――――――
榛名が建造されてから数日間。彼女に一般常識と、艦娘としての戦闘技術を教え込む日々が続けられた。
連合艦隊が掲げる『艦娘とは、兵器であり、兵士である』の言に従って、座学とテーブルマナーは自分が教鞭を執り、砲戦を扶桑が。白兵戦を摩耶が手取り足取り指導した。
彼女はまるで、乾いた大地に水が染み込んでいくかの如く、貪欲に知識を吸収していき、この前は演習の面子に選んだところ、三隻を撃破、行動不能に追い込む戦果を上げている。
ある程度の練度に達したと判断して、先日は鳥海の指揮下のもと、慣熟訓練も兼ねて外洋に出している。その彼女が、怒髪天を突かんばかりの形相で報告に来たのには、思わず驚いた。
「何なんですか、彼女は!? まるで攻撃のことしか頭に入っていないじゃないですか!!」
「攻撃ばかり? 何が起きたんだ?」
「詳細は全てこれに書いてありますので、ご覧ください!」
そう言って彼女が突き出してきた書類を手に取り、何枚かの
書かれていたのは、まずは我が方が挙げた戦果。敵艦隊の七割を撃沈。もしくは大破、行動不能に追い込んでいるので、こちらは及第点。何も言うことは無い。
次は被害状況。長月が中破。加えて神通と如月が被弾しているが、こちらは小破。後は至近弾を何発か受けた程度の軽いもの。こちらも、特に言うことは無い。
そして次は・・・・・・『その他の被害状況』・・・・・・?
「『燃料:20升7合。弾薬:300発。鋼材:40貫。ボーキサイト:17貫』・・・・・・。もしかしなくとも、原因はこれか?」
「そうです! 止められなかった私にも非はありますが、敵を倒すことばかりに注力して、周りの被害を全然考えていないんです!」
「むぅ・・・・・・」
鳥海の言い分はもっともだ。戦術的に勝てたとしても、後々のことを考えるとかえって悪手になってしまうこともあり得る以上、無視するわけには行かない。
さらに彼女曰く、被弾した長月を救助するために出向いた神通と、その護衛に行った如月を、あろう事か誤射しかけたと言う。
『射線上にたまたま敵がいました。もし撃ち漏らしていたら、もっと被害は大きくなっていた筈です』とは榛名の言い分だが、35.6サンチ砲がもし直撃すれば、軽巡でしか無い神通はひとたまりも無い。駆逐艦である如月は言わずもがなだ。
「これは、根本的な対策が必要だな」
「それは私も賛成です。何か、良い知恵があれば良いんですが・・・・・・」
「し、失礼します」
彼女と一緒に頭を捻っていた所、羽黒がドアを開けて執務室に入ってきた。その手には、三つ折りにされた便箋が握られている。
「どうした、羽黒?」
「あ、はい。ラバウルから、出撃命令が届いています。バシー島に向かう、輸送船団の護衛だそうです」
「バシー島に? どうしてまた」
「先日の戦闘の前にラバウルの方で調査を行ったところ、さらに多くの物資が発見されたそうで・・・・・・。それを受けて、輸送部隊の派遣が決定されたそうです」
「ふむ・・・・・・」
船団の派遣か・・・・・・。あの辺りは、まだ深海棲艦の掃討は完全とは言えないから、危険を伴うことは断言出来る。大方、物資が手に入ればそれはそれで重畳。仮に失敗すれば、能力の低い懲罰部隊のやらかしたこととして扱われるので、向こうは痛くもかゆくも無い、と言った所か・・・・・・。
「狸共が・・・・・・」
「し、司令官さん?」
「いや、何でも無い。それよりも鳥海、良い案を思いついたぞ」
「何か考えが浮かんだんですね?」
「? 何の話しですか?」
「この際だから羽黒にも説明しておこうか。実はだな・・・・・・―」
立った今思いついた策を、二人に説明する。もしこれが成功すれば、榛名はきっと成長してくれるだろう策を。
「・・・・・・でも、上手く行くんでしょうか?」
「それは、榛名次第としか言えないな。鳥海、早速皆を会議室に集めてくれ」
――――――
