燈咲からまさかのタイヤ特訓禁止令が出されておよそ10分後。神楽中学サッカー部の7人は、部室のすぐ近くにあるグラウンドに集まっていた。
森崎はタイヤ特訓禁止令を断固として拒否したが、燈咲はそれを認めず。「タイヤ特訓なんて無茶なことしていたら身体がもちません!」と至極真っ当な事を言った燈咲に、それでもと、と言おうとした森崎だったが、折れない姿勢を見せた燈咲の意見を渋々了承。本日は燈咲が練習を取り仕切ることになった。
「とりあえず、この中でリトルでの経験があるのは私と紫藤君の2人だけ、リトルでの経験は無いけど独学でやってたのが森崎君、塵山君、刃金君。完全な初心者が人鳥君と秋風君・・・であってますよね?」
燈咲の言葉に、男子陣がそれぞれ頷く。それを確認した燈咲は、続いての質問を皆に投げる。
「それじゃあ、サッカー経験のある4人の中で、必殺技が使える人は手を挙げてください」
その言葉を受け、サッカー経験のある4人の内、3人・・・森崎、刃金、紫藤がそれぞれ手を挙げる。つまり、サッカー経験があるメンバーの中では唯一塵山だけが必殺技を持ってないことになる。
「なるほど、塵山君以外はみんな持ってるんですね。どのカテゴリの技が使えるんですか?」
「俺はキーパー技が1つ。パンチングだな」
燈咲からの質問にまず答えたのが、1年間独学で練習していた森崎。チーム唯一のキーパーとして、必殺技は使えるようだ。
「儂は勿論シュート技だ!!期待してくれていいぞ!!」
次に答えたのは刃金。『世界一の必殺ストライカー』を夢見るだけあって、覚えているのはシュート技を1つ。見た目も相まって、彼のシュートパワーには期待が持てるだろう。
「僕は一応ドリブル技。練習とかで何度も使ってるし、問題なく使えると思う」
最後に答えたのは紫藤。小柄な彼だが、チーム内での経験は燈咲に次いで高い。その分、技術には優れていることは予想できる。
「なるほど・・・経験者組でも1つずつですか・・・紫藤君、ポジションは?」
「DMFだよ。まぁDFの経験もあるから、そっちでも動けるけど」
「必殺技、今使って見せて貰えますか?塵山君、ディフェンス役お願いします」
「ん?まぁいいけど」
「分かりました、紫藤君、はいボール」
燈咲からの要望に応え、塵山がボール籠の中から1つボールを取り出して紫藤に投げ渡し、森崎達から少し離れた場所に立つ。紫藤も皆から離れて塵山の直線上に立ち、ボールを足元に置く。
「何時でもどうぞ!」
「了解!それじゃ、行くよ!」
塵山から許可を貰った紫藤は、塵山に向かってドリブルで駆ける。塵山が腰を落とし、臨戦態勢を整えた状態で、迎え撃とうと待ち構えている。
塵山との距離が縮まった時、紫藤が跳躍。ボールを足に挟んだ状態で縦に回転し、地面に両足がつくタイミングで足に挟んだボールを踏みつける。
「イリュージョンボール……改ッ!!」
「っ!これは・・・!!」
すると、ボールが複数に分身。紫藤の周りを囲うように飛び回り、塵山の目を撹乱。本物を見極めようと目を泳がせる塵山を横目に紫藤が突破。ボールはひとつに集まり、紫藤の足元へと戻った。
「うおおおお!!すげぇぜ幻斗!!」
「改か!!やるもんだなぁ!!」
「凄い!ボールが分身した!」
「こんな感じでペンギンを分身したりするのかな!?」
待機していた男4人がわっ!と沸き立つ。それを聞いた紫藤が照れくさそうに頬を掻き、なんとも言えない表情を浮かべる。
「凄いですね、どれが本物だが見分けがつきませんでしたよ。しかも既に進化させているなんて・・・」
「かれこれ2年間、一緒に戦ってきた技だからね。塵山君こそ、ディフェンスする時にしっかり腰を落として構えてたじゃないか。きっと必殺技も、すぐに身につけられるよ」
「・・・だと、いいんですけどね」
声をかけた塵山は、紫藤からの賞賛を受けて自信なさげに苦笑を浮かべる。それを見ていた燈咲は、少し考えた後に紫藤、塵山の2人に声をかける。
「ありがとうございます、お二人共。紫藤君は必殺技を使いこなせていましたし、塵山君も基礎はしっかり固まっているようですね。それでは、お二人で人鳥君、秋風君の初心者二人にパスやドリブルなどの基礎を教えてあげてください」
「それは構いませんが・・・僕と紫藤君で、ということは、燈咲さんは堅固とザックに?」
「はい、キーパー練習とシュート練習を兼ねて。お二人の必殺技も確認しておきたいですし」
