前編、中編と併せてどうぞ。
★☆☆★
敵艦隊捕捉の報から程なくして、パラオから扶桑率いる討伐部隊が発進していく。
総旗艦を彼女が務め、次席旗艦に榛名。随伴に足柄、羽黒、摩耶、鳥海と泊地所属の全ての重巡に加え、護衛に神通率いる水雷戦隊。そして何より、正規空母である雲龍を加えた、乾坤一擲の布陣である。
「いつもこれだけの人数で出撃しているの?」
「いや、ここまで増えるのはそう多くは無いよ。せいぜい二個戦隊、十隻程度さね」
「そう・・・・・・」
「後悔、してるのかい?」
作戦海域までの道すがら、隼鷹と話す雲龍だが、どうにも上の空である。その様子が心配だったのか、彼女が問いかける。
「後悔?」
「本来ならそっちは、パラオの所属じゃ無い、謂わばゲスト。本来ならアタシらに任せて、泊地で待っている事だって、出来たはずだよ? その考えを蹴ってまで、出てきたことが正しいのか、判りかねるって顔をしていたからね」
「・・・・・・ええ」
「なら、そのまま突っ走りなよ」
「突っ走る・・・・・・?」
雲龍の返答に対し、隼鷹は只一言、そう言った。
「運命の歌の命ずるままに。正しいとか間違ってるとか、そんなのは後から割り込んできた奴らの言い草だからさ」
『だから・・・・・・』と言って、彼女はさらに続ける。
「雲龍にとっての運命の歌が、出撃すべきと言ったなら、そうすれば良いさね」
「隼鷹・・・・・・。ありがとう、少しは楽になれたわ」
「良いって良いって。ほんの数年長生きしただけの、死に損ないの戯言だよ」
「てきえいほそぉーく!! 8じのほうこう、きょり2800、せいりょく30!!」
その直後のことだ。先頭を進んでいた榛名の索敵妖精が、敵艦隊捕捉の報せを伝える。
「敵戦力の内訳は!?」
「ルきゅうが3、リきゅうが5、けいじゅんが10、ヌきゅうが4! 後は二きゅういか、くちくかんです!! せんれつないに、あかくひかるこたいもいます!!」
「各艦、第四航行序列に切り替え!! 隼鷹さんと雲龍さんは、隊列の中央へ!!」
「了解!」
「わかったわ」
「私達が真っ直ぐに接触します。援護を!」
「了解よ!」
扶桑の指示で陣形が組まれ、神通ら水雷戦隊が前衛に立って突撃を開始。その扶桑も瑞雲を発進させた後、榛名と共に主砲を照準、発砲する。
「主砲、撃てぇっ!!」
「主砲!! 砲撃開始ッ!!」
放たれた砲弾は神通達の頭上を越え、同じく前衛として展開していた敵水雷戦隊の鼻先に着弾。その余波で、盛大な水柱が上がる。
「砲雷撃戦、開始します・・・・・・!!」
その一番近くにいたホ級は、水しぶきをもろに被ってしまい、照準を狂わされる。そして、それらをかいくぐって神通が肉薄してきた時には、すでに彼の運命は決まっていた。
「撃ちます!」
ほぼゼロ距離で14サンチ砲が火を噴き、体勢が崩れたところで、今度は左手に持っていた15.5サンチ三連装砲が叩き込まれる。三発の砲弾によって、背中の砲塔が抉られるが、彼の受難はそれだけでは無かった。
神通が右手で短刀を抜き放ち、抉るようにしてそこ目がけて突き立てたのだ。それによって中枢をやられ、落伍していくホ級。そうして空いた穴から、響ら駆逐班が突入し、撹乱していく。
「そんじゃ、アタシらもそろそろ始めようかねぇ!」
「ええ」
それを確認し、二人は艦載機の発進準備に入る。
隼鷹が巻物型の飛行甲板を広げ、その上に紙人形を並べていく一方で、雲龍は背中に背負っていた杖を左手に。腰に下げていた札入れを右手に持つ。
「変わった
「ええ。天城と葛城は、まだ調整が万全で無いから弓矢だけど、私のデータを元に、それが行われる予定よ」
「なるほど、新型も不便だねぇ。それじゃあ・・・・・・!!」
「「神州詔勅、悪鬼覆滅、急急如律令!!」」