「集まったようだな。では、作戦を説明する」
会議室に集合した艦娘達を前に、自分は指し棒を片手に説明を始めた。
「先日出撃したバシー島周辺を友軍が調査したところ、さらに多くの物資が貯蔵されていることが確認された。これを受けて、ラバウル基地から物資の移送を目的とした輸送船団が派遣されることとなった。今回の任務は、その船団の護衛だ」
黒板に貼り付けられたバシー島周辺の海図を指しつつ、続ける。
「この辺りは、海上交通の要衝として知られていたことは、君たちも知っていると思うが、バシー島自体には戦略的な価値が少ないと見なされ、これまで放置されてきた。それ故にまだ航路の安全が確保し切れていないのが現状だ」
「何でまたそんな時なんだ? 確かに物資は、今のアタシらには喉から手が出るほど欲しいけどよ」
「確かに、そうですね。本来なら、通常船舶の航行は掃討作戦を行ってからの筈ですし・・・・・・」
摩耶と扶桑の言ったように、確かに懸念事項はある。
深海棲艦はその『大きさ』が最大の武器になっているため、通常の戦闘艦では攻撃することが不可能である。彼らに現状で対抗出来るのが、艦娘のみとなってしまった最大の理由でもあるため、輸送船などの通常船舶の航行は、その航路周辺の深海棲艦隊に対し、掃討作戦を行って安全を確保した後に行われる。
それでも危険は無いと断言出来ないが、それが現在の常識なのだ。
「二人の言うとおり、本来であれば危険極まりない。だが、これには政治的な事情もあると自分は見ている」
「政治的な事情?」
「榛名だ」
「あぁ、それで・・・・・・」
この一言で察しが付いたのか、扶桑の表情が曇る。同じ戦艦型の艦娘として、思うところがあるのだろう。
「続けるぞ。今回のこの任務だが、物資輸送自体は二の次で、第一の目的は榛名を引き抜くか否かを判断する試金石として、こちらに指示してきたことが考えられる。物資が手に入ればそれでよし。仮に失敗しても、ラバウルは新たな艦娘を手に入れられる、と言った具合にだ」
「そんな・・・・・・あんまりじゃないですか!」
「だけど、戦艦型の艦娘はどこも貴重よ。特にうちは、只でさえ数が少ないんだし、加えて書類の上では懲罰艦隊。提督の言うことが正しければ、連中には面白くないでしょうね」
足柄のこの言に対し、五月雨は『でも・・・・・・』と反論する。
「せっかく仲間になれたのに、それですぐお別れだなんて・・・・・・。私はいやです!」
「確かにねぇ。下手をすれば、それが
「ダー。残される側の気持ちにも、なって欲しいよ」
彼女のこの一言に共感したのか、響や隼鷹が肯定する。他の艦娘達も、口には出さないが、言いたいことは一つのようだ。
「五月雨の言うとおりだ。だからこそ、この任務は何としてでも成功させねばならない。編成は、水雷戦隊を二個。それらを榛名に率いてもらうつもりでいる」
「待ってください。私は反対です」
大まかな編成を言ったところで、反対する声が上がる。神通だった。先の出撃での傷がまだ癒えていないのか、左のほほには絆創膏がまだ貼られている。
「提督も鳥海さんから聞いていると思いますが、射線上に入ってしまったとは言え私と如月さんは誤射されているんです。それでも、登用なさるおつもりですか?」
「ああ、その通りだ」
「なら、どうして・・・・・・!」
「答えは簡単だ。ラバウルの連中に渡したくない。だから武勲を立てさせ、前回の失敗の汚名を雪がせる。他にも理由が無いわけでは無いが、彼女をここに引き続き在籍させるには、それが一番確実だと判断したまでだ」
口ではこう言っていると言うのに、我ながら子供じみた事を考えつくものだ・・・・・・。ラバウルからのこの命令だって、実際の所は確証は無い。ただ単に、『自分の元から離れさせたくない』という思いがある故に、そう言うことにしてしまった。
・・・・・・私心をもってしまっては、軍人失格だろうな。
