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パラオ最大の都市であるコロール市にある日本人街。その中心地では、日本では夏のお馴染み。パラオでは物珍しい太鼓櫓が建てられ、その周りには種々様々の屋台が林立している。
「それにしても・・・・・・んっ、パラオでここまで本格的なお祭りに行けるとは思わなかったわ」
「ほうじゃな」
右手に持ったイカ焼きを頬張りながら感嘆とした台詞を言う浜風と、それに相づちを打つ浦風。二人の服装だが、いつものセーラー服風の戦闘装束ではなく、それぞれの髪の色の浴衣だった。
浜風は白地に、トンボと笹の葉。浦風は青地に、朝顔の模様の入ったそれを着ている。
「提督や磯風達も、来れば良かったのに」
「しゃぁないじゃろう? 泊地を空にするわけにも、いかんのじゃけぇ。それよりも、うちは洋食焼きが食べたいわ・・・・・・。ネギとキャベツに、揚げ玉を混ぜて。こんがりキツネ色になるまで焼いた生地に、ソースとちぃーっとばかしの唐辛子・・・・・・。たまらんわ」
「想像したら、ますますお腹が空いてきましたね」
他愛も無い話題で話しながら、喧噪の中を行く二人。その中で、屋台の前に人だかりが出来ているのを見つけた。
「? なんじゃ、ありゃ?」
「行ってみましょう」
人混みを飛び越えて聞こえてきたのは、威勢の良い呼び込みと、『パン』と言う爆ぜるような音。二人は、その人混みをかき分けて中を覗いて見た。
カウンターを隔てて奥にはひな壇状の棚が置かれ、その上に人形やお菓子の箱がずらりと並べられている。どうやらここは、射的屋の様だ。
「射的ですか・・・・・・。一つ、やってみましょうか」
「そうじゃの。磯風達のお土産に、丁度ええわ」
「おっ! お嬢さん方、やってくかい?」
「はいな、二人分で。お願いするけぇ」
店主の男性に料金を支払い、銃と規定の数のコルク片を受け取ると、銃口にコルクを詰めて撃鉄を起こし、銃床を肩に当てて照準。引き金を引く。
二人がここへ来る切欠となった破裂音と共にコルクが飛び、置かれていた景品の一つに命中。その勢いのまま棚の向こう側へと叩き落とした。
「当たーりー!! やるねえ、お嬢さん」
「これでも、射撃は得意なんよ。荒稼ぎさして貰うけぇ」
「かぁーっ、そいつは参った! 喧嘩売る相手間違えたか!」
早速景品を手に入れて得意げに銃を肩に担ぐ浦風に対し、額に手を当て、戯けた様に悔しがる店主。
その後も二発、三発と次々に当てて行き、渡されたコルクが無くなる頃には、二人とも両手では持ちきれないほどのお菓子や小さな人形を手に入れていた。
「大漁大漁じゃな! お土産の分も確保できたし、ちぃとばかり横流ししようかのぉ? ええ小遣いになりそうじゃ」
「やめてくださいよ、せっかく皆で頑張って恩赦が降りたんですから。単なる通称が、本当に懲罰部隊にされてしまいますよ」
ホクホク顔で歩きながら、洒落にならない事をぽろりと言ってのける浦風に対し、浜風は若干呆れ気味だ。
艦娘としては『二回目』である彼女とはあまり長い付き合いでは無いが、時折神に触ってたたられるのでは無いかと。彼女にとっては気が気でなかった。しかし裏を返せば、こう言う戯けた所も、浦風の素であると感じ取っていた。
「冗談よ。言うてみただけじゃ」
「まったく・・・・・・」
「あれ、浜風に浦風?」
それからまた少し歩いていると、脇から二人を呼ぶ声が。
声のした方を向いてみると、そこには彼女らと同様に、浴衣姿の長良と名取の姿があった。
「長良さん達も、お祭りですか?」
「たまたま非番が重なってね。せっかくだから、見に来たの」
かく言う彼女の手には、綿飴と紙風船が握られている。どうやら、満喫している様だ。
「やっぱりお祭りって良いよね! 何と言うかさぁ、気分が盛り上がってくるもん!」
「長良ちゃん、もっとゆっくり歩こうよ・・・・・・・。はぐれちゃう」
「あぁっ、ごめん! はしゃぎ過ぎちゃったかな・・・・・・?」
「ううん。私も、楽しいからいいよ」
「そうじゃ! この際じゃから、一緒に回らん? ウチ、洋食焼きを探しとるのよ」
「洋食焼きかぁ・・・・・・良いねぇ、食べたい!」
「よっしゃ! 決まりじゃね!」
「あぁっ、待ってぇ・・・・・・」
「やれやれ・・・・・・」
浦風の提案を受けて走り出す長良と、慌てて彼女を追いかける名取。浜風はその三人の背中を見ながら、小走りで後に続く。祭りはまだ、始まったばかりだった。