それに対し雲龍の方だが、彼女が祝詞を唱えると、右手の札入れから隼鷹のそれよりも一回り大きい紙人形が宙を舞う。そしてそれらは、
艦攻は天山に。艦爆は彗星に。いずれも、九七艦攻や九九艦爆よりも新しい型だ。
「本来はアタシ用に作ってもらった奴だから、下手に扱わないでよ?」
「わかってるわ。これでも模擬戦では、負けた試しが無いもの。第一次攻撃隊、発艦始め・・・・・・!」
これと同時に、それぞれありったけの九六艦戦を出撃させ、制空権の確保に取りかかる。
一方で、敵も黙ってはいない。随伴していたヌ級達が、艦載機を口から射出してそれに対抗する。
古めかしいレシプロ機と、SFじみた外見の飛行物体による空中戦と言う、三流小説紛いの何とも言えない光景が繰り広げられるが、その超現実的な絵とは裏腹に、戦いは激しさを増していく。
九六艦戦の一機が、深海艦戦の背後を取って機銃で撃墜したと思ったら、他の深海艦戦の横やりで叩き落とされ、その深海艦戦も真下から銃撃を浴びて火の玉と化す。
「分散しすぎないで! 常に二機一組以上で行動し、連携を密に!」
「へぇ、やるじゃないさ」
「研究中の新戦術よ。真似してみる?」
「使えそうだから、そうさせてもらおうかねっ、と・・・・・!」
阻止線を偶然突破してきた深海艦爆が、対艦爆弾を投下してくるが、隼鷹はこれを回避する。それだけを除けば、空の趨勢は概ね決しつつあった。
――――――
「こうくうたいより、にゅうでん! 『敵艦載機を多数撃墜。制空、優勢なり』!!」
「了解よ。各艦、精密射撃体勢に移行! 火線を集中させて!!」
「『『了解(です)!!』』」
制空権を奪いつつあることは、既に扶桑ら水上部隊にも伝わっていた。
彼女は、追従している榛名達僚艦に指示すると、制動を掛けてその場に停止。背中の主砲を全て、鉄火場となっている最前線へと指向する。
主砲塔の中では、砲術妖精達が慌ただしく動き回って砲弾を装填し、瑞雲と、彼女の頭の上にいる索敵妖精からの測距情報を元に仰角を微調整していく。
「ぎょうかく、よーし!」
「そっきょかんりょう! しゅほうしょうじゅん、もくひょうにこていします!」
「ぜんほうもん、てっこうだんそうてん、よし!」
「主砲、撃てぇっ!!!」
そして轟音と共に、主砲が発射された。
放たれた砲弾は、展開していた敵の水雷戦隊に降り注ぎ、避け損ねた軽巡や駆逐艦の何隻かが薙ぎ払われる。
「だんちゃーく! きん、しきん、きょうさ!!」
「着弾誤差修正! 再装填を急いで!」
「りょうかいです!」
「それじゃあ、私達もぶっ放すわよぉっ!!」
「『おー!!』」
扶桑の砲撃を合図に、足柄ら重巡達も主砲を斉射する。
それぞれ自前の水偵から送られてくる座標を元に、手動で誤差を詰めての発砲。それらは正確に、効率よく敵艦隊に叩き込まれていく。
「めいちゅうしました! あかリきゅう1、げきちんをかくにん!!」
「おっし! その調子で一気に・・・・・・!」
「てきせんかん、はっぽうしてきます!!」
「やべぇっ、回避っ!!」
「だめです!」
リ級を仕留めた摩耶が、そのことを確認した直後のことだった。戦列の後方にあったお陰で、被害を免れていたル級が発砲。咄嗟に体を捻った事で直撃は辛うじて避けられたが、代償として左腕が吹き飛ばされてしまう。
それと同時に、羽黒にもト級の砲撃が命中。右肩の主砲が破損してしまった。
「があぁっ!?」
「きゃぁっ!!」
「摩耶!? 羽黒!?」
「各艦、陣形を崩さないで! 摩耶さんは後退を!!」
「問題ねぇ、まだいける!! 弾除けくらいにはなれるっての!」
「む、無理はしないでください!」
「泣きそうな顔してても、説得力無いぜ!」
それでもなお、攻撃を続ける摩耶。