「とにかく、だ。出撃する人員だが、総旗艦は先ほども言ったとおり榛名が担当する。随伴する水雷戦隊については・・・・・・」
「提督。なら、私に行かせてください」
「神通? 怪我は大丈夫なのか?」
「提督がどういったお考えかは図りかねます。ですから、私自身の目で確かめさせてください」
そう言って名乗りを上げる神通。その眼差しは真剣そのものだ。オドオドしがちな艦娘かと思っていたが、意外と熱いところもあるのか・・・・・・。
「それに、怪我は問題ありません。この程度なら誤差の範囲内です」
「わかった。第一水雷班は、神通に率いて貰う。二班は・・・・・・多摩、行けるか?」
「多摩の手も借りたいって? しょうがないにゃぁ・・・・・・」
「助かる。麾下の駆逐艦は、一班は五月雨、夕立、霞。二班は響、初霜、如月。また、索敵担当として一班に千歳、二班に千代田を随行させる。扶桑は、残存艦と共に予備兵力として待機する様に。説明は以上だ。各艦時計合わせ、出撃!!」
「『『了解(です)!!』』」
今は彼女らに託すとしよう。この作戦、思っている以上に難しそうだ・・・・・・。
☆★★☆
翌日。既に進発していた輸送船団の護衛をラバウル艦隊から引き継いだパラオ艦隊は、その脚でバシー島へと移動。
現在彼女達は、輸送船代わりの揚陸艇、『摂津丸』と『大津丸』の周囲に展開し、積み込み作業中の警戒を行っていた。
「っ、ふぁ~・・・・・・ぽい・・・・・・」
「気を抜かないで。どこから敵が来るか、判りませんよ」
日が沈みかける頃、夕立が
「だって神通。敵が出てこないから、夕立、退屈で眠いっぽい~・・・・・・」
「夕立の言うとおりだにゃ。敵が来ないことは良いことだにゃ」
「ですけど・・・・・・」
「多摩もそう思うっぽい?」
「だからといって、気を抜いて良い理由にはならないにゃ」
「ぽい~・・・・・・」
「ふふっ・・・・・・」
「何にゃ? 何か面白いこと言ったかにゃ?」
多摩のその一言を聞いて、神通は思わず笑みを浮かべる。霞ほどでは無いが、珍しく彼女が笑顔を見せたことに、多摩は小首を傾げる。
「いえ。多摩さんって、意外としっかりしているんですね」
「しっかりしている・・・・・・? にゃあ。ただ当たり前のことを言っているだけ、にゃ・・・・・・」
「ふぅん・・・・・・。あ! ねえ、榛名!」
「なんですか?」
「榛名は、艦娘になってから何をしたいっぽい?」
神通の言いたかったことが理解出来たのか、夕立は榛名を手招きする。振った話題は、『艦娘としての目的』だった。
「『艦娘になってから』、ですか・・・・・・?」
「うん! 夕立は、雪合戦がしたいっぽい!」
「雪合戦ですか?」
「だって、せっかく人間と同じ体になれたんだもん。楽しいと思うことをたくさん見つけなさいって、ここへ来る前の提督さんに言われたっぽい!」
「私がやりたいこと・・・・・・」
「何何?」
「『今度こそ』、守り抜きたいです・・・・・・」
少しの間考え、榛名はそう答えた。
「榛名は、あの戦争で一人だけ生き残ってしまいました。乗組員だった皆さんは、榛名を『幸運の戦艦』だと言っていたことを、うっすらとですけど、覚えています・・・・・・。だけど・・・・・・」
俯きがちだった顔を上げ、彼女は続ける。その目は、深い悲しみに包まれているように、夕立の目には映っていた。
「だけどそれは、他の艦の・・・・・・他の乗組員の皆さんの、命を吸って得られた幸運じゃないかって思うんです・・・・・・! 本当は榛名も、あの戦争でお姉様達と一緒に沈んだ方が、良かったんじゃないかって、時々思うんです・・・・・・!!」
まるでこみ上げてきたものを全て吐き出すかのように、榛名は自分の見ていた夢を語り始めた。
かつての鉄底海峡で沈んだ妹。目の前で雷撃され、沈んだ長姉と、動けたにも関わらず味方に処分させられた次姉。事実上の特攻作戦となった出撃を見送り、そして誰一人帰ってこなかった仲間達。そして呉の海で浮き砲台となり、最後の戦いに望むも、黒い敵達があざ笑うかのように蹂躙していった、守るべき人々。
