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《索敵班より報告! 敵本隊、後退を始めた模様!!》
「何だと?」
索敵艦橋から届けられた報告に、自分を含めた司令部要員は耳を疑った。念のため雲龍にも確認を取ったが、どうやら件の新種を含めた大半の部隊が下がり始めたらしい。
このタイミングで後退するとなると、考えられる可能性は三つ。
一つは伏兵の可能性。こちらを誘い出し、ある程度引きつけたところで飛び出させて挟撃、各個撃破する方策。
一つは再起の可能性。状況は伏兵と似ているが、こちらは控えさせていた予備兵力などと合流。戦力を再編して逆撃を加えるか、あるいは再び正面からぶち当たる方策。
そしてもう一つ。こちらは最もあり得ないが、本当に『逃げ出した』可能性。奴らは獣に例えられるが、裏を返せば勝ち目が無いときには意外とあっさり引く事例も報告されている。だが、これは危険な考えだ。
仮に退却したとしても、他の深海棲艦の群れと合わされば再び突っかかってくる恐れもあるからだ。故に、執るべき策は・・・・・・
「司令官、追撃の指示を出しますか?」
「・・・・・・艦長、今何時だ?」
「えっと・・・・・・1850ですから、もうすぐ日没ですね」
「了解した。前衛部隊の掃討が完了次第、艦隊を呼び戻す。補給と簡単な整備を済ませたら、追撃に移らせろ。ここで殲滅する」
「解りました。乗員にも、伝達しておきましょう」
「ああ、頼む」
万全の体制を整え、一気呵成に攻め落とす。単純明快で、相応の危険もあるが、やるしかない。
「司令部より、艦隊各位へ。掃討が完了次第、直ちに帰還せよ。第一、第二、第三戦隊は整備と補給が完了次第、敵艦隊を追撃する」
★☆☆★
屈辱だった。虫けらの様に追い回され、この様な異界の海に追い込まれることなど。
「ドウスルノ? コノママデハ・・・・・・」
「ソウヨ。ココハヒイテ、タイセイヲタテナオスベキダワ」
傍らにいた同朋達の言葉に、私は耳を疑う。引くだと・・・・・・? そんな馬鹿な。城を出たときは、むしろ喜び勇んでお前達は出立しただろう!?
「ナニヲイウカ! キサマラガ、ブザマナシキヲシナケレバ、コノヨウナコトニハナラナカッタモノヲ!!」
「ンナッ・・・・・・!?」
誰も彼も、間抜けな能なし共ばかりではないか!! 『あのお方』に選ばれた存在たる我々が負けることはあり得んのだ。許されんのだ。我らは勝たねばならんのだ! 滅ぼさなければならんのだ!!
「ゼングンニ、ツウタツスル! イマヨリウッテデルゾ!!」
「トリグラフ様、ナニヲ!?」
「イマノコノコデテイッタトコロデ、カエリウチニアウノハ、ヒツジョウ! ココハヒイテ、エングントゴウリュウスベキデス!!」
引くだと・・・・・・? 何を馬鹿な!! 『あのお方』の意思は、全てにおいて優先される。例えそれが他の命を全て滅ぼせと言う命令だとしても、我らはそれを遂行する!
それに・・・・・・
「ミタカギリデハ、ヤツラハセイゼイ30! コチラハイマダニ、50モノコッテイル! ヒトリガヒトリトサシチガエテモ、20ノコルデハナイカ!!」
そうだ。まだ数の上ではこちらは勝っている。ならば勝機はあるはずだ!! そう思った矢先のことだ。
突如として空が、昼間の様に明るくなり、我らの来た方角から、幾筋もの光が向けられる。その光の中を、一人の人影がゆっくりと歩みを進めてくる。
「貴女方の、命は要りません・・・・・・。ですがその代わり・・・・・・」
奴が何を言ってるのかは、解らなかった。ただ・・・・・・言おうと
「その首置いて逝きなさい・・・・・・!!」
★☆☆★
《全艦夜戦突入!! 残った敵艦隊に集中砲火を浴びせろ!! 後は戦艦と雑魚ばかりだ!!》
無線機越しに東郷中佐の檄が飛び、鞍馬の高角砲から照明弾が放たれ、上空を彩る。
「夜戦・・・・・・。どこかの『馬鹿』も、好きでしたわね・・・・・・」
本来であれば、夜を徹しての戦闘は美容の大敵。ですが今の私は、柄にも無く高揚していました。
胸は早鐘の様に高鳴り、体を流れる血潮を通じて電流が流れる様な感覚を覚える。
嗚呼、そうでしたのね・・・・・・。所詮どれだけ取り繕った所で、この感覚。やはり私は、菊花紋章を陛下より賜った、栄えある連合艦隊の一員なのですね・・・・・・。
「熊野さん、準備は良いですか?」
突入する直前。私の傍らにいた神通さんが話しかけてくる。あの『馬鹿』を身内に持つ分、私以上に悔しい思いである事は、容易に想像が付きます。
「ええ、よろしくてよ」
探照灯に火が灯され、眼前に集った
短刀を、長刀を、軍刀を。思い思いの得物が抜かれ、光を反射して白刃が煌めく。見た目麗しき艦娘達が、根底に持つ獣性を解き放つ時が来た。
「貴女方の、命は要りません・・・・・・。ですがその代わり・・・・・・」
だから今は踊りましょう、己の心赴くままに・・・・・・!!
