前編と併せてどうぞ。
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翌朝。補給を済ませた沖ノ島攻撃艦隊は、日の出と同時にパラオから出港していった。
この作戦に参加している護衛艦は、全部で三隻。
佐世保鎮守府、米沢少将率いる第十八戦隊の司令艦『青金』と、丸川大佐の第二十戦隊司令艦『
総司令官である米沢少将の青金を先頭に単縦陣を組みながら、沖ノ島の沖合百数十海里にまでさしかかったところで、一旦速度を落とした。
《殿村少将、丸川大佐。間もなく作戦海域だ。艦隊を出撃させるぞ!》
「了解だ。丸川、手はずは大丈夫だな?」
《問題ありません。僕と米沢閣下の艦隊で先行しますので、殿村閣下は追い立てられてくる残敵の掃滅をお願いします》
「心得た!!」
通話用の受話器を置くと同時に、本隊と蘭銅の相対距離が徐々に開いていく。
作戦としては、以前、オリョール海掃討作戦において東郷徹心が取った作戦の延長線上にあるものだった。艦隊を二手に分け、本隊が敵を攻撃。可能な限り数を減らし、その後で分隊と挟み撃ちにする。全力攻撃に対応するためにも、基本的には分隊の方はあまり大きく動くことは無い。
「総員!! 合戦用意!!」
「総員、合戦用意!!」
「総員、合戦用意! 艦隊は、直ちに出撃をお願いします!」
「各部主砲、並びに高角砲、噴進砲、装填急げ!! 機銃座主は、配置に付け!!」
殿村少将の号令一下、通信士達が艦内に向けて指示を復唱し、それらは伝声管や艦隊通話用の電話を通じて各部署へと伝達されていく。
砲術士官や機銃要員がそれぞれ、担当する砲座や銃座に走って行き、格納庫では最終準備に向けて一挙に慌ただしくなる。その間にも、戦闘指揮艦橋の上にある索敵艦橋では、索敵手が目を光らせている。
「全乗組員、配置に付きました」
《こちら格納庫! 何時でも出撃可能よ!》
艦内電話で、格納庫からの報告が入る。準備は万端だ。
「良し、全艦出撃!! 死ぬなよ!!」
――――――
《良し、全艦出撃!! 死ぬなよ!!》
一方の格納庫では、殿村艦隊所属の艦娘達が発進するべく、後部にあるエレベーターに乗り込んでいく。
「良い、新人達。これだけは言っておくけど・・・・・・」
その中で、総旗艦である戦艦型の艦娘―伊勢は、駆逐艦達に最後のブリーフィングを行っていた。
「提督からの、最優先命令は三つ。『死ぬな』。『死にそうになったら逃げろ』。『そして隠れろ』。『運が良ければ不意を突いてブッ殺せ』」
「って、それじゃ四つじゃ無い!」
半ば冗談めかした伊勢のこの言に、都忘れの花飾りを付けた、すみれ色の髪の艦娘―曙がツッコミを入れる。
「そこまで想定して、提督は言っているんじゃ無いの? 『生きて戻って、面と向かってツッコんでくれ』、って感じで」
「アレが!? いまいち想像付かないわね・・・・・・」
「でっ、でも、解ります、私・・・・・・」
そう言ったのは、黒髪の駆逐艦娘―潮だ。勝ち気な曙とは対照的に、こちらは温和しい外見と性格が特徴だが、一本芯が通っているところもあり、伊勢にとっては期待している艦娘の一人だ。
「そう言うこと! にしても今回は、夜戦できそうかな?」
「たぶんですけど、無いと思いますよ。潮ちゃん達は、これが初めての実戦ですし」
「私としても、出来れば夜戦は避けたいですわね。美容の大敵ですもの」
興奮した面持ちの川内を窘める空母型の艦娘―龍鳳と、夜戦の要望に不満を漏らす熊野。
彼女の言うとおり、曙と潮はこの作戦が本当の意味で初陣でもある。轟沈する危険性の高い夜戦を行うことは考えにくかった。そう頭で理解出来た川内は、がっくりとうなだれる。
「ま、何とかなるでしょ」
《発進進路、異常なし! 艦隊、出撃お願いします!!》