その間にも、体勢を崩した彼女目がけてル級が主砲を構えてくる。だがそれは、徒労に終わった。
「!?!?!?」
「め、命中しました!」
「やったぁっ! 長良隊、突撃!!」
「ウラー!!」
「と言っても、駆逐艦は響だけだニャ・・・・・・」
「・・・・・・それを言わないでくれ」
側面から名取が、魚雷でそれを妨害したのだ。射撃体勢を取るべく、静止していたル級にそれが直撃し、大きく体勢が崩される。
それを合図にして、長良率いる別働隊が斬り込んでいく。そこから先は、殆ど一方的な展開だった。接近戦に弱いル級は、味方と共に退避を試みる。
だがそれは、神通ら水雷戦隊によって道を塞がれ、まごついた所に扶桑らによる遠距離砲撃の雨に晒される。
ヌ級は艦載機を出して対抗しようとするが、射出しようと口を開けたところで対艦爆弾を口の中に放り込まれ、爆発。上あごを吹き飛ばされてそのまま爆沈する。
「せやぁっ!!」
「―――!! ―――!!」
一部のリ級やト級ら赤く光る個体は、激しい攻撃をかいくぐって肉薄してくる。繰り出されるリ級の攻撃を、長良は短刀を抜いて迎え撃つ。
辛うじて受け止めるが、力の差は歴然だ。少しずつ、押し込められていく。
「くっ・・・・・・馬力がダンチね・・・・・・! でも・・・・・・名取!!」
「やっ、やぁああっ!!」
彼女の声を合図に、名取が後ろから長刀で斬り付けた。
背中に真一文字の傷を付けられたリ級は、長良を押しのけて
「そこぉっ!!」
背後から主砲を連射し、今度は自分に注意を向けさせることで再び隙を作る。今度は即座に反応されるが、それだけで充分だった。
「油断しましたね・・・・・・」
「――――!?」
いつの間にか、忍び寄っていた神通が背中の長刀を一閃。
一拍おいて、何かが海面に落下する音。リ級の首だ。彼女の刃は、リ級の首を切り取ったのである。
「さっすが、神通!」
「いえ。長良さんも、良い働きでした。名取さんも」
「あ、ありがとう・・・・・・」
彼女の手を借りながら、長良は言う。
「さすが、元『華の二水戦旗艦』だわ!」
「それは、『最初の』私です・・・・・・。今の私は、パラオ艦隊の一軽巡ですよ。残敵の掃討を続けましょう。まだ終わっていません」
「了解!」
「りょ、了解です・・・・・・!」
先ほどのリ級が沈んだことを確認すると、彼女達は再び戦闘を開始する。それら一連の戦闘を、作戦海域の外縁部から監視する船が。宇野大佐の乗る指揮船だ。
「見つけた・・・・・・! ようやく見つけたぞ・・・・・・!!」
彼は、双眼鏡を覗きながらも昂ぶる気持ちを抑えられないでいた。
耳まで裂けんばかりに口角が釣り上がり、狂気と狂喜に満ちた笑い声が響く。それを側で見ていた敷波は、背筋が凍り付くような感覚を覚えた。
「良かったね、提督! 雲龍さんが見つかって!」
「あぁ、そうだ、そうだとも! これでようやく、実験が出来る!!」
「待ってました! 早く『アレ』を試してみたいわね!」
そう言ったのは、兵装実験戦隊の一人、軽巡の夕張だ。彼女と瑞鳳は無類の機械好きであり、新兵器には目が無い。それ故に、宇野大佐とはまさしく、竹馬の友とも言えた。
「・・・・・・」
「司令官達があんなに笑っているの、初めてです・・・・・・!」
敷波の姉妹艦である綾波もまた、あの三人に薄ら寒い物を感じずにはいられなかった。ここへ来て日が浅い二人だからこそ、なおさら彼らの異常性が際立って見えたのだ。
「こうしてはいられません! 皆さん、すぐに接触しますよ!」
「えっ!? でも、あっちの司令官に確認を取らなくても・・・・・・」
「良いんですよ。所詮は懲罰艦隊の連中です、文句は言わせません」
そう言って、宇野大佐は指揮船をスタートさせてパラオ艦隊へと向かい、瑞鳳らもそれに続く。敷波もまた、綾波と共に彼らの後を追って行った。