その考えを聞いて納得した塵山は、紫藤、秋風、人鳥と共に1つずつボールを持ってその場を離れる。森崎達から十分距離をとった後、基本的なパスの練習から始めだした。
「・・・さて、私達も始めましょうか。森崎君、刃金君、お願いします」
「っしゃあ!!ようやく儂の出番だな!!」
「見てろよザック!ぜってぇ止めてやる!!」
「ぬかせ!!ぶち破って決めてやるぜ!!」
互いに軽口を叩き合いながら、森崎は1年前に母に買ってもらったグローブをはめてゴール前に陣取り、刃金はボールを持って森崎からある程度距離をとり、スパイクのつま先で地面を軽く何度か叩く。
「準備はいいか!堅固!!」
「何時でもいいぜ!!来い、ザック!!」
グローブを付けた両手を打ち付け、シュートに備えて構える森崎。そんな彼を見て、ニッ、と好戦的な笑みを浮かべた刃金はボールを空中に蹴り上げる。
「フッ・・・!!!」
「っ!!このモーション・・・!!」
隣で見ていた燈咲が驚愕する。当然だろう、彼のシュートモーションは、日本で・・・否、世界でもトップクラスの知名度を誇るあの必殺技と酷似しているのだから。
ボールを追うように、その身を回転させながら飛び上がった刃金。その右足に宿すのは、揺らめくような爆炎・・・では無く、もっと鈍い赤。熱し、溶かされた鉄のような流動性のあるソレを足に纏った刃金は、何度も回転しながら頂点に達する。その瞬間、目を大きく見開くと、空中のボールをダイレクトでシュートした。
「アイアン……トルネードッ!!!」
『
独学でここまで到達した刃金に驚愕している時、森崎はボールから目を離さず、右足を一歩後ろに下げる。そして、右腕を大きく振りかぶると、その拳に熱気を込め、それに呼応するかのようにグローブが真っ赤に染まる。
「おおおおおおお!!!熱血……パンチッ!!・・・どわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そしてそのまま殴り掛かった。そして、僅かに拮抗した後、物の見事に吹き飛ばされ、ボールがネットを揺らした。
「はっはぁ!!どうだ堅固!!」
「すっげぇ・・・まだ、全身がビリビリきてる・・・!!」
その場に座り込んだ状態で、震える拳を眺めながら呟く。そばまで近づいてきた刃金の手を借りて立ち上がる森崎。そんな彼らに向かって、燈咲が近づいてきた。
「おうっ、燈咲!!どうだ、儂のシュートは!!」
「はい、取り敢えず刃金さんですが・・・まず、隙が大きすぎます」
「ゔっ・・・!」
「威力を上げるために回転数を増やすのは理にかなってますが、隙が大きくなってる上にまだまだ狙いも荒いです」
真顔で淡々とそういう燈咲に、言葉に詰まった刃金はバツが悪そうに目をそらす。
しかし、一転燈咲は笑みを浮かべ、次の言葉を紡ぐ。
「・・・ですが、あのシュートの威力はこちらの想定を超えていました。独学であれ程のものを身につけているのは、単純に賞賛されるべきです。・・・素晴らしいシュートですね、刃金君」
「お・・・おぉ!?そうか?そうかぁ!?いやー、儂も苦労したんだよ!!豪炎寺さんのシュートのビデオを何度も見て、儂なりの改良も入れてなぁ・・・」
いきなりの褒め言葉に、刃金は照れ隠しのように頭を掻きながら流れるように言葉を紡いでいく。浮かれているのだろう。
さて、と一泊置いてから、燈咲は森崎の方を向く。若干言いにくそうにしていたが、意を決したのか、目を細めつつ森崎の評価を言葉にする。
「逆に、森崎君ですが・・・正直、足りないと言わざるを得ません」
「っ!・・・そう、だよなぁ・・・」
「はい。確かに熱血パンチは必殺技にカテゴリされていますし、あの円堂守の必殺技でもありますが・・・今の日本で戦っていくには、力不足過ぎます。スタートラインにすら立っていません」
辛辣なもの言いに、森崎ではなく、隣で聞いていた刃金が眉を顰める。
しかし、燈咲の言葉は正しい。熱血パンチは、確かに円堂守がフットボールフロンティアを勝ち抜くために使っていた技だが、決して強力な技ではない。
むしろ、当時のフットボールフロンティアに置いてもノーマルシュートや、ゴッドハンドが間に合わない時の保険・・・いわゆる露払い的な技なのだ。
そんな熱血パンチで、当時から遥かにパワーアップしたフットボールフロンティアを勝ち抜けるかと言ったら、無理だとしか言い様がない。