「了解!!」
エレベーターが上がりきり、官制を担当する下士官に促され、伊勢は機動甲板へと一歩踏み出す。
そして『ゲタ』と渾名される射出用カタパルトへと足を乗せ、中腰の体勢となる。準備は、整った。
「航空戦艦、伊勢、出撃します!!」
かけ声と共に、カタパルトが操作され、伊勢の体は砲弾の如く撃ち出される。
彼女は、空を飛ぶ様な浮遊感を感じる間もなくそのまま海面へと降下。そのまま盛大に水しぶきを上げて着水し、巡航機動でその場を離れていく。そこからさほど間を置かず、川内率いる水雷戦隊と龍鳳も発進していく。
そして最後に、鈴谷と熊野が機動甲板へと姿を表した。
「熊野、張り切って行こっか!!」
「ええ。敵部隊など、一ひねりで黙らせてやりますわ!!」
《発進どうぞ!!》
「その意気だよ! 最上型重巡、鈴谷、いっくよぉー!!」
「重巡熊野、推参いたします!!」
先に鈴谷から出撃していき、熊野も後を追う様に飛び出していく。彼女達の航跡を、殿村少将は艦橋の窓から見続けていた。
「今回も、無事に戻れると良いのですがね」
「ああ」
艦長に対し、彼は只一言だけ答える。その目は、一人の指揮官として。部下の身を案じる光を帯びていた。
―――――――
「この辺りね。全艦、一時停止!!」
出撃してから数刻後。予定の海域へと到達した第十七戦隊の面々は、伊勢と龍鳳を中心に輪形陣を組んでその場に待機していた。
《司令部より艦隊各位。先ほど、本隊が敵艦隊と接触、交戦状態に入った。予定だと、あと二時間も為ない内にそちらに敵が追い立てられてくるだろう。そいつらが今回の獲物だ》
「旗艦了解。待機行動を続行するわ」
陣形を保つ傍らで、伊勢は手の空いている駆逐艦に哨戒の指示を出すと共に、龍鳳も索敵機を飛ばして周辺の警戒を行う。
しかし、予定の時刻を過ぎても敵艦隊は一向に現れる気配は見られなかった。
「可笑しいわね。予定なら、そろそろ第一陣が来る筈なんだけど・・・・・・」
「念のため、もう一度索敵した方が良いんじゃ無い? 遅れているかもしれないし」
「鈴谷の言う通りね。龍鳳、お願い出来る?」
「わかりました」
「川内と熊野達も、水偵を出して。索敵範囲を広げるわ」
「了解!」
「承りましてよ」
不審に思った鈴谷の提言を受け入れ、伊勢達はもう一度偵察機を発進させ、龍鳳は彗星の非武装偵察仕様―二式艦偵を上げて様子を見始めた、その直後である。
「・・・・・・!? 水上電探に感あり! 十時の方向に敵影!!」
「龍鳳索敵一番機より入電! 敵艦隊を捕捉しました!!」
熊野の電探と、龍鳳の艦偵が敵影を捕捉したのは。
「蘭銅に打電! 『敵艦隊発見、交戦許可を求む』!!」
「りょうかいです!」
「龍鳳、敵の数は!?」
伊勢は即座に自らの船員妖精に電文を打つ様指示し、龍鳳に敵戦力の確認を求める。だが、彼女の口からは信じられない返答が返ってきた。
「敵戦力・・・・・・えっ、総数不明・・・・・・!? 少なくとも、こちらの倍。いえ、三倍です!!」
「何ですって!?」
《司令部より艦隊各位。こちらでも敵影を捕らえた。我々はどうやら、蟻塚に誘い込まれた様だ》
「拙いわね・・・・・・。羽田少尉、青金と瑪瑙との連絡はどうなの?」
《先ほどから応答がありません。恐らくですが、こちらに来ているのが本隊なのか、それとも、既にやられたのか・・・・・・》
「・・・・・・提督、指示をお願い」
彼女の問いかけに対し、通信士の羽田少尉の答えは否定的な物だった。伊勢は心の中で舌打ちしつつも指示を仰いだ。
《全艦対水上戦用意。当初の予定通り、合流ポイントまで撤退する》
「了解よ。さて、と・・・・・・」
通信を終える頃には、もう敵艦隊は目に見える範囲にまで迫ってきていた。しかも、赤く光る個体―上位種が大半を占めており、中には黄色く光る個体も散見される。