――――――
「喰らえェッ!!」
摩耶の右腕に残った主砲が火を噴く。放たれた砲弾は、寸分違わず赤いト級を貫き、中枢部を破壊。彼の白い体躯を散華させた。
どうやら、今のが最後の一隻らしく、周囲にはすでに敵影はいなくなっていた。
「てきかんたいの、せんめつをかくにん!!」
「ふぅ・・・・・・終わったぁ・・・・・・」
「各艦は、被害状況の報告を」
「神通、問題ありません」
「長良も大丈夫! まだいけるよ」
「あー、アタシは駄目だ。左腕がおシャカだぜ」
「むしろ左腕一本で済んで、良かったじゃない」
扶桑の呼びかけに応える形で、彼女達は損傷の具合を報告していく。
摩耶が左腕を吹き飛ばされて大破したことと、羽黒が中破した事を除けば、後は概ね小破程度の軽い物ばかりだ。
「それにしても、制空権を取っただけでここまで楽になるなんて。航空隊様々ね」
「ええ。私達も、頭上を気にせずに砲戦に専念できましたし」
足柄と鳥海の言ったとおり、この作戦は隼鷹と、そして雲龍がいたからこそ為し得たとも言える。
「ま、それがアタシ達の役割だからね。雲龍もお疲れさん」
「ありがとう。だけど戦いは・・・・・・少し嫌」
「まあ、出来れば戦わないに越したことは、ないけどね」
「うふふ。それじゃあ、帰りましょう。提督が待っているわ」
少しだけだが、喜びの意を表明する雲龍に対し、軽口を叩く者も。和やかな雰囲気のまま、扶桑が帰還指示を出した時。それはやってきた。
「あれ? 指揮船がこっちに近づいて来てますよ?」
それにいの一番に気がついたのは、損傷した艦娘に付き添っていた五月雨だった。
「指揮船が? 提督は泊地にいるはずよね?」
「その筈ですけど・・・・・・」
「おーい! こちらは味方よー!!」
一瞬、警戒態勢を取るパラオ艦隊だが、指揮船に随行していた艦娘の一人を見て、彼女の表情が変わる。
「夕張さん!? お久しぶりですっ!!」
「五月雨、元気してた? もうドジ踏んでない?」
「もっ、もう大丈夫ですよ・・・・・・」
「五月雨さん、彼女は?」
「紹介します! 大湊にいた頃の同僚の、夕張さんです!」
「ご紹介に預かりました、兵装実験軽巡の夕張です。よろしくね!」
思いがけない所での再開に、喜ぶ二人。訝しむように聞いてくる扶桑に対し、五月雨は答える。
その顔には、満面の笑みが浮かんでいたのだが、対する夕張の方に影のようなものを、扶桑は感じ取った。
「おやおや、夕張君の知り合いでしたか。これは重畳、良いこともあるものですね」
「宇野大佐!? どうしてこちらに!?」
その彼女が伴ってきた指揮船から、顔を出してきた人物に足柄は驚愕する。
彼が兵装実験戦隊の指揮官であることは、徹心とともに面会していたので記憶してはいるが、それでもなぜこんな場所にいるのか。彼女には解らなかった。
「どうして、と言われましても、用事があったからとしか言いようが無いですよ」
「用事? でしたら、東郷中佐に・・・・・・」
「彼では駄目です。また躱されるでしょうし、ね・・・・・・」
そう言って、目線を動かす宇野大佐。その先には、眉間にしわを寄せて、不信感を顕わにしている雲龍が。
「帰りますよ、雲龍君。上へはとりあえず、休暇と言うことで話を通しておきますので」
「・・・・・・・・・・・・」
「貴女だって、本来はここに居場所が無い事はわかっているでしょう? それに、栄光の第一航空戦隊にかつては名を連ねた前世もある。
「・・・・・・解ったわ」
「雲龍さん・・・・・・?」
そう言って彼女は、本来の上官がの乗る指揮船に向かって、歩み始める。止めようとする五月雨に対し、雲龍は憤然として吐き捨てた。
