…そして1プレイヤーとして、最大の警戒を持って彼女に当たっていた。
そんな状況下。燈咲が選んだ手段。
「______真バウンサーラビットっ!!」
ドリブル突破でも、パスでも無く……シュートだった。
「んなっ……!?」
「あららぁ……っ!?」
即座に身体の上下を入れ替え、ボールにスピンをかけて打ち下ろす。月をバックにしたその技は、虚を突かれた萌黄と太明の周辺を大きく跳ね回りながら、彼女達の頭を越えていった。
この状況でのシュート。燈咲のキック力では立向居の突破なんて出来るはずもない。【ムゲン・ザ・ハンド】という広範囲のカバーが可能な必殺技を持っている以上、このまま翻弄して1点を取れるとも思えなかった。
「あれだけ色々言ったんですから……取れますよね!?」
小さく、聞こえない程度に叫ぶ燈咲。
地面を跳ね回りながら、意思があるかの如くコート上を突き進んでいくそのボール。最後に1度、大きく跳ねてそのボールが向かった先。そこにいた少女の足元に、まるで先程までの勢いが嘘だったかのように静かにボールが収まった。
「………ありがとさん。さて、行こか」
必殺シュートの勢いすらも完全に殺す、磨き抜かれたトラップを魅せながら。その少女………【支倉 静穂】が、この試合初めてボールに触れた。
「すかしてんじゃねぇぞゴラァ!!!イグナイトスティールV3ッ!!」
サイドから少し前に出ていた他のDFは間に合わない。故に唯一立向居の前に立っていた3年生DF、木倉が速攻でボールを奪おうと仕掛けた。
地面との摩擦により発生する熱を増幅させ、炎を纏った高速スライディング。かつてエイリア学園マスターランク、プロミネンスが操って見せた単純ながら強力なディフェンス技。それを使いこなせる木倉の身体能力は、間違いなくDFとして一流だ。
そんな木倉が……熱に包まれている彼の首筋に、ヒヤリと冷たい冷気が触れた。
「ゴメンけど、無理やり通らせてもらうで!!真フロストクラッシュ!!」
あれだけ格好つけてここで取られましたー!では、いくら何でも恥ずかし過ぎる。そう笑う彼女の周りに、白い空気が______視認出来るほどにまで下げられた冷気が、パキ、パキと音を立てていた。
足元でボールをスピンさせ、冷気を集める。ギュルギュルと回転を生み出しながら、渦のように周りの冷気を集めて固体化。浮き上がったそのボールは、何処と無く彼の………陸井のグラウンドインパクトの巨石を彷彿とさせる、巨大な氷塊だった。
「うわっちつべでぇおわぁ!!!???」
「木倉がバグったァ!?」
極低音にて凝結させられたその氷の塊を、支倉は炎をまとってスライディングを仕掛ける木倉に向けて打ち放つ。
木倉のイグナイトスティールにぶつかり合い、氷解して液体となる。先程まで氷だった水を全身に浴びた木倉はあまりの冷たさに身悶え。纏っていた炎が水によって掻き消され、水蒸気となって辺り一面をスモークのように覆う。
「っ!視界が………!」
氷と炎、相反するそれらがぶつかったことにより発生した水蒸気の煙幕。唐突に視界を塞がれた立向居が小さく顔を歪める。これではタイミングを取ることも、シュートコースを予測するのも難しい。
だが立向居は焦らない。この程度のピンチは、何度だって経験してきた。相手の神楽中のメンバーでシュートを放てるのは、支倉を入れて3名。そのうち2人は彼女よりも後ろに居るはずなので、ほぼ間違いなく単独シュートだ。ならば、全力を持って相手すればどんな強力な技だろうと止める自信が彼にはあった。
右か、左か。意表をついて中央からか。塞がれた視界の中、立向居が視線を巡らせているその時______ゾクリと、キーパーとしての第六感が警鐘を鳴らした。
「っ!!上かっ!!」
咄嗟に顔を上げ、上空を見る。風によって薄くなった水蒸気の膜の向こう側で。確かに彼女は、居た。
「______色々、迷惑かけたんや」
舞う。蒼く晴れた宙を、切り裂くように駆け上がる。
幼い頃から使っていた、慣れ親しんでいた。この2年間、逃げるように目を逸らして………それでも、彼女の身体が、心が、忘れていなかった。
「ここで1点返さんと______」
例えるならば、それは蒼。空の色とも海の色とも違う、蒼く輝く光。はらりと融ける雪のように、しかして全てを穿つ氷柱のように。