「右弦砲戦、行くわよっ!!」
伊勢の指示の下、艦隊はありったけの主砲を発射し、龍鳳は艦載機を発進させていく。
彼女は、これまでの経験則を踏まえ、艦戦を多めに持ってきていた他、一部の零式艦戦は対艦攻撃も可能なように爆装させている。ある程度の攻撃力を保ち、それでいて制空権の問題も解消出来ると踏んでの判断だった。しかし・・・・・・
「こうくうたい、ひがいじんだい! せいくう、とっぱされます!!」
「えぇっ!?」
「全艦対空戦闘!! 敵を寄せ付けないで!!」
告げられたのは、『制空権失陥』の報せ。間髪を入れずに、伊勢の檄が飛ぶ。深海艦載機が襲い掛かってきたのは、それとほぼ同時だった。
主砲と高角砲、さらには対空用のりゅう散弾である三式弾がこれでもかと言わんばかりに放たれ、忽ちの内にいくつもの敵機が火だるまとなる。だが、その密度は減るどころか、むしろ時間が経つごとにどんどん増えていた。
「情報じゃ、ヌ級しか空母がいないはずよね!? あのクソ提督、間違いだらけじゃない・・・・・・!!」
「そっ、そんなこと無い筈だけど・・・・・・」
「つべこべ言ってないで、突破口を開くよ! 伊勢、前に出るから援護して!!」
「承知!!」
弾幕を張りつつ、曙は毒づく。しかし、このままでは埒が明かないのは事実だ。川内と共に吶喊しようとした、その時である。
傍らにいた駆逐艦娘が、主砲の直撃を受けて吹き飛ばされのだ。胸を貫かれただけでなく、弾薬が誘爆したために彼女の上半身は粉砕され、残された下半身だけが少し間を置いて沈むという、奇怪な光景を目の当たりにしてしまう。
「ひっ、ひぁぁぁああ!?!?」
「潮!?」
「待って、戦列から離れないで!!」
曙自身も驚いていたが、一番驚いたのは潮だった。錯乱した彼女は川内の制止する声も聞かずに、脱兎の如く逃げ出した。
だが今は、戦闘中。それも、圧倒的多数の敵が迫っている状態である。いつ、包囲されても可笑しくないのだ。そしてそれは、最悪の結果を呼んでしまった。
「きゃぁっ!?」
突如として海面が盛り上がり、そこからへ級が飛び出してきたのだ。群れからはぐれた子鹿を狙う猛虎の如く、彼は勢いよく獲物へと飛びかかる。
彼女が最後に見た物は、大きく開かれたバケモノの顎だった・・・・・・。
☆★★☆
「いやぁああああ!!」
「潮!! このぉっ!!」
生きたまま、深海棲艦に文字通り『喰われる』。話には聞いていたけど、私―曙は実際に見るのはこれが初めてだった。それがよりにもよって、こんな目の前でだなんて・・・・・・!!
あたしは主砲を撃ってへ級を引きはがそうとする。だけどそいつは、意に介すること無く仲間を、潮を貪り食っていた。
彼女は逃げる暇も無く、食い千切られ、アイツの腹の中へと消えていく。
「くっ・・・・・・後退して!! 蘭銅まで退避するわよ!!」
「了解! 曙! アンタも逃げるのよ!!」
逃げろ・・・・・・? こんなのを見せられて、逃げろですって・・・・・・!?
「冗談じゃ無いわよ!!」
「曙!?」
ここで逃げたら、彼女の思いはどうなるのよ!? せめて、アイツだけでも・・・・・・!! 突撃しようとしたところで、私の手を引いたのは鈴谷だった。
「戻るよ、曙」
「だけどっ・・・・・・!!」
反論しようとしたら、彼女は真っ直ぐにこっちを見てきた。どことなく飄々としているかと思っていたけど、そんな雰囲気は微塵も感じられなかった。
「ここで曙まで轟沈したら、潮の思いはどうなるのさ?」
「えっ・・・・・・?」
「敵討ちの機会は何時でもある。だから今は、下がるよ」
「っ・・・・・・解ったわ」
ごめん、潮。今度は私が、敵を討つから。それまで、待っていてよ・・・・・・!!