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夕方。さんさんと南国の島々を照らし続けた太陽が、そろそろ水平線の下へと姿を消し始める頃。
パラオ泊地に入港していた補給艦が物資の陸揚げを終え、出港していくのと時を同じくして、作業を担当する兵士や妖精達が手に手に箱を持って散らばっていく。
食料や艤装の部品。煙草や甘味と言った嗜好品、消耗品の類いが荷物の大半を占める中で、一つだけ明らかに様相が異なるものがあった。
大きさは大体、人が抱えられる程度。紐で封がされている点を除けば、何の変哲も無い木製の箱。その箱だが、妖精達の手で居住区画へと運ばれて行く。
寮の扉を潜り、小さな両足でトコトコと歩いて目的地へとたどり着いたのだがそこに主はいなかった。そこで今度は、彼女達は談話室へと向かった。
この談話室というのは、居住区画の中にある艦娘寮のほぼ中央にあるスペースのことを指す。中は非常に簡素で、円卓と椅子がいくつか置いてある程度だが艦娘達の憩いの場として重宝されていた。
「くまのさん、くまのさん」
その談話室の中で、湯飲みを傾けていた艦娘―熊野に、話しかける妖精達。どうやら、彼女に用事があるようだ。
「あら、妖精さん。熊野に何かご用?」
「おとどけものですー」
「さしだしにんは、すくもわんさんからですー」
「宿毛湾から・・・・・・?」
「熊野、何か心当たりある?」
『さあ・・・・・・?』と、首を傾げながら箱の封を解く熊野。共にお茶を飲んでいた飛鷹も、気になる様子だった。蓋を開けてみると、中に入っていたのは・・・・・・
「これって・・・・・・!」
焦げ茶色に鈍く輝く、バイオリンだった。それと一緒に、手紙も入れられている。手紙の差出人は、当時少将。いや、今は昇進して中将となった亡き殿村提督の副官をしていた士官からだった。
徹心らがパラオへと戻った後。宿毛湾泊地は権限の縮小が行われ、現在は少数の松型と若竹型の駆逐艦娘が配備される観測拠点へと格下げされていた。
その際、かつて所属していた艦娘の私物の整理が行われたのである。大半は戦没者の遺品と言うことで保管される中、その副官が気を利かせて一つだけ、持ち主の元へと送った。
これとは別に、曙の私物も送っていた事も文面に書かれていたが、熊野にとって、今はそれは頭に入ってこなかった。
「バイオリン・・・・・・残っていたのね・・・・・・。良かった」
「あら、良いバイオリンね。ちょっと見ただけでも、良さそうなのがわかるわ」
「わかるんですの、飛鷹さん?」
「まあ、私も佐世保にいた頃にちょっとね。宴席で余興とかやらされた時に、ちょくちょく弾いていたし、ピアノで伴奏をしたこともあったわ」
そう言って彼女は、バイオリンを手にとってしげしげと眺め、軽く弦を
「うん、音も悪くない。ところで、これはどうしたの?」
「知り合いの方から、譲って貰ったんですの」
飛鷹の問いかけに、答える熊野。曰く、生まれ故郷とも言える神戸に休暇で遊びに行った際。街のガラクタ市で叩き売りされていたのを買ってきたとのことだった。
「ガラクタ市って・・・・・・。それ、大丈夫なの?」
「まあ、ちょっと不安はありましたが、何度か弾いていたら気にならなくなりましたわ。それに・・・・・・」
そう言って熊野は立ち上がると、バイオリンを肩に乗せて弾き始める。
音楽でも何でも無い、ごく普通のドレミ音階。だがその音色は、飛鷹の耳を惹き付けるには、十分過ぎた。
「こんなにいい音が出ますもの。少なくとも、悪品ではありませんわ」
「・・・・・・良いのかしら、それで・・・・・・? あーあ、それにしても。何か無性にピアノ弾きたくなっちゃったなぁ」
それによって懐かしい記憶が呼び起こされたのか、円卓を鍵盤に見立てて演奏の真似をする飛鷹。やっていること自体は子供染みた物でもあるが、その所作一つ一つが様になっていた。
「でも、そうそう都合良くピアノだなんて・・・・・・」
「そうよねぇ・・・・・・はぁ。無い物ねだりしても仕様が無いし、ちょっと歩いて・・・・・・」
「ひようさん、くまのさん」
「何?」
「ぴあののあるばしょ、しってるです」
「しってるです」
ため息を吐く二人に、先ほどバイオリンを運んできた妖精が声を上げる。曰く、彼女らはこのパラオ泊地に、ピアノがあるという。
これは二人にとっても予想外だった。パラオに来てから日の浅い二人にとって、ここは懲罰艦隊としての印象が根強かった。それだけに、ピアノの様な大がかりな楽器があるとは思ってもいなかったからだ。
「それって、本当なの!?」
「ようせい、うそつかないです」