「だから決めたんです。今度は、守ってみせるって。全部は無理でも、せめて榛名の手が届くところにいる人たちは、絶対に守ってみせると決めたんです!!」
「そう、だったんですね」
「神通さん・・・・・・?」
そう、彼女の肩に手を置きながら言ったのは、神通だった。
「私は昔、自分を囮にしたことがあります。そのお陰で、駆逐隊の子達は無事敵を打ち払うことが出来ましたが、その戦闘で艦だったころの私は沈んでしまいました。でも、後悔はしていません。結果的に仲間を守れたんですもの」
『だから・・・・・・』と、区切って彼女は続ける。
「一緒に頑張りましょう。今度は戦いが終わるまで、誰一人沈むこと無く」
「神通さん・・・・・・。その、あの時はごめんなさい」
「気にしないでください。あの時だって、貴女はよかれと思ってやったんでしょう? だから・・・・・・」
『謝らないでください』と神通が言おうとした、その直後の事だった。
「千歳索敵機より入電! 11時の方向、距離2400の地点に敵艦隊発見!!」
「千歳さん、規模はどれくらいですか!?」
「ちょっと待って・・・・・・。駄目、通信途絶!」
千歳所属の瑞雲の一機が、敵を捕捉した事を告げてきたのは。敵の規模を榛名は聞くが、帰ってきたのは『通信途絶』の一言。晴天の中でこれが意味する事は、一つしか無い。
「撃墜された・・・・・・? そんな・・・・・・!?」
「待機命令を解除、敵を迎え撃ちます! 大津丸と摂津丸は、何時でも動けるようにしてください!!」
「第一水雷班、了解です!」
「第二班、了解だにゃ」
《わかりました。護衛をお願いします》
《こちら大津丸。頼りにしてるぞ》
神通と多摩、そして揚陸艇の艇長達からの返答を聞くと、榛名は海面を蹴って駆けだした。
「二水班は護衛対象の防衛を! 一水班は私に続いてください!!」
「『『了解!!』』」
戦闘機動で走りながら、旗艦として指示を飛ばしていく榛名。かつては同様に、戦艦として艦隊の中心になっていただけで無く、徹心から最低限、指揮官としての心得も学んでいた。だからこそ、初めてとは思えない動きを見せていた。
そうこうしている内にも、深海棲艦の偵察機は彼女達の頭上を周回し始めている。遠くにはヌ級の丸い体躯らしきものが見えたので、艦載機による攻撃も時間の問題だろう。
「てっきせっきん! ばくげき、らいげきしんろをとりつつあり!!」
「各艦、輪形陣に切り替え! 対空戦闘用意!!」
「てきかんたいみゆ!! せんれつに、ヌきゅうをふくすうかくにん!!」
案の定、飛来してくる攻撃機と爆撃機。それらを榛名達は機銃や主砲などの対空用の火器で迎え撃つ。
弾幕による熱烈な歓迎を受け、いくつもの敵機が撃墜されていくが、一向に数が減る気配が無い。加えて、索敵妖精によって複数の空母が確認されている。彼女達は、完全に先手を取られる形となってしまった。
「きゃぁっ!!」
「夕立、大丈夫・・・・・・痛ぁい!!」
「あー、もう!! 今日は厄日っぽい!!」
「ったく、しっかりしなさいよ二人とも!!」
機銃掃射によって夕立が被弾し、それに気を取られた所為で五月雨も小破。それを見て追撃しようと突っ込んで来た敵機を、霞が機銃で追い払う。
今のところ大きな被害は無いが、輪形陣は高速戦闘には不向きなため、確実に艦隊の足は鈍りつつあった。
「くっ、どうすれば・・・・・・!」
「榛名さん!」
「何ですか!?」
「ここは突っ切りましょう! 機動部隊は接近戦が苦手な筈! 私の経験が正しければ、まだ手の打ちようがあります!!」
神通からのこの進言を聞き、少しだけ考え込む榛名。彼女の頭の中で取捨択一が行われ、そして結論が出たのか、顔を上げた。