『神戸生まれのお洒落な重巡』の外面はかなぐり捨て、闇夜を舞う女豹の様に・・・・・・!!
「その首置いて逝きなさい・・・・・・!!」
☆★★☆
深海棲艦の残存部隊が逃げ込んだのは、沖ノ島の入り江と呼べる場所であった。島全体が大きな馬蹄型の環礁に囲まれており、一見すると艦娘の航行自体は可能な様にも見える。だが実際には、戦闘機動で走り回れるほど、水深が確保されている訳では無いのだ。
徹心はこれを逆手に取り、入り口付近で鞍馬を停止させ、入り江に蓋をしたのである。
これにより、後退は出来なくなった。ここから
「探照灯、照射。突撃します・・・・・・私に続いて!!」
探照灯で目くらましをしながら、吶喊する神通。夜戦における探照灯の使用は、敵を幻惑する効果も見込める。ただし、その代償として使った艦に攻撃が集中する諸刃の剣。
『艦だった頃』の最期はそれが遠因となってしまったが、彼女は既にそれを割り切り、振り切っていた。
「はぁあああっ!!」
長刀を振りかぶり、迎え撃ってきたチ級と切り結ぶ。肥大化し、盾の様になった左腕で刃が受け止められ、接触部分から金属同士の擦れる音がする。
押し返そうとするチ級。だが、神通はそれを読んでいた。
「せいっ!!」
「!?!?!?」
咄嗟に長刀の刃を倒すことで勢いを受け流し、体勢を崩されるチ級。そこから背中に刃が叩き込まれ、さらに返す刀で神通は真一文字に長刀を振り抜いた。それにより喉を切り裂かれるチ級。仮面の破口から漏れ出ていた光が消え失せ、そのまま息絶えた。
「―――――!!」
「っ!?」
だが間髪を入れず、後方から飛びかかってきたハ級を躱し、咄嗟に短刀を抜いて腹部に突き刺す。急所を文字通り突かれたハ級は何が起こったかも解らずに、そのまま爆散する。
これだけでも充分凄いのだが、もっと壮絶な大立ち回りをする者がいた。熊野だ。
「とぉおおおおおおっ!!」
「!?!?」
駆逐隊に混じって、最前列で軍刀を振るう熊野。新開発された業物だけに、一太刀浴びせる度になますにされるか、バッサリと斬り伏せられていく深海棲艦達。
規模こそ小さいものの、かつての鉄底海峡を思わせる鬼神のごとき戦いが、そこにはあった。
「ねえ、貴女・・・・・・!!」
返り血を浴び、戦闘装束をどす黒く染め上げながら彼女は宣う。
「深海棲艦でしょう? 深海棲艦だわ! 深海棲艦ですわね、貴女!?」
その矛先を向けられたル級は、思わず後ずさる。原始的な本能、死の恐怖が彼女の意識に去来した瞬間であった。
「首を置いて逝きなさい・・・・・・!! さあ、さあ、さあ、さあ、さあ、さあ!!」
「―――――!! ――――!!」
海戦の王者たる風格など無い。恥も外聞も無く、背を向けて逃げ出そうとするル級だが、それが拙かった。背面から主砲で撃たれ、倒れたところを馬乗りにされるル級。そして首筋に刃を宛がわれ、一気に切り裂かれた。
「次ぃっ!!」
切り取った首を投げ捨て、再び次の獲物へと向かう熊野。
その捨てた先にいた誰かが思わずそれを受け取り、飛び上がらんばかりに驚いたのは、また別の話。
☆★★☆
東西南北、前後左右。あらゆる方向から爆音と発砲音と金属音が響き渡り、幾つもの発火炎によって、まるで星空がそのまま海上に落ちてきたかの様に錯覚する。だけどここは、そんな幻想的な場所なんかじゃ無い。
私達艦娘と、深海棲艦。互いの命を札にした、巨大な賭博場。
「――――!!!」
今まさに、一隻の駆逐艦―ハ級が私に目がけて飛びかかって来る。噛み付いてきた大顎は右腕の装甲部分で受け止められ、金属の歪む音が聞こえた。。
「五十鈴ちゃん!!」
「任せて!」
そのハ級を、五十鈴ちゃんのいる方向へ力任せに放り投げる。彼女はそれを見るや、即座に主砲の狙いを定め、発射。
「五十鈴には丸見えよっ・・・・・・!!」
放たれた弾丸は、寸分違わずハ級の中枢部分を貫通。そのまま夜空に散華させた。
「敵艦撃破を確認、お見事!」
「やるわね。こっちだって!!」
叢雲さんも槍を振るい、間合いの外からト級を串刺しにする。それによって動けなくなった所を、至近距離から主砲が全弾撃ち込まれて蜂の巣になるト級。実戦経験豊富な特型駆逐艦なだけに、私の目から見ても鮮やかな手際だった。
私も、負けていられない・・・・・・!!