「はっきり言って、このままでは勝ち抜けたとして一回戦・・・それも、刃金君や私がシュートでゴリ押しして勝つ、という勝ち方です。
確かに私達は、まだチームとして人数も揃っていませんが・・・キーパーの実力は、勝敗に直結します。1番誤魔化しが効かないポジションですので、こればっかりは森崎君自身にパワーアップして貰うしかありません」
燈咲の意見は的を射ており、仮に彼女を中心として戦い、得点は刃金が無理やり奪ってくる形にすれば勝てないこともない。
だが、それでは『勝ち抜く』事は出来ない。当然それでは1〜2試合でキーパーの実力の低さを見破られ、たちどころにそこを攻められる。
森崎以外の10人が、それぞれ強力な選手であるならそれでも勝ち抜けるかもしれないが、あくまで神楽中は素人集団なのだ。
「圧倒的に経験値が足りない私達にとって、キーパーは最後の砦・・・生命線なんです。森崎君には悪いですが、最後の砦がこの有様では困ります。
・・・取り敢えず、刃金はそのまま森崎君を相手にシュートを打ち続けてください。なるべく隙を無くし、かつ威力を落とさずに出来るかどうか試して、出来ることなら改善を」
「・・・おう」
「森崎君は、刃金君を相手にキーパー練習を。最低限、フットボールフロンティアまでにーーーそうですね、爆裂パンチレベルの必殺技を身につけてください。それが出来ないなら・・・今年の勝ちは諦めるべきかと」
燈咲からの言葉を受けた森崎は、ひとつ大きく息を吐く。そして、今一度両手を打ち付けてからニッ、と笑った。
「おう、分かった!!見てろよ、絶対身につけてやる!!爆裂パンチ・・・いや!それ以上の必殺技を!!」
森崎の力強い言葉。それを聞いた刃金、燈咲の2人は、僅かに頬を緩める。かなり辛辣な口調でダメ出しされたが、それでも揺るがない森崎の決意は、2人にとってなかなか心地良いものであった。
「っしゃ!!それでこそ堅固だ!!なーに、儂も協力する!!一緒に頑張ろうぜ!!何事も努力しかない!努力すりゃ、人間なんだって出来るさ!!」
「ザック・・・!おうっ!!それじゃあ、もう一本来い!!」
「任せとけぇ!!アイアントルネードォ!!」
「熱血パンチィ!!・・・のわぁぁぁぁぁぁ!?」
刃金のシュートに、再び吹き飛ばされる森崎。それでも立ち上がり、何度も刃金にシュートを要求する。それを見て笑みを深めた燈咲は、ほかの4人の状態を確認する為に塵山達の方へと歩いていった・・・。
「おら、ペンギン!!」
「わわっ!?ザック、パス荒いよー!幻斗っ!!」
「っと!ナイスパス、人鳥君!」
「紫藤君、こっち!!紅葉はもっと上がって!」
「うん、分かった!!」
その後、塵山、紫藤、人鳥、秋風の4人に、しばらくシュート練をしていた刃金も加えた5人は、コート内を動き回りながら互いにパスしあう練習を行っていた。連携の強化もあるが、それ以上に人鳥と秋風のパス精度を確認する目的が大きい。
「・・・そこまでっ!お疲れ様です、今日の練習はこれくらいにしましょう!」
しばらくその練習を続けていたが、燈咲の声でそれぞれが動きを止める。刃金、秋風の2人はそのまま立って息を整えているが、人鳥、紫藤、塵山の3人はその場に座り込む。
初心者の人鳥、小柄で体力のない紫藤はある意味当然だが、昨日の疲れが残っていた塵山も限界が近かったようだ。
「皆、お疲れ様!すごく頑張ってたわね、先生感動しちゃった!はいこれ、スポーツドリンク!みんなの分あるわよ!」
「あ、ありがとうございます、先生・・・」
「さっちゃんせんせ〜・・・僕にも〜・・・」
と、そこへ仕事を終えて練習を見ていた顧問の田中先生が事前に買ってきていたスポーツドリンクを配っていく。
受け取った塵山は礼を言いながらドリンクを飲み、疲れた体を癒していく。人鳥も要求するが、いつの間にか呼び方が『田中先生』から『さっちゃん先生』に変化している。いつの間に変えたのだろうか。
「・・・あれ?森崎君は?」
「んあ?そういや堅固の奴どこいったんだ?」
比較的体力の残っている秋風、刃金のふたりが首を傾げると、燈咲が、あぁ、と言いながら声を掛ける。
「森崎君なら、あそこにいますよ?」
「え?」
燈咲の指さす方向を秋風が見るとーーー
「み、味方のポジショニング・・・敵との距離感・・・パスコースを切るタイミング・・・奪いに行くタイミング・・・オフサイドトラップ・・・」
なんと!、部室の前で作戦ボード片手に頭から煙を出して白目を向いている森崎の姿が!!