「判りました。各艦、えっと・・・・・・矢の形? に並んでください!」
「水雷班、蜂矢陣形!!」
「そ、そう! それです!! 榛名が先頭に立ちます!!」
既に敵艦隊は視界に収めている。ならば、することは一つだ。
「全艦最大戦速! 突撃します!!」
――――――
「そこにゃ!!」
一方で、島の方に残った第二水雷班の面々も、敵艦隊と交戦中だった。
幸いにして、空母はこちらに来ておらず、リ級が中心の水上部隊なので指揮を預かる多摩は楽勝かと思っていた。赤く光る個体とかち合うまでは。
「こいつ・・・・・・硬いなッ・・・・・・!」
響が顔を狙って放った主砲を、赤いリ級はいとも簡単に『耐えた』のだ。先ほど多摩が撃った主砲も、あっさりと回避されている。
それを見た彼女は、本能的に察した。『アレを放っておくのは、危険だ』と。
「魚雷用意! 構えるにゃ!」
「えっ!? でも、この距離じゃ・・・・・・」
「つべこべ言う暇は無いにゃ! アレは普通とは違うにゃ!!」
躊躇う如月を一括し、左手に追加装備していた携帯用の魚雷発射管を構える多摩。照準を合わせ、扇形になるようにして射出する。
それを見て、響達駆逐艦も一斉に魚雷を放った。多摩と如月の放った魚雷は、相手が海面を蹴って回避したので明後日の方向に飛んでいく。
だが、それこそが多摩の狙いだった。
赤いリ級が着水する場所、その先は・・・・・・。
「悪いけど、もらったよ」
響の放った魚雷の射線上。回避は、不可能だった。
足下で炸裂した魚雷は、爆圧によってリ級に致命傷を負わせる・・・・・・筈だった。
「にゃっ!?」
「嘘・・・・・・効いてない!?」
だが現実には、そのリ級はまだ立っていた。もっとも無傷ではないらしく、下半身の一部がズタズタになっているが、裏を返せばその程度の損傷で耐えきったことも意味する。
「肉薄するにゃ! 如月、援護するにゃ!!」
「わかったわ!!」
突入しようとする多摩を援護するべく、主砲を構える如月。だが、次の瞬間。
「如月、右!!」
「っ・・・・・・!?」
いつの間にか接近していたリ級の別個体が、右手を振りかぶっていたのだ。咄嗟に彼女は回避しようとするが、間に合わない。
「あっ・・・・・・ぐっ・・・・・・!」
「如月ぃっ!!」
リ級の両腕と一体化した主砲。その先端から爪のような物が伸び、それが如月の脇腹を引き裂いたのだ。
血が
「ごめんなさい・・・・・・」
至近距離での、砲撃。如月が再び主砲を放ったのだ。
顔に八つ目の穴を開けられたリ級は、そのまま崩れ落ちていく。
倒れながらも腕、ひいては戦闘装束の袖を掴んで放さなかったため、肩口の部分が破けてしまった。
「如月、大丈夫かい?」
「このくらいは大丈夫よ。心配しないで」
怪我を気遣う響に対し、笑顔で答える如月。口でああは言っているものの、これ以上の戦闘には耐えられそうに無かった。
「すまない、私がもっと周りを見ていれば・・・・・・」
「もう、響ちゃんは心配性が過ぎるわよ。私はただの『駆逐艦』じゃなくて、『駆逐艦型の艦娘』よ」
「でも・・・・・・」
「二人とも! 他人を気遣う暇があったら、こっちを手伝うにゃ!!」
堂々巡りに入りかけたところで、多摩の声が割って入ってくる。
その彼女は、短刀を片手に赤いリ級とつばぜり合いをしていた。初霜も、他の敵を彼女に近づけさせまいと弾幕を張り巡らせている。
「・・・・・・後はこっちでやっておくよ。如月は下がっていて」
「それじゃあ、お言葉に甘えて。退避させて貰うわね」
――――――
「くぅっ・・・・・・!!」
多摩達二水班が戦闘を続けている一方で、榛名達は苦戦を強いられていた。
あちらに現れたリ級と同様に、赤く光るへ級や駆逐艦型の深海棲艦が随伴していたのがその原因だ。加えて、リ級やル級による遠距離砲撃もあって、進撃は困難を極めていた。
「どうすれば・・・・・・何か手は・・・・・・!?」