「言ったでしょう? 少し嫌、と・・・・・・。懲罰部隊ともなれば、必然的に最前線で戦うことになるでしょうし、轟沈する危険も、多いもの」
「テメェ・・・・・・それでも艦娘かよ!! 誇りは何処へやりやがった!?」
「そうですよ!! 国を護るために戦う。雲龍さんだって、志は同じはずです!!」
その態度を見て、怒りを顕わにして叫ぶ摩耶と榛名。他の者達も、大なり小なり、言いたいことは一緒だった。
「『国を護る』・・・・・・? 碌に実戦にも出られなかった私が? 想像も付かないわね。新兵器の試験をしながらのんびりできれば、私は満足なの」
「そう言うことです。では、ごきげんよう。東郷中佐によろしくお願いしますね」
その台詞と共に、宇野大佐は指揮船を再び発進させ、艦娘達もそれに続いて離脱していく。
「隼鷹、それに皆」
「んあ?」
「艦載機、返すわね。短い間だったけど、楽しかったわ。それじゃあ」
そう言って雲龍は、札入れを隼鷹に手渡すと、そのまま逃げるように、踵を返してその場を去って行った。
その様を、パラオ艦隊は只、見ていることしかできなかった。
☆★★☆
「―以上が、事の顛末さね・・・・・・」
「そうか・・・・・・」
夕刻。戻って来た艦隊の中に、雲龍の姿は無かった。
何事かと思って問いただした所、戦闘が終わった後に宇野大佐が現れて、そのまま彼と共に帰って行ったと言う。
「元の所属が見つかって、良かったじゃないか」
「提督・・・・・・ごめんよ」
自分の元に報告に来ていた隼鷹が、かき消えそうな声で謝罪してくる。酒瓶片手に、いつも明るい彼女だが、この時ばかりはまるで、萎れた花の様だった。
「いや、気にすることは無い。むしろ、あのまま彼女に頼ってしまうような事にならずに済んだと思っている」
「けど提督、アタシは・・・・・・納得出来ないよ・・・・・・!」
そして今度は、憤怒の情を滲ませる隼鷹。元々跳ね癖の付いている髪の所為もあって、見た目以上に凄んでいる様に見える。
そうだ。そんなときは・・・・・・
「隼鷹、これを使うと良い」
「・・・・・・あめ玉?」
「ああ。イライラしたときに、自分が良くやる方法だ。適当に何粒か取り出して口に入れたら、思い切り噛み砕くんだ」
「舐めるんじゃ無いのかい?」
「ああ、そうだ。そうすれば、幾分かは楽になる」
そう言ってその手に、何粒か渡してやる。彼女がそれを口に含んだのを確認すると、自分も何粒か出して口に入れる。そして、力一杯、咀嚼する。
ガリ、ゴリ、と。おおよそ食品とは思えない音を立てながら粉砕されていく飴。
今はただ、前へ進むしか無い。懲罰部隊に過ぎない自分達には、もうどうすることも出来ないのだから・・・・・・。
☆★★☆
あの別れから、早くも数日。今、私はやっと、母港であるブイン基地にまで帰ってこられた。
それからと言う物の、瑞鳳と夕張は相変わらず宇野提督と兵器談義に花を咲かせているし、綾波と敷波はそれとは距離を置いていて、それを私が、時折取り持つ日々。
今はまだ、試験運用が必要な武装は無いから、私は暇を持て余している。武装と言えば、あの時艦隊から持ち出した筈の、自前の札入れ。
あっちの技術主任は、破損が酷くて修理出来なかったと言われていたから、たぶん壊れてしまったんでしょうね。
「良く来てくれました。実は、折り入って頼みたいことがあるんですよ、雲龍君」
ある日のこと、私は提督に、執務室まで呼び出されていた。
勝手に艦隊を抜け出した罰を与える気なのかしら・・・・・・? まあ、覚悟はしていたけど、意外と早かったわね。
「新しい艦載機は、欲しくないですか?」
「艦載機を・・・・・・?」
彼の口から出てきた言葉に、私は胸が踊りそうになる。艦載機、それも新型だ。ようやく、提督は空母の活かし方が解ったのかしら?