「主砲狙って・・・・・・良し、撃てぇっ!!」
右腕と左肩の主砲を指向し、撃ちまくる。中佐の恩義に報いる為にも、今は、戦う・・・・・・!!
★☆☆★
「ぐぅぁっ・・・・・・!!」
至近距離から放たれたリ級の主砲弾が、磯風の左腕をもぎ取る。だが彼女は、激痛に顔を歪めると同時に不敵な笑みを浮かべてすらいた。
「腕はくれてやる・・・・・。だが、その首もらったぁっ!!」
渾身の力を込めての回し蹴りが、こめかみの部分に直撃。たまらず
艤装の魚雷管を跳ね上げ、必殺の一撃を解き放つ。回避不能の距離から放たれた魚雷はリ級の両足を吹き飛ばし、海底へと叩き落とした。
「磯風、そろそろ戻った方がええんじゃない?」
「だが、まだ敵が残っていると言うのに・・・・・・」
「そがぁな事言って、武器も無しにどうやって戦うん?」
浦風の言う通りだった。
砲弾と魚雷は全弾撃ち尽くし、爆雷も手榴弾よろしく投げまくったので残弾ゼロ。頼みの綱だった短刀もさきほど左腕と一緒に沈められ、今の磯風は丸腰に等しかった。
「しかし・・・・・・」
「心配いらんよ。うちが付いとるから、この戦いは大丈夫じゃて」
彼女の懸念とは裏腹に、戦いの趨勢はほぼ決しつつあった。
艦載機も飛ばせず、退避する隙も無かった新種の空母達が我先にと逃げだそうとしたのである。
「しゃぁああっ!!」
「!?!?!?!」
だが、離脱しようとした矢先に足柄が吶喊。長刀が振るわれ、先頭を行っていた者が斬り伏せられる。
うろたえる彼女ら目がけて、さらに摩耶が。鳥海が。霞ら駆逐艦が斬りかかり、
一連の戦闘が開始してからどれだけの時間が経ったのか。次第に東の空が白み始めた、その時だった。
「これで、終わりだぁっ!!」
「・・・・・・ッ、ァァ・・・・・・!!」
三方から霞、長月、如月が突進し、短刀で空母を串刺しにする。
一度に三本も刃物を突き立てられた彼女は最後の力を振り絞って、一歩を踏み出す。だが、反撃することは叶わず。そのまま倒れ伏し、海底へと姿を消していった。
「はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・・。終わったのか・・・・・・?」
「みたいね・・・・・・」
砲声も発火炎も収まり、朝の眩い光が沖ノ島の海を徐々に照らし出していく。それによって、今まで夜の帳に隠されていた彼女達の状態も顕わになっていった。
焼け焦げた戦闘装束。結び目や飾りが解け、乱れた髪。傷だらけの体。傷ついた腕の痕。夥しい量の返り血。
見た目麗しい美女美少女のその姿は、凄惨さと同時にある種の美しささえも感じられた。
「てきかんたいの、せんめつをかくにん。さくせんせいこうです!!」
《こちらでも確認した。全艦、直ちに帰投せよ》
索敵妖精の報告を受け、鞍馬の徹心から帰還指示が出る。本来なら、喜び勇んで凱旋するのだが、彼女達の足取りは、もはやそんな元気すらも失われている様に重いものだった。