第六駆逐は暁がかなり後になって来たので。
他の艦種も、大抵は2、3番艦以降はすぐ揃うのに・・・。
自分が勤めていた基地から、汽車で二日。更に神戸から船に揺られること数日間。漸く自分は、異国の大地を踏みしめるに至る。
パラオ諸島。南太平洋上に浮かぶ、大小200近い島々から成る日本の委任統治領だ。大東亜戦争期には、海軍の拠点が置かれていた場所でもある。その拠点を流用した、世界初の対深海棲艦戦闘部隊が配備されているのが、連合艦隊パラオ泊地、らしい・・・・・・のだが・・・・・・。
「これは酷いな・・・・・・」
門構えと建物は立派なもの。しかし、手入れがあまり行き届いていないのか、所々がボロボロになっている。門に立っていた守衛も、現地で雇った老いぼれと来たものだ。
この際だから、見てくれには目をつむろう。とりあえず、先任の司令官に挨拶しに行くべく、歩を進めようとしたその時だった。
「あのー、ここに御用でしょうか?」
後ろから、少女らしき声に呼び止められたのは。振り返ってみると、確かにそこに彼女はいた。
背丈は、自分の胸くらい。年は、十三~十四くらいだろうか。青い髪を後頭部で一纏めにし、袖無しの水兵服に長手袋をはめ、スカートという出で立ちは、どことなく浮いていた。
「君は?」
「あ、失礼しました! 白露型駆逐艦六番艦、
最初は駐在している文官の家族かと思っていたが、なるほど。この子も艦娘とは・・・・・・。
聞いた話によると、艦娘達は原型(と言うより前世といった方が良いかもしれない)の艦の排水量や装甲の厚さによって、体型や見た目の年齢が変わってくるらしい。
候補生時代に舞鶴鎮守府に行ったことがあるが、そこで働いていた戦艦型の艦娘は・・・・・・実に、豊満だったとだけ言っておく。
「自分は東郷徹心という。明日付でここに配属が決まっている者だが、その前に先任の司令官殿に着任のご挨拶にと思っていた所だ。司令室に案内してくれないか?」
「し、司令官ですか!? 実は・・・・・・その・・・・・・えっと・・・・・・」
自己紹介をし、目的を告げた途端、五月雨の表情が変化。言葉に詰まり始める。何やら、拙いことでも聞いてしまったのだろうか?
「司令官なら、ここにはいないよ」
不意に、いつの間にか、五月雨の後ろにいた少女から信じられない言葉が発せられる。
年かさは彼女よりも下、尋常小学生に見える程度。長い銀色の髪と長袖のセーラー服に、錨の記号があしらわれた帽子を被っている。
「暁型、響だよ。先ほども言ったけど、ここには司令官はいない。いや、いなくなった、と言った方が正しいか」
「響、と言ったか。それはどういうことだ?」
「言葉通りだよ。最前線と言うことで、勇んでくる人達も居たけど、回される任務の殆どは子供のおつかいも同然か、生きて帰れない片道切符。ちなみに、あなたで司令官は六人目だよ」
「先任の五人は?」
「二人は戦死、一人は秘書艦と駆け落ち、一人は定年を迎えて退官、残る一人は更迭させられている」
「・・・・・・なんと言うことだ・・・・・・」
「私と五月雨はともかく、他の艦娘達には、期待しない方が身のためだよ。先任だった提督は、無茶な采配をして貴重な艦娘達を何人も死なせている。果ては責任だけこっちに押し付けてそのまま消えたんだ。誰も指揮官というものを信用していないよ」
司令官不在に加え、艦娘との信頼関係は零を通り越してマイナスとは・・・・・・。先が思いやられる。
――――――
「さて、と。まずはここから始めるか」
取るもとりあえず、司令官以外の先任の方々に挨拶回りを済ませた後、自分が取りかかったのは執務室の掃除だった。
先任が居なくなってからは殆ど倉庫も同然だった、ここの機能を回復させねばならない。窓を拭いて、床を掃いて、要らない物は片付ける。その過程で長机と椅子、そして謎の掛け軸が出てきたので、前者は広げて並べ、後者は奥の壁に釘を打って下げておく。
そして日が暮れる頃には、何とか執務室としての体裁を整えることが出来た。
「お疲れ様です、提督!」
一息入れようとしていたところで、五月雨がお茶の載った盆を手に現れた。
湯気がほんのりと立ち上る湯飲みと、その傍らに鎮座する饅頭。丁度体も、甘味をほしがっていた所だった。
「態々すまないな」
「良いんですよ、そんなこと。私がやりたいって、思っているだけですから」
「むう・・・・・・」
その後、少々彼女と話していく内に、この基地の内情が見えてきた。