「榛名さん、上です!!」
「上・・・・・・!?」
誰の声に反応したかは判らないが、空を仰ぐ榛名。
その視線の先には、対艦爆弾を抱えた深海艦爆が、真っ直ぐに突っ込んできていたのだ。
「回避運動を・・・・・・ッ!!」
咄嗟に左右へ逃げようとするが、それを阻むかのようにル級が砲撃し、二級ら駆逐艦が逃げ道を塞ぎに掛かる。そして爆弾の拘束が、無慈悲にも解き放たれた。
だが、その時である。
「!?」
「あぁっ・・・・・・!!」
彼女目がけて投げつけられた爆弾を、神通が身を挺して防いだのだ。
背中に直撃を受け、倒れる神通。
「・・・・・・!!」
その光景を目の当たりにしてしまった榛名の中で・・・・・・
「勝手は・・・・・・榛名が・・・・・・」
何かが切れる、音がした。
「・・・・・・許しません!!!」
――――――
「榛名・・・・・・さん・・・・・・?」
榛名の様子が変化したのは、追従してきた五月雨達の目にも映っていた。
天真爛漫な雰囲気は消え失せ、殺意とも憎悪とも取れないどす黒い感情が入れ替わりに滲み出してきてる様にも見える。
そんなことには気づかずに、ロ級が彼女に接近してきた、その時である。
噛み付こうとしたロ級の顔を掴んだと思うと、そのまま力任せに海面へと叩き付けたのだ。
「!?!?!?!?!?!」
「奪われたくない・・・・・・。奪わないで・・・・・・!!」
その勢いのまま、手近にいたへ級にロ級を投げつけると、同時に主砲を一斉射。まとめて粉微塵に吹き飛ばす。
彼女はそれを見やること無く、海面を蹴って再び駆けだした。
遮二無二に突っ込んでくる榛名目がけて、ル級とリ級が砲撃し、ヌ級から発進した艦載機が爆弾をぶつけてくる。
砲弾が命中し、対艦爆弾が至近で炸裂する。加えて、航空魚雷も足を掠めるが、それでも榛名は止まらなかった。
戦闘装束は煤けて破れ、艤装にも少なくないダメージを負わされるが、それでも榛名は進み続けた。そして・・・・・・
「っ、あぁぁぁあぁっ!!!!!」
彼女の拳が、運悪く最前列にいたリ級を捕らえた。
実寸大の弩級戦艦と同等の馬力で放たれたそれは、リ級の顎に命中。そのあまりの衝撃に耐えられず、彼女の首は捻れ、折れ曲がってしまう。それだけの威力が込められた一撃だったのだ。
「――――――!! ―――――――!!」
その身をもって、彼女は。リ級は悟った。『あれは危険だ』と。
残っている僚艦に攻撃指示を出しつつ、ヌ級を退避させようとする。だが、それを見逃す榛名では無かった。
「逃がしません!!」
海面を蹴って加速した榛名は、よそ見をしていたリ級に体当たりしたのだ。それによってたたらを踏む相手を、彼女は掴んで持ち上げる。
そしてその状態から、更に海面に叩き付けた。背中をしたたかに打ち付けられながらも、両手の主砲を指向するリ級。その彼女に突きつけられたのは、自身をこんな目に遭わせた相手の、冷たい砲口だった。
「バケ・・・・・・モノ・・・・・・メ・・・・・・!!」
「化け物は、そっちです!!」
至近距離で主砲の直撃を受けたリ級は、胸に風穴を空けられてそのまま沈んでいく。
それを見る間も無く、今度はヌ級へと突進する榛名。
自らの置かれた状況に今頃気づいたのか、ぎくしゃくと後退しようとするが、遅すぎた。苦し紛れに噛み付こうとするヌ級。だが、彼の
「ぁああああぁあ!!」
「!?!?!?!?!」
力任せにヌ級の顎をこじ開けたことで嫌な音がするが、それに構うこと無く、榛名は主砲を口内目がけて発砲する。体内に貯め込んでいた艦載機用の燃料と弾薬が誘爆し、ヌ級は木っ端微塵に吹き飛ばされる。
「まだ・・・・・・そこにいるのね・・・・・・!」
「待ってください!! もう敵は逃げています!」
這々の体で逃げ出そうとする艦隊を、榛名は追いかけようとするが、後から追いついてきた五月雨に止められた。
「五月雨ちゃん・・・・・・? そこを退いて」