★☆☆★
敵の攻撃を振り切った伊勢達は、辛うじて蘭銅と合流。帰艦した者から、順次補給と応急修理を受けていた。
「提督、戦況はどんな感じ?」
それが終わるまでの間。川内は昼食の握り飯片手に殿村少将に状況を訪ねていた。
「先ほど、伝令の水上機を向かわせたが・・・・・・交戦海域と思しき場所には何も無かったそうだ・・・・・・。残骸と死骸以外はな」
「そんな・・・・・・!」
「俺だって、こんな事は信じたくは無い。だが、現実として我々は・・・・・・」
『孤立している』と彼が言おうとした、その時である。爆発音と共に蘭銅の船体が大きく揺れたのは。
「っ、索敵班、どうしたぁっ!?」
『敵襲です!! 七時の方向・・・・・・ぎゃぁっ!!』
伝声管を通じて響く、兵士の断末魔。どうやら、既に敵はこちらの位置を把握していた様だ。
完全に罠に嵌められた。殿村少将はここへ来て、懸念事項が現実の物になったことに、内心恐怖していた。
「全砲門開け!! 全艦総力戦用意、応戦するぞ!!」
「しかし、この状態では発進進路が・・・・・・!」
「第二格納庫から歩いてでも出すんだ! このままでは、全滅は必至だぞ!!」
「りっ、了解!!」
艦内無線と伝声管で命令が伝達され、行動可能な艦娘達は、修理も補給もそこそこに再び出撃していく。しかし、今度の敵艦隊は先ほどとは事情が違った。
「てきせんれつないに、ルきゅう、および、みかくにんのしんかいせいかんをかくにん!!」
「ここへ来て新型!? 冗談じゃ無いわよ!!」
毒づく伊勢の内心など露知らず、新型の深海棲艦、その頭に乗せらた帽子の口が開き始める。そしてそこから、ヌ級とは比べものにならない数の艦載機が吐き出されて来た。
「空母!? 新型は、空母ですの!?」
「せいくうたい、ぜんめつ! せいくうけん、そうしつしました!!」
「もう、マジ最悪なんですけどぉっ・・・・・・!!」
当然、損耗している龍鳳の航空隊で防げるはずも無く、最高の位置取りから対艦爆弾と航空魚雷が次々と投げ込まれ、リ級とル級による遠距離砲撃の
加えて、背後には母艦である蘭銅が。これでは下手に回避運動もできず、彼女達は苦戦を強いられていた。
「くっ・・・・・・まだ終わりませんの!?」
「あともう少しだけ、待ってください!」
その様子は、熊野のいる格納庫にも伝わっていた。焦燥感を覚えつつ、熊野はまるで動物園の獅子の様にその場でぐるぐると回り始める。
整備兵に怒鳴り散らしても状況は好転しないことは、彼女は理解していたが、それでも平静を保っているのは難しいものだった。
「鈴谷の嬢ちゃん! 準備完了だ!!」
「ありがと! 出撃するよ!!」
先に整備が終わった鈴谷が、後部ハッチから飛び出していった直後。轟音と共に、蘭銅の船体が再び大揺れする。
「艦橋、応答願います! 艦橋!!」
「提督・・・・・・」
司令部の安否を確認するべく、艦内電話で通話を試みる整備兵。だが、受話器は沈黙したまま、誰も応えない。いてもたってもいられなくなった熊野は、艦橋へと行こうとする。
「私が見て参りますわ!!」
「熊野さん!!」
「何ですの!?」
「整備と補給、完了しました! 何時でもいけます!!」
「・・・・・・感謝しますわ!!」
整備と補給が終わった旨を肩越しに聞きながら、彼女は上官の下へと走る。
火災が起きているのか、慌ただしく消火活動が行われている中をすり抜け、一路艦橋へと向かうただ中においても、彼女は胸騒ぎが止まらなかった。
☆★★☆
「提督!! 殿村提督!!」
私が戦闘指揮艦橋へとたどり着いた時。艦橋内はかなり嵐の様な状態になっていましたわ。
艦内電話がひっきりなしに鳴り続け、伝声管という伝声管を全て使って指令が伝達される。中央の指揮官席では、提督がてきぱきと指示を出している、真っ最中でした。どうやら、ご無事の様ですわね。
「熊野か・・・・・・」
「提督、お怪我はございませんの!?」
「ははっ、心配してくれているのか? それなら問題ないさ。だが・・・・・・」
一拍おいて、提督は続けられます。その顔は、申し訳なさと悲しさとが同居している様な。普段の殿村提督からは想像が付かない顔でした。
「もうこの艦隊は、駄目かもしれん。先ほどの攻撃で、砲台が吹っ飛んだ」
そう言われてみると、艦橋の窓から見えるはずの主砲が見当たりません。黒煙を噴き上げている所を見るに、恐らく彼の言う通り、破壊されてしまったのでしょう。
「何とか高角砲だけで戦えているが、それ自体が奇跡の様な物だ。長くは保たん」
「提督・・・・・・」
「熊野。今からお前に、最後の命令を出す。心して聞け」
「っ!?」
今、提督は何と・・・・・・? 『最後の』・・・・・・『命令』・・・・・・? そんな、まさか・・・・・・!!