出来た当初は、戦艦型や正規空母型の艦娘も配備された精鋭部隊で、ラバウル基地、横須賀鎮守府と並んで対深海棲艦作戦の重要拠点であった。しかし、その特性上人員や装備の消耗も激しく、優先的に回される補給もその日のうちに無くなるなどザラにあったという。
そうこうしている内に他の海域でも深海棲艦が出始めたため、こちらに回せる物資や人員の補充は滞りがちに。遂には規則違反などを犯した軍人や艦娘が集められる懲罰部隊と化し、最後にはそれすらも居なくなってしまった。
今では、出来損ないの烙印を押されたり、問題ありと判断されたりした艦娘達、俗に言う『余り物』ばかりの『寄せ集め艦隊』にまで成り下がってしまったのだ。加えて先の司令官が無能だったことも拍車をかけ、現在に至る、とのこと。
「と言っても、私も以前配備されたばかりの頃に、先輩の重巡さんに教えて貰ったんですけどね」
「その重巡型は今もここに?」
「三ヶ月前、私の目の前で・・・・・・轟沈しました」
「・・・・・・悪いことを聞いてしまったか。謝罪する」
「良いんです。一応、知って貰いたかったから。それじゃあ、提督、お休みなさい」
「ああ、お休み」
彼女が去った後。腹の虫が鳴いて居たのに気付いたので、釣り竿と魚籠を片手に埠頭へ繰り出すことにした。確か、七輪が出てきたから、焼き魚でも食べるとするか。
さすがに、酒は止めておこう・・・・・・。
――――――
次の日の朝。自分は、五月雨と響以外の艦娘達に、着任の挨拶をすべく、第一埠頭に出向いていた。
二人を除くと、所属しているのは全部で七人。
五月雨の姉妹艦である白露型の『夕立』。
少々突撃志向気味の睦月型駆逐艦、『長月』。
物静かな印象が特徴的な、初春型の『初霜』。
今ひとつ、兵士としての自覚に欠けていると思われる睦月型の『如月』。
この泊地では、現状二隻しかいない軽巡の『多摩』と『神通』。
そして・・・・・・
「朝潮型駆逐艦、第十番艦の
「ああ、東郷徹心だ。宜しく頼む。では着任早々になるが、艦隊を編成し、泊地正面海域の警備任務に当たってくれ。開始時刻は1100、遅れるなよ」
一通りの指示をした後、書類整理のために五月雨と共にその場を離れる。
正直に言って、この頃は未だ舐めていた。この泊地の酷さと、艦娘達のやる気の無さを・・・・・・。
―――――
「で・・・・・・、集まったのはこれだけか・・・・・・?」
作戦開始十分前。出撃用の水門前に集まったのはたったの三人だけ。
五月雨は、元々旗艦になるよう指示していたから、当然だ。響も割と好意的だったし、事実こうして来てくれたので、まあ良しとする。それ以外で来たのが・・・・・・
「うにゃあ・・・・・・」
軽巡の多摩だけ。さっきまでたむろしていた連中は影も形も無い。
「一応聞くが、多摩。他の艦娘達は?」
「多分・・・・・・来にゃい」
「来ない、だと・・・・・・?」
「神通と初霜は様子見。長月と霞は出撃拒否。夕立と如月は気分じゃ
一瞬何かの冗談かと思った。入渠を拒否する艦娘は聞いたことがあるが、この世の何処に、『出撃命令を拒否する』艦娘がいるんだ!?
百歩譲って、様子見は良いとしよう。まだお互い知らないからな、仕方が無い。だが、気まぐれで出撃拒否とは、信じられん! 理解できん!!
「あぁぁあああああああ、くそぁっ!!」
「「「!?!?」」」
高ぶった気持ちを抑えるべく、懐からポケット缶を取り出すと、適当に何粒か出した飴を口に含んで思い切りかみ砕く。堅い飴が砕かれ、租借される度に少しずつではあるが、怒りが収まっていく。
まだ頭の痛みは引いていないが、とりあえずは冷静になれた。
『指揮官たる者、常に余裕を持って優雅たれ』。
江田島の兵学校で、当時の教官から耳にタコができるくらい聞かされていた言葉だ。大局を見据え、最小の手間で最大の戦果を上げるのが指揮官の役割。故に、感情をあまり振りかざしては為らない。感情は、時とて致命的な隙を生むからだ。
「済まない、取り乱した。では予定通り、泊地正面海域の警備任務を開始する。編成は、旗艦、五月雨」
「はいっ!」
「二番艦、響」
「わかった」
「三番艦は多摩だ。何か質問は?」
「特に
「それでは、作戦開始。全艦時計合わせ、出撃せよ!!」
「「「了解(です!)」」」
頼みの綱は、彼女らだけ。今は、それを信じるしか無い。
「―響、出撃する」
「暗号電文打て!―」
「次で終わらせる」
次回、「出撃」。
漕ぎ出した先は、