「森崎くぅん!?」
「堅固ぉ!?目を覚ませぇ!?」
「・・・ハッ!?あ、あんまり難しいんで意識が飛んでたぜ・・・。なぁ兎月〜・・・これほんとに覚えなきゃいけないのか・・・?キーパーってシュート止めるだけじゃ駄目なのか・・・?」
「駄目に決まってます!!常にみんなの後ろにいるキーパーが声を出して知らせる事で、ほかの選手が見えてないところを教え、事前に危機を脱する!とっても大事な事です!」
燈咲からの指摘に、顔を歪めて頭を抱えつつも小さく「ガンバリマス・・・」と呟く森崎。一年間独学でキーパー練習をしていた彼には、当然ではあるが圧倒的に知識面が不足している。それを知った燈咲は、彼に知識面を教えていたのだ。
「現状ではキーパー練習の相手をするにも、刃金君か、もしくは私しか必殺技の練習相手にはなれませんし、人数が少ない今のうちにある程度詰め込んでおこうかと」
「それは理にかなってますが・・・大丈夫なんですか、堅固?」
「だ、大丈夫・・・まだ、まだどうにかいける・・・」
「まったく大丈夫に聞こえないんですが・・・?」
塵山の呆れたような声が響く。が、彼も知識面の大切さ、及びゴールキーパーというポジションの重要さは知っている為、特に反対意見を出す訳では無い。
「さて、帰るんだったら着替えないと・・・あ、燈咲さん、先にどうぞ」
「え?いいんですか?」
「部室はひとつしかないし、区切られてるわけじゃないからねぇ。兎月ちゃん女の子だし、僕達のことは気にしないで使っていいよ〜」
先を譲った塵山。自分だけ先にいいのだろうか、と思った燈咲だったが、人鳥の言葉を聞いて、彼らの好意に甘える事に。
「・・・ザック、覗いちゃダメだよ」
「えっ、刃金君覗きとかするタイプ?うわぁ・・・」
「何がうわぁ・・・だ!!そこに美少女が着替えていれば、覗くのが男ってもんよ!!・・・まぁ流石にまた殴られたくないからやらんがな!!」
刃金の言葉に呆れたようにため息をつく秋風、紫藤の2人。そんな中、森崎は少し離れた場所にいた田中先生へと声を掛ける。
「田中先生、ちょっといいっすか?」
「ん?どうしたの、森崎君?」
「実は、ちょっと頼みがーーー」
暗く、静まった夜の学校。一般的に恐怖を思いおこすであろうその場所が、自分は案外好きだった。
「ぅんしょ・・・っと」
一年生の頃から使い慣れた学校の天体望遠鏡を手際良く組み立てていく。以前神楽中にいた先生の一人が、新しいのを買った際に学校に寄贈したものらしい。その人のおかげで、家から自分の天体望遠鏡を持ってこなくても活動出来るのだから、いつか会えたならばお礼の言葉を送ろうと思っている。
本音を言えば、両親が自分の為に買ってくれた天体望遠鏡を使いたいが、あいにく自分は力に自信が無い。重い上にかさばる天体望遠鏡を持ってくるのは一苦労だしーーー
「・・・よし、始めよっと」
ーーーここには自分しかいないのだから、複数あっても邪魔になるだけだろう。
基本的に、神楽中は最低5人の部員がいないと部活動として認めて貰えない。
しかし、何事にも例外というものは存在する。この天文部がそうだ。
一年前には、自分と同じように星が好きな子達が賛同してくれていた。夜に集まって、みんなで話しながら星を眺めていた。これ以上に楽しい事なんて無い。
それは、みんなも同じだと思っていた。
『ごめん、あたし、部活辞めるわ・・・』
『うちも、ごめん・・・』
『私も〜。なんか冷めちゃった』
次々と、離れていった友達。もちろん引き止めたが、誰も立ち止まってはくれなかった。
それでも、1人だけは残ってくれていた。その子とだけは、一緒にやっていける。私から離れないでいてくれる・・・そう、思っていた。信じていた。だがーーー
『いい加減にしてよ!!!いっつもいっつもあんたは・・・!!私は!!私達は別に星が好きなわけじゃないの!!特に入りたい部活が無かった時に、たまたまあんたから誘われただけ!!それなのに、聞きたくもない星の話を馬鹿みたいに・・・いい!?この際だから言っておくけどね!!私達はーーー』