「艦娘だけでも、何とか離脱しろ」
「嫌ですわ! こんな命令、到底受け入れられません!! 私もここに残ります! 残って戦って、玉砕しますわ!!」
提督に反論した、その時でした。彼が、私の頬を叩いたのは。
「玉砕だと・・・・・・? 馬鹿なことを言うな!! お前らだけでも、生き延びろ。そうすれば、復讐戦の機会も巡ってくるだろう・・・・・・!」
「提督・・・・・・」
「だから、そんなことを言うな。死んで花実が咲く物かよ」
「提督・・・・・・ッ!!」
恥も外聞も無く。私の頬を熱い何かがしたたり落ちる。私、泣いていますの・・・・・・? この私が・・・・・・?
「どうして、涙を・・・・・・」
「それはだな、熊野。『生きている』からだ」
「『生きている』・・・・・・?」
「そうだ。誰かのために泣けるのは、心がある証拠だ。例えお前らが
ああ、そうか。そうなのですね。
提督は、諦めて死を選んだのではなく、『諦めない』からこそ、死を選ぶのですね。後の者達に、全てを託して。
「判ったなら、早く行け。もう時間が無い」
「では、せめて・・・・・・せめて形見を!!」
「形見か・・・・・・」
私の求めに対し、少しだけ考え込む殿村提督。そして彼は・・・・・・
「お前自身が形見だ。持っていけ!!」
「提督・・・・・・。ご武運を!!」
まるで少年の様な笑顔で、私にそう仰いました。それに対し私は、ただそれしか言うことが、出来ませんでした・・・・・・。
★☆☆★
「敵戦艦群、前進してきます!」
「艦内の各所で火災発生! 戦線はズタズタです!!」
熊野が艦橋を去ってから少しして、軍帽を被り直す殿村少将。
彼の耳には、先ほどから絶望的な報告しか届いていない。だが彼は、少しも諦めてはいなかった。いやむしろ、目だけは逆にギラギラとした光を湛えていた。
「無線は、まだ生きているな?」
「はい。短距離通信でしたら、まだ大丈夫です」
「良し、伊勢に繋いでくれ」
「了解・・・・・・。繋がりました」
彼の指示を受け、無線の機器を動かす兵士。少しの間ツマミをいじくり回した末、通話用の受話器を少将に手渡した。
《こちら伊勢。今取り込み中なんだけど、どうしたの?》
「伊勢。艦隊の被害状況はどうなっている?」
《さっき、
「そうか・・・・・・」
彼女のその言葉に、さらに空気が悪化する艦橋内。だが、そこで立ち止まるわけには行かないとばかりに、殿村少将は続けた。
「この戦線を放棄し、直ちに脱出せよ。本艦は最後尾に立ち、離脱を援護する」
《提督、それって・・・・・・!!》
「せめて、お前達だけでも逃げおおせてくれれば、それで良い。これは命令だ」
《提督・・・・・・。判ったわ、皆に伝えておく》
「ああ、頼んだぞ」
上官として出せる最後の命令を送り、再び指揮官席に腰を下ろす殿村少将。
ふと、自身の制服の胸に付けられた略章を見やる。兵学校を出ず、叩き上げでここまでのし上がってきた自負が彼にはあったし、事実、大東亜戦争においてもここまで生き残ってきた。
艦娘が登場してからも、それはずっと続いて行くかと、彼は思っていた。だが現実には、もうすぐ死神の鎌が彼の首筋に振り下ろされようとしている。
「敵艦、発砲!! 直撃します!!」
「司令官・・・・・・!」
「俺の武運の鉱脈も、尽きたか・・・・・・」
その言を言い終わるか否かのところで、彼の体は爆風に飲み込まれる。最期の最期まで、部下の身を案じた男の生涯に、終止符が打たれたのだった。
「―ご武運を!!」
「―安くは無いわよ・・・・・・!!」
「足掻かせて貰います!」
「―また夜戦に誘いなさい! 約束よ!!」
次回、『暗雲と風雲』。
戦いは全て、一つに繋がっている・・・・・・。
【登場人物紹介】
『名取』
徹心がパラオに着任してから、最初に配属された軽巡型の艦娘。
元来気が弱く、戦闘意欲も無いが重要な任務では出撃機会が多い。
一度轟沈してから建造で配属されているため、元の所属は不明。