「かっこ悪ぅて、しゃーないわっ!!」
不敵な笑みを浮かべて。己を信じて。例え伝説の後継者が相手であろうと、2年間のブランクがあろうとも。かつて無我夢中でボールを追い掛けていた、自分を信じていた、その気持ちさえあれば………ぶち抜いてやれると、自分を信じる。
真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ。本気で迎え撃とうとしてくれる、イナズマジャパンにも選ばれた世代最強キーパーの視線を真っ向から受け止める。
______もう二度と。ここから目は逸らさないと決めたから。
「フリージングトルネードV4ォオッ!!」
空中で回転し、青白い冷気を纏ってカカト落とし。打ち据えられたボールは螺旋回転を加えられ、彼女の想いを乗せて空を裂く。
「______間に合う……!!」
しかし立向居は、全身のエネルギーを込めてそれを迎え撃つ。このスピード、コースなら十分に間に合う。
自身の原点。あの時憧れ、何度も何度もビデオを見返し、先輩達にも力を貸してもらって遂に実現した憧れの人の技。多数の必殺技の中でも発動時間の短いこの技しか繰り出せないほど綿密な策と確かな実力を見せた支倉は、本当に強い。
だが、それでも。負ける気は無かった。負ける気はしなかった。
神の手を冠する、その技。腕に伝えたエネルギーを解放し、発動しようとした瞬間______
「______掛かったな?」
「っ、しまっ……!!」
咄嗟に必殺技を解除し、加速したボールを真正面から掴みとる。螺旋回転しながら前へ前へと止まることをしないボールを、両腕をフルに使って摩擦で押し殺す。
しかし。立向居の額に、嫌な汗が滴り落ちる。
「(冷気でコーティングされて、上手く掴めないっ!止めようにも、パワーがフルに伝えられない上に体勢が悪過ぎるっ!!)」
冷気によってボールの表面が氷結し、掴む場所が消えている。その上よく滑るのでパワーを伝えようにもその多くが流されてしまう上に、タイミングをずらされたことによって必殺技が使えない……それどころか、加速したシュートに対応しようとして体勢を崩された。パフォーマンスは最悪に近い。
「______ァアアッ!!」
だがそれでも、止めてみせる。
腰を深く落とし、両腕で挟み込むようにして止めようとしていたボールを地面に叩き付ける。その上で比較的滑りにくいキーパーグローブを填めた両手で上から押さえつけ、ギリギリまで自分のパワーを伝えられる体勢に移行する。
地面を削りながら、なおも進み続ける。それを真っ向から受け止め、必殺技も無しに拮抗している立向居。
しばらく拮抗していた、そのぶつかり合い。しかし次第に勢いが弱まっていき、最終的に………ボールが、止まった。
「っ!止めた!!」
「流石キャプテン!!」
あれだけ不利な条件下でも止めて見せた、陽花戸中キャプテン。日本代表の背番号を背負っていた男は伊達ではない、その事をよく知るチームメイトたちが歓喜の声を上げる。
ボールを止めた彼は、大きく息を吐き、顔を上げた空を見上げる。
「______豪炎寺さんとも、吹雪さんとも違う………まだこんなストライカーが、隠れてたのか……」
………地面に黒く付いた、摩擦跡。立向居と支倉のシュートが互いに押し合った証である、その焦げたようなまっすぐな線は、立向居の足元まで伸びており______
「凄いストライカーだった………
______ゴールラインを、割っていた。
「うっひゃあ、最後の最後まで詰め込んで、必殺技使わせなかったのにギリッギリかいな!ほんっま頭おかしいわァ…………」
ポリポリと、頬を搔く。極限ギリギリまで策を弄し、出来すぎなくらいに上手くいって、初見殺しに近い形で必殺技を発動した上でここまで止めてくるとは。本当に、イナズマジャパンに選ばれた伝説の後継者の実力は底が知れない。
「まぁ、でも______」
______世代最強。陽花戸中キャプテン、立向居勇気。
昨年のフットボールフロンティアにおいて雷門中と当たるまで全ての試合を無失点で抑えていた超級のゴールキーパーから点をもぎ取ったその舞姫は。
最低の道を歩み続けていた、報われぬ少女は。
「______取ったで、一点」
最高の後輩達と共に。周囲全ての、度肝を抜いて見せた。