「ーーーお前とは違う、かぁ」
呟きと共に漏れ出た白い吐息が、自分の今の気持ちを表しているように思えてならなかった。
星は好きだ。
キラキラ輝くその光が、とても素敵なものに思えて・・・自分にないものを持っているようで、魅了された。
友達だと思っていた・・・いや、今でも友達だと思っている彼女らとのいざこざがあった後でも、その気持ちは揺るがない。
だけど、最近はその星を見ることも楽しめなくなってきている。宇宙で輝く星々は何も悪くないのに、自分の気持ちのせいで、その光がくすんで見えてしまう。
「・・・ダメだなぁ、こんな状態じゃ」
ため息をつきつつ、望遠鏡から目を離して背伸びをする。その時、ピュウッと冷たい風が吹き、思わず身震いする。手袋越しに両手に向けて息を吐き、指先を暖める。
春先とはいえ、夜は冷え込む。特に、天体観測に適しているくらい真っ暗な時間帯は、本当に春なのか?と思ってしまう程に寒い。
「今日は、もう帰ろう・・・」
このまま星を見ていても、自分が納得出来るような観測は出来ない。何より星に失礼だ、と思った。
早く片付けてしまおうと思った、その時だった。
「どらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ひゃっ!?な、何!?誰!?」
突如聞こえた叫び声に、驚いて身体が跳ねる。身構えながら屋上を見渡すが、誰もいないし、扉が開いたような様子も無かった。
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!ーーーぶべらっ!!?」
「・・・?この声、ここじゃない・・・グラウンドの方・・・?」
再び聞こえる叫び声。落ち着いて声を聞くと、ここではなくグラウンドの方から声が聞こえてきている。しかし妙だ、この時間に練習するような部活は無いはずだが・・・。
屋上のフェンスから身を乗り出し、下を覗く。すると、一部分だけ光で照らされた部分があった。そこにはーーー
「っあぁ!!!まだまだァ!!!爆裂パンチ!!!・・・どわぁ!?」
「っ!あの子、確かサッカー部の・・・」
そうだ、見覚えがある。今日、廊下ですれ違った、オレンジのスカーフを首に巻いた黒髪の男の子。凄く楽しそうに、友達と一緒に笑いあっていたのが印象的でーーー羨ましい、と思った、あの子だ。
「あれ、もしかしてタイヤ・・・?タイヤを木に吊り下げて、練習してるの・・・?」
「ふんぬらばぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!・・・ごへっ!?」
「あ、吹き飛ばされちゃった・・・」
今一度、タイヤを止めようとして吹き飛ばされる少年。だけど、彼はすぐに立ちあがり、またタイヤを揺らして勢いをつけて、向かってくるそれを殴りつけていた。
「次こそはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!・・・ボベッ!?」
「・・・変な子だなぁ・・・」
今どき、こんな効率を度外視した無茶な練習をやるような子がいるとは思わなかった。しかし、優れたサッカー選手はあの重さのタイヤでも止めるのは難しいことでは無い、と聞いたことがある。タイヤはあまり大きくないのに吹き飛ばされる彼は、あまり上手い方では無いのだろう。
「これでもかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!・・・だめでじだっ!?」
「ーーーふふっ、凄いなぁ、あの子」
・・・だけど、不思議と目を奪われていた。
思えば、この時から既に変わっていたのかもしれない。あの少年ーーー『森崎堅固』君の手によって、私ーーー
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