「退きません! 今ならまだ、間に合います、戻ってください!!」
「何を言っているの。敵は倒さないと、皆を守ることができないんですよ?」
「だったらなおさら通すわけにはいきません! 比叡さんの様にはならないで!!」
「・・・・・・!?」
「仲間を死なせたくないのは、私だって同じなんです!!」
『比叡』の名を出した途端、榛名の様子が変化したことに、五月雨は驚く。だが、ここぞと言うばかりに、彼女は畳みかけた。
「帰りましょう!! 帰れば、また機会はありますから!!」
「五月雨ちゃん・・・・・・」
榛名は、自らを支配していた殺意が急速に薄れていくのを感じていた。
艦娘としての『比叡』は顔も知らない筈なのに、その名を聞いただけで彼女の人となりが想像出来たかの様に。
「・・・・・・わかりました。一度戻って、二水班と合流しましょう」
「はいっ!」
☆★★☆
結局、その後は深海棲艦の襲撃はなく、榛名達は無事に摂津丸と大津丸をラバウル基地へと送り届けることに成功しました。
神通さんと如月ちゃんが大破してしまいましたが、皆無事です。
それらを含めて提督への報告を済ませた私は、五月雨ちゃんと一緒に埠頭へ足を運んでいました。
「それで、聞かせてもらえますか? 比叡お姉様の事を」
「はいっ! えっと、まずは私がここへ来たばかりの頃なんですけど・・・・・・―」
そう言って、五月雨ちゃんが語り始める。大湊警備府で建造され、その後パラオに移ってばかりの頃。右も左も判らなかった彼女に手を差し伸べてくれた艦娘。それが、比叡お姉様だったと言います。
「比叡さんは、まるで太陽みたいな人で、皆を引っ張っていたんです。筆頭秘書艦の愛宕さんがちょっと冷たい感じの人だったから、ちょうど釣り合っていましたし」
その後も、彼女は何かと比叡お姉様の世話になることが多かったと言います。その過程で、二人は様々な事を語り合った事も。
五月雨ちゃんは、大湊で別れてきた仲間達の事を。
比叡お姉様は、国内拠点に勤務する姉妹達の事を。
二人の間には、いつしか艦種を超えた友情が芽生えていたとのことです。
その最中でした。レイテ戦役で五月雨ちゃんが、比叡お姉様を誤射してしまったのは。
お姉様自身は笑って許してくれはしたものの、五月雨ちゃんはそのことをずっと引き摺っており、比叡お姉様が轟沈した際は、人目をはばかること無く号泣したと、彼女は恥ずかしそうに話してくれました。
「だから、榛名さんが建造されたって聞いたとき、今度こそ思ったんです。怒られても良い。憎まれても良い。とにかく、その人のために一生懸命、頑張ろう。って・・・・・・」
一旦間を置いて、続ける五月雨ちゃん。夕陽を背に、微笑みを浮かべる彼女が、榛名にはとても綺麗に見えました。
「それで例え、どんな結果になっても良い。それが、私が選んだ未来ですから。だから榛名さん、無茶をしては駄目ですよ。天国の比叡さんを心配させますし、私だって、いつまでも側にいられないですから」
「五月雨ちゃん・・・・・・」
榛名の心は、決まりました。仲間を守って、生きて戦い抜くだけじゃない。
「わかりました。榛名も、五月雨ちゃんに無茶をさせないよう頑張ります!」
「ふふっ、それじゃあ、おあいこですね」
「ええ! おあいこです」
私が紡いだ物語全て、愛せるように、榛名は戦います。艦娘として!
「―ツイてないわね・・・・・・」
「特攻兵器か・・・・・・―」
「―渡して貰おうか―」
「―・・・・・・少しイヤ」
次回、『雲にたゆたう龍の瞳』。
それは、咲かせてはいけない花・・・・・・
【登場人物紹介】
『神通』
徹心が着任した当初から所属していた軽巡。
物静かな性格だが、与えられた役割の中で最善を尽くす実直さも併せ持っている。
先々代の興田提督の頃からパラオに所属しており、先任の御門提督とは因縁がある様だが・・・。
元タウイタウイ泊地・風祭水雷戦隊所属。