「ええ、是非お願いします」
「では、直ちに格納庫まで取りに行きなさい。その後は、慣らし運転をしてみると良いでしょう」
「了解しました」
何にせよ、嬉しいわ。これで私も、空母として一人前の働きが、出来そうだわ。
――――――
格納庫で艤装と、新しい札入れを装備して外海へと漕ぎ出す。この辺りは、既に深海棲艦の掃討は完了しているから、単独行動しても問題ない。
何より、私の新しい装備は、まずは私自身で確認する主義だ。こうして一人でいられるのも、ありがたい限り。
入っていたのは、局地戦闘機『紫電』の艦載機仕様、『紫電改二』。そして、彗星。こっちは、パラオでも使ったから、あまり気にはならないわね。
けどその中で私は、何
「何かしら・・・・・・? ダメコン? それとも、偵察機かしら・・・・・・?」
封印されていることに多少疑問に思ったけど、よくよく考えたらこれは兵器だ。封印があっても可笑しくない。
ラベルを剥がし、口を止めているお札に短刀の刃を入れる。そうして取り出した艦載機の内の一機を、飛行甲板に乗せて変身させる。
「これって・・・・・・!!」
現れたのは、プロペラの付いていない、簡素な作りのジェット式航空機。胴体部分には日の丸と、桜の花びらの装飾。まさか・・・・・・そんな・・・・・・
「桜、花・・・・・・!!」
何かの手違い・・・・・・? いえ、本当はそう考えたくないだけ。あの時の、私が死ぬ原因だった物が乗せられていたから。
待って。あの札入れは、提督が自ら調整したと、技術主任が言っていた。まさか・・・・・・提督が・・・・・・?
「確かめないと・・・・・・!」
真偽が何にせよ、このことは提督に報せるべきだわ。こういった特攻兵器は、存在すら許されないのだから。
――――――
「おや、雲龍君。慣らし運転はどうしたんですか?」
私が急いで基地へ戻って、その足で執務室に入った時。提督は、書類とにらめっこしていた。
問いたださないと。『アレ』は・・・・・・!
「一つ、聞きたいことがあるんだけど。私の格納庫に、何をしたの?」
「何ですか、藪から棒に?」
「とぼけないで。紫電改二や彗星と一緒に、桜花が入っていたわ。これはどういうことなの?」
「・・・・・・何だ、気付いたんですか」
その一言と共に、提督の形相が一変する。仮面に貼り付けたような笑顔は消え、文字通りの無表情になる。向けられる目線は、まるで死んだ魚のようだった。
「答えて。私にアレを持たせて、どうさせるつもりなの?」
「どうさせるも何も、それが貴女の本来の役割でしょう?」
「本来の役割・・・・・・? 何を言っているの? 私は空母よ。信じて送り出した航空隊を、迎える義務があるわ」
「解らなかったのなら言い方を変えましょう。貴女のような、急造品の空母に与えられる艦載機は、あれくらいしか無いんです。いや・・・・・・」
彼は椅子から立ち上がると、大仰に両腕を広げて続ける。
「むしろアレこそが、『貴女に相応しい』のですよ。雲竜型『輸送艦』、雲龍君?」
その言葉を前にして、私の目の前は、真っ暗になった。そして同時に、ふつふつと、怒りがこみ上げてきた。
「私は・・・・・・私は・・・・・・!!」
ああ、そうか・・・・・・。これが・・・・・・
「こんな物を運ぶために、生まれてきたんじゃぁないっ!!」
摩耶達の言っていた、『誇り』なのね・・・・・・。
――――――
結局あの後、駆けつけてきた憲兵に拘束され、その場で即席の軍事裁判。
そのまま解体されそうになったところで、宇野大佐のやってきた試験運用の方法が問題視され、私はそれを告発したと言うことで減刑された。そして今、私は、再び彼の元へと訪れていた。
「雲龍・・・・・・? どうしたんだ?」
執務室のドアの前で立っていると、横から話しかけられる。
鋭い目つきと、少し長めの黒い髪。東郷中佐だった。今日から私の上官になるのだから、挨拶しておかないとね。
「雲竜型航空母艦、雲龍、今日付でこの艦隊に転属となりました。提督、よろしくお願いしますね」
「―敵が・・・・・・!!」
「推定戦力比は・・・・・・」
「―重要なのは、勇気だ―」
「―五倍の相手だって・・・・・・支えてみせます!!」
次回、『勇気の賛歌』。
大切なのは、心の強さ・・・・・・
【登場人物紹介】
〈長月〉
パラオに所属する駆逐艦娘の一人。
やや突撃指向が強いものの、真っ直ぐな性格で時にはリーダーとして慕われていた。
自身も艦娘であることを誇りに思っている。
それ故に融通が利かない所為か、濡れ衣を着せられてパラオへと転属させられた。
その頃の同僚と、何やら因縁があるようだが・・・・・・。
元ラバウル基地所属。