「うそついたら、ぎょらいのむです」
「そんなこと良いから、どこ!? 案内してもらってもいい!?」
「りょーかいです」
「です」
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飛鷹は、逸る気持ちを無理矢理抑えつけながら妖精達の後に続く。二人が案内されたのは、泊地の中枢である司令部から少し離れた所にある会議室だった。
かつては最前線基地として、精鋭部隊の拠点として機能していた頃。大規模な作戦の際にはここに諸将が集まり作戦会議に明け暮れていた場所で、パラオ泊地のかつての姿を今に伝えている場所だ。
盗まれても困る物は無いと言わんばかりに開け放たれた扉を潜り、奥へと歩みを進める中で、目的の物は、そこにあった。
部屋の角、窓を背にするようにして鎮座する、漆黒の巨躯。確かな存在感を示す、曲面主体の外見。そして、全体を覆うように掛けられた黒い布。最も普遍的な洋風音楽の楽器であるグランドピアノが、そこにあった。
「これって・・・・・・!!」
理性を保つのも限界に来たのか、思わずピアノの元へ駆け寄る飛鷹。
布の端をめくり上げて鍵盤を保護している蓋を開けると、適当に押して音を確かめる。そして、思うがままに弾き始めた。
彼女の白魚のような指がモノトーンの舞台の上を駆け巡り、たおやかな容姿に反した力強い旋律が部屋の中で踊る。やがて満足したのか、最後に一音、強く弾いてから演奏を終えた。
「良いわね、これ! 湿気はピアノの大敵だけど、ちっとも音色が崩れてないわ!」
「おほめいただき、かんしゃのきわみ」
「これもよろこんでいるはずです」
「こっちこそ、お礼を言わせて。ありがとう」
「「えへへ~」」
「あっ、良いことを思いつきましたわ」
そう言って、妖精達を掌に載せて撫でる飛鷹。その様子を見ていた熊野は何か思いついたのか、彼女にある提案をした。
「飛鷹さん。一曲、付き合ってくださらないかしら?」
「いいんじゃない。
「ええ、よろしくてよ」
話がまとまったのか、熊野はバイオリンを構え、飛鷹も居住まいを正して用意する。そして、飛鷹の方が口火を切る形で演奏が始まった。
先ほどとは打って変わって、滑らかで繊細な旋律に乗せて、熊野のバイオリンの音色が更なる厚みを加えていく。バイオリンを奏でながら、熊野はこれまでにあったことを思い返していた。
姉妹艦で、相棒である鈴谷と共に艦娘として過ごした日々。国内勤務だったこともあって実戦の機会こそ多くは無かったものの、その分より多くの事を学び、多くの掛け替えの無い物を得てきた。
仲間の多くが沖ノ島の海に消えてなお、彼らの思いは今も胸の中で彼女を支えている。そのお陰で今、ここにいる。それは飛鷹と、この場にはいないが磯風や浦風、村雨、春雨。そして曙にとっても同じ事だった。
「お粗末さまでした」
「おほー!」
「とってもおじょうずです!」
「まあ、素人に毛が生えた程度の腕前しかありませんが、嬉しいですわ」
「そんなことは無いと思うぞ。思わず聞き入ってしまった」
飾り気の無い、だが真っ直ぐな賛辞にはにかみながらも謙遜し、同時に少しだけ驚く熊野。二人を此所に案内した妖精達だけでなく、いつの間にかギャラリーが増えていたからだ。
先ほど、簡潔に。だが、素直な感想を述べた徹心を中心に、磯風や村雨と言った一部の艦娘だけでなく、鞍馬の乗員も何人かいる。
「てっ、提督!? みなさんも、いつから?」
「強いて言うなら、気付いたらここにいた、と言うべきでしょうな」
「ええ。自然と、足が向いていましたね」
「熊野、飛鷹。良ければ、もう一曲頼めるか?」
「あっ、私もまた聞いてみたいです!」
熊野の問いに野島艦長が答え、香月中尉が相づちを打つ。それを聞いた徹心と島村少尉がリクエストを出してきた。
「飛鷹さん、どうします?」
「良いんじゃ無い? まだまだ弾き足りないし」
「承知しましたわ。では皆さん。もう一曲だけ、しばしのお付き合いを・・・・・・」
そして再び始まる演奏会。その日のパラオ泊地は、実に優雅な時間が流れていた。
ここにくるまで、本当に長かった・・・。どうも皆様、作者のレイキャシールです。
今回の第二十一話を持ちまして、第二章南西諸島海域編は終了です。
艦娘も人間の軍人も増えてかなりの大所帯になりましたが、ここからも、彼らの物語は続いて行きます。
拙い上に文章も冗長ですが、これからもお付き合い頂ければ幸いです。それでは、また次回。第三章、北方海域編でお目に掛かりましょう。
(追伸。予定していた設定資料ですが、反応が微妙なので投稿を